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No.32711の一覧
[0] 機動戦士ガンダム0086 StarDust Cradle ‐ Ver.arcadia ‐ 連載終了[廣瀬 雀吉](2023/07/03 19:06)
[1] Prologue[廣瀬 雀吉](2012/04/19 18:00)
[2] Brocade[廣瀬 雀吉](2012/04/19 18:01)
[3] Ephemera[廣瀬 雀吉](2012/05/06 06:23)
[4] Truth[廣瀬 雀吉](2012/05/09 14:24)
[5] Oakly[廣瀬 雀吉](2012/05/12 02:50)
[6] The Magnificent Seven[廣瀬 雀吉](2012/05/26 18:02)
[7] Unless a kernel of wheat is planted in the soil [廣瀬 雀吉](2012/06/09 07:02)
[8] Artificial or not[廣瀬 雀吉](2012/06/20 19:13)
[9] Astarte & Warlock[廣瀬 雀吉](2012/08/02 20:47)
[10] Reflection[廣瀬 雀吉](2012/08/04 16:39)
[11] Mother Goose[廣瀬 雀吉](2012/09/07 22:53)
[12] Torukia[廣瀬 雀吉](2012/10/06 21:31)
[13] Disk[廣瀬 雀吉](2012/11/15 19:30)
[14] Scars[廣瀬 雀吉](2012/11/15 19:32)
[15] Disclosure[廣瀬 雀吉](2012/11/24 23:08)
[16] Missing[廣瀬 雀吉](2013/01/27 11:57)
[17] Missing - linkⅠ[廣瀬 雀吉](2013/01/28 18:05)
[18] Missing - linkⅡ[廣瀬 雀吉](2013/02/20 23:50)
[19] Missing - linkⅢ[廣瀬 雀吉](2013/03/21 22:43)
[20] Realize[廣瀬 雀吉](2013/04/18 23:38)
[21] Missing you[廣瀬 雀吉](2013/05/03 00:34)
[22] The Stranger[廣瀬 雀吉](2013/05/18 18:21)
[23] Salinas[廣瀬 雀吉](2013/06/05 20:31)
[24] Nemesis[廣瀬 雀吉](2013/06/22 23:34)
[25] Expose[廣瀬 雀吉](2013/08/05 13:34)
[26] No way[廣瀬 雀吉](2013/08/25 23:16)
[27] Prodrome[廣瀬 雀吉](2013/10/24 22:37)
[28] friends[廣瀬 雀吉](2014/03/10 20:57)
[29] Versus[廣瀬 雀吉](2014/11/13 19:01)
[30] keep on, keepin' on[廣瀬 雀吉](2015/02/05 01:50)
[31] PAN PAN PAN[廣瀬 雀吉](2015/02/05 01:25)
[32] On your mark[廣瀬 雀吉](2015/08/11 22:03)
[33] Laplace's demon[廣瀬 雀吉](2016/01/25 05:38)
[34] Welcome[廣瀬 雀吉](2020/08/31 05:56)
[35] To the nightmare[廣瀬 雀吉](2020/09/15 20:32)
[36] Vigilante[廣瀬 雀吉](2020/09/27 20:09)
[37] Breakthrough[廣瀬 雀吉](2020/10/04 19:20)
[38] yes[廣瀬 雀吉](2020/10/17 22:19)
[39] Strength[廣瀬 雀吉](2020/10/22 19:16)
[40] Awakening[廣瀬 雀吉](2020/11/04 19:29)
[41] Encounter[廣瀬 雀吉](2020/11/28 19:43)
[42] Period[廣瀬 雀吉](2020/12/23 06:01)
[43] Clue[廣瀬 雀吉](2021/01/07 21:17)
[44] Boy meets Girl[廣瀬 雀吉](2021/02/01 16:24)
[45] get the regret over[廣瀬 雀吉](2021/02/22 22:58)
[46] Distance[廣瀬 雀吉](2021/03/01 21:24)
[47] ZERO GRAVITY[廣瀬 雀吉](2021/04/17 18:03)
[48] Lynx[廣瀬 雀吉](2021/05/04 20:07)
[49] Determination[廣瀬 雀吉](2021/06/16 05:54)
[50] Answer[廣瀬 雀吉](2021/06/30 21:35)
[51] Assemble[廣瀬 雀吉](2021/07/23 10:48)
[52] Nightglow[廣瀬 雀吉](2021/09/14 07:04)
[53] Moon Halo[廣瀬 雀吉](2021/10/08 21:52)
[54] Dance little Baby[廣瀬 雀吉](2022/02/15 17:07)
[55] Godspeed[廣瀬 雀吉](2022/04/16 21:09)
[56] Game Changers[廣瀬 雀吉](2022/06/19 23:44)
[57] Pay back[廣瀬 雀吉](2022/08/25 20:06)
[58] Trigger[廣瀬 雀吉](2022/10/07 00:09)
[59] fallin' down[廣瀬 雀吉](2022/10/25 23:39)
[60] last resort[廣瀬 雀吉](2022/11/11 00:02)
[61] a minute[廣瀬 雀吉](2023/01/16 00:00)
[62] one shot one kill[廣瀬 雀吉](2023/01/22 00:44)
[63] Reviver[廣瀬 雀吉](2023/02/18 12:57)
[64] Crushers[廣瀬 雀吉](2023/03/31 22:11)
[65] This is what I can do[廣瀬 雀吉](2023/05/01 16:09)
[66] Ark Song[廣瀬 雀吉](2023/05/14 21:53)
[67] Men of Destiny[廣瀬 雀吉](2023/06/11 01:10)
[68] Calling to the night[廣瀬 雀吉](2023/06/18 01:03)
[69] Broken Night[廣瀬 雀吉](2023/06/30 01:40)
[70] intermission[廣瀬 雀吉](2023/07/03 19:04)
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[32711] Missing - linkⅢ
Name: 廣瀬 雀吉◆b894648c ID:41c9b9fd 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/03/21 22:43
 俯いたまま訥々と語るニナの苦しげな横顔をマークスはじっと見つめていた。友人から託された形見とも言える三号機に待ち受ける定めはガトーとの対決、苦渋の決断とも取れるその想いを踏み躙る様に仕掛けられた薬と言う名の罠。心が血を流す様な苦しみに耐え抜いた彼女に与えられた結末が今日ここに至るまでの日々だとしたら、神はたった一人の人間にどれだけの試練を与えようと言うのだろうか。
 それは自分が今まで味わった物とは比較にもならない、桁が違う。少なくとも自分には家族が、少ないながらも心を許せる友人が、そしてアデリアがいる。
 だが目の前でうなだれながら自分の罪の足跡を語る彼女には何もないのだ、延々と続く未来と言う森の中を孤独なまま死へと歩むしか道がない。そうまでして取り戻そうとしたたった一つの希望すら取りこぼした彼女には空虚な永遠が待ち構えているだけなのだ。
「マークス」
 まるでマークスの憂いを見透かした様にニナが言った。
「あなたが見たこのデータはコウがその薬を使って叩き出した幻、でもガトーを墜とす事は出来なかった。…… お伽噺にあなた達が付き合う必要はない」
「お伽噺? 」
「現実にはありえないと言う事よ。コウはモビルスーツを捨て、ガトーは死んだ。これは彼らが残した遺言の様な物、普通の人がこの領域に届く事など出来る筈もないしその必要もない。だからあなた達は ―― 」
「ここで見た事は全部心の中にひっそりとしまって鍵を掛けろ、二度と開く事のないように …… そう言いたいんですか? 」
 小さく頷くニナの背中にはその葛藤がありありと現れていた。これ以上私の話を聞けばあなた達は本当に後戻りできなくなるわよ、と暗に。
 マークスは思わず、未だに厳しい表情でニナを睨みつけているアデリアの顔へと目を向ける。視線を感じたアデリアがその視線に籠められたマークスの意図に対して小さく頭を振って応える。
「 …… できません」
 マークスもアデリアと同じ意見だった。ウラキ伍長とニナの出会い、そして彼らが ―― もちろんその運命の糸に絡まってしまったままで二人の上司として存在するキースやモウラも含めて ―― どれだけの戦いを強いられて今に至ったかと言う事は十分過ぎるほど理解した。デラーズフリートとの戦いは彼らから戦後の楽観論を奪い去って、彼らの後に続く世代に今もどこかで息を潜めている戦争の危機と言う非現実的な現実を教えようとしている。キースが『自分を超えろ』と発言した事も、モウラが整備士達に全ての技術を教え込もうとしている事も辻褄が合う。
 悲劇と死者の魂を積み上げた上に生きる彼らには今の全てがまやかしなのだ。隠蔽された事実をひた隠しにして束の間の平和に甘える自分達に二度と同じ思いはさせない、その為の力を誰にも気取られぬ様に密やかに後達に植え付けようとする彼らはそんなあざとい遣り方を採らなければならなくなった時点で自身の未来を諦めたのだ。
 彼らの選択が正しいのかどうかは今の自分には分からない。恐らくニナの口から語られた事実は彼女が先立って緘口令を強いた事からも分かる様に、恐らく何らかの、そしてかなりの危険を伴う情報なのだろう。自ら共犯者としての道を選んだ自分達にはニナやキースと同じ様に未来を諦め、ただ生きる為だけに過去へと縛られる運命が待っている。
 自分達が知る事も出来なかった彼らの過去に。
 だからと言ってここで聴かなければ良かったと。心を抉って過去の記憶をここまで語り続けたニナに対してその言葉が面と向かって言えるのか? 未だに自分達の身を案じてその生傷を晒したままで俯く彼女に自分達が背を向ける事などあってもいいのか?
 それでいいのかマークス。本当にお前はそれで?

