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No.32711の一覧
[0] 機動戦士ガンダム0086 StarDust Cradle ‐ Ver.arcadia ‐ 連載終了[廣瀬 雀吉](2023/07/03 19:06)
[1] Prologue[廣瀬 雀吉](2012/04/19 18:00)
[2] Brocade[廣瀬 雀吉](2012/04/19 18:01)
[3] Ephemera[廣瀬 雀吉](2012/05/06 06:23)
[4] Truth[廣瀬 雀吉](2012/05/09 14:24)
[5] Oakly[廣瀬 雀吉](2012/05/12 02:50)
[6] The Magnificent Seven[廣瀬 雀吉](2012/05/26 18:02)
[7] Unless a kernel of wheat is planted in the soil [廣瀬 雀吉](2012/06/09 07:02)
[8] Artificial or not[廣瀬 雀吉](2012/06/20 19:13)
[9] Astarte & Warlock[廣瀬 雀吉](2012/08/02 20:47)
[10] Reflection[廣瀬 雀吉](2012/08/04 16:39)
[11] Mother Goose[廣瀬 雀吉](2012/09/07 22:53)
[12] Torukia[廣瀬 雀吉](2012/10/06 21:31)
[13] Disk[廣瀬 雀吉](2012/11/15 19:30)
[14] Scars[廣瀬 雀吉](2012/11/15 19:32)
[15] Disclosure[廣瀬 雀吉](2012/11/24 23:08)
[16] Missing[廣瀬 雀吉](2013/01/27 11:57)
[17] Missing - linkⅠ[廣瀬 雀吉](2013/01/28 18:05)
[18] Missing - linkⅡ[廣瀬 雀吉](2013/02/20 23:50)
[19] Missing - linkⅢ[廣瀬 雀吉](2013/03/21 22:43)
[20] Realize[廣瀬 雀吉](2013/04/18 23:38)
[21] Missing you[廣瀬 雀吉](2013/05/03 00:34)
[22] The Stranger[廣瀬 雀吉](2013/05/18 18:21)
[23] Salinas[廣瀬 雀吉](2013/06/05 20:31)
[24] Nemesis[廣瀬 雀吉](2013/06/22 23:34)
[25] Expose[廣瀬 雀吉](2013/08/05 13:34)
[26] No way[廣瀬 雀吉](2013/08/25 23:16)
[27] Prodrome[廣瀬 雀吉](2013/10/24 22:37)
[28] friends[廣瀬 雀吉](2014/03/10 20:57)
[29] Versus[廣瀬 雀吉](2014/11/13 19:01)
[30] keep on, keepin' on[廣瀬 雀吉](2015/02/05 01:50)
[31] PAN PAN PAN[廣瀬 雀吉](2015/02/05 01:25)
[32] On your mark[廣瀬 雀吉](2015/08/11 22:03)
[33] Laplace's demon[廣瀬 雀吉](2016/01/25 05:38)
[34] Welcome[廣瀬 雀吉](2020/08/31 05:56)
[35] To the nightmare[廣瀬 雀吉](2020/09/15 20:32)
[36] Vigilante[廣瀬 雀吉](2020/09/27 20:09)
[37] Breakthrough[廣瀬 雀吉](2020/10/04 19:20)
[38] yes[廣瀬 雀吉](2020/10/17 22:19)
[39] Strength[廣瀬 雀吉](2020/10/22 19:16)
[40] Awakening[廣瀬 雀吉](2020/11/04 19:29)
[41] Encounter[廣瀬 雀吉](2020/11/28 19:43)
[42] Period[廣瀬 雀吉](2020/12/23 06:01)
[43] Clue[廣瀬 雀吉](2021/01/07 21:17)
[44] Boy meets Girl[廣瀬 雀吉](2021/02/01 16:24)
[45] get the regret over[廣瀬 雀吉](2021/02/22 22:58)
[46] Distance[廣瀬 雀吉](2021/03/01 21:24)
[47] ZERO GRAVITY[廣瀬 雀吉](2021/04/17 18:03)
[48] Lynx[廣瀬 雀吉](2021/05/04 20:07)
[49] Determination[廣瀬 雀吉](2021/06/16 05:54)
[50] Answer[廣瀬 雀吉](2021/06/30 21:35)
[51] Assemble[廣瀬 雀吉](2021/07/23 10:48)
[52] Nightglow[廣瀬 雀吉](2021/09/14 07:04)
[53] Moon Halo[廣瀬 雀吉](2021/10/08 21:52)
[54] Dance little Baby[廣瀬 雀吉](2022/02/15 17:07)
[55] Godspeed[廣瀬 雀吉](2022/04/16 21:09)
[56] Game Changers[廣瀬 雀吉](2022/06/19 23:44)
[57] Pay back[廣瀬 雀吉](2022/08/25 20:06)
[58] Trigger[廣瀬 雀吉](2022/10/07 00:09)
[59] fallin' down[廣瀬 雀吉](2022/10/25 23:39)
[60] last resort[廣瀬 雀吉](2022/11/11 00:02)
[61] a minute[廣瀬 雀吉](2023/01/16 00:00)
[62] one shot one kill[廣瀬 雀吉](2023/01/22 00:44)
[63] Reviver[廣瀬 雀吉](2023/02/18 12:57)
[64] Crushers[廣瀬 雀吉](2023/03/31 22:11)
[65] This is what I can do[廣瀬 雀吉](2023/05/01 16:09)
[66] Ark Song[廣瀬 雀吉](2023/05/14 21:53)
[67] Men of Destiny[廣瀬 雀吉](2023/06/11 01:10)
[68] Calling to the night[廣瀬 雀吉](2023/06/18 01:03)
[69] Broken Night[廣瀬 雀吉](2023/06/30 01:40)
[70] intermission[廣瀬 雀吉](2023/07/03 19:04)
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[32711] Mother Goose
Name: 廣瀬 雀吉◆b894648c ID:82bb5bca 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/09/07 22:53
 朔の夜空に煌めく星星が息を潜める地上の闇をせめてもの慰めで飾り立てようと試みるその時、既に異変は始まっていた。人の手によって成し遂げられたもみの木の森は深い緑の影を用いて悪意を遮る、磁性フェライトでコーティングされたシートの下で男は小さく呟いた。
「ダンプティからブージャム1、作戦開始まであと10分」

 壁面を埋め尽くすモニターは既に死んでいる、いや死んでいるのはそれだけでは無い。中央監視室とその施設の人間に呼ばれるブースの全ての命が途絶えていた、ハードも、ソフトも。退屈な夜勤の時間をやり過ごす為に行われていたカードゲームはそのコールを待つまでも無く闇の中に散乱している。手にしたカードと無造作に積まれたチップ代わりの9mmの山を交互に見比べていた男は、蟹目の様な暗視ゴーグルを机の上に突っ伏したままの男の手に向けながら自分の喉元に手を当てた。
「ブージャム1、かんぬきは外した」
 プッ、と言う微かな音と共に耳に差し込んでいたイヤホンから音が途絶える。男は目の前の犠牲者の喉を切り裂いたばかりの血塗れのククリで手の中のカードを持ち上げると、それを無造作にテーブルの上でひっくり返した。ぬらりと血の池に浮かんだその五枚のカードが束の間浮かんで、すぐにずぶずぶと池の中へと沈んでいく。
「Aと8 …… 」
 人目をはばかる様に呟きを洩らした男の声が嗤い声にまで変わるのに幾許の時も用しない、小さく肩を震わせながら男はシュッと息を継ぐと血が滴るククリを鞘へと差し込んだ。
「そんな手で勝負しようとするからこんな目に遭う。 …… いい勉強になったな、あんた。ワイルド・ビルとあの世で仲良くな」


