――『無の魔法』
仰々しい名前で呼んでいたが、本質的にはそれほど恐ろしいものではない。精神を完全に制御する自己操作魔法。とはいえ、それは決して自己強化のための魔法ではない。短所をなくすと言えば聞こえは良いが、代わりに長所を犠牲にしており、むしろ戦闘力自体は下がっているはずだ。本来ならば欠陥魔法と言われてもおかしくはない。
『無の魔法』使用時のネギ、仮に『無神モード』とでも名付けるとしよう。その無神モードのネギと通常時のネギが戦ったならば、間違いなく通常時の方が勝利するだろう。なぜなら、ネギの天才性の発現たる戦闘中における進化やひらめきを捨ててしまうことになるからだ。『完全』とは極まっているということ。つまりは変化しないということなのだ。だというのに――
「ごほっ……くっ…ここまで近づけねーとはな」
荒い息を吐き、地面に膝を着きながら、私は忌々しげに吐き捨てた。まるで近付く隙が無い。ひたすらに距離を取って遠距離から魔法を撃ち込むことに専念されていた。それにより私の身体は度重なる猛攻によって傷だらけの満身創痍。あまりにも一方的な展開。この間にも、殺到する魔法の矢の雨を避けきれずに数発の魔弾が身体に突き刺さっていた。
「魔法の射手(サギタマギカ)光の十三矢、闇の十三矢」
「がっ……!」
恒星のごとき光弾と暗黒のごとき闇の魔弾。それらがまるで流星群のように襲い掛かる。前後左右に身体を揺らすが、その回避ですら相手の予想の範囲内。砲丸がぶち当たったかのような強烈な衝撃が左肩と脇腹に走った。と同時に軽々と弾き飛ばされる身体。生身の肉体に容赦なく撃ち込まれる魔法の雨。それは甘さなど一切を切り捨てた凄絶なものだった。
「諦めてください。あなたの身体能力では勝ち目はありません」
ゴロゴロと地面を転がる私に対してネギは言い放つ。あまりにも無慈悲な魔法の嵐に、肉体はもはや無事な部分を探す方が難しい有様だった。しかし、全身を走る激痛を無視して、私はよろよろと立ち上がる。制服というよりもボロ布と言った方がもはや正確だろう。その破れかけた制服の隙間から見える肌は、骨折による陥没や打撲跡で赤や青に痛々しく染まっていた。もちろん、そんな風に女子生徒をボコボコにしている当の本人は涼しげな顔である。
「千雨さん。確かにあなたのスキルは素晴らしい。『相手の意識の隙を突く』というのは本当に脅威です。日本風に言えば、タンスの角に足の指をぶつけてしまうようなものでしょうか。意識外からの攻撃。――本当に見事な技術です」
そう言って賞賛するネギだったが、無論、その感情すら読み取ることはできなかった。
「意識の隙さえ突けば、力も速さも、技術すらも不要なんですね……。ですが、逆に言うと本来のあなたは――力も速さも技術もない、ただの一般人に過ぎないということです」
「ご名答。やっぱ、純粋なスペック勝負じゃ相手にならねーか」
ネギとの間には十数メートルの距離が開いている。校舎と校舎に囲まれた裏庭。そこは学園のデッドスポットでありながら、障害物も無く、細長いという袋小路だった。遠距離から狙い撃つネギには非常に有利な地形。
「つっても、前に行くしかねーのが私の悲しいところなんだよな」
精神を完全に制御したネギの心には、油断や慢心といった感情は存在しない。もはや彼我の戦力差は、通常の魔法使いと一般生徒の比較と同義だ。いや、一般人のクラスメイトの方が運動能力的には上かもしれない。それでも、瞬動に比べれば明らかに遅い走りでもって、私は前進する。それが勇気でもなんでもなく、ただの無謀であることを知りながら。
「あああああっ!」
「ただの的ですよ」
連続して放たれる魔法の矢。右、左、右とステップし、わずかに空いたスペースに身体を捻りながら潜り込む。が、その回避もそこで打ち止め。
――重力魔法!?
