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No.32711の一覧
[0] 機動戦士ガンダム0086 StarDust Cradle ‐ Ver.arcadia ‐ 連載終了[廣瀬 雀吉](2023/07/03 19:06)
[1] Prologue[廣瀬 雀吉](2012/04/19 18:00)
[2] Brocade[廣瀬 雀吉](2012/04/19 18:01)
[3] Ephemera[廣瀬 雀吉](2012/05/06 06:23)
[4] Truth[廣瀬 雀吉](2012/05/09 14:24)
[5] Oakly[廣瀬 雀吉](2012/05/12 02:50)
[6] The Magnificent Seven[廣瀬 雀吉](2012/05/26 18:02)
[7] Unless a kernel of wheat is planted in the soil [廣瀬 雀吉](2012/06/09 07:02)
[8] Artificial or not[廣瀬 雀吉](2012/06/20 19:13)
[9] Astarte & Warlock[廣瀬 雀吉](2012/08/02 20:47)
[10] Reflection[廣瀬 雀吉](2012/08/04 16:39)
[11] Mother Goose[廣瀬 雀吉](2012/09/07 22:53)
[12] Torukia[廣瀬 雀吉](2012/10/06 21:31)
[13] Disk[廣瀬 雀吉](2012/11/15 19:30)
[14] Scars[廣瀬 雀吉](2012/11/15 19:32)
[15] Disclosure[廣瀬 雀吉](2012/11/24 23:08)
[16] Missing[廣瀬 雀吉](2013/01/27 11:57)
[17] Missing - linkⅠ[廣瀬 雀吉](2013/01/28 18:05)
[18] Missing - linkⅡ[廣瀬 雀吉](2013/02/20 23:50)
[19] Missing - linkⅢ[廣瀬 雀吉](2013/03/21 22:43)
[20] Realize[廣瀬 雀吉](2013/04/18 23:38)
[21] Missing you[廣瀬 雀吉](2013/05/03 00:34)
[22] The Stranger[廣瀬 雀吉](2013/05/18 18:21)
[23] Salinas[廣瀬 雀吉](2013/06/05 20:31)
[24] Nemesis[廣瀬 雀吉](2013/06/22 23:34)
[25] Expose[廣瀬 雀吉](2013/08/05 13:34)
[26] No way[廣瀬 雀吉](2013/08/25 23:16)
[27] Prodrome[廣瀬 雀吉](2013/10/24 22:37)
[28] friends[廣瀬 雀吉](2014/03/10 20:57)
[29] Versus[廣瀬 雀吉](2014/11/13 19:01)
[30] keep on, keepin' on[廣瀬 雀吉](2015/02/05 01:50)
[31] PAN PAN PAN[廣瀬 雀吉](2015/02/05 01:25)
[32] On your mark[廣瀬 雀吉](2015/08/11 22:03)
[33] Laplace's demon[廣瀬 雀吉](2016/01/25 05:38)
[34] Welcome[廣瀬 雀吉](2020/08/31 05:56)
[35] To the nightmare[廣瀬 雀吉](2020/09/15 20:32)
[36] Vigilante[廣瀬 雀吉](2020/09/27 20:09)
[37] Breakthrough[廣瀬 雀吉](2020/10/04 19:20)
[38] yes[廣瀬 雀吉](2020/10/17 22:19)
[39] Strength[廣瀬 雀吉](2020/10/22 19:16)
[40] Awakening[廣瀬 雀吉](2020/11/04 19:29)
[41] Encounter[廣瀬 雀吉](2020/11/28 19:43)
[42] Period[廣瀬 雀吉](2020/12/23 06:01)
[43] Clue[廣瀬 雀吉](2021/01/07 21:17)
[44] Boy meets Girl[廣瀬 雀吉](2021/02/01 16:24)
[45] get the regret over[廣瀬 雀吉](2021/02/22 22:58)
[46] Distance[廣瀬 雀吉](2021/03/01 21:24)
[47] ZERO GRAVITY[廣瀬 雀吉](2021/04/17 18:03)
[48] Lynx[廣瀬 雀吉](2021/05/04 20:07)
[49] Determination[廣瀬 雀吉](2021/06/16 05:54)
[50] Answer[廣瀬 雀吉](2021/06/30 21:35)
[51] Assemble[廣瀬 雀吉](2021/07/23 10:48)
[52] Nightglow[廣瀬 雀吉](2021/09/14 07:04)
[53] Moon Halo[廣瀬 雀吉](2021/10/08 21:52)
[54] Dance little Baby[廣瀬 雀吉](2022/02/15 17:07)
[55] Godspeed[廣瀬 雀吉](2022/04/16 21:09)
[56] Game Changers[廣瀬 雀吉](2022/06/19 23:44)
[57] Pay back[廣瀬 雀吉](2022/08/25 20:06)
[58] Trigger[廣瀬 雀吉](2022/10/07 00:09)
[59] fallin' down[廣瀬 雀吉](2022/10/25 23:39)
[60] last resort[廣瀬 雀吉](2022/11/11 00:02)
[61] a minute[廣瀬 雀吉](2023/01/16 00:00)
[62] one shot one kill[廣瀬 雀吉](2023/01/22 00:44)
[63] Reviver[廣瀬 雀吉](2023/02/18 12:57)
[64] Crushers[廣瀬 雀吉](2023/03/31 22:11)
[65] This is what I can do[廣瀬 雀吉](2023/05/01 16:09)
[66] Ark Song[廣瀬 雀吉](2023/05/14 21:53)
[67] Men of Destiny[廣瀬 雀吉](2023/06/11 01:10)
[68] Calling to the night[廣瀬 雀吉](2023/06/18 01:03)
[69] Broken Night[廣瀬 雀吉](2023/06/30 01:40)
[70] intermission[廣瀬 雀吉](2023/07/03 19:04)
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[32711] Brocade
Name: 廣瀬 雀吉◆b894648c ID:4a85b18f 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/04/19 18:01