 暗闇の中にぼんやりと浮かぶ数字は休眠状態のコックピットから目の前に下ろしたバイザーへと投射されるGMTグリニッジタイム、1を頭に残る全てがゼロを示した瞬間にその男は低い声で告げた。
「『オペレーション・テステュード』スタート。フェイズ2、バンダースナッチ開始。これよりジャバウォックは陽動を開始する、ブージャムは『バンカー』を確保の上ハンガー正面へと移動。合流して撤収」
「 ” 陽動? ” 」
 不意に割り込んだ問い掛けに男の顔が暗闇に嗤う、バイザーをヘルメットの庇へと押し上げた男はいかにも手慣れた手つきで次々に計器のスイッチを跳ね上げた。休眠状態から目覚めたOSが全動力を復旧させる、控え目ながらも様々な色彩を放つ計器盤は男の浅黒い顔をぼんやりと闇に浮かびあがらせた。
「 ―― 訂正、殲滅戦だト―ヴ1。ボロゴーブの到着までに作戦区域より離脱、間に合わないと思われる者は敵味方関係なくその場で止めを刺してやれ。生きたまま焼き殺されるよりはまだましだろう」
 腰の下から突き上げて来る核融合炉の振動を感じながら男はスロットルをゆっくりと前方へと押し込む。動きに追随するインジケーターは緑から朱色へ、ミリタリーラインを越えた時点で右手のマニピュレーターを操作した。モニターを覆い隠していた分厚い膜が取り払われて、様々な数値の表示と共に丘の麓の闇に沈んだままの建物の影が浮かび上がる。

 突然の巨人の出現に驚いた鳥達が夜目も利かぬままに思い思いの方向へと一斉に飛び立つ、かまびすしい羽音を夜陰の空へと響かせながら逃げる影を追う様に黒いモビルスーツが立ち上がった。
 部隊章や数字すらも書き込まれていないその機体は一年戦争を席巻したプロトタイプ・ガンダムの意匠を継ぎ、少し丸みを帯びたアーマー部と各所に設けられたセンサーの数が違う事を除けばほぼ同一と言っても過言ではない。ジム・クゥエルRGM-79Qと呼ばれるティターンズの主力機は夜戦用に新設された、その特異なシルエットの頭部を素通しになった幹の間から覗かせて、ゴーグルの奥に仕込まれた三種類ある単眼の一つに火を入れた。ターレットが回転してOSへと接続されたそれは情報を収集する為にフォーカスモーターを目まぐるしく動かして焦点を合わせる。取り込まれた映像は蒼白い陰影を輪郭として敷地内の全容を浮かび上がらせる。
「ト―ヴ1,2。敷地を左手に迂回して目標BとCへ。ラース1、2は正面目標Aを制圧。ダンプティはハンプティと合流、両隊の援護に回る」
「 ” ずるいな、隊長。また高みの見物ですか? ” 」
 陽気な若い声が笑い交じりでダンプティの配置命令に不満を口にするが、男の表情は変わらない。スターライトモードで映し出された建物の映像を険しい表情で眺めながら、この後に起こるべき変化を待っている。
「 ” ラース2、金が欲しくないのなら最初から隊長にそう言っとけ。だが今日の作戦はいつもと違って実入りがでかい、なんならお前の出来高を俺が貰ってやっても構わない ” 」
「ト―ヴ2、お前のその自信は奴を見てから考えろ。 ―― 来た」
 ダンプティは低い声で嗜めると画面の一角に浮かび上がった明るい光を凝視し、次いで腕時計へと目をやった。ルミノールの塗られた針は正確に時を進めている、こちら側の起動からまだ五分しかたっていない。さすがに早い。
「『エイリアン』のお出ましだ」

 その頭部は大昔に大ヒットした映画の中の異星人にそっくりだ。別にそのデザインに共鳴したり模倣をしたりと言う事では無く、単に前方視界と重量配分を適正に保つ為に採用されたデザインではあるのだがずんぐりとした上半身から異様に前に張り出した頭部はまさにそれを彷彿とさせた。戦闘時の全面視界を確保する為に採用されたアクリルキャノピーがハンガーの僅かな明かりを受けてぬらりと光る。
「ダンプティから観測員チェシャー、『ANUBIS4』を視認した。正面ハンガーより二機、後は? 」
「 ” 報告書通り緊急発進は二機一組ツーマンセル、各ハンガーより出撃中。火力平衡ファイアバランスは六対四、数が多いが大丈夫か? ” 」
「余計な心配は無用だ。連邦規格外の八十ミリも ―― 」
 ダンプティが告げた途端に、画面に浮かびあがったモビルスーツの両腕が火を噴いた。曳光の尾を引いてすぐ傍の地面へと着弾する機関砲弾があっという間に木々を薙ぎ倒して猛烈な砂埃を巻き上げる、視界を遮られたダンプティはカメラを赤外線へと切り替えた。
「 ―― 当たらなければ意味はない。それよりこの機に乗じて隊を展開する。 ―― 司令車6ペンス、対戦勢力図及び情報管制」
「 ” 現在研究所を中心に半径百キロ圏内に於ける民間車両及び航空機の運行及び存在は皆無。作戦終了後のマスコミへの情報提供は想定基準ケース11にて対応する事が情報局より事前に通達、 …… 現在承認されました ” 」
 落ち着いた女性の声で流れ込んで来るその言葉に眉を顰めるダンプティ、その表情の変化を説明する様にト―ヴ1が呟く。
「 ” 武装したジオン ―― を名乗るテロリストがバーゼル郊外のCDC(疾病管理予防センター)を占拠。これを包囲した鎮圧部隊と交戦の後、自決と周辺地域の汚染を画策してセンター最深部に保管してあった『GGガス』を含む全ての致死性兵器を開放 ―― ” 」
「そう言う事だ。負けた連中の矜持を穢す様でいささか心苦しいがここは素直に利用させて貰う。それが ―― 」

 巨大なブルパップライフルが木々の放つ炎に揺らめく、左手が銃身のボルトを握り締めると一気に引き切る。巨大な金属音と共に大きく開いた廃薬口から鉄と血の匂いを放つ弾頭が顔を出す。
「 ―― 敗戦国の、宿命だ」
 ダンプティはそう言うとボルトから手を離した。バネによって瞬時に閉じる開口部は初弾をチャンバーへと送り込んだ事を知らせるピンを持ち上げる、ダンプティのパネルの横に埋め込まれたライフテレメトリーが全員の生理的変化を表示する、ト―ヴ2はいつもより心拍数が高い、ラース1は、いつも通り。
 波打つ線描に一瞥をくれてダンプティはモニターの向こうで右往左往を繰り返す哀れな民生機動兵器の無様な姿を睨みつけ、しかし心の中では彼らが被るいわれなき暴力に対して僅かながらの憐憫を憶えた。可哀そうに、彼らがこう言う物を極秘に開発しようとしなければ、こういう目にも会う事はなかっただろうに。
「ではいくぞ」
 惜別の念は一瞬、彼は心の奥底へと今まで出会った不幸と共にそれを押しこめるといつもと変わらぬ怜悧な声で、それを宣言した。
「『W.W.Wウィー・ウィリー・ウィンキー』、状況開始オンボード

