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No.32711の一覧
[0] 機動戦士ガンダム0086 StarDust Cradle ‐ Ver.arcadia ‐ 連載終了[廣瀬 雀吉](2023/07/03 19:06)
[1] Prologue[廣瀬 雀吉](2012/04/19 18:00)
[2] Brocade[廣瀬 雀吉](2012/04/19 18:01)
[3] Ephemera[廣瀬 雀吉](2012/05/06 06:23)
[4] Truth[廣瀬 雀吉](2012/05/09 14:24)
[5] Oakly[廣瀬 雀吉](2012/05/12 02:50)
[6] The Magnificent Seven[廣瀬 雀吉](2012/05/26 18:02)
[7] Unless a kernel of wheat is planted in the soil [廣瀬 雀吉](2012/06/09 07:02)
[8] Artificial or not[廣瀬 雀吉](2012/06/20 19:13)
[9] Astarte & Warlock[廣瀬 雀吉](2012/08/02 20:47)
[10] Reflection[廣瀬 雀吉](2012/08/04 16:39)
[11] Mother Goose[廣瀬 雀吉](2012/09/07 22:53)
[12] Torukia[廣瀬 雀吉](2012/10/06 21:31)
[13] Disk[廣瀬 雀吉](2012/11/15 19:30)
[14] Scars[廣瀬 雀吉](2012/11/15 19:32)
[15] Disclosure[廣瀬 雀吉](2012/11/24 23:08)
[16] Missing[廣瀬 雀吉](2013/01/27 11:57)
[17] Missing - linkⅠ[廣瀬 雀吉](2013/01/28 18:05)
[18] Missing - linkⅡ[廣瀬 雀吉](2013/02/20 23:50)
[19] Missing - linkⅢ[廣瀬 雀吉](2013/03/21 22:43)
[20] Realize[廣瀬 雀吉](2013/04/18 23:38)
[21] Missing you[廣瀬 雀吉](2013/05/03 00:34)
[22] The Stranger[廣瀬 雀吉](2013/05/18 18:21)
[23] Salinas[廣瀬 雀吉](2013/06/05 20:31)
[24] Nemesis[廣瀬 雀吉](2013/06/22 23:34)
[25] Expose[廣瀬 雀吉](2013/08/05 13:34)
[26] No way[廣瀬 雀吉](2013/08/25 23:16)
[27] Prodrome[廣瀬 雀吉](2013/10/24 22:37)
[28] friends[廣瀬 雀吉](2014/03/10 20:57)
[29] Versus[廣瀬 雀吉](2014/11/13 19:01)
[30] keep on, keepin' on[廣瀬 雀吉](2015/02/05 01:50)
[31] PAN PAN PAN[廣瀬 雀吉](2015/02/05 01:25)
[32] On your mark[廣瀬 雀吉](2015/08/11 22:03)
[33] Laplace's demon[廣瀬 雀吉](2016/01/25 05:38)
[34] Welcome[廣瀬 雀吉](2020/08/31 05:56)
[35] To the nightmare[廣瀬 雀吉](2020/09/15 20:32)
[36] Vigilante[廣瀬 雀吉](2020/09/27 20:09)
[37] Breakthrough[廣瀬 雀吉](2020/10/04 19:20)
[38] yes[廣瀬 雀吉](2020/10/17 22:19)
[39] Strength[廣瀬 雀吉](2020/10/22 19:16)
[40] Awakening[廣瀬 雀吉](2020/11/04 19:29)
[41] Encounter[廣瀬 雀吉](2020/11/28 19:43)
[42] Period[廣瀬 雀吉](2020/12/23 06:01)
[43] Clue[廣瀬 雀吉](2021/01/07 21:17)
[44] Boy meets Girl[廣瀬 雀吉](2021/02/01 16:24)
[45] get the regret over[廣瀬 雀吉](2021/02/22 22:58)
[46] Distance[廣瀬 雀吉](2021/03/01 21:24)
[47] ZERO GRAVITY[廣瀬 雀吉](2021/04/17 18:03)
[48] Lynx[廣瀬 雀吉](2021/05/04 20:07)
[49] Determination[廣瀬 雀吉](2021/06/16 05:54)
[50] Answer[廣瀬 雀吉](2021/06/30 21:35)
[51] Assemble[廣瀬 雀吉](2021/07/23 10:48)
[52] Nightglow[廣瀬 雀吉](2021/09/14 07:04)
[53] Moon Halo[廣瀬 雀吉](2021/10/08 21:52)
[54] Dance little Baby[廣瀬 雀吉](2022/02/15 17:07)
[55] Godspeed[廣瀬 雀吉](2022/04/16 21:09)
[56] Game Changers[廣瀬 雀吉](2022/06/19 23:44)
[57] Pay back[廣瀬 雀吉](2022/08/25 20:06)
[58] Trigger[廣瀬 雀吉](2022/10/07 00:09)
[59] fallin' down[廣瀬 雀吉](2022/10/25 23:39)
[60] last resort[廣瀬 雀吉](2022/11/11 00:02)
[61] a minute[廣瀬 雀吉](2023/01/16 00:00)
[62] one shot one kill[廣瀬 雀吉](2023/01/22 00:44)
[63] Reviver[廣瀬 雀吉](2023/02/18 12:57)
[64] Crushers[廣瀬 雀吉](2023/03/31 22:11)
[65] This is what I can do[廣瀬 雀吉](2023/05/01 16:09)
[66] Ark Song[廣瀬 雀吉](2023/05/14 21:53)
[67] Men of Destiny[廣瀬 雀吉](2023/06/11 01:10)
[68] Calling to the night[廣瀬 雀吉](2023/06/18 01:03)
[69] Broken Night[廣瀬 雀吉](2023/06/30 01:40)
[70] intermission[廣瀬 雀吉](2023/07/03 19:04)
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[32711] Versus
Name: 廣瀬 雀吉◆068209ef ID:41c9b9fd 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/11/13 19:01
 ハンガーの片隅で演習前のブリーフィングを続けるベイトを尻目にモンシアは自分に預けられたゲルググへと足を向けた。本来であれば格上の自分達が性能に劣るザクを使うのだが、なぜかキースは自分達にこの基地での主戦機種と思われるゲルググを割り当てた。「乗りなれた機体で自分達の力を試したい」という彼の言い分だったがモンシアはそこにニナの思惑が隠れている事をおぼろげながら察知している。
 だがだからと言って自分達の役割や目的が変わる事はない、彼らの力がどれほどの物かを試してその結果次第によっては ―― 。
 表向きはいつもと変わらない表情を浮かべながら内心では澱の様にわだかまるもやもやを吹き飛ばせずにいる、そんなモンシアを驚かせたのはそこにいる筈がないと思っていたニナの存在だった。バケットを上げてコックピットへと乗り込もうとする彼の視界にシートの前の空間へと身体を滑り込ませてキーを叩いている彼女の金色の髪が飛びこむ、モンシアは思わず全身を強張らせてまじまじとそれを見詰めた。
「 ―― これぁ、俺が乗る機体ですぜ? 」
 あの頃、ニナをめぐって繰り広げたコウとのいざこざは逆に彼女の心を遠ざける結果になってしまった事をモンシアは分かっている。恐らく彼女にとって最も忌避する生き方の自分の機体を当人が触っていると言う事にモンシアは驚きと疑念を隠せない。自分の両側に固定されているゲルググを振り返るとベイトの機体にはモウラが、アデルの機体には妙に色っぽい赤毛の少女がアデルと共に楽しそうにセッティングを続けている。
「別にニナさんがやらなくても、あの二人のどちらかでも良かったんじゃねえンですかい? それにどうせ積んであるのは汎用型の起動ディスクだ、俺ァとりあえず動きゃあひよっ子の三人ぐらい何とかなります」
「確かに大尉が今乗っているクゥエルと同じという訳にはいきませんが、それでも万全の状態で演習に臨んで頂きたいと言うキース中尉の意向です。そうでなければ私も困りますので」
 手を休める事無くモニターを睨んだままそう告げるニナの表情に嘘はない、やれやれといった表情で一つ溜息をついたモンシアは身体をコックピットへと乗り入れると遠慮がちにニナをまたいでシートへと腰掛けた。出撃前には必ず見られるこの光景もセッティングエンジニアが三人とも女性と言うのはお目にかかった事がない、モンシアは右側の機体で仲良く作業を続けているアデルとジェスへとシニカルな笑顔を向けた。
「全くさっきのお嬢ちゃんといいあのお嬢ちゃんといい。キースの野郎、隊長になったってンで浮かれて自分専用のハーレムでも作りやがったんじゃねえのか? ティターンズもこういうのをちったあ見習やあいいんだ」
「自分と同じ価値観を他人に適用する所はちっとも変ってないんですね、それにあの二人じゃどう見たって中のいい兄妹にしか見えないじゃないですか」
「それはそれで俺ァ十分いかがわしいとは思いますがね。頭に「義理」が付いただけで立派な恋愛対象だ、どう考えても俺にゃあ真っ当には見えねえ ―― と」
 軽口を叩くモンシアを遮る様にニナが肩越しにチェックリストを差し出す、既に前半部分にレ点が記入されている ―― どうやらニナが終わらせたらしい ―― 事を確認したモンシアはめくろうとしたファイル越しに見えるシステムモニターに釘づけになった。ニナが打ち込んでいる数値は紛れもなく自分のセッティング数値で、しかもそれはアルビオンで使用したジム・カスタムの物に間違いない。ニナの手元をきょろきょろと見回してそれらしいメモの片鱗すら見つけられなかったモンシアは思わず事実を呟いた。
「 …… 驚っでれえた、ほんとに覚えてるんだ。いつの間に? 」
 彼女と別れたのは三年前のあの日、それから今日まで一度も顔を合わせた事すらないと言うのに。それに彼女はガンダムにかかりっきりでこちらの機体の世話など絶対にあり得ないと信じていたのだが。
「これでも元アナハイムのSEですから一、二回いじればすぐ覚えます。あの頃はそれ位しか皆さんのお役に立てませんでしたから」
「一、二回、ねえ。それじゃあ当然キースのも」
 モンシアは視線をチェックリストへと戻して頭上へと手を伸ばした。トグルを弾くと電源車から供給された電力がコックピット内の計器を次々に点灯させる。
「 ―― ウラキの野郎のも覚えってるって訳だ」

