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No.32711の一覧
[0] 機動戦士ガンダム0086 StarDust Cradle ‐ Ver.arcadia ‐ 連載終了[廣瀬 雀吉](2023/07/03 19:06)
[1] Prologue[廣瀬 雀吉](2012/04/19 18:00)
[2] Brocade[廣瀬 雀吉](2012/04/19 18:01)
[3] Ephemera[廣瀬 雀吉](2012/05/06 06:23)
[4] Truth[廣瀬 雀吉](2012/05/09 14:24)
[5] Oakly[廣瀬 雀吉](2012/05/12 02:50)
[6] The Magnificent Seven[廣瀬 雀吉](2012/05/26 18:02)
[7] Unless a kernel of wheat is planted in the soil [廣瀬 雀吉](2012/06/09 07:02)
[8] Artificial or not[廣瀬 雀吉](2012/06/20 19:13)
[9] Astarte & Warlock[廣瀬 雀吉](2012/08/02 20:47)
[10] Reflection[廣瀬 雀吉](2012/08/04 16:39)
[11] Mother Goose[廣瀬 雀吉](2012/09/07 22:53)
[12] Torukia[廣瀬 雀吉](2012/10/06 21:31)
[13] Disk[廣瀬 雀吉](2012/11/15 19:30)
[14] Scars[廣瀬 雀吉](2012/11/15 19:32)
[15] Disclosure[廣瀬 雀吉](2012/11/24 23:08)
[16] Missing[廣瀬 雀吉](2013/01/27 11:57)
[17] Missing - linkⅠ[廣瀬 雀吉](2013/01/28 18:05)
[18] Missing - linkⅡ[廣瀬 雀吉](2013/02/20 23:50)
[19] Missing - linkⅢ[廣瀬 雀吉](2013/03/21 22:43)
[20] Realize[廣瀬 雀吉](2013/04/18 23:38)
[21] Missing you[廣瀬 雀吉](2013/05/03 00:34)
[22] The Stranger[廣瀬 雀吉](2013/05/18 18:21)
[23] Salinas[廣瀬 雀吉](2013/06/05 20:31)
[24] Nemesis[廣瀬 雀吉](2013/06/22 23:34)
[25] Expose[廣瀬 雀吉](2013/08/05 13:34)
[26] No way[廣瀬 雀吉](2013/08/25 23:16)
[27] Prodrome[廣瀬 雀吉](2013/10/24 22:37)
[28] friends[廣瀬 雀吉](2014/03/10 20:57)
[29] Versus[廣瀬 雀吉](2014/11/13 19:01)
[30] keep on, keepin' on[廣瀬 雀吉](2015/02/05 01:50)
[31] PAN PAN PAN[廣瀬 雀吉](2015/02/05 01:25)
[32] On your mark[廣瀬 雀吉](2015/08/11 22:03)
[33] Laplace's demon[廣瀬 雀吉](2016/01/25 05:38)
[34] Welcome[廣瀬 雀吉](2020/08/31 05:56)
[35] To the nightmare[廣瀬 雀吉](2020/09/15 20:32)
[36] Vigilante[廣瀬 雀吉](2020/09/27 20:09)
[37] Breakthrough[廣瀬 雀吉](2020/10/04 19:20)
[38] yes[廣瀬 雀吉](2020/10/17 22:19)
[39] Strength[廣瀬 雀吉](2020/10/22 19:16)
[40] Awakening[廣瀬 雀吉](2020/11/04 19:29)
[41] Encounter[廣瀬 雀吉](2020/11/28 19:43)
[42] Period[廣瀬 雀吉](2020/12/23 06:01)
[43] Clue[廣瀬 雀吉](2021/01/07 21:17)
[44] Boy meets Girl[廣瀬 雀吉](2021/02/01 16:24)
[45] get the regret over[廣瀬 雀吉](2021/02/22 22:58)
[46] Distance[廣瀬 雀吉](2021/03/01 21:24)
[47] ZERO GRAVITY[廣瀬 雀吉](2021/04/17 18:03)
[48] Lynx[廣瀬 雀吉](2021/05/04 20:07)
[49] Determination[廣瀬 雀吉](2021/06/16 05:54)
[50] Answer[廣瀬 雀吉](2021/06/30 21:35)
[51] Assemble[廣瀬 雀吉](2021/07/23 10:48)
[52] Nightglow[廣瀬 雀吉](2021/09/14 07:04)
[53] Moon Halo[廣瀬 雀吉](2021/10/08 21:52)
[54] Dance little Baby[廣瀬 雀吉](2022/02/15 17:07)
[55] Godspeed[廣瀬 雀吉](2022/04/16 21:09)
[56] Game Changers[廣瀬 雀吉](2022/06/19 23:44)
[57] Pay back[廣瀬 雀吉](2022/08/25 20:06)
[58] Trigger[廣瀬 雀吉](2022/10/07 00:09)
[59] fallin' down[廣瀬 雀吉](2022/10/25 23:39)
[60] last resort[廣瀬 雀吉](2022/11/11 00:02)
[61] a minute[廣瀬 雀吉](2023/01/16 00:00)
[62] one shot one kill[廣瀬 雀吉](2023/01/22 00:44)
[63] Reviver[廣瀬 雀吉](2023/02/18 12:57)
[64] Crushers[廣瀬 雀吉](2023/03/31 22:11)
[65] This is what I can do[廣瀬 雀吉](2023/05/01 16:09)
[66] Ark Song[廣瀬 雀吉](2023/05/14 21:53)
[67] Men of Destiny[廣瀬 雀吉](2023/06/11 01:10)
[68] Calling to the night[廣瀬 雀吉](2023/06/18 01:03)
[69] Broken Night[廣瀬 雀吉](2023/06/30 01:40)
[70] intermission[廣瀬 雀吉](2023/07/03 19:04)
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[32711] Laplace's demon
Name: 廣瀬 雀吉◆27b69bea ID:b07dcfae 前を表示する / 次を表示する
Date: 2016/01/25 05:38
 聞きなれない音がコウを眠りの縁から現実へと引き戻す。目を開けても変わらぬ暗闇をぼんやりと照らしだす淡い光は傾いだテーブルの上に置かれた携帯から放たれている、コウはうつろな目で枕元の目覚まし時計を取り上げると時間を確認してそのままベッドの上へと放り投げた。
「 …… だれだ、こんな時間に? 」
 明日からはいよいよ本格的な収穫が始まる。一日二日の遅れがもろに品質へと影響するハードレットウィンター種は高値で取引されるがその分リスクと負担も大きい、ましてや自分一人の手で ―― それも機械を使わず全てを行うには他の仲間が想像もできない体力を気力を要するのだ。その為にレトルトではない充実した食事を摂り ―― あれほど嫌いだった人参も全てたいらげた、もちろんはちみつと月桂樹の葉を入れて十分に煮込むと言う調理法に限られるが ―― 早めに床についたのが午後八時を少し回ったところ、いわば最も眠りの深い時期に無理やり起こされてしまった。
 間違い電話だろうと彼の不機嫌な思考は一方的な無視を決め込んだ、しかしその決意を逆なでするかのように携帯の向こうにいる相手は一向に諦めようとはしない。頭に来たコウが腹立ち紛れに起き上がって乱暴に携帯を握り、見知らぬ番号かどうかを確認してから耳にかけて通話スイッチを押すまでそれは続いた。
「 …… はい、ウラキです」
 相手の声を聞いてからやり込めようと身構えたコウの声は不自然に低く小さい。しかし電話の向こうにいる相手はコウの予想を遥かに超える、しかも驚きの余りに目を覚まさざるを得ない一言を静かに告げた。
「 ” はじめまして、コウ・ウラキ「戦時中尉」 ” 」