 何のために俺はここまで来たんだ、とコウは心の中で自分自身に問いかけた。レバーを握る両手に力が籠り、その震えは筋肉を伝わって歯を鳴らした。寒さや恐れとは全く違う衝動が全身を強張らせて抑えがたい衝動が喉を引き裂きそうになる。憤怒の雄叫びを必死で堪えるコウの目の前を巨大なアイランド・イーズは音も無く遠ざかっていく。

「敵旗艦、轟沈っ!」
 突然の戦況の変化に驚きの声を上げるオペレーター、だがその知らせを聞いた地球第一軌道艦隊司令、バスク・オム大佐の声は冷ややかだった。既に設置の完了した連邦軍最大の戦略兵器であるソーラ・システムの改良型は、無尽蔵に供給される太陽光を得る為にその反射板を展開し終わっている。拷問によって弱った視力を補う為のゴーグルの奥に潜む目を微かに曇らせてバスクは傍らに立つ副官へと呟いた。
「やはり海兵上がりと言えども所詮は女か、詰めの甘さに泣けて来るわ」
 口角を歪めながら嘲りを隠さないバスクは勢力図の一角で瞬く喪失点を一瞥する、その周囲で動き始めた敵残存兵力の動きを眺めていた副官はバスクとは対照的に、これから始まる狂騒劇バーレスクに表情を硬くした。
「閣下、『屑ども』が動きはじめました。部隊への指示を」
「フン」
 まるでその変化を楽しむ様に鼻を鳴らしたバスクは艦長席の肘当てに肘を付き、手に顎を預けながら言った。
「先鋒とシーマの艦隊をミラーの前面へと移動、鶴翼にて敵の侵攻に対処。どうせ奴らはミラーを壊しにやって来る。阿呆の様に飛び込んで来る奴らを包囲して十字砲火で殲滅しろ」
「しかしよろしいのですか? シーマ艦隊は合流したばかりで何の打ち合わせもしておりません。同じジオンの艦船同士が乱戦になればこちらで識別する事は不可能です、彼女諸共敵を攻撃する事にもなりかねませんが」
「構わん」
 命令に異を唱える副官の進言に対して、バスクはその目を遥か彼方の宇宙に固定したまま返答した。
「あの女狐共が自分達の身の安全を図る為には連邦軍の艦艇を守りながら自らの実力を示すしかない、敵がミラーに辿り着くには間に割り込んだ裏切り者を排除しなければならない。砲雷撃の応酬で速度の落ちた敵を両翼から包囲する事などガムの包みを握り潰すより容易いわ」
 ティターンズ将兵の間で『戦術の天才』と謳われるバスクの冷酷な読みに、副官は心の中で感嘆の溜息を吐いた。智将、策士と呼ばれる輩はどんなに甚大な被害が予想されようとも決して勝利から目を逸らしてはならない、情け容赦のない用兵を駆使しようとする自らの上官に彼は尊敬の念すら覚える。思わず小さく頷いてバスクの案に同意した副官の表情を横目で探りながら、バスクは薄笑いを浮かべた。
「仮にもその乱戦を掻い潜って生き延びる事の出来るもののふならば、それはそれで使い道がある。どうせ何処にも帰る場所などないのだ、精々我らの為に死ぬまで働いて貰うとしよう」
「と、申しますと?」
「我らの規模が大きくなれば『それ専門』の部隊が必要になって来ると言う事だ。世界と言うのはな、決して綺麗事だけで事が収まるほど単純には出来ておらんのだ」
 そう言うとバスクは自分の指示に逆らったまま通信を切った、銀灰色頭の男の顔を思い出しながら吐き捨てる様に言った。
「馬鹿め、シナプス。大人しく従っておけばいい物を」

「全乗組員に通達っ! 本艦はこれよりアイランド・イーズ奪還の為、同コロニー後部の宇宙港へと進路を取る。総員第一種戦闘配備っ! 」
 取り上げた受話器に向かって命令を下すシナプスのよく通る声は、突如破棄された停戦協定によって混乱する艦橋の隅々にまで届いた。コロニーの落着を阻止出来なかった失望感で行方を見失った艦橋のクルー達は、予想もしなかったその言葉に全員驚きの表情を浮かべる。シナプスの後方で全宙域の監視を司る、オペレーターのジャクリーヌ・シモン軍曹は全員を代表する様に尋ねた。
「艦長、今からコロニーを奪取しても地球への降下を防ぐ事は出来ません! ここは第一艦隊に合流してソーラ・システムの防御に回るべきです! 」
「停戦状態を維持出来ていたのならその選択も有り得た。だが、見たまえ」
 頭上から降り注ぐフランクな物言いにもシナプスの表情が変わる事はない、いやそれどころではないと言うのが本音なのだろう。事の起こりからデラーズと延々追い続けた彼には動き出した事態の深刻さがある種の予感を伴ってひしひしと伝わって来た。
「彼らはまだ諦めてはいない、指揮官を失ってでも前に進もうとするその執念がいい証拠だ。そしてその執念がいかに恐ろしい物かと言う事はここまで彼らと戦って来た我々だけしか知らない」
 断言するシナプスの言葉に全員が息を飲む、そして次の瞬間にはその洞察が正しいのだと言う結論に辿り着いた。オーストラリアでの追撃戦、アフリカ・キンバライド、そしてコンペイ島宙域での攻防。どれ一つ取って見ても彼らが命を惜しんで戦っていたと言う迷いは欠片も見られなかった。身を捨ててまで成し遂げようとしているその全てが今ここに浮かんでいるアイランド・イーズであり、それを鏡ごときで失う様な無様な最後を彼らが望んでいる筈がない。
「ソーラ・システムの射程に入る前にコロニー内の制御室に押し入り、何としてでもジャブローへの落下を阻止するのだ! パサロフ大尉、両舷強速面舵二〇。全艦対空防御っ! モビルスーツ隊も全部呼び戻してアルビオンの防御に廻せっ! 」
「艦長、第一艦隊の先鋒がこちらに向かってきますっ! この状況で戦闘に入れば敵味方誤射の可能性がありますっ! 」
 もう一人のオペレーター、ピーター・スコット軍曹の緊迫した声が響く、だがシナプスはその報告を受けて不敵な笑いを浮かべながら言った。
「ならば好都合だ。こちらに向かって撃って来る奴らは全て敵と見做して排除しろっ! 停戦が破棄されたのならばシーマ艦隊とて所属は未だにデラーズフリート、連邦の船にさえ当たらなければいいっ! 」
 グン、と掛かるGで背中を背凭れに押し付けられながらシナプスは艦橋窓の上に置かれたモニターに映る十文字の光を睨みつけた。
「ミラー前面に味方が展開している限りソーラ・システムは使えない、まだこちらに勝機はあるっ! 」