「馬鹿者っ、何故発砲した!? 」
 先行する一機の脇をすり抜けて後方のANUBIS4は前へと躍り出た。躍り出たとは聞こえはいいが重い上半身を支える為の二脚は以上に大きく動きも鈍い。キャクストンは大戦時に自分の愛機として扱ったジムと比較しながら、契約と特許でがんじがらめになった開発部と本社の無能さに心の中で毒づいた。
 せめて連邦に譲り渡した『MSM-07ズゴック』の基礎データがあれば、こんな鈍重な機体にはならなかっただろう。
「 ” す、すみませんっ! 無我夢中で気が付いたら引き金を ―― ” 」
 若者のおろおろした言い訳を話半分に聞き流しながらキャクストンは対物センサーの感度を上げる。遠目に見える林の中を移動する巨大な物体が確かに三つ、彼はそれが自らの戦闘経験からモビルスーツだと直感した。ソロモンでもア・バオア・クーで何度も経験した吐き気を覚えながら、それでもキャクストンは自分の中に生まれた疑問と対峙する。
「なぜモビルスーツがここにいる、それも二小隊も。 …… まさか、ジオンの残党? 」
「 ” ジ、ジオンの残党って、何でこんな連邦の奥深くまで彼らがっ!? ” 」
 キャクストンの呟きに反応した若者は躊躇う事無く声に恐怖を顕した。だが彼の事を臆病者だと罵る事は出来ない、自分も、同じだ。
「落ち着くんだエミリオ、まだそうと決まった訳ではない。もしかしたら新型装備のこの機体の評価試験に本社が抜き打ちで模擬演習を仕掛けているのかも知れない。それならば中央監視室から連絡が無かった事も頷ける、奴らもグル、と言う事になるからな」
 自分自身にそう言い聞かせる様に若者に説くキャクストンの目は厳しい、そんな希望的観測がただの慰めに過ぎない事など自分の勘がよく分かっている。確かにそういう可能性も無くはないのだが、それにしてはやり方が大掛かりであざとすぎる。嘗て一年戦争で『ジオンの三又』として名を馳せたMIPも今では連邦に吸収された一民間企業に過ぎない、夜勤手当すら削ろうとする本社にそんな甲斐性があるものか。
 だがその不安を口に ―― とりわけこの若者の前でする訳にはいかなかった。自分が極秘裏に開発された重モビルスーツのテストパイロットの責任者と言う事も一つ、そしてそれ以上に彼に対してその背中を見せつけねばならない理由がキャクストンにはある。
「マニュアル通りに対処していれば大丈夫だ。俺達の仕事は他の機体が立ち上がるまでの間、ここから一歩も敵を通さないでいる事。余計な事は考えるな」
「 ” で、でも ―― 義父さん” 」

 ―― しっかりしろ、エミリオ。お前はイライザの夫でジュリオの父、一家の未来を支えていくお前がそんな事でどうする?

                               *                               *                               *
 
 死を覚悟した一年戦争、ア・バオア・クーと言う最後の激戦を戦い抜いて生き残ったキャクストンに齎された一報は自らの退役勧告と地球に残した愛娘の懐妊と言う悲喜こもごものドラマだった。平時であれば一家に降りかかった不祥事と怒りを露わにし、憤りのままに振る舞う父の姿を娘とその不埒な男へと向けかねない一大事なのだが、キャクストンはそうはならなかった。
 人類と呼ばれる半分の人間が世界から消滅し、その愚行を止めようとした戦いで大勢の仲間と共を失った。命を戦火の中から拾い上げて還って来た彼にとって自分の娘が手にする事の出来た愛情と、血脈の繋がる奇跡を得ると言う事は無上の喜びとなって彼の感情を昂らせた。
 軍からの猛烈な勧誘 ―― 生き残ったと言うだけで一騎当千の価値があるとでも思ったのだろうか ―― を一蹴してキャクストンは野に下る事を選択した。軍に残ればその経験を生かして訓練教官としての道もあったのだろうが、それよりも彼は残された家族を見守りながら余生を過ごす事を強く望んだ。妻の命を守り切れなかった韜晦と、それを補って余るほどの孫の存在は彼の胸に平和への渇望を齎したのだ。
 生きてさえいれば運良く手に入れた未来と向き合える、天職として選択した軍人と言う道をキャクストンは僅かな、しかし確かなぬくもりと引き換えにして生きる事を誓った。
 しかし現実は彼が思った以上に厳しい仕打ちを退役軍人達に与えた。権利として執行される筈の軍人年金の支給額は連邦の国庫のひっ迫によって満額には届かず、それは長年積み立てて来たキャクストンとて例外では無かった。契約書の隅に小さく書かれていた『連邦の経済事情による大幅な支給額の変更の可能性』と言う特約事項は正に連邦の現在の状況を予見していたかの様に効力を発揮して、退役軍人達が起こす訴訟の数々を次々に棄却へと追い込んだ。
 尾羽を打ち枯らして貧困へと肩を落とす自分の戦友達を眺めながら、平和とはここまで人を変えてしまうのかと感慨にふけるキャクストン。その対象者であるにも関わらず彼らと袂を分かてたのは、キャクストンが彼らよりもより激しい激戦区を潜り抜けて来たからかもしれない。
 人生を達観した彼にとって金銭とは意欲を掻き立てる要素を持たなかった。ハンブルグのこじんまりとしたアパートの一室を借りて、たまに様子とほんの少しのこずかいをせしめにやって来る娘と孫の顔を眺めながらキャクストンは、このまま穏やかに妻の元へと旅立てる日を想像しながら ―― 。

「再就職先はMIPドイツ・総合技術研究所、場所はここからそう遠くない場所にあります。内容は現在開発中の人型武装重機のテストと運用試験、そして搭乗する警備員達の育成。 …… この話、キャクストン元少佐には真に打って付けだと私は考えておりますが」
 ふむ、とキャクストンはテーブルを挟んだ目の前に座るスーツ姿の男をまんじりともせず眺めていた。内容を言葉短く的確に話すのは軍人にありがちの癖だが、この男は人事部の一地方支部で働く斡旋管理官だ。
 文官には出来ない物言いを続けるこの男にキャクストンは嘗ての仲間の匂いをかぎ取っている。誠実そうな瞳で口を噤んだままじっとキャクストンの返事を待つその男に向かってキャクストンは尋ねた。
「その内容を知る前に一つ貴方にお伺い ―― 」
「『聞きたい』で結構です、少佐殿。なんなりと。 …… 貴方のお噂はかねがね耳にしておりましたので是非ともいつかお会いしたいと思っておりました」
 小さく手を上げて言葉を挟みこむその態度には不愉快さが無い、キャクストンはその物腰に感心しながら小さく笑って彼の申し出を受け入れる事に決めた。
「こんなくたびれた老人でがっかりしたのではないのかね? 嘗ての『白頭鷲スクリームイーグル』も戦争が終わればこんな物だ。老けこむ歳では無いとは自分でも思ってはいるが、本人にやる気が無いのでは働きようが無い」
「その眼光は未だに撃墜王の物だと私はお会いして確信しました。元ルザル艦隊旗艦『ディザルバ』所属、第一強襲突撃隊中隊長。ロリス『ザ・イージス』キャクストン少佐」
 羨望を携えて昔の身分を語る男に向かってキャクストンは両手を広げて肩をすくめた。おどけて見せたキャクストンの態度にお互いが打ち解けた笑顔を浮かべて顔を見合わせる。西日に翳るキャクストンの笑顔に向かって、男は気を取り直した様にキャクストンに尋ねた。
「で、申し訳ありません。聞きたい事とは? 」
「むう、私事で大変申し訳ないのだが ―― 」
 心の底から恥じいる様に目を伏せたキャクストンの白髪混じりの頭に目を向けたまま次の言葉を待つ男に、キャクストンは言った。
「その警備員達の中に、エミリオ・エスターと言う者は含まれているかね? 」

