「これが私達の新デバイスですか……」
「うん、そうだよ! 制作は私となのはさん、レイジングハートさんとリインさん。そしてゲストにツキちゃんでーす!」
「エリオとキャロのはデバイスに慣れさすって言う意味も込めて基本最低限のもんしか積んでないのを渡してたから、見た目は変わってねぇ。
その代わり中身がぎっちり詰まったもんになってる。エリオとキャロのは主に私が手掛けた奴だから安心して使え」
――お前らの好みくらい姉の私には御見通しだからな。魔獣の制御が安定したツキは今日からようやく復帰することになり、微笑んで言った。
ツキが手掛けた、たったそれだけのことでエリオとキャロは嬉しそうにデバイスを受け取り、装着した。
実は、外に出れない時間を利用してツキは二人の新デバイスを組み上げていたのだ。
ベルナードはフェイトに頼んだものだが、初代スネークは自作したものであり、彼女にもデバイスの知識はあったのだ。
そのため、二週間の時間をかけてデバイスマスターの資格が取れるところまで覚えたツキはシャーリーに頼んで二人のデバイスを自分に組ませるように頼んだ。
シャーリー監修の下、かなり出来の良いデバイスが誕生したということだ。
「わぁ……何これ凄い。全然違う……」
エリオのストラーダはブースターの機能の向上と魔力刃生成速度とその威力の向上、そして、エリオの戦闘スタイルの核とも呼べるソニックムーブの使用効率性能を格段まで跳ねあげた代物になっている。
それに加えてアームドデバイスとしての硬度も上がっており、より突撃・殲滅型に特化したデバイスとなった。
「速くなってる……」
キャロのケリュケイオンはブーストデバイスであるため、キャパの上限を上げてより効率の高いブースト機能を実現。
さらに、マルチブーストシステムをツキ独自に組み上げ、ブースト対象の選択やブースト項目をケリュケイオンも選択できるようになり、キャロが対象を指定すれば、ケリュケイオンが出した一覧からすぐにブーストへ移れるようになった。
パターンを組めばキャロの指示一つでケリュケイオンが指定、ブースト、維持の三つをすることができるようになったのが一番大きい変化だ。
「……って、感じに効率だけを良くしたからな。使いこなせるかはお前らしだいだ」
「ありがとう姉さん! 僕、頑張るよ!」
「ありがとうございますツキさん! 私も頑張ります!」
わらわらとツキの下へ言って頭を撫でられるエリオとキャロを見て、外見も変わっている自分のデバイスを受け取ったティアナとスバルはちらっとシャーリーの方を見た。
「お二人のはですね……!」とツキの説明に感化されていたシャーリーが説明をし始める。
スバルの新デバイス、マッハキャリバーは事前に渡したリボルバーナックルを組み込んで瞬間装着、収納を可能にしたものである。
ナックルリボルバーは整備と強化だけをしてそのまま、マッハキャリバーはスバルの使っていたローラーブーツに当たる部分だ。
インテリジェンスを組み込み、マッハキャリバー自身にスバルのオリジナル魔法ウイングロードを発動できるように工夫された点と、ローラーブーツよりもより魔力燃費の良い稼働効率を機動六課の技術で極限まで高めた代物だと力説した。
「インテリかぁ……!」
ティアナのデバイス、クロスミラージュはアンカーガンに形を似せ、ティアナが使いやすいフォルムに設計されている。
ツキの案でツインハンドモードとブレードモードが採用されている。
シングルハンドモードでは射撃魔法の威力を重視、ツインハンドモードでは射撃魔法の展開速度を重視したモードとなっており、どちらも射撃魔法の発動に用いられる魔法量を極限まで減らし、射撃魔法によるコストを下げられている。