 噴出したアドレナリンがコウの中に巣食う闇を目覚めさせて時の流れを滞らせる。額から吹き出した冷や汗がこめかみに届く僅かな時間に彼の脳は球が投げ込まれる寸前のルーレットのように激しく回った。何のためらいもなく、しかも確信に満ちた声で以前の自分の階級を語る声の主。それはティターンズ設立初期に在籍した、しかもあの「陰謀」に深く加担した人物に限られるはず。では ―― 
「だれだ、あなたは」
 誰もいない部屋の何かをはばかる様に小さく、しかし威圧する様に低い声で問い質すコウに電話の主は僅かながらそれを愉しむようなそぶりを声に滲ませた。
「 ” 名前など形而上個人を分類する為につけられた記号だ、この際どうでもいいだろう? どうしても私にそれを当てはめたいと言うのなら、そうだな …… 『ディープ・スロート』とでも名乗っておくとしよう ” 」
 ディープ・スロート、それは活動先の組織において要職に就き重要情報を漏えいさせるスパイという意味を持つ暗号名。大昔の巨大国家の一元首を失脚に追い込んだ禁句を事もなげに口にしたその男はまとわりつく様な声でその先を続けた。
「 ” 今日は君の人生に関して重要かつ重大な警告をして差し上げようかと思って電話をした訳だが …… ところで君は本当にコウ・ウラキ戦時中尉本人なのかね? ” 」
「そうだっ、だが今はもう戦時中尉じゃない。ただの予備役伍長だ」
「 ” これは失敬、私の手元には「当時の記録」しかないものでね。だが君の階級とか今の立場には全く興味がないのだよ、今私に必要な物は君があの紛争で残した幻の戦歴が私の目標に対して有益か無益かという事だけでね。現在の所それが比較的有益だと判断したのでとりあえず連絡をさせてもらった ” 」
 寒気のする様な台詞がコウの危機感を募らせる。その口調からは恐らくあの紛争の事実すべてを理解している事が垣間見える、ティターンズの秘密の中でも最大の禁忌を知ってなおその当事者に連絡を取ろうとするこの男の要件とは一体いかなるものなのか?
「用件があるのならさっさと言ってくれっ、こっちは明日から ―― 」
「 ” そうそう、その辺りは ―― オークリー農業特区は収穫の時期だったね。君達の作る小麦は私の所でも心行くまで堪能させてもらっているよ? 何かの才能に秀いでた者が作る作品はそれを手にする者を感動させる、創造者とはこうでなくてはならない ” 」
「俺の過去を詳しく知っているあなたには関係のない話だ、それよりもさっさと要件を言え。それと誰からこの電話番号を聞いたかという事も含めてだ」
 自分の電話番号を知っている者はヘンケンとセシル、そして後は身内の者だけだ。キースやニナ ―― 軍の関係者とみなされる者には一切教える事はできない、基地を離れる際の契約にはその条項も含まれていた。電話の向こうの男はふむ、と溜息交じりに呟き、ほんの少しの沈黙の後に静かに口を開いた。
「 ” ではまず後者の方から。君だけではなく私が必要とする人物の過去や経歴係累も含めてその全てを自在に手に入れる事のできる立場にある者とだけ言っておこう。断っておくが私は軍人ではない ―― ジャミトフやバスクと同列に並べる事だけは勘弁いただこう、あのような下賤な輩と一緒にされたくはないのでね ” 」
 なんと、とコウは自分の耳を疑った。民間人でありながら極秘も含めて欲しいだけの情報をありったけ手に入れられる人物などこの世に果たして存在するのか?
「 ” にわかには信じられないだろうが限られた人間にしか教えていない君の電話にこうしてかけているのがいい証拠だ、納得してもらえないと言うのであれば今から私の手元に集まっている電話番号の数々を声に出して読み上げてみるかね? 君の家族、親戚、友人 ―― ” 」
 コウの苛立ちを挑発するかのように電話口の向こうで男が微かに笑う、しかし苛まれる神経を理性の力で必死に抑えつけようとする彼のタガが外れたのは男の声音がある種の愉悦へと変化を果たした瞬間だった。
「 ” ―― それと「彼女」の電話番号も聞きたいかね? " 」