「 ” お父さん聞いて、あの人がとうとう出世したのよ ” 」
 イライザの声がキャクストンの脳裏に響く、電話の向こうで孫の嬉しそうな声が被さってくるのはきっとイライザの興奮があの子にも伝わっているからに違いない。愛すべき者達の混声合唱を眉を顰めて聞きながら、キャクストンは尚も捲し立てる娘の言葉に頷いた。
「それはおめでとう。しかしこのご時世に出世をするとは彼もなかなかの強運を備えていると見える、私などは毎月の退役認定に出向く度に支給額が減額されていると言うのに」
「 ” 生活、苦しいの? もし父さんさえ良かったらあたし達と ―― ” 」
 おっと、と心の中で自分の発言に自制を掛ける。いかんいかん、素知らぬ素振りで軍の決定に従いながら心の底の恨み辛みが思わず声に出てしまったと見える。こんな事を言ってもイライザを心配させるだけだと言うのに。
「生憎だがそれには及ばん。老人一人が息をして生きていくだけのお金は頂いている。 ―― それよりも委託の警備会社に勤める彼がお前を喜ばせる、どれ程タフな出世をしたと言うのだね? 」

 エミリオの勤務していた警備会社がMIPに吸収合併され、それに伴い大幅な配置転換が行われた事によって彼は新設される研究所の警防部へと配属されたのだと彼女は言った。だがキャクストンはその人事の裏にある異様なきな臭さをかぎ取っていた。
 MIP社と言えば今でこそアナハイムに吸収されはしたが元々は『ジオンの三又』を名乗る一角として名高い軍需企業だ、それだけ巨大で、しかもモビルスーツ関係を開発生産していた会社が警備部門の一つも持たない等有り得ない事だと思う。全ての権利を移譲して民生企業としての道を一から歩んでいる彼らにとっては警備等委託で十分事が足りる筈なのだが、それが何故今になって買収などと言う大掛かりなM&Aを畑違いに仕掛けたと言うのか?
 心の中に湧き上がる靄は彼が戦場で生き残る為に必要だった第六感とも言うべき物、それ無くして今の自分の幸せは有り得ない。しかしキャクストンは生まれて初めて自分の勘を封殺して愛する娘の喜びに心の底から賛辞を贈る事に決めた。
 自分の老婆心で娘の得た幸せに水を差す様な真似をしたくない、と思った事が一つ。そして彼は命の拠り所としたその感覚を至極馬鹿馬鹿しいと思っていた。
 ―― ここは戦場では無い。もうそれに頼って生きる時代は終わったんだ、キャクストン。

 手なれた感じで携帯端末を開いてデータの照会を始める男の手元を、不安に歪む口元を両手で隠す様に組んだまま見つめるキャクストンの目は眼光鋭い。願う事ならば自分のその勘と娘の会話の接点がただの一つも交わっていない事を切に祈りながら、嘗ての撃墜王はMPI社が警備会社を買収するに足る唯一の可能性を頭の中に描いていた。
 それは仲間との会話の中でしばしば出会う事のある他愛のない事を発端とした。ジオン残党軍と連邦軍の小競り合いは現在進行中の縄張り争いにまで発展しつつある、その中でジオンは自分達の生産拠点を確保する為に民間企業をターゲットとしたテロを仕掛けていると言う噂であった。
 当然の事ながら連邦勢力下の各企業は軍に対しての庇護を求める、しかし既に疲弊の一途を辿る連邦軍はのらりくらりとその訴えを躱しながら一向に手を打たない。業を煮やした彼らは自警団紛いの組織を自主的に編成して対処を始めていると言うのだ。
 それが同じ退役軍人の仲間内から零れて来た話だと言う事がその話の信憑性を裏付けた。彼らは自らの食いぶちを確保する為に絶えずアンテナを張り巡らせ、そう言う話の影で動く募集の可能性を模索し続けているからだ。その時は他人事と聞き流していたキャクストンも、いざ自分の身内にその現実が降りかかって来たとあっては落ち着いていられない。
「 …… エミリオ・エスター警備主任、年齢二十五歳。お知り合いですか? 」
 端末の液晶をさりげなく読み上げた管理官の声が胸に刺さる棘の様にキャクストンを襲った。やはりそういう事か、と心の中で呟く彼の前に浮かびあがった真実は連邦軍も絡んでの大掛かりな業界の方針転換を示唆していた。
 軍事機密として厳重に保管されていなければならない筈の兵器データの意図的なリーク、そしてそれがどういう訳か元ジオンの軍需産業へと流れて再びモビルスーツ開発への参入を図っている。開発されている『人型武装重機』なる代物がどう言った物かは分からないが、少なくともそこいらの工事現場で稼働しているパワーローダーにマシンガンを取り付けただけという事はないだろう。
 連邦軍の人事課に属するこの男が話を持って来たという事を鑑みれば。
「 …… 私の義理の息子でね」
 キャクストンの言葉で初めて端末から視線を上げた男の目には微かな憐憫が混じっている、気付いたキャクストンは自分の予感が正しいと言う事を知った。
 やはり連邦軍はその役割を自らの機密と引き換えに民間へと移譲しようとしている、そして彼が見せた憂いの瞳はそこで警備を担当する者達が戦火の中へと叩き込まれる可能性を示している。
 戦争経験の無い、エミリオや若者達が自分達も予期せぬままに。
「 …… よ、っと」
 ソファの肘かけで体を支えながらキャクストンはゆっくりと立ちあがった。見上げる管理官を尻目に西日の差し込む窓際へと体を進めると、そのまま暮れなずむ町の景色へと遠い目を向けた。眼下の路地では夜の訪れと競い合う様に子供達が戯れて一日の終わりを惜しんでいる、彼らは日が暮れたら温かい明かりの灯った我が家へと我先に帰っていく、父や母が待つ事を疑いもせずに。
 そしてそれはイライザにとっては当たり前の事では無かった、軍人としての自分は常に軍を中心に生き続けた挙句に彼女から母を奪った。どれだけ不憫な思いを自分の為に彼女が受けたかを考えるとどんなに頭を下げた所で赦してもらえる物では無かったと思う。
 その彼女がやっと手にしようと言う確かな未来を守る為に、自分が為さなければならない贖罪とはなんだ?
「 ―― この話、お受けしよう」