「彼は、生きてるんだ。ニナさん」
 励ます様にそう語り掛けた彼の言葉に向かってニナは顔を上げた。
「あの日ガトーと戦った伍長はもういないのかも知れない、ガトーは死んでしまったのかも知れない。でもここに彼らの残したメッセージがある以上見過ごす訳にはいかない …… あなたはそう考えたから僕達に辛い過去を語ってくれたんじゃなかったんですか? 」
「それは過去に起こった悲劇の物語の一節、そしてここに残る記録の領域にまで到達できるパイロットが再びこの世に現れる可能性は限りなく小さいと思う。だから ―― 」
「ゼロじゃない」
 マークスの一言がニナの表情に翳りを齎した。ニナにも分かっているのだ、その可能性が全くない等と言う事は決してあり得ないのだと。人が、そしてモビルスーツがこの世界に存在する限り必ず争いが起こり、そしてその中で特に戦いに秀いでた者が現れる。過去の歴史に記された数多の戦争の記録の中で誰かの名前が残らなかった事などただの一つもないのだから。
「ニナさん話して。最後まで」
 アデリアはそう言うと胸の前で両腕を組んだ。
「あたしには伍長がどうなってガトーが何で死んだかなんてどうでもいい。なぜニナさんがそんなンなっちゃったのか、その訳が知りたいの。ニナさんの話を聞いて ―― ちゃんと聞いて、ニナさんの為にあたしは何が出来るのか考えたい。…… だからお願い、最後まで聞かせて」

 ほう、と少し大きな溜息が二人の耳朶へと届く、ニナは机からすぐ傍にあった椅子へとゆっくりと腰を降ろすと華奢な両手を膝の上へと置いた。
「あのアイランド・イーズが阻止限界点を越えた時、私達は耳を疑った」
 今までの表情とは明らかに違う、決意の籠もった目を二人に向けながらニナは言った。
「突然デラーズから送られて来た停戦宣言、そしてコロニーの進路上に置かれた巨大な太陽炉 …… 全てが彼らによって予め計画された事だった。私達はそうとも知らずに命がけで、舞台の上を狂った様に踊りまわった哀れな道化」
「どういう意味です? それに彼らって? 」
 暗喩だらけのニナの言葉にじれったさを感じるマークス、しかし彼女がそれを伝えようと決心しても尚迷い続けている事を咎める事など出来ない。ほんの少しの躊躇の空白の後に語られたその言葉が全てを物語っていた。
「 …… その紛争によって今、最も利益を享受している勢力。 ――『ティターンズ彼ら』の事」
「! そっ ―― 」
 馬鹿な。確かに彼女はこの話の前にそうは言ったけれども、それは政治的な勢力バランスにおいての事だろう。いくらなんでも当時軍の大隊規模でしかなかった勢力が実力でその切っ掛けを作るなんて考えられない、もしそんな事があったのだとしたらそれは ―― 。
「クーデターに利用しようとしたのよ、当時の彼らは」
 きっぱりとそう断言したニナには微塵の迷いも無く、そして疑いすらなかった。 彼女が二人の追及を今まで必死にひた隠しにしてきた理由がマークスにはこの時初めて分かった。彼女が、そしてキース達が対峙する権力は余りにも大きい、そして彼らのアキレス腱となる陰謀の生き証人がここにいるのだ。
「彼らは地球周回軌道上に『ソーラ・システムⅡ』を設置してコロニーが阻止限界点を越える瞬間を待ち構えていたのよ。密閉された内部の空気を少し暖めるだけでコロニーはあっという間に破裂する …… 彼らがデラーズのコロニー落しをただ見守っていたのにはそういう奥の手があったのよ。自分達が地球の危機を救ったと言う名誉によって地球と宇宙を切り離す為の機会にしようとしていた、それが今のティターンズの始まりとなった」
「でも彼らの目論見は失敗したのね、だってコロニーは今ここにあるんだもの」
 アデリアの言葉を聞いたニナが小さく頭を振ってそれを否定する、訝しげな顔で光に煌めくニナの髪をじっと見る彼女の表情は硬い。
「あの紛争の当事者の目的はそのほとんどが達成されたと言ってもいい、ティターンズはコロニーの阻止に失敗はしたけどその勢力の拡大には成功した。そしてガトー達は予定通りコロニーを地球へと落着させた」
「でもできた事はそれだけだ。ブリティッシュ作戦の時と同じ様にガトー達はジャブローへとコロニーを落とす事は出来なかった」
「 ―― それが、彼らの目的だったのよ。『コロニーを決してジャブローには落とさない』」

