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No.32711の一覧
[0] 機動戦士ガンダム0086 StarDust Cradle ‐ Ver.arcadia ‐ 連載終了[廣瀬 雀吉](2023/07/03 19:06)
[1] Prologue[廣瀬 雀吉](2012/04/19 18:00)
[2] Brocade[廣瀬 雀吉](2012/04/19 18:01)
[3] Ephemera[廣瀬 雀吉](2012/05/06 06:23)
[4] Truth[廣瀬 雀吉](2012/05/09 14:24)
[5] Oakly[廣瀬 雀吉](2012/05/12 02:50)
[6] The Magnificent Seven[廣瀬 雀吉](2012/05/26 18:02)
[7] Unless a kernel of wheat is planted in the soil [廣瀬 雀吉](2012/06/09 07:02)
[8] Artificial or not[廣瀬 雀吉](2012/06/20 19:13)
[9] Astarte & Warlock[廣瀬 雀吉](2012/08/02 20:47)
[10] Reflection[廣瀬 雀吉](2012/08/04 16:39)
[11] Mother Goose[廣瀬 雀吉](2012/09/07 22:53)
[12] Torukia[廣瀬 雀吉](2012/10/06 21:31)
[13] Disk[廣瀬 雀吉](2012/11/15 19:30)
[14] Scars[廣瀬 雀吉](2012/11/15 19:32)
[15] Disclosure[廣瀬 雀吉](2012/11/24 23:08)
[16] Missing[廣瀬 雀吉](2013/01/27 11:57)
[17] Missing - linkⅠ[廣瀬 雀吉](2013/01/28 18:05)
[18] Missing - linkⅡ[廣瀬 雀吉](2013/02/20 23:50)
[19] Missing - linkⅢ[廣瀬 雀吉](2013/03/21 22:43)
[20] Realize[廣瀬 雀吉](2013/04/18 23:38)
[21] Missing you[廣瀬 雀吉](2013/05/03 00:34)
[22] The Stranger[廣瀬 雀吉](2013/05/18 18:21)
[23] Salinas[廣瀬 雀吉](2013/06/05 20:31)
[24] Nemesis[廣瀬 雀吉](2013/06/22 23:34)
[25] Expose[廣瀬 雀吉](2013/08/05 13:34)
[26] No way[廣瀬 雀吉](2013/08/25 23:16)
[27] Prodrome[廣瀬 雀吉](2013/10/24 22:37)
[28] friends[廣瀬 雀吉](2014/03/10 20:57)
[29] Versus[廣瀬 雀吉](2014/11/13 19:01)
[30] keep on, keepin' on[廣瀬 雀吉](2015/02/05 01:50)
[31] PAN PAN PAN[廣瀬 雀吉](2015/02/05 01:25)
[32] On your mark[廣瀬 雀吉](2015/08/11 22:03)
[33] Laplace's demon[廣瀬 雀吉](2016/01/25 05:38)
[34] Welcome[廣瀬 雀吉](2020/08/31 05:56)
[35] To the nightmare[廣瀬 雀吉](2020/09/15 20:32)
[36] Vigilante[廣瀬 雀吉](2020/09/27 20:09)
[37] Breakthrough[廣瀬 雀吉](2020/10/04 19:20)
[38] yes[廣瀬 雀吉](2020/10/17 22:19)
[39] Strength[廣瀬 雀吉](2020/10/22 19:16)
[40] Awakening[廣瀬 雀吉](2020/11/04 19:29)
[41] Encounter[廣瀬 雀吉](2020/11/28 19:43)
[42] Period[廣瀬 雀吉](2020/12/23 06:01)
[43] Clue[廣瀬 雀吉](2021/01/07 21:17)
[44] Boy meets Girl[廣瀬 雀吉](2021/02/01 16:24)
[45] get the regret over[廣瀬 雀吉](2021/02/22 22:58)
[46] Distance[廣瀬 雀吉](2021/03/01 21:24)
[47] ZERO GRAVITY[廣瀬 雀吉](2021/04/17 18:03)
[48] Lynx[廣瀬 雀吉](2021/05/04 20:07)
[49] Determination[廣瀬 雀吉](2021/06/16 05:54)
[50] Answer[廣瀬 雀吉](2021/06/30 21:35)
[51] Assemble[廣瀬 雀吉](2021/07/23 10:48)
[52] Nightglow[廣瀬 雀吉](2021/09/14 07:04)
[53] Moon Halo[廣瀬 雀吉](2021/10/08 21:52)
[54] Dance little Baby[廣瀬 雀吉](2022/02/15 17:07)
[55] Godspeed[廣瀬 雀吉](2022/04/16 21:09)
[56] Game Changers[廣瀬 雀吉](2022/06/19 23:44)
[57] Pay back[廣瀬 雀吉](2022/08/25 20:06)
[58] Trigger[廣瀬 雀吉](2022/10/07 00:09)
[59] fallin' down[廣瀬 雀吉](2022/10/25 23:39)
[60] last resort[廣瀬 雀吉](2022/11/11 00:02)
[61] a minute[廣瀬 雀吉](2023/01/16 00:00)
[62] one shot one kill[廣瀬 雀吉](2023/01/22 00:44)
[63] Reviver[廣瀬 雀吉](2023/02/18 12:57)
[64] Crushers[廣瀬 雀吉](2023/03/31 22:11)
[65] This is what I can do[廣瀬 雀吉](2023/05/01 16:09)
[66] Ark Song[廣瀬 雀吉](2023/05/14 21:53)
[67] Men of Destiny[廣瀬 雀吉](2023/06/11 01:10)
[68] Calling to the night[廣瀬 雀吉](2023/06/18 01:03)
[69] Broken Night[廣瀬 雀吉](2023/06/30 01:40)
[70] intermission[廣瀬 雀吉](2023/07/03 19:04)
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[32711] Nemesis
Name: 廣瀬 雀吉◆b894648c ID:41c9b9fd 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/06/22 23:34
「君に与えられる選択肢は二つだ、フォス曹長」
 深刻な顔で告げるその基地指令の階級までもが少佐。一年戦争の余波で焦土と化したベルファスト、舞台を宇宙に移した事によって戦線から取り残された北欧に位置するこの基地に関する人事は再建途中の基地に有りがちな異例の抜擢がまかり通っていた。
 基地指令の階級は元より女性兵士だけで編成されたモビルスーツ部隊の常駐配備、そして曹長と言う階級でありながら小隊長に抜擢されたアデリア・フォス。その全てが終戦後の混乱をなかなか収拾できない連邦と軍と各報道機関による世論誘導の手段である事は関係者だけが知る秘密だった。復興の士気を高める為に選ばれたアデリア達にその真意を伝えられる事は無かったが、引っ切り無しに基地に訪れる軍の広報や地元のテレビ局の取材要請を全て受け入れる方面軍司令部や基地指令の態度を見ていればあらかたの想像はつく。
 来る日も来る日も記者のインタビューやフラッシュに追い回されながら、アデリアは ―― いや、その対象となったベルファスト基地全体に厭世的な空気が蔓延している事を肌身で感じていた。無論彼女とて軍に ―― 最高の難易度を誇るモビルスーツパイロット ―― 志願したのは見世物になる為ではない、自分の最も大事な物を奪った『戦争』に対する憎しみゆえの事である。自分の姉も同じ志で軍を選びソロモンの海に散ってしまった、その遺志を継ぐ事こそが自分の使命だと考えていた。遠く離れた場所で起こっている戦争が生み出す悲劇を知っていながら何も出来ずに宇宙を見上げて手を拱いているのはもう嫌だ、と強く願った故の発露。しかし現実には自分を含めたモビルスーツ隊に相応しい任務が与えられる事は無い。
 ベルファストで急遽編成された自分の部隊が一年戦争で失った戦力の補充という緊急課題に基づく女性兵士の戦場参画を意図した物であるという事は頭ではちゃんと理解しているし、立場を自覚するアデリアが自分の主張や思惑も押し留めて全ての取材に嫌な顔一つ見せずに協力するのは当然の事だと思っている。だが任務とは全く関係の無い所で磨り減らされる神経は、アデリアの心にも不満と言う劇薬を生み出す要因になり、それは今自分の目の前に座る上司に対する直接的な評価になっていた。
 