「貴様っ! ニナに何をするつもりだっ!? 」
 全身が総毛立つほどの怒りに我を忘れたコウが思わず携帯を自分の耳に押し当てる、しかし耳朶に忍び込んでくるその声音には彼の反応すらも愉しんでいる雰囲気がありありと窺えた。
「 ” 私は何もしないよ、私は、ね。 …… ところで今日はその事について君に耳寄りな情報を入手したんだが、興味はあるかね? ” 」
「もったいぶってないでさっさと答えろっ! 貴様一体何を知っているっ!? 」
「 ” せっかちだな、君は。それがあの紛争で連邦に二人しかいない二つ名を与えられたパイロットのする事かね? よくそれであの「ソロモンの悪夢」と遣り合って生き残ったものだ。 …… まあいいだろう、今から私の言う事をよく聞きたまえ ” 」
 男から発せられたその一言がもたらした物はカンカンになった頭からまるで冷や水でも浴びせられたように冷たくなる感覚、初めて宇宙でシーマと戦った時と同じくらいの恐怖がコウの全身を包み込んだ。
「 ” もうすぐオークリー基地が襲撃される ” 」

                        *                        *                        *

 下着の上から羽織った男物のYシャツは自分の手元にたった二つだけ残ったコウの物だ。ベッドの上へと倒れ込んで彼が残したもう一つの方 ―― 起動ディスクを手に取ってそっと襟を立ててすうっと息を吸う。どんなに辛くて苦しい時もいつも自分を慰めてくれた彼の残り香はもうすっかり消えてしまったが、追憶の果てに起こった奇跡が彼女の鼻孔へと懐かしい匂いを蘇らせた。安らぎとときめきを、そして生きる力を私に与え続けてくれた懐かしい彼の匂い。
 だがそれと同時に生まれいずる空しさと切なさが彼女を凍てつく世界へと誘った。もう二度と会えないのだと言う事実と会ってはいけないのだと言う自分の決意、似て非なる二つの現実が織り成す結末は現実味を増して彼女の手では届かない。寒さの原因を追い払うかのように彼女は手の中のディスクをナイトテーブルの上へと静かに置くとそのまま照明のスイッチへと手を伸ばした。一瞬にして包み込む暗闇から逃れる様に足元の肌がけをまくりあげて全身を覆い包む。
 一人で生きていく事を決め、そしてもう慣れたと思い込んでいた。でも違った。
 覚悟も。
 決意も。
 彼を諦めるための何もかもが致命的に足りなかった。そんな事は分かっていたのに気付かないふりを続けていた。
 偶然の出会いは、神様に与えられた罰だった。多くの、償いきれない罪を誰かと分け合おうとした愚かな自分に対する戒め。
 手放す前に気づけばよかったのだ、いなくなる前に話せばよかったのだ。「自分が貴方をこんな風にしてしまった」と。そうすればたとえ結果が同じでも心は慰められたのだ、それを告白した自分の勇気に。一人でそれらを背負って生きていこうとする自らの決意に。
 でも、もう遅い。
 失ってしまったものはもう二度と取り戻せない。なだらかに延々と続く終わりまでの空虚な上り坂をたった一人で、重い手足を引きずりながら登り続けるしかないのだ。
 
 その世界の冷たさがニナの頬を濡らした。耐え切れない辛さが胸を締めつけて固く閉じた唇の隙間から嗚咽となって闇へと零れ出す。夢も、希望も、人が生きていく支えとする大事な物全てが潰えたこの道のりを自分が歩むにはあまりにも辛すぎる。
 モウラも、キースも、アデリアも、マークスも。この基地で私を見守ってくれている大勢の仲間が多分私を支えようとしてくれる。助けると誓ってくれる。でも。
「 …… コウはもうどこにもいない」
 みんなはコウじゃない、彼の代わりにはなれない。引き裂かれたもう一人の自分の姿を思い出そうと瞼の裏に広がる暗い淀みに目を凝らす、しかし彼の姿の代わりに浮かんで来たものは姿ではなくモラレスが部屋を出ていく前にぽつりと告げた一言だった。

 ―― 明日という日が今までで一番いい日にならないと言う保障はなかろう?

 羊を数える様に何度も何度もその言葉を思い出しながらニナは浅い眠りにつく、いつの間にか規則正しくなった彼女の寝息はかけっぱなしの騒々しいエアコンの音に掻き消されてひっそりと部屋の隅へと追いやられた。

                        *                        *                        *

 戦慄の余りに時を忘れる。
 とりとめのない疑問とやり場のない怒りが幾度となくループを繰り返した揚句にコウは電話の向こうの相手がそれ以降一言も言葉を発していない事にやっと気がつく、エイプリルフールに吐く嘘並みにどう考えてもナンセンスなその発言はコウに乾いた笑いしかもたらさなかった。
「そ、そんなばかな。あんた何言ってるんだ? こんな夜更けにそんな与太話をするためにわざわざ電話をかけて来たのか? 人をびっくりさせたいんならもっとましな ―― 」
「 ” 信じる信じないは君の勝手だが私は事実だけを述べている。事実に関してどうこう言う程私は暇じゃないのでね ” 」
 無機質に告げるその声が妙にコウの癇に障った。逆上へとひた走ろうとする感情を総動員した理性で抑え込んでも声音の変化だけは止められない。
「じゃあその事実の根拠は一体何だ? だいたいあんな辺境の基地を攻撃してジオンに何の得がある、秘密兵器も何もないただの補給廠みたいな所なんだぞ」
 捲し立てたコウの勢いに押されたのかそれとも辟易したのか電話口の相手はほんの少しだけ沈黙を守り、しかしコウが息を整える絶好のタイミングで口を開いた。
「 ” …… まず事実を知る者として君の推測と認識に対して修正を加えよう。オークリーを攻撃するのはジオンやアクシズではない、ティターンズが極秘裏に編成した特殊部隊群でバスク・オムを総司令とする傭兵部隊だ。先ごろドイツの山中でMPIの研究所がテロリストに襲撃された事件を知っているかね? 立て篭もったテロリストと偽られた民間人を一方的に虐殺殲滅した彼らが今回の作戦の主役だ ” 」
「ふざけたでまかせを。あんたの言う事が百歩正しいとしても、なぜティターンズが味方を襲わなきゃいけないんだっ! 奴らの目的は一体何だっ!? 」
 コウにたった一つだけ心当たりがあるとするならばそれはデラーズ紛争に関与した人物の抹殺、しかし自分も含めてオークリーにいる四人は軍と交わした契約書のほぼ全ての条項を理不尽に思いながらも順守している。いわば彼らの為に手を貸している人物達を手にかけねばならないほど切迫した事態がティターンズ内部で発生しているのか?
 それともう一つ。それならば優先順位から言っても真っ先に自分が狙われるはずだ。アイランド・イースの中で首謀者の一人であるアナベル・ガトーと会話を交わし、その後にあの陰謀を画策した連中の一人であるバスク・オムへと銃を向けた。オークリーの四人のうち ―― いや、あの紛争で生き残った者の中では最も真実に近い場所に立っているのが自分なのだ。それを差し置いてオークリーへと刃を向けようとしているティターンズの目的とは、一体?
 瞬きするほんの僅かな間に脳内を駆け巡る推理と予測、しかし男から発せられた言葉は未来予測に長けている筈のコウの発想をも上回る物だった。
「 ” オークリーに在籍するニナ・パープルトン技術主任の消去、それが彼らの目的だ ” 」