 戦略的に考えてデラーズの立てた作戦は完璧だとマークスは思っていた。コンペイ島で行われた観艦式への核による強襲、そして残存艦隊の目を月に引き付けてからのコロニーの地球落着軌道への投入。ガトーの手によって阻止が失敗したと言うのであれば後は彼らの思うがまま、ジオンにも出来なかったジャブローの壊滅をその手で完遂する事が出来た筈だ。だがよりにもよって前人未到の大戦果が彼らの目的ではなかった、とニナは言う。
「 …… 何かの間違いだ、そんな事は考えられない。だってそうでしょう? それだけ綿密な作戦を立てておきながら最後の最後にそれを最も大きな目標へ落とさないなんてどう考えてもおかしい。ジャブローが壊滅して軍の指揮系統が混乱すればそれに乗じて逃げ出す事も出来たのに ―― 」
「私はそれを彼自身の口から聞いたの。コロニーをジャブローに落とさない為に一人で乗り込んだ、アイランド・イーズの管制室の中で」

                                *                                *                                *


「余計な事を」
 管制センターの出口へと急ぐ道すがらに偶然に手に入れた緊急医療キットの中からニナがパッチを取り出して、ガトーのパイロットスーツに空いた穴を覆う様に貼り付けた。これで真空下での宇宙服の与圧は確保される筈だがその下に空いた銃創からは未だに出血が続いているのだろう、顔色は青褪めて身体は被弾のショックが冷めやらないまま小さく震えている。
「それは手当ての事? それとも ―― 」
 睨みつける彼女の瞳にはそこはかとない怒りが溢れている。誰にも縋る事のない自我剥き出しの彼女の声にガトーは立派な女性としての成長を遂げたニナの本性を知り、そして満足そうに小さく微笑んだ。
「 ―― 貴方がコウに対してしようとした事を止めた事? 」
「 …… それを、分かっていたとは、な。 ―― 両方だ、ニナ。君が罪を肩代わりしようとした相手がコウ・ウラキだったと言う事情までは大体飲み込めたが、君の望みが以前の彼を取り戻す事だと言うのならば諦めろ、もう手遅れだ」
 脇腹を押さえながらガトーが壁へとその背中を押しつけた。そうすれば少し苦痛が和らぐのだろうか、ガトーは浅い呼吸を繰り返して自分の状態を確かめる。
「彼は私に救いを求めた、戦う事の意義と言う物を知りたいと願った。もうそれだけで十分だ、後は私と同じ舞台へ上がりさえすれば彼はきっと、私の後を継いで ―― 」
「まだだわ! 」
 ほんの少し距離を置いたニナの口から吐き出される怒声にガトーは眉を顰めた。驚きと傷の痛みに苛まれながらガトーはニナの怒りを受け止める様に眺めた。
「まだ間に合う。それにそんな事はさせないっ、 …… コウを貴方と同じ世界になど行かせないわ、私が必ず止めてみせる」
「では、なぜ君は私と今ここにいる? 彼を止めると言うのならばいっそ私の事など放って置いて欲しいものだ。彼と元の世界へと帰還する、それこそが君の願いではないのか? 」
 探る様に敢えて事の本質をぼかして尋ねるガトー。もしかしたら彼女は自分が彼にした事の正体に気付いていないのかも知れない、ならば知らない方がいい、彼はもう誇り高き戦士としての第一歩を記そうとしているのだから。己の矜持と守るべき物の為に全てをなげうって戦いに挑む、私の後継者となる為に。
 だがガトーの予想は間違っていた。ニナは嘗ての恋人だった男に向かって敵意を向けている。それは守るべき物を抱えて命を賭ける、自分の同類の姿だった。
「傷ついた貴方をあそこへ見捨てて行く事とコウがあなたに止めを刺す事は同じ意味よ、どちらもコウの目にあなたの死を焼き付ける事に変わりはない。貴方の死と共にコウの中に眠っている何かが目覚めるのだとしたら、その時コウに訪れる変化を知っているであろう貴方を絶対に死なせる訳には行かない」
 自分の企みが完全に看破されていた事に思わず苦笑するガトーとそれを阻止できなかった事に悔しさを滲ませるニナ。相対する表情を浮かべた二人をせかす様にコロニーはゆっくりと足元の床を傾げ始める。
「貴方をかばってあそこを離れる事しか私には出来なかった。 …… でもたとえコウに憎まれたとしても、貴方にそのトリガーだけは引かせない」
「君は彼に向かって引き金を引いたと言うのに、か。 ―― ならばなぜあの時私を撃たなかった? 彼の手を汚させなければまた彼の運命も、この先へと続く話も変わっていただろうに」
「悔しいけど、」唇を噛んだニナの口元が微かに歪んだ。
「過ぎ去ってしまった過去を自分の手で消すだけの勇気や決心は私にはない、でも未来を失う覚悟なら三号機にコウを乗せた時から出来ているわ。彼が死ぬのなら ―― 」
 自分の記憶にはないニナの声だった。不退の決意と確固たる意志がそこにはある。
「私も、生きてはいない」

 積み重ねた時間と悲劇の重み、そしてそんな中で彼らが得た美しい力にガトーは感動し、そして彼女をそこまでの人間に仕立て上げたコウ・ウラキと言う青年に尊敬の念を覚える。それはまさに比翼の鳥の如くにお互いを求め、助け合おうとする真の愛情の姿だ。
 だが彼らが比翼の鳥を演じて未来を刻もうと言うのならば、自分は康王と成りてそれを引き裂かねばならない定め。
 道はもう分かたれてしまったのだ、決して諦める事の出来ない自分の願いの為に。

