「……良かったの? はやてちゃん」
「しゃぁないやろ。本人が自分で話すって言ってるんやから」
「……大丈夫かなぁ」
「できることはした。後は若いもんに任せればええんや」
「……はやてちゃん。私達も十分若いよ?」
ツキに「そろそろあいつら来るだろうから出てけ」と言われた三人が廊下で雑談をしていた。
彼女達が出てから数秒後に内側からガラッと窓が開かれる音がしたので、ツキの見立ては大当たりだったようだ。
シグナムは嬉しいやらしてやられた感がして何とも言えない複雑な気持ちではやての横に立っている。
「……これからどうしようか?」
「取り敢えずスバル達が出てくるのを待とうか?」
「そしたら私がここに居ますので、主はやて達はそこの部屋でお待ちになってはどうでしょうか?」
「あ、じゃあ私も残ろうかな。シグナムとお喋りしたいこともあるしね♪」
「ほな、私はなのはちゃんとあっちでココアでも飲んでるわー」
「あ、待ってよはやてちゃーん」
すたすたと去って行くはやてを追いかけるなのはを見送って、フェイトは「ふぅ」と肩の荷を下ろしたように溜息をついた。
先ほどああ言ったが、フェイトはツキのことが心配で仕方が無いのだ。
シグナムもそれを察しているので口元がやや綻んでいる。
「テスタロッサ、お前もしっかり保護者やっているみたいだな」
「……うん。あの子達を保護したのは私だからね。それに、笑っていて欲しいから」
「……ふっ。中々良い顔をするようになったな」
シグナムはフェイトにそう微笑み、フェイトも苦笑しつつ微笑んだ。
エピソードsts 力の代償
「そうだな……どっから話そうか」
ベッドに戻ったツキがそうフリードの頭を撫でながら呟いた。
ティアナ達は先ほどまでなのは達が座っていたパイプ椅子を知らずに借りて、ツキのベッドの横に並ぶ。
「取り敢えず……出生の話からするか。エリオ、構わんか?」
「はい。ティアさん達になら大丈夫です」
「まぁ、それもそうだな。私の親友達だ、これから話す内容で手を切るような薄情な友人では無いからな」
「……えらくハードルを上げるじゃない。まぁ、何を言われても私があんたの友人を止めるわけないじゃない。ねぇスバル?」
「うん、勿論!」
「そうかそうか。そりゃ親友冥利に尽きるぜ。私達がフェイトさんに保護されたって言うのは知ってるだろ?」
エリオを加えた四人は縦に頷いた。
「私とエリオは……違法研究施設の出なんだ」
「「「!」」」
あまりにも先ほどのフリと差があり過ぎる。そんな重すぎる話題を投下されてスバルとティアナ、キャロが絶句する。
「エリオはプロジェクトFって言うので作られた特殊クローン、私は人間と別次元の世界の魔獣と組み合わせられたキメラだったらしい。
これは私が六課に初めて出向した際にフェイトさんに教えて貰ったことだけどな。
んで、先に生みだされた私がエリオの姉になっていつも面倒を見てやってた。
実験と称して連中が私とエリオを実験動物にしようとするもんだから、毎度毎度エリオに当身食らわしてぜーんぶ私が引き受けてたりしてた」
「え゛!? 姉さん!? それ、初耳なんだけど!?」
「当たり前だろ。お前に知られたら意味が無いだろう」
「……言ってるじゃないの」
「……自分の事を考えられるような歳になったからな。そろそろいいかなーとは思ってた。そのうちティアとスバルにも打ち明けるつもりだった。
でも、今日の模擬戦で一度箍が外れちまったから、今になっちまったけどな」
「箍? ばんばんビルを殴って倒壊させてたのがそれ?」
「……え゛!? 私が気絶してる間に何があったの!?」
「……さっき言ったように、私はキメラでな。合成獣って言った方が分かりやすいか。
人間じゃない方の遺伝子が暴走するのを……こいつで制御してたんだが、成長と共にガタが来てたみたいで今日変えて貰った」
ツキは説明しながら上着の両腕の裾を捲って肘の手前にある痛々しい傷跡と義手型のデバイスとの接合面を見せた。
