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No.32711の一覧
[0] 機動戦士ガンダム0086 StarDust Cradle ‐ Ver.arcadia ‐ 連載終了[廣瀬 雀吉](2023/07/03 19:06)
[1] Prologue[廣瀬 雀吉](2012/04/19 18:00)
[2] Brocade[廣瀬 雀吉](2012/04/19 18:01)
[3] Ephemera[廣瀬 雀吉](2012/05/06 06:23)
[4] Truth[廣瀬 雀吉](2012/05/09 14:24)
[5] Oakly[廣瀬 雀吉](2012/05/12 02:50)
[6] The Magnificent Seven[廣瀬 雀吉](2012/05/26 18:02)
[7] Unless a kernel of wheat is planted in the soil [廣瀬 雀吉](2012/06/09 07:02)
[8] Artificial or not[廣瀬 雀吉](2012/06/20 19:13)
[9] Astarte & Warlock[廣瀬 雀吉](2012/08/02 20:47)
[10] Reflection[廣瀬 雀吉](2012/08/04 16:39)
[11] Mother Goose[廣瀬 雀吉](2012/09/07 22:53)
[12] Torukia[廣瀬 雀吉](2012/10/06 21:31)
[13] Disk[廣瀬 雀吉](2012/11/15 19:30)
[14] Scars[廣瀬 雀吉](2012/11/15 19:32)
[15] Disclosure[廣瀬 雀吉](2012/11/24 23:08)
[16] Missing[廣瀬 雀吉](2013/01/27 11:57)
[17] Missing - linkⅠ[廣瀬 雀吉](2013/01/28 18:05)
[18] Missing - linkⅡ[廣瀬 雀吉](2013/02/20 23:50)
[19] Missing - linkⅢ[廣瀬 雀吉](2013/03/21 22:43)
[20] Realize[廣瀬 雀吉](2013/04/18 23:38)
[21] Missing you[廣瀬 雀吉](2013/05/03 00:34)
[22] The Stranger[廣瀬 雀吉](2013/05/18 18:21)
[23] Salinas[廣瀬 雀吉](2013/06/05 20:31)
[24] Nemesis[廣瀬 雀吉](2013/06/22 23:34)
[25] Expose[廣瀬 雀吉](2013/08/05 13:34)
[26] No way[廣瀬 雀吉](2013/08/25 23:16)
[27] Prodrome[廣瀬 雀吉](2013/10/24 22:37)
[28] friends[廣瀬 雀吉](2014/03/10 20:57)
[29] Versus[廣瀬 雀吉](2014/11/13 19:01)
[30] keep on, keepin' on[廣瀬 雀吉](2015/02/05 01:50)
[31] PAN PAN PAN[廣瀬 雀吉](2015/02/05 01:25)
[32] On your mark[廣瀬 雀吉](2015/08/11 22:03)
[33] Laplace's demon[廣瀬 雀吉](2016/01/25 05:38)
[34] Welcome[廣瀬 雀吉](2020/08/31 05:56)
[35] To the nightmare[廣瀬 雀吉](2020/09/15 20:32)
[36] Vigilante[廣瀬 雀吉](2020/09/27 20:09)
[37] Breakthrough[廣瀬 雀吉](2020/10/04 19:20)
[38] yes[廣瀬 雀吉](2020/10/17 22:19)
[39] Strength[廣瀬 雀吉](2020/10/22 19:16)
[40] Awakening[廣瀬 雀吉](2020/11/04 19:29)
[41] Encounter[廣瀬 雀吉](2020/11/28 19:43)
[42] Period[廣瀬 雀吉](2020/12/23 06:01)
[43] Clue[廣瀬 雀吉](2021/01/07 21:17)
[44] Boy meets Girl[廣瀬 雀吉](2021/02/01 16:24)
[45] get the regret over[廣瀬 雀吉](2021/02/22 22:58)
[46] Distance[廣瀬 雀吉](2021/03/01 21:24)
[47] ZERO GRAVITY[廣瀬 雀吉](2021/04/17 18:03)
[48] Lynx[廣瀬 雀吉](2021/05/04 20:07)
[49] Determination[廣瀬 雀吉](2021/06/16 05:54)
[50] Answer[廣瀬 雀吉](2021/06/30 21:35)
[51] Assemble[廣瀬 雀吉](2021/07/23 10:48)
[52] Nightglow[廣瀬 雀吉](2021/09/14 07:04)
[53] Moon Halo[廣瀬 雀吉](2021/10/08 21:52)
[54] Dance little Baby[廣瀬 雀吉](2022/02/15 17:07)
[55] Godspeed[廣瀬 雀吉](2022/04/16 21:09)
[56] Game Changers[廣瀬 雀吉](2022/06/19 23:44)
[57] Pay back[廣瀬 雀吉](2022/08/25 20:06)
[58] Trigger[廣瀬 雀吉](2022/10/07 00:09)
[59] fallin' down[廣瀬 雀吉](2022/10/25 23:39)
[60] last resort[廣瀬 雀吉](2022/11/11 00:02)
[61] a minute[廣瀬 雀吉](2023/01/16 00:00)
[62] one shot one kill[廣瀬 雀吉](2023/01/22 00:44)
[63] Reviver[廣瀬 雀吉](2023/02/18 12:57)
[64] Crushers[廣瀬 雀吉](2023/03/31 22:11)
[65] This is what I can do[廣瀬 雀吉](2023/05/01 16:09)
[66] Ark Song[廣瀬 雀吉](2023/05/14 21:53)
[67] Men of Destiny[廣瀬 雀吉](2023/06/11 01:10)
[68] Calling to the night[廣瀬 雀吉](2023/06/18 01:03)
[69] Broken Night[廣瀬 雀吉](2023/06/30 01:40)
[70] intermission[廣瀬 雀吉](2023/07/03 19:04)
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[32711] Vigilante
Name: 廣瀬 雀吉◆b894648c ID:6649b3b3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2020/09/27 20:09
「 “ ねえ …… ” 」ヘッドセットから聞こえるアデリアの声にマークスははっとなった。
「 “ あんた、怖くないの? ” 」