「君たちが夢見る未来と言う名の希望も、幸せを手に入れた人々が世代を重ねてその血脈を伸ばそうとする世界も、それはやはり『操りし者共アスラ』によって作られた幻像に他ならないのだ。それだけではない、この世界に生きとし生ける全ての人類に彼らの謀略による悲惨な運命が波及する可能性があるのだ。その存在がこの世界の何処かで息を潜めて全てを操ろうとする限り」
 その表情にはニナには負けない強い物があった。相譲れぬ互いの主張が落着へとひた走るアイランド・イーズの小さな通路で火花を散らす。
「ギレン総帥閣下の意思を受け継ぐ為に敗残の将にまで身を窶しながらア・バオア・クーから撤退した自分達はこの世界の裏側に潜む何者かの存在を知り、閣下の目指した世界のうつわが実は文字通り彼らに『操られて』創られた『理想郷』にしか過ぎなかったと言う事実を知ってしまった。私は ―― いやデラーズ閣下はその汚名を雪ぐべく、彼らをその表舞台へと引きずり出す為にこの作戦を発案されたのだ」
「その為にこれだけの事を仕出かして大勢の人が亡くなった、そうまでしてあなた達が追い掛ける『アスラ』とは一体どこの誰なの? 」
 真剣な眼差しで問い質すニナの視線を避ける様にガトーは顔を背けて空を睨む、無念の思いがその声に滲んだ。
「 …… 残念だが、私にもうその機会は訪れない」
 要であったエギーユ・デラーズと言う名の巨星も既にこの世界から退場し、彼の意思に賛同して集った仲間もその大半がシーマ・ガラハウの裏切りによって壊滅させられつつある。恐らくこの戦場に残っている兵数は最早戦闘を継続出来る物には遠く及ばず ―― ドズル中将の仰った通りだ。数は力なり ―― 正しく敗残兵と呼ぶに相応しいのだ。 
 我々の運命は既に時の間際へと差しかかった、そして終焉へと至るまでの距離はそう遠くはないだろう。

「だから私はこの戦いの全てを語り継ぐ者を残さねばならない。…… このアナベル・ガトーは後に続く資格と権利を得た者に、私の遺志を継がせなければならない」
 再びニナへと目を向けたガトーの目に今までの優しさはなかった。再び蘇る鷹の様な眼差しに潜む鳶色は強い決意の後押しを受けて、鈍く不気味に輝きを増した。
「自分達の全てを投げ打って成し遂げた『星の屑』が散った址に生み出される『揺り篭cradle』を護る為に。 ―― ニナ」
 
 ガトーの強い決意を翻そうとしたニナの身体が彼に向かって動き出す。何としてでもこの男を止めなければと、そういう思いの発露が為せる自然な振る舞いだ。しかしニナは次の瞬間に腹部に猛烈な衝撃を感じて呼吸を封じられた。
「 ―― すまんっ ―― 」
 声音が変わった事に気付いたニナがその焦点を合わせた瞬間にはガトーの体が直ぐ傍にあった。ガトーの全体重を乗せた強烈な当身がニナの鳩尾に炸裂する、伝わる衝撃は宇宙服を貫いて横隔膜を一瞬だけ停止させ、そのショックは脳神経の一つである迷走神経へと伝播した。駆け抜ける痛みのシグナルはニナの脳をあっという間に休眠状態へと導く。
「! ガ、トー …… 」
 薄れ行く意識の中で呟かれた彼の名、力を失って肩に圧し掛かるその重みに嘗ての想いが蘇る。

 金色の、豊かで柔らかな髪が頬をくすぐり微かな吐息が首筋を撫ぜる。ニナの体を愛おしむ様に抱きしめたガトーの両腕に力が籠る、もう再び見る事のない嘗ての少女に向かって彼はそうする事でしか己の想いを伝える事が出来ない。
 思い出す事、忘れ得ぬ事、あの日あの時あの場所で紛う事無く手に入れ掛けていた安寧の日々を。激しい痛みと共に振り払った筈の桃源郷での思い出を。
 そしてガトーはその全てを受け止めた後で痛切に思い知らされた。
 やはり自分はこの少女を心から愛していたのだと。

 そしてまたしても自分に課せられた運命は彼女から最も大切な物を奪って行かざるを得ないのだと。

                                *                                *                                *

 ニナが語る物語を真実だと証明する者はこの場には存在しない。彼女が語る妄想紛いの物語は実際の所、彼女の人となりを知るマークス自身にしてもそれを眉唾と判断することはやぶさかではないのだろうと思う。
 しかし自分が目にしたウラキ伍長のデータ、そして自分達が知っていた0083年に起こった事件のことごとくに対して理路整然と別の理を語るニナの話を否定する事は難しかった。疑うにはあまりにも信憑性があり、そして虚言や妄想癖を持つ人間の会話にしては破綻が無い。
「じゃ、じゃあもしガトーの言う事が正しいのだとしたら。コロニーが地球に落ちた事も …… いや、そもそもあのジオンとの戦争自体が既に何者かによって仕組まれた物だ、と。 …… まさか、そんな事が」
「証拠は何一つない、ただガトーがその時に語った事だけが事実。でももし彼がその正体に辿り着いていたのだとしたら、わざわざ地球にコロニーを落すなんて回りくどい真似はしなかったでしょうね。直接敵の本拠地へと殴り込んで自分の仲間の ―― 戦いで失った多くの命の仇を討ったに違いないわ。彼らは敵の正体を確かめる為に『星の屑』作戦を決行し、そこで発生する世界の混乱に乗じて権勢を拡大しようとする集団の正体を暴こうとした。でもガトーが考える以上に敵の力は強大で、彼はそれらの正体を知る前に命を落してしまった」
 それではデラーズ紛争という名の出来事自体が未必の行為に他ならない。デラーズフリートと戦った連邦軍にコロニーの落着を防ぐと言う大義名分があるとは言え、その彼らが実は『アスラ』によって密かに動かされていたとしたら連邦軍ですらも被害者と言う事になる。互いの正義の為に行われた殺し合いまでもが背後に隠れて世界を操る勢力によって画策された物だとしたらそれは最もやりきれない、犬死だ。
「でも確実に残った物が二つある」
 想像に余る巨大な策謀に唖然とするマークスにニナは顔を向けた。そこに浮かんだ苦悩の表情がそのままコロニーの中でガトーへと向けていた物なのだろうと感じたマークスは思わず息を呑んだ。
「『星の屑』が成功した事によって恐らく世界は近い内に大きな動きを見せるわ、ガトーの予言、デラーズの思惑の通りに。そして ―― 」
 そこにニナが必死になってモビルスーツのOSのアップデートを繰り返している訳をマークスははっきりと理解した。一年戦争が終わって仮初の平和の中で短い春を謳歌していた彼らがガトーの襲来によって巻き込まれた戦争と言う名の非日常、それが再び起こる可能性があると示唆する彼女に出来る最大の防御策。
「彼は自分の望みどおりに、伍長の目の前で命を落した」
 釣られる様にニナの言葉を補完したマークスがその意味を噛み締めた時、彼はそこにある真理に思わず目を見張った。ガトーの最期の望みが叶えられたと言う事は、伍長は即ち ―― 。
「ガトーはコウの中に『種を撒く』事に成功した。自分と同じ世界へとコウを連れて行くための」

