ホワイトベースが撃沈された。その一報はすぐに連邦軍に知れ渡った。やはりグレン・ブルームスターの思ったとおり、これまで獅子奮迅の戦いを繰り広げたホワイトベースの敗北は連邦軍にとって計り知れない衝撃を与えた。しかし、グレン・ブルームスターやレビル将軍にとって、ホワイトベースの撃沈は大きな痛手にはなったものの、まだジオン、そしてシャア・アズナブルに反撃する切り札はまだ残されていた。そう、彼らの最終手段が。
話はホワイトベースが撃沈される1ヶ月ほど前、場所はパリになる。
「ランバ・ラル、エピテーゼ・・・・・・義体接続手術後の経過はどうかね?」
「悪くはない。もう自分の手足のように義手も義足も扱えるぞ。モビルスーツに乗れる 日も近い」
「残念だが、貴様はもうモビルスーツに乗ることはない」
グレン・ブルームスターはランバ・ラルにはっきりと告げた。ここは連邦軍パリ基地にある病院。このパリ基地はサイクロプス隊に襲撃された南仏基地に変わる連邦宇宙軍新型ガンダムの開発拠点となっていた。小規模な基地ではあったがモビルスーツを開発するのに必要不可欠な設備は整っている。
「私はまだまだやれるぞ、と言いたいところだがこれからは、貴様が言うニュータイプが戦場の主役になるのだろ」
「無論だ。だが、いくらニュータイプとは言え豊富な戦場の経験が無ければ足元を掬われかねん。私は貴様の経験を買っているのだ」
「フン、腹立たしい言い方だが、君の言い分も解るぞ」
ラルはアムロ少年に敗れ去っている。年端もいかない少年に敗れたというのは確かにショックだが、あれが進化した人類となれば納得できない話でもない。ガルダーヤの食堂で気に入ったという言葉をラルは使ったが、大人の物言いをする少年だと言う以外に感じるところはあったのだ。それが何かは具体的に表現できなかったが、今考えるとグレン・ブルームスターの言うニュータイプの可能性なのかもしれない。だがそれでもまだ少年だ。戦場での経験は圧倒的に少ない。狡猾な敵の罠にはまる時もあろう。ニュータイプとは言えなんでもできるわけではない。窮地に特段強い、というわけでも無いだろう。その彼らをまとめるために、経験豊富な指揮官が必要なのだ。
そこでグレン・ブルームスターはかろうじて生存していたランバ・ラルに白羽の矢を立てたのだ。ランバ・ラルはジオン軍の中でも取立てザビ家の信奉が熱い人物というわけではない。確かにジンバ・ラルの息子にしては閑職に甘んじており、国の役に立ってないことを歯噛みすることもあるが、それはサイド3ジオン公国に対してであり、ザビ家に対してではない。しかしラルは思想的なものは特に確固たる信念はなく、根っからの職業軍人だ。寝返りの示唆は彼のプロフェッショナル意識から困難を極めたが、グレンはついに自分の仮面を外し、アムロ少年の可能性を説き、人類の未来のために戦うことに協力を要請した。
人類の未来、ダイクンの理想をこの地球連邦で実現しようというのか、面白いぞ。
この瞬間 “地球連邦軍、ランバ・ラル少佐”を誕生させたのだ。もちろん、このことは一部のレビル派将校を除き、極秘事項になっているが。連邦でジオニズムを実践する。恐ろしく困難な事業だろう。だが既に死んだものがやるにはちょうどいいなとラルは思った。
「しかし、早速だがアムロ君の容態はまだ完璧ではないらしいではないか。新型モビルスーツの開発は大丈夫なのかね?キャ・・・・・・」
「今の私はグレン・ブルームスターだ。モビルスーツの開発に多少は遅れは生じるだろう 。特に最終調整はな。だが戦争は進んでいる。一刻も早く、ザビ家とシャア・アズナブルに対抗せねばならん。機体のハードウェアを最終調整はニュータイプ抜きでやる。」
「アテは有るのかね?」
「宇宙軍士官学校の首席を用意させてもらった。いろいろとツテはあたっては見たが、極秘で用意できるテストパイロットは新人しか回せなかった。ベテランはどこも手放そうとはしない」
「それでテストはできるのか?」
「繋ぎにはなるだろう」
その時であった。ランバ・ラルの病室にノックの音が響いたのは、グレンが入室するようにうながす。入ってきたのはまだ若い女性であった。赤いロングへアをなびかせている。軍人というよりはモデルでもやっていたほうがいいのでは?と思うような女性であった。
