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No.32711の一覧
[0] 機動戦士ガンダム0086 StarDust Cradle ‐ Ver.arcadia ‐ 連載終了[廣瀬 雀吉](2023/07/03 19:06)
[1] Prologue[廣瀬 雀吉](2012/04/19 18:00)
[2] Brocade[廣瀬 雀吉](2012/04/19 18:01)
[3] Ephemera[廣瀬 雀吉](2012/05/06 06:23)
[4] Truth[廣瀬 雀吉](2012/05/09 14:24)
[5] Oakly[廣瀬 雀吉](2012/05/12 02:50)
[6] The Magnificent Seven[廣瀬 雀吉](2012/05/26 18:02)
[7] Unless a kernel of wheat is planted in the soil [廣瀬 雀吉](2012/06/09 07:02)
[8] Artificial or not[廣瀬 雀吉](2012/06/20 19:13)
[9] Astarte & Warlock[廣瀬 雀吉](2012/08/02 20:47)
[10] Reflection[廣瀬 雀吉](2012/08/04 16:39)
[11] Mother Goose[廣瀬 雀吉](2012/09/07 22:53)
[12] Torukia[廣瀬 雀吉](2012/10/06 21:31)
[13] Disk[廣瀬 雀吉](2012/11/15 19:30)
[14] Scars[廣瀬 雀吉](2012/11/15 19:32)
[15] Disclosure[廣瀬 雀吉](2012/11/24 23:08)
[16] Missing[廣瀬 雀吉](2013/01/27 11:57)
[17] Missing - linkⅠ[廣瀬 雀吉](2013/01/28 18:05)
[18] Missing - linkⅡ[廣瀬 雀吉](2013/02/20 23:50)
[19] Missing - linkⅢ[廣瀬 雀吉](2013/03/21 22:43)
[20] Realize[廣瀬 雀吉](2013/04/18 23:38)
[21] Missing you[廣瀬 雀吉](2013/05/03 00:34)
[22] The Stranger[廣瀬 雀吉](2013/05/18 18:21)
[23] Salinas[廣瀬 雀吉](2013/06/05 20:31)
[24] Nemesis[廣瀬 雀吉](2013/06/22 23:34)
[25] Expose[廣瀬 雀吉](2013/08/05 13:34)
[26] No way[廣瀬 雀吉](2013/08/25 23:16)
[27] Prodrome[廣瀬 雀吉](2013/10/24 22:37)
[28] friends[廣瀬 雀吉](2014/03/10 20:57)
[29] Versus[廣瀬 雀吉](2014/11/13 19:01)
[30] keep on, keepin' on[廣瀬 雀吉](2015/02/05 01:50)
[31] PAN PAN PAN[廣瀬 雀吉](2015/02/05 01:25)
[32] On your mark[廣瀬 雀吉](2015/08/11 22:03)
[33] Laplace's demon[廣瀬 雀吉](2016/01/25 05:38)
[34] Welcome[廣瀬 雀吉](2020/08/31 05:56)
[35] To the nightmare[廣瀬 雀吉](2020/09/15 20:32)
[36] Vigilante[廣瀬 雀吉](2020/09/27 20:09)
[37] Breakthrough[廣瀬 雀吉](2020/10/04 19:20)
[38] yes[廣瀬 雀吉](2020/10/17 22:19)
[39] Strength[廣瀬 雀吉](2020/10/22 19:16)
[40] Awakening[廣瀬 雀吉](2020/11/04 19:29)
[41] Encounter[廣瀬 雀吉](2020/11/28 19:43)
[42] Period[廣瀬 雀吉](2020/12/23 06:01)
[43] Clue[廣瀬 雀吉](2021/01/07 21:17)
[44] Boy meets Girl[廣瀬 雀吉](2021/02/01 16:24)
[45] get the regret over[廣瀬 雀吉](2021/02/22 22:58)
[46] Distance[廣瀬 雀吉](2021/03/01 21:24)
[47] ZERO GRAVITY[廣瀬 雀吉](2021/04/17 18:03)
[48] Lynx[廣瀬 雀吉](2021/05/04 20:07)
[49] Determination[廣瀬 雀吉](2021/06/16 05:54)
[50] Answer[廣瀬 雀吉](2021/06/30 21:35)
[51] Assemble[廣瀬 雀吉](2021/07/23 10:48)
[52] Nightglow[廣瀬 雀吉](2021/09/14 07:04)
[53] Moon Halo[廣瀬 雀吉](2021/10/08 21:52)
[54] Dance little Baby[廣瀬 雀吉](2022/02/15 17:07)
[55] Godspeed[廣瀬 雀吉](2022/04/16 21:09)
[56] Game Changers[廣瀬 雀吉](2022/06/19 23:44)
[57] Pay back[廣瀬 雀吉](2022/08/25 20:06)
[58] Trigger[廣瀬 雀吉](2022/10/07 00:09)
[59] fallin' down[廣瀬 雀吉](2022/10/25 23:39)
[60] last resort[廣瀬 雀吉](2022/11/11 00:02)
[61] a minute[廣瀬 雀吉](2023/01/16 00:00)
[62] one shot one kill[廣瀬 雀吉](2023/01/22 00:44)
[63] Reviver[廣瀬 雀吉](2023/02/18 12:57)
[64] Crushers[廣瀬 雀吉](2023/03/31 22:11)
[65] This is what I can do[廣瀬 雀吉](2023/05/01 16:09)
[66] Ark Song[廣瀬 雀吉](2023/05/14 21:53)
[67] Men of Destiny[廣瀬 雀吉](2023/06/11 01:10)
[68] Calling to the night[廣瀬 雀吉](2023/06/18 01:03)
[69] Broken Night[廣瀬 雀吉](2023/06/30 01:40)
[70] intermission[廣瀬 雀吉](2023/07/03 19:04)
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[32711] Missing - linkⅡ
Name: 廣瀬 雀吉◆b894648c ID:41c9b9fd 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/02/20 23:50
「ヘンケンさんはセシルさんとどこで知り合ったんですか? 」
 話の流れを遮っていきなりそう尋ねて来たコウの顔をヘンケンはまじまじと見詰めた。収穫の無事を祝って設けた二人だけの宴席はたけなわとなっても物静かな居住まいを残し、それは手元に置かれたオールドバカラの輝きを一層引き立たせている。多少ガタは来ているものの月夜の静けさをそのまま部屋の中へと取り込むこの空間をヘンケンは妙に気にいっていた、勿論今目の前で真剣な面持ちで尋ねて来るこの青年の事も。
 どういう心境の変化だとヘンケンは少しの間手の中のショットグラスを弄んだ後に、人の悪い笑顔を浮かべて上目づかいにコウに言った。
「 ―― 藪から棒にそんな事を俺に聞いて来るって事は …… さてはどこかに気になる女の子でも出来たって事か? 」
「あ、い、いや、そういう事じゃなくて。 …… 二人を見てるとすごく羨ましくて。赤の他人同士が一緒になって生活する、それなのに夫婦と恋人同士ではどこか違う。その違いって何なんだろうって」
「簡単だ。恋人同士では逃げられるが夫婦同士では逃げられない。切り捨てられるか否か、それだけの事だ」
 ヘンケンの手がガタつくテーブルの上に置かれた傷だらけのボトルへと伸びて、その中身を空になったまま置かれているコウのグラスへと注ぎこむ。製精度の高さを物語るその粘りが注ぎ口の上でトクトクと鳴った。
「そうだな、分かりやすく言うと例えば君が戦場で片腕を失ったとしよう。その姿を見て助けてあげなきゃと考えるのが恋人、そんな事を考えもしないのが夫婦って事だ」
「? それじゃ恋人の方が相手を思いやっている様に聞こえますが」
「助けてあげなきゃと考える事には助けないと言う選択肢も残っている。だが夫婦はそんな事を考えない、相手を助けるのが当たり前なんだ。他動的か自動的か ―― その差を埋められるかどうかが長続きするコツだ」
 いまいち釈然としないコウに向かってニヤリと笑い、手の中のグラスを軽く差し上げて中身をちびりと啜る。背凭れに腕を預けて身体を傾けたヘンケンが少し首を傾げて目を閉じた。
「セシルと俺は同じ巡洋艦の部下と上司でな、まあ有体に言えば職場恋愛って事になるんだが ―― 知り合ったのはお互い別の船に乗っていた頃からだ。そん時ゃあいつのほうがいい船マゼランに乗ってたんだぜ」
「船? じゃあセシルさんとヘンケンさんは ―― 」
「二人とも一年戦争の生き残りさ、今の俺達の年代じゃあ石投げりゃ当たる位にありふれたレッテルだけどな。欠員だった俺の船の副官にあいつがやって来た時にゃみんなが目を疑ったモンだった、なんでこんな女が輸送巡洋艦の副官なんぞに志願したのかって。面と向かって断ってやろうと思ったらセシルの奴いきなり「私に生き恥を晒させた責任はどうとって頂けるのでしょうか」だと」
 肝心なところをぼやかしてはいるものの、少なくともセシルとの出会いに関しては嘘ではない。まるで孕ませた責任を求める女性のように詰め寄る彼女に向かって彼は有効な迎撃手段を構築する事が出来ない。転入手続きから私物の搬入に至るまでのありとあらゆる反攻手段を完全に封じられたヘンケンは、外堀を埋められた城の城主よろしく諸手を上げて彼女の卓越した手腕に白旗を上げるしかなかった。その時の経緯を苦笑いを浮かべながら思い出すヘンケンではあったが、それから現在に至るまでに二人の周りで起こった環境の変化はけっして口外できる代物ではない。
 自分達が反ティターンズの為に雌伏の時を過ごす仮初めの夫婦だと彼が知ったら、彼は今の話をどう思うだろうか? だがまだこんなものじゃない、こういう時の為に練り上げた嘘を自分は彼に向かって告げ、そして信じ込ませなくてはならないのだ。
 二人が特命を受けて宇宙から地上に降りた事は、彼らが属する組織の関係者以外誰にも知られてはならない極秘事項なのだから。