「よろしいのですか? 」
 声を顰めて尋ねる管理官にキャクストンは朱色に染まる横顔を見せつけながら笑った。
「この話を私の所へ持って来たのは君の方だろう、そしてこの話が私にうってつけだとも言った。 …… この話に隠れている潜在的な危惧を少しでも薄める為には、彼らを率いる為の指揮官が必要だ。少なくともモビルスーツ一個小隊に対して持ち堪える事の出来る指揮能力と経験を持った」
 自分の意図を理解してくれたキャクストンに向かって男は小さく頷いた。目の端に映る男の引き締まった表情を伺いながらキャクストンは、自分に言い聞かせる様に呟いた。
「『老兵は死なず、ただ消え去るのみ』とは誰が言った言葉だったか。だが私は敢えてその言葉に異を唱えよう」
 そう言うと窓の傍から体を離したキャクストンは男の傍まで歩み寄ると、大きく武骨な右手をゆっくりと差し出しながら言った。
「ただで消え去る訳にはいかない、老兵は後に続く若者達の為にその使命を全うしなければならないのだと」

                              *                                *                               *

 ペダルを踏み込む事でパワーが上がり、巨大な足が前に出る。キャクストンは鈍重な機体を目一杯の速さで前へと進めると、未だに暗闇に向かってきょろきょろと頭を向けるエミリオの隣に立って機体の一部をボディに押し当てた。
「エミリオ、お前は俺の背後で援護に回れ。モーションモードをミリタリーに、回路ポジティブ。EEGリンカー作動」
 エミリオに命じる言葉と同時にキャクストンの手がパネルのスイッチを次々に押し倒すと、有機ELディスプレイが夜目を遮る事無くほんのりと発光して機体の操作環境が変化した事をパイロットに示す。ヘルメットのバイザーを下ろすと目の前に浮かびあがる世界は朱色と白の世界へと変化した。
 センサーによって取り込まれる赤外線映像はAIによって立体的な画像としてバイザーの裏へと送り込まれ、それは両目に嵌めこんだコンタクトレンズへと直に投影される。連邦軍には無い直視型の暗視システムはより精細でリアルな映像をパイロットに伝える事が出来た。
「機体は重いがそれを補うだけの電子装備を備えているAMUBIS4がそう簡単にやられてたまるものか。それに ―― 」
 股関節の固定ロックが外れて両ももの付け根が腰部ブロックから解放される、稼働域の広がった下半身を支える為に巨大な油圧シリンダーが大きな息継ぎをして収縮を繰り返した。オートバランサーが正常に作動している限り重心の低いこの機体が倒れる事はない、パンタグラフの様にフレキシブルに動く二脚を動かしながらキャクストンはエミリオの前へと進み出る。開けた視界の先に潜む何者かの影を追って対物センサーが感度を上げた事を示すゲージを上昇させた。
「脳波との双方向パラレルを実現したこの火器管制装置に敵うモビルスーツなど存在しない、見つかった時が敵の最期だ」
 目の前で動くレティクルは絶えず数値を表示して目まぐるしく視界を駆け巡り、同期する両手の80ミリアデン砲は闇の中に漂う土煙に向かって油断なく巨大な銃身を突き付けている。
「 ” 義父さん、一人で前に出るのは危険です。ここは並列防御で火力を広範囲に展開した方が ―― ” 」
 追い縋る様に機体を近づけて来るエミリオの提案にキャクストンが思わず頬笑みを浮かべる。なるほど、ここ何カ月かの自分のシゴキも彼にとっては決して無駄では無かったと言う事か。
「通常ならば確かに」
 キャクストンはまるで昔の小隊指揮官に戻った時の様な口調でエミリオの提案を一部肯定した。若者の提案を受け入れてそれに自分の経験も加味してより建設的な方針へと導く、キャクストンの小隊が最後まで生き残った秘訣だった。
「しかし敵の姿が見えない以上、その経験値は自らと同等もしくは遥かに上位にあると考えた方がいい。しかもこちらは目下の所敵に先手を取られている、この不利を覆すのなら先ずは縦深防御で火力を集中させておいた方が得策だ。ポイントマンが楯になる事で後方の援護は守られるし、前衛が被弾している間に後衛が敵を見つけて仕留められる」
「 ” そんなっ! 義父さんを僕が見殺しに出来る訳が無いっ! ” 」
「残念だがそれが実戦と言う物だ。勝ちを手にする為には何かを手放さなければならない、全てを欲すれば人は自ずと臆病になり、そこを死神に付け込まれる」
 まるで他人事のように死を語りながらキャクストンは尚も前へと進み出た。敵の火線で諸共にされない為にはどうしてもエミリオとの距離を離す必要がある、敵の目を引き付ける様に存在を誇示するANUBIS4の巨大な足が地鳴りを上げて夜の大地を震わせた。
「それにお前は俺の事を過小評価し過ぎだエミリオ。これでもア・バオア・クーへ一番に降下した101空挺の生き残りだ、あの時に比べればこのご時世の戦いなど ―― 」

 目の前に現れた表示は耳よりも早かった。夜の帳を劈く様に鳴り響いた鵺の羽音は遠くで聞える野太い轟音とほぼ同時、着弾の花火はその直後にキャクストンの目を灼いた。
 この非常時に明かりを灯す事無く沈んでいた照明塔の鉄骨が火花を上げて砕け散る、金属の千切れる金切り声はいとも簡単に鉄塔の嵩を減らして地へ投げ捨てた。弾け飛んだ電線から発する筈の火花は無く、それがキャクストンには不気味に映る。いかなる事態へと陥っても緊急時の電源供給だけは途絶しない造りになっているとこの研究所の警備責任者から聞いた事がある、いかなる事態とはこの様な事を想定してはいなかったという事なのか?
「 ” 義父さんっ! 一体これは!? ” 」
 ヒステリックに耳元へと届く義理の息子の悲鳴にキャクストンは顔を顰めて眉を顰めた。落ちつけ、と心の中で自分と彼を嗜めるキャクストンの意識は事態の解析へと全力を注いでいる。
 確かに照明塔が何者かによって破壊された事は一大事だ、非常電源が途絶えている事も気掛かりだ。しかし何よりキャクストンを震撼させていたのは砲弾の飛来音に重なって鳴り響いた砲声だった。
「この、砲声は」
 アンノウン等では無い。知っているのだ。自分が経験した数多の戦場で常に自分達の背後から敵を脅かし続けた後方支援機、モビルスーツとして生まれながらその存在を決して軍に認めて貰えなかった、不遇の経歴を持つ機体。
「120ミリキャノン、ばかな。何故連邦軍がここにいる? 」
「 ” それを耳で聞いて解る貴様は、元連邦軍の兵士だな? ” 」