 ―― 誰を、消去するって?

 頭の中で何度も繰り返す聴き取れなかったと思われるその名前、しかしそれはあぶり出しの文字のように次第に浮かび上がってコウの脳裏へとはっきり焼き付いた。同時に込み上げて来る怒りがコウの表情を一変させて、気配を読み取ったエボニーが急いでベットの下へと潜り込む。
「 ” 表向きでは彼女の拉致が目的なのだが恐らく彼らは彼女を必ず殺すだろう。彼らはオークリー基地ごと彼女を抹殺するつもり ―― ” 」
「ふざけるなっ!! 」
 これ以上こんな奴のたわごとにつき合っていられるか、と眩んだ頭で考えながらコウは通話ボタンへと指を伸ばす。しかし自分の中に隠れていたもう一人の自分の記憶 ―― そんな事が起こる訳がないと思っていた事がある日突然現実の物となった経験を持つ ―― がその指に力が加わる事を頑なに拒んだ。まんじりともせずにはけ口を失った怒りが通話ボタンに触れた指をぶるぶると震わせ、電話口の相手はまるで向かい側でその光景を見て楽しんでいるかのように言った。
「 ” どうやら思い止まったようだね、いや感心感心。 …… もしここで通話が途切れたとしても私の方から君へとかけ直すなどと言う親切はしないつもりだったのだよ。だが君の我慢と好奇心に敬意を表して君のもう一つの勘違いに訂正を加えてあげるとしよう ” 」
 煽るように続ける相手の居丈高な物言いにコウは何も言い返せない、いやむしろ彼はデラーズ紛争が起こる直前の光景を頭の中に思い描いていた。初めてみるペガサス級強襲揚陸艦「アルビオン」の雄姿、搭載されていた二基の試作ガンダム、そしてそれを開発したうら若きシステムエンジニア。突如として始まった非日常の出来事が実は地獄へと続く旅の始まりだったと言う事実。
 この世に起こり得ない事など存在しないと言う絶望という名の貴重な経験。
「 ” もしかしたら今君の頭の中では紛争ぼっ発前日の光景が広がっているのかもしれない。そう、君の認識は正しい。トリントンに運び込まれた試作ガンダム一号機と二号機、そして貯蔵されていた核兵器によって君の基地は敵の標的となった。秘密兵器と言う物 ―― 特に戦局を左右するほどの存在は時として人の運命を大きく変える力を持つ、君には十二分に理解できる事だ ” 」
「じゃあいつそれが持ち込まれたんだっ!? そんな物欲しい奴にノシでもつけてくれてやればいいだろうっ! だいたいそれとニナに何の関係があるっ!? 」
「 ” その秘密兵器は君がオークリーに着任するほんの数か月前に運び込まれた ” 」
 自分が着任する何カ月か前? じゃあ俺は何年もの間それに気づかずにいたって言うのか?
「 ” もちろんその事は私以外 ―― 当の本人にも分かりはしない。だが私の研究を成就する為には是非ともその存在が必要なのだよ。だからこの作戦を進言して今晩実行に移される、彼女を手に入れる為に、ね ” 」
 彼女? ニナの事か?
 自分の研究? 手に入れる? 何の話をしているんだ、この男はっ!? 
「 ” もういくら物分かりの悪い君にも分かっただろう。 …… そう、オークリーがずっと抱え込んでいた秘密兵器、それが「ニナ・パープルトン」その人物なのだよ ” 」

 駆け巡る怒りで頭の回路が焼き切れた気分だ。余りにも突拍子のない男の言葉は逆にコウの頭から熱を追い出して怖気にも似た寒気をもたらした。男の言葉を一つ一つ思い出しながら言葉の整合性を検証してみる、すると不思議な事にニナの名前以外の部分で矛盾する箇所がどこにもない事に気がついた。
「なぜ、彼女が秘密兵器なんだ? 」問い質すコウの声に力はない。男の言葉を現実の物として受け入れた訳ではない、しかし論理が破たんしてない以上はそれが露呈するまで黙って聞くしかない。
「 ” それは彼女が「ニュータイプ」だからだ。それも今まで現出した者とは一線を画する、極めて特殊な類の ” 」