まさかこの女性にテストパイロットをやらせる気か?ランバ・ラルの疑念は的中した。
「失礼します。ガンダムNT-1“アレックス”のテストパイロットとして赴任させていただいました。クリスチーナ・マッケンジー中尉です。よろしくおねがいします」
マッケンジー中尉がグレンに赴任の挨拶をしていたとき、ハマーンは基地内に潜入していた。ここに新型ガンダムとアムロ・レイがいるという情報を受けてだ。しかし潜入というにはあまりにも稚拙だ。いつ見つかってもおかしくはない。とはいってもしっかりと既に連邦兵に尾行されているがハマーン自信が全く気づいていないだけだ。ただ単純に尾行している連邦兵がラル直属なだけで、行動の報告はしているが、ラルやグレンが放置しておくように指示を出しているだけだ。そんなことも露知らず、周りを警戒するハマーン。
何回か連邦兵に見つかりながらも、ようやくアムロがいると思われる病室に到着。ご丁寧にもアムロ・レイと何も隠されずに書いてあることをハマーンは滑稽だと思った。鍵がかかっていない。実は意図的に鍵が開けられていることにハマーンは気づいていないが、誰もいないことを確認するとハマーンはアムロ少年の病室に踏み入った。
「アムロ!」
「ハマーン?」
一瞬アムロ少年は驚いたような表情を浮かべたがすぐに鋭い目線の表情を見せる。彼女はジオン兵である。自分を殺しに来たと思ったのだ。その厳しい眼光を見てハマーンは焦った。
「違うのアムロ!ちょっと私の話を聞いて!」
その言葉にアムロ少年は手探りで銃を探す手つきを止める。ハマーンはそれを見てアムロ少年のベッドの横にちょこんと座りアムロの背中に寄りかかる。ハマーンはまだ13歳とは言え、経験のないアムロは頬を赤らめた。
「アムロみたいな人も初心なところがあるんだね」
「当たり前だろ」
「そう、少し安心した」
ハマーンが屈託のない笑みを浮かべる。それを見てアムロ少年は安堵した。やっぱりこの子は普通の少女だと。ニュータイプと言われると化け物のように見る人間もいる。自分が自覚する才能、周りの期待。それを見ると自分が異次元の人間にさえ見える時がある。だけど自分と同じ、ニュータイプの少女のハマーンはどう考えても普通の子だ。砂漠の出会いでも思ったが、それを再確認する。
「アムロが怪我したと聞いて、私心配で・・・・・・」
「でもハマーン。君は一度僕を殺そうした」
「そんなの望んでいるわけないじゃん!」
ハマーンの目から少し涙が出ているのをアムロ少年は見逃さなかった。彼女の本心であるのだろう。ではなぜ彼女は軍にいるのだろう?
「なら軍を抜ければいい。君みたいな子が、軍隊に本来いるべきじゃない」
「それは、無理なの」
ハマーンがアムロ少年のから目を逸らす。アムロ少年はきょとんとした。だがすぐにはっとする。この子も、かつての自分と同じで逃げられないような環境で無理やり戦わせているのかと。だがアムロ少年の予想は違った。
「私は、ジオンではニュータイプの被検体になっているの」
被検体?なんのことだ?とアムロ少年は思った。なんらかの人体実験でもさせられているのか?信じられない!連邦も望まぬ人間を戦わせて非道だとは思ったが、人体実験なんて、ジオンはもっと非道だと思った。しかし・・・・・・。
「私、体とか頭とかいろいろと調べられたりもしたわ。苦しい時もあるしむしろその事 のほうが多かったわ。でも後悔はしていない。自分から志願したから」
えっ、自分から志願?なんでそんな苦しいことを自分から志願したのだ?アムロ少年は疑問に思った。
「ニュータイプが世界を変える。フラナガン博士はそう言っていたわ。アムロも知っていると思うけど、人は分かり合えるものよ。もしニュータイプのメカニズムが解って、人類全てが分かり合えるようになればそれは素晴らしいことだと思うの。だから私どんな辛いことでも耐えてみせるって」
人類全てがニュータイプ。ハマーンが言うとおりそうなれば素晴らしいと思う。自分とハマーンみたい全ての人間がわかりあえば、世界は素晴らしものになる。それは理解できる。しかし・・・・・・人類の半分を殺し、なおも戦争を続けて、ハマーンみたいな子を戦争に巻き込んでいるジオン公国が本気でそんな世界を望んでいるのだろうか?
