放課後の生徒会室。そこに全生徒会役員が集結していた。それぞれが長机の前の椅子に腰掛け、絡繰は主人の背後に控えている。
「それじゃあ、会議を始めるか」
この場に集まる四人の役員と絡繰に視線を向けてから宣言した。
「とその前に、この部屋に監視の目はあるか?」
「いえ。式を用いて調査しましたが、魔法的な仕掛けはありません」
「同じく、各種センサー類にも反応はないようようです」
桜咲と絡繰が答える。魔法的・科学的な監視は無しか。幸いにもこちらにはあまり注目されていないようだ。おそらくは球磨川さんの方に集中しているのだろう。おかげで安心して会議を行うことができる。
「そうか。監視は瀬流彦先生に一任したってことかな。よかったですね。大任ですよ?」
「……」
視線を生徒会室の隅の席へ向けると、そこには瀬流彦先生が重苦しい表情で俯いていた。無言のまま目を伏せて黙り込んでいる。その顔は恐怖と悔恨で苦々しく歪んでいた。
「どうしたんですか?もしかして私を恨んでるんですか?だとしたら見当違いとしか言えませんね。悪いのは小学生と関係を持っちゃった先生なんですから」
「ぐっ……君は!」
「無理しなくていいじゃないですか……。自分の心に素直になった方がいいですよ?先生が望むなら他にも女子を斡旋しても構わないんですから」
憎々しげにこちらを睨みつける瀬流彦先生だが、私の誘惑にわずかに瞳が揺れるのが感じられた。一度堕落を知ってしまえば、その欲望には抗えない。心はマイナスな思考に埋め尽くされており、もはや逆らうことはできないだろう。
「そうそう。そうやって私達に協力してくれれば、ちゃんとご褒美を上げますから。それに、魔法を使って小学生女子を使い捨てにしたなんて、ご家族が聞いたらきっと嘆きますよ?」
ニコリと気持ち悪い笑みを見せてやる。血の気の引いた顔で瀬流彦先生は前後に首をコクコクと振って頷いてくれた。
「さて、じゃあ今回の議題だけど。つい先ほど、瀬流彦先生に例の宣戦布告の書類を提出させてきた。初戦の相手は聖ウルスラ女子高等学校。本日をもって、――私達麻帆良女子中学校生徒会は、麻帆良の全住人に対して反旗を翻したことになる」
堂々と宣言する。戦力差は考えるのが馬鹿馬鹿しくなるほどだ。しかし、この場にいる面々には楽しそうな笑みが浮かんでいた。
「ククッ……待ちわびたぞ。ようやくこの忌々しい封印ともおさらばできる」
「はい。十五年と二ヶ月振りです、マスター」
好戦的に瞳をギラつかせるマクダウェルと、無表情で背後に佇む絡繰。
「私は味方じゃないけどネ。だけど、どちらの計画も成就することを願っているヨ」
「こんな面白そうなこと、やっぱり最前列で観察しなくちゃ。今の私は、歴史的な大事件を記録できる喜びに満ち溢れてるよ。こんな楽しい舞台に参加させてもらってありがとね」
不敵な笑みを浮かべる超と好奇心という麻薬にどっぷり漬かった朝倉。どちらも麻帆良すべてを敵に回すことに何の躊躇いも無い。
「もちろん、千雨さんが望むのならどこまでも付いて行くのみです」
瞳に狂信的な輝きを宿す桜咲。彼女達を見回して、私には珍しく安心感のようなものを覚えていた。このメンバーならば何とかなる。そして何より球磨川さんがいるのだ。球磨川さんにすべてを委ねればいい。そうすれば勝手に最低な結末まで導いてくれるはずだ。
「それで質問なのですが。なぜ聖ウルスラを最初の標的に選んだのですか?」
「球磨川さんの意志だよ。このあいだ、聖ウルスラの生徒会役員のひとりを掌握したそうだから。投票の仕組みは覚えているよね?」
私の問いに桜咲が確認するように言葉を返す。