「一年戦争が終わって軍に残るか否かの選択を迫られた俺達は今後の身の振り方を考えていた。そんな時に丁度この話が人事の方から舞い込んで来てな。まあ、あの一年戦争を生き延びたんだ、これからはゆっくりと現場を離れて暮らすのも悪くないかな、と。セシルもそんな俺の選択を歓迎してくれてな。それからはここで物作りに勤しんでいるって訳だ」
「 …… 自分もそんな人を知っていました。でも、その人は全てを諦め切れずに再び戦いへと赴いた。その時の彼の選択は間違っていないと自分は思っています。ですが残された人は ―― 」
 視線を落としたバーボンの液面がゆらりと拡大して二人の人影をコウの視界へ誘った。ケリィ・レズナーとラトーラと言う二人の幻影、思い出してしまったのはヘンケンが何気なく使った「隻腕」云々の表現による物なのだろう。ケリィは彼女の支えを拒んで戦場へと再び舞い戻る、袂を分かった二人を永遠に引き裂いたのは、自分。
 それは拭い切れない自分の犯した罪の一つであり、決して忘れる事の出来ない、忘れてはならない記憶なのだとコウは今でも信じている。
「それは人の生き方であって夫婦としての在り方じゃない。俺はセシルと共に生きる事を選んだが君の思うそいつは違ったと言う事だ。自分の命を燃焼できる世界を戦いに求め、自分が求めた戦場に共に生きようとした人物を連れて行く事は出来ないと分かっていた。 …… 離れたくないと思いながらもあえて切り捨てなければならない、悲しい事ではあるがそれも愛情と言う形の一つなんだろうな」
「じゃあ、ヘンケンさんはもし万が一自分が戦わなくてはならなくなった時 ―― 」
「セシルと行くさ」
 あっけらかんとそう告げたヘンケンは煙草を手に取った。ゆったりとした仕草で火を点し、一口大きく吸ってから煙草を吸わないコウを気遣い頭上を見上げて紫煙を吐き出す。隙間だらけの壁面から吹き込む外界の風に乗ってゆっくりと移動するその行方を酔いの回った目でぼんやりと眺めた。
「それが俺とセシルの共有する価値観なのさ。あいつを置いて行かない、俺を一人では行かせない。 ―― まあ、セシルに改まって聞いた事ぁないんだが、多分あいつもそう言うだろう。漕ぎ出す海がどれだけ時化ていても舵と帆の向きが同じならば船は必ず嵐を抜ける、それが夫婦パートナーとしての在り方だと俺は思う」
 それは夫婦等ではなく純粋な上司と部下の関係である事をヘンケンは語らない。ただ赤の他人同士が見えない絆で結ばれているという点においてはどちらも同じ意味を持つと思っている。セシルと言う人間を完全に信頼しているからこそ生み出される関係は夫婦にも勝るとも劣らぬ繋がりを持って二人を結び付けているのだろうと。
 もっとも自分の世話で手を焼いているセシルにこんな事を言ったら多分迷惑そうな顔をするとは思うが。
「 …… そう言い切れる事が、ヘンケンさんが自分には羨ましいです。自分にそんな強さはありません。自分が生きる事で人を傷つけ悲しませる位なら、自分は」
「そいつと同じ道を選択したって訳だ。なるほど ―― 」
 声音の変化にはっとしたコウが顔を上げるとそこにはヘンケンの静かな眼差しがあった。心の底まで見透かす様な瞳に厳しさと、ほんの僅かな憐みを携えて彼は言った。
「では君はなぜここにいる? 」
 ヘンケンが手にした煙草を灰皿代わりに使っていたエボニーの餌の空き缶に置いた。紫煙が緩やかに二人の間を立ち上って、頭上で仄かな明かりを放つ裸電球の光を薄める。
 言外に籠められたヘンケンの言葉の意味に打ちのめされながらコウは口を噤んで目を伏せた。