                                *                                *                                *

 コックピットを埋め尽くす閃光、収束した太陽の輝きは飽和した光の粒子を衝撃波に変えて天空を切り裂く。絶対的な死を予感させる圧倒的な力の前にコウの体は全ての命令を拒絶した。コロニーでのニナとのやり取りがコウに生きる希望を見失わせていると言う事も一つの要因なのかも知れない、果たしてコウは確かにその瞬間に生に対する執着を棄てて、死を受け入れようと心を決めた。
 だが全ての計器の数値すら読み取れなくなった白い棺桶の中に高圧的な男の声が轟いた。指揮官特有の厳格さをまとったその声は一瞬にしてコウを死の顎から引きずり出す。
「 ” スロットルを開けろ、コウ・ウラキっ! ” 」
 反射的に動く左腕が握ったレバーを全開位置へと叩き込む、同時に頭上で鳴り響く巨大なモビルアーマーの絶叫。デンドロビウムを襲っていた致死性の痙攣は猛烈な慣性へと姿を変えて決着の付いた二人の機体を天頂方向へと押し上げた。
「ガトーっ!? 」
「 ” 未熟者めが、ここで諦める事などっ、” 」
 激怒したままのガトーの叫びがコウの意識を辛うじて繋ぎ止めた。だが必死で襲いかかろうとする死に抗おうとするデンドロビウムとノイエ・ジールに叩き付けられるソーラ・システムの咆哮はまるで今までの鬱憤を晴らすかの様に二つの機体を蹂躙した。光の河に屹立した長大なメガビーム砲は溶解しながら吹き飛ばされた、ノイエに立ち向かう為にただ一つ残されていたクローアームは基部から捻じ切られて粉々に砕け散った、唯一生き残った兵装コンテナは内部に残っていた弾薬と共に爆散した挙句にデンドロビウムのメインスラスターを巻き添えにする。
「 ” この私が許さんっ! ”  」
 その言葉に導かれたコウが、そしてガトーがオーバーブーストによるノッキングに抗いながらレバーを必死で固定する。死の間際に追い込まれながら尚も生へを手を伸ばす彼らの意思は長く伸びた炎と化し、現存する戦艦の推力を遥かに凌駕して光の奔流を掻き分け始めた。

 デンドロビウムの損害状況を目視するガトーは爆散して分離したコンテナがノイエの前面装甲板を吹き飛ばしたのを確認した瞬間に、生き残ったアポジを起動させてデンドロビウムと自分との位置を入れ替えた。ソーラ・システムから放たれる膨大な神火は盾となったノイエの背面を容赦なく焼き焦がし始める、機体表面の温度を示すセンサーがエラー表示を示したまま動かなくなり人類に計測できる限界の数値を表示した後に息絶える。
 融解を始める機体の背面に基部を持つ、デンドロビウムを拘束していた四本のマニピュレーターが機能不全を起こして停止する。それでも宇宙を疾駆する巨大なジオンの紋章はその手に抱えた微かな希望を救うべく、雄叫びを上げて光の大河を静寂の支配する対岸へとその目を向ける。
 光の緞帳を抉じ開ける為の、頼みの綱の両肩のブーストバインダが耐熱限界を超えて爆発した。あっという間に激減した推進力に力尽きたと思われたノイエが為す術もなく光の大河へと溺れ始めたその刹那、白光の世界でただ一人、歯を食い縛って尚も生への望みを捨てなかったガトーの視界に一際大きな残骸が映った。
 反射的に呼び出された火気管制は背面装甲の影で未だに機能を残していた左手を迷う事無く撃ち出す、鋭く窄められたクローアームは光に翻弄されながらもガトーの導きに応じてその残骸に突き刺さり、その爪を残骸の内部で大きく開いてロックした。掌のメガ粒子砲にミノフスキー粒子を供給する為のフレキシブルケーブルは光圧に耐え切れずに離断する。
「間に合えっ! 」
 叫びと共に猛烈な勢いで巻き取られる有線ケーブル、藁よりも頼りなく感じる一本の命綱に縋るノイエと抱え込んだ彼の最期の希望は次々に部品を光の粒へと変えながら、しかしガトーの願いを叶えるかのように死の奔流から無明の岸へと遂に辿り着いた。

 自分の得た生と運命の悪戯に感謝をしながら眼下を荒れ狂う光の川を見つめて無念の吐息を漏らすガトー。巨大な残骸の影に隠れたまま光の河を席巻する閃光の行進ページェントはそこで生み出される新たなる死者を意味している。互いの主張を後背に立てて雌雄を決する事すら奪われて無常な死を遂げねばならない兵士の無念は如何ばかりか、とその光を憎悪の目で睨みながらガトーは死せる魂へと想いを馳せた。
 彼らもまた『アスラ』の生み出した被害者なのだと、それを世界の影に隠れてほくそ笑む彼らの見えない顔を思い浮かべて怒りがこみ上げる、そして自分にも訪れようとしている斜陽の時をその身に感じながら。
 既に宇宙に漂う自分の手足は傷だらけで満足に動かす事も叶わない。自分の運命が自分の全てを授けようとした好敵手の手を借りて、実は自らが立ち向かおうとした大きな闇によって捉えられてしまった事に幾許かの無念を感じた。残り少なくなった僅かな時間で成し遂げられる事はあまりにも少なく、そして無意味な物なのかも知れない。たとえ運良く生き永らえたとしても ―― 。
 絶望塗れの自分の道行に虚ろな視線を向けながら、しかし彼は仰いだ星空のその先に浮かぶ巨大な残骸へと目を向けた瞬間にその全てを受け入れる決心をした。
 穏やかな輝きを取り戻した太陽光が微かな鎮魂曲レクイエムを奏でて揺らすその残骸を埋め尽くした色彩は見紛う事無き鮮やかな赤。偶然ではない、運命の導きと言う物を初めて信じたガトーは瞬きを何度も繰り返しながら震える声で呟いた。
「またしてもこの命救われました …… ありがとうございます、閣下。」
 元ジオンの将兵に賞賛と畏怖を持ってグワデンと呼ばれたその戦艦は光嵐の残滓を受けてゆっくりと揺らぐ、二人を死から救い出した有線ケーブルは最後の役目を終えて弾け飛んだ。離れていく巨大な残骸の影を穏やかに眺めながらガトーは、裏切り者によって目の前で処刑されたその面影に向かって強い口調で告げた。
「行け、と申されますか、閣下。 …… 分かりました。閣下の望みのままに。」
 震えながら胸の前に翳した手を静かに下ろすとガトーは、所々映像の欠けたメインカメラの淵に映る白い巨体へと目をやった。四本のサブアームを爆砕ボルトでパージして、全ての機関を停止したまま穏やかに眠り続けるデンドロビウムを死者の墓地へと解き放つ。無重力下で加わった慣性によって緩やかに舞うその姿を見送りながら、彼は穏やかな笑みを浮かべて胸を張った。
「コウ・ウラキ、私の勝ちだ。 …… すまんな、貴様に討たれてやる事はもう出来んが ―― 」
 勝ち名乗りを上げるガトーの足元に赤い液体が滲み出した。彼らの陰謀は二人の機体を飲み込む事は出来なかったがその正体を知ろうとする不倶戴天の、それもデラーズ亡き後の要となるであろう指導者の命に正確に届いている。激しい衝撃が加えられた事で彼の脇腹の銃創は内包した血管の断裂部分から無視できないほどの出血を齎した。
 霞んでいく意識と失われる手足の力を自覚してからガトーは、眼下で恐らく『無事に』意識を失っているであろう彼の希望に向かって声を掛けた。
「 ―― いい戦いだった。心から礼を言う」
 晴れやかな声だ。失われていく命すら感じさせない軽やかな手つきで次々に機能を再起動させるガトーの表情にはもう躊躇がない、生き返ったノイエのアポジが小さな炎を噴き出してその無残な身体を翻す。メインモニターから外れていくデンドロビウムの影を追い掛けながらガトーは、ニナと別れた時と同じ表情を晒しながら静かに言った。
「いつか、私を追って来い。 …… この星の海のどこかで、私は ―― 」
 迷いなくふみ込む両足がノイエのバーニアに火を入れた。不規則に揺らぐ長い炎の束が彼としもべを約束された敗者の地へと誘う。加速によって再び始まる出血と痛みに顔を歪めながら、しかしその声だけは残された微かな光に向かって歓びを滾らせながら。
「 ―― 『お前』を、待っている」