それに加えて、銃身の下部に魔力刃を生成する装置を取り付けられ、そこに魔力を注ぎ込むことで魔力刃を持続させる仕組みとなっている。
さらに、ツキのマルチブーストシステムを幻術魔法用に作り替えたマルチタスクシステムが組み込まれている。
これにより、幻術魔法のパターン化が可能になった。
発動する度にダミーの外見構成をティアナが一から作り上げなくてもよくなり、使用目的に合わせて注ぎ込む魔力量を増減させるだけで発動できるように簡略されている。
「凄い……!」
「ちなみに、四人のデバイスに私が作り上げた個々の戦闘に役立つ魔法を突っ込んでおいたから、後で試してみてくれ」
ツキはデバイス制作よりも、どちらかと言えば魔法構築の方が得意だった。
最初のデバイスはフェイトの補佐であるシャーリーに借りたブーストデバイスの構造を真似て作られた出来そこないであり、数年をかけてようやくブースト特化型のアームドデバイス、スネークが出来上がったのだ。
それに対して彼女の最初のオリジナル魔法である破砕烈火は数週間で基礎を作ることができたものだ。
実戦の機会の無い幼少時代にはフェイトやなのは、八神ファミリーによく魔法式を送り、採点と改良点を添えて返信を貰い、それを参考に何度も改良を重ねたのだが、スネークが完成したことですぐに完成に追いつき、月日で見れば半年もかかっていない。
ようするにデバイスが無かったから調整に手間取っただけで、訓練用や試供品程度のレベルのデバイスさえあればすぐに完成したのだ。
スネークを使い始めてからはオリジナルの魔法をばんばん開発するようになり、日常レベルから実戦用のものまで幅広い分野での魔法の開発技術を習得できた。
と言ってもくだらないものも多いのだが、本人曰く「魔法は組み合わせとタイミングが大事」だそうだ。
実は、彼女の攻撃魔法破砕烈火の根源は、ごみの圧縮魔法だったりするので馬鹿に出来ない。
「デバイスは皆さんの訓練時の稼働データを入れてあるので、いきなり使っても問題は無いと思います」
「遠隔操作で微調整できる時代だからな。午後の訓練の時に申し出ればシャーリーさんが頑張る」
「ならなんであんたが言ったッ!?」
ティアナがツッコミを入れた後、モニターの全てが緊急アラートにより赤く点滅した。
「これは……第一級警戒体勢!?」
「グリフィスくん!」
なのはの声に反応したモニターがグリフィスの顔を映し出す。
『教会本部からの出動要請です!』
「……ずいぶんとタイミングがいいな、おい」
ツキは悪態を吐きながら端末からアラート内容を確認する。
グリフィスの顔の映るモニターの横のモニターにはやての顔が映し出される。
『なのは隊長、フェイト隊長、グリフィスくん。こちらはやて。教会騎士団で追ってた、レリックらしき物が見つかった。
場所はエーリム山岳丘陵地区。対象は山岳リニアレールで移動中』
「……ガジェットが車両の制御を奪ったのか」
『ツキ大当たりや。車内のガジェットは最低でも三十体、大型や飛行型の未確認タイプも出てるかもしれへん。皆行けるか?』
「行くしかねぇだろ。何のための機動六課だ」
『……せやな。スバル・ティアナ・エリオ・キャロ! 危ない時は隊長陣がちゃんとフォローするから思いっきりやりぃ!』
「「「「はいっ!!」」」」
『機動六課フォワード部隊、出動!』
『はい!』
はやての出動命令に機動六課フォワードメンバー全員が高らかに返事をした。
エピソードsts 新たな相棒と初めての任務
「空はなのはさんとフェイトさんが制圧してくれる。私達がやるべきことはなんだ? エリオ」