あまりにも深く残っているその傷跡を見て、四人が悲しい顔をする。顔を出したフリードがその傷跡を舐める程だ。
「溜まっていく魔力を時々放出してやればキャパを超えずに済むんだが……、最近出す暇が無くて持て余し気味だったみたいでな。
最初の頃は魔力量の上限が少なかったから増える量も少なくて問題無かったし、訓練校時代はティアとスバルとの模擬戦でほぼ出し切ってたし、STFの訓練やら仕事ん時に発散できてたんだ。
……だから、今日ティアの一撃を貰った時、精神的に興奮してたもんだからつい制御を見誤ってだな……」
――暴走しちった。ツキは「てへっ」と棒読みの言葉を付け足して、苦笑しながら言った。
それを聞いて四人は「確かにそう言えば……」と、彼女が魔法を今日まで使っていなかったの思い出して納得した。
「なのはさんの基礎訓練とかに参加するくらいで、魔法使ってなかったわね」
「ここ最近はそればっかりだったからね」
「んで、まぁ……。久しぶりに暴走しちまったもんだから副作用が酷くてな。
今は安定剤とベルヴェリア……ああ、この義手型のデバイスのことだ。これらで何とか抑えてるんだが……。
何つーかこう……、破壊衝動って言うのかね。何もかも一切合財壊したくなるんだ」
――それが親しい人物であっても、な。ツキのその言葉に四人は言葉を失った。
ツキは近くにあったフェイトの剥いたリンゴの兎を顔からしゃりしゃり食いながら、言葉を続ける。
「これが厄介で……、しばらく安定するまで見境無いんだわ。
だから、薬の効力がいつ切れるか分からないからフェイトさん達は面会謝絶にしたんだよ」
――私がお前らを殺してしまわないように、ってな。ツキは次の兎に手を出した。
「そんな……。ツキちゃんはそんなこと……」
「しないって断言できねぇんだわ。暴走したがるのは私じゃなくて、魔獣の方。私の制御下にまだ入ってないんだ。
意識が持ってかれたらそれはもう私じゃないし、意識さえありゃ魔獣じゃない。そんな関係なんだよ私達は。
取り敢えずまぁ……、しばらく一緒に居れないってだけでお別れじゃねぇんだ。そこんとこ知っといて欲しかったんだ」
ツキはそう優しげに微笑んだ。
スバルは今にも感極まって泣きそうだし、ティアナはバツが悪そうな顔で椅子に"の"の字を書いていたりするし、キャロは手元にやってきたフリードを抱きしめて泣きそうだし、エリオはエリオで神妙な面持ちで聞いていた。
「まぁ、別に」とツキは前置きを置いて、話出す。
「夜、訓練スペースを借りて魔力を発散した後なら、安定してるだろうから会いに来ても構わない。むしろ、来い。寂しいから」
「「「「!」」」」
ツキはそっぽを向いて恥ずかしそうにそう言った。
スバルが今にもツキを抱きしめようとした時に外側からコンコンとドアがノックされて、就眠の時間が来たことを知らせた。
「……ま、訓練の後で余裕があったら夜にでも来てくれ。楽しみにはしておくからさ」
「……うん。絶対行く! ティアとエリオくんとキャロちゃんとフリードで絶対に行く!!」
「そっか。じゃあ、今日はおやすみだ。ティア、エリオとキャロを頼んでもいいか?」
「当たり前よ。私が一番お姉さんなんだからね。あんたよりも年上だっての」
「それもそうだった」
「おやすみ」と一声かけてから四人は部屋から出て、何やらニヤニヤした顔のシグナムとはらはらした様子のフェイトに出迎えられた。
「ふっ」
「もう……エリオとキャロまで……」
「「あははは…………」」
苦笑しつつ四人は大部屋へと戻り、部屋の中央にある円状のソファにぐったりと流れ込んだ。
訓練の疲れと緊張の糸が切れたことで全員がぷっつんと糸を切られたマリオネットのように限界を迎えたのだった。
そのまま眠りについてしまい、翌朝全員がソファの下の床で目を覚ましたそうな。
「はい、せいれーつ!」
「「「「はい!」」」」
あれから夜の件のお叱りを受けてから二週間が経ち、午前中の訓練を受けた四人は終始そわそわしていた。
半分は夜に会えるツキが待ち遠しいこと、もう半分は訓練前になのはが実戦用のデバイスを午後の訓練までに取りに行くと伝えたことだ。