                                *                                *                                *

 ソロモン ―― その響きに一入の感情を持つアデリアの表情が曇りを見せた。最愛の姉を失った、そして自分の夢の一つを取りこぼしたあの場所はまたしても自分の大切な人から大事な何かを奪ったのか。やり切れない思いと行き場のない憤りが彼女の内に渦巻き、それはいつの間にか腕の震えへと変わっていた。
「今わの際に残したバニング大尉の言葉が全ての始まりだったわ。星の屑の作戦要項を手に入れその内容を読み伝えている間に彼は爆死した、最期にコウへと伝えた言葉はガトーがソロモンに現れると言う事だけ」
「83年のコンペイ島 …… たしか観艦式の最中にコンペイ島の融合炉が暴走して大爆発を起こしたって ―― 」
 マークスの言葉を受けて頷くアデリア、その事故は二人の記憶にも新しい。一年戦争後初めて実施された観艦式の最中にコンペイ島の核融合炉が突然暴走を始め、大勢の技師の犠牲も空しく炉心溶融からの核爆発を起こしたそれが参加した連邦軍の艦艇の約三分の二を呑みこんでしまったと言う大惨事。当時士官学校に通っていた二人はそれぞれの場所でこのニュースを耳にし、大勢の軍人があるべき死に場所ではない所で命を落とした事に心から哀悼し、それと同時に自分達がまだそこに行く事が出来なかったと言う幸運に心から感謝した物だった。
 ニナは無言で小さく頭を振った。
「それは『星の屑』と呼ばれる作戦行動のプロローグ。奪われたガンダム二号機に搭載されていた核弾頭はガトーの手によって観艦式宙域のど真ん中に撃ち込まれたのよ」
「 …… なん、です、って? 」
 予想も出来なかった真実を目の前にしたアデリアの顔が紅潮する、その問い掛けはまるで鞭のようにニナの良心を叩く。痛みに顔を背けた彼女の肩が震え、その両手は耐え忍ぶように固く結ばれる。
「あたしの、お姉ちゃんが死んだ海で ―― 核が」
「その弾頭は私が貰っていた資料の数値を遥かに凌ぐ破壊力を持っていた、そして宇宙で核が使用された前例は、ない。 …… 自己拘束型熱核弾頭Mk-82と呼ばれるその兵器は一瞬にして何百隻の軍艦と数えきれないほど大勢の命を呑みこんだ …… 私は自分の作ったガンダムが犯した罪を、ただ、見ている事しか出来なかった」
 まるで内側へと収束する様に力を込めるニナ。息を止まらせ、言葉を止めて過去の記憶に苛まれるその姿をじっと見つめる事しか出来ない傍観者の二人。黙を埋める苦悶の吐息がほんの少しの間物語を遮って、しかしそれはニナ自身の手で再び始められた。
「私は、コウとガトーがもう戦う事はないだろうと思ってた、圧倒的な数と戦力を誇る連邦軍にデラーズの艦隊が勝つ事など考えられないって。たとえ彼らがソロモンで何かをしようとしてもあっという間に阻止されるに違いない、私のフルバーニアンを操るコウならばガトー以外の敵に墜とされる筈がないのだから …… でも、甘かった」
 不意にニナが顔を上げて虚ろな視線を宙へと走らせる。暗闇に浮かびあがる過去の罪を躊躇いがちに口にした。
「そこにはもう、何もなかった …… コウとガトーを隔てる、全てが」