 キーボードを叩き続けていたニナの指が止まった。モンシアは素知らぬ顔でリストに印をつけると次のスイッチへと手を伸ばす。
「 ―― ええ、もちろん」
 それはほんの少しの間をおいて絞り出される様に告げられたニナの声だった。モンシアは作業を続けながら言った。
「あんた変わったな、ニナさん。あン時とはすいぶん変わった。ここにいる事もそう、今声を詰まらせた事もそう。 …… 野郎と何があった? 」
 まるで尋ねられた事が切っ掛けだったかのようにニナが再びキーボードを叩き始めた。答えなど期待をしていないモンシアは彼女の反応などお構いなしに次々に作業を進めている。
「ま、キースとあの女ゴリラがいまだに付き合ってるくらいだ、男と女なんざどっちへ転ぶか。あの野郎と別れたってンならそれはそれでよくあることでさぁ、別にニナさんが気に病む事じゃねえ。それより、どうです? 」
 呼びかけたモンシアと呼ばれたニナが同時に手を止める。その仕草に脈ありと判断した彼は目尻を大きく下げてやにさがった顔でニナのうなじを眺めた。
「今の俺ならニナさんの傷付いた心を癒す事もできる。この演習お遊びが終わったら一丁近くの町にでも繰り出して一杯」
「残念ながらこの辺りには大尉のお気に召す様な華やかなネオンはありませんし、それに仕事は山ほど残ってますので大尉のお誘いに乗っている暇なんかありません」
「またまたそんな。じゃあ基地の中の酒保でもいいですぜ、二人っきりでお互いの未来について語り合うってのはどうです? 帰投予定は今日の夜だがそんな事構いやしねえ、ニナさんとの楽しいひと時の為ならこのモンシア、規則破りも辞さない覚悟でさぁ」
 捲し立てるモンシアの言葉にニナの肩がピクリと動く。これはいよいよかと一気に畳みかける勢いで口を開きかけた彼は次の瞬間に彼女の、いかにもつくづくと言う類の溜息を耳にした。
「熱烈なお誘いは本当にありがたいんですけど、やっぱり遠慮しておきます。だって『彼女』に悪いですもの」
 ニナはほんの少し後ろを振り返るとおもむろにブラウスの一番上のボタンを外した。真っ白な肌と鎖骨から伸びるなだらかな稜線がモンシアの目を釘付けにし、そこへと差し込まれる彼女の右手が彼の煽情をより一層掻き立てる。だが思わず身を乗り出したモンシアが次に見た物は、彼の浮かれ切った心を一気に奈落の底まで叩き落とすほど破壊力に満ちた武器だった。
 それに比べれば拳銃を突き付けられた方がまだましだったかもしれない、彼の眼は驚愕に見開き顎は大きく開いたままその位置でしっかりと固定された。
「 ―― マリーさん、でしたっけ。可愛い奥様を娶られたそうでおめでとうございます」