                        *                        *                        *

 検索する度に行く手を遮る無数のポップアップをワイアットの認識番号でやり過ごし、いよいよ三人ともその番号をそらで覚えそうになった頃にやっと目的の場所へと到達した。途中何度か別の階層へと浮上していくつかのフォルダを光ディスクへとダウンロードしたがチェンは「この先どうしても必要なファイルだから」と説明しただけで素知らぬ顔をしている。医療関係に関連する秘密文章だからそう言う物も必要なのかも、と専門家ではない二人は納得して彼の行動を黙って見続けていた。
「さあ、じゃあいよいよ『PI4キナーゼ・タイプⅣ』の秘密とやらに御対面です。用意はいいですか? 」
 浮かれた口調でそう言うとチェンはキーを叩いた。検索画面が消去して新たなポップアップにその結果がファイル名で表示される、もちろん最もマッチ率の高いものが最上部から表示されるのだがマークスはその数の多さに驚いた。薬学関係でこれほど闇へと葬られたものがあるとは思わなかった、一体連邦軍はどれだけ非道な事を設立当時から続けてきたっていうんだ!
「軍曹」
 チェンの静かな声にマークスははっとして握り締めた拳の力を抜いた。
「正義も高潔もここには存在しません。むしろ人が正義を高らかに謳い上げるためにはそれを覆い隠すほどの闇が必要なのです、だから僕はそう言った連中ティターンズが大嫌いなんですけど …… 出ました」
 声に反応した二人がチェンと肩を並べて食い入る様に画面を見つめる、ドキュメントリーダーによって画面に展開されたそのファイルはその全てが文章である事を三人に教えた。
「『LAS患者に於ける脳内活性状況と個体差によるサイコミュ発生比率の頻度検証考察』 …… どうやら医学論文のようです、それも最近の物じゃない」
「どうして分かるの? 」
「今君もこの表紙に何と書いてあるか読めなかっただろ? つまりこれは公用語じゃなくAD世紀にある一民族が使っていた独得の言葉なんだ。付け加えるならジオン公国語の元になった言語、でも宇宙世紀に入ってからは全ての論文が公用語で提出されるようになっているはず。だからこれはAD世紀に書かれたものか、よっぽどその言葉にこだわりを持っている偏屈な研究者が書いたものだと分かる」
 チェンの分析に目を丸くして驚くアデリアを尻目に彼はスクロールバーを下へと動かす、恐らく何百ページもあるその論文を三人が理解する事は絶対に不可能だ。チェンは急いでダウンロードを実行すると一番最後のページまでバーを動かして、そこに記載されている著者の名前を表示した。
「内容に関しては後でドクに聞いてみるとして、今僕達にできる事は誰がこれを書いたかという事だけだ。 …… と、驚いた。今時直筆? 何とも驚きずくめだな。おまけにすっごい癖字だ、全然読めやしない」
「ンじゃあたしの出番だね? まかせて。こういうのは昔ものっすごく字のきたない子がいてね、あたしがずっとその子の答案の翻訳を任されてたんだから」
 片腕をまくりながら待ってましたとばかりに身を乗り出し、目を細めたり大きく開きながら何とか解読しようとするアデリア。「うわ、なんかもう字じゃないじゃん」などとぶつぶつ呟きながら、それでも何とかいくつかのアルファベットを読み取った。
「えーっと、最初が「F」でしょ? んで次が「L」 …… その後なんか波線が三つ続いて「G」、そのあとが「AN」。セカンドネームは「Lom」で間違いないわ。あたしの友達に同じ名前の子がいたもん」
「Fl・・・gan・Lom、てまさか、あの「フラナガン・ロム」博士の事か? ジオンのニュータイプ研究で有名な? 」
 アデリアの解読能力もさることながら自分の口から飛び出してきた意外な人物の名にマークスは驚いた。チェンは読み終えたアデリアと小さなハイタッチを交わしながら再び画面へと向き合って、共著に記載されている人物の名を読んでいる。
「なんとサイコミュの発見者にしてニュータイプ理論研究の先駆けとも言える方がこんな論文を提出していたなんて。それも共同執筆とは驚きだ、少なくとも当時のジオンにはこれに精通した人物が最低二人はいた事になる」
「エルンスト・ハイデリッヒ …… 聞いた事ないなぁ。共著の片方が有名になって片方はその名すら知られていない、そんな事ってあるんだろうか? 」
「そりゃここレベル5に名前が残ってるんだもの、なんか秘密があるんでしょ? でもあたしなんかこの名前、嫌い。だってすっごく気味悪い感じがするんだもの」
 音の響きで好き嫌いを言ってたらこの世の半分は嫌いになるぞ、と嗜めるマークスになによぉ、と言い返すアデリア。二人の小さな口げんかを尻目にダウンロードが完了したディスクを交換したチェンは再び画面へと向き直った。
「はいはい。わかったから痴話げんかはそれくらいにして、時間がないからさっそく次に進もう。 …… アデリア、君の探してる相手は『ヴァシリー・ガザエフ大尉』でいいのかい? 」
 揶揄された事に思わず顔を赤らめて反論しようとした事と、不吉な名前に反応して顔色を曇らせた事とはほぼ同時だった。心細げに小さく頷くアデリアを横目で見ながら、自分にとっての本題はむしろここからだと言い聞かせるマークス。
 明らかにアデリアを狙って来た相手の情報を掴んでおく事が彼女を守るための鍵になる。少なくとも相手の所属する部隊の位置や役割を把握しておく事で今後の対応は立てやすくなるはずだ、少なくともその接点を回避するだけでも結果はおのずと違ってくる。
 しかしマークスの密かな決意は予想外の形で画面へと現れた。さっきまであれほどしつこく立ち塞がってきたパスワード認証もなく、男の経歴は一枚の書類となって三人に差し出されたのだ。それもいかにも物々しい書式や形式ではなく自分達と同じごく普通の形で。
「なんかあっけないなぁ、特殊部隊ってのは探す場所さえ間違えなければこんなに簡単に検索できるものなのか? 」
「いえ、どうやらこれは人事部に保管されているただの経歴書のようです ―― ほら」
 チェンが画面の右上を指差すとそこには閲覧している書類がどこに保管されているかを示す番号が書かれていた。今の今まで見ていたフラナガンの論文は確かに最深下層を示す「5」が表示されていた、だが男の書類が示した数字は「2」。
「レベル2って …… それじゃあ尉官クラスが閲覧できるただのライブラリって事じゃないか。あれだけの騒ぎを引き起こしておいてすぐに隠蔽できる部隊にいる兵士がどうして ―― 」
「 …… なんで、死んでるって ――」
 わなわなと唇を震わせながらアデリアが呟く、マークスの立ち位置からはよく見えなかったがチェンの後ろに立つアデリアからはその薄い色がはっきりと見てとれた。書類の背景に薄らと浮かび上がる「KIA」 ―― 戦死の表示と最後の経歴。「ヴァシリー・ガザエフ大尉はサイド1・ケルン方面のジオン残党との小規模な戦闘において戦死」。
「そんな。 …… チェン、嘘じゃないっ。ほんとにあたしはこの目で見たのよ! 部下を何人も連れた彼があたしとマークスを拉致ってそれで ―― 」
「分かってる、大丈夫だよアデリア。君がそんな嘘をつく筈がないし、それじゃあ軍曹の傷の説明がつかない …… これはもっと厄介な話になってきたぞ」驚く二人とは対照的に、しかしチェンの表情からは笑顔が消えているようにも見える。
「 …… 『傭兵の中の傭兵オブ・ザ・グース』って知ってますか? 」