                    *                     *                      *

 キースの声をしのぐ大音声が頭上で炸裂したとたんにハンガーの床が大きく揺さぶられ、連邦規格の耐爆仕様を誇るハンガーの天井には大小のコンクリートの破片が降り注いだ。あまりの出来事に一瞬思考が停止した五人だったがかえってそれが功を奏したのか次の行動には躊躇がなかった。脱兎のごとく駆け出した彼らの足はそれぞれが受け持つモビルスーツの下へ、通常照明はすでに落とされて赤い光だけになった景色の中をただひたすらに駆けていく。
「モウラ、被害はっ!? 」
「敵の砲弾が管制塔を直撃、上がってたドーソンとディックはあんたのおかげで間一髪間に合ったっ! 」
「 ! 目と耳をもっていかれたかっ! 」搭乗用のバケットに足をかけながらモウラの報告を聞いたキースは過去の苦い記憶との類似点に思わず舌打ちした。あのトリントン時も強襲の初期段階で司令部が敵重砲によって沈黙させられ、レーダー誘導を失いアルビオンとの連携もちぐはぐなまま出撃した守備隊はたった三機のモビルスーツになすすべもなく蹂躙された。そのキルレートは ―― 15対1。
「 “ あの時はバニング大尉がいた、アルビオンもあった。 …… 今は、俺か ” 」

 軍のテストパイロットという職業は誠実という言葉とは全く無縁だった。来る日も来る日も仕事明けには街に繰り出して気の合う仲間や女子との合コン、訓練は厳しいが見返りは大いに期待できるというのがキースの現実であるはずだった。
 しかしガトーのガンダム二号機強奪という連邦始まって以来の不祥事は彼の日常を非現実な物へと変えた。はるか彼方より放たれた対地クラスターによって火の海と化すトリントン、阿鼻叫喚で埋め尽くされる昨日まで平和だった我が家。
 そして敵のヒートサーベルで出会いがしらに両断される、カークス。
 早く覚めてくれと必死に願いながら炎の柱をかき分けて、それでも突きつけられた悲惨な現実に自分の運命を疑い。二号機の追撃戦で機体は大破しながらも敵を仕留めて生き延びた幸運に胸をなでおろしたのもつかの間、コウの決意に引っ張られて乗り込んだアルビオンでの死闘。
 生き残るにふさわしい決心も、野心も、希望も。もしかしたら自分よりふさわしい者がいたのかもしれない、しかしそれらを持ち合わせていたであろう大勢の屍の上で自分は生き残った。
 何のために?