                                *                                *                             *

「ガトーが死ぬのを私は救助の為に戦闘宙域外縁部に待機していたアクシズの艦の中で聴き届けたわ。連邦軍の退去勧告を受けて離脱する艦内に流れたガトーの最期の叫び声を忘れた事はない、でも私にはその声がコウを呼ぶ声に聞こえた。 …… そう、今でも忘れられない」
 心の奥底で封印されたままの記憶の宝箱を混ぜ返して中身を整理しながら次々と取り出される過去に傷付いて、悲劇の結末をぼんやりと語るその姿はあまりにも痛々しい。全てを取り出したその中にかの神話に告がれるパンドラの様な奇跡が待ち受けていると分かっているのならまだ救われる、だが現実には既に答えは出ている。
 話の続きから現在に至るまでニナに与えられた奇跡はなく、彼女は形骸と化した思い出の匣を抱えたまま親を亡くした孤児の様に小さく蹲っているだけなのだ。
「ガトーが帰還の機会を棒に振ってまでコウと戦ったと言う事を彼の部下から聞いた時に、私はガトーが遂に自分の望みを叶えたのだと悟ったの。 …… 彼の言っていた全ての条件が揃ったと分かった以上、もう私に選択の余地はなかった。コウの元に戻って彼が二度と戦いに身を投じない様にしなければならない。ガトーの目論見だけは阻止しなくてはならないと決心してアルビオンを目指した」
「もし、ウラキ伍長が死んでいたら? ニナさんに裏切られたと思い込んでそのままコロニーに残っていたとしたら? 」
「そのままシャトルで大気圏に突入するつもりだった。あの場所に集った三人がここで全て召されてしまえば神様の気紛れもそう悪い物じゃない、コウの生まれた星に墜ちて死ねるのなら私はきっとコウの元に行ける。 …… でもコウは生きていた。ガトーが自分の機体を盾にしてデンドロビウムをソーラ・システムからの直撃から守ってくれたお陰で」
「ガトーが、伍長を? いや、しかし友軍に向かってソーラ・システムを照射するなんてどういうつもりなんだ? 」
「ただの悔し紛れね、あたしなら絶対そうする」
 何かに怒りを滾らせたままのアデリアが吐き捨てる様にそう告げる、感情的に放たれたその言葉が実はその時のバスクと同じ気持ちであったと言う事をそこに集う三人は知らない。まるで眩しい物でも見るかのように目を細めたニナがアデリアの顔を見上げた。
「 …… でもコウはアルビオンには居なかった、彼は錯乱して味方に発砲した事でステイメンごと拿捕されてそのままジャブローへと送られた。 ―― 軍事裁判での判決は懲役一年の禁固刑、私はその間にありとあらゆる手段を使って彼が釈放後に赴任しそうな場所を探った」
「そして行き着いた先が、このオークリーだった」
 マークスの言葉に小さく頷いたニナはアデリアから目を逸らしてまた足元へと視線を落とした。
 キースやモウラと立場の違う民間人のニナがティターンズから供出された宣誓書のサインを拒否すればどうなるかと言うのは彼女にとって一つの賭けだったのだろう。軍属としての徴用条件を満たしていなければ民間人が基地へと配属される事は普通では考えられない、たとえそれが軍にとっての重要な機密を握っている人間だとしてもだ。いやむしろ民間人ならば何らかの罪をでっちあげて収容所送りにする事だって出来る、二度とその事実が世の中に出回らない様に。閉鎖された組織の中にはその中でしか通用しない常識が存在し、それを犯した者だけが罪に問われる。それが軍と言う物なのだ。
 自分やアデリアが受けた軍による理不尽を省みながら、あえてその選択へと身を投じなければならなかったニナの心境を慮る。と同時に彼女の持つ事態への先見の明と演算能力に感嘆を禁じえない、彼女はその読み通りにここオークリーへと赴任する事が出来たのだから。それを証明したのはニナから告げられた次の言葉からだった。
「 …… そして何時か刑期を終えたコウがオークリーに着任すると言う事も確信していたわ。彼がそんな宣誓書にサインをする筈が無いと信じていたから」