 正確にはマーセナリ―・オブ・ザ・グース。傭兵の中でも最も高額でやりとりされる連中の事だがその報酬と引き換えに文字通り命がけの過酷な任務に従事する。彼らは敵味方を問わずその痕跡を残さない為に戸籍の全てを抹消 ―― つまり死亡届を提出し、世の中の倫理とは全く外れた世界でただひたすら戦い続ける傭兵の総称である。
 何かの本で読んだ噂話を思い出してマークスはぶるっと身震いした。まさか自分の所属する連邦軍にそんな得体の知れない部隊が存在していたとは思いもよらなかった。特殊部隊の話は色々な基地でたまに耳にはしていたがそのどれもこれも正規に所属する連邦軍の一部隊で、マークスも実際にその中の何人かと会話を交わした経験がある。
「前科身元など全ての来歴を考慮せずに入隊可能で消耗品として働く事だけを目的とする特殊作戦群 ―― 残念ですがその一切のデータは絶対に閲覧される事がありません。あるとしたらそれは恐らくその部隊が本拠地としている基地の金庫に紙媒体で厳重に保管されている筈です」
「紙 …… 手書きってこと? 」
「もしも何かのきっかけで部隊の存在が明るみに出そうになった時のためさ。多分彼らの本拠地の地下には信管付きの核爆弾が実装されてるんじゃないかな」
 あっさりと不気味な事を言い放つチェンとは正反対の表情で青褪めたままじっと画面の男の顔を見つめているアデリア、そんな部隊に所属している男がまた自分の前に現れたらどうすればいい? もし自分を拉致する事がそんな部隊の立てた作戦の一環だったとしたら、その本当の目的って?
「そういう事ならもう大丈夫だアデリア …… そうだな、チェン? 」
 思いつめているアデリアが顔を上げるとそこにはほっとした表情のマークスがいた、そしてチェンもマークスの言葉に笑い顔を取り戻して頷いている。
「サリナスで騒ぎを起こしたのがこの男ならそれは「部隊の存在を明るみにしかねない」勝手な行動になる。そして君を拉致しようとしたのが何らかの作戦の一環だったのだとしたらその作戦は失敗した事になる、じゃあ部隊のお偉いさんはそんな不始末を仕出かした兵隊さんを一体どうするでしょう? 」
 おどけた口調で尋ねて来るチェンの言葉でアデリアはあっと小さく叫んだ。もし彼の所属する部隊がそういう性格の物だったとしたら ―― 。
「良くて終身禁固、悪けりゃ銃殺。それも裁判なしのおまけつきだ。少なくとも君に顔を見られた以上、彼が再び君の前に立つ事はありえないよ ―― まあこれで全てが一件落着、という事で」
 タイミング良く吐き出されたトレイからディスクを摘まみ上げるとチェンはそそくさとケースにしまい込んで画面へと向き直った。既に彼らの援護に回っているハッカーの数は当初の五分の一にまで減少し、しかしその五分の一が一騎当千に近い力の持主たちである事はカウンターの数値が一定のラインでせめぎ合っている事からよく分かる。
「ねえチェン、さっきなんで「厄介な話になってきた」なんて言ったの? 」ふと思い出したようにアデリアが尋ねるとチェンはふっと息をついて、しばらく何かを考えていた。
「 …… 今僕達が潜り込んでいる所はジャブローのデータアーカイブだって知ってるよね? つまりここには連邦軍の勢力が及ぶ範囲全てのデータが保管されている。つまり地球連邦に何らかの関与がある以上、絶対にここにデータがなきゃいけないんだ」
「でもそれって部隊の方針で紙媒体で保管されてるってことでしょ? なら ―― 」
「そうなんだけど実はもう一つ可能性がある。それは ―― 」
「部隊を構成する大本の組織が」二人の会話に割って入ったマークスの口調は重かった。
「 ―― 連邦軍じゃ、ない」