「はい、リニアモール前部と後部からのガジェットの殲滅及び車両の制圧です」
「そうだ。ザフィーラは別任務で居ないから私と、臨時でリインが四人のフォローに回る。
スターズは前部、ライトニングは後部から侵入。リインはライトニングのフォロー、私はスターズのフォローだ。リイン、構わんな?」
「はいですぅ!」
「レリックは第七車両の重要貨物室だ。ガジェットの全機殲滅、レリックの回収。これが私達の初任務だ」
「先に辿り着いた方がレリックを回収するですぅ、分かりましたか?」
「「「「はい!」」」」
「エリオとキャロとリインはヴァイス陸曹の指示で降下。ヴァイス陸曹、頼みましたよ」
『あいよ!』
エーリム山岳丘陵地区を爆走するリニアモールの上空を確保したヘリの中でミーティングが行われ、ヴァイス陸曹の操作でハッチが開いた。
「二人とも、行くぞ! ブレイズ01、ツキフィリア・シュナイデン、出る」
「スターズ03、スバル・ナカジマ!」
「スターズ04、ティアナ・ランスター!」
先に降下したツキは空中でセットアップしてバリアジャケットに身に纏う。
二人もそれに続いてセットアップし、白を主調とした新たなバリアジャケットに身に纏って感激する。
「これって……」
「バリアジャケットは各分隊の隊長のを基に作られてる。生憎私のは無いけどな」
「あはは……」
エリオとキャロがバリアジャケットを身に纏って後部側に着地したのを見計らって、ツキがリニアモールの内部へ侵入。
続いたスバルとティアナは、降りた先ですでに粉々になっているガジェットの残骸を見て心の中で合掌した。
「ティア、スバル! 私は最前部へ行ってリニアモールを止めてくる。レリック回収に回ってくれ」
「分かったわ、行くわよスバル」
「うん! そっちも頑張ってね!」
ツキは第七車両へ向かって行った二人を見送って、最前部の方を睨む。
事前に広域スキャンされた際に最前部だけがスキャンに引っかからなかった、それを知っているツキはそこが怪しいと目星をつけた。
未だにレリックが運び出されていないことが、STFの現場の猛者であるツキには腑に落ちなかったのだ。
こちらよりも先にリニアレールを暴走させてまで行動を起こしているのだから、こちらが辿り着く前にレリックの回収は容易いはずだ。
となれば、この襲撃に意味があると考えて、ガジェットを操る側の意図を探らなければならない。
それは、スターズ、ライトニングの四人の仕事では無く、フォローして彼らを守るブレイズ分隊の仕事、つまりツキの仕事だ。
「……リイン、今から最前部へ突破をかける。四人を頼んだぞ」
『……了解ですぅ。ツキちゃんも気を付けて』
「おう」
第二車両の扉を蹴り飛ばし、ギラリとモノアイを光らせたガジェット達を見てツキがニヤリと笑みを浮かべる。
「ひぃふぅ……ざっと八くらいか。スネーク、征くぞ!」
≪Yes , My lord≫
リニアレールの床を踏み抜かない程度に蹴りつけてガジェットへ跳ぶ。
ガジェット達はAMFを発動させるが、魔法を一切使用していないツキの拳と脚によって砕かれ、破砕の悲鳴を上げて床に散らばった。
「……やれやれ、自動制御って奴か。指揮官クラスくらい置いて手動にしろっての、つまんねぇ……」
ツキがつまらなそうに回し蹴りで第二車両の最後のガジェットのモノアイごと真っ二つに叩き割って、床へ蹴り捨てる。
第一車両の扉は無様にこじ開けられており、ガジェット達はここから第二車両へ移ったようだった。
ガコンッと飛び出た扉の破片を蹴り飛ばし、安全を確保してから第一車両に足を運んだツキは殺気を感じて床に伏せた。