 繰り返される自問自答も、そのたびに沸き起こる煩悶もあの日の宇宙に置いてきた。自分の使命は ―― あの時の大尉と同じように部下を生き延びられるようにすることだ。決して予期していたわけじゃない、期待していたわけじゃない。ただこの世に生きる何億何十億という人の中にはそういう貧乏くじを必ずといってもいいほど引き当ててしまう人種もいるという事だ。そうなってからでは遅すぎる、そうならないようにするのではない。
 そうなってからどうするか。生と死の境い目はきっとそこにある。
「全員武器を装備しろ、主兵装プライマリーはマシンガン、副兵装セカンダリーはヒートサーベルだ。弾倉をありったけハードポイントに取り付けたらハンガー前に集合、急げっ」
 モウラにハーネスを手伝ってもらいながらキースはあの日のバニングを思い出しながら強い口調で言った。

                    *                    *                        *

 何と答えればいいのだろう。
 声を震わせながら尋ねてくるアデリアの声にマークスは言葉をためらった。見栄を張ったり強がったりは誰でもできる、むしろそうするのがほとんどだとマークスは知っている。何度も何度もジオンの残党の前へと追い立てられ、敵に喰われてしまった仲間は必ずと言っていいほど。
 使い捨ての駒、上官の盾。平和が訪れた世界にやって来た時代遅れの新兵など最前線ではお荷物でしかない、壊滅認定以上の損害を被った戦いでも自分が生き残った理由はいまだにわからない。ただあいつらの思う通りには絶対になるまいと無我夢中で戦場を駆け巡った末に手にした幸運だった。
「俺は …… これが初陣じゃないからな」
「 “ そう …… 初めての戦争ってどんなだった? ” 」
「ナメてかかって飛び出して、気がついたら敵に囲まれてて …… そこから先はよく覚えてない。医務室のベッドで俺を含めた先遣隊のほとんどが壊滅したって聞かされたのが次の記憶だ」
 寄せ集めの新兵の群れに協調性などあるはずがない、しかしチームとして行動する以上必要最低限のつながりは必要だった。奇異の目で見られながらも互いに命を預ける仲間として話をし、時には笑い、そして死んでいった。
 ジオンの残党 ―― すなわち熟練兵。技量に劣る連邦の陸軍パイロットが彼らを落とすためには的となる生贄が必要、働く場所がなくなったマークス達新兵はいつも軍の命令という建前でそうやってかき集められてはその役目を押しつけられて ―― 本人達には知らされないまま敵の眼前へと放り出されていったのだ。
 だから今オークリーを襲撃しようとしている敵の強さはよくわかる。怖気づきそうなほど、痛いほど。
「大丈夫だ、アデリア」
「 “ えっ? ” 」

「 “ 励ましじゃない、客観的な事実だ ” 」
 ヘッドセットから聞こえるマークスの声は穏やかだった。アデリアの手の震えがそれで、止まった。
「 “ あの演習で一番最初にエースを落としたのはお前だ、いろんな所でジオンの残党と戦ってきた俺だからわかる ―― お前は強い ” 」
「でもそれは模擬戦の演習だったから ―― 」
「 “ だからモンシア大尉たちは手加減していたか? 俺にはそうは見えなかった、知る限りでは完全に実戦モードだ。多分隊長たちがそうお願いしたんだろう ” 」
 彼女に残るあの時のイメージ。脚部油圧の強制カットによって繰り出された水面蹴り、仰向けにひっくりかえったゲルググのコクピットブロックに模擬刀の先端を叩きつけた時の感触。
「 “ 彼らはティターンズの現役だ、それを落としたお前はあの人たちにも負けない力がある。そして ―― ” 」
「あたしたちが束になっても一回も勝った事がない隊長が。一番、つよい」
「 “ ―― そういう事だ ” 」
 いつもそうだ。
 マークスの声で、言葉で。
 あたしの体に熱が入る。
「 “ いつも通りのお前でいい、それで勝てないまでも生き残るには十分だ ” 」
「OK、バディ」
 不敵な笑みはいつ以来 …… そういえばいつからだろう? こんなに自分に臆病になっていたのは。
 ベルファストであの男ガザエフを叩きのめした時か、彼女にののしられた時か、あの弁護士に自分の正義を否定された時か?
 もしそうだったとしてもどうでもいい。やっと気がついた ―― あたしはあたしだ、それ以上でもそれ以下でも。
 こんなボロボロのあたしを受け入れてくれた ―― 隊長やニナさん、モウラさんや …… ううん、基地のみんな。そしてかけがえのないあたしの相棒バディ
 生き残るぅ? そんな弱気じゃいつもの『ダメダメクラッシャーズ』だ、そんなモンじゃとうてい明日にゃ届きやしない。その全部を守るためにあたしはあたしのありったけで戦う。
 必ず、勝つんだ。