                        *                        *                        *

「 ” 君はあの時、自分の乗った機体に何の疑問も持たなかったのかね? ” 」
 咎める様に突き付けられた質問にコウは答える事ができない。確かにあの紛争の最中でも欠かさず続けていた練兵で自分は歴戦の師であるバニング大尉に勝ちはした、だがそれは彼が盛りを過ぎたパイロットであった事と機体性能に格段の差があった事が要因だ。もし彼の部隊が二つ名を頂いた星一号作戦の時に同じ機体で戦ったとしたら勝敗は目に見えていた。
「 ” 君の戦技レベルがGPシリーズに乗った事で飛躍的に向上した事は認めよう、しかしそれだけであの男に太刀打ちできるほど戦争という物は甘くない。その事は君自身が身にしみて分かっている筈だ ” 」
 得意げに滔々と語る男の声は拒絶しようとするコウの意思をこじ開けて耳朶の奥へと捻じ込まれる。
「 ” 君が今こうして私の言葉に耳を傾けられるのは全てあの機体のおかげだ。そしてその三機の基本コンセプトやオペレーションシステムをたった一人で作り上げたニナ・パープルトン ―― 彼女がいなければ君はとっくの昔に二階級特進を果たしていたと言うわけだ ” 」
「あの機体を作ったのはアナハイムでニナはあの機体を動かすためのプログラムを作っただけだ、一介のシステムエンジニアがソフトプログラムの構築に関わっただけでどうして彼女がニュータイプだといい切れるんだ? 」
 考えた末に唯一残った矛盾点がただそのポイント一つだった。何とか相手の論理を崩壊させようと頭をフル回転して突破口を見出そうと試みたが、辛うじて手にしたその可能性も男の吐いた小さな溜息によって霧散した。
「 ” 今さら君にニュータイプの定義を語ってもしょうがないのだが …… かつてこれを世に送り出したジオン・ダイクンは「お互いに理解し合い、戦争や争いから解放された新しい人類の姿」と彼らの事をごく曖昧に表現した。為政者と言う者は時には民衆を扇動して国と言う組織をまとめ上げなければならないし、その時期は特にサイド3への連邦の干渉が著しい頃だったから彼は反連邦の為の旗印として自分の考える「理想の国民の姿」を皆に求めたのだろう。だから彼自身、まさか本当にそんな能力を持った人間がこの世にあらわれるなどとは思いもよらなかったはずだ ” 」
「ジオンの創始者は …… ニュータイプの存在を知っててその宣言を発したんじゃないって言うのか? 」軍の教科書に書かれていた事実とは明らかに異なる話にコウは思わず喰いついた。
「 ” そもそも君達の知る『ニュータイプ』という人種がダイクンの提唱する者達とは大きく異なるのだよ。だいたい考えてみたまえ、一年戦争の時にその名を上げたジオンのシャア・アズナブルと連邦のアムロ・レイ。彼らが本当にニュータイプだと言うのならなぜ彼らは最後まで敵味方に分かれていたのかね? どうして分かり合えなかったんだね? …… さっき私が言った「今までの者」というのは少し語弊があってね、皆が知っているニュータイプという人種は実はジオンによってでっちあげられた能力者の総称だったりするのだよ ” 」
 なんと、とコウは男の言葉に愕然とした。男が例に挙げた「赤い彗星」と「白い悪魔」は戦場での戦意を左右するほど強大で、戦局に多大な影響を及ぼす二つ名だ。その二人が実はかねてから噂になっていた「ニュータイプ」であると暴露し、しかもそれは偽物だと言う。
「 ” ではお互いに理解し合い、理解し合って戦争から解放される人類とは絶対に実現できないのか? 人である限り神の言葉に書かれたとおりにいつまでも二つに分かれて争わなければならないのか? 私はそうは思わない。今まで大勢の指導者や教祖が声高に謳い上げる人類の平和は地球圏だけではなく人が版図を広げた太陽系全体の願いだ、そしてそれを常に叶えて来たものが「科学」という名の願望器なのだ。―― 彼女はそれを実現するために遂に現れた「ラプラスの悪魔」 ” 」
「ラプラス? あの衛星軌道上に放置されている残骸の事か? 」
「 ” もしかしたら当時の大統領だったリカルド・マーセナスはその意味を知ってあえてそう名付けたのかも知れんがね。…… ラプラスとは西暦の昔に生きていたフランスの科学者の名前だ、彼は数学の分野で様々な功績を残したが決定論者としても名高い。彼はその中でこれから起きるすべての現象はこれまでに起きたことに起因すると考え「ある瞬間における全ての物質の力学的状態と力を知ることができ、かつもしもそれらのデータを解析できるだけの能力の知性」を持つ者が現れたとしたら未来を予測できるという結論を得た。それが「ラプラスの悪魔」だ ” 」