 強い確信と共に物語の顛末を語り終えたニナは、そこでようやく小さな安堵の溜息を洩らした。もちろん物語はこれで終わった訳ではない、しかし彼女の記憶の中で最も鮮烈でかつ辛辣なパートはようやく終わりを告げ始めている。しかし視線を上げたニナはその声になぜか空しさを込めて呟いた。
「アナハイムのガンダム計画はそれを推進した専務の、連邦軍に対する裏切り行為の発覚によって抹消される事が決定したわ。彼は連邦軍に協力姿勢をとる裏側でデラーズフリートにも物資を供給していたの ―― 彼はその責任を取って自殺してしまったから本当の真相は闇の中へと葬られたけれど、その事実は逆にアナハイムと言う企業に対する連邦軍の不審を生んだ。連邦軍は当面のアナハイムとの取引を凍結し、該当する取引の中には次期主力モビルスーツ開発計画も含まれていた。 …… 私が命懸けで見届けた子供たちの未来はそこで終わった、その機体が存在した事も含めて全てのデータは跡形もなく消去されたわ」」
「全てが抹消 …… ? 」
 マークスは思わずニナの背後のモニターを見た。では全てを抹消されたモビルスーツの、それも起動する為の鍵となるディスクが何故ここにあるのか? もしデータを消すと言うのなら起動ディスクなどは真っ先に焼却処分されている筈なのに。
 尋ねようとしたマークスの機先を制してニナが、筐体の横に置かれている旧式のディスクリーダーへと目をやった。
「このディスクは、処刑された元アルビオンの艦長のシナプス大佐の遺品の中から出てきた物 …… どういう経緯でシナプス艦長がこのディスクを手に入れたのかは分からない。でも遺族の方が艦長の遺言の通りに軍の検閲を避けてわざわざ私にと、その手で直に渡してくれたのよ。見つかれば自分達も拘束されるかもしれないというのにね ―― そしてこのディスクが私の元へと還って来たすぐ後に、コウはここに来た」
 自分で言ったその言葉がニナの表情に微妙な変化を齎した。それまではまるで機械かなにかの様に淡々と出来事を語り続けた彼女が初めてその切ない思いを表に見せた。
「 …… 怖かった、どんな顔をしてコウに会えばいいのか分からなかった。でも誤解されても嫌われても私達には少なくとも未来へと歩む権利だけは与えられたと思った、私は与えられたその時間をコウに捧げて生きようと思ったわ。…… 彼を決して宇宙には行かせない、この地球で彼と共に暮らそうと心に誓ってモウラと一緒にコウを迎えに行った」

                                *                                *                                *

「ニナ、ほら」
 短く放ったモウラの声がニナの背中をどん、と押す。簡素な作りのジープのシートを滑り降りて地面へと足を降ろしたニナはその頼りなさに思わず足をふらつかせた。
 まるで自分の身体じゃない、作り物の人形の中に入って自分を動かしている様な錯覚がニナの心を戸惑わせる。それでもニナはぎこちない身体を操って、ほんの少し先で自分の方へと視線を向ける懐かしい顔に向かって足を踏み出した。長くなった黒い髪が吹き抜ける風でそよぐのが分かる。
 早く彼の元へ、と焦る心とは裏腹にその足は遅々として進まない。まるで向かい風の中を歩む様にゆっくりとコウへと近寄るとその顔形がはっきりと分かる所まで来てから声をかけた。
「お帰りなさい、コウ」
 何か他にもっと気の利いた言葉があったのかも知れない、だがニナの口を突いて出た言葉はそれだけだった。出会った事への戸惑いと思わぬ声にうろたえるコウの表情に笑顔はない、ただどこか遠い瞳で自分を見つめている事だけがニナには分かった。
「やあ、ニナ」
 固い声音がニナの元へと風に乗って届く。覚悟を決めてはいたものの、やはり自分に向かって吹き付ける非難と疑惑の逆風の存在はニナの決意の正誤を疑わせる。自分の心をどす黒く染め始めた恐怖で心が折れてしまう前に、せめて。 ―― ニナは勇気を振り絞ってコウの元へと歩みを進めた。
「 …… どうしてここに? ここは連邦軍の基地、民間人の君がいる所じゃない」

 たった半年の間に人はこんなにも変わってしまう物なのだろうか、険しい風貌と眉間に刻まれた深い皺が彼の受難と猜疑心に満ちた心境を物語っている。出会いに対する何の感慨も、感動の欠片もなく問い詰める様なコウの質問と共に一陣の風が駆け抜ける。道の両側で朽ち折れた麦畑が乾いた音を立ててざわめき、コロニーの落着によって発生した熱でからからに乾いた麦の穂鳴りは今のニナの振る舞いを非難するシュプレヒコールの様に辺りを取り囲んだ。
「アナハイムは首になったわ。今はここで軍属として技術部に勤務しているの」
 作り笑顔のままほんの少し視線を落としたニナ、体の奥で破裂しそうになった感情全てを必死の力で押し隠してそう告げるのが今の彼女には精一杯の力だった。複雑な表情のままでじっとその顔を見据えるコウは心の中で交錯する様々な ―― それはニナのそれと殆ど変わらない物なのかもしれない ―― 想いをそっと隠して、小さく笑った。
「そうか、無事でよかった」
 許しとは程遠い、形式的な社交辞令だけを口にしたコウの顔を見上げてニナは思わずはっとした。手を伸ばせば必ず届く場所にある彼の表情にニナの心の底で眠っていた遠い記憶が蘇る。
 あの時と同じだ。
 最後に月で見たガトーと同じ顔、そして同じ目を彼はし始めている。
 動揺したニナから笑顔が消えて自身も気付かない狼狽が浮かび上がる、コウは必死で指の隙間から零れ落ちようとする彼女の一縷の望みに素知らぬ顔でそっとニナから視線を逸らした。
「キースとモウラもここにいるのか …… 不思議だな、あれからまだ半年しか経ってないのに何年も前の出来事みたいだ」
 コウが彼らの背後で身体を休めるゲルググへと視線を送る、コクピットから脱け出したキースはハッチの縁にある懸垂用ケーブルを使って地上へと降りようとして、いまだにその動かし方が分からずにもがいている。いつまで経っても不器用な、だが地球軌道を席巻したあの豪火の中を生き延びた昔と変わらない親友の姿にコウは打ち解けた笑いを浮かべた。
「ねえ、コウ …… また、モビルスーツに乗るつもり? 」
「どうしてそんな事を聞くんだ? 」
 それはまるで既に用意されていたかのようだ。ガトーから語られた真実を話す事の出来ない罪悪感に思わず顔を背けてしまったニナ、その横顔から片時も目を離さないコウはズボンのポケットの中から手探りで小さな金属片を取り出した。
「 …… 君が、つけてくれないか」
 コウの掌の上に横たわるそれは所々メッキがはげた、傷だらけのウイングマークだった。オークリーの日差しを浴びて光を跳ね返す十二枚の小さな翼は、それ自体が彼の意思であるかのようにニナの瞳へと輝きを放った。
「君の手で俺の胸につけて欲しいんだ。もし君とどこかで会った時にはそうして貰おうと決めていた」
 それはたとえお互いの進む道が二手に分かれてしまったとしても。黒い瞳に言外の言葉を映してコウはニナを真っ直ぐに見つめていた。まるでそこへと吸い込まれていく様にニナの手がコウの手の中からピンバッジを取り上げる、夏服の胸ポケットにしっかりとそれを差し込んだニナに向かってコウは静かに言った。
「また乗るよ、俺は」
 その声は、その言葉はニナの迷いを振り切るだけの力がある。無言でじっと見上げるニナの蒼い瞳の中に、コウは自分の決意を刻みつけた。
「その為に俺は軍に残ったんだ。もう一度 ―― モビルスーツに乗る為に」