「チーム戦にも慣れてきたし、皆には機動六課から実戦用のデバイスを支給したいと思います!」
「「待ってました!」」
「わーい!! 後で姉さんに見て貰おうっと!」
「あ、エリオくんのそれいいな! 私も見て貰う!」
「じゃあ、一度寮に戻ってシャワーを浴びてからロビーに集合、いいね?」
「「「「はい!!」」」」
「ああ、それともう一つ。
今日、ツキちゃんが昼に力の制御の最終段階をやるってことになって……、休憩時間の時に訓練スペースを使うことになったんだ。
だから、近づいちゃ駄目だからね」
「「「「え?」」」」
「あー……いや、別に見てもいいんだけど……、多分……、びっくりしちゃうよ。シグナムさんと本気で模擬戦してるみたいだから……」
「行く人ー」
「「「はーい」」」
「あらら……」
なのはは苦笑しつつ「それじゃ、一度出ようか」と引率し、訓練スペースを出る。
入口の方でけらけらとシグナムと談笑するツキの姿があり、四人は嬉しそうに目を輝かせた。
それに気づいたツキとシグナムが声をかける。
「高町、訓練は終わったのか?」
「はい、これからデバイスを支給……する予定だったんですけど見学したいんだって」
それを聞いたツキが呻く。ツキ的には模擬戦の内容をあまり見せたくなかったりするのだ。
シグナムとの模擬戦は時間いっぱいまで決着が着かず引き分け続けている。
模擬戦の勝ち負けと言うよりもツキの力の制御に重心を置いているので、どちらも勝とうとはしていないのだが。
「おいおい……、勘弁してくれ……。あんな姿見せるくらいなら引きこもるぞ」
「良いじゃないか、ツキ。お前もいつかはあの姿を見せる時が来るんだ。早い方が気が楽だろう」
「姉御……、いやまぁそうなんですけど……。うぅ、分かりましたよ。勝手に見やがれぇ」
そう渋々とツキは足早に訓練スペースへと向かい、シグナムが「外からは見えないようにするからお前達も来い」と告げて去って行った。
四人はわくわくしながら、なのはは苦笑しながら訓練スペースへ向かう。
「さて、今は昼なのでエミュレーターでコロシアムを作る。構わんな」
「ええ、そうしてください。できるならそいつら連れて行って欲しいですけどねー」
「まぁまぁ、ツキちゃん。カッコイイ所を見せるチャンスだよ。あの姿結構カッコイイよ?」
「…………なのはさん、一応私は女なんだけどなー……。いやまぁ、あっちも生やせるっちゃ生やせるんだけども……」
後半はごにょごにょと呟いたツキがぽりぽりと頭を掻く。
きちんと魔獣の力が制御できれば身体操作もできるようになるのでアレを生やすことはできたりするのだ。
転生する前は"男"であったので別に不快感は無いのだが……、やはり今は女の状態なのでなのはの言葉にツキは複雑な心境だった。
「それじゃ、コロシアムモード起動っと」
後からやってきたシャーリーがエミュレーターを持って来て、空中に映し出したモニターで操作して訓練スペースの形を変更した。
先ほどまで使っていたビル群が消え、コロッセオのようなコロシアムが作り出された。
内部へ入り、外側から見えないことを確認した後になのは達はコロシアムの観客席へ向かった。
ツキとシグナムはコロシアムの中央で準備運動を行っている。
「なのはさんはツキちゃんとシグナム副隊長の模擬戦を見たことあるみたいですけど、どんな感じなんです?」
「そうだね……、凄いよ。砲撃、射撃魔法を使わない物理戦闘オンリーの模擬戦だから、スバルとエリオには参考になるかもね。
特にスバルはツキちゃんと同じナックル系の接近戦だからね、良い刺激になると思う」
「お、ちょうどええ時に来れたみたいやなー」
「そうだね。なのは、皆の引率お疲れ様」
「あ、フェイトちゃん達も来たんだ」
「私も居るぞ」
「シャマル先生も居ますよ~♪」
「ですぅ♪」
「……ウォン」
八神ファミリーが集結し、その顔ぶれになのはが喜び、フォワード陣は恐れ多くてどぎまぎしていた。