 無線に割り込む不気味な声がキャクストンとエミリオの肝を凍えさせる。最大まで感度を上げた対物センサーの策敵音を嘲笑うかの様に、黒一色のジムはふらりと闇の帳から姿を現した。ロックオンマーカーの反応を物ともしない敵の態度に徒ならぬ気配を察知したキャクストンはセミオートでの操作から自分が慣れ親しんだマニュアルでの機体操作へと切り替える、目視による照準に切り替えた途端にそのジムはまるで飛びこむかのように一気に間合いを詰めた。
「何とっ!? 」
 敵の突然の侵攻にさすがのキャクストンも狼狽する、左右のイナーシャが唸りを上げてシリンダーを廻し始める。だがその火口から80ミリ砲弾を吐き出す前にジムは白兵の間合いへと飛び込んだ。
 鈍い両脚を巧みに操って自分に不利な間合いを少しでも解消しようとするキャクストンの六感に届く得体の知れない殺気、思わず差し出した左手が敵の振り上げた巨大な金属の刃にぶつかって大きな火花を撒き散らす。
「黒い山刀マチェット夜襲専門部隊ブラックウィドウか!? 」
 噂には聞いていたが、と記憶の底から大戦中に暗躍した特殊部隊の目録を弄る。激戦を彩る業火の裏で密かに敵の背後を突いて致命の一撃を繰り出すその部隊の事をキャクストンは噂でしか知らない、だが勝利の影には必ず付いて回る不可思議な因子は生き残った事の神への感謝によってその悉くが記憶の内から掻き消された。 ジオンの海兵と双璧を為す彼らは標準装備のビームサーベルの代わりに巨大な黒い山刀を携えて敵の本陣を背後から急襲して頭を潰すのが主任務、しかし完璧なチームワークと装備で挑んだ何度目かの戦いで不意に起こったほんの一つの偶然が彼らを壊滅させたのではなかったのか?
 銃身を保護する為のカバーが斬撃の衝撃で宙を舞う、キャクストンは目の端へと消えていくそれらのデータを無視してトリガーを押しこんだ。シリンダーに装填された六発の80ミリが次々に撃発、マニピュレーターと同じ大きさの射出口が轟然と火を噴く。駐退機(発射した際に生じる反動リコイルを砲身のみを後座させることによって軽減するための装置)の反動がANUBIS4の上体をガクガクと震わせて三発に一発だけ混じる曳光弾は至近にある敵の胴体を確実に貫通する、キャクストンの戦歴と経験は近未来の予想図をそこにはっきりと描く事が出来た。
 だが、砲口から弾が飛び出す前にジムの胴体は軸線上には存在しなかった。瞬きすらも許さないその刹那に敵の機体は滑る様に闇を駆け、追撃の為に放たれたエミリオの弾をピポットバックで次々に躱す。まるでモビルスーツの物とは思えない鮮やかな機動に唖然としたキャクストンは焦りを弾道に滲ませたエミリオの動きに気が付くのが遅れた。
「止めろエミリオ! 無駄弾を撃つんじゃない、敵の思うつぼだぞっ!? 」
 口元のマイクに向かって怒鳴るキャクストンの脇を駆け抜けていた曳光弾の炎の帯がそれでやっと一段落する、距離を離した相手に向かって自らの筒先を向けながらキャクストンは目の中へと投影されるデータリンクを次々に読み取った。シルエット・重量は確かに現主力機として採用されているジム・クゥエルとほぼ同じ。『ほぼ』と言うのはただ一点、頭部に備えられた多数のセンサーの在る無しだ。まるでパンクヘッドの様な頭部と俊敏な機動性だけがキャクストンの知るジムとの相違点だった。
「 ” 発射速度の遅いアデン砲で助かった。もしあんたがジムに乗っててマシンガンでもぶっ放していたら今の一撃で決着はついていたかも、だ ” 」
 黒い山刀の切っ先をキャクストンへと向けながら、まるで演習後の反省会の様な台詞を吐く得体の知れない相手。しかし男の言葉は逆に『その装備である以上、お前達に勝ち目はない』と宣言しているも同然だった。ANUBIS4唯一の武装である80ミリを絶対の間合いで躱されてしまったらこちらに為す術はない。
「貴様ら何者だ!? 何故連邦軍特殊部隊のブラックウィドウがここにいる、答えろ先鋒リード! 」
 軽快な足捌きと弾幕からの後退の潔さにキャクストンは自分の対峙している男が先陣を切る役目を果たす先鋒だと判断し、果たしてその推測は当たっていた。イヤホンの奥でククッと嗤う不気味な声と湧き上がる物を噛み殺す様な声がキャクストンの胃袋を恐怖で満たす。
「 ” …… その名を聞くのは本当に、久しぶりだ。だがそれが分かったのならば知ってる筈だ、俺達は既に全滅したと言う事を。 …… つまりあんたの前に立っている男は、地獄の底から這い出して来た亡者や魑魅魍魎の類、という事になる ” 」
 前に差し出された刃が手首を支点にグルンと回る、刃を上に向けたクゥエルはそのままだらりと手を下ろすと融合炉の唸りを大きくして膝を曲げて構え始めた。
「 ” そしてあんたは大戦の生き残り、それもかなりの手練と見える。ならば分かる筈だ、俺達が何をしに来たかという事も ” 」
「 ” 義父さんっ! 他に出撃したANUBIS4の反応が次々に消失っ、六号機、五号機ロストっ! ” 」
 ズズン、という地響きと建物の向こうの景色を焦がす巨大な花火、それは恐らく撃破されたANUBIS4の弾薬が誘爆した証拠だろう。融合炉が爆発すれば自分達はもちろんこの敷地内が全て消滅しかねない、緊急停止用の安全装置スクラムブレークは幾度ものテストで想定される危機に対して十分な効果を発揮してはいたがそれは平時においての事だ、有事の際にはそんな物が確実に機動する保証はない。しかし何事も無く状況が経過していると言う事は ―― 。

「エミリオ、後退してハンガーへと向かえ」
 敵の目的、実力、戦力。その全てが自分の指揮下にある部隊と格段の差がある事を理解したキャクストンは沈痛な表情でエミリオに命じた。マニュアルによる照準は炎の明かりを受けてぬらぬらと光る黒いクゥエルの胴体の真ん中で射撃準備が完了している事を示す点滅を繰り返す、トリガーに当てた親指が小さく痙攣している。
「 ” そんな、出来ませんっ! 義父さん一人をここに残して僕だけが生き残ったら、僕はイライザに何と言って謝ればいいんですかっ!? ” 」
「あれも軍人の子だ、いざという時の覚悟は幼い時から心得ている。それに ―― 」
 酸っぱい唾が喉の奥に溢れて息苦しい、久しぶりに味わうアドレナリンの味を舌の上で転がしながらキャクストンは言った。
「まだ生き残れると決まった訳ではない。敵の目的は」
 キャクストンの両側でガラガラと音がする。背中に背負った弾薬パックからシリンダーへと80ミリが流れ込む音、六つのチェンバーが満たされたと同時にブルーのランプが目の前で点灯した。
「 ―― 俺達の、殲滅だ」