 三年前よりも大人びた容姿も、そこはかとなく香る色気もその一言でモンシアの眼前から霧散した。彼の眼に映っている物はただ一つ ―― そう、ニナがひらひらと振る一枚の写真だった。照れくさそうにそっぽを向くモンシアに抱きかかえられたマリーと言う名の少女はまるでこの世の幸せを束ねて解き放ったかのように笑っている。
 その写真の雰囲気と正反対の立ち位置にいるのが今のモンシアだ。彼は今までの人生の中でこれほどまでに驚いた事がない ―― 例えば戦場で敵の不意打ちを食らったとしても、だ ―― と思えるほど眼と口を大きく見開いたまま硬直し、顔色だけを蒼白と紅潮の間で行き交わせながら震える手でその写真を指差した。
「な、なんで …… そんなものをニナさんが ―― ! 」
 ニナがニヤリと意地悪く笑った瞬間にモンシアはその出所を理解した。昨今の自分の近況に精通してなおかつ最も有効な阻止手段を伝授する事が出来る人物 ―― どっちだっ!?
 膝の間にいるニナを気遣う様に、しかしものすごい勢いでシートの上に立ちあがったモンシアはすぐに仲間二人の居所を探す。ベイトはまだハンガーの片隅でひよっ子相手に講義の真っ最中だ、じゃあアデルの野郎はっ!?
「 ―― やっぱりてめえのしわざかっ! アデールっ! 」
 耳に忍び込んで来たクスクス笑いは確かに少女の物だったがそれがなぜ起こったのかはよく分かる。モンシアはコックピットの縁へとどっかと足を乗っけると隣に鎮座するゲルググのコックピットへ向かって怒りを向けた。怒鳴られたアデルは足元で肩を震わせるジェスをチラリと見た後に苦笑いを浮かべて両手を差し上げた。
「一体どういうつもりでニナさんにこんな物を渡しやがったっ!? てめえのおかげで楽しい一日がもう台無しになっちまったじゃねえかっ! 」
「どうもこうもありません、大尉はまだ新婚でしょうに。それにこれ以上大尉に好き勝手されると隊の風紀だけじゃありません、私が妻とマリーさんに恨まれますから」
「なーんでてめえがマリーに恨まれるんだあっ!? よその家庭の問題にまで首突っ込んでんじゃねえっ! 」
「そのよその家庭の新婦さんが家のやつを尋ねて来たんですよ、いつも酒ばっかりかっ喰らってなかなか帰ってこない新郎の事についてね。ま、大方の事はごまかしてはおきましたが私も嘘は嫌いな性分ですからこれ以上二人をだますのは心苦しいので、これから私達と一緒の時は出来るだけ大人しくしてて頂きます」
「かーっ! 浮気もできねえ意気地なしのてめえに男のロマンが分かってたまるかってんだあっ! 」
「 ―― 最低」
「 …… うわ、さいってー 」
 それはそこにいる二人の婦女子から同時に発せられた台詞だった。ニナは眉をひそめて敵意むき出しの視線でモンシアを睨み、ジェスはその代わりに迫力満点の言葉で虚言を弄するモンシアの声を封じ込めた。
「あたしがマリーさんだったら大尉のち○こもいじゃうかも」

「さっきから頭の上でやっかましいぞモンシアっ! いつまでもよそ様風びゅーびゅー吹かせて人様に迷惑かけてんじゃねえっ、とっととセッティング終わらせねえとニナさんが持ってるそのお札をデータにして連邦軍中の基地にばら撒くぞっ!? 」
「! てっめえもグルかベイトっ! このや ―― ! 」
 逆上まかせにコックピットから身を乗り出したモンシアの眼に映った物はその声とは裏腹にニヤニヤと笑うベイトがひらひらと振る一枚の写真、それがニナの持っている物と同じだと分かった瞬間に奥歯をギリリと鳴らしてそのままドスンとシートへと腰を降ろした。四面楚歌に苛まれながらそっぽを向いて状況の打開を模索するモンシアはとりあえずの打開策としてチェックファイルを取り上げる、そこにニナの追い打ちがかかった。
「それにしてもマリーさんて」
 顎を摘まんで写真を凝視するニナの雰囲気がおかしい、それはマリーを一目見た誰もが抱える疑問であり、それはモンシアに対する疑念でもある。モンシアの両手にすっぽりと収まる背丈にキラキラと光るその瞳の光はまるでまだ世間を知らない少女の様だ、そんな顔をしていた頃はいつ頃の自分だろうと思い悩んだニナは苦虫を噛み潰して黙々と作業を続けるモンシアに向かって疑惑の瞳を向けた。
「 …… ロリ? 」
「言うに事かいてニナさんまでそれかいっ!? 俺ァそんな趣味はねえしマリーも幼女じゃねえ、れっきとした24歳だっ! 」
「ふーん」
 そう言うと再び写真へと向き直ったニナは今度は頬に手を当てて小さく頭をふるふると振りながら、ほんの少しの揶揄とそれに乗倍する嫌みな声を操った。
「ああ、それにしてもモンシア大尉がどうして一生懸命私を誘って下さらないのかと思っていたら全然大尉の好みじゃなかったなんて、ショックです。これでも女ですから人並み以上の自信がありましたのに」
「くっそ、この ―― 」
 すっかり話のネタにされたモンシアはわだかまる憤りでもう真っ赤になっている、コックピットの天井を見上げた彼はわなわなと震える両手で自分の鬱憤を晴らす相手を想像しながら握り潰した。
「こうなりゃもうヤケだ、ニナさんにゃあ悪りいがこの腹いせにあの二人をギッタンギッタンに叩きのめさせて貰うぜえ! 泣いて謝ったって許してやンねえ、このモンシア様の顔を見ただけでブルっちまうぐらいに徹底的にだっ! 」
「それはもう、こちらから頭を下げてお願いしたくらいですから。ですが相手を舐めてかかると今度も痛い目に会いますよ? 」