頭上を空気を切り裂くほどの鋭さを持った複数の飛び道具が通り過ぎる。
「チッ、勘の良い奴だ」
制御室の扉から現れたのはツキと目線が同じの銀髪の少女だった。
ただし、普通の少女ならこのような場所からは現れない。明らかにガジェットを統率している者だと考えるのが妥当だ。
右目を塞いでいる黒い眼帯、凹凸の少ないボディスーツの上に灰色のコートを羽織った少女の両の指の間にはナイフが挟まっている。
「……なんだ、指揮官クラスが居たんじゃないか。馬鹿みてぇに相手を見ないでAMFなんぞに頼るから全滅するんだよ」
「……並みの魔導師なら魔法に頼って全滅を余儀なくされるんだがな」
どうやら付近にガジェットの存在は無いようで、先ほどまでの群で打ち止めらしい。
それを悟ったツキはスネークに脳内で指示を出し、身体強化と硬化魔法を発動させた。
魔法の発動を感じ取った隻眼の少女は「ふむ」と呟きながら、ツキを観察するように上から下へと見回す。
「なるほど、貴様はファイタータイプか。となると、体術のみでガジェットを破壊したのか。面白い」
「そっちのアンタはナイフを投げるのが得意なんだろ。……いや、アンタは、」
――私と似たような感じがする。ツキは拳を作って臨戦態勢に移行し、呟いた。
「……ふふっ、面白い。貴様、名を何と言う」
「おいおい、人の名前を聞くときは自分からだろ。……つっても私は半分人間じゃねぇけどな」
「問題無い。こちらも半分くらいは人間じゃない」
「ははっ、そりゃ奇遇だな。――ツキフィリア・シュナイデン少佐だ。親しみを込めてツキとでも呼ぶが良いッ!」
「――NO.5のチンクだ。私のことは敬愛を込めて姉様と呼んでも構わんぞッ!」
バチバチッと見えぬ火花を散らす両者は、ぐっと腰を落とす。ツキは拳を作るのを止め、手刀へ形を変える。
「いざ」
「尋常に」
「「勝負ッ!!」」
最初に動いたのはチンク。右手のナイフを散弾のようにばら撒くように放った。
さらに腰を落として超低タックルモードで飛び出したツキはそれを弾かずに避けた。
「IS発動、ランブルデトネイター!」
突如ツキの背中側にあったナイフが爆発を起こす。
「こなくそっ!」
ツキはとっさにフィールド系の防御障壁を背中に張った。
障壁によって弾かれたナイフの破片は床へと散らばり、チャリンッと金属音を静寂へ投げ入れる。
肉薄したツキが右方から手刀を薙ぐように繰り出す。チンクはそれを新たに生み出したナイフを逆手に握り締めて、刃で受け止める。
しかし、ナイフの刃はスネークを切り裂くことはできず、むしろ粉砕される末路を辿った。
「なっ!?」
「その対応はナンセンスだ、チンクさんよぉ!」
ツキは吼えながら右脚をチンクの足の間へ入れて、パイルバンカー並みの肘鉄を放った。
チンクは焦ったような表情で身を捻じり、灰色のコートで肘鉄を受ける。
「……ん?」
確かに必殺の一撃を入れたはずなのに彼女のあばらを砕いた感触は無く、むしろ相殺されたかのような感覚がツキの肘から伝わる。
ニヤリと笑みを浮かべたチンクは無防備になったツキの懐へ入り、ボディブローを放った。
「かはっ」
モロに喰らったツキは衝撃で吹っ飛ばされたが、空中で猫の様にくるんと回転して綺麗に着地した。ダメージはほとんど無さそうだった。
STF仕込みの筋肉トレーニングで鍛え上げられた肉体がスネークの身体強化と硬化魔法でダメージを最低限にまで落とし切ったのだ。
チンクはボディブローを放った右手をぐっぱぐっぱと動かしながら、ツキの強靭過ぎる肉体強度に歯噛みする。
「……ふふっ」
「……くははっ」