                    *                    *                    *

 突然点灯した明かりに、眠りの浅かったニナは目覚めた。瞼を透かして届くその輝きを不審に思う意識、思えば自分はこの所天井に設えられた大きな明かりを付けた事が無いはずだ。デスクで仕事をする時にはもっぱらその脇にあるデスクライトかベットの脇にある間接照明を使う ―― つけた事のない明かりが何で今になって?
 上体を起こして辺りをきょろきょろと見回しても別に変った事は無い。ただどういう訳か二十四時間稼働し続ける空調の音がいつもより小さくなっている。
「? 変ね、停電でもしたのかしら? 」
 しかしその疑問を基地の構造をよく知るニナは別の頭で否定した。モビルスーツを常駐させる基地には元々膨大な電力供給が必要だ、融合炉を動かす為のプラズマ発生装置だけでもちょっとした変電所を用意する必要がある。そしてその電力は地下深くに設置された専用の変電ユニット内で正・副の2系統に分かれて管理されている。基地が停電状態に陥る為にはそれらが同時にダウンしなければならず、相互監視を互いのAIが行っている以上その事態は人為的要因が介在しなければあり得ない。
 仮にその変電所へ電力を送る送電線網が破壊されても非常用のディーゼルが自動的に動き出し、基地内の電力は機能維持に必要な最低限のラインを確保する様に出来ている。故に完全停電状態に基地機能が陥る事はよっぽどの事がない限りあり得ず、そしてニナはその唯一の可能性に思い当たる事ができなかった。
 ベットを離れてデスクの上のパソコンの電源を入れる。ひょっとして何らかの情報が開示されてないかと言うニナの淡い期待はほんの僅かなタイムラグで表示される初期画面によって裏切られた。だが変化はその直後に発生する、いつもなら間髪入れずに接続されるメインサーバーへの入口がニナに対してパスワードの入力を要求してくる。
「 …… おかしいわね、そんな事、」
 ほぼ毎晩の様に使うAIがニナに対してパスワードを要求する事などあり得ないと思う。自分の家の鍵が突然付け替えられた様な不安に襲われたニナがそこに文字を打ち込む事無くじっと画面を見据えて考え込んだ。
 表示された事実は明らかにメインサーバのクッキー(HTTP cookie:Webサーバとウェブブラウザ間で状態を管理するプロトコル)が初期化された事を示している。自分の端末に異常が無ければサーバ側に何らかのトラブルが発生してその一切合財が初期化されたと考える方が自然だ。だがオークリーのAIは自分が手を加えて二台の間での自走診断プログラムが常時走っている、もしどちらかにトラブルが発生すればエラーを照合したもう一台がトラブルを起こした側を分離して機能を維持する仕組みになっている、一つの可能性を除いては。
「 …… やっぱり停電? そうとしか ―― 」

 それはオークリーに今いるすべての者が共有する轟音だった。一発はすぐそばで、二発目と三発目は敷地を大きく飛び越えて外へ。建物の崩落音と共に今までついていた明かりが突然消え、変わって非常灯がニナの視界を赤く染めた。
 トリントンにいた時にはそれが何だか分からなかった、でも今はあの時の自分じゃない。
「! 砲撃音っ! 敵っ!? 」条件反射で椅子の背もたれにかけてあるスラックスを手に取り、慌てて足を通すと靴をはくのと机の上のラップトップを手にするのは同時。コウのディスクを胸のポケットへと滑りこませると緊急時に流れる自動音声アナウンスが頭上のスピーカーより降り注いだ。
『 ―― 当基地に第一種戦闘態勢が発令されました。全隊員は直ちに戦闘配備に着いて下さい。全隊員は直ちに戦闘配備に着いて下さい。なお民間人は最寄りのシェルター及び避難通路へと退避してください。閉鎖まで後三分』
 多分ハンガーにいる誰かだろう、基地への攻撃が確認された時点でボタンを押したに違いない。明かりが消えたのは基地の外にある送電施設が破壊された証拠、今は緊急用のディーゼルが電力を供給している。簡単に状況を把握したニナは自分の部屋の向かい側にあるシェルター ―― いつもは誰かの逢瀬に使われるだけの空き部屋なのに ―― に逃げ込むべく急いで部屋を飛び出した。

