【同日夜・旅館部屋】
「――って言うことがあって、それから私はどうやって接していいかぁ……」
酒の呑まれて愚痴るフェイトにシグナムは「またか」と言う顔をしていた。それもそのはず、その始まり方は実に十二回目だからである。
苦笑しつつなのはもちびちびと日本酒を飲みながらオレンジジュースを飲んでいるヴィータに絡む。
ヴィータが助けを求めてシャマルとザフィーラに叫ぶが、しれっと「いつものことだ」「ですね」と見捨てて酒を飲む。
そんな様子で混沌状態であった。
なのはとフェイトはまだ未成年なのだが、しれっと酒を飲んでいるのには理由がある。
中学生に上がった頃になのはの父、士郎がこっそりと母桃子の目を盗んでなのはに飲ませていたのである。
そのため、心配したなのはがユーノに都合の良い魔法を組み上げさせ、お酒のデメリットを軽減させる魔法を発明。
きちんとシャマルがその魔法の効力を受けたお酒を分析して「問題無し」と太鼓判を押したので、現在のようにお祭り状態なのだ。
フェイトの場合、元々雰囲気で酔っ払ってしまう性質のため自棄酒になると呑まれることが多かったりする。
「いやー、すまんなぁ! えらい話し込んでもうたわ!」
と、襖を開けてこの混沌を打ち払う者が居た。眠りこけたツキをお姫様抱っこで連れてきたはやてだった。
これ幸いとヴィータははやてに助けを求めるが「にゃー!」となのはが後ろからそれを阻止。
「あらら」とシャマルとザフィーラが微笑み、シグナムが「いい加減にしろっ」とフェイトの酒を取り上げる。
「うぅぅ……」と呻きながらフェイトは視界に入ったはやて――では無く、ツキを見て、駆け寄った。
そして、はやてから取り上げるようにツキを抱きしめ、隅っこに下がって「がるるる」と威嚇。まるで親犬のようだった。
「……なんやえらいカオスやなー。フェイトちゃんは原型留めてへんし、なのはちゃんは……平常運行やな。いつものことや」
「長かったですね、主はやて。積もる話でも?」
「そんなところやー」と、はやてはシグナムとシャマルの間に座り込み、日本酒の入ったお猪口を受け取ってがっと飲んだ。
「かーっ、美味い酒やなこれ。出所はなのはちゃんやろ?」
「ええ、士郎殿のおすすめだそうです。中々イケますね」
「せやなー……。フェイトちゃん大分酔いつぶれてるけど大変やったろ」
そうお猪口にお酒を注ぎながらはやてが楽しそうな顔で言う。
対照的にシグナムは苦虫を噛んだような顔で「去年の数倍大変でした」と答えた。
去年はグラナガンにある八神家の方でパーティをしたのだが、やっぱりシグナムにフェイトは絡み、ヴィータになのはが絡み、はやてとシャマルとザフィーラがそれを肴に笑うと言った様子だった。
そして、今日のフェイトはツキのこともあってさらに悪化したらしい。
結局フェイトはツキを抱きしめながら撃沈し、なのはとヴィータは仲良しそうにすやすやと脱落し、無事だったはやて達がやれやれと後片付けをして、布団をひいて寝た。
勿論、フェイトとツキ、なのはとヴィータの布団は一緒にしておいて、だ。
エピソードzero 歪に、真っ直ぐに ~新暦71年 4月30日~
【ミッドチルダ北部魔導師試験会場】
「あ痛たたた……」
「飲み過ぎですよフェイトさん……。どんだけ飲んだんですか」
「確かなのはの持ってきた瓶をラッパ飲みしてからいつも通りなことになってたな」
二日酔いで潰れた面々を連れてきたはやて達は先に出て筆記試験を終えて休憩していたいつも通りのツキと合流。
今朝起きたツキは何処か吹っ切れたような様子であり、はやては内心で安堵したそうだ。
現在は会場のロビーでF・Dランクの実技試験が終わるのを待っている状況だ。
ロビーでは不屈のエースと呼ばれたなのはや敏腕執務官であるフェイトの姿を見た新米魔導師達がざわめいていた。
「……目立ってますねぇ」
「せやなぁ……、よし。観客席に先行って、待とうか。時間的にそろそろやろ?」
『えー、ただいまからCランク魔導師試験の実技試験を行います。参加者は至急実技グラウンドへお越しください』
「ほら、な。ちゅーことでフェイトちゃんは回収しとくわ」
「お願いします。では」