 落ち着き払ったニナの声はどこか朗らかにモンシアは聞こえた。ハッとして彼女へと目を向けるとニナは既にセッティングを終えてモンシアの股の間からするりと抜け出してコックピットの縁へと足をかけている。微かな香水の残り香を漂わせてバケットへと飛び移ったニナはくるりとモンシアの方へと振り返ってポケットの中から三枚のディスクを取り出した。
「起動ディスク? …… どうやらただの、って訳じゃあないようですねぇ。それがあン時のウラキの代わりって訳だ、ですがそんなプログラムの書き換えだけであのひよっ子どもを俺達と同じ土俵に立たせる事ができるとでも? 」
 不敵な笑いを浮かべてニナを挑発するモンシアだがそのディスクの中身がただ事ではない類の代物になっている事は間違いない、なぜならそれを眼の前へと掲げている人物はかつて三機のガンダムの基礎理論を一から立ち上げた天才とも呼ぶべき驚異のプログラマーなのだから。
 そこに秘められた魔術がモンシアの予想の範疇を越えているのは確実だ、ゆえに彼の挑発は裏返せば得体の知れない脅威に立ち向かう為の一種の儀式のような物だった。しかしニナはモンシアの挑発に対して決して応じようとはしない、むしろそれを肯定する様に小さく笑った。
「とんでもない、生まれたばかりのこのシステムで連邦軍きっての古参エースに立ち向かおうだなんて。ですが皆さんが本気で戦えば戦う程このプログラムはその真価を発揮する、その一端を大尉達は午後に垣間見る事になるでしょうね」
 予言めいた一言を残し、ニナはくるりと踵を返してバケットへと乗り込んだ。パネルに近付いて昇降ボタンへと指をかけ、それを今まさに押し込もうとした時モンシアの静かな声が耳に届く。それはニナとモンシアの絡みの中で彼女が初めて耳にした色を帯びていた。
「 ―― なあ、ニナさん? 」
 
 ボタンを押そうとした指がなぜか止まる、モンシアに向かって本当にに素直な気持ちで振り返る事は彼女にとって初めての経験だった。モンシアは声をかけたニナに向かって目を向けるでもなくただひたすらパネルのスイッチを動かしながら起動の準備を続けている。
「俺ァニナさんが思ってる通り、どうしようもなく女にだらしがない男だ。だがそのお陰で他の野郎には無い取り柄が一つだけある ―― 何だと思います? 」
「さあ? 」
 カミングアウトには程遠い告白にニナは小首を傾げて応じる、モンシアはそんなニナに向かってほんの少し自嘲的な笑みを浮かべながら顔を向けた。
「『女を見る目』です。マリーは見ての通り幼い顔立ちをしてるが芯のしっかりした女でね、俺が他の女のケツばっか追っ掛けてるのを我慢して、黙って待っててくれやした。他人に都合のいい女と言われちまえばその通りなのかも知ンないが、それでもマリーは何時でも俺の帰りを笑顔で出迎えてくれる …… 俺がマリーと結婚したのは、多分その笑顔が見たいからなんだと今でも思ってます」
 人の本質へと思わず触れてしまったニナの顔が驚きへと変化する。
「ニナさんも知っての通り俺達モビルスーツ乗りってえのは他の兵隊の誰よりも一番「死」に近い場所で戦わなきゃならねえ ―― ニナさんがいなくなった後のアルビオンで敵味方どっちのか分かんねえ弾に滅多打ちにされながら何度駄目だと思った事か。でもそン時俺の頭の中にゃ他の誰でもない、マリーの笑顔しか思い浮かばなかったんでさぁ。もっかいここを生き延びて絶対マリーんとこに帰ってみせる …… そう思って死に物狂いでジムを動かしてた。ま、運よく生き延びて今ここにいるってのはただの結果論なんですがね」
「大尉の口からそんな台詞が出るなんて思ってもみませんでしたわ、もっと刹那的な生き方をしてる方だとばかり思ってましたから」
「刹那的、ねえ」
 自分に対するニナの評価に彼はククッと呆れたように笑い、しかし次の瞬間にはニナから目を逸らして遠い目をする。コックピットの遥か彼方にある対面のハンガーの壁面をぼんやり眺めながらモンシアは穏やかに言った。
「 ―― 本当は人一倍臆病なだけなんでさぁ。『あン』頃はここに座るたんびに手が震えて逃げ出したくてたまらない、こんな棺桶で死ぬのはいやだーっていつも心ン中で叫んでやした。でも無理やり船の外へと放り出されて敵と撃ち合ってる時には必ずマリーの顔を思い出すんでさぁ、絶対にここを生き延びて必ずマリーに会うんだって」
 モンシアの口から零れる血染めの告白が決して非道な物ではなく鮮やかな命の煌めきに感じるのはなぜだろう。戦争という建て前がなければ兵士はただの人殺しだ、だが命を獲り合う彼らのそれぞれに守るべき物と者があり、その為には是非のない一択を選ばなければならないのだ。例外などない、修羅へと身を投ずる者ならだれでも。もちろんあの時のコウも ―― 
「俺ァウラキの野郎は大っ嫌えだが、奴がニナさんを選んだ事には納得してる。 ―― それァあんたが俺の目から見て『いい女』だからだ、無論マリーには負けますがね? 」
「 …… 初めて会った時にそんな台詞を聞きたかったですわ、それなら私もひょっとしたらデートの約束をお受けしたかも知れませんのに」
「今までこんな話をした事ァなかったんですが今日はどういう風のふきまわしなんだか。ま、マリッジブルーに苛まれてる男のたわごとだと思って聞き流して下さい ―― と」
 シリンダーロックが外れる音と共にバケットへと乗り込んだニナの姿がコックピットの縁から沈んでいく、モンシアは彼女を見送る前にどうしても尋ねてみたい事があった。
「そう言えばどうして俺なんかの写真を胸元なんかに? お陰で目の保養と言っちゃあ何ですが ―― 」
 ドキリとするほどなまめかしいニナの胸元の映像が脳裏へと鮮やかに蘇る、思わずにやけるモンシアににっこりと笑いかけながらニナは言った。
「それなら何よりですわ、せっかく私達の為にデータを提供して頂くのに何の見返りもないと張り合いがないでしょう? それに大尉のカメラは私がほら、このとおり」
 パンツのポケットからストラップごと愛用のカメラを引っ張り出してぶら下げるニナの姿を渋い顔で見送りながらモンシアは、少しづつ小さくなっていく彼女の影に向かってぽつりと呟いた。
「やっぱりあんたは変わった、本当に変わったぜニナさん」

                                *                                *                                *

 金網のフェンスの向こうは連邦軍の敷地である、とご丁寧に書かれた錆だらけの注意書きは人だかりでコウの位置からは見えなくなっている。閑散としている様に思われたオークリーのどこにこれだけの人住んでいたのだろうと疑問に思わせるほど大勢の観衆が歓声を上げてオベリスクを見上げていた。距離にして500mほど離れた場所に立つそれは晴れ上がったカリフォルニアの空を切り裂く様に屹立して、その物体が過去にどのような厄災を齎したか等忘れてしまう程の存在感を示している。大声を上げて叱咤激励を繰り返す人々の声に耳を済ませたコウは、それがオークリー隊に向けられた声援である事に驚いた。
「そりゃ当たり前だ。誰だっておらが地元を応援するに決まってるだろう ―― 戦況は?」
「今のところ芳しくはありません。ティターンズ側の二戦二勝、この三戦目もどこまで持ちこたえられるか」
 双眼鏡でオベリスクの壁面を見上げるヘンケンにセシルが答える、日差しを遮る為に額に手を翳して目を細める彼女の言葉に彼は忌々しげに舌打ちした。
「ったくなーにやってんだぁ、俺に喰ってかかった時の威勢はどこ行っちまったんだ、おい。これが午前の最後なんだからちったあいいとこ見せて貰わねえと観客を集めた立場ってモンがだなぁ」
「いえ、これは相手が強すぎる」
 不満を小言でぶちまけるヘンケンに対してコウの声は驚きと興奮に満ちている。ヘンケンは思わず双眼鏡から目を離すと横に並び立ってセシルの双眼鏡で同じ場所を見上げているコウの横顔を眺めた。
「この三機を相手に何とか持ちこたえているキース達を褒めるべきです、すごい …… ティターンズの三人は全員エース級、宙間仕様から換装してあるあのゲルググをよくもここまで」