 自分の正義を信じて疑わないアデリアにとって基地指令から提案されたその申し出は意外な物だった。確かに相手を病院へと送り込んだのは自分だがそれには自己防衛と言う立派な理由がある、それに八対一という相手との戦力差・性別による戦闘力を鑑みれば自分がいかに不利な状況に立たされていたかと言う事など火を見るより明らかだ。どう贔屓目に見ても自分に下される処分は譴責か減俸か ―― いずれにしても軽微な物だろうと信じて疑わなかったアデリアは、座りの悪いスチールデスクの向こう側に座って深刻な顔を浮かべる基地指令を訝しい表情で見つめた。
「二つ、とは? ―― 一体どう言う事でしょうか、指令」
「こちらが除隊届けになります。除隊の際に条件となる項目は貴官の場合特殊な物も含まれますので、よく読まれた上で速やかにご署名なさった方がよろしいかと」
 当事者たる基地司令に代わって口を開いたのは隣に座っている弁護士風の男だった。陰湿そうな性格を滲ませる切れ長の目を僅かに開いたその男が手元に置いてあった書類をすっとアデリアの前に滑らせて寄越す、それよりも望外の処分を口にしたその弁護士の顔をまじまじと見つめたアデリアは信じられないと言った面持ちでその書類へと目を通した。『なぜ? 』という言葉が頭の中で反響してその逃げ場を探す、あちこちで始まる頭痛は彼女の可憐な表情に何本もの深い皺を刻みつけた。
「私も君の今の立場やこれまでの功績を考えるとこの様な選択しか与えてやれない事を心苦しく思う。―― だが君はまだ若い、条件つきではあるが軍を止めても十分に幸せになれるだろう。この先の事を考えれば多少の理不尽を飲み込んででも、それで今回の事が不問に処されるというのならば良しとしなければならないと考えるんだが? 」
「不問? 」
 その言葉の意味は知っている、それは発生した事象において明らかに自分に非があり相手に罪が無かった時に使われるべき言葉だ。自分と相手に該当する者が誰に当てはまるのかを悟ったアデリアがまるで判事のように言い含めようとする向かい側の男を敢然と睨みつけた。
「不問とはどういう意味ですか指令。私は何も悪い事をしていない、確かに相手の兵士を傷付けたのは認めますが彼らだって無抵抗だった訳じゃない。私がそれだけの処分を受けると言うのならば彼らにも同じ処分が与えられてしかるべきです! 」
「なるほど、加害者なりの正しい意見ですな。被告人は皆そう言う」
 さもあらんと蔑んだ口調で言い棄てる弁護士に向かって思わず言い返そうとするアデリアを基地司令の目が制止する。示談の際に行われる発言の一切は詳細に記録に留められ万が一それが裁判へと発展した際には証拠として提出される、ここで彼女にその様な不利を被らせる訳にはいかなかった。
「ですがフォス曹長 ―― でしたかな? 貴官の動機が部下に対する暴行に端を発しているとは言え貴官の取った行動はれっきとした犯罪行為だ。しかも貴官の部下からはその後貴官の行動の動機を裏付ける為の ―― 被害者達に暴行をされた事に対する告訴も為されていない。つまりこの件は貴官が、私怨によって引き起こした唯の傷害事件という扱いになるのですよ」
「そんなっ! 私怨なんかじゃない、私は彼女に謝る様に彼らに言った。彼らはそれを笑った挙句に私まで ―― 」
「それを証明する物は何も無いのですよ。貴官が引き起こしたあの現場、大怪我をした ―― うち一人は再起不能だ。彼らがこの事件に関する全ての顛末と証拠です」
「じゃあ彼女に聞いてみてっ! 彼女は私と一緒にあそこにいた、彼女が第三者として全てを知ってるわ! 」
「ですから ―― 」
 押し問答には飽き飽きしたと言わんばかりに男が大きな溜息をついた。膝の上に行儀よく置いてあった両手をテーブルの上に置き、肘をついて自分の口元を隠した彼は陰湿な声音でアデリアに告げた。
「 ―― 証明する物は何もない、とさっきから申し上げている。被害者達から暴行を受けたと言われる貴官の部下の証言も含めて、ですが」