なのはの横にヴィータが座り、その横にはやて、シャマル、前にザフィーラと彼の頭に乗ったリインが観客席へと座る。
よく見れば他の観客席にもちらほらお昼休憩がてら来た局員達も居るようだった。
「……なんぞこれぇー」
「恐らく……主はやてのしわざだろうな。まぁ、良い機会だろう。そろそろやるぞ」
「……はぁ」
コロシアムの中央で溜息をついたツキをシグナムが柔和な笑みを浮かべる。
二人はお互いにデバイスを起動し、バリアジャケットを身に纏った。
シグナムはベルカの騎士鎧を模した紫のバリアジャケットを、ツキは真紅のシャツに黒いパンツに長めの黒コートのバリアジャケットを纏う。
ツキのバリアジャケットが変わっているのは、両腕のベルナードをベルヴェリアを換装した時にシャーリーが行った変更のせいだ。
シャーリーはSTFのファンでもあり、よく現場に向かうツキの格好を「カッコイイなぁ」と思っていたので何となく変えてみたらしいのだ。
「なぜ私の仕事着を知っている!?」とツキは最初にバリアジャケットを身に纏った時に叫んだそうだが、シャーリーは「やっぱりこっちの方が似合いますね!」とゴリ押し。
はやてやフェイトがそれを後押して、通りがかったシグナムが「良いじゃないか」と一言。
それが決め手になってツキはそれをバリアジャケットをこのままにしておくに決めたらしい。
閑話休題。
バトルグローブのスネークの形も外見に合わせてごついフォルムから黒の皮手袋のような姿に変えられている。
「それでは開始する。準備はいいな?」
「はい」
「では、開始する」
シグナムの宣言により、五メートルの距離を取って模擬戦が開始された。
ツキはだらりと腕を伸ばしてから腰を落とし、超低タックルでシグナムへ肉薄。
五メートルの距離を一瞬で詰めた速度に観客が色めく、そのままツキは手刀の形をした右手でシグナムへ右方下方から斬り上げる。
シグナムはそれをレヴァンティンで払い、返しの刃で斬りかかる。
ツキはそれを左手で受け止め、くるんと左足を軸にして回転して回し蹴りを喰らわせた。
当たる直前に自ら後ろへ跳ぶことで威力を軽減して距離を取るシグナム。
その一瞬の攻防はレベルの高いものであり、見る者によっては何をやっているのか分からないほどだった。
「……ギアを上げます」
≪Limt Ⅰ Release≫
ギチギチッとツキの体から軋む音がして魔力の密度が一段階上がる。
シグナムがそれを確認した後、レヴァンティンの連結を解除させる。
≪Schlangeform≫
連結刃をうならせ、ツキへと振るい虚空を切り裂くレヴァンティンをツキは跳躍で避けた。
空中で体を捻りながら追撃される連結刃を避けたツキはコロシアムの壁を蹴って、レヴァンティンの追撃を振り切る。
突き出されたそれを避け、横に伸びる連結刃を握り、ツキは引き抜くように引っ張る。
しかし、
≪Schwertform≫
剣状態に戻るために連結を始めたレヴァンティンを利用してシグナムが肉薄、引き寄せられる速度を生かして体を傾けて蹴りを放つ。
直前にそれに気づいたツキは握ったレヴァンティンを手放し、地面に伏せて足の側面を狙って突き出す蹴りを放った。
シグナムは足の軌道を変え、突き出されたツキの靴底に乗っかるようにして蹴りつけ、そのまま後ろに飛んで距離を取った。
着地したシグナムの手にはジャララッと剣状態へタイミングよく戻ったレヴァンティンがあった。
「……凄い」
スバルはその猛攻に目を奪われ、見惚れていた。同じくエリオも同様にその闘いを見るのに夢中だった。
「次ッ!」
≪Limt Ⅱ Release≫
また一段階放出する魔力の制御段階を上げたツキの体に変化が見られるようになっていた。
真紅眼に金色が混じり、両腕と両脚は筋肉が増量してはちきれんばかりになり、背中の半分くらいだった銀色の髪が腰ほどまで伸びている。
さらに速度を上がった超低タックルでツキは弾丸のような速度で、シグナムへ突っ込む。
シグナムはそれをレヴァンティンの峰で受け止め、地面を削らせながらタックルの威力を相殺していく。