 威嚇と制圧を目的とした飽和射撃をかいくぐったデザートイエローのザクが外壁に開いた割れ目へとひた走る、その意図をいち早く察したアデルが背後をとって引き金を引くのとその機体が体を翻すのはほぼ同時だった。的中を示すペイント弾がザクのすぐ脇を掠めて壁面を青く染め上げ、殿を務めたその機体はアデルに対して一連射を放つとあっという間に外へとダイブを敢行した。
「すごいな、伍長。私の狙いをあのタイミングで躱すとは、今までの二回戦が嘘の様です」
「 ” 確かにな、お前がこうも容易く仕留め損なうなんて俺も見た事がねえ。あいつら本当に戦争未経験の士官学校上がりなのか? ” 」
 ベイトのゲルググが遮蔽物の影から立ち上がってマガジンをリリースする、空になったマガジンを入れ替え火器管制に浮かびあがる残弾数を見ながら彼は今の戦闘で見せた彼らのチームワークと動きに感嘆を禁じえなかった。1マグ撃ち尽くして成果は0、これも今までの二回戦にはなかった現象だ。
「軍曹は何度か地方紛争での戦闘経験があるとは聞いています。新兵を捨て駒にした残党狩りを生き延びたのですからそれなりの実力は持っているのだろうとは思ってはいましたが ―― 」
「 ” どうりで思いっきりがいい訳だ。キースについていく時の早さが尋常じゃねえ、生き残る道を本能で嗅ぎとってやがるって事か。平和なこのご時世に鉄火場上がりの下士官を抱えてるとは侮れんな ” 」
「 ” てめえら何悠長な事言ってやがるっ ” 」
 珍しく檄したモンシアの声にアデルは思わず首をすくめて驚き、そして次にまじまじとモニターの右はじに映っている彼のゲルググへと視線を送った。

 ニナの預言を耳にしたのはモンシアだけだ。最初は相手の余りの動きの悪さからニナの切り札を眉唾物だと舐めていたが、二回戦を戦った時から徐々にその言葉が証明され始めていると言う事を実感した。無論こちらの出方を知り尽くしているキースが指揮をしていると言う事もあるが、その要素を差っ引いても被弾率の低下が尋常ではないレベルで向上している。その原因が彼らのスキルにあるのではなく搭載したニナの起動ディスクによる物だと言うのは日を見るより明らかな事だ。
「キースにやられンならともかく新兵にやられたんじゃあ第三軌道艦隊旗艦付きの隊の名が泣くってモンだ、だが締めてかかンねえとほんとに奴らに喰われちまうぞ」
「 ” 何慌ててんだモンシア、てめえらしくもねえ。確かに奴らはよくできる、が予想以上という程じゃねえ ” 」
 ベイトの声に小さく舌打ちするモンシア、確かにニナはあの時ディスクに書き込まれたプログラムの事を「システム」と言った。つまりそれは製作者が想定した事象によって発動し、製作者の意図を反映する為に演算処理を続けると言う事だ。発動のきっかけは自分達との戦闘行為に間違いない、ではそのシステムの目的は?  それは恐らく自分達との戦闘で得た経験値を瞬時に我が物として利用する事だと思う、つまりこのシステムを搭載して戦いに臨むパイロットは起動ディスクと共に生き延びる限り延々と進化し続ける事になる。その行きつく先は ―― 。
「 …… 進化型の撃墜王育成システムか、ニナさんめ。とんでもねえモンを思い付きやがる」
 二人には聞こえない様に呟くとモンシアはフットペダルを蹴り込んで二人に背を向けた。彼女の積んだシステムがどういう物であるにしろ胸を貸す立場の自分達が引く訳にはいかない、それに今らさその事をベイトとアデルに話したとしても機を逸している。
 ならば自分の為すべき事は全力でそのシステムに対峙してニナや彼らの力になる事しかない、自分の持つ戦闘スキルの全てをここで盗まれてしまう事になったとしても。
「 ” おい、モンシア ” 」
「俺は南側の広間で奴らを待ち伏せする ―― 三方に展開して各個撃破で終わらせる …… そう言うつもりだったんだろ? 」
「 ” 元上官としては気が引けるがな、だが手加減はなしだ。相手がワルツからタンゴにステップアップするならこちらもせいぜいつきあってやる、それが年上の甲斐性ってやつだ ” 」