ツキは場所が狭く突撃&爆滅の機会の大半を失われて、尚且つ未知なる彼女の物理防御手段によりダメージが与えられない。
チンクはIS発動によるナイフの爆破が硬い防御障壁に、自慢の打撃は肉体の装甲によって受け止められるのでダメージが与えられない。
どちらにも不利な状態だと言うのに笑っていた。
目の前の自分に似た容姿に、似た戦闘間合い、そして何よりも自分と同じようにこの瞬間を楽しんでいることが嬉しい。
だから、二人は口元を悪魔のように歪ませて笑う。狂気めいた笑みで、お互いを見合う。
一生に居るか居ないかの最高の好敵手を前に、二人は笑いを止めれない。
たった一撃を交わしただけで、ここまでわかる。STFの隊長が肉体言語を推奨するのはこの感覚を味わって欲しいためだ。
「相手のために何ができるのか、相手を倒すために何ができるのか。この二つは同意義だ」と言い切った隊長の言葉をツキは思い出す。
彼女が熱く語ったその瞬間を自分も感じてみたい、そう思ったのだ。
それが、実現している。だから、嬉しいし、楽しい。狂気も狂喜もする尋常じゃないこの瞬間を、楽しんでいたい。
『セイン』
『あ、チンク姉? もう少しで追いつくから――』
『リイン』
『ツキちゃん? リイン達もすぐにそちらに――』
お互いにバックへ念話を送り、彼女達は目の前の好敵手を見て、言葉を遮って言った。
『『絶対に邪魔をするな』』
『『……え?』』
「こんな最高な舞台を潰されてたまるか」
「奇遇だな。私もそう思っている」
「楽しくて仕方が無いな、チンク」
「ああ、楽しいな、ツキ」
ツキは拳を、チンクはナイフを構えて、獰猛な笑みを浮かべて駆ける。
「炸裂劫火ッ!!」
「オーバーデトネイションッ!!」
チンクによって空中に大量に発生されたナイフがツキに向かって凄まじい速度で放たれる。
ツキは空中に作り出した高縮魔力弾を突き出した右拳にぶつけ、前方へ向かって方向指定された爆発を放った。
爆発に起こされた風に吹き上げられたナイフは空中を舞い、キラキラとその刃は未だに残る爆炎を映して輝いた。
魔力的爆発に酸素は使われない、しかし、ツキの爆破魔法は全て酸素を取り込み威力を底上げしている。
そのため、二人は一瞬だけくらっとするが獰猛な笑みを残したまま次の一手を放つ。
ツキは突き出した拳を手刀へ変えて、一歩踏み込んで喉を狙う鋭い突きを放つ。
それをチンクは下から蹴りつけて跳ね飛ばし、そのまま踵落としを脳天へと叩き付ける。
頭への直撃を避けるために身を捻じったツキは、敢えて右肩に鋭く重い一撃を受け止め、がっちりと首と右肩でチンクの細い左脚を挟み込む。
「捕まえた――ッ!!」
「くっ!?」
上がった右腕でチンクの左脚を固定し、無防備になったチンクのボディに右脚で凶悪なキックを叩き込む。その名は、ヤクザキック。
全体重をかけたその一撃は、咄嗟に防御行動を取ったチンクの右腕のコート部分へ突き刺さり、その重すぎる威力はコートに守られていたはずのチンクの右腕に凄まじい負荷を与えた。
そのままツキはチンクの右腕をなぞるように靴底で蹂躙し、チンクの顎を狙って跳ね上げる。
「はっ」
首を後ろへ曲げて避けたチンクは次に来る踵落としを潰すためにツキの右足首へ噛み付いた。
身体強化及び硬化魔法、さらに魔獣の力で跳ね上がった頑丈な肉体に喰らいついたチンクは「まるで鉄を噛んでいるようだ」と相手の硬さを再確認して毒づいた。
お互いに片足が封じられた状態だが、どちらも攻撃手段を残していた。
チンクがツキの背中側に大量のナイフを発生させた瞬間、ツキは拘束に回していた右手を外し、強烈な右フックを放つ。