読みきったように目の前の空間に生じた重力異常を、私は後方に跳び退くことでしか避けられない。続けて足元に飛来する数発の矢により、さらに強制的にバックステップして逃げさせられる。完全にこちらの動きを読みきられ、誘導された。今の位置は先ほどまで立っていたのと同じ地点である。そして――
「ぐあっ!」
背中に突き刺さる衝撃。慌てて背後へと目をやると、そこには先ほど回避した魔法の矢が向きを変えて飛来していた。
――追尾式の誘導弾。
無警戒で魔法の直撃を受け、激しく吹き飛ばされる。身体の内部で骨の軋む音が響いた。地面を転がりながら、内心で呪詛の言葉を吐き捨てる。
くっ、完全にガキの掌の上で踊らされた。
「ごほっ……背後から攻撃とはな。ずいぶんと卑怯な真似するじゃねーか」
挑発には反応すらせずに、ネギは無表情で次の魔法の詠唱を始める。この戦闘の間にも次第に感情が消えているようだ。戦闘における美意識など欠片も無く、ただ合理性を追求しただけの無機質な魔法戦へと変化していく。まるで詰め将棋のような戦術。冷静に私の回避行動を予測し、それを制限していくだけ。一切の感情の関与しない機械的な戦闘に移行した。
「……まるでプログラムを相手にしてる気分だぜ」
野球で例えるなら、決まった球種を決まったコースにひたすら投げ込まれる気分と言えばいいだろうか。対戦打者にとって最適な配球を、指示通りにミス無しで投げ込まれるような。どんな罵声も駆け引きも無視して、ただ機械的にミットへと投げるだけ。しかし、それこそが私達マイナスにとっては最も脅威なのだ。四球や失投を狙うしかない弱者にとっては、ただセオリー通りのゲームを展開されるのが一番困るのだから。
「戦力差がありすぎるぜ……ごふっ」
内臓を痛めたのか、食道からせり上がってきた血液が口元からあふれ出す。ごぷり、と口の中に充満する液体を再び飲み込むと、動きの鈍くなった右腕に力を込めて巨大な鍵を握り締めた。同時にネギの詠唱が終了する。それから発射までの数瞬を、自分自身への覚悟のために費やした。おそらく、この交錯が最初で最後のチャンス。
「魔法の射手(サギタマギカ)光の十三矢、闇の十三矢」
全身に蓄積した損傷から考えて、この身体がまともに動くことができるのはこれが最後の機会だろう。内心で静かに認識した。これ以上のダメージを受ければ、痛みは耐えられても、身体の機能が強制的に停止してしまうだろう。
「その攻めはさっき見たぜ!」
正面から襲い来る数十もの魔法の雨。しかし、その配置は先ほどの攻撃と全くの同一だった。
完全に精神の制御された『無神モード』。冷静さを極めた現在のネギの行動はあまりに機械的すぎた。簡単に言えば、気まぐれやランダム性だろうか。感情のブレが行動に反映されないがゆえに、同じ状況では同じ攻撃を必ずしてくることは分かっていた。
「ははっ……わざわざ場所や体勢、精神状態まで、さっきの状態に近付けた甲斐があったぜ」
ただ無意味にやられていた訳じゃない。選択する戦術に、それほどのパターンがないことはすでに分析済みだ。
右、左、右とステップを踏んで回避しながら、ネギの元へと走り出す。攻撃予測ができている分だけ、わずかに先ほどよりも体勢の崩れが小さくなっている。次に放たれる魔法は、範囲指定された重力魔法。しかも、数瞬後にいるであろう地点が効果範囲なので、回避するには足を止めるしかない。
左右に避ければ……チッ、魔法の矢に撃ち抜かれるか。
時間差で放たれている魔法の矢が重力魔法の範囲外をくまなくカバーする形だ。横から迂回するのは、わざわざ自分から矢面に立つようなもの。後方にしか逃げ場が無いように誘導されているのだ。
だが、知らなかったみてーだな。過負荷(マイナス)を理解しようだなんて元から無理な話だってことを――
「あああああああっ!」