                                *                                *                                *

 これがガトーの棲む世界なのか。
 締めあげられ揺さぶられ叩かれる、絶え間ない慣性の恩恵に体中の液体と言う液体が偏りありとあらゆる臓器が震える。網膜に集まる血量によって変化する景色の色彩の中で敵の位置を示す数値とマーカーだけがコウの意識を繋ぎ止める。
 猛烈な戦闘機動でデブリだらけの宇宙を駆け抜けるフルバーニアンは推進剤の残量を見る見るうちに減らして双子の兄弟の影を追う、しかし彼の努力を嘲笑うかの様に身軽になった二号機はその性能をいかんなく発揮してフルバーニアンの攻撃を躱し続けている。
 星は消え、光が流れて世界が変わる。たった二人だけの世界で対峙を続ける彼らは命を賭けて刹那を削り続ける、どれだけの時間がたった? 何秒、何分、何時間? 概念すら失いつつあるコウの目の前へと現れる敵の機体。
 致死の輝きを目の前にしてコウの身体は考えるよりも早く右手のコントロールレバーを操った。

「ウラキ機、被弾っ! 」
 オペレーターのシモンが目の前に置かれたテレメーターの点滅に向かって叫んだ。膨大な出力のミノフスキー・ドライブはフルバーニアンの左肩へと届くや否やいきなりルナ・チタニウムの複合装甲を飴でも溶かす様に抉り取る。せり上がる恐怖に声を上げる事すら忘れたニナの耳に、艦橋のスピーカーから雑音混じりのコウの怒鳴り声が飛び込んだ。
「 ” まだあっ! ” 」
「ウラキ機、フロントスラスター展開っ! フルブーストっ! 」
 シモンの声と同時にスピーカーからものすごい轟音が艦橋内を席巻した。耳を塞ぎたくなるような不気味な地鳴りの中を、何事が起きたのかとシモンへと視線を向ける全てのクルーに逆らってニナが悲鳴を上げた。
「だめっ、やめてコウっ! ガトーと一緒にあなたまで死んじゃうっ! 」
「機体表面の温度が急激に上昇中、胸部第一装甲板が溶け始めてますっ! 」
 ニナの声に被せる様にシモンが叫ぶ、足をガクガクと震わせながら口を手で塞いでじっとスピーカーの方へと苦しげな目を向けるニナ。ぬう、と一言唸ったまま肘かけの上に置いた手を固く握ってシモンを見上げるシナプス。                  
「Iフィールドの侵食止まりませんっ、ウラキ機の損傷15パーセントに ―― メインバーニア二番離断っ! 」
「いやあ、コウっ! 」
「 ” わあああぁっっ!! ” 」
 それは断末摩の叫びだと、耳にした誰もがそう思った。

 最初からそこに決めていた。
 コウはハレーションを起こしたモニターを見つめながら手にしたサーベルを逆手に構えて振り上げた。降ろす場所は二号機の動かなくなった左腕の根元、きっとそこには二号機の肩を覆うフレキシブル・スラスター・バインダーのエンジンが隠されている筈。出力全開で伸ばされたビームの切っ先がコウの叫び声と同時にその一点へと振り下ろされた。