 アデリアの顔から血の気が引き、そして即座に赤く染まる。常日頃から信を置く自分の部下や仲間に裏切られたと言う事実、しかしあの事件が起こるまでそんな疾しさの欠片も感じなかったという心証。なぜそんな事が起こってしまったのかを必死で考えるアデリアの目に弁護士の口元が僅かに見える、彼の口角は僅かに釣り上がって自分の狼狽を愉しんでいるかのようだ。
 それを見てアデリアははっきりと理解した、あの事件から今までに至るまでにこの基地で、いや自分の部隊の中で何が行われていたのかという事を。紅潮したままの顔で怒りに燃え上がった瞳が隠しようのない弁護士へと向けられる。
「 …… 彼女に、何をした? 」
 弾け飛びそうな理性を必死で押さえる意思は彼女の言語野を疎かにした。この男の思惑になど乗るものか、と煮え滾る腸の痛みが彼女の可憐な顔を苦痛に歪ませる。
「被害者の弁護士として当然の事を尋ねただけですよ。 ―― 彼女が被害者の男性達にどの様な仕打ちを受けてどの様な行為に及んだか、勿論その中には彼女自身に非はなかったかどうか、互いの合意の上で行われた行為なのではないか等の性癖含みの精査も含まれる事になりましたがね」
 いやらしく眼を細めたその表情にアデリアの理性のたがが遂に外れた、何もかも忘れてその腐った面に一撃をお見舞いしようとする彼女の身体は大きく跳ねて男の胸倉を掴み上げる。だが彼女の行動をあらかじめ織り込んでいたかのように男はそのにやけた表情を崩さなかった、アデリアが起こす次のアクションを待ちわびるかのような目で振り上げた彼女の拳へと目を向ける。
「この下衆野郎っ!! 」
 気勢を上げて振り下ろそうとしたアデリアの右手は果たして彼女の狙い通りにその男の顔面を捉える事はなかった。背後に控えていた軍警察の屈強な警官にあっという間に取り押さえられた彼女はそれでもなお狂った様にテーブルの上でもがいている。手負いの獣のように暴れる彼女の暴走をそこで止めたのは基地司令の冷静な叱責だった。
「やめたまえ、フォス曹長。君がこの事について抗弁する為には軍の法廷に被告人として立つしか方法がない、そして君に一切の勝ち目は無い。その事を理解した上でこの方は『示談』を提案されているのだ、彼を雇った依頼主の意向でな」
「それが即刻除隊と言う処分ですかっ。こんな外道の言いなりに、こんな外道を雇った依頼主の言いなりになって私が罪を被らなければならないと!? 」
「それ以上は名誉棄損になりますよ? 民間人に対して看過しがたい暴言ですな、貴官の仰り様は」
 慇懃無礼なその物言いがアデリアの凛気に再び触れた。弁護士との間合いを再び詰めようとするアデリアの目の前にすっと差し出された手が彼女にとっての今唯一の抑止力だ、基地司令に促されて上げた腰を力の限り椅子へと叩き付ける。安物のパイプ椅子が彼女の尻の下で今にも壊れそうな悲鳴を上げた。
「曹長、話は最後まで聞け。君にはもう一つの選択肢がある、それは司法取引によって自分の罪を認めた後にジャブローから指定された基地へと転属する事だ」

 司令の手元に置かれていた一枚の紙切れが満を持したようにひらりと裏返ってアデリアの手元へと差し出される、そこには彼女にとっては全くねつ造された事件の顛末と身に覚えのない告白文とが堅苦しい文言で掻き連ねられている。読むのも忌々しいその分の全てをすっ飛ばしたアデリアは、最後に空欄となっている署名欄へとじっと目を凝らしていた。
「勿論、罪を無条件に認める事によって君は降格になるだろう、しかし君が軍に残りたいと言うのならばその望みは聞き入れられる。例えそれがどの様な辺境になったとしても、と言う条件つきではあるが …… それが先方の用意した最大限の譲歩だ」
「不名誉な二者択一ですね」
 喧嘩腰でそう吐き捨てるアデリアを複雑な面持ちで見つめていた基地司令がまるで見たくない者から目を逸らす様に瞼を閉じた。
「それが彼の依頼主である『ティターンズ』の意向だ。彼らは君が現場復帰を果たした被害者達からの報復を受けない様に配慮をしてくれている、それを避けるには住む世界を違えるか、絶対に交流する事の無い条件の場所へと転属するしかないだろうと言うティターンズの見解を私は指示せざるを得ない。だがどちらにしても君の身柄をヨーロッパ方面軍で預かる事は不可能になった …… そういう事だ」
 要するに体のいい厄介払いか、と憤慨で焼き切れそうな思考回路をやっとの思いで動かすアデリア。本来であれば軍内部での事件に関してはある程度の対等な処分が下される所を今回は被害者である『ティターンズ』と自分の所属する『ヨーロッパ方面軍』がそうさせなかった。
 ヨーロッパ方面軍には旧体制派の佐官が多く新興勢力であるティターンズの部隊を駐留させる事に難色を示していると言う話を聴いた事がある、今回アデリアが引き起こした傷害事件は被害者であるティターンズの側に部隊を送り込む為の格好の口実を与える形になったのだ。この事が均衡を保ち続ける旧体制とティターンズの勢力争いに大きな影響を与える前に方面軍司令部は高度に政治的な判断を駆使するに至ったのだろう。
 確かに目の前に座る基地司令の立場から言えばそうせざるを得ないと言うのが本音なのだろう、だがそれを理解しても尚アデリアには納得がいかない。それでは軍の中の正義とは一体いついかなる時に行使されなければならないのか? 身も心も傷付いた彼女の為に力を貸す、それこそが軍と言う物の在り方ではなかったのか?
「正義に疑問を持つ君の気持はよく分かる」
 司令の零した本音にアデリアと弁護士は相反する意味で驚いた。アデリアはまるで自分の心を読んだかのようにその点を彼が指摘した事、弁護士はまさか一介の責任者に過ぎない彼がこの場合の正義の在りかがどこにあるのかを暗に指摘した事にだ。
「君が私の判断をどの様に受け取ろうがそれは君の自由だ。だがフォス曹長、誤解の無い様に断っておくが先方でも君の身柄を引き取る事はできないのだ  …… 考えても見たまえ、前線で未だにジオンの残党と戦う現役の兵士が女性隊員一人に袋叩きにされたと言う事実が彼らの内部で広まったらどういう事になるか。精鋭で構成されていると言うティターンズの権威には傷が付き、それは彼らの母体である連邦軍の屋台骨に何らかの風評被害を与えんとも限らん。彼らはこのことが表沙汰になる事を好まんし、我々も回避したい。故に互いにこの件に関して協議を重ねた上で決断を下した。君の拘留期間が長かったのは双方の意見調整に時間を要したからだ」
「私がその条件を両方とも断ったとしたら? 異議を唱えてサインをしなければ私にはどういう処分が下されるのですか、私がその選択をする可能性くらい織り込み済みでしょう? 」
「貴官には軍法廷での証言の機会が与えられます。勿論弁護士を付ける事も可能だが、今の貴官の立場で依頼を引き受けてくれる弁護士など居ないでしょう。せいぜい軍選弁護士が貴官の弁護をいやいや引き受け、そして貴官は敗訴する。軍兵士八人に対する重篤な傷害罪 ―― 貴官が士官の一人に向けて行った過剰行為には殺人未遂が付くかもしれない。どちらにしても『連邦軍アンデス刑務所シャンバラ』送りになる事は間違いないでしょう、それもそれ相当の長い刑期は覚悟された方がいい」
 すかさず隣の弁護士が計算高い笑みを浮かべながら滔々と捲し立てる、まるでそうしてくれと言わんばかりにニヤニヤと嗤うその面に悪態を突こうとした矢先を司令の声が制した。
「やけを起こすな、フォス曹長 …… 君の置かれている状況は今君が考えている通りだ、そして君の所属している連邦軍はその様な事態に陥る事を望まない」
 拒否権を発動すればこの件が少なくとも軍内部で表ざたとなり、策を弄してうやむやにしようとしているティターンズに何らかのダメージを与える事が出来るかもしれない。自分のキャリアを引き換えにしてでも相手と刺し違えて正義の在りかを確かめようとするアデリアの行動を司令はにべもなく退けた。
「選択肢はここに提示した二点のみだ。そして君は連邦軍人である以上そのどちらかの条件を必ず選択しなければならない、これは命令だ」