重力魔法の発動する前に効果範囲を走り抜けようと、躊躇無く前方へと飛び出した。直後、空間が歪み、異常重力によって地面が圧壊する。しかし、それを間一髪で潜り抜けた私は、そのまま残りの距離を詰めようと全力で疾走する。目の前の少年の顔がわずかに引き攣った気がした。それは、必中の確信を持って放った重力魔法を回避されたからではなく、――重力異常に巻き込まれ、右膝がへし折れているのに平然と走ってくる姿に恐怖を覚えたからだろうか。
あらぬ方向にねじ曲がった右脚で地を踏みしめ、あまりにも不気味に走り寄った。後遺症の残りそうな危険な行為だが、笑いながら走るその姿には言いようのない気持ち悪さが現れている。冷静に導き出したネギの予測を超えることはできないと、私は初めから理解していた。万全の体調でも回避できないだろう地点に誘導され、重力魔法が発動されるだろうと。だから、元より完全に回避することなど考えていなかった。
「痛みだとか損傷を恐れるなんて普通(ノーマル)な感性は持ち合わせて無くてな!」
結果、自身の右脚が圧壊させられたが、対価として時間を手に入れた。
――背後から襲ってくるであろう誘導弾が届くまでの時間を
「ですが!片足が潰れたおかげで速度は落ちています!」
右膝の関節から破壊されたことにより、速力は低下している。ネギとの距離は残り数メートルほど。この間合いではこちらの攻撃は届かない。身をわずかに低くしたネギは自身の両足に魔力を収束させる。瞬動で再び距離を取って魔法の掃射を行うつもりだろう。その前に動きを縛る。
「空繰!後ろから撃て!」
ネギの後方に視点を合わせて叫ぶ。前後からの挟撃。私の声に対し、わずかに相手の動作が停止した。しかし、それは一瞬だけのこと。隙ができたわけでもないし、接敵までの時間稼ぎにも足りない。冷静に状況を判断し、瞬動による高速移動で場を離脱されてしまう。完全に精神を制御されたネギを相手に、虚を突くことなどできはしないのだ。そして、当然ながら――
――空繰の増援なんて来ていない
本当に増援がいるならば、自分からバラすはずがない。これは過負荷(マイナス)のお家芸であるただの虚言である。私がどんな人間かを理解していれば、これが嘘であることは明白だったろう。しかし、無神モードのネギの思考からはそういった決め付けは排除されていた。空繰が私達の仲間であることも、そして彼女の行方が分からないことも知っているのだから警戒は当然。両足の裏に収束した魔力を一気に爆発させ、回避と逃走を図った。
精神が完全に制御された『無心モード』の弱点――
――それは、行動原理から一切の感情を排し、論理(ロジック)にのみ特化させたがゆえの『合理性』にこそあった。
「読んでたぜ」
ネギが避難した先は、右側に建っていた校舎の中であった。魔法障壁を破壊できる私を前にして、その場に留まることは愚策中の愚策。当然、逃走を選択する。しかし、直後に挟撃を示唆する発言、さらに「撃て」という言葉で狙撃を匂わせた。その結果、逃走方向から後方と、同じく遮蔽物のない上空も消去される。逃走場所に選んだのはコンクリートに囲まれ、窓に面している隣の校舎の内部。最短距離で辿りつくために一階に飛び込んだのだ。
「心を読めないなら、行動を読むまで」
ギィンと、ネギの足元に私が直前に投げ放っていた巨大な鍵が突き刺さった。続いて数本の鍵が周囲に立ち並ぶ。突き刺さった地点にはひびが割れ、廊下から天井へと加速度的に割れ目が増大する。一秒にも満たない間にその裂け目は校舎全体を覆い尽くした。校舎が崩壊する。
「これは……!?」
「校舎の弱点を突いた。そこがあんたの棺桶だぜ。教師らしく、学校に骨を埋めろよ」
「そんな……こんな芸当…。千雨さんにこれほどの強度があるはずが……」
「なめんなよ。弱さを見抜く能力なら、私は球磨川さんにすら負ける気はないぜ」
退路を塞ぐように、窓の外から崩壊する校舎内へと声を掛けた。三階建ての校舎に押し潰されれば、魔法使いといえど死は免れないはず。天井が瓦礫となって降り注ぐのを横目に、私は愉しそうに笑った。しかし、会話の最中にもネギは状況を冷静に観察している。
「しかし、安心しましたよ。茶々丸さんが加勢に来たというのは嘘だったようですね」