 沸々と湧き立つ怒りはコウの中に別の何かを生み出した。自我が奪われ、憑依される事の恐怖はその何かが齎す甘美な快感に手も無く屈する。弾ける殺意はコウの意識から理性と言う名の箍を外して、本能へと訴えかけた。レバーを握りしめた両手を真っ赤な血の色に染め上げた張本人、アナベル・ガトーと言う宿敵を倒す以外に収まる術がない事を。
 押しだすスロットルがデンドロビウムのスラスターに火を入れる。吐き出される六本の火柱は片側のコンテナが捥ぎ取られた機体をいとも軽々とアイランド・イーズの影へと向かって押しだした。

「おのれ、連邦め! あたし達を試すつもりかい!? 」
 グワデン撃沈の後、デラーズの残存艦隊からの意趣返しを避ける為に戦場を大きく迂回してミラーの前へと辿り着いたシーマが見た物は、自分の艦隊が連邦軍の楯となって敵の砲火に晒されている光景だった。指揮官不在のまま作戦に組み込まれた彼らが交渉による微妙な駆け引きなど出来る筈も無く、ただ背後から突き付けられた無数の主砲に脅されて敵との距離を縮めていく様は、捕虜となった戦奴が昨日までの味方へと立ち向かっている様にも見える。
 だか三年もの間、これだけの規模を単独で維持し続けた彼女の艦隊はここでその真価を発揮した。敵との間で交される砲火が熾烈を極め始めると、その圧力から逃れる様に次第に艦隊の進路を右翼方面へと向け始める。一糸乱れぬ艦列はその動きが一つの策であるかの様に敵味方に誤認させ、シーマ艦隊は大した被害も無く楯の役割を彼らの背後で憲兵の様に砲列を並べていた連邦艦隊へと譲り渡す。
「ヨーゼフめ、やるっ! 」
 主不在の艦隊をただ一人で護り続ける先任士官の顔を思い浮かべながらシーマは彼の老練な指揮を称えた。副官であったコッセルと海兵からの付き合いを続ける隻眼の男は見えなくなったその目で戦場を翻弄する、シーマの乗るガーベラ・テトラに向かってヨーゼフの声が飛び込んで来たのは天頂方向から着艦アプローチへと入ろうとした時だった。
「 ”シーマ様、ご無事で!? ” 」
 ミノフスキー粒子の戦闘濃度散布の為にその映像をモニターへと映す事は出来ない、だがシーマはいかにも慎重 ―― コッセルに言わせると臆病者 ―― を座右の銘に置くその武骨な男の険しい表情を想像して小さく笑う。シーマは荒くれ者達の中でただ一人、自分を見失わずに役目を果たそうとするこの男が好きだった。
「よくやった、ヨーゼフっ! あんたを残しておいた甲斐があった! 」
「 ”お褒めの言葉は後で、それよりこの混乱に乗じて艦隊を戦域より離脱させます。既に進発したモビルスーツ隊には帰艦命令を出しております、シーマ様もお早く” 」
 通信の最後とほんの僅かな時間を置いて、眼下の遥か彼方にあるシーマ艦隊旗艦『リリーマルレーン』が小さく光る。その輝きの意味を知って絶句するシーマ。

「シーマ様が帰艦するっ! フライトデッキ要員は着艦シークエンスの準備、ガイドビーコンを展開しろっ! 」
 激するヨーゼフの声はその人と形を覆す様にザンジバルの戦闘艦橋に轟く、だがその命令がこの状況下ではどれだけ無謀な物かと言う事が分からないクルーでは無い。自ら的に晒す様なその指示に対して、戦場を監視するオペレーターは怒った様に言い返した。
「無茶だ、先任っ! こんな所でレーザー発振なんかしたら敵に撃って下さいって言ってる様なモンだぞっ!? 」
「馬鹿野郎っ! 」
 間髪を入れずに飛ぶヨーゼフの怒声、その後に続いた無謀な命令の根拠に全クルーは沈黙する。
「俺達が仲間を見捨ててどうする!? ジオンの総帥府連中クソ野郎と同じ墓に入りたいのかっ!? 」
 怒りに震える両肩に止められたペーネミュンデ徽章が微かな光を受けて煌めく、羽織ったままのジオンの軍服の裾を翻しながらヨーゼフは叫んだ。
「俺達には、もう俺達しかいないんだっ! 」