「征きますッ!!」
「来いッ!!」
両手を刀のように使ったツキの猛ラッシュをシグナムはレヴァンティンと鞘を使って捌き、ラッシュを仕返すと言う戦いへ移った。
メカニックや通常の局員の目はその速度に追いつけず、二人が両腕を消して止まっているようにしか見えない。
見えている者はスバルとティアナ、リインを除く八神ファミリーとフェイトとなのはだけだった。
エリオやキャロ、リインには打ち鳴らされる金属音とぶつかり合う魔力の奔流しか感じられず、悔しそうだった。
「ラストッ!」
≪Limt Ⅲ Release≫
完全に魔力を解き放ったツキのバリアジャケットの上着が粉砕され、魔獣の遺伝子によって作り出された強靭な肉体が露わになる。
ウルフテールだった銀髪を纏めていたゴムも弾け飛び、ぶわっとツキの銀髪が放出する魔力によって激しくなびく。
両目は完全に金色となっており、彼女の視界には全てが映り込んでいた。
「ウォオォオォオォオオッ!!」
「はぁあぁぁああぁあぁッ!!」
咆哮する二人の獣が速度を上げていき、レヴァンティンと手刀が触れた際に生じた衝撃波が観客席にも及ぶようになった。
慌ててシャーリーがエミュレーターを操作してコロシアムを修復、はやてに指示されたリインが観客席に結界を張る。
荒れ狂う暴風と化した二人を見て観客達のボルテージは上がる。
シグナムのレヴァンティンによる美しい神速の剣技、ツキによる微塵も残さないと言った凄まじい猛攻。
どちらも常識の範疇を超えており、スバルとエリオの参考になると言うレベルでは無かった。
拳と剣が打ち鳴らした轟音の後、二人はバッと距離を取った。
「……最終段階、征きます。姉御、もしもの時は死なないでくださいねッ!」
「お前如きに後れを取る私では無いッ!」
≪Limter All Release≫
「グォオォオォオオオォオオオッ!!!」
コロシアムの中央に銀色の人狼となったツキが咆哮を上げて、リインの作り出した結界をビリビリと揺らす。
≪Move ! Move ! Move !≫
まさしくそこに居たのは月に咆哮える"銀狼"。
その美しさと凶暴さを重ね合わせた人工的に生み出された化け物を見て、観客全員が見惚れた。
荒々しい雰囲気に加え、頭から足元まで伸びた銀色の髪が魔力放出の度に揺れ、日光に輝く。
恐怖でも拒絶でも無く、全員は見惚れた。
「自分を制御しろ。思い出せ、自分の存在を」
――己に眠る獣を飼いならせ。シグナムはレヴァンティンを構えながら凛ッとした雰囲気でツキへ言った。
対するツキは内側で暴走しようとする魔獣の叫びを受け止めて、さらに自身に慣らせようと制御に全身全霊をかけていた。
しばらく己の中での闘いを終えた銀の人狼はニヤリと笑みを浮かべた。
「自分の名前を叫べ!!」
「私の名は――――ツキフィリア・シュナイデンですッ!!」
シグナムの問い掛けに理性を保ったツキが叫ぶように応えた。
「よく言った」とシグナムはレヴァンティンを鞘に仕舞い込み、人狼のままのツキへ近づいて抱擁した。
歓声に包まれた二人を見てフェイトは嬉しそうに涙を流した。スバル達も感極まって泣いている。
「……姉御、そろそろ戻ってもいいですかね」
「いや、まだだ。人狼状態の制御を安定させるまで、後十秒……いや、三十秒は保て」
もふもふとシグナムはツキの髪を撫でたり顔を埋めたりしていて、明らかに言っていることとやっていることが違っていた。
「あー……」とされるがまま、シグナムの魔乳に顔を埋めるツキはやや幸せそうだった。
それから一分後くらいにシグナムが名残惜しそうに離れた。
「それでは、模擬戦を交えた状態変化の訓練は終わりだ。これから三回、連続して人から人狼状態へ移行してみろ」
「……はいっ」
すぅっと金眼が真紅眼へ戻る。それに続いてツキの体が人の姿を取り戻していく。
一度、二度……三度。やや時間をかけたがツキはしっかりと状態変化を制御してみせた。
「……うむ。ようやく安定したか、これで私の肩の荷も下りる」