「あんな見え見えの嘘、騙される方が悪いぜ?だから、――私は悪くない」
両手を左右に大きく広げ、勝ち誇った気分で笑みを浮かべる。だが、ネギは余裕の表情を崩さない。なぜならば――
「この程度の質量、僕にとっては何の障害にもなりません」
ついに支柱の一つにまで亀裂が達した。天井が崩落し、ネギを押し潰すように落下する。ネギは杖を上へ向けて構えると、魔法を発動させようと口を開いた。濃密な魔力の奔流。高威力魔法で、天井どころか校舎丸ごと吹き飛ばすつもりだ。
「雷の暴……っ!?」
しかし、その寸前、ネギの表情が今度こそ完全に引き攣った。
ガラスの割れたような音が廊下に響き渡る。ネギの目の前へと跳び込んできた私による障壁破壊攻撃だ。今にも倒壊せんとする校舎に飛び込んでくるとは、ネギにとっては理解不能な現象だろう。まるで死にに来たようなもの。
「どうしてこんな危険な場所に……。あなた、死ぬ気ですか?」
天井から巨大な瓦礫が迫る。叫びながらもネギは瞬時に魔法障壁を張りなおす。が、私はそれを許さない。
「させるかよっ!」
二度、三度とネギが障壁を張り直すたびに腕を振るい守りを叩き割る。あとコンマ数秒で天井が私達を押し潰すのを直感し、狂気を孕んだ瞳で目を合わせてやる。私の顔には気持ち悪い笑みが浮かんでいた。自身の命をあっさりと天秤に掛け、自滅を誘う最低(マイナス)な駆け引き。
「選べよ。このまま潰されて一緒に死ぬか、私に隙を見せるかをさ」
「……か、『雷の暴風』!」
隙を見せる方を選ぶしかなかった。手を掲げて放つは破壊の奔流。ハリケーンのごとき巨大竜巻が真上に向けて発生した。瓦礫はおろか、三階建ての校舎が丸ごと吹き飛ばされる。まさに戦術兵器級の威力。しかし、その代償として――
「ようやく隙を見せてくれたな」
ドスリ、とネギの胸に鈍く輝く金属製の鍵が突き刺さっていた。
「ぐっ……ですが!自己強化魔法は続いています!」
精神的な隙が無かった分だけ、ネギは意識を飛ばされずに済んでいたのだ。しかし、この状況に持ち込むことこそが、校舎内への誘導から始まる一連の策の本当の狙い。
「接続完了――ハッキング開始」
――『脆弱退化(オールジャンクション)』
「あんたの『完全性』が上か、私の『負完全性』が下か――こっからは純粋な絶対値の勝負だぜ!」
完全に制御されたネギの精神を、私の過負荷(マイナス)で崩すことができるのか。『無神モード』と『脆弱退化(オールジャンクション)』。互いに精神の制御権の奪い合いだ。この対決にだけは小細工は必要ない。片手で握った鍵を全力で右に回す。拮抗は一瞬――
「うわあああああああああああ!」
カチリと心の鍵の決壊した音を感じた。濃密で濁りきった負の感情の渦が無垢な少年に襲い掛かる。悪意と害意の奔流。まるで地獄を見たかのように目を大きく見開いたネギは、絶叫と共に意識を手放した。
青ざめた表情で気絶し、倒れ伏した少年に向けて、私はつぶやいた。
「あんたの資質は完全性にはねーんだよ」
勝敗を分けたのは、本物の『負完全』である球磨川さんを知っていたこと。確かにナギ・スプリングフィールドは最強の存在の一人だろう。しかし、『完全』ではない。本当の完全を知る私の目から見れば、『無神モード』は完全ではなかったのだ。
英雄の資質は強さにある。英雄の後継者であるネギも同じく。そのネギが自身で強さを封じてしまった以上、この結果は必然であったのかもしれない。いくら天才であろうとも、無の魔法であろうとも、『完全』を体現するのは容易ではないのだ。『負完全』の後継者でもない限りは――
「ま、全然自覚はないんだけどな……」
正直、負完全に最も近いと言われてもピンと来ないものがあるが……。とはいえこの戦い。私の負完全性の勝利と言っていいだろう。まさに負完全勝利。
晴れ晴れとした顔で校外へ向けて足を踏み出した。倒れたネギと、半壊した校舎を上空まで貫く大穴。それらを無感動に眺めると、最後の仕掛けのためにガラスが吹き飛ばされ、窓枠だけになった隙間から降りようと足を伸ばす。