 最初に大きな爆発音、次いで籠もった様な小さな音が断続的に。そこにいる全員がコウの敗北を確信 ―― それは彼の死と同義だ ―― した瞬間に、騒々しくなったスピーカーから有り得ない声と信じられない報告がアルビオンの艦橋へと轟いた。
「 ” こちらウラキ、二号機を撃破っ! 行動不能を肉眼で確認っ! ” 」
「観測員、どうだっ!? 」
 撃墜報告ダウンレポートを受けたシナプスが即座に艦橋最上部に鎮座する観測室員へと檄を飛ばすと、超望遠レンズでその事実を目撃した観測員ですら余りの興奮に声が上ずる。
「 ” ま、間違いありません二号機撃破っ! 『ソロモンの悪夢』撃墜アナベル・ガトー ロストっ! ” 」
 爆散する絶望と爆発する歓声、だが所属するエースが上げた大金星に湧くアルビオンの中でただ二人だけがその後に起こるであろう深刻な事態へと目を向けていた。シモンが表情を曇らせながらヘッドセットへと叫ぶ。
「ウラキ少尉、こちらでも二号機の撃墜を確認。ですが中尉の機の損傷も ―― 」
「 ” 分かってる、一号機も大破したっ! コアファイターはメインバーニアの損傷で使用不能、これから単独での離脱を試みるっ! だれか、誰か味方をここへっ! ” 」
「了解しました、直ちに付近の機体をそこへと向かわせますっ! スーツの救難シグナルを発信して一刻も早くそこから離れて ―― 」
「 ” ちがう、そうじゃないっ! ” 」
 シモンの呼びかけがまるで見当違いだと言わんばかりに怒鳴るコウ、シートベルトを乱暴に毟り取る彼の焦りが衣擦れの音と混じってシモンの耳に飛び込んで来た。
「 ” 誰か、誰か奴をっ! ガトーはまだすぐそこにいるっ、早くっ! ” 」

「 ” こちらキース、現在ウラキ中尉の救出に向かって ―― だめだ、コウっ! 敵機ボギー3、奴らもそちらへ向かってる、あっちの方が早いっ! ” 」
「ウラキ中尉、すぐに現場から離れてっ! ここままではあなたが敵の捕虜になる可能性がっ! 」
「 ” くそっ! ここまでやってやられ損かっ!? ―― せめてディスクを、これだけはニナに ―― ” 」

「もうやめてっ、コウっ! 」

 不安と恐怖に押しつぶされて、ただ成り行きを見守っていたもう一人 ―― ニナの叫びが艦橋に木霊した。そこで初めて事態の深刻さに気付いたクルー達が声を潜めてニナへと目を向ける、刻一刻と迫るピリオドの恐怖に打ち震えながらも彼女は必死の形相で、宇宙の彼方に一人取り残されたままのコウに向かって呼びかけた。
「ディスクなんてもうどうでもいい、お願いだからっ! 」
「 ” …… ニナ、か? どこにいるんだ、まさか艦橋にっ!? 何で中央ブロックにいないんだ! ” 」
「そんな事どうでもいいっ、お願いだから早くそこから離れてっ! 」
「 ” ばかな、なんて事を言うんだっ!? ” 」
 それは今まで積み重ねてきた二人の努力を失う事と同じ意味だ、おいそれと棄てられる物ではない。コウは開発者であるニナの口からそんな言葉を聞くとは想像していなかったのだろう、だが驚愕に塗れた声で尋ね返したコウに向かってニナは同じ言葉を泣きながら何度も繰り返す。
「お願い、おねがいだから ―― 早く、帰ってきて。お願い」

「 ” ―― 分かった。 …… すまない、ニナ ” 」
 唸る様に呟いたコウの声の背後では既に暴走を始めたジェネレーターが不協和音を響かせて彼の声を霞ませる。ブッっという不快な音と共にアルビオンとフルバーニアンを繋いでいた会話の糸は永遠の眠りについた。

 コウが脱出した事を知らせる救難信号がシモンのモニター上へと浮かび上がる。安堵の溜息を一つ洩らしたシモンは全ての仕事を背中合わせに座っているスコットに預けると、静かに席を立って階段を下りた。シナプスの脇を通り抜けて足を向けた先、そこには跪いたまま項垂れるニナがいる。
「 …… ウラキ中尉は無事ですよ、キース少尉が彼を保護した事を確認しましたから。さあ元気を出して、これで全て終わったんですから」
「二号機爆発します、一号機も誘爆を始めましたっ。観測室から映像来ます」
 オペレーター席のスコットが頭上のモニターを見上げながら報告する、蹲ったニナとその肩へと優しく手を賭けたシモンが同時に天を仰いでその光景へと視線を注いだ。不鮮明ながら連鎖的に爆発を繰り返して砕けていく二つのガンダムを呆然と見詰めるシモン、ガンダムの不敗神話が音もなく崩れていく瞬間に立ち遭った事の不幸をじっと噛み締めて声を失う彼女の代わりにニナがぽつりと呟いた。
「どうして、彼らが」
「彼ら? 」
 思わず尋ねたシモンを尻目にニナは尚も言葉を重ねた。その光景を耳を澄ませながらじっと見つめるシナプス。
「 ―― どうしてあの二人が戦わなくてはならないの? 」