「ガイドビーコンなんか出すなあっ! 死にたいのか!? 」
 招き入れるかのように手を広げるビームの帯を睨みつけながらシーマは思わず悲鳴を上げた。誘蛾灯に導かれる様に次々と取り込まれていく光の筋を目で追いながら、シーマは無謀な行動で仲間の帰艦を出迎える母艦目掛けて叫ぶ。
「もういい、ヨーゼフ! ここからでも十分に艦は見えている、だから早くガイドビーコンを閉じろっ! こんな所で『明かり』を付ければ命取りになるだけだぞ!? 」
 艦橋でのやり取りと同じ焼き直しを口にするシーマは、ヨーゼフの採った行動を信じる事が出来ない。回収の為に艦の速度を落とすと言う事が戦闘宙域でどれだけ危険な行為であるかと言う事を知らない男ではない筈だ。ましてや明かりを付けるなどとっ!
 アプローチの為の減速を中止して一刻も早くリリーマルレーンの傍へと辿り着く為にペダルを踏み込んだシーマの耳に、ヨーゼフの声が届いた。
「 ”シーマ様、アプローチが早すぎます。直ちに速度を落として着艦コースへ進入を。 …… 貴方様で最後です、お早く” 」
「あたしの事はいいっ! お前達の後からでも十分追い付ける、だから ―― 」
「 ”『マハル』の者が、貴方様を置いていく事など出来ないっ! ” 」
 叩きつける様に届くヨーゼフの叫びがシーマの耳朶を叩いた。反射的に抜けた両足の力が踏み込んだペダルの反発に負けてバーニアの炎を鎮める。
「 ”『マハルはマハルを見捨てない』 …… そう私共に仰ったのはシーマ様、貴方ではありませんか。貴方がいなければ ―― いえ、貴方さえいればきっと『マハル』は取り戻せる” 」
 迸るヨーゼフの想いがシーマの胸に故郷の景色を思い出させた。公国と口にしながら貧困に喘ぐ最下層の人々を一か所に押し込めて虐げ続けたと言うジオンの闇を歴史に持つサイド3・3バンチ、通称マハル。例えどれだけ貧しくとも、例えどんなに差別されようともいつかアースノイドの一員としての権利を獲得できる日を夢見て遠い星空をガラス越しに見上げ続けたあの日々。
 一年戦争末期にコロニ―レーザーへと改修された彼らの故郷はもう、ない。強制移民された彼らの仲間が一年戦争終結後に何処へと送られたのかも分からない、だがシーマ・ガラハウと言う存在がある限りマハルは決して終わらない。
 きっといつか彼女がどこかに安住の地を見つけて再びマハルの者を呼び集めるに違いない、そう信じてここまで臥薪嘗胆を繰り返して来たのだ!
「 ”我らの為にも、いえ貴方様の凱旋を心待ちにするマハルの人々の為にも一刻も早くここへとお戻りください。なあに、また宇宙海賊でもいいではありませんか。浮き草稼業もそれはそれ、なかなかに気楽でよろしいかと” 」
 シーマの耳に届くヨーゼフの声に微かな笑いが混じる、一瞬だけ忍び込んだ穏やかな調に表情を緩めるシーマ。
「分かった。取り敢えずヨーゼフ、あんたは後であたしの部屋へ来な。艦隊を守った事とあたしに対する暴言とは相殺してやる、だがあたし達の未来を語った事にはそれなりの罰を覚悟して貰うよ。それはあんたが決める事じゃ ―― 」
 言い含める様に語るシーマの言葉は最後まで続かなかった。ヘッドセット越しに聞こえる警報音が自機の接近警報と重なる、エネルギー波を感知するドップラーレーダーが指し示す方向を目で追うシーマにオペレーターの叫びが響いた。
「 ”敵機接近っ、直上っ! 全砲門対空防御っ、急げえっ! ” 」

 その邂逅は混迷する戦場ではありがちな遭遇戦の一つに過ぎない、ガトーの姿を追い求めて戦域の外周部からミラーへと近づいたコウは不自然な動きをする艦列を視認していた。ミラーを背に大きく左右に展開する連邦軍の陣形から逃れる様に右方面へと流れていく艦隊、それがジオンの巡洋艦から成る集団だと分かった瞬間に僅かばかりのコウの理性は完全に復讐の炎で焼き尽くされた。
 喉を詰まらせる激情ははけ口を求める様に指へと伝わる、流れる様に操作パネルを駆け巡る残像がOSの能力の限界を超えて火器管制を呼び出した。倍の速度で立ち上がるシステムウインドウが全天球モニターの画像を歪ませる、ステイメンの右腕が解放されて巨大な砲身の根元に立ちあがったトリガーグリップを握りしめた。
 眼下で隊列を組む彼らの取った行動は連邦にとって決して損になる取引では無かった、だがその為に多くの命を失った。あの女に騙されてモビルアーマーを月の地下で作り続けたケリィ・レズナーも、そして『星の屑作戦』の概要を手にしながら被弾して、宇宙の闇へと散って逝ったサウス・バニングも。自分の大切な物を高みでせせら笑いながら奪い、貶め、穢したままで ―― 。
 ―― 逃がさない、お前だけはっ! 

 狂った様に放たれる対空砲火は天に煌めく星の輝きを埋め尽くしても余り在る、高密度で飽和した光の壁を突き抜けて最大戦速で舞い降りる死神の姿をリリーマルレーンのオペレーターははっきりと捉える事すら出来ない。
「先任、駄目だっ! 早すぎるっ! 」
「シーマ様、離脱を、早くっ!! 」
 握り締めたマイクに向かって怒鳴るヨーゼフの耳に飛び込む絶望的な叫び、覆い被さる死の影に顔を振り上げて睨みつける全ての目。
「高エネルギー反応っ、直撃コースっ!! 」

 がくん、と引かれるグリップがジェネレーターのエネルギーの行き先を瞬時に変えた。有り余る力で巨体を奔らせたその全ては砲身最後尾にあるチャンバーへと押し込まれて縮退を強制される。慣性飛行へと移行した機体側面から伸びる90メートルの砲身は蓄えられる殺意を堪え切れず、ぽっかりと口を開けた砲口からミノフスキー粒子の圧縮によって発生する光を溢れさせた。
 不安定状態に陥った原子の質量の欠損は其れを埋め合わそうとする物理界の法則によってエネルギーを生み出す、サラミス級巡洋艦の主砲に匹敵するオーキスのメガ・ビーム砲は砲身に切られたライフリングに従って螺旋を纏いながら、その致死の穂先をリリーマルレーンの艦体中央へと突き刺した。