 外壁の割れ目から次々に飛び降りて来る機体を見つめながらヘンケンが毒づいた。
「チッ、もう逃げ出しやがった。なっさけねえなあ。流れが悪い時にゃあ逆目を張ってツキを変える、最近の若い連中ときたら勝負事の機微がわかってねえ」
「ですが三機とも無傷で脱出できたのは褒めてもよろしいのでは? 今までなら多分殿しんがりの一機は仕留められていたはず。戦力比が同じならば勝ち目がない訳じゃありません、あくまでひいき目に見てですけど」
 額に翳した掌の影からじっと壁面を降りて来る三機を眺めるセシルがチラリとコウを盗み見る、彼は一心不乱に双眼鏡を目に押しあてながら小さく空いたままの口を僅かに動かして呟いた。
「 …… 分のない賭けだぞ、キース。でもそれしか方法がない」
「ウラキ君、どういう事だ? 」
 コウの呟きを聞き咎めたヘンケンが興味深々と言った体で尋ねると彼は裸眼での目視へと状態を切り替えながら答えた。
「相手との実力差を埋めるのは地の利、キース ―― いやオークリーの隊長は恐らくその一点に賭けたのだと思います。相手を一番広いフロアの一角に集めての戦域離脱、そして間髪いれずに外部からそのフロアへと侵攻して包囲殲滅。多分彼らは地面に着地してすぐに降りてきたフロアの別の壁面を目指すはずです」
 コウの言葉に被せる様に辺り一面に轟き渡る爆音はバックパックから放出される逆噴射のブースター音だ。今となっては旧式のジムⅡが重力に逆らって地面へと降り立ったかと思うと急いで離昇位置へと走り出す姿が見える。
「な、るほど、どうやらその読みは正しい様だ。で、それで少しは勝ち目が出て来るのか、ナ?」
「相手が並みの …… そうですね、例えば地域紛争での制圧戦を経験した程度の経歴の部隊ならば何とかなるでしょう。あのフロアは宇宙港の中でも最も広い入渠スペースですから隠れる場所を探すのが難しい、おまけに床となるのが鉄製のエアロックですから歩けば大きな音がする。外から侵入する側からすれば相手の位置がまる分かりになるでしょう ―― ですが」
「ほう、詳しいな。まるであの中を見てきたかのようじゃないか」
 にやりと笑うヘンケンの忠告にコウは思わずはっとした。そう、これは彼なりの忠告なのだ。身の上を頑として人に語らない以上その人となりを彷彿とさせる発言は絶対に避けるべきだ、ヘンケンは思わず漏らしてしまったコウの素性の手がかりをあえて指摘し笑顔でそう諭している。
 確かにコウはあの中を使った事はない、しかしキースと演習場所について考えていた頃にこの場所を使う事を思い付いたのだ。考えてみればトリントンとここはコロニーが落ちた地という共通点があり状況もよく似ている、自分達が育ったあの環境がここにあると言うのならばそれを利用しない手はない。
 モビルスーツに乗れないコウは何かと理由をつけて徒歩による測量と調査を重ね、オベリスク内の詳細なマップを作る事に成功した。キースがアデリアとマークスを足場の悪い所へとおびき寄せる事が出来たのも、もとはと言えばコウの綿密な測量と調査からはじき出したデータのお陰だった。
 不思議そうな顔で少し硬くなった表情のコウを見つめるセシルの視線を避ける様に彼は再び双眼鏡を押し当てる、オベリスクの根元をジムの後を追って大股で走る二機のザクの姿がよく見える。
「ティターンズ側の三機はもし自分の見立てが正しければ歴戦中の歴戦です、多分全員がオークリーの隊長機よりも強い。三方に展開して各個撃破で来られたらオークリー側はまず敵わないでしょう。そして彼らは必ずそれを選択する」

 そして君の中にはそれに対応する為の策がもう用意されている訳だ、とヘンケンは心の中でコウの横顔へと語りかけた。相手を観察し状況を分析し勝利の為の方程式をひねり出す、連邦としては貴重な二つ名を戴く撃墜王としての才の一端がここにある。
 しかし彼がもうあの兵器に乗って戦場を乱舞する事はない、とセシルからの報告を耳にしてヘンケンはあの日保留した判断に自分なりのケリをつけた。サリナスで見せた身体の著しい変調、そしてニナ・パープルトンとの間で交わされた会話の一部始終、自分をモビルスーツの部品の様にしか考えていない ―― いやそう考える事で必死に自らの大切な物を諦めようとしている彼の悲しい生き様をヘンケンは肯定する。
 そうしなければ彼は自分の想う大切な人が幸せになれないと感じているから。
 そうしなければ彼は自分の思う大切な人を見守って生きていく事が出来ないと言う事を知っているから。
 酷い話だ、やり切れない。
 一人の男の生きざまをめちゃくちゃにした揚句にそんな風にしか叶えてやれない運命の歯車をヘンケンは憎み、そして繋がれたまま身動きのとれなくなったコウ・ウラキと言う兵士を哀れに思う。ゆえにヘンケンはセシルに対して自分の決心を吐露した。
 彼をもうこれ以上修羅の道へと誘ってはならないのだと。
 彼自身がそう望まない限り、絶対に。

「そうだキース、それしかない」
 コウが洩らした一人ごとで我に返ったヘンケンはコウの視線の後を追ってぶら下げていた双眼鏡を押し当てた。見るとオークリー側の三機はジム一機とザク二機に分かれて左右の壁を駆け昇ろうとしている、三機同時のバーニア音はまるで天高く花火が舞い上がる音に似ている。
「もし万が一にも勝てるチャンスがあるとしたらそのカギを握るのはあのザク二機です。分散して待ち受ける一機に対して隊長の乗るジムが牽制をかけて持ちこたえ、その間に二機が共同で敵の一機を墜とす」
「あの二人? 隊長機が敵を墜とす手段ではなく? 」
「残念ながらあのジムは先鋒向きではなくどちらかと言うと後衛向きのセットです、だからこそ打って出なければ暫くの間は何とかなる。数的優位に立ったその僅かな時間にあのザクが戦況を動かす事が出来るかどうか」
 むう、と唸りながらヘンケンは双眼鏡を降ろして肉眼で全体を俯瞰した。バーニアのパワーが足りない三機はいくつかの足場を頼りにするするとオベリスクの上部へと飛び上がっていく、二機のザクが遂にその割れ目へと取り付いて姿を消したのを確認してからヘンケンは尋ねた。
「わずかな、ね。ちなみにそれはウラキ君の見立てではどれくらいだ? 五分? 十分? 」
「そんなに時間はありません、交戦エンゲージと同時に決めないと敵に気づかれて台無しです。恐らく二分か、三分以内」

 互いの模擬刀が火花を知らして鍔迫り合いが始まる、パワーが上がったジェネレーターの排気熱が感じられるほど傍で対峙するジムに向かってベイトはにんまりと笑った。
「いい反応じゃねえかキース、旧式にしちゃよく動く」
 鬩ぎ合う均衡を力ずくで押し破る為にベイトがフットバーを踏みつけるとパワーに勝るゲルググはじり、とジムの各部のシリンダーに負荷をかける。だがその途端にそのまま後ずさりをするかと思われたジムは、手首のモーターをくるりと回すと今にも頭部に触れそうになっていた模擬刀を刃越しにいなしてそのまま体を入れ替えた。前のめりにバランスを崩したゲルググが事態を悟ってバーニアを吹かす、残像を切り裂く様にジムの模擬刀がその空間を縦に切り裂いた。
「おおっと、あっぶねえ。さっきの戦いで軍曹を仕留めた所をちゃっかり見てやがったか、隊長になって抜け目がなくなったなキース」
 元仲間の成長に目を細めながらベイトは振り向きざまに頭部を防御する。手にした模擬刀が額の位置にまで上がった所で更なるジムの斬撃が襲いかかり、モニターを一瞬輝かせる火花が視界を眩ませた。
「だが甘い、そこは振り下ろした勢いで下段から股の間を狙うんだ。でないと ―― 」
 ベイトは手慣れた動きでマニピュレーターを操作する、さっきのジムが見せた手首の返しよりも早いタイミングと速さでモーターが作動して、撃ちかかった機体はまるで支えを失ったかかしの様にそのままどう、と鉄の床へと叩きつけられた。ゴウンという大きな衝撃音がフロア全体に鳴り響く。
「敵にチャンスを与える事になる、午後からそこの所をもっと検討しておけっ! 」
 逆手に握り直した模擬刀の切っ先が隙だらけになったジムの背中目がけて振り下ろされる、しかし絶体絶命かと思われたジムはその姿勢から上体を翻して間一髪でその攻撃を躱した。鉄の床を突く音とジムが転がって逃げる時に発生した不愉快な金属音が二機の空間を埋め尽くす。
「 ―― やるじゃねえか、へっ。そうこなくっちゃな」
 歯ごたえのある相手に思わず親指を立ててシニカルな笑顔を向けるベイトの向こうでジムは素早く起き上がり、模擬刀を正眼の位置へと構えて徹底抗戦の意思を示した。