順番はたぶん早めです、と告げてからツキは参加者の集まる方へ向かって行った。
フェイトに肩を貸したはやてを筆頭にぞろぞろと観客席へ向かう彼女達は凄く目立った。
しかし、そんなことに構ってたら日が暮れる、と言った様子でしれっとはやて達は観客席へ団体様入場。
ちょうど一組目が始まる所で座ることができた一同は、後ろで並んでいる中に銀色のウルフテールを見つけて手を振った。
それに気づいたツキは遠目でも分かるように「うげ」と苦い顔をしつつも、手を振り返した。
「んー……この頃は皆可愛いなー」
「そうですね。Bランクからは一気に跳ね上がると評判の試験ですから」
二組目、三組目……としばらく続き、ようやくウルフテールの少女がスタート台に立つ順番となった。
Cランクまでの魔導師試験はペアが原則となるのだが、技量によっては複数人のエントリー、一人でも可能とされている。
複数人で行う場合は審査が厳しくなるので、最大でも三人までが多い。
そして、一番審査が厳しくなるのは実は一人で行う時だ。理由は至極簡単。協調性が見られないからだ。
そのため、ペアとの協調が無い分、採点が厳しくなるのだ。
『次、名前と魔法系統とデバイスを掲示してください』
「はい。ツキフィリア・シュナイデンです。魔法系統はベルカとミッドのハイブリット。
デバイスはアームドデバイス型、バトルグローブのスネークとストレージデバイス型、両腕の義手のベルナードです」
『……はい。資料と一致しました。準備してください』
「……え? あいつの腕、義手なのか?」
ヴィータの問いにフェイトが悲しそうな顔で頷いた。
「ツキは違法研究所から保護された子だって言ったよね。保護された時、ツキの両腕は肘から先が"噛み千切られてた"んだ」
――歯型はツキの物と一致した。そうフェイトは続けた。
それだけを聞いて、はやて以外が「食べたのか」と推測した。はやては昨日の夜のことがあって、考えは違っていた。
そう、恐らく彼女は――、
(エリオに手ぇ出す前に自分で噛み切ったんやろな。唯一の家族だったエリオを手にかけないように)
『バリアジャケットを装着後、試験を開始します』
「はい。スネーク、イグニッション!」
≪yes,my lord≫
瞬時に黒のタンクトップとカーゴパンツがバリアジャケットへと変換される。
真紅のアンダースーツの上に黒いコートのようなバリアジャケットに身を包んだツキは、瞬時に地面を蹴った。
試験のコースは直線のみの初級なコース。
しかし、オートスフィアの量が多く設定されており、参加者のクリア目標はオートスフィアの全機の殲滅となっている。
時間制限が短く設定されており、ツキの前のコンビは残念ながらクリアできずに不合格となった。
駆けだしたツキの速度は凄まじく、会場の全員を圧倒させた。
「はっや!?」
「……テスタロッサの本気くらいはあるんじゃないか?」
ツキの戦闘方法はごくシンプルなものだった。超高速で近づいて、潰す。たったそれだけのスタイル。
彼女の前に踊り出たオートスフィアは繰り出された裏拳と靴底によって粉砕され、破砕の悲鳴をあげた。
はやて達の視線の先には大量のオートスフィアが設置されており、中型のオートスフィアが三機、大型が一機、小型がざっと見ても百機はあるように見えた。
「めっちゃ多いなぁ? いつからあんなに難しくなったん?」
「えっと、確か参加方法がシングルの時だった時だけだった気がするよ。コンビ用の量と同じなんだって」
「へぇ……、でもあいつ止まりすらしてねぇぞ……?」
ヴィータの言う通り、ツキは一切減速せず、迫り来る小型のオートスフィアを捌いていた。
しかし、彼女にとっても量が多かったのか、はやて達から見ても苛々しているのが感じられた。
「……スネークッ! アクセルオーバー!」
≪Limiter break≫
瞬間、音が消え、凄まじい爆風が観客席を襲った。風が止んだ時、ツキの声が静寂を貫いた。
「破砕烈火ッ!!」
ツキが虚空へ向かってバックブローを放った瞬間、全ての音が再び消えて、彼女の眼の前に存在したオートスフィアごと目の前の空間が爆散した。直後、轟音と爆風がここに居た全員に襲いかかる。