「ヨーゼフっ、お前らっ!! 」
 早贄にされた獲物の様に踠きながら瀕死の痙攣を繰り返すリリーマルレーンを主たるシーマは呆然と見守る事しか出来ない。天頂から放たれた馬鹿馬鹿しいほど高出力のビームは間違いなく艦中央部に位置する機関部を貫通した。
 もうすぐ、爆発が、始まる。
 目の前を駆け抜ける白い影を追う事も忘れてシーマは必死に呼びかける、その悲鳴に辛うじて応えたのはやはり彼女が留守を恃んだヨーゼフだった。恐らく艦内で発生したガスに咳き込みながらもヨーゼフはシーマに損害の報告をした。
「 ”申し訳、ありません。敵の攻撃は艦中央部を貫通、ダメコン(ダメージコントロール。被害処置)の為にAチームを向かわせてはいますが ―― ” 」
「言わんこっちゃないっ! もうそのザンジバルは終わりだ、みんなを他の艦へと脱出させろっ! 」
 身を乗り出して轟沈間際の母艦に指示を下すシーマ、だがそれに手を付けた所で間に合わない事は必至だった。誘爆を始める艦後部の炎がいよいよの時を予感させる。
「 ” ―― 現在、残存するモビルスーツを着艦口より強制排出中。シーマ様の護衛に向かわせます、旗艦の移譲はシーマ様にお任せします。 ―― どうか、お元気で” 」
「ヨーゼフっ、この大馬鹿野郎っ!! 」
 好きな男を罵声で見送る事しか出来ない自分の生き様をシーマは密かに呪う、しかし言葉に隠された手向けにヨーゼフは確かに笑いながら、穏やかに応えた。
「 ” ―― この、三年間。夢を見させて頂き、ありがとうございました。 …… どうか、必ず、シーマ様の夢を ―― ” 」

 膨れ上がる艦体がヨーゼフの今わの際の言葉を引き裂いた。湧き上がる閃光でモニターが翳る、全身を硬直させてリリーマルレーンの最期を見届けるシーマは泡の様に浮かんでは消える仲間達の面影を抱きしめながら、皮膚が破れてそこから滲み出す熱い物の味が分かるほど思い切り唇を噛み締めた。

 
 ソーラーシステムを挟んだデラーズと連邦軍の攻防は、滄海の一粟そうかいのいちぞくと化したシステムコントロール艦をガトーのノイエ・ジールが叩いた事でより一層の混迷の色を深めた。コロニーを温める事で密封された大気を膨張させて内部から破裂させようという試みは、コントロールを失ったミラーの焦点が合わなくなった事で十分な温度が得られず、破壊を免れたアイランド・イーズは神が天空に拵えた十字を引き裂く様に鏡の束を蹴散らした。自らの勝利を確信する余りに驕り昂った連邦軍は密集隊形のままアイランド・イーズの接近を出迎える事となり、無秩序に行われる回避行動は陣形を維持する処か秩序立った行動をも許さずに戦局を混乱させる。
 作戦の失敗を受けて背後からアイランド・イーズの宇宙港を目指すアルビオンは混乱する宙域へと単艦飛び込む羽目に陥った。敵と味方の砲火が入り乱れる中を迂回しながら目的地へと向かう事は無駄な時間を費やす事になる、とシナプスは全砲門を進行方向へと向けての一点突破を画策する。
 しかし既にアルビオンの火力はその30パーセントを喪失して敵の迎撃もままならない、幸いな事にコウ以外に全員生存が確認されたモビルスーツ隊を砲台代わりに据えてシナプスは作戦の継続を全員に伝えた。
 だがエンジンにも被弾して巡航速度にも届かなくなったアルビオンが果たしてアイランド・イーズに辿り着けるのか、奇跡とも思えるその可能性に皆が疑問を持ち始めた瞬間にその事件は起こる。
 アナハイムから出向していたガンダムプロジェクトの責任者であるニナ・パープルトンがコアファイターを奪って、閉鎖された左舷モビルスーツデッキからコロニーへと向かって発進したという知らせはアルビオンで未だに砲火を交える全乗組員を震撼させた。

 
 傍らから飛び出す小さな光を見つけたジムキャノンの照準は、それが瞬時にフルバーニアン仕様のコアファイターである事をAIのデータ照会によって確認する、同時に耳に飛び込んで来たモーリスのニナへの呼びかけに只ならぬ事態を感じたキースは、砲火の飛び交う宙域へと勢い良く駆けあがる炎の行方を目で追った。
「ニナさん!? まさかコロニーに!? 」
 条件反射の様に踏み込んだペダルがキースの乗るジムキャノンをアルビオンから遠ざける、だがその瞬間には敵か味方か判別出来ないビームの雨に行く手を遮られてしまう。元の場所へと押し戻されながらひたすらに進発の機会を伺うその後方で、キースの上官である二人は同じ葛藤に苛まれていた。