 狂気と知性が滲み出る男の声と言葉にいつの間にか耳を傾けている自分がいる、コウは戸惑いながらも男の話にもう少し付き合う決心をした。おとぎ話や夢物語の類ではない、リアルな実名と事件を交えて語られる事柄にはなぜか人を惹きつける力がある。紛争直後に全世界へと配信されたバスクのアジテーションやジャミトフの演説よりも。
「 ” もちろん今の彼女が本当にそうだと言う確証はない、ただその片鱗がそこかしこに見受けられると言う事だけでね。たとえばアムロ・レイが乗り込んで連邦を勝利へと導いたとされるかの「RX-78-2」プロト・ガンダムと彼女が考え出した次期後継機とされたGPシリーズではその性能差が段違いだ、単機でモビルアーマーを葬ったり戦域単位で敵を鎮圧する火力装備を発想するなど技術進化という人の理に真っ向から挑戦しているとしか思えない。まだ何者でもない一SEとしての彼女がこの世に送り出した物にそれだけの価値があるのならば、それを「ニュータイプ」と表現する以外のどんな言葉があると言うのか。 …… 特に君を守りたいが為に戦場で彼女が創り上げた「フルバーニアン」と「デンドロビウム」、その二つが残したデータこそが私にそれを確信させる根拠となった ” 」
「もしニナがそういうニュータイプだったとして、じゃあ彼女の命が狙われる理由はなんだ? それだけの貴重な人材ならばなぜ軍は彼女の保護に当たらない? 」
「 ” 私も君と全くの同意見だ。そして保護に当たるように努めてきた、今まではね。 …… だがどういう訳か今回は風向きがやや違う、彼女の存在が彼らにとっては取るに当たらないと判断されたからだろう。戦争を生業とする者達は私から言わせると実に短視的で今すぐ役に立たない人材は必要とはされないらしい、ただ表向きは彼らも働かなくてはならないのでね ” 」
 そんな理由で? 人一人の命を奪う為に ―― 。
「そんな理由でオークリー基地の全員をニナもろとも葬り去るつもりなのかっ!? 」
 そんな理不尽な話があってたまるか、とコウは声を荒げて男へと訴える、しかし帰ってきた男の声には何の動揺も見られなかった。
「 ” そう言ったものに同情や斟酌を与えないのが軍の作戦という物ではないのかね? それは私よりあの紛争で二つ名を得た君の方が詳しいと思うのだが …… ただ一つだけはっきりしている事は私と君の利害が一致していると言う事だ。お互いの思惑はどうであれ願う望みは変わらない、後は君の決断一つに係っているのだよ。コウ・ウラキ中尉 ” 」
「もし俺がここで貴様の申し出を断ったらどうなる? 俺は彼女に振られた男だ、いまさら自分を見限った女の為に命をかけるほど酔狂な男だと思うか? 」
 何の感情も見せずにただ語りかけて来る男の声にコウはいら立ちを隠せず、悔し紛れに電話口へと吐き捨てる。ほんの僅かに漂う沈黙が男の心境に何らかの ―― できれば今までの立場を交換するほどの動揺であってくれればいいと願った ―― 変化を与えたと思ったコウだったが、果たしてその後にコウの耳へと忍び込んで来たのは男の口から零れる忍び笑いだった。
「 ” ―― いや、なるほど。これは予想外だった、どうやらここにある君のデータと今の君とでは大きく違っているらしい。まさか君が彼女や友人を見殺しにできるとは思ってもみなかった。だが ―― ” 」
 明らかに嘲笑が止まって男の声が元の冷静さを取り戻す。まるでコウの心を見透かした様な冷淡さが部屋の温度を下げたようにも感じた。
「 ” 君の期待に添えなくて残念だが私はそれでも構わない。彼女を失う事で減速する人の進化はまたいつの日にか現れるであろう第二の彼女と第二の私の手によって再び元の道へとその足を踏み出すだろう、だが君は失う。 …… 君という存在を今まで支えて続けてくれた、全てを ” 」
 それは必ず帰着する事実であり、紛れもなく訪れる残酷な現実。目の前に突き付けられたほんの僅かな未来の姿にコウは息を呑み、声を失った。
「 ” 私は何も失わない、失う物が大きいのは君の方だ …… もうそろそろ彼らの攻撃が始まる頃だろう、だから私の話はここまでだ。後は君の好きにするといい。だが願わくば君と私の思い描く未来の近似値が共に同じ結果である事をここで祈る事にしよう、頼る神などいないがね ” 」
「 ―― 答えろっ、貴様は誰だ? 」
 振り絞る様に吐き出したと息と共にコウはやっとの思いでその台詞をひねり出す。その瞬間男の声には何らかの期待を滲ませる色彩を含んでいた。
「 ” もし君が彼女の命を守り通す事が出来たとしたらいつかどこかで会う日が来るだろう、自己紹介はその時にでも改めて交わす事にしよう。そして私は君の健闘を心から称えて彼女の身柄を丁重に預からせて貰う事になるだろう、科学と言う名の神が創り上げる新たな未来の為に ―― では ” 」
 まるで何かを確信したかのように断絶した会話の後に残る発信音、コウはその場に立ちすくんだままあの日の光景をその脳裏へと思い浮かべていた。トリントンの周囲で息を潜めていたであろうデラーズのモビルスーツ部隊、そして。
「 …… ガトー」
 アルビオンの格納庫で何食わぬ顔で挨拶を交わした、不倶戴天の好敵手となる男の素顔を。

                        *                        *                        *

 レベル5からの撤収作業は予定通り迅速に行われるはずだった、だがチェンの目は画面の右隅にポツンと置かれたフォルダに釘づけになっている。動きの止まったチェンの仕草を不審に思った二人は彼の視線の先にある離れ小島へと目を向けた。
「なんだ、このフォルダ? どうして整理がされてないんだ? 」
「っていうかフォルダ名が載ってないんだけど。「・・・」って三点リーダーの出来そこないみたいじゃない? 」一種異様な存在感を示すそのフォルダに向かって思い思いの感想を述べる二人を尻目にチェンは一つ頷くと、新たなディスクをセットしてトレイを本体へと押し込んだ。
「お、おいチェン。もう時間がないんじゃないのか? 早くここから抜け出さないと ―― 」
「大丈夫、みんなが頑張ってくれてるお陰でもう少しくらいの余裕はあります。それにダウンロードだけならどれだけ大きなフォルダでも数秒あれば事足りますし、何より僕のカンがこのフォルダーを無視しちゃいけないって呟いてる」
「まーたそんな事言って自分のやってる事ごまかしてる。いろんなとこ忍び込んでこそこそ盗み見ンのはいいンだけどさ、ほどほどにしないと後でこっぴどい目に遭うんだからね? 」
 ガザエフ中尉の件が落着した事で心に余裕ができたのか、アデリアの口調にいつもの調子が戻っている。明るさを取り戻したその声を背中で聞いたチェンがククッと嬉しそうに笑った。
「大丈夫、今までそんなヘマした事ないから。 …… さてと、この他から切り離されているフォルダの中身は、と」
 フォルダの上にカーソルが重なるとすぐさまダウンローダーが起動して中身の転送が始まる、進捗状況を表すゲージの推定時間を見たマークスが思わず呟いた。
「推定15秒って、ずいぶん厚みのあるフォルダだな ―― 」
 そう言いながら湧き上がる好奇心を抑えきれずにチェンの手から離れたままのマウスに指をかける、マークスの言葉についゲージへと目を移していたチェンがはっと気づいた時にはもう遅かった。マークスの指が左側を二度クリックすると同時に彼は叫んだ。
「ダメです、軍曹っ! まだウィルス防壁プロテクターを展開してないっ! 」
 今まで誰も聞いた事がない彼の大声にマークスも、そしてアデリアも全身を固くする、しかしチェンの油断で生じたコンマ何秒かの遅れが手遅れの結末を彼に教えた。弾ける様に画面が閉じると次の瞬間にはけたたましいブザーの合唱と共に敵に発見された事を知らせる「警告」の二文字が赤く点滅する。
「くそっ! 巡回ロボットに見つかったかっ!? 」
 冷や汗が吹き出す二人の真ん中でもう時間の猶予はないとばかりにキーボードへと取り付くチェン、しなやかな彼の指が焦りを伴って暴れるように跳ねまわった。


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