 そこはもうすでにニナの見知った世界ではなかった。

 立て続けに空気が抜けるような音と乱雑に廊下に響く硬い靴音、酷く耳障りな叫び声に交じって聞こえてくる命乞いの声。それらが途切れたとたんに必ず響くドスンという鈍い音。ホラー映画を聞いているような嫌な気分は漂ってくる強烈な鉄の匂いでそれが現実だと分かった。
 全身に鳥肌が立って腰のあたりの力が抜ける、ひい、とこみ上げる叫びを必死に押し殺してとっさにドアの向かい側の壁へと背中を預けた。手がカタカタと震えて危うくラップトップをとり落としそうになる。何が起こっているんだと、自分の記憶や経験をさかのぼって模索するニナ。しかしデラーズ紛争を最後まで駆け抜けた彼女にもこんな ―― 。
 いや、あの音にだけは記憶が、ある。
 コウが、ガトーを、撃った時の、音。
 数え切れない疑問符が頭の中を駆け巡って。自分の置かれた状況を何度も確かめて。袋小路にある自分の部屋の不幸を省みて後悔を繰り返し。それでも自分の未来予想の是非を知るために背中を壁で滑らせながらそっと短い廊下の角までにじり寄った。だが震える目が焦点をぶらせて、赤い光の中ではなかなか輪郭が捉えられない。

「 “ 状況把握と未来予測はダイレクトに行わなきゃ、ニナ ” 」

 三号機のプレオペレーションの時にコウが言ったあの言葉がニナの頭に大きく響いた。一号機改フルバーニアンでバニング大尉に初勝利した後にニナが言った台詞を彼は迷う自分にそのまま返した、まるでそれが負けにつながると言わんばかりの勢いで。
 浮かび上がるコウの険しい表情と記憶に縋るように胸のポケットを硬く握りしめて乱れる呼吸をそのままに、ニナは開きっぱなしの瞳孔をそっと廊下の角から通路の先へと向けた。
『 ―― 民間人は速やかに最寄りのシェルター及び避難通路へと退避してください。閉鎖まで後二分』

                    *                     *                    *

「 “ キース。整備員は全員シェルター前に集まった、いつでも避難できる。ハンガー前から滑走路の端までは有視界だけどオールクリア、まだ敵の姿は見えない ” 」
 たった一人でハンガーの入り口から双眼鏡で周囲を観察するモウラ。それが部隊を預かる者の責任だと彼女は身をもって示す。「 “ 出撃するンなら今のうちだよ ” 」
 モウラの声にあからさまにいきり立つアデリア達。いつの時代も「出撃」という言葉は人の心の琴線を震わせる何か特別な力がある。きっかけ一つですぐにも飛び出して行きそうな彼らの最後尾はキースの乗るジム、しかし果たして彼は皆の思惑をよそにじっと動かない。
「 “ 隊長、出るんなら早くこっから出ましょう。このまンまじゃ敵の大砲にハンガーごと潰されっちまう ” 」
 一番経験の浅いアンドレアが声に焦りをにじませて外へと出ようとするその腕をバスケスのゲルググが掴んで押しとどめた。「 “ まあまあアンドレア、そんなに焦るな。こういう時はまず経験者の意見を聞く事が肝心だ ―― だろ? 隊長 ” 」
「どう思う? モウラ」
「 “ 何が? ” 」バスケスにではなく自分に投げかけられた質問に彼女は当然のように受け答えした。バスケスの言うとおり「経験者」という意味ではあのトリントン襲撃 ―― それは誰も知らない事だが ―― を体験した二人が最も適任だ。
「敵の砲撃がモビルスーツ部隊の侵攻に合ってない、それにこっちの気を逸らせるにはあまりにも散発すぎないか? 」
 確かに敷地内への攻撃は管制塔への一発のみ、二発目と三発目は頭上を大きく越えて行ったことから考えると多分送電施設だろう。ただ無駄弾なしで全部破壊したのなら敵の砲撃手は凄腕だ。モウラはそれ以降沈黙したままの屋外を睨みつけながらハンディのスイッチを押した。
「 “  砲撃のどさくさに紛れて一気に敷地内に侵入ってのが拠点侵攻のセオリーだから、いわゆるセオリー無視? ―― マークス、考えられる可能性は? ” 」
「 “ は、はい。連携を欠いているのは敵の練度が低いせい、または兵站等の準備不足。あるいは作戦要綱の予定よりも早く支援砲撃をしなければならない状況下に部隊が置かれた場合が考えられます ” 」
「 “ しなければならない状況って? 襲撃部隊ってモビルスーツだけじゃないってこともある? ” 」なにげないアデリアの言葉に八ッとするモウラ。同じように見えて違う状況、それは敵の目的があの時とは違うという事。トリントン襲撃の目的はあくまで二号機奪取のためだった、その証拠にかの機体を奪った後の引き際は襲撃された側もあっけにとられるほどあっさりしていた。もしあの時の目的が基地の制圧だったとしたら ――
「 “ ―― そういう ―― ” 」
 モウラのその言葉を最後に無線機はただ雑音を鳴らすだけのガラクタと化した。