「だから、アムロ。私と一緒に来て。無理なら・・・・・・せめて」
「それは、できない」
アムロ少年はきっぱりと言い放った。ハマーンはどきっとする。
「僕には人類全体とか、ニュータイプとかそういうものは解らない。でも、僕にも帰るべき場所。守らなくちゃいけない人がいるんだ」
今必死で戦っているであろうホワイトベース。今でこそ自分は負傷して離脱してしまっているが、アムロ少年にとって彼らは既に死地を共にしたかけがえのない仲間。両親のいない自分にとって唯一の身寄りなのだ。
「アムロ、それって木馬のこと?」
「ホワイトベースのことかい。ならそうだよ。確かにこのまま逃げるということも出来たかもしれない。だけど、こんな世界じゃね。どこ行っても一緒だし、戦争から逃げることはできないから」
アムロ少年はアフリカでの出来事を思い出す。エロ・メロエやディドー・カルトハ。 彼らの戦いは直接この戦争とは関係ないかもしれない。でも彼らは戦っている。世界は過酷だ。破壊という形でなくても、様々な形でこの世界の人々は戦争と戦っている。逃げられないのなら、この世界で自分は守りたいものを守る。
「確かに僕の力では世界は変わらないかもしれないけど、自分に見える人なら僕には 守る力があるんじゃないかと思うんだ」
「そう」
「ハマーンは、そういう人はいるのかい?」
「えっ?」
ハマーンは言葉が詰まった。目に見える人という発想がなかったからだ。ハマーン 自身、13歳という年齢には似合わないぐらい世界のことを考えている少女である。しかしそれでも所詮は13歳である。ただ漠然と世界を変えたい。連邦を倒して 宇宙移民の自治権をというお題目を盲目的に信じてそのために戦っているに過ぎない。守りたい人、誰のための世界か。ハマーンは考えたことがなかった。
「そう、私にはいないかもしれない。だけどアムロには」
「僕は政治的なこととか連邦、ジオンの考え方まではわからないさ。だけど戦争がどういう形で終わるにしろ。死んで欲しくない人はいる。だから戦うんだ」
ここで一呼吸アムロ少年は置く。少し気恥ずかしい症状を浮かべる。どうやら言うか言うまいか迷ったらしい。しかしアムロ少年はきっぱりと言い放った。
「ハマーン。君もだ。君にも死んで欲しくない」
「えっ!?」
ハマーンは驚愕した。まさか自分の名前が出てくるとは思いもしなかったからだ。しかしアムロ少年の顔は真剣そのものだ。とても冗談を言っているような表情には見えない。だが・・・・・・。
「でも私はジオンの人間よ。あなたは・・・・・・」
「ジオンでも連邦でも、大切な人なら所属は関係ない」
アムロ少年の決意は固い。どうやら本気でハマーンのことをなんとかしようとしているようだ。
「君にも守りたいものがあるのかもしれない。その中に僕が含まれているということも 今解った。嬉しかった」しかし、ここでアムロ少年が再び深呼吸する。
「僕にだって守りたいものがある。その中には君も含まれている。だからハマーン、君も」
「無理よ!」
ハマーンが耳を抑え甲高い声を上げる。自分には確固たる決意が無い。それが解ってしまったのだ。自分がなんとなく戦いに参加している。人の思想を鵜呑みにして戦いに参加しているのだと。だけど!私はマハラジャ・カーンの娘、そしてニュータイプの先駈けとして戦わなくちゃ。
だから。
「ハマーン!」
次の瞬間、ハマーンは走ってアムロ少年の病室を飛び出した。
「ハマーン・・・・・・」
アムロ少年はハマーンが出て行った部屋のドアを見つめる。アムロ少年の決意は変わらない。
「もし君がもう一度僕の前に立ちはだかるなら、次は・・・・・・」
病室を脱兎のごとく飛び出したハマーンは自分のやった行動に戦慄した。何も考えずに飛び出したとは言え軽率すぎた。自分はジオンの人間なのだ。手引きされてここまで来たとは言え、勢いよく飛び出して駆け出すなど不審者以外の何者でもない。ここで捕まったら間違いなく殺される。
ハマーンは走った。外で待機しているはずの友軍、サイクロプス隊に連絡を入れ脱出ルートの指定を受けそこに向かって一心不乱に走る。
しかし、ハマーンは途中で疑問に思った。あれだけの騒ぎを起こしているのに誰も慌てている様子がないのだ。ジオンの人間の侵入を許しているのにこの静けさはなんだろうかと?
「はぁ、はぁ」
ハマーンは不審に思い立ち止まる。「あれはまさか!?」
ハマーンはいつの間にか兵器工房に迷い込んでいた。何気なく見やっただけだが、そこで組み付けられたていたものは。
「新型のガンダム」
間違いない、あれはこないだ戦った新型のガンダムだ。サイクロプス隊の読みと情報は正しかった。ここで間違いなく新型のガンダムの開発を続けている!