「ありがとうございました!」
人型へ戻ったツキがシグナムに一礼して訓練が終了した。
はやてとなのはとフェイトは人狼型へ移行する度にツキの髪をもふもふするシグナムを見て「良いなぁ」と呟く。
スバルとティアナはお互いを抱きしめ合って喜び、エリオとキャロは「今度もふもふさせて貰おう」と意気込んでいた。
それからツキは元々人柄も良く愛されていたので、局員達にもより一層受け入れられ、髪だけを人狼モードにしてしばらく男女関わらずもふもふを提供することになるのだが、それは今の彼女が知る由も無い未来の話である。
「ほな、全員仕事に戻りやー」
と、はやての一言により五分だけ集まって解散した観客達が帰り、訓練スペースにはツキを後ろから抱きしめるシグナムと、苦笑するなのはとシャーリー、デバイスを渡されるのを待ち遠しく思うフォワード陣だけが残った。
はやてとフェイトは聖王教会へお出かけ、シグナムを除く八神ファミリーはそれぞれの仕事をしに先に出て行った。
ツキはシグナムに抱きしめられながら髪だけを人狼モードにしており、シグナムはやや高めにツキを抱いてその髪にたまにもふもふしている。
「部分変化を安定化させれば、制御もより一層できるようになる」と言う私欲に溺れた持論をシグナムが展開してツキを言い包めたのだ。
「こうしているのはツキがきちんと制御できているかを確認するためだ。……決して気持ちが良いからでは無い」と言い訳してたりする。
シグナムの知られざる乙女な一面を見た一同は「今はツキを渡しておこう」と思ったそうだ。
なのはに指示され、寮へ一度戻り、手前でエリオとフリードと別れてシャワー室に入った三人が雑談を開始する。
「それにしても凄かったね。凄すぎて全然参考にならなかったよー」
「……そうね。私達あんな凄いのと一年模擬戦やってたのね……」
「そりゃ私達も成長するわ」とティアナは自嘲気味に付け足した。スバルはやや苦笑しつつ、キャロはキラキラと目を輝かせた。
「訓練校時代のツキさんってどんな感じだったんですか?」
「そうね……、最初はエリートな年下のガキんちょって言う印象があったけど……」
「最初の混合訓練で大活躍! あの時だよね、私達がお友達になったの」
「ふふっ、そうね。馬鹿力を制御できてないスバルをツキが抑えて、的確な指示をしたりね」
「そう言えば……私達のコンビネーションスタイルの原型ってツキちゃんがティアを肩に乗せて、私と交代したのがきっかけだった気がする」
「ああ……、覚えてるわよ、それ。視線が痛かったわ、あの時は」
くすくすと笑い合う二人を見てキャロは「良いなぁ」と羨ましい気持ちになった。
今まで人に疎まれて過ごしてきた彼女が本当の意味で救われたのはツキに出会ってからだからだ。
一族に異端とされ、制御できない力に怯えた大人達の罵詈雑言の日々、盥回しにされて廃れていった心を預かってくれたのは、彼女の保護責任者になってくれたフェイトだ。
フェイトが用意してくれた環境、第61管理世界スプールスに居た人々は彼女に優しくしてくれた。人並みの愛情を注いでくれた。
でも、ただそれだけだった。廃れてしまって傷ついた心の外見は治ったが、傷の根本である心の内側までは癒せやしなかったのだ。
最初の訓練でツキが言ってくれた言葉がキャロの傷ついていた心を直すどころか、粉砕してくれた。生まれ変わるきっかけをくれたのだ。
「いちいち周りの顔見て行動しなくていいんだよ。自分の限界で行動をしろ」と、自分の憂いを砕いてくれたツキが素晴らしく見えた。
元々フェイトから二人の家族が居ると教えて貰っていたが、訓練での印象が劇的なモノであったために、ツキはキャロの憧れの人になった。
そして、そんな彼女と仲の良い二人が羨ましくて仕方が無かったのだ。
「さてと、そろそろ行きましょうか。エリオも待ってるだろうし」
「あー……そうだね。ちょっと長かったね」
「フリードと遊んでるから大丈夫ですよ、きっと」
キャロはそうフリードと戯れているエリオを想像して笑って言った。