 判決を自分の味方から言い渡されたアデリアの口から言葉が洩れる事はなかった。わなわなと震える腕だけが理不尽な現実に対して向けられた彼女の憤懣と葛藤を現実へと伝える、言いようのない孤独感に心が苛まれ続けて言葉を探す事すら忘れた彼女に向かって弁護士の男が席を立ちながら告げた。
「依頼主からは今日中にと言う事でしたがまあいいでしょう、貴官に一晩の猶予を差し上げます。今晩一晩拘置所の冷たい床で頭を冷やしてよく考えなさい。どちらを選んだとしても貴官が被害者の兵士達とこの先一生顔を合わせなくて済む事には変わりが無い、貴官の身辺と将来を慮ってくれたティターンズに感謝する事ですな。 …… では私はこれで。これでも何かと忙しい身の上なので」
 恩着せがましい捨て台詞を吐いた弁護士が足元に置かれたゼロハリバートンを手にとってゆっくりと出口に向かう。その憎憎しい背中を末代までも語り継ごうと記憶の中に焼き付けようと誓ったアデリアが殺意の籠もった眼で男の後ろ姿を睨みつける、その圧力を感じたかのように男はドアの前でくるりと踵を返してアデリアへと向き直った。
「貴官が信じる正義などこんな物です、フォス曹長」
 歪んだ嗤いに浮かび上がった彼の本性、弱者のもがく様を高みで見物する権力者の走狗である事を臆面もなく晒した男は忍び笑いを洩らした。
「いかに貴官が自分の正義を謳い上げた所で所詮は何も知らない子供の理屈だ、そんな下らん物がまかり通るほどこの世の中は甘くない。より大きな力の前には貴官の信じる正義など取るに値しない、眉唾物の愚かな主張だ」
「 …… 何が言いたい? 」
 男の口調にアデリアはそう言うのがやっとだった。彼は手足をがんじがらめに縛られて身動きの出来ないまま、牙だけを剥き出しにして抵抗を続ける哀れな獣に哀れみと蔑みを織り交ぜた視線で応えた。
「正義とは力、なんですよ。清廉潔白を是とする貴官には信じられないかも知れないが、世界はどこまでも不公平に出来ている。世間知らずのお子様にもそれが理解出来る日が必ずやって来る、いずれ貴官が穢れたと自分で感じた時に初めてそれを知る事になるでしょう。 …… ではまた明日、良い返事を期待して伺う事にしましょう」

 掲げた信念を蔑にされた揚句にボロボロに打ち壊されたアデリアの足が爆発する、真っ白になった頭のままで動く彼女の原動力はただ今まで受けた仕打ちを晴らさんが為の恨みによる物だ。だがその想いが現実に彼女の元へ成果として届けられる事は有り得なかった、再び屈強の兵士の手でがっちりと捉えられたアデリアは無我夢中で全ての四肢を動かして何とかその戒めから逃れようと荒れ狂う。
 下卑た笑いでそのざまを見下ろしながらゆっくりと扉の向こうへと姿を消していく男に向かって、思い付く限りありったけの罵詈雑言を浴びせながら必死で抜け出そうとする彼女の手を司令が握り締める。
 もうどうする事も出来ないのだと掌の熱でそう告げる彼によってアデリアはやっと現実を取り戻した、そしてその時彼女は初めて気づいた。
 自分が泣いている事、そして悔しさと絶望に打ちひしがれた心を抱いたまま夢を失ったと言う事に。
 
                                *                                *                                *

「 …… 痛っ、いたたた ―― 」
 背中の痛みでアデリアは意識を取り戻した。息をする度に猛烈な激痛が彼女を襲ってアデリアは思わず小さくせき込んだ、浅い呼吸を繰り返して何とか楽な体勢を確保する彼女の目に明るい光が差し込んで来る。
「 …… ここは? それよりあたし、何で ―― 」
 そう呟きながら身体を動かそうとする彼女は、初めて自分ががっちりと手足を縛られて椅子に括りつけられていると言う事が分かった。頑丈なスチール製の椅子はかなりの重みがあり少しくらい暴れた程度ではびくともしない、それはオークリーでもっとも巨漢であるグレゴリーでも難しいだろう。
 混濁した意識に活を入れてアデリアは考えた。確か地下四階まで下りて来た時に下からドアの閉まる音が聞えて来て、その正体を確かめる為に地下五階の通路へとそっと足を踏み出したあたしはそこが火元だと言う事に気がついた。その焼跡から何か犯人の手掛かりになる様な物が見つからないかと足を向けた途端に突然 ―― 。
「 ” 目が覚めたようだな ” 」
 突然部屋のどこからか落ちついた男の声がした。アデリアは自分の置かれた周囲の状況を知る為に瞼をゆっくりと開いて焦点を合わせる、そこは天井に設置された無影灯が支配する真っ白な大部屋だった。体の及ぶ限り首を廻して後ろを振り返るとそこには大きな鏡がある、どうやらマジックミラーの様だ。
「 …… ショッピングモールの中にこんな取調室の様な場所があるなんて驚きだわ」
「 ” なぜここがショッピングモールの中だと分かる? ” 」
「だって焦げ臭いもの」
「 ” なるほど、どうやら頭の回転も元に戻っているようだな、結構 ” 」
 いかにも上から目線の物言いに眉を顰めるアデリア、と同時に相手の理知的な物言いに同業者の臭いを感じ取っていた。テロリストと言ってもその意味は広義で、例えばジオンの残党が連邦軍に向かって小競り合いを仕掛けて来てもそれはテロ扱いされるご時世だ。しかし自分に向かって語り掛けられる声にはどこか統制の取れた、しかも自分を偶然に捕えたと言う慌ただしさがない。どういう理由かは知らないが敵に選ばれた自分が罠に落ちたと言う事だけは間違いない。
「とりあえず弁護士を呼んでくれ、なーんて事は言わないわ。でもこの手足の縄は解いてちょうだい、捕虜に対してのこの扱いはジュネーブ条約に違反してるし」
 軽い口調でそう要求するアデリアだがこの提案には仕掛けがある、もし彼らがのこのこと姿を現して彼女の縄を解いたのなら、彼らはテロリストではなく何らかの任務を受けた正規軍の兵士だと言う事になる。それに少しでも縄の結び目が緩もうものなら彼女はすぐさま相手に飛びかかって一気に形勢逆転を狙う事も出来る。
 じっと相手の出方を黙って待っていたアデリアだったが、先方からは何の反応もない。痺れを切らした彼女がもう一度同じ要求をしようと口を開きかけた時再び男の声が、今度ははっきりと天井のほうから聞こえた。
「 ” これから私の質問に応えてもらう。今更ではあるが君の置かれている状況は極めて遺憾だ、誤解のないように予め言っておくが私としても君の身柄を無事にご両親の元へとお返ししたいと心から願っているし、面倒事は極力避けたい。だが君の取る態度如何によってはその約束も反故にせざるを得ない事になるかも知れない、ここはお互いの利益を優先して協力し合う事が得策ではないのかと私は考えるのだがどうだろう ” 」
 ちっと舌打ち。どうやらこっちの考えなどお見通しと言う事か。だがこれで敵が単なる烏合の衆ではなく正当な軍の訓練を受けた事のある人物だと言う事が分かった、ならば。
「連邦軍北米方面軍オークリー基地所属、アデリア・フォス伍長。認識番号0147241」