ハマーンは鞄の中に入っているカメラを徐に持ち出しガンダムを撮影し始める。これをサイクロプス隊に見せれば確信を持って作戦に移せる。
が、しかし!
「こんなところで何してるの?部外者は立ち入り禁止よ」
「!?」
見つかった。あわてて振り返りながらハマーンはカメラを隠す。そこには手を腰に当てながら呆れ顔でスタイル抜群のお姉さんが見つめていた。クリスチーナ・マッケンジーだ。
「いえ、病院にいる父をお見舞いして帰ろうとしていたら道に迷ってこんなところに」
「そう」
軽くため息をつくクリス。
「解ったわ、私が出口まで案内してあげる」
あまりに慌てて焦った表情で言ってしまったがどうやら信用してくれたらしい。ホッと胸を撫で下ろすハマーン。
クリスの案内で出口に向かうハマーン。マズイ、カメラの写真は守ったがサイクロプス隊の脱出口とは明らかに違う目立つ出口に案内されている。しかしここは従うしかない。サイクロプス隊とはなんらかの別の形で合流するしかない。
「お父さんは連邦の軍人?」
「そうです」
「他に家族は?」
「お母さんは既に死んでます。お父さんが大怪我で入院しているので今は一人で暮らしています」
「そ。そうだ!良かったら私のところに来ない!?」
「えっ」
クリスは単身赴任でこのパリに来ていた。女性で士官なので基地の寮ではなく、基地の近くの割と広めのマンションが与えられたのだが正直持て余し気味ではあった。
それになんか可愛い妹みたいな感じで楽しそうだとクリスは思った。
「い、いいですよ。今も一人でやっていけてますし」
「ダメよ、こんな世の中よ。小さな女の子が一人でいたら何されるかわからないわ!」
ハマーンは困った。既に自分はサイクロプス隊に預かりになっている。しかしこの女の人は自分を逃がしてくれそうにない。さらに自分は軍の正規の訓練を受けているわけではないので、モビルスーツに乗っていなければ人一人殺せない。
だが、正直怖そうな人たちだらけのサイクロプス隊と寝食を供にするのは気が滅入る気持ちでもあった。新兵が配属されるともいうが、それもどんな人かわからない。それに目の前にいる女の人はとりあえず優しそうだ。
それにここを切り抜けるには誘いに応じるしかなさそうだ。
「わかりました。ではお言葉に甘えさせてもらいます」
「よろしくね。私はクリスチーナ・マッケンジー。あなたは?」
「ハマーン・カーン」
ここに、連邦のシューフィッターとジオンの高官の娘との奇妙な同棲生活が始まった。
「私の部下から連絡が入った。ハマーン・カーンがガンダムNT-1の写真を撮影をされていたようだ」
「そうか」
「これで新型ガンダムはここで確かに開発されていることは露見したが本当にいいのか?」
ランバ・ラルは部下の報告を聞き、グレン・ブルースターに確認を取る。しかし仮面越しで表情は解らないが、グレンはまるで動じていない。おそらく仮面の下では眉一つ動かしていないだろう。
「おそらく、ここまではジオンも掴んでいる情報だろう。それはそれで構わないさ」
「向こうもあちらが本命だと思っているのなら、もう2つの方には行かないということか」
「そうだ」
だが動じてはいないが、決して油断が出来る状況ではない。新型ガンダムは対ジオン、いやその先にいる真の敵への切り札なのだ。真の敵、グレン・ブルームスターは感じ始めていた、ジオン以上の敵。シャア・アズナブルの名を騙りこの世界を自分好みに変えようとしている男の存在がこの世界で一番危険だということを。
そして今の段階でそれは確信に変わりつつある。だからこそ、ジオンの中でも極秘中の極秘であり、一部のニュータイプ研究者しか知りえないモビルスーツ専用の制御システムを現在開発中の新型ガンダム2機に搭載することを決断したのだ。それは目の前で開発しているガンダムNT-1を遥かに超える強力なモビルスーツになることは間違いない。
そしてそれはこの世界を蹂躙する闇を破るものになるはずだ。だから・・・・・・
「それならば、サイクロプス隊には派手に動いてもらわねばな」
ランバ・ラルの言葉にグレン・ブルームスターはうなづいた。
「無論だ。最悪NT-1は破壊されてもやむをえない。だが向こうがかき回して暴れてくれれば、ガンダムNT-L、Rの存在は秘匿できる。ここは彼らの実力に期待させてもらうさ」
ガンダムNT-LとガンダムNT-R、それがフラナガン博士が、危険を冒してまで連邦のグレン・ブルームスターに情報をと研究員を明け渡した連邦軍初のサイコフレーム搭載機、この世界の最も恐るべき敵、シャア・アズナブルへの最後の切り札だ。