                                *                                *                                *

 モビルスーツ隊が今日に至るまでの経緯はマークスもアデリアもキースやモウラから少しは聞いて知っている。元々ならず者の集まりだったオークリーに秩序とルールを齎したのは誰あろう、ウラキ伍長 ―― その時は少尉だったらしい。四面楚歌のモビルスーツ隊の末席に陣取った彼は度重なる基地の兵士の嫌がらせに対して片っ端から粛清を行い、全員の矢面に立って物理的な対抗手段を取り続けた。だがその話を聞いた二人が最も驚いたのは、彼がここに来てからのモビルスーツ隊と他の兵士との諍いがこちら側の全戦全勝だったと言う事だ。彼が伍長に降格となった最後の喧嘩などは一対二十と言う途方もない戦力差で、しかも相手は陸戦隊の生き残りの集まりと言うも猛者だったらしい。しかし彼は全くの素手で、しかもさしたる怪我もなく立ち向かって来た全員を完膚なきまでに叩きのめした。すぐ傍で観戦していたアストナージに言わせると「二度と歯向かおうなどとは思えないくらい圧倒的な力の差を見せつけて完勝」したと言うのだ。
 マークスがニナにその話をすると、彼女はほんの少し恥ずかしそうな顔をしながら、しかし確かに幸せそうな頬笑みを浮かべていた。
「モビルスーツに乗る為に軍へと還って来たのに来る日も来る日もケンカに明け暮れて、そんな事を考える暇もない。やっとの事でジムの調整を終えてさあこれから試運転って時にも、乱入してきた兵士を迎え撃つ為に一人でハンガーの外へと出でっちゃって …… ほんとに、昔から間が悪いのよコウは」
「でもそのお陰で今のオークリーになった? 」
 マークスが尋ねるとニナはコクリと頷いた。
「その時の彼はまるで指揮官の様だったわ。鉄拳制裁でのした相手に対しても必ずお見舞いに行って ―― もちろん懲罰房から出た後よ ―― ちゃんと謝って。で、その相手がまた喧嘩を売ってきたらまた叩きのめして謝って。そんな事を根気よく何度も何度も繰り返している内にみんなは少しづつ変わっていった、最初はコウに対する恐怖からだったのかも知れないけれど、彼がモビルスーツ隊を守るために戦っているのではなく、基地で未来を見失ったみんなの目を覚まさせる為に頑張っていると言う事を彼らが理解した時にこの基地は変わった」
 それが自分達のコールサイン『シャーリー白鷺』の由来である事をマークスはキースから聞いた事がある。古代インドでその名を冠した男は多くの人間を引き連れて神の元へと帰依したとされる、未来へと再び道を指し示したコウは二度とそれをみんなが見失わない様にその名前を残したのだ、泥の中で大きな翼を広げてジオンの紋章を咥える白い鳥の描かれた部隊章と共に。
「でもいつかその時はやって来る、コウがモビルスーツへと乗り込むその時が。彼の中に撒かれたガトーの種がどういう形でコウに変化を齎すのか、でもそれが芽吹いてしまったら私は果たしてそれを止める事が出来るのか。いろんな考えが私の中で浮かんでは消えて、でも答えなんか見つからなかった。いつも最後に残ったのはあの日のガトーの様に戦いを求めて私の元から去って行ってしまうと言う恐怖だけ、何度もその日を夢に見てはうなされて飛び起きた」
「それで伍長の初演習はどうだったんですか? 仮にも『悪魔払い』の名を持つエースパイロットだ、薬なんかなくったって隊長以上にモビルスーツを動かす事が出来たんでしょう? 」
「 ―― その日は、とうとう訪れなかったの」
 その呟きに思わず、え? と首を傾げた二人の前でニナは頭を振った。
「彼がみんなの為に拳を振るっている ―― それが私達の大きな勘違いだった。彼はそんな事の為に毎日いざこざを起こしていたんじゃない」
「ど、どうして? だって彼がいなければこのオークリーは恐らく未だにやさぐれた兵隊のうろうろする、無法地帯だった訳でしょう? 彼の功績のどこに勘違いの入り込む余地があるって言うんですか? 」
「そんな物の為にふるう暴力なんてありえない」
 マークスに応えたのはニナではなくアデリアだった。彼女は身体の脇に垂らした拳をぎゅっと握り締めて何かを思い出す様な、そしていたたまれない眼でニナを見ていた。
「あたしの時と同じだ、そうしなければ大切な物を守る事が出来なかった。 ―― そうよね、ニナさん? 」
「 ―― 彼は、それで隠していた。自分がモビルスーツに乗れなくなっていると言う事を」

 三人三様の顔でニナの言葉の真実を見つめるその薄闇に深夜零時を知らせる時報が小さく響く、黙の時を破ったのは韜晦に塗れたニナの悲しい声だった。
「私は知らなかった、ドク以外は誰も知らなかったっ。彼がその為にカウンセリングを受け、何度も何度もその原因を突き止めようとしていた事を。PTSD? シェルショック? 違う、そんなありきたりのもんじゃないっ! 彼がモビルスーツに乗れなくなったのは ―― 」
 叫んだニナが顔を伏せて両手で覆う、勢いで弾かれた涙の粒が微かな光の中を舞って床へと零れ落ちた。
「私があんな事を考えなければっ! 私がガンダムなんか創りさえしなければコウをあんな目にっ、彼の一番大事な物を諦めずに済んだかも知れなかったのにっ! 」
 嗚咽が、慟哭がニナの前に佇む二人から言葉を奪う。その先の言葉を尋ねる事さえ憚られる空気の中では、アデリアとマークスはただじっと時が経つのを為す術もなく見守る事しか出来ない。
「その続きは儂のほうから話そう」

 遠慮がちなその声は締めた筈のドアにいつの間にか生まれた隙間から忍び込んで来る。押し開けられて広がった空間から現れたのはくたびれた白衣を纏ったまま、片手に薬袋をぶら下げているモラレスの姿だった。
 突然の声と予期せぬ闖入者に慌てて振り返る三人の前で、彼はいかにも気まずそうな顔で後頭部を指で掻きながら言った。
「すまんな、そう言うつもりはなかったんじゃが …… じゃがそこから先の話は儂の方から説明した方が早いじゃろう」
 そう言うとモラレスは頭を掻くのを止め、後ろ手でニナの部屋の扉を静かに閉じた。


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