「 ” ベイト機、エンゲージ。北側の大回廊、どうやらキース単機で乗り込んで来たようです ” 」
「ちっ、こしゃくな所から乗り込んでくるじゃねえか。あそこは障害物が多すぎてここからじゃ弾が届かねえ、しかも掩護に行くにも迷路みたいに入り組んでる資材搬入通路を使わなきゃならねえから時間がかかる。 ―― しゃあねえ」
 モンシアは自分のペイント銃を隣のアデルに渡すと背中のハードポイントから静かに模擬刀を抜いた。
「ここは俺が引き受けるからお前はベイトと一緒にさっさとあんにゃろうを片づけてこい。各個撃破で完全勝利といきたかったが、地の利が向こうにある以上これ以上の冒険はできねえ」
「 ” しかしもし相手が二人がかりでここにやってきたら大尉一人では ―― ” 」
 アデルがモンシアの身を案じるのには理由がある、それは彼らが背にしたバリケードの向こうに広がる大広間だ。遮蔽物がほとんどない上に高低差もない、敵の攻撃を二次元平面上で受け切るには数の力が最も重要になる。
「確かにな。やつらはここの地形を熟知してやがる、だからここに俺達をまとめておびき寄せたんだ。かと言って今更しっぽを巻いて逃げだす訳にもいかねえ、こっからは力勝負でぇ」
 どこに潜んでいるかもしれない二機の姿を追うモンシアはふと、同じ状況に陥ったあの日の事を思い出した。三年前、場所はアフリカ・キンバーライト鉱山付近。まともに戦った事がない新米少尉を二人も連れて敵に包囲されかかったあの時。そういやあン時ゃウラキを焚きつけて突破口を開いたンだっけか ―― 
「 ” ―― 大尉? ” 」
 くすくすと思い出し笑いがモンシアの口を吐いて出る、それは隣のアデルにも聞こえるくらいに大きな声で。結婚のせいだとは思いたかぁねえがどうやら俺もヤキが回っちまったらしい、俺一人で坊主とお嬢ちゃんを抑える? とんでもねえ、あン時の野郎は一気に三機もノシちまったじゃねえかっ!
「心配すンな、ちょっと昔を思い出しちまってな。さ、早く行け。おめえが帰ってくるまでにゃあきっちり片をつけといてやる」
 モンシアが傍の瓦礫を手にするのと同時にアデルは踵を返してすぐ傍の搬入口への入口へと足を向ける。銃を油断なく構えたゲルググの後ろ姿が薄暗い通路へと消えた事を確認したモンシアは手の中の瓦礫へと視線を落として小さく溜息を吐いた。
「 …… さてと」
 意を決して右手のレバーを思いっきり引くとゲルググの右手は勢いよくその瓦礫を後ろへと放り投げた。宙を舞うその塊がどこか遠くの床へと落下して大きな音を立て、そこを目がけてペイント弾の発射音が鳴り響く。間髪いれずモンシアは脚部スカート内の補助バーニアまで起動して最大戦速でバリケードを飛び出した。
「おら、どうしたひよっ子っ! こっちだこっちだっ! 」
 モニターに映る火線の根元に向かって叫んだモンシア。囮を左に投げて自分は右に逃げるのは陽動の基本だ、自分を追いかけて銃を振ると開いた脇が銃の反動を吸収し切れずに照準が定まらなくなる。事実全速で滑らかな床を移動するゲルググの後を追って相手の弾が着弾するがその高さがまちまちだ。思惑通りの展開で狙った通りの場所へと辿り着いたゲルググは遮蔽物の壁に背中を預けて、そっと影から相手までの距離と景色を観察した。
「ぃよっしっ、これなら俺一人でもなんとかならぁ」

「ちっくしょう、あンのエロおやじっ! 超むかつくっ! 」
 憤慨したアデリアがフットバーから離した右足で思いっきり床を蹴りつけた。そこにいると言う事が分かっているのに予想外の音によって集中と自信を喪った身体は相手の放った子供だましに易々と引っかかってしまった。千載一遇だったかも知れないチャンスを逃したアデリアが悔しがるのも無理はない。
「 ” 構えろアデリア、援護する。すぐにここにやってくるぞ ” 」
「はいっ!」
 届いた声に軽快に応えると彼女は素早く銃を構えて遮蔽物の影から向こうを用心深く覗きこんだ。薄暗いフロアの最南端であるこの一角だけバリケード代わりの残骸が数多く転がっていて、恐らく向こう側の端に陣取っているモンシアのゲルググは見通せない。ならばこちらも少し相手との距離を縮めようかと思案している矢先、突然タービンファンクションのか細い悲鳴がセンサーから忍び込んで来た。
「 …… なに? 」
 それは恐らくアデリアの位置から三百メートルは離れていようかという場所、舞い上がる埃とセンサーが捉えた温度変化で彼女はモンシアがこれから何をしようとしているかに気づき、そして驚いた。
「そんな、こんな狭い所で高速機動ラピッドムーブを始めるつもりっ!? 」
 今ここでそれを行うという事はすなわち直滑降で林の中へと突っ込むようなものだ、時速100キロの速度で移動するあの巨体を本当にそこまで細かく操る事が出来るのか? 自分の発想が届かない事態にアデリアは疑心暗鬼にかられて緊張の糸をほんの少し緩める、途端に舞い上がった埃の中から目にも止まらぬ速さで赤く輝くモノアイが飛び出してきた。
「! マジでっ!? 」