                                *                                *                                *

「戦争だもの、敵同士が戦うのは当たり前じゃない」
 冷たく言い放つアデリアに向かってマークスは非難の目を向ける、だが彼女はそんな無言の圧力を全く無視して尚もニナに対して鋭い視線を向けていた。
「ニナさん、一つ聞いていい? …… ニナさんにとってのガトーって、一体何なの? 」
「私にとっての、ガトー? 」
 不思議そうな眼を向けるニナと何かに憤ったままのアデリアの目がそこで出会う。
「そう、何でニナさんはさっきからガトーの事を『彼』って呼んでるの? ニナさんは伍長の事が好きなんでしょう? だったらその人を殺そうとする敵は絶対ニナさんの敵じゃない。それなのに …… いくら死んだ人だからってそんな言い方しなくても。それじゃあ伍長があんまりだわ」
 説教の様に言い連ねるアデリアに向かってニナが浮かべた頬笑みはどこか自嘲的ですらある。マークスはその顔が再び静かに項垂れるまでじっと行方を追い掛けていた。
「 …… 私ね、コウと知りあうずっと前からガトーを知ってたの」
「え、…… 何? 」
 唐突に告げられた真実に二人は思わず目を丸くした。
「彼と私が出会ったのは私がまだアナハイムに入る前の事だったわ。アナハイムのテストパイロットだと名乗った彼に興味があったのは確かだけれど、それよりも私は彼の生き様や考え方に憧れた。だれにも頼らずに孤高を貫こうとする彼の出で立ちが、その時の私が住んでいた世界にはとても眩しく見えたの。 …… 今考えればもうその時には『星の屑』は始まってたのかもしれない、彼は私がアナハイムへ入社が決まったと同時に私の前から姿を消したの。サヨナラの一言も言わずに、ね」
「じ、じゃあニナさんはあの『ソロモンの悪夢』の、元カノって ―― 」
「あの頃の二人の付き合い方を本当にそう呼べるのかどうか。…… もしかしたらそれは私の独り善がりで彼はそうは思ってなかったのかも知れない。彼に認めてもらおうと必死になって大人の振りをして背伸びをして、そんな私をジルはいつも優しい目で見つめてた」
「ジル? 」
「ジルベルト・フォン・ローゼンスタック、それが出会った時に名乗っていたガトーの名前。音信不通になった彼を探す為に私はアナハイムの膨大な社員名簿を隅々まで調べた、でもそこにジルの名前は存在しなかった。 …… まるで夢の様な日々、覚めてしまえばそれでお終い」
 その時ニナの瞳から自らを蔑む様な光が消えた。代わりに浮かんできた物はどこかしら温かさすら感じる穏やかな頬笑み、それは二人が初めて目にしたニナの心からの笑顔だった。
「私はコウと知り合って初めて人を好きになる事の意味を知ったわ。何も飾らずにただありのままのお互いをぶつけ合う、どんなに嫌いになろうとしても諦めようとしてもそれが出来ない。コウと一緒にいる事こそ私が私でいる為に最も必要な事なんだと、私はコウから教わった」
 だが彼女はそれを手放してしまったのだ、たった一つにして唯一の存在を。なぜだ?
 マークスの目に浮かんだありありとした疑問の光に何も答えず、ニナは後ろ手でモニターのスイッチを押した。年代物の液晶がぶん、と言う音と共に点灯してコウのデータを再び浮かび上がらせる。
「この機体は私の友達、ルセット・オデビーが作ったの」
 懐かしい目で画面を眺めながらニナがぽつりと言った。
「機体自体のコンセプトの発想は私。一号機と二号機はどちらもモビルスーツが一戦力として稼動する為の究極の性能を求めて私自身が手がけた物 …… でもこの三号機は違う」
 ニナの指がキーを軽く押した。画面が切り替わりあの日のコウが記録した兵装選択コマンドのデータが呼び出される。
「ガンダム自体をコアブロックの様に定義して、その本体に多種多様な兵器を詰め込んだコンテナを抱えて戦場を制圧する巨大な武器庫 ―― これ一機で一艦隊を壊滅させる事の出来る大量殺戮兵器、それが『AERX-78GP03・デンドロビウム』」
「戦場を制圧、一艦隊を壊滅? 馬鹿な。そんな事がたった一機のモビルスーツで ―― 」
 マークスの口から零れ出した疑問を封じたのは緩やかに動くニナの指だった。画面が切り替わったかと思うとそこには二人がまだ目にしていなかったデータが映し出された。兵装選択コマンドのデータを細分化してデンドロビウムの各コンテナに収められた兵種ごとに分けた分析結果 ―― どの武器が最も多くの敵を殺したか。目を大きく開いて見入る二人、3D表示で示されるその空間は想像以上に広大でしかも敵である事を示す赤い点に埋め尽くされている。だがそれがタイムゲージの進行と共に次から次へと✕に変化していくのを見て、思わず驚きの声を洩らした。
「 …… な、なんだよこれ。たった一機で、一方的じゃないか」
「あの日のコウが挙げた戦果がこれ。機動巡洋艦ザンジバル1、重巡チベ3、軽巡ムサイ7、モビルスーツに至ってはその宙域に展開していた敵の80パーセント以上を撃破もしくは戦闘不能に至らしめた」
 こともなげに事実を告げるニナの口調は紛れも無く技術者としての冷酷な響きを持っている、ことこの分野に関してはニナはそのスタンスを捨てる事は出来ないのだ。信じられないと言った面持ちで耳を傾ける二人にニナは更に言葉を続けた。
「でもこの機体には致命的な弱点があった。『ステイメン』と呼ばれるガンダム本体とそれを収納する母機の『アームドベース・オーキス』二つを一人のパイロットが操る事によって様々な戦場の局面に対応出来る様に開発された機体にはそれぞれの機構に対応したOSを必要とする。でも人はそんなに器用じゃない、目まぐるしく変化する戦況に応じて全てのデータの取捨選択を行うと同時に敵に対して最も効率的な兵装を選択して実行する。―― それも巡洋艦のエンジンを積んだ機体をGに耐えたままで操りながら」
「しかしこの機体がロールアウトしたって事はテストはしてたんでしょう? だったらその間に二つのOSを統合した物を搭載し直す事だって ―― 」
「 …… それを実証する為にテストをしていた02号機は偶発的に起こったテスト宙域での戦闘でパイロットごと破壊されたわ。コウが乗ったのは私が書き残したコンセプトをそのまま形にした01号機、そしてそれは02号機以上に人の手には余る物だった。 …… たった一つの可能性を除いては」
「可能性? 」
 マークスの問いにニナの顔が曇る。胸の内から溢れ出る痛みに顔を顰めて、しかしそれを押し留める事を諦めた様に顔を伏せ、強く瞼を閉じた彼女が振り絞る様な声で告げた。
「薬物よ」