「うぉあ!?」
「ヴィータちゃん!?」
軽いヴィータは爆風に乗っかって吹っ飛びかけ、なのはの咄嗟のバインドにより事なきを得た。
元凶の彼女はしれっとゴールに向かって歩いており、彼女に襲いかかるオートスフィアは一つたりとて無かった。
なぜなら、コースの上に破片となって転がっているからだ。先ほどの爆発で全てのオートスフィアが蹂躙されたのだ。
≪All complete≫
「はい、ゴールっと」
ゴール地点に悠然と立ち、にこりと観客席のはやて達に向かって微笑んだ。
『お、オールコンプリート。し、試験結果は後日配達されるのでご帰宅ください……』
「分かりました。ありがとうございました」
そして、会場の出口から颯爽と出てったツキを追ってはやて達が慌てて追いかける。
ツキからフェイトに連絡が入り、ロビーで合流をすることとなった。
ロビーの椅子に座りながら、ツキの到着を待つ面々は先ほどのことについて花を咲かせていた。
「なんだったんだあれ。ぶわっと風が来たかと思えばずばーん!ってスフィアが爆散したぞ!?」
「恐らく……最初の風はツキちゃんの魔力放出によるものね」
「ああ。奴も面白いことを考えるものだ。魔力で疑似粉塵爆発を起こすとはな」
「粉塵爆発? なんだそれ、えらく物騒な感じがするぞ?」
頭の上に?マークを浮かべているヴィータにシグナムが説明した。
「粉塵爆発は可燃性の粉塵が浮遊した状態で、火花などにより引火して爆発する現象のことだ。
それをツキは魔力の散布によって、粉塵爆発に必要な三要素の内、粉塵と酸素がある状態を作り上げた。
散布した魔力は予め何か魔法術式を練り込んであったもので、ツキの合図でを爆発する代物になっていたと仮定する。
そこに引火の基となる一撃を加えて起爆。魔力爆発を起こして、オートスフィアを破壊した、と言うことだ」
「……つまり?」
今の説明で理解できていないヴィータが首を傾げた。
「……そうだな。ヴィータ、ポップコーンを主はやてに昔作ってもらったことがあるだろう?」
「ああ! あれか! すっげぇぽんぽんしてて面白かった奴だな! 美味かった!」
「コーンが粉塵と酸素で、フライパンの熱が引火だと言えばわかるか?」
「あー……? ああ、なるほど。そういうことか。大量の火薬放り投げて着火したような感じだな」
「まぁ、概ねそう言うことだ」とシグナムは蟀谷を押さえながら物騒でありながら的を得ているヴィータのそれに同意した。
「シグナムもえらい可愛らしい例え方をしたなー」
「……そこまで噛み砕かんとヴィータは理解しないと悟りましたから」
そうシグナムはやや恥ずかしそうに頬を朱に染めて視線を逸らした。
ヴィータはヴォルケンリッターの中で一番幼い。それは身体的にも、精神的にも言えることだ。
そのため、彼女に説明するためにシグナムとシャマルが頑張ったのだ。
数年前にどう噛み砕けばヴィータが理解してくれるかを考え、食べ物に関する例え方をすればよいと結論。
……しかし、その例えをするためには二人が食べ物の知識を頭に積み込まなくてはいけなくなった。
管理局の無償奉仕期間を終えた後、中学へ行くはやての代わりにシグナムが料理を始め、シャマルはお料理教室へと出向くようになり、ようやく形になってきたのだ。
ちなみに、シャマルの料理はテロ並みから時々失敗料理になる程度、とランクが下がり、対照的にシグナムはヴィータとはやてに料理を褒めちぎられたことに味をしめ、めきめきと料理の腕を上げていった。
元々プログラムであったせいか、シグナムは幾多のレシピを記憶し、物にしてみせた。シャマルは……これ以上は伏せておく。
私服になって戻ってきたツキに先ほどの考察をすると「んー、八割方正解ってとこですね」と採点が返ってきた。
「あれは凝縮魔法と集束魔法を応用した爆発でして、広域に広げた魔力を一気に一ヵ所に凝縮することで高密度魔力爆発を起こしたんです。
傍目から見るとシグナムさんの言ったように疑似粉塵爆発に見えるようにしたんですが……。
やっぱ駄目ですねー。魔力の広がり方が広域過ぎて、予想の半分しか威力がでませんでした。もうちっと論理詰めないと実戦で使えないです」