 バックパックの出力を腰部と脚部バーニアへと振り分けてファンクションを極力絞り込むとゲルググの巨体は地面すれすれにふわりと浮かぶ。元々は重力が不安定なコロニー内戦闘の為に考えられた仕掛けだが、同じ重力下である地上でそれが使えない筈がない。しかし地上戦用に開発されたドム・トローペンやザメルのような熱核ホバージェットではないので操作が酷くデリケートなのだ。
 遊びがほとんどないハンドル代わりのフットペダルをミリ単位で調整しながらモンシアは、見通しの利かなくなった視界の向こうできっと驚いているであろう二人のひよっ子に叫んだ。
「さあ、いくぜっ! 」
 右足が動くか動かないかの内に機体は猛スピードで埃の中から抜け出した。モニターの景色が流れる中で彼の歴戦兵としての動体視力は反対側のバリケードの影で銃を構えたまま動かないザクの姿をはっきりと捉える。うろたえる様に銃口が動いた瞬間にモンシアはフットペダルをわずかに踏み変えて推力を逆方向へと向ける、襲いかかる猛烈な横Gはモンシアの視界を一瞬だけ眩ませた。
「っとお、嬢ちゃん遅っせえっ! 」
 アデリアの放った火線を横目に見ながらモンシアは次のバリケードの影へと身を隠す、今ので相手との距離は約三分の二に縮まった。もう一息だ、もう一息で相手の懐へと飛び込める。

「にゃろ、ここまで追い込ンどいてあっさりやられてたまるもんですか」
 モンシアが隠れたバリケードの端に狙いを定めたままアデリアは空いたもう片方の手で模擬刀を抜きだした。逆手に握って受け重視、接近戦になっても相手の一撃を受け切れば至近距離で一連射 ―― それで終わる ―― のに。
 自分の立てた手順のことごとくがこの相手には通用しない、それは不安となってアデリアの判断を狂わせる。綿密とはいかないまでもここまでは当初の予定通りに相手をひきつけて一か所に固め一機も欠ける事なく逆包囲に成功した、ここまでうまく事が運んでもなお彼女には勝利までの一本道が見つからない。いやむしろその逆でどこで、何が切っ掛けで大逆転されてしまうのか ―― そんな不安だけが大きくつのる。
「 ―― っ! しっかりしろアデリアフォスっ! あんたらしくもない、いつもみたく強気でクールにいくンだよっ! 」
 自分を鼓舞して親の仇を狙う様な眼でじっとモニター上のレティクルを見つめるアデリア、だがその瞬間十字の交点に飛び込んで来たのは灰色の小さな缶だった。くるくると回る物体の一部から細長いピンが弾け飛び、彼女が正体に気づいた時にはそれは作動していた。破裂する殻の中から溢れだす閃光が彼女のザクのモニターを白く焼く。
「しまった、フラッシュグレネードっ! 火器管制ダウン、緊急再起動っ! 」
 白く焼き付いたメインカメラの電源を落としてサブカメラへと切り替える、恐らく飛び出して一気に間合いを詰めて来るであろう見えないゲルググに向かって勘だけの威嚇射撃。復旧するまでの間頭を下げててくれればそれで十分!

 モンシアのルート選択は彼女の予想よりも辛辣かつ危険に満ちていた。閃光弾が破裂した時点で広間へと飛び出し一気にアデリアの懐へと飛び込んでもよかったのだが、彼自身が感じる危険予知がその選択を排除した。
 それは姿の見えないもう一機のザクの存在。キースが単機でベイトと交戦した時点でモンシアは三機が各個で分散して侵攻してくる可能性を除外した。なぜなら格上の相手に戦力を分散して当たった所で何の意味もないからだ、いくら地の利があると言っても待ち伏せ以外に彼らの勝利の可能性は、ない。
 ならばどうするか? キースを囮にして数的優位を作り出しモンシアかアデルどちらか一機を沈めれば戦況は変わる、つまりアデリア一機でここには来ないという判断だ。必ずどこかにあの坊主は潜んでモンシアの隙を窺っている、それは恐らく彼女に襲いかかる為に攻撃へと集中したその一瞬。
 グレネードを投げた反対側はすぐにそのフロアの壁、だがほんの少しだけ隙間がある。モンシアはバーニア全開でその隙間へとゲルググを捻じ込んだ。ほんの僅かな操作ミスが機体を削ってバランスを崩し、もしかしたら演習でやられるよりもひどい事になるかもしれない。だがそれでも。
「負けるのだきゃあごめんだぜえっ! 」
 流れる景色が不鮮明な線と化してもゲルググの速度は衰えない、微かに拾う銃声がモンシアの額を冷や汗で濡らす。だがその全てが行き止まりへと辿り着いた時モンシアは自分の勝ちを確信した。開けた景色にがら空きの背中を見せる砂漠色、自分の背負ったリスクに見合っただけの成果が得られた彼はそのまま一気にザクの背中へと突進した。
「嬢ちゃん、もらったあっ! 」

「! 接近警報、って ―― !? 」
 動態センサーがゲルググの動きを感知した時には手遅れだった。慌てて振り返った先にはもうモンシアのゲルググが突貫している、突き出された模擬刀の切っ先だけがレーザー発振の蒼い光を放ってモニターへと押し寄せる。
「こんちくしょうっ! 」
 罵声を放って右手に構えた模擬刀を必死で振り上げる、だがその全てが遅すぎる。交差する軌道は明らかに相手の方が早く、自分は遅れて相手の攻撃を遮る事しか出来ない。アデリアは苦渋の目で今にもコックピットハッチに届こうとしているその青い光を睨みつけた。

「! やっぱりこんな所に隠れてやがったのかっ!? 」
 それはモンシアの刀の切っ先がアデリアの機体に触れんとした刹那の出来事だ。突然横合いから躍り出た一筋の黒い影は彼の狙った軌道をさえぎる様に繰り出されるとそのまま捻り上げる様にして鍔元まで刀を身体ごと押し込んだ。オリーブドラブの頭部からモンシアを威嚇する様に輝く赤いモノアイ、急激に出力を上げた為に発生する熱排気が獣の吐息のように聞こえる。
 渾身の一撃を止められたモンシアが急いで間合いを遠ざける、それに合わせてマークスのザクはフェンシングの要領で切っ先を素早く繰り出す。二三合打ちあった所で二機のザクは自分達の不利を悟ったかのように体を翻して一気に広間の中央へと走った。
「ふん、さすがは鉄火場を生き残っただけの事はある ―― そうだ、今はそれが最も勝ち目のありそうな選択だ」
 モンシアは刀をぶら下げてゆっくりとバリケードを歩み過ぎる、もう焦る必要はない。数的には完全に不利だがこれで懸念となっていた問題を全て引きずり出す事が出来た、後は ―― 
「 ―― 力勝負といこうぜえ、お二人さんっ! どっからでもいい、かかってきなっ! 」
 雄叫びを上げたモンシアはぶら下げた刀の切っ先を真っ直ぐにマークスのザクへと突き付けた。


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