 捕虜として尋問を受ける際には決して敵に有用な情報を与えてはならない。ただしハーグ陸戦条約第九条に基づいてその氏名・階級に関しては事実をもって返答しなければならない。士官学校での教えの通りにアデリアはそのマニュアルを行使した。
「 ” よろしい。ではフォス伍長、基地での君の所属部署は? ” 」
「 ―― 連邦軍北米方面軍オークリー基地所属、アデリア・フォス伍長。認識番号0147241」
 これさえ答えておけば敵はアデリアに危害を加える事が原則的に禁じられる。もし仮に敵が痺れを切らしてアデリアに肉体的危害を与えるのなら今度はジュネーブ条約が彼らの相手だ、十九世紀と言う遥か昔に制定されたその条約が宇宙世紀の今になっても確かな効力を持って国家間の諍いの後始末に駆り出されているのは、それ以上互いにとって公平な条約が作り出す事が出来ないと言う事。そして戦争の本質と言う物が大昔から何も変わっていないと言う立派な証拠だ。
「 ” ―― オークリー基地の通常戦力、つまり常勤している兵数は何人だ? ” 」
「連邦軍北米方面軍オークリー基地所属、アデリア・フォス伍長。認識番号0147241」
「 ” …… オークリー基地にあるモビルスーツは全部で何機だ? 機種並びに実稼動数を予備機も含めて答えたまえ ” 」
「連邦軍北米方面軍オークリー基地所属、アデリア・フォス伍長。認識番号014724、いちィ」
 思いっきり嫌みな口調で自分の認識番号を答えながらアデリアはふとオベリスクの傍で出会った退役中佐の顔を思い出した。あの時自分は彼の事をジオンのスパイではないかと勘繰ったのだが、実は本当にそういう陰謀が存在していてオークリーにある何かを探っているのではないか? 
 今の連邦に対して弓弾く立場にいる者と言えばジオンの残党とアクシズあたりになるのだろうか、しかし彼らが様々なリスクを背負って敵対行動に出る事など今の平和なご時世には考えにくい。それとも昨晩のニナの告白にあったデラーズフリートの決起の切っ掛け ―― 連邦の秘密兵器が実はオークリーに隠されていて、その情報を密かに入手した誰も知らない新たな勢力がそれを狙って蠢動を始めようとでもしているのだろうか?
「 ” 強情なのは見上げた根性だ、と称賛したいところなんだが ―― ” 」
 溜息交じりの男の声がアデリアを推理の淀みから引き戻した。アデリアに相対している男は尋問慣れしているのだろうか、彼女がとった行動に対して苛立ちの一つも見せずに落ちついた声で言葉を続けた。
「 ” 協力をしてもらえないと言うのであればこちらとしても不本意なのだが仕方がない、君に対する物の尋ね方を少し変えてみる事にしよう ” 」
 思わせぶりな物言いに思わずどういう事かを尋ねようとして慌てて口を噤む。不安を煽って相手の動揺を誘うのは尋問の常とう手段、平静を保つ為に目の前の白い壁へとじっと視線を向けたアデリアの背後で突然ドアの開く音がした。姿を見せたその男はどちらかと言えば中肉中背、目だし帽を被っているから人相は分からないが歩き方で軍人かもしくはそういう訓練を過去に受けた事のある物だと分かる。
 その男はアデリアの周りを遠巻きに迂回しながらゆっくりと彼女の前を通り過ぎると左手の壁の前まで真っ直ぐに突き進み、注視を続けるアデリアの目の前で足元にある何かに手をかけた。
 強烈な無影灯の光で白の部屋に置かれた白いシーツカバーはそこにあった事すら彼女に気付かせなかった、だが男がそのカバーを引き剥いだ中から現れた黒い影を見た瞬間に彼女の思考は真っ白に変化した。
「ちょっ、なんで …… あんたがそこにいンのよ ―― 」

 アデリアと同じ様に両手両足を拘束されたその青年は河岸のマグロのように横たわったまま身動ぎもしない、銀の髪を床へと押し付けたまま特徴的な瞳を固く閉ざしたままの彼女の上官は男の足元でゆっくりと身体を上下させている。
「 ” 今はまだ生きている ” 」
 声を失ってただ茫然と見詰めていたアデリアの耳をその男の声が奪った。感情を取り繕う事無く背後のガラスへと振りかえった彼女の表情には怒りと憎しみがありありと見てとれる。
「 ” だが君の態度が今のままだとこれから先、彼の身の上にどのような災難が降りかかるか分からない。いいか、これは『災難』だ。彼にとっての ” 」