 キースの動きと前後する様に片腕の無いジムカスタムがスラスターを動かした。迷いも無くかつ大胆にアルビオンからの離脱を図ろうとするその動きは歴戦の兵士のそれだ、しかし対空砲火の飛び交う地獄の釜へとその身を踊らせようとした刹那、彼の行為はもう一機のジムカスタムによって阻止された。足首を掴んで逆噴射で仲間を引き戻そうとするその男は接触回線を使って一喝した。
「 ”馬鹿野郎っ! そんな機体で何しようってんだ、モンシアっ!? ” 」
 怒鳴り声にも臆する事無く聞き流しながら ”ちっ、もう気付きやがった”と口の中で毒づいたその兵士はねめつける様な視線をモニターに向けて、厭味ったらしい口調で応えた。
「ションベンに行くのにいちいち編隊長のお伺いが必要かよっ? ちょっとそこまで用を足しに行って来るだけでぇ。分かったんならとっととその手を離しな、ベイト『大尉殿』? 」
「 ”手ん前ぇ、用を足すならコクピットの中で垂れ流しやがれっ! コロニーまでトイレを借りに行く事ぁねえだろがっ! ” 」
「生憎だが俺ァ綺麗好きなんでな。昔っから水の出るトコじゃねえと縮こまって出るモンも出なく ―― 」
 モンシアの戯言に水を差す接近警報、姿勢制御のアポジをモンシアが動かした時には既にベイトの手は離れている。サイドロールで敵のバズーカを躱したモンシアの足元から放たれたベイトの弾幕は、さらに肉薄を試みたザクの四肢を存分に切り刻んで四散させた。モンシアと背中合わせで全周警戒の体勢を取ったベイトは楯の裏の予備マガジンを引き抜きながら怒鳴った。
「 ”見ろっ! 俺達がちょっと目を離した隙にこのザマだ、手ェ捥がれたポンコツが偉そうな事をぬかしてんじゃねえ! 手前はそこで対空砲火の代わりでもしてろっ! ” 」
「言ってくれんじゃねえか。そこまで言うんなら手前に聞くがよ、じゃあ一体誰が ―― 」
 台詞を切ったモンシアが突然銃を真上に振り上げた。二人の視界の死角から射程に忍び込もうとしたもう一機のザクがモンシアの放った弾幕の中に誘い込まれて被弾する、頭上で輝く爆発光に機体を染めながらモンシアは空になった銃を背後のベイトへと肩越しに渡した。
「 ―― ニナさんを連れ戻しに行くってンだ? まさか編隊長様直々に部下をほっぽらかしてコロニーまで行くってんじゃあ、ねえよな? 」
 意地の悪いモンシアの問い掛けにベイトは無言で装弾し終わった銃を渡す、アルビオンの艦橋の直前で見事な連携を披露する二人にはその問いに答えが出ない事を知っている。一年戦争を無傷で潜り抜けて来たが故にこの乱戦の中に飛び出していく事がいかに危険な事かが分かる、そんな事が出来るのは一握りの撃墜王エースか戦争を知らない新兵か、彼女の様な民間人しかいないだろう。
 戦火の中で生き延びると言う事は自分を取り巻く全ての情報を分析した上で最も生存の可能性が高い方法を選択すると言う事。巷で語られるお伽噺の様に勇気を出して火中の栗を拾いに行く事が命拾いをする為の最も確実な手段だ、と信じる連中に限っていつかは命を落とす物だ。
 それでもモンシアは敢えて手を焦がす決断に踏み切らざるを得ない。仲間の死を成す術も無く見送る事などごめんだ、と今は亡き上官の面影に向かって呟く。遺体の無い葬儀で大粒の涙を流しながら自分は彼の遺影にそう誓ったではないか。
 アルビオンの周囲へと絶えず視線を向けながらベイトの判断を待つモンシア、まんじりとした沈黙に業を煮やした彼が再び同じ問い掛けを嘗ての仲間に投げかけようとした時、突然二人の回線へと割り込む様に決意の籠った叫びが響いた。
「 ”ぼ、僕が行きますっ! ”」
 張り出したままのモビルスーツデッキに腰かけて左舷方向へと肩のキャノンを撃ちまくっていたキースが振り返った。目を切る事で途絶えた弾幕に反応した敵のモビルスーツがすかさずキース目がけて突貫する、阿吽の呼吸で放たれたモンシアとベイトの弾幕は突然の発砲に驚いて首をすくめたキースの頭上を駆け抜ける。前面へと殺到したビームの壁を躱す為に回避行動を取った敵の姿を確認したモンシアが、ヘッドセットの音量調整が最小になるくらい大きな声で怒鳴った。
「馬っ鹿か手前は!? ちっとばっか腕が上がったからって調子に乗ってんじゃねえっ! 大体手前みてえな『ドン亀』がどうやってバーニア装備のコアファイターに追い付こうってんだ、一機や二機喰ったくらいでのぼせ上がンなっ! 」
「 ”そ、そんな ―― ” 」
「 ” 中尉の言う通りだ、キース少尉。” 」
 それまで沈黙を守って自分の役割に徹していたアデルが至極冷静な声で二人の会話に割り込んだ。四人の中で最も敵に近い場所であるデッキ先端部に陣取った彼は両肩のキャノンと専用装備のビームライフルを巧みに操り、生き残っているアルビオンの対空砲火との相乗効果を狙い通りに引き出して、艦の前方に見事なまでの弾幕を描いている。漆黒のキャンバスに光のページェントを生み出す援護射撃のマイスターはキースに向かって慰める様な口調で言った。
「 ”自分達は此処でアルビオンの進路を確保しなければならない、少尉がここから離れただけで弾幕の薄くなった左舷から浸入してくる敵を抑えられなくなる。 ―― 一人前と認められているのですよ、キース少尉。自信を持っていい” 」
「誰がそんな事言ったっ!? アデルっ、俺は手前らの機体じゃアレに追い付けねえっツっただけだ! 深読みついでに余計な事までべらべらと喋ってんじゃ ―― 」
「 ”ではどうするのですか、中尉? ” 」
 耳に届いたその声はまるで差別をするかの様に固く、冷たい。『不死身の第四小隊』出の三人の中で最も理性的かつ唯一の妻帯者である彼にしてもその葛藤から逃れる事は出来ない。誰よりもコロニーの傍にいるからこそ逃げる様に離れて行ったその光を真っ先に追い掛けようとしたのは他ならぬアデルであった。伸ばす事の出来ない救いの手を抱えて誘惑に堪えるジレンマはアデルの声から思いやりと言う彼の良さを奪っている。
「 ”誰が彼女に追い付けると言うのですか? ―― アルビオンの防御で手も足も出ない我々は、一体誰にそれを頼めと? ” 」
「アデル、この野郎 ―― 」
 消去法によって唯一残ったその可能性はモンシアにとって屈辱の選択だった。アデルの誘導尋問など受けるまでもない、しかし人には絶対に譲れない相手と言うのが人生の中には必ず存在する。トリントンでの果たし合いに敗れて以来モンシアにはコウ・ウラキと言う男が自分にとってのそれだと言う事を本能的に知っていた、その男に向かって頭を垂れると言う事は自分の今までの価値観を捻じ曲げて屈すると言う意味にも等しい。
 砲火の五月雨の中をコロニーへと向かったニナを助けるのはあの『小僧』では無く自分であらねばならない。しかしベイトやアデルの言う通り、ここを離れればアルビオンを危険に晒しかねない。
 人としての信念を取るか、軍人としての義務に従うか。
 ぎり、と鳴る奥歯の音が耳に痛い。擦れ合う度に洩れる不愉快な音がモンシアの凛気を逆撫でる、奥歯が顎の力でひび割れそうになる寸前にモンシアはそれ以上自分の身体で鬱憤を晴らす事を諦め、しかし眉根を寄せて思い切り不愉快な顔を浮かべながらヘルメットのマイクに向かって怒鳴った。
「モーリスっ! 」