 確かに戦時中、前線の兵士は敵前の恐怖を紛らわす為に『そういう類』の物を使用していたと言う噂を聞いた事がある。だがその話には大概オチがあって一年戦争が終わってからもその誘惑に耐えきれずに戦場を求めて幽鬼の如くに彷徨い歩くと言うのだ。その噂が話半分だと考えてみてもやはり一度そう言う物に手を出した人間がまともに社会復帰できる等とは考え難い、もしこの話が兵士の薬物使用を戒める為に考え出された物だとしたら連邦の広報部には何らかの感状を与えるべきだろうとマークスは思う。
 しかしその噂話をコウに当てはめるのは少し無理がある。たった一度チラリと見ただけではあるがバイクに跨った彼の姿は男の目から見ても逞しく、かつ凛々しくあった。とても何か病的な物に侵されている様な気配など感じられない。アデリアと違って様々な基地を転々と渡り歩いてきたマークスには、そういう人間がどういう雰囲気を持っているかと言う事を何人も目にして来てよく分かっているのだ。
「OSを書き換えない状態であの機体を操る、その為に考えられる事は『操る側の反応速度を上げる』事が最も有効な手段。 …… そう言う戦闘薬が開発されれば『デンドロビウム』は連邦にとって最も有益な兵器になり得る。でも私はそこまで試案を書き記してこの機体の開発を破棄したの。私にとってのモビルスーツはパイロットとエンジニアが協力してそのポテンシャルをフルに発揮するのが理想の形、でもこの機体はパイロットを自分の中へと取り込んで一個の部品の様にしてしまう。ただの歯車に」
 ニナが顔を覆ってその表情を二人から隠した。くぐもった声で告げられる事実に籠められた痛恨と韜晦は、二人には見えなくてもよく分かる。
「そんな物が出来る筈がないと私は思ってた。まさかルセットがそんな物を使ってまであの三号機を動かそうとする筈がないって …… でもそれはその時すでに出来上がってた、パイロットの反応速度を増大させる神経伝達促進剤『PI4キナーゼ・タイプⅣ』と呼ばれた、この機体を操る為だけに開発された試薬が」