「キースっ! 」振り返りながら大声で叫ぶモウラ、しかしモビルスーツ隊の面々もすでにその答えにたどり着いていた。「バスケスっ! すぐに陸戦隊に連絡を ―― 」すぐ前に立つバスケスの肩に手を当ててヘッドセットへと怒鳴る、モビルスーツ同士なら接触回線での会話も可能だ。
「 ―― 残念、一足遅かったみたいだ。まさか地上部隊まで投入とはここはどこのオデッサだ?」歴戦ならではのとぼけた口調でも潜む不安は隠せない。「おまけに広域ジャミングをかけてモビルスーツ間の連携を絶つとは戦争の玄人、それもかなり大規模な部隊だ …… 奴さん達、最前線に飽きて楽なトコから連邦の支配地域に入り込もうって腹かもな」
「プロの大規模部隊って。こっちゃあ素人に毛の生えた程度のが半分混じってるのに勝負になンのかねえ? 」それまで黙っていたマルコがキースの二の腕を掴んで言った。自分が死ぬなど露ほども思ってないこの大胆さが彼の強みでもある。「相手が歩兵ポーンを上げて来るンならこちらも歩兵をぶつけて盤面を整えるのが定石なんだけどね」
「なるほど、チェスか。さすがドクの一番弟子」マークスが一番前で屋外を警戒しながら後ろ手でマルコの肩を触る。ドクには若干かなわないがマルコは部隊で二番目のチェスの腕前を持ち、ドクのクリスタル製のチェスセットを狙うグレゴリーを煽って食堂の回数券を何度もゲットしたという逸話を持っていた。
「 ―― ちにしても …… ちょっとアンドレア、兵曹長バスケスのどっか触ンなさいよ。会話できないじゃない」マークスと相対する扉の影でアデリアがモノアイを背後のゲルググに向けるとアンドレアは慌ててバスケスの腰のスカートへと手を持っていく、勢い余ったそれはガンという音を立てて彼の機体を揺さぶった。
「 ―― ととっ …… そうだな、マルコの言うとおり数では及ばないまでも敵と同等の条件にまで状況を持っていくのが肝心だ、地の利はこちらに分があるからな」アデリアの言葉を言外に察したバスケスがそういうと背後のキースへと目を向けた。
「という事で初手はいいな? 隊長」

 モウラがシェルター前にたむろしている ―― 状況が気になって避難どころではないらしい ―― 何人かを連れてバスケスの機体に通信用のワイヤーを取り付ける。もともとは宇宙空間での近距離通信に使われるもので長さは2キロ以上、送受信感度はハイレゾに近いという優れものだ。キースの予備機であるゲルググマリーネを受領した時についていたものらしい。「糸電話とは古風だな」
「ミノフスキー粒子の濃い戦闘空域ではよく使われてるモンだ。古風つってもなかなかこれが」そういうとモウラがバンとボディを叩いて完了の合図をする。「よしできた、さあ話してみて」

「 “ ほう、これはこれは。なかなか。オデッサの時にこんなのがありゃあもうちょっと損害も少なくて済んだだろうに ” 」 
 敵味方の砲撃と乱戦によって相互の連絡が不可能になった連邦軍陸軍だけが一年戦争時のオデッサ攻略戦において甚大な被害を負ったのは軍関係者ならば誰でもが知る史実だ。あの時モビルスーツの大量投入がなければ今この時点で地球の勢力図はどうなっていたか。「 “ どうだ、隊長? ” 」
「よく聞こえる。 ―― すまないバスケス、本当ならスーツの扱いに慣れたマークスかアデリアに行かせたいところなんだが」
「あたしなら今から代わってもらっても全っ然おっけーですけどね」朗らかなアデリアの物言いにバスケスは思わず苦笑した。
「 “ 八ッ八ッ、伍長の申し出は大変ありがたいが謹んで遠慮させていただくよ。お前さんが行った日にゃ奴ら戦闘放棄して撮影会でもおっ始めかねないからな、結構俺たちの間じゃあ伍長は人気モンなんだぜ ” 」
 あら、と顔をほころばせるアデリア。副業でモデルという職業を生業としている彼女にとって「人気」という言葉ほど敏感に反応する言葉はない。えへへ、それほどでもとデレるアデリアだったがバスケスの次の言葉は浮かれた気分を一気に払しょくするカミングアウトだった。
「 “ 独身の連中なんかほとんどが伍長の写真をお守り代わりにしてるぐらいさ ―― 何だ、あの「フーターズ」の格好したヤツ ” 」
「!! …… チェンの、馬っっ鹿ヤローっっッ !! 」