――過負荷(マイナス)である私が勝利だなんて、そんな美味い話がある訳なかったか。
校舎全体が軋む音を感じた。上を見上げた私の目には今度こそ三階建ての校舎が丸ごと崩れ落ちる光景が映っている。皮肉にも屋上までぶち抜きで大穴を開けたネギの倒れる場所だけは、一切の被害が無さそうだった。スローモーションの視界の中、私の肉体を押し潰そうと迫ってくる天井。
「なるほど……試合に勝って、勝負に負ける、か」
私の身体能力では逃げられない。諦念を込めて目を閉じた。しかし、その瞬間、無機質で機械的な声が耳に届く。
「遅くなってすみません、千雨さん」
全身を引っ張られ、危険地域から飛ばされた私が振り向くと、そこには空繰の姿があった。予想外の増援に驚きを隠せない。
「……空繰か。助かったぜ。ピンチに味方が助けに来るなんて王道展開が、私みたいなマイナスにあるとは驚きだな」
「先ほどからずっと戦闘の様子は観察していましたので」
「偶然じゃなく、ピンチを見計らって助けに来たのかよ……。ま、いいや。これ以上の邪魔が入る前に最後の仕掛けに入ろうぜ」
これこそが選挙戦における最後の仕事である。空繰は自身の瞳の機能をビデオモードへと変更した。
「システム異常ありません。麻帆良全域に映像を放映する準備ができました」
「そうか、わかった。では、お願いします――」
本当に寒気がするほどのマイナス性だ。球磨川さんがこの場にいないだけマシだが、それでも常人ならばおぞましさに背筋を凍らせるに違いない。視線を空繰の隣の二人へと移した。
「――安心院さん」
「了解したぜ、千雨ちゃん」
――安心院なじみ
彼女こそが悪平等(ノットイコール)にして、一京のスキルを持つ人外である。真っ白な長髪に、同じく白の和装。異彩を放っているのは、まるで封印のように全身を貫かれている七本の螺子。このネジこそが、球磨川さんの『はじまりの過負荷(マイナス)』――『却本作り(ブックメイカー)』である。
「安心してくれていいぜ。安心院さんだけに。今回の僕は、きみ達の企みに乗ってあげるよ。もちろん球磨川くんの頼みではあるんだけど、『大嘘憑き(オールフィクション)』による一段階目の封印を解いてくれたお礼ではあるんだけど、それだけじゃなく。きみにも興味があるんだよ。球磨川くんがめだかちゃんとの対戦よりも優先した、新たなる負完全の育成の結果に――」
「それは光栄ですね」
「きみは、ちゃんと僕のことを親しみを込めて安心院さんと呼んでくれているみたいだね。感心安心」
封印されていたはずの安心院さんがこの場に存在できるのは、球磨川さんの『大嘘憑き(オールフィクション)』で存在が『なかったことにされた』効果が消失したからだ。ただし、二段階目の封印であるところの『却本作り(ブックメイカー)』の効果は続いているため、現在の彼女は球磨川さんと同じく、すべてのスキルを封じられ無能力者(マイナス)へと堕ちている。
「魔法使いの地で生まれた過負荷(マイナス)――なるほど、たしかに興味深い。『完全なる人間』の製作に魔法は不純物だと思っていたけど、考え直す必要があるかもしれないね」
嬉しそうに笑う安心院さん。その背後にはもう一人の悪平等(ノットイコール)である不知火半纏が控えている。ま、今回の仕掛けには安心院さんだけがいればいいので、声を掛けたりせずに放置しておく。空繰の前に立った彼女は全校生徒へ向けて、麻帆良学園に所属する自身の端末に向けて、声を発した。
「こんにちは。僕は悪平等(ノットイコール)、安心院なじみ。親しみを込めて安心院さん、と呼びたまえ。それで、さっそくだけど麻帆良学園に所属する端末(ぼく)にお願いがあるんだ」
世界の全人口の十分の一、七億人という膨大な数を有する安心院さんの端末である。過負荷(マイナス)の存在や度重なる戦闘によって相当投票率が低下するだろうこの選挙において、人口の十分の一という数はあまりにも大きい。
「彼女達に投票してあげてよ」