「新技なんですよー」と、けらけら笑うツキを見て、全員が「将来……いや、数年で化けるな」と思ったのは秘密である。
その後、旅館へ戻って温泉を楽しんでから、温泉旅行がお開きとなった。
翌朝、ツキもエリオの居る管理世界へと第七臨海空港からフェイトにきちんと見送られて帰って行き、ほっとフェイトが安堵の溜息をついた。
ロビーの椅子に座り、やや残る二日酔いの余韻に苦しみながら相棒が知らせた通信を開いた。
『ああ、フェイトちゃん? ちょっとええかな』
「うん。ちょっと疲れただけだから大丈夫だよ」
『ならええんやけど……。っと、時間押してるから手短に言うで、ツキのことや』
「……ツキ?」
予想と違う内容にフェイトはきょとんと目を点にする。
『昨日な、フェイトちゃんが酔いつぶれる前に色々と話させてもらったんや』
「……え?」
『フェイトちゃんは、優しすぎるんや。そして、繊細過ぎるんや。だから、誰かを救えても、ツキの心までは救えないんや』
「は、はやて?」
『……もうええやろ? 本当は分かってるんやろフェイトちゃん。分かってて、とぼけてるんやろ。確かに、自分を護るにはそれでええんや。
でもな、』
――護るもん置いてけぼりにして逃げちゃあかんやろ。はやてのその一言はフェイトの奥底へと突き刺さった。
『何でツキがあそこまで自分を殺していたのか分かるわ。そら、そうや。吐き出す相手が居らんからな。溜めるしか無いわ。
だから、フェイトちゃんじゃなく私に言ったんや。自分の思いを全部吐き出して、あの子が最後に何て言ったか分かるか?』
――私はもう自分を騙さなくていいんだね。はやてのその言葉に、フェイトは呻いた。
『ツキはそう言ったんや。あの子がグレーなゾーンを行き来してたのも頷けるわ。
壊れるには何かを犠牲にせんとあかん、狂うには誰かを犠牲にせんとあかん。
そのどちらにも逃げ道を作らなかった……いや、エリオの存在があったからあの子は自分を騙したんや。自分は化けもんや、って。
弟のエリオが不安がるような自分の姿を見せちゃあかんから、ってな。
手にかけた子供達を未だに忘れずに、幸せからの手を振り払って、自ら地獄のような場所に落ちて、』
――自分は壊れることも狂うことも無い化けもんやって、自分を騙したんや。はやてのその言葉にフェイトは肩を震わせた。
『……いつまでも人は清くあることは無い。せやろ、フェイトちゃん』
「……………………………………分かってた、でも、認めれなかった」
『分かっとる。だから、フェイトちゃんは優しいんや。聡明で、人の痛みを人一倍知っとるフェイトちゃんだから、恐れたんや。
昔の心の古傷を開かないように、そっと逃げてたんや。ごめんな、今まで気付いてやれんで』
「……ううん。謝るのはきっと、はやてじゃなくて、私だ。ごめん、はやて。私――」
『アホぉ、言う相手が違うわ。ほな、時間やから切るでフェイトちゃん』
――優しさには、人を傷つけることも必要なんや。そうはやては諭すように言って、通信を切った。
空港のロビーからフェイトは即座に飛び出し、駐車場の自分の車に戻って、泣いた。久しぶりに号泣した。
自分の弱さがツキを傷つけていた。その傷跡を知られぬようにツキは自分を騙した。
自分の手が汚れているから、と自分を卑下して。
自分の心が弱いから、と自分を騙して。
自分の弱音を吐きだす場所が無くて、ずっとずっと抱え込んで、それを知ろうとする者を拒絶するように、と自分を追い立てて。
自分の罪を認めて、騙すのを止めて、弱音を吐きだしたことで、どれだけ彼女は救われたんだろうか。
フェイトはそう解釈して、泣いた。
「……願ったこと全てが叶うわけがない。そんなことは分かっていたのになぁ」
フェイトは謝るべき少女の瞳のように自分の眼が赤くなっているのをミラーで見て気付く。
(もしかしたら、ツキはあの頃からずっと泣き続けてたのかもしれない)
真っ赤な目が、真紅の眼になるまで、泣いていたんだろう。フェイトはそう思ってまた自分が嫌になった。
今日を境に、彼女の仕事振りに拍車がかかることになる。新たな決意を胸にしたフェイトは今日確かに、新たな一歩を踏み締めたのだ。