                    *                    *                    *

 これは …… なに?
 赤い光の下でぼんやりと浮かぶ影。廊下の中ほどでもぞもぞと動くそれは黒い淀みを垂れ流しながらゆっくりとこちらへと這い寄ってくる、その向こうには同じように横たわるものがいくつか。漂う匂いも気にならないほどおぞましいその景色はニナの目を、その意思に反して釘づけにした。やがて湿り気をまとわせた足音が一つ、ゆっくりと奥の暗がりから現れたそれはこちらに近寄ってくる影の先端で足を止めるとニナには聞こえないような呪文をはいて手のものをつきつけた。
「 “ ! やめ ―― ” 」
 心の中で言い終わらないうちにプシュッと静かな音が耳に。突きつけたものの反対側から新たな黒い泥が勢い良く吹き出して更の廊下に新たなシミを生み出す。その時廊下の暗闇にやっと目が慣れてぼんやりしていた物がニナの網膜で実体を結び始めた。
 影だと思っていたのは全部、人。夜間迷彩のBDUをまとった完全武装の兵士たちが横たわった被害者の顔を一瞥して確認している。「 “ な、なに? どういうこと? なんでこんなところに陸戦兵が? ” 」
 確かな事は彼らは誰かを殺しに来たという事、そしてニナは直感的にそのターゲットが自分だという事が分かった。理由は分からないが思い当たる節ならばただ一つ、自分が ―― 多分ターゲットにはキースやモウラも含まれているかも ―― あの紛争の秘密に深く関わっているからに違いない。その秘密を追って秘密裏に消された幾人かのジャーナリストと同じようにティターンズがついに実力行使に出たんだ。
 目の前に近づいた圧倒的な死への圧力にニナの膝が大きく揺れて、新たに起こる全身の震えが止まらない。今まで経験した事のない、畑違いだと思っていた人の手による殺害現場を目の当たりにして彼女は過去に自分が果たしていた役割について不意に思いだしてしまった。
 あの兵士が持っている銃と私が作ったガンダムは同じもの、どちらも人を殺すための手段。 ―― なんて事っ! そんな事に今まで気付かなかったなんてっ! 
 コンペイ島の前哨戦からコウが荒れ始めたのはこういう事、私は彼とガトーの事に気をとられてその気持ちに気づいてあげられなかった!
 あそこで倒れている女性と同じようにここで死すべきではない命があったのかもしれない、でも私はそれを捻じ曲げてまで、自分のエゴでコウにそのための道具を与えてしまった。圧倒的な力を持つ一号機、改、そして三号機。
 一体何人の、何十人の兵士が私の欲のために命を落したんだ? 彼を生き延びらせる為に。 
 私は何人殺したっ!?

「 ―― 民間人は速やかに最寄りのシェルター及び避難通路へと退避してください。閉鎖まで後一分。以降通路は使用不能となります ―― 」

 犯した罪の重さに愕然とするニナの耳にカウントダウンを告げる合成音声のアナウンス、それが流れた瞬間に今しがた女性に止めを刺した兵士の気配がニナのいる袋小路へと向いた。慌てて顔を引っ込めるニナ、しかし兵士の姿が視界から消えた代わりに彼女が見たものはシェルターの入り口にあるランプが点滅する光景だった。緑色の光が数秒間隔で、それは赤い景色の中で強烈な存在感を放っている。
 ピチャッという音が消えて再び硬い音に靴音が変化する、自分の下へと迫りくる死の影で全身の力がすべて抜け落ちたニナは震えの収まらないままストンとその場にしゃがみこんだ。