                                *                                *                                *

 医者を探しに格納庫を飛び出すコウの叫びを背中で聞きながら、ニナは自分の膝の上で力なくもたれかかるルセットの身体を渾身の力で抱きしめた。あたたかい、温かいのにその命は今にも失われようとしているのが分かる。苦しげな息と目の前に広がる真っ赤な染みが彼女の命の砂時計を無情なまでに減らし続けている。
「ルセットっ、しっかりして! 今コウがドクターを呼んで来るからっ! 」
 瀕死の怪我人を動かしちゃいけない、だがなぜ揺すぶってしまうのだろう。そうすれば彼女が一命を取り留めると信じているかのようにニナはルセットの身体を小さく、何度も揺さぶった。懸命の呼びかけに応えるかのようにルセットの瞼がうっすらと開く、だがそこにはもう以前の様な勝気で挑発的な瞳の輝きはなかった。
「 …… わたし、どうして ―― 」
「喋らないで、もうしゃべっちゃダメっ! 」
「 …… どうして、中尉をかばっちゃったんだろう。変よね、わたしらしくもない」
 焦点の合わない瞳がそっと頭の上にある白い巨体へと注がれる。デンドロビウムを動かす為の核となるガンダム、関係者の間で『ホワイト・フェアリー』と呼ばれるステイメン。だがルセットの視線を追う様にそれを見つめるニナの瞳には明らかな憎しみが宿っていた。
 私の世界から次々に大事な物を引き千切っていくこんな物が妖精である筈がない。正義の使者である訳がない。
 戦争と言う悲劇の中で数々の輝かしい戦果を喧伝された特別な機体と名称、だがそれは一部の矮小な輩によって仕組まれた卑劣な情報操作だ。それはこの機体を手掛けてその悲劇の数々を目の当たりにし続けてきた私だからこそ、分かる。
 これは、悪魔の名だ。
「わたし、どうしても三号機をもう一度動かしたかった。デフラの死を無駄にしたくなかったの、だから ―― 」
「ルセットっ! もう、」
「負けたくなかった、あなたに。 …… 仕事でも、恋でも」
 微かな笑みを湛えながら零した彼女の言葉にニナは慄然として言葉を止めた。残り少ない瞳の輝きと焦点がステイメンからニナの顔へと戻って、ルセットは尚もニナへと告げた。
「私、ジルがガトーだとすぐに気付いた。あなたは、彼が二号機を奪ったと知った上で一号機のデータを取り続けてるんだと思ってた。自分の生み出した作品がどれだけ成長するのかを技術者として見極める為に、全てを捨て石にして。 …… でも、違ったのね」
 震える手の中でルセットの身体が冷めていくのが分かる、友である故の洞察と結論の確かさにニナは驚き、しかしそれを最期に遺い残そうとしている彼女の優しさに心を打たれた。無言で頭を垂れる事でしか彼女の言葉に報いる術がない。
「あなたが …… ジルよりも、中尉を、心から愛している、なんて。 …… 今なら分かる、だからあなたは中尉を乗せたくなかった。 ―― 三号機っ、」
「あの二人は互いに呼び合っている、まるで魂が繋がってる様に。…… どちらかが斃れてしまうまで、死んでしまうまで終わらない。私はどんな事をしてでもその連鎖を断ち切りたかった、例え自分の夢や野望を全て失ったとしてもコウだけは守りたかった。だから ―― 」
「 …… 無責任、ね」
 まるで子供の悪戯を咎める様な口調でルセットは言うと、すぐに大きく息を継いだ。瞳が空しく宙を彷徨い、大きく肩で息を始める。その瞬間が訪れる前に、とルセットは残った力のありったけでニナへと伝えた。
「三号機を、おねがい。…… あなたにしか頼めない。あなたの為に、つかって」
「わたし、のため? なぜ、わたしが」
「もう、にげちゃ、ダメよ。ニナ」
 その言葉に籠められた多くの意味に気付いてはっとするニナ、弛緩を始める筋肉を捨てて全ての力を顔へと注ぎこんだルセットの表情は微かに笑っている。
「ご両親から、ジルとの別れから、ガンダムから、そし、て、彼らが迎える結末から ―― もう、にげちゃ、だめ。立ち向かいなさい、ニナ・パープルトン」
 彼女の手を強く握り締めるニナの目尻から涙が零れ始めた。血の気がなくなり蒼白くなったその肌に取り残されたルージュだけが異様に紅い。

 閉じてゆく世界と共に失われていく感覚、遠ざかる現実の輝きをぼんやりと眺めながらルセットはその時を待っていた。死と言う物はもっと痛みと苦しみを伴う物だと思っていたが、不自由になる言葉と思考を除いては何の不都合もない。解き放たれる魂はこんなにも自由になれるのだとルセットは全てを受け入れようとした。
 だがその瞬間彼女は思い出す。
 自分は全てを託そうとしている友人に大切な事を言い忘れていると言う事を。
 ステイメンの座席の下に置かれた医療用キット、その中に隠された魔法の薬の存在。始から始まって解に至る三本のインジェクター、それはニナ自身が提案しながら三号機を廃案にしようとした根源。
 
 私は彼女が中尉をただの道具としか見ていない物だと思い込んでいた、だから私も彼をただの道具として受け取っていいのだと理解した。彼が完熟訓練を終えて実戦へと向かう時必ず必要になるであろうそれを私は彼の為に用意した、一通の嘘の手紙メッセージと共に。
 だがそれが誤解だったと分かった以上、それを彼に手渡してはならない。もし彼がそれを使ってしまえば全てが変わる、きっとニナが最も恐れていた事が起こるに違いない。
 だめだ、このままじゃ私は死ねない。
 ニナを苦しみの淵へと追いやったまま逝ってしまう事なんて。

「 ”ニナ …… ” 」
 もう力が出ない。
 死に塗りつぶされていく自分に残された物は余りに少なく、それを遂げる為には後悔と言う物が余りに多すぎる。暗闇の中に輝く小さな光の粒に向かってルセットは、残された命の全てを傾けて最期の言葉を探し続ける。

 ルセットの身体が死の痙攣に囚われて細かな振動をニナへと伝える、取り戻せない友人の命に追い縋るニナはその顔に覆いかぶさってあらん限りの声で呼びかけた。
「ルセット、だめっ! 目を開けて、私を見てっ! 何か言って、お願いっ! 」
 その呼びかけが功を奏したかのようにルセットの瞼がうっすらと持ちあがる、彼女は濁ったままの瞳で何かを探し求めながらその言葉を口にした。
「 ―― ニナ …… ごめ、ん」
 言葉の意味を計りかねたニナがその意味を問い質そうとした瞬間に、遂に彼女にその時が訪れた。真っ赤な胸が一つ大きく膨らんだかと思うとそれは見る間にしぼんでいく、全ての力が床の血だまりと共に流れ出てしまったかのように失われて彼女の重みが全てニナの膝へと圧し掛かる。
 ほんのりと浮かんだままの笑い顔だけが痛みを覚えずに永遠の旅路へと向かう彼女にとっての救いだったのか。ニナは誰の目も憚る事無く、自分としのぎを削って競い続けた友人の最期を溢れだす涙と慟哭の嵐で見送る事しか出来なかった。


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