 ―― マークスの身に何かが起きるって事は全てあたしのせいだって言いたいのか、この〇〇野郎っ! ―― 

「 ” では尋ねるフォス伍長、私達に素直に協力するや、否や? ” 」
 アデリアの奥歯がギッと鳴る、黒白の葛藤が一瞬の内に彼女の心で渦巻いて混じり合う。何十分にも感じる僅かな沈黙の後に、アデリアは全身を震わせながら男に告げた。
「 …… 連邦軍、北米方面軍オークリー、基地所、ぞく、アデリア・フォス、伍長。認識番号014724 ―― 」
「 ” ―― やれ ” 」
 全てを言い終わる前に男の命令が部屋に響く、はっと視線を向けたアデリアの目の前で部屋へと足を踏み入れていた男は左手にぶら下げていた何かをすっと持ち上げて腰だめに構えた。それがポンプアクション式のライアットガンであると認識するのに貴重な何秒かを費やしてしまったアデリアの口から声が漏れるのが遅れた。
「いやっ! やめ ―― 」
 彼女の声を掻き消す轟音が筒先から迸った。吐き出された弾頭は容赦なくマークスの服を貫通して脇腹へと食い込む、肉を叩く湿った音と着弾による衝撃で跳ね上がる彼の身体がアデリアの目に焼き付いた。
「マークスっ!! 」
 叫びと共に跳ね上がるアデリアの手首に縄が食い込んで皮膚を喰い破る、縄を染める出血などお構いなしにそれでも彼女は全身をマークスへと投げ出した。猛然と戒めに抗いながら必死の形相で彼の横たわる姿を見つめていたアデリアの眼前でマークスの身体が突然弓なりにのけぞる、見えない力で全身を縛り上げられた彼の口から苦悶の咆哮が部屋中へとこだました。
「ぐあぁっ!! 」
 唇を喰い破って口角から流れる血の色が赤い、悔しさのあまりに噛んだ唇の血の味を味わいながらマークスに起こった変化を見守るアデリアにはその正体に心当たりがある。それは自分が喰らった物と同じ奴だ。
「 ” 暴徒鎮圧用の特殊弾頭・テイザーエクスレップと呼ばれるスタンガンで最高出力は百万ボルト。伝説の脱出王、かのハリー・フーディーニですら逃れる事は不可能だ。鍛え上げた自らの筋肉がそのまま拘束具となって自らを締めつけるのだからな。もちろん一発では命に別条はないのだが ―― ” 」
 再び男の声を遮る発砲音と共に食い込む弾頭、剥がれ落ちた弾頭部のラバーが中に隠された電極を剥き出しにしてマークスの筋肉へと突き刺さる。倍加された電圧が彼の口から悲鳴すら奪い去った。
「 ” …… 後何発で彼の心臓はとまるのかな? ” 」
「殺してやるっ! 」
 顎から滴り落ちるアデリアの血が膝頭を赤く染める、彼女は背後の鏡を殺意の籠もった形相で睨みつけながら憤然と吼えた。
「もしマークスが死んだらお前達を殺してやるっ! どんな事があっても何があってもあたしはお前達を許さないっ、必ず ―― どんな事をしてでも地の果てまででも追いかけて、絶対に一人残らず息の根を止めてやるっ!! 」
「 ” 『鬼姫』の口からその宣託が為されるとさすがに信憑性がある、だが ” 」
 再びの発砲がマークスを襲う。もう人としての動きとは全く違うリアクションを続ける彼に意識はない、着弾のショックと電撃の痙攣が混在するマークスのあり様を泣きそうな目で見つめるアデリアに向かって男が言葉を続けた。
「 ” 交渉の主導権はこちら側にある。君に出来る事は私達に協力して彼の命を救うか、彼の死をここで見届ける事か ―― 二つに一つだ ” 」

 血走った目に充満する殺意が長い睫毛と共に閉ざされて深い皺がアデリアの眉間に刻まれる、やり場のない怒りが彼女の全身を小刻みに震わせて今にも爆発しそうだ。だが彼女にははっきりと分かっている、男の言う事に間違いの欠片すらもないと言う事を。
 囚われの身である自分がマークスに対してできる事、彼の命を救う為に出来るただ一つの事。
 自分の正義を、自らの手で穢すしかないと言う事。

 ―― ニナさん ―― 

 項垂れて垂れ下がった栗色の長い髪の影で零れ落ちた音の無い声、それが彼女の中で幾重ものさざ波となって昨日のニナを浮かび上がらせる。
 彼女も、そうだったのか。
 伍長の命を救う為に、自分の心を裏切ったのか。
 彼を助けられるのが今あたししかいないと言う事と同じ様に、伍長を助けられるのは自分しかいないと知ってそれを選んだのか。

 なぜこんなにも世界は不公平なのだ、なぜこんなにも世界は残酷なのだ。
 あのにやけた男の面に自分の正義が正しい事を証明したかった、あの日の自分が間違っていない事を証明したかった。だが結果はどうだ、結局奴の言う事はなにも間違っていなくて自分は自分の間違いを証明する為にオークリーと言う最果ての地で一人もがき続けていただけだ。
 これがあの日のあたしに世界が突き付けた答えなのか、意識を失ったあの男を蹂躙し続けるあたしの腰に縋りついて詰る様に怒鳴った彼女の言葉が正解だったと。

 ―― アデリアの様に正義を語る偽善者がいつかまた犠牲者を生むのよ! この人殺しっ!! ――

「 ” 伍長、答えは? ” 」
 静まり返った部屋の中に突然響いた男の声でカッと目を見開いたアデリアに選択の余地はなかった。俯いたまま自分の膝へと零れていく大粒の涙の行方を眺めながら彼女は振り絞る様な小さな声で言った。
「 …… 言う、通りに、する」
「 ” ―― よく聞こえない、もう一度。はっきりと声に出して宣誓しろ、協力するか否かイエス・オワ・ノウ? ” 」
 突き刺さる様な男の言葉がアデリアの良心を抉る。身体の奥底で起きた苦痛に苛まれながら、それを振り払う様な大声で彼女は叫んだ。
「言う通りにするっ、するから彼は、マークスだけは助けてっ! お願い、あたしはあんた達の言う事なら何でも聞くからっ! 」
 髪を振り乱して大声で答えたアデリアの口から零れ出す嗚咽が白い部屋に流れた。たとえ世界を敵に回しても、マークスを敵に回したとしてももう構わない。マークスが生きてさえいてくれれば、あたしはそれで。

「 …… あれは、誰だ? 」
 唐突に背後で起こったその呟きに、自分の役目をほぼ九分通りに完遂したタリホー1は驚いて振り返った。彼の眼の中に姿を晒したラース1、しかしそこには自分がおよそ窺い知る彼の姿を見てとる事は出来ない。まるで予期せぬ事態に遭遇しておろおろとうろたえる ―― そんな顔を彼と自分はさっきまで大勢見ていた筈だ ―― 民間人の様な表情で彼の方へと歩み寄ったラース1はそのまま脇を通り過ぎて、自分達とアデリアを隔てるマジックガラスへ手を着いた。
「ただの小娘の様じゃないか、俺がお前に期待していたのはそんな事じゃない」
 縋る様な眼で小さく頭を何度も振りながら目の前で繰り広げられる感傷劇メロドラマを否定する。余りの変貌ぶりに呆然と見守る彼らの意表を突いて素早い動きを見せたラース1は、机の上に無造作に投げ出してあったダガーへと手を伸ばすと鞘から刃を引き出した。彼の部下がそれを止めるには遅きに失した、ラース1から放たれるおぞましい狂気は既に彼の瞳へと住まいを変えて辺りを席巻する。
「奴を、捨てろ。ゴミの様に、屑のように。俺の股間を蹴り潰した時のあの顔で」
 光を受けた刃が眩しく光を撒き散らす、表面に映った自分の顔を舐める様に睨んだラース1の表情が引き攣った嗤いへと変化するまでに瞬きの暇もなかった。
「ラース1、落ちついて下さい。あなたはこれから何を ―― 」
「 ―― 何を? 」
 心外だとばかりに語尾を上げた彼は吊りあがった目でタリホー1を睨みつけながら、まるで自分の心を言い聞かせる様に答えた。
「 …… 俺の女に教えてやるのだ。お前のいるべき世界はそんな場所ではない、とな」
 彼の言葉に込められた意味を理解出来ずに、石のように固まったまま佇む三人の間へと割って入ったラース1は隣とを隔てるドアの取っ手に手をかけるとそのまま勢いよく押し開いた。