                    *                    *                    *

「 “ じゃあ作戦は大まかにそんな感じで。俺が陸戦隊の連中と渡りをつけて必要ならば援護、もし敵のモビルスーツ隊と遭遇したら応援を要請する ” 」
「そうだな、今の状況でできる事といえばそれくらいだ。こちらもいつでも準備して待っている、頼んだぞバスケス」キースの言葉にゲルググのモノアイが点灯する、彼の機体がミリタリーモードに入った証だ。
「気をつけて兵曹長。まだ敵がどこにいるかわからないしあの重砲だって ―― 」
「 “ 心配すんな、マークス ” 」キースに繋がっている有線を通じてバスケスの声が全員の下へとはっきりと届いた。「 “ 俺はこう見えても元『ゴーレムハンター』だ、こいつの弱さも強さもよく知ってる。歩兵にとってモビルスーツは戦車以上の脅威だし仕留めるにゃ装備と手順が必要だ、丘育ちの短いジオンにゃそんなノウハウは持ってねえだろうからたどり着ければ楽勝だ。それに ” 」
 バスケスがハイタッチを通りすがりに全員と交わしながらアデリアの隣に立つ。「 ” 重砲とは距離がある。砲撃音さえ聞きゃあ少しばかり位置を変えただけで少なくとも直撃は避けられる、いくら腕っこきの名手でもな ” 」
 ふん、と気合を入れてバスケスが両のペダルを踏みしめる。「 “ じゃあな、軍曹。伍長もあとの事ァ頼んだぜっ! ” 」

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「 “ ラース1からハンプティへ …… 一機出た ” 」
「見えてる、ラース1」いつもは最前線で敵と戦う様子をスコープ越しに眺めていた相手が隣でおとなしく観測任務についているのは妙な気分だ。「迎撃する、初弾APFSDS、次弾も同じ。装填」
 車体の下から台座固定用のアンカーが打ち込まれて上部の扉が開き、格納庫からマニピュレーターが砲弾を取り出して薬室に押し込むと尾栓が閉じる。装填完了の表示と当時にハンプティは砲身を下げて狙いを定める。
「目標、敵モビルスーツ …… ジオンのヤツだとやる気が出るねえ …… 照準よし、一番ファイア」

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 バスケスの反応はとてもにわかとは思えないほど速かった。砲撃音が聞こえたらすかさず位置を変えるというセオリーは多分陸戦隊時代に過酷な戦場を回って身についた癖なのかもしれない、彼は音が聞こえるや否や左のフットペダルを踏みきって機体を右側にある倉庫の影へとふっとばす。掠めた音と着弾点をモニターで確認しながら叫んだ。「 “ 敵重砲6時方向っ! 多分西側の丘の上からだ、畜生。やっぱり出てくるのを狙ってやがったかっ!? ” 」

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 ヒュウ、と小さく口笛。「 “ はずれ。なんだ口ほどにもない ” 」ラース1に非難されたが気分は悪くない。久々に骨のある相手だ。
「一番弾種変更、APHE(徹甲榴弾;遅延信管を備え、弾体が装甲を貫徹して、目標の内部に入ってから爆発するよう設定されている)。二番そのまま。AI、一番はヤツの隠れた倉庫屋根に照準。一番命中後二番発射のタイミングはこちらに回せ」
 命令を受領したシグナルがハンプティのかけた巨大なバイザーの裏側で点滅する。同じルーティンで違う形の砲弾が左の砲身へと押し込まれる。「言っとくがこのタンクの装填速度は今までに見た事もないくらい早いぜぇ …… 照準よし、一番ファイア」

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「もう次弾かっ!」バスケスはそう叫ぶと機体を防御体制へとシフトした。一瞬の間ののちに盾にした倉庫の屋根に弾が着弾、しかしそれはさっきの弾とは違っていた。遅延信管が作動すると弾の内部に仕込まれた炸薬が爆発を起こし、彼が頼みとする倉庫は一瞬にして跡かたもなく消しとんだ。「な、なんだっ!? 」

「見えたぜ、あんたは仲間を釣り出す餌だ。 …… 二番、ファイア」

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 それはあっという間の事だった。着弾との間を少し置いて爆発する機材倉庫、露わになるバスケスのゲルググ。コックピット内に充満する爆発音。何も聞こえない。彼に訪れた危機をなんとかしのげるようにとモニター越しに祈りながら見つめるアデリア。
 しかしそれは次の瞬間にあっけなくへし折られた。爆発の大音量に紛れて発射された次の徹甲弾は甲高い音を響かせてゲルググの右ひざを直撃する。膝から下を離断されてオートバランサーの加護をも失ったその機体は派手な金属音を響かせて敵から丸見えになったその通路へと横たわった。アデリアの悲壮な叫びが、つながった全てを通じて動けない留守番の全員に届く。
「 !! 兵曹長ォォッっ !! 」


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