 艦内の状況や被害報告の飛び交う艦橋の喧騒をモンシアの罵声が凌駕した。余りの剣幕に通信士のウイリアム・モーリス少尉はヘッドセットを押さえて窓の外を振り返る、艦橋のすぐ外で対空任務に就いている二機のジム・カスタムの何処にも被害が出ていない ―― モンシアの片腕が無くなっている事は知っている ―― 事を確認しながら通信を開いた。
「 ”モーリス聞こえてねえのかっ!? 死んでねえのならさっさと返事ぐらいしやがれっ! ” 」
 再びの罵声が艦の全員の耳を引き付ける、慌てたモーリスは感度調整のつまみを掌で押さえながらモンシアの呼びかけに形通りの返信を行った。
「こちらアルビオン。中尉どうしました? 」
 じっと目を凝らして受信感度を示すメーターの針を見つめるモーリス、一度は上限を振り切った針の動きがその言葉の後に続かない。ミノフスキー粒子の干渉による混信を避ける為にゼロコンマ単位での周波数帯スクリーニングを繰り返しながら、モーリスは再び窓の外でじっとコロニーへと目を向けたままのモンシアに向かって尋ねた。
「モンシア中尉、こちらアルビオン。状況報告を、モンシア中尉っ! 」
「 ” …… 耳元で怒鳴ンなっ! ちゃんと聞こえてる! ―― 通信回線を開け、全周波数帯域オープンチャンネルでだ、今すぐにっ! ” 」
「なっ ―― 」
 立場も忘れて「気でも狂ったのか」と怒鳴りそうになったモーリスは、生来の負けん気を抑え込んでも絶句するのがやっとだった。小さく息をついて呼吸を整え、モンシアの指示をもう一度頭の中で反芻してから対抗手段となる文言を整えて反論する。だが理不尽さに対する不信は声のトーンに現れた。
「何を言ってるんですか! そんな事をすれば本艦の位置を敵味方全てに喧伝する事になります、通常ならともかく戦闘宙域での帯域開放は出来ないってマニュアルにも書かれているでしょう!? 」
「 ”やっかましいっ! つべこべ言わずにとっととやれっ! それでどっかで迷子になってやがるウラキの野郎に言ってやれ、『手前の女が大ピンチ』だってなあっ! ” 」

「誰が、何て? 」
 右舷デッキの格納庫の奥まった所にある艦内モニターに集まった整備員の中から頭一つ飛び出た大柄な女性が驚きの声を上げる、整備班の全員が『班長』と呼んで慕うモウラ・バシット中尉は褐色の肌を戦闘用宇宙服のバイザーに隠して、しかし驚きだけは露わにする。モウラの傍に立つ部下の男は決着のついたモンシアの横恋慕に意地の悪い笑みを浮かべた。
「モンシア中尉ですよ、やっとウラキ中尉とニナさんの事を認める気になった様で。往生際の悪さがあの人の持ち味だと思ってましたが、それも年貢の納め時って ―― 班長? 」
 第一種戦闘配備中の艦内に於いても格納庫で作業に従事する整備班に緊迫の色はない。彼らにとっての『戦闘配備』とは即ち味方の機体が着艦した瞬間であり、それまではどちらかと言うとリラックスしたムードが漂っているのが常だ。人が緊張を持続する事が出来る時間は二時間が限度、宇宙で整備と名のつく仕事に携わる者は皆その事を最初に上官から教わる。
 しかしその心得をモウラから教わった男は当の本人が険しい表情でモニター画面を見据えている事に訝しげな表情を浮かべた。自分と同じ反応を期待していた訳ではないが、少なくともそんな怖い顔をする所ではないだろうと言うのが彼の本音だ。しかしモウラに問い質そうとしても深刻極まるその表情の前では喉の奥へと引っ込めざるを得ない。
 あの女ったらしの意地っ張りが、そんな事を言うなんて。
 モンシアの変節はモウラの危機感を煽った。格納庫を取り囲む分厚い装甲板の向こうで起こりつつある戦況の悪化にモウラは震える、誰にも悟られない様に固く結んだ拳に力を込めた。
「全員各機体のケージと予備パーツの在庫を再確認して。それと宇宙服の酸素の残量も相互にチェック。 …… もうじき、時化るよ。」
 固い表情でそう告げるモウラの声を耳にした整備班全員の顔に緊張の色が走った。