 その目的は一体何だ、と自問自答の末に現れた不毛な回答はキャクストンをうんざりさせた。作戦中の軍人がそんな事を敵に教える訳が無い、目的や思惑はここにいる彼らの上に立つ者のみが知ることであり、部品や歯車がその事について斟酌する必要はない。嘗ての自分自身もそうだったように。
「いいか、後退してハンガーまで辿り着いたら絶対に明かりをつけるな、無理やりにでも扉をこじ開けて中へと逃げるんだ。そうしたらお前は生き残っている連中を集めてシェルターを目指せ、あそこならば三・四十人入っても二週間は立て篭もれるし外部との無線連絡もとれるだろう」
「 ” 義父さん、そんなっ!? ” 」
「反問は許さん。俺がここで斃れてもお前がそれをやり遂げればこちらの勝利だ …… そうだな、連邦の士官? 」
 百戦錬磨のキャクストンが仕掛けた誘導尋問は効果的に敵に作用した。愉悦のオーラを振り撒きながら肩を揺らしたクゥエルは四肢の関節を支えるシリンダーを笑い声の様に軋ませる。それが突撃の際に行うモード変更による物だと言う事がキャクストンには分かる。自らの行動の肯定といよいよに迫る死地の開幕を肌で感じ取りながらANUBIS4に許された唯一無二の武器を、背を丸めた死神の影に突き付けた。
 だがその一瞬の静謐は背後で発生した大音響と出撃を周囲へと示す黄色い回転灯によって破られた。明暗の境界を鮮明に描くLEDと照らし出される敵の姿、一瞬で変わる世界の景色にエミリオの恐れは消えて微かな笑顔さえ浮かび上がる。
 いかに電子装備が優れてはいても操るのは一己の人であり、暗視装置と言う機械を通しての景色では無く肉眼で見る事の出来る世界は安心感を齎すのだ。独立回路として設置された緊急出撃用の電力供給システムがこれ程役に立つとは思った事が無い。
 しかしその恩恵に与るべき筈のエミリオの義理の父はその世界の只中で敵と対峙しながらそれを享受しようとはしない。寧ろ有り得ないほど取り乱した声で背後を護るエミリオを飛び越えて、今まさに目を覚まそうとするハンガーに向かって怒鳴り声を上げた。
「馬鹿野郎っ! こんな所で明かりなんか点けるな、奴らの狙いは俺達の『殲滅』だと言っただろうがっ! 」

「全てのハンガーの位置を確認、A・B・Cブースまでの距離およそ二千。仰角調整一番二十五度、二番二十八度。包囲2-6-2」
 真っ暗な世界で呟かれる声音はまるで機械だ。目の下まですっぽりと覆った巨大なヘルメットから伸びる無数のコードは火器管制と直結され、射撃に必要なありとあらゆるデータが3D 画像でゴーグルへと送り込まれる仕組みになっている。大気の流れ、自転速度、気圧変動による空気抵抗の増減までも線描で表現される景色をじっと眺めながら、RX-75ガンタンクn²の形式番号を頂く長距離支援砲機動兵器のパイロットはコントロールスティックの端に突き出たトリガーに親指をそっと重ねた。
「 ” 観測員チェシャーから『ハンプティ』。風速2.5ノット西から北東へ、誤差修正2クリック。Aブース前で接敵中のラース1に注意 ” 」
了解コピー
 この暗闇の森の何処かで自分と同じ様に息を顰めて戦場の成り行きを観察する、陰気な顔の二人の観測員の顔を思い浮かべてハンプティは僅かに覗く口元を歪めた。傍観者とはかくあるべき、オーケストラを束ねる指揮者マエストロの如く冷静に、しかし心の奥では自らが差し伸べる手によって生み出される変化を愉しむべし。人の生き死にを演出する為にはそれが不可欠。
 パイロットの声を受け取ったタンクのAIが指示に従って機体の微調整を始める、コアブロックを廃した事によって初めて実現した上半身の旋回は基部のターレットモーターをゆっくりと動かしながら照準の微調整に対処する。諸元を全てクリアした火器管制は証となる緑のランプを点滅させて、敵を撃破する為に必要な弾種の選択を横文字でパイロットへと要求した。
「弾種、初弾HESHヘッシュ(High Explosive Squash Head:粘着榴弾)、次弾APITエイピット(Armor Piercing Incendiary Tracer:焼夷徹甲曳光弾)。3ローテーション」
 機体背面に増設された巨大な露天積載式の弾薬パッケージが扇状に開口して内部に収納された弾頭を夜風に晒す、折り畳み式の小さなマニピュレーターはその内の一発を掴むと跳ね上げられた尾栓から覗く砲身部へと押しこんでそそくさと次の弾を取りに戻る。薬室への装填を確認した火器管制はリモートで巨大な尾栓を閉じると全ての射撃体勢が整った事を、照準表示と言う手段でパイロットへと報告した。 水平に並ぶ一つの大きな三角と、対称に並ぶ小さな三個の三角は太古からの照準器の名残。弾道予測によって確実に成否が判定できる火器管制システムには不必要と思われるそれが未だに残されているのは、それを操る兵士のモチベーションを上げる為でもある。箱庭の様に映る景色の一角でヒステリックな光を上げる建物の一つに一際大きな黒い三角形を押し当てた男は、そこで初めて笑った。
「ハンプティから全機、これより砲撃を開始する。誘爆に注意せよ」
 声と共に踏み込んだ小さなフットペダルが機体下部のアンカーを作動させてタンクの位置を固定する、小さな土煙りと地響きはフーガの様にもみの木の林のあちこちで木霊した。機体の揺れが収まって照準が狂っていない事を確認した男は、闇に赤い舌をチロリと覗かせながら親指のトリガーを静かに押しこんだ。
発射ファイア
 
 砲撃音と同時に着弾が確認出来なかったと言う事は鉄塔を破壊した物とは違う弾種が後衛から発射された証、しかしキャクストンはその事実に敵がこれから実施しようとしている作戦の正体を知る事が出来た。
 壊走を続けたジオン軍が最後に立て篭もったオデッサ・バイコヌールの鉱山跡へと仕掛けた連邦軍の非情な作戦、全周完全包囲状態での艦砲射撃は最後まで抵抗を続けようとしたジオン残党の士気を挫いてその息の根を止めた。
「! 『スレッジ・ハンマー』! 」
 キャクストンの記憶がその名を口走ったと同時に背にしたハンガーの屋根で大きな音がした。空のドラム缶を勢いよく叩き潰した様な間抜けな音と上がらない火の手、拍子抜けしたエミリオは後部カメラの映像でその成り行きを確かめようとする。しかし事態が悲劇に向かって進行中である事を既に悟っているキャクストンは間髪をいれずにエミリオに命じた。
「エミリオっ! ハンガーの前から離れろ、対爆姿勢っ! 」
「 ” え ―― ” 」

 弾頭部の金属は薄くて柔らかい。『HESH』とは着弾の衝撃によって坐滅し、目標にへばり付く事によって初めて効果を発揮する特殊弾頭。持ち込んだ運動エネルギーが着弾によって相殺された瞬間に弾頭内部の大半を占めるPBX爆薬が起爆し、指向性の破砕エネルギーで目標を破壊する。炎も煙も上げない地味な兵装ではあるが密閉された空間内に置いてこれ程効果的かつ残忍な物は存在しない。
 放出された爆発力は生み出した破片を全て凶器に変えて内部にある全ての物を切り刻む、それがモビルスーツであろうと人であろうとも。
 敷地内を覆い尽くした二メートルの厚さのコンクリートがひび割れるほどの衝撃と、振動センサーのグラフは天井知らずに跳ねあがって振り切ったまま。オートバランサーが作動を始めてしまう程大きな揺れに翻弄されるエミリオの機体に、開きかけていたハンガーの扉の隙間から逃げ場を求めて吹き出した爆風と様々な欠片が猛烈な勢いで叩きつけられた。嘗ての無機質はANUBIS4の脚部装甲を次々にへこませ、有機物はビシャリという湿った音と共に赤い血糊を容赦なくぶちまける。
「 ” 義父さんっ! ハンガーがっ!? ” 」
「まだだっ! 」
 エミリオの悲鳴にキャクストンの緊張が高まる。『スレッジ・ハンマー』の恐ろしさは敵に逃げ場を与えない事じゃない、立て篭もった敵を一網打尽にしてしまう火力にあるのだ。高々榴弾の破壊力だけで全てを殲滅出来るとは自分も、そして敵も思っている筈が無い。
「エミリオ、対空防御っ! 次に来る焼夷弾は弾足が遅い、絶対にハンガーに落とさせるな。全て叩き落とせっ! 」