 気配すら隠そうともせずどかどかと押し入る男の姿にアデリアは顔を上げ、そして目出し帽を被った男はその表情が見えないにもかかわらず明らかな狼狽を露わにした。涙が溢れた目を拭う事も出来ずにその狼藉者の影へと必死に目を凝らそうとする彼女に、ラース1は自分の素性がばれる事などお構いなしに強い口調で言い放った。
「お前があのアデリア・フォスだと言うのか」
 その声を耳にした途端にアデリアの心臓がこれ以上無いほど大きく鳴った。まさかそんな筈はないと自分の記憶を疑い、しかしあの日に聞いたあの声を二度と忘れる訳がないと信じる彼女の葛藤が感情を揺さぶる。ぼやける視界の中に浮かびあがった、昔よりもやつれた男の顔を呆然と見上げたアデリアは心に浮かんだその名前を恐る恐る口にした。
「 …… ヴァシリー・ガザエフ大尉? 」
 その名を聞いて驚いたのはむしろ彼を引き止めようとして、後からぞろぞろついて来たタリホー1達の方だった。ここにいる誰も知らない筈のラース1の名前を疑いもなく口にした捕虜、そして彼女の妄想が生み出した産物だと思ったその言葉を何の抵抗もなく受け入れるラース1の態度に。驚きで血のにじむ唇を半開きにしたまま見上げる彼女の顔を首を傾げて眺めるラース1はおもむろに目を細めた。
「なぜティターンズのあなたがここに ―― 」
「なぜお前はそんなに堕落してしまったんだ」
 アデリアの問い掛けを拒むようにラース1は言葉を吐き捨てた。湧き上がる負の感情を堪える為に彼の手が力強く握り締められ、手の中の刃が白い部屋の明かりを跳ね返してアデリアの目を奪う。
「その縋る様な眼は何だ? 助けてくれと請うその言葉は何だ? あの時そう言った兵士の股ぐらを踏み潰したお前は一体どこへ行った? 」
 立て続けに迸るラース1の質問にアデリアは戸惑った。彼女はその時の事を何も覚えてない、ただ湧き上がる怒りに任せて死に物狂いで戦い続けただけだったのだ。てっきりその時の恨みを晴らす為に彼がここにいるのだと理解しようとしたアデリアだったが、ラース1の表情へと目を向けた彼女がその答えに疑問を投げかけた。それを口にした彼自身がそう言う顔で彼女を見下ろしていたからだ。迷子になった子供の様に今にも泣き出しそうな顔でアデリアとの距離を詰めたラース1は情けない顔をアデリアの眼前へと突き付けた。
「あの時のお前はとてもいい顔をしていた、すごくいい目をしていた。自分の前に立ち塞がる者を何の斟酌も無く薙ぎ払い叩き潰す、絶対的な正義の代人として俺の前に現れた。お前の手で俺は裁かれお前は俺の罪を抱えて俺の前から姿を消した。俺はお前を探していた、俺の中に未だに残る最後の悪魔の御遣いを俺の命と共に消してもらう為に」
「一体何の事を。それにあたしはあの時の事を何も覚えてない ―― 」
「俺は覚えている、お前が見せた正体をその時の俺だけが知っている」
 彼女の言葉の惰気を払うようにラース1の目が彼女の瞳を射抜いた。恐怖に打ち震える光彩を憎むように睨みつけた彼は、目の前にあるそれを否定する様にゆっくりと首を振った。
「 ―― そうじゃないアデリア・フォス。お前の中にそんな物があってはならない、お前はお前の中の正義を振り翳してお前が感じる悪を誅殺し続けなければならない、お前の全てを犠牲にしても」

 息も絶え絶えに横たわるマークスの姿を値踏みをするように一瞥をくれたラース1がぽつりと呟いた。
「お前を堕落させたのはその男か? 」
 黄泉の底から溢れだす瘴気を彷彿とさせる低い声はアデリアの恐怖を更に掻き立てる。ラース1は彼女の目の前に突き付けていた顔をゆっくりと持ち上げると手首を返してダガーを逆手に持ちかえた。
「この男さえいなくなればお前はまた、あの日の顔を俺の前に見せてくれるのか? 」
 殺意を込めた次の一歩と共にアデリアの鼓動がドクン、と大きく鳴った。あまりの激しさに喉の奥が苦しくなって吐きそうになる、明らかな目的を持って歩を進めるその背中に向かってアデリアは必死に懇願した。
「やめてガザエフ大尉っ! あたしは何でも言う事聞く、あの日の恨みなら今ここで晴らして貰って構わないっ! だから、だからその人だけは助けて、手を出さないでっ! 」
「それが間違っていると言う事になぜお前は気付かないんだっ!? 」
 ガツンと足を止めて全身を震わせるラース1、煮え滾る怒りをオーラの様に纏わりつかせて彼はあらん限りの力で吼え立てた。
「なぜ軍を止めなかった、なぜお前は軍に残ったっ!? 自分の正義を証明する為にお前は俺と同じ世界に残ったんじゃなかったのか!? 死でしか償えない俺の罪を徹底的に暴きだし、安らぐ事のない呪いと罪を全て清算する為にお前は辞めようとはしなかった。お前しか俺を救えない、解き放てないっ! 友や仲間を全て見殺しにした哀れな俺の穢れ切った魂を! 」
 それは恫喝でも慟哭でもなく、ただひたすらラース1の心の奥底に眠っていた望みだった。憐憫を請うように泣き叫ぶ彼の姿はもう誰の目にも、あの優秀だった士官としての面影はない。道に迷ったまま行き場すらなくした哀れな旅人が道標を探してうろたえる様にしか見えなかった。
「お前を殺す、誰が!? お前を殺すのは俺だ、そしてお前が俺を殺すんだ。あの日の様に阿修羅の顔で、眩しくて目を逸らしてしまうくらいに鮮やかな正義を高らかに掲げて俺を殺せっ! そして俺からもぎ取ったお前の罪でお前が穢れてしまわない様にきれいなままで俺が殺すっ! だからあの日のお前が俺には今必要なんだっ! 」
 ラース1の気配が混迷の淵を抜けて狂気へと変貌するのが分かる、突き動かされた足でそのまま真っ直ぐ前に横たわったままのマークスの元へと辿り着くと彼はマークスの銀の髪を掴んでその首筋を刃の前へと晒した。
「お前を穢す物はどんな物でも容赦しない、その為には何でも奪う、誰でも殺すっ! こんな凡百の若造ごときに ―― 」
「やめて大尉っ!! 彼を殺さない ―― 」
「 ―― 俺の安らぎを奪われてたまるものかぁっ!! 」