 モンシアの無謀な提案を受けたシナプスは指示を仰いで振り返るモーリスの視線を退けたまま、顎を指で摘まんで暫しの間沈黙した。彼の進言が戦場での常識から全く外れていると言う事は確かだ、しかし敵味方が入り乱れているこの状況下ではそんな決まり事には何の意味も無い。 
 逆にそれを行う事で通信の途絶えたコウの安否が確認出来れば寧ろ好都合なのかもしれない。もし既に墜とされているのであればそれはそれで仕方ない、しかし生き残っているのであれば傷付いて速度の上がらないこの艦がコロニーに乗り込んで軌道修正を行うという一か八かの賭けに出るよりも、彼らの手にそれを委ねた方が遥かに短時間で、しかも確実だ。
「モンシア中尉、シナプスだ。中尉の提案は一理ある、しかしそれだけのリスクを背負ってウラキ中尉の安否を確認する必要があるのか? 彼の搭乗時間は既に常識的に考えられるモビルスーツの運用限界を遥かに越えている、言い辛い事ではあるが既にウラキ中尉が撃墜されている可能性の方が高い状況下では、ある」
「 ”そいつは取り越し苦労ってもんですぜ、艦長” 」
 モンシアとの回線に割り込んで来たのはベイトの声だった。片腕となったモンシアの背中を護る編隊長 ―― 嘗ての僚機は前方のコロニーを睨みつけたままでそれ以降の沈黙を守るモンシアの内心を代弁する。
「 ”考えても見て下さい。ウラキは何度あの『ソロモンの悪夢』と戦いました? その悉くを生き延びて内一回は相打ちだ。そんな『悪運』の持ち主を俺はウラキ以外に知りませんぜ。他の野郎は皆とっくに死んでる” 」
「 ”ですが、もし今回はその『悪運』がウラキ中尉の味方に付かなかったとしたら? ” 」
 ベイトの楽観論に水を差すアデルの声にはどこか深刻な感情が入り混じっている。三人の中での自分の役割が暴れ馬の騎手に等しい物とは言え、自分がその暗い可能性に言及しなければならない立場にいる事に酷い不公平を感じているのかもしれない。
「 ”幾らウラキ中尉の才能が優れていたとしても地球に居た時とは違います。慣れない無重力下で見た事も乗った事も無い機体、モビルアーマーに乗ったガトー相手では条件的にも圧倒的に不利です。それにあの『ソロモンの悪夢』が自分の戦歴に疵を付けた相手を黙って見過ごすでしょうか? 特に宇宙へ出て来てからこのかた、奴が戦いの度に見せるウラキ中尉への拘り方は、異常だ” 」
「 ” けェッ! どいつもこいつもウラキウラキとちやほや甘やかしやがって。あの野郎がこのモンシア様との決着を付けずにおっんじまう訳ねえだろがっ、もしもそんな事があって見やがれ、あの世でバニング大尉の前で手ェ着かせて謝らせてやるっ! ” 」
 アデルの危惧を一蹴したモンシアが突然銃を振り上げて艦の進行方向へと射線を吐き出した。アデルの牽制から逃れようとしたドムがリード射撃の交点に飛び込んでハチの巣になる、コントロールを失いながらも最期の一撃を試みるその機体をアデルのビームが貫いた。膨れ上がる光点に向かって艦首を飛びこませるアルビオン、残っていたデブリが艦の外壁を乱打する。

「モーリス少尉、通信回線の全帯域開放を許可する。電文は君に任せる」
 シナプスの決断は迅速だった。後背に命令を受けたモーリスは小さく頷くと通信機器へと向き合い、しかし電文の内容を任された事に思い留めて復唱交じりの質問をシナプスへと向けた。
「全帯域に向けての通信回線を開きます。 …… あの、艦長。電文は? 」
「 ―― 君に任せる」
 振り返った先にあるシナプスの顔がにやりと笑う、モーリスは人の悪い笑顔から視線を逸らした後にふと何かを思い当たり、通信回線を開いてこの指示の発案者であるモンシアに尋ねた。
「モンシア中尉、今からアルビオンより全ての帯域で通信を行います。発、ベルナルド・モンシア中尉。宛て、コウ・ウラキ中尉。電文内容『手前の女が大ピンチ』でよろしいでしょうか? 」
「 ”なんだそりゃあ!? それじゃあまるで俺がウラキの野郎の為に花を持たせてやった様に聞こえンじゃねえか! てめ、モーリスっ。通信士だったらもっと気の効いた言い回しとか出来ねえのかっ!? ” 」
「 ”手前が自分でそう言ったんじゃねえか。この期に及んで四の五の言ってんじゃねえ ―― ” 」
 ベイトの台詞が自らの射撃音で覆い隠される、艦首の至近を横切るザクの頭はその一撃で吹き飛んでいる。止めを刺そうとしたモンシアが逃亡を図ろうとするその機体を見送りながら背中を護るベイトに言った。
「 ”勘違いしてんじゃねえ、女を落とすにゃあ押しの一手じゃだめなンでぇ。相手が安心した頃合いを見計らってその隙をついて掻っ攫う、浮気ってなあそっちの方が燃えるんだよ、なあ、アデルっ!? ” 」
「 ” ―― お言葉ですがモンシア中尉、自分には経験が無いので分かりません” 」

「けっ! どいつもこいつもっ! 」
 モンシアは小さく頭を振ると苦笑交じりのアデルの声を一喝してモニターを睨みつけた。コロニーとアルビオンとを繋ぐ一本の道に立ち塞がる爆発光と、まるで親の敵の様に次々に押し寄せる敵のモビルスーツは時と共に数を増している。歴戦を自認する自分の目から見てもその宙域を突破してコロニーに辿り着ける可能性のある者はただ一人しかいなくなった。モンシアはAIが表示する高脅威目標の距離数字を次々に目で追いながらモーリスへと告げた。
「モーリスっ! 言い方なんざどうでもいい、ウラキの野郎が返事したらニナさんが一人でコロニーに向かったと伝えろ! 」
 二、三、四、と敵の数を数えながらモンシアはその中でも動きの鈍い、恐らく対艦装備で挑んで来るドラッツェに向かって照準を固定した。ロックオンを示すマーカーの点滅と追尾装置の作動音がコクピットに充満する。
「 ―― そうすりゃ嫌でもケツに火ィつけて飛んでくに決まってる、ニナさんの帰るとこだけは俺達がしっかり守っといてやるから ―― 」
 恐らく敵の抱えた対艦ミサイルの射程よりも手前の位置でモンシアはトリガーを押しこんだ。散布されるビームの一本が敵のミサイルを直撃して一際大きな花火を繚乱の宇宙に生み出す。
「 ―― 手前は死んでも惚れた女を連れて帰って来いってなあっ! 」


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