しかし、体勢のせいで威力が落ちている右フックはコートに阻まれ、ツキの右手に不快感を与える。
「しま――ッ」
「ぷはぁ、――吹き飛べ!」
背中に魔法障壁を即席でスネークが張ったが、大量のナイフの爆発に一瞬で粉砕され、ツキの背中に細かい破片を許してしまう。
チンクは同じほどの大きさであるツキを盾にしてそれを回避した。
「が、ぁ、――――ッ!!」
背中に大量に突き刺さる感触をリアルタイムで受けたツキは悶絶しながらも、指示をスネークへ伝達させる。
≪Limit Ⅰ Release≫
「!?」
ギチギチッとツキの体から軋む音が聞こえ、突き刺さった破片が内側から再生される肌に押されて弾け飛ぶ。
「喰らえッ!」
右足の拘束を止めてしまったチンクは踵落としをおでこに喰らう、すぐ様ツキは右肩に乗るチンクの左脚を右手で払った。
頭に衝撃を受けて脳震盪を起こしたチンクはふらっと後ろへ倒れていく。
右脚の靴底を床へ叩き付け、グッと右腕を左肩の方へ絞ったツキは渾身の一撃をチンクのがら空きとなったボディに叩き込んだ。
「楽しかったぜ、チンク」
そう告げたツキは、寂しそうな笑みで吹っ飛んでいくチンクを見送った。
そのまま彼女は制御管理室の方へと頭から――
「ああもうチンク姉っ! 手ぇ出すなって無理で……、うわぁ?!」
ぶつかる前に、いきなりセミロングな水色の髪の少女が横合いから飛び出た。
彼女は吹っ飛んできたチンクを慌ててキャッチして、そのまましゅぽんと壁へ沈んで去って行った。
「……へ?」
ツキは騒いでいったあげくいきなり消えた少女に驚きながら、スネークから残存兵力が近くに居ない事を告げられた。
「まぁ、しかたあるまい」とツキはバリアジャケットから機動六課の制服へ戻り、スネークを待機モードに移行させる。
それから、先ほどから無視していたリインから、戦闘中に何度も送られていたらしい大量の通信履歴を見て呻きつつも、通信を開く。
「がるるる」と言わんばかりに怒り心頭な様子のリインの顔が映し出され、開口一番に「馬鹿ですかっ!?」と罵った。
「いやー……、その、なんだ。エキサイティングし過ぎたな、うん。すまん」
『すまんで済めば管理局は要らんですぅ!』
「いや、警察じゃあるまいし……」と上げ足を取らず、
「いや、管理局は揉め事処理だけじゃないからな。平行世界を管理する仕事も……」
『御託はいらねぇですぅ!!』
正論を言ったのだが、怒髪天を衝かんと言った様子でぶち切れたリインはそれからしばらく、画面内にレリックを確保して暇になった四人が談笑する姿が入っていると気付かずに、くどくどと説教をし始めた。
そして、説教しているリインが後ろに浮かんだ一本のナイフの存在に気付いて言葉を止めた。
彼女の背中にあったナイフが。浮かび上がり、時間差で作動するように設定されていたためターゲットであるツキをロックオンしたのだ。
ツキはリインの方に気が行っていて音も無く浮かんだそれに気づいている様子が無かった。
『――ッ! ツキちゃ――』
「どうし、」
たんだ、と言い切る前にナイフがツキの背中から右の肺へと突き刺さる。
気を抜いていて弛緩していた背筋はナイフを易々と内部へ誘ったのである。
ツキは人生最高の好敵手の抜け目無い戦術に、まんまと引っかかったのだった。
「……流石だぜ」
呟いた直後、吐血したツキはそのまま床へ倒れ込み、背中からどくどくと流した血で床に水溜まりを作り始めた。
慌てて駆け付けたリイン達が虚ろの目で何とか意識を保っていたツキに応急処置をして、ヘリで近くの病院へ搬送。
初めての任務で、初めての負傷者。
機動六課の全員にとって、忘れられぬ最悪の日へと変貌した瞬間だった。