 まるでスローモーションのように映り変わる景色の中でただその刃の煌めきだけがアデリアの目を捉えて離さない。一瞬先の未来や一瞬前の過去が何かの間違いであってくれと心底願う彼女の祈りに反して、時間はただその事実へと至る経過を刻々と映し出す。銀色の光が無影灯の光を撒き散らして大きく天を目指す、その頂点から真っ逆さまに降りて来て止まった先に彼女の絶望がある。
 この痛みもこの苦しみも全て夢であってくれと。今日の事はただの悪夢で悲鳴と共に飛び起きたらそこはいつもと変わらぬ日常で。シャワーを浴びて着替えたらいつものように彼がいらいらしながら宿舎の出口で待っていて、ハンガーには隊長とニナさんとモウラさんと整備班のみんながいて。
 だが目の前で起こる現実を否定する事も忘れて大きく見開いた瞳が一瞬先の未来を予言する、喉を大きく切り裂かれた自分の最も大事な物が手の届かない遥か遠くへと旅立っていく光景を。全てが壊れて消えて無くなった後に残る物は何だろうか、そう、それはきっとこの男が正義と信じて疑わないあたしの絶望と狂気。

 言葉にならない叫喚が彼女の喉から迸る、タリホー達は事の進捗に着いていけずに置き去りになる。もう誰の手も届かないマークスの命とラース1の刃はその結実に向かって一瞬の時を駆け抜ける。
 
 光だった。
 立ち尽くしたままのタリホー達の間を突き抜けた光が真っ直ぐに、そして膨大な数の光を振り撒きながらものすごい勢いで飛び去る。鈍い風切り音を放ちながら彼らの膝元をすり抜けたその物体は、今まさに喉へと突き刺さらんとする鋭い刃をその持ち主の腕ごと引っ叩いて吹き飛ばした。骨にまで達する激痛に悲鳴を上げたラース1が思わず右手を押さえてマークスの身体から離れる、彼の野望を阻止したその塊はそのまま対面の白い壁の激突して大きな残響音と共に砕け散った。
 白い壁に琥珀色の大きな染みと独得の臭気を放ちながら。
 
 砕けたガラスが無数に床へと散らばり、様々な色を跳ね返して白い壁を彩る。バーボンの臭いが充満する室内で何が起きたのかも分からない彼らに向かって、静かな男の声が背後から届いた。
「 …… 後で、買い直さなきゃな」
 我に返って振り返る彼らの目に映った者、その男は洗い晒しの白いTシャツに太い束の筋肉の繊維を浮かび上がらせてカーゴパンツのポケットに片手を突っ込んだまま無造作に立っていた。髪の毛と同じ色の憂いを帯びたその目が圧倒的な迫力で彼らの心を締め上げる、そして絶望の淵から奇跡的に生還を果たしたアデリアだけがその声に聞き覚えがあった。
 たった一言だったけど、忘れもしない。なぜあなたがここに ―― 
 男は不審者の存在など意にも解さずその現場へと足を踏み入れた。まるで船の舳先にでも切り裂かれる様に左右へと分かれるタリホー達を尻目にアデリアの傍へと近づいた彼は、足元に転がっているカラスの破片を取り上げると椅子と彼女を繋ぐ縄をいとも簡単に切り離した。男の目的が明らかになった瞬間に我を取り戻したタリホー達が一斉に阻止の行動へと移ろうとする、だがそれは不可能だった。
「これ以上、彼らを傷つける事は許さない。 …… 『弟』と『妹』を返してもらう」
 コウは振り向きざまに鋭い視線を向けて彼らの機先を制すると、断固とした態度と口調でタリホー達に言い放った。

「こ、これは軍の作戦行動だ。いかなる場合においても民間人の介入は容認されない、お前のやっている事は極めて重大な妨害工作に相当する」
 足を止められたままのタリホー1がなけなしの知恵を振り絞ってコウの行動を阻止しようと試みる、だが彼はその忠告にも耳をかさずにアデリアの身体を椅子から肩へと担ぎあげるとそのままマークスの傍へと歩み寄った。横たわったまま意識を失っている彼のベルトに手をかけるとそのまま手荷物の様に片手でぶら下げる。
 まるで重力を無視したその光景に思わず目を見張るタリホー達、コウは彼らの開けた道をそのままとって返すとそのまま隣の部屋へと通じるドアへと向かった。中へと足を踏み入れ、人気のない事を確認すると二人の身体を床へと横たえて再びドアへと踵を返す。コウが外へと出る間際に内鍵のボタンを押しこむ音をアデリアは聞いた。一人で彼らの前に姿を現したコウが後ろ手にドアを閉める、カチッと言う音と共にドアはロックされてコウは退路を失った。
「軍、だって? 」
 タリホー1の忠告に向かってやっと反応したコウが相手を非難する様に言う、戯言紛いのその台詞に向かってコウは鋭い視線と共に言葉を続けた。
「君達が拷問していた相手は立派な連邦軍正規兵だ、それを軍事行動だと言う限りは君たちの素性はジオンの兵士か? 」
 ぐっと言葉に詰まるタリホー1、いかに部外者と言えども余分な情報を与える事は自らの命取りになりかねない。口を噤んだままじりじりと間合いを詰めようとするタリホー達に向かってコウは言った。
「俺は民間人だ。俺が君たちに手が出せない様に君たちも民間人である俺に手は出せない、それを行えば君たちは軍事法廷ではなく民間の法廷で刑事裁判にかけられる事になるからな。だが軍人である以上命令は絶対に遂行する義務がある、このまま彼らを見逃すわけにもいかないのだろう? 」
 コウの目が壁に当たって砕け散ったバーボンの残骸へと向けられる、彼の言葉が理解出来ないタリホー達はお互いに顔を見合わせて次に取るべき行動を思案している。
「たった一つ、軍人と民間人が唯一傷害で裁かれない事例が存在する。 …… それは酒の席で起こったいざこざだ」
 未だにコウに向かって疑問の目を向ける彼らに向かってコウは何かを決意する様に一つ大きく息を吸い込むと、そこにいる誰もが想像もしなかった答えを彼らへと投げかけた。
「 ―― 一つ、ゲームをしよう」


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