 天を突く120ミリが巨大なマズルブラストで周囲の林を一瞬真昼の様に染め上げた。静寂を破られた深淵の森は恐怖に震えてその森に息づく周囲の生き物の意識を奪う。目標に対して寸分の狂いも無い一撃を叩きこんだ黒塗りのガンタンクはまるでその意識を呼び覚ますかのように、尾栓部に開けられたスリットから耐熱プラスチックの嵐を背後のもみの木へと叩き付けた。
 駐退機によって発砲時の反動を吸収するANUBIS4のアデン砲とは違い、120ミリ無反動砲を採用したガンタンクはその衝撃を発射ガスの後方排気による均衡によって軽減する方法が取られている。発射時の初速が遅く、射程を稼ぐ為にどうしても大量の炸薬を必要とするこの兵装がRX-75-4プロトタイプ以来採用され続けているその訳は、二本の砲身を担ぐ事でトップヘビーになる重心による機動力の低下を砲身を少しでも軽くする事で補う事と、状況に応じて様々な弾種を放てると言う汎用性による物だ。一年戦争時の実戦において最前線での有用性を証明出来なかったこの哀れな機体は、後方からの支援という点においてその活路を見出した。
 だがここに配置しているRX-75n²は他の物とは若干違う方式が採用されている、それが発射ガスの代わりに後方へと吐き出された大量の耐熱プラスティックの礫だ。砲身の尾栓が開いた瞬間に吐き出される筈の発射ガスが最後部に装填された強化プラスチックの塊を粉砕し、カウンターマス(相殺重量物)として後部シャッターから飛礫の様に吐き出されて発射の際の運動エネルギーを打ち消す。時代遅れの方式とも言えるデイビス方式を採用している理由は夜戦専用の砲台と言う理由に他ならない。後部より吐き出されるプラスチックの飛礫は熱を伴わない為、赤外線によっても探知されにくい仕組みになっているのだ。
全弾命中インパクト。次弾装填」
 照準は湾曲した構造物に空いた大きな二つの穴へとしっかり付けられている。予め指示してあったAPITと呼ばれる焼夷弾が薬室へと送り込まれる音が聞える。尾栓部が閉じた事を知らせる緑のランプが男の視界の隅に点灯した時、彼は二度瞬きしてその惨状の上に置かれた大きな三角形を睨みつけた。
「 …… 本当はこの後にメインディッシュが控えてるんだが、これはほんの前菜だ。遠慮はいらない、思い切り食べてくれ」
 煙も上がらぬその暗い穴の奥で運良く生き残っている哀れな被害者達に向かって、加害者たるガンタンクのパイロットはぽつりと呟きながら再びボタンを押しこんだ。
「 ―― 発射」

 闇に灯った鏑矢が音速を纏って夜空を駆ける。研究所の敷地を見下ろす遠い丘の一角でちらついた輝きは一筋の光となって二人の元へと舞い降りようとしている。キャクストンからの『絶対』 ―― そんな言葉を彼は今まで一度も使った事が無かった ―― に切迫したエミリオは援護も忘れて機体を旋回させて、もうすぐ射程に収まろうとする焼夷弾に目がけてその砲火を差し向けた。
 握り締めたレバーが冷や汗でしとどに濡れる、押しこんだボタンを押さえる親指が折れそうだ。上半身だけを廻して全力射撃を始めてしまった事でAIが照準を自動補正する暇が無い、姿勢が不安定だからだ。目の前で震えるレティクルが光の光跡の先頭を掴みかねている。
「当たれっ、当たってくれぇっ! 」
 大声で叫びながら奇跡を求めるエミリオの耳をそれ以上の砲撃音と給弾音が埋め尽くす、砲身の過熱を警告する断続的なブザーがコックピットを席巻する。その一切が今のエミリオにとってどうでもいい事だった。
 たった二秒足らずの間に繰り広げられる窮地のど真ん中に立たされた自分が唯一生き残るための手段が、そこにしか無い。
「頼むうっ!! 」
 
「エミリオ、弾を追うんじゃないっ! 弾道の前に弾幕を ―― ! 」
 途切れる事の無い80ミリの砲撃音にキャクストンは背後の様子を確認する事も無く大声で、未だに奇跡を掴み損ねたままの義理の息子に叫んだ。
 高速移動する物体に対して有効な射撃方法 ―― 予測射撃リードシュートは士官学校で実戦形式の教練に入れば否が応でも教わるスキルの一つだ。モビルスーツの免許を持っていると言う事でエミリオがその程度の事を知っていると自分が勘違いしてしまっていた事、そして自分が平和と言う物に溺れてしまっていたが為に最も初歩的な実戦技術を教えていなかったという手抜かりにキャクストンは臍を噛む。自分の犯した過ちを神が許してくれると言うのなら、自分の身を今まで守ってくれたほんの一滴の奇跡という物に身を委ねるしか手段が無い。
 しかしエミリオの奮闘もキャクストンの願いも、その奇跡を叶える為には貢物が不足していた。
 戦場の神はその清算の為に生贄を必要としていた。

 飛来した焼夷徹甲弾は真っ暗な穴から内部へと飛び込んでハンガー中央部の床面に着弾し、衝撃と共に発火するテルミットが鉄をも溶かす熱と炎で瞬く間に内部を焼き尽くした。地獄の業火は奪い尽くした酸素の在りかを求めてその舌先を外へと向け、その光景はまるで火竜が産声を上げた瞬間の様にハンガーの開口部から残らず火柱を立ち上げた。

 対爆防御の姿勢をとる暇も無く、エミリオの機体はあっという間に炎の中へと飲み込まれた。キャクストンの目にエミリオの危機を示す表示が短い単語の点滅で表示される、『EOL(End of Life)』と炎の輝きに全身を晒したまま微動だにしない敵の姿を同時に視界に収めながらキャクストンの奥歯がギリ、と鳴る。
「 ” いい光景じゃねえか。 …… あんたも見てみろよ ” 」
 誘う様にそう告げる男の声にキャクストンは唇をかみしめてクゥエルを凝視した。脚部を深く曲げて背を丸め、切っ先を突きだした尖突の構えは変わらない。愉快そうな声音を心の底から不愉快に感じながらキャクストンは尋ねた。
「何がだ? 」
「 ” …… 思い出すだろ? 炎と破壊、叫喚と絶望。これこそがあの頃の俺達の生きる全てだった筈だ。 …… 違うと言うなら ―― ” 」
 クゥエルの背後に吹き出す瘴気が殺気を伴ってキャクストンの元へと届けられる。背後で誘爆を始めた弾薬庫の80ミリがのべつ幕なしに四方八方へとばら撒かれる、高周波を放ちながら至近弾が二人の間を駆け抜けて闇の向こうへと消えて行った。

「 ―― 俺と戦って、勝利を手にして。証明して見せろ」
 男の手がスロットルを乱暴に押し上げる、一瞬の息継ぎの後パワーゲージは堰を切った様に最大まで振り切れた。フットバーを猛然と踏み込んで歪んだ嗤いを浮かべた男のその口が、歓喜に塗れて吼え立てた。
「 ―― 実力でな! 」


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