「はい。球磨川禊の本校男子高等部と私たち本校女子中等部、そして聖ウルスラ女子高等学校の三校による投票が行われます。内容は聖ウルスラの生徒会の信任を問うものです。三校の全生徒による信任投票により、過半数の票を集めることで聖ウルスラの生徒会の実権を奪い取ることができます。逆に、過半数を取ることができなければ私達の生徒会の実権が奪い取られます」
「その通り。で、重要なのは投票が全生徒強制参加じゃないってことだ。生徒会同士の争いだから、学校側も授業時間を削ってまで選挙とはいかない」
「つまり、投票率によっては学校の数が多くても敗北する可能性が出るということネ」
しかも、わざわざ休み時間や放課後に投票しにくる連中だ。信任投票のようなものとはいえ、自分の学校に適当に丸を付けたりはしないだろう。言い掛かりレベルの口実ではなおさら。しかし、それでも関係ない。
「球磨川さんが聖ウルスラの生徒会役員のひとりを懐柔したらしい。その女子を使って聖ウルスラの投票率を下げに掛かるそうだ。そして、男子本校はすでに球磨川さんの支配下にある」
「なるほどねー。たしか男子高等部と聖ウルスラの生徒数はほぼ同じ。だったら投票率100%支配できれば磐石って訳だね」
「ならば、こちらは投票率を下げるように動くべきだな。まぎれが起きないよう一対一に持ち込むか。投票を行うという公表もしなくてよいだろう」
マクダウェルの言葉に頷いてみせる。純粋な投票をすれば勝ち目が薄くなるだけだ。数の論理による利点(プラス)を使えないというのは、いかにも私達マイナスらしい。
「初戦はそれでいいとして、問題はその後の展開ネ。聖ウルスラを奪えば、麻帆良学園都市はこちらの生徒会の実権を取り上げようとしてくるはずヨ。当然、同じ制度を用いてくるはずネ」
「麻帆良に存在する全ての学校が連名で潰しにくるでしょうね。数の論理による正攻法の得票では圧倒的に不利です」
「それで構わない。その選挙でこちらも、全ての学校による決選投票へと持ち込むことにする。私達と麻帆良学園都市。この選挙に勝利することで、――麻帆良に存在する全ての学校を支配することが可能となる」
これは学園における公式の選挙活動だ。学園長も権力を盾に横槍を入れるのは難しいはず。そして、麻帆良の魔法使い達も強硬手段に出ることはできない。表の人間同士の争いに下手に介入すれば、魔法の秘匿を怠ったどころの問題ではなく、魔法の不法使用で逮捕されてしまうからだ。
「だが、その投票の勝利こそが難関すぎるぞ?麻帆良学園の生徒総数は、付属小等部から関連大学院まで含めればおよそ十万人に及ぶ。はっきり言って、地方自治体の選挙で当選することとやることは変わらん」
「その通りです。ましてや、純粋にこちらに非があるのですから。それだけの人数を相手に小細工は通用しないでしょう」
その疑問に私は首を横に振ることで答える。
「ま、その辺はおいおい考えるとして」
「肝心なところがまだなのか……」
朝倉の呆れたような声を無視して次に進む。
「それで決選投票の日取りだが、おそらくは学園祭当日になるだろうとのことだ。球磨川さんの話では、急いでもそれより前倒しされることはないと」
「その辺りだろうネ。書類や告知のことを考えると最終日が妥当カナ」
ニヤリと笑みを浮かべる超。自身の計画に利用する方法を考えているのか、その瞳は鋭く光っている。
「先に謝っておくけど、学園祭では私もやることが多くてネ。手伝いをする時間はなさそうだヨ」
「わかってる。学園祭の後に行われる可能性もあるけどな」
「いや。聖ウルスラの奪取が終わった後なのだろう?ジジイなら投票率を上げるために学園祭期間中にねじ込んでくるはずだ。平日に比べて告知も投票への参加も圧倒的にしやすいからな」
聖ウルスラと同じく投票率を下げる方法は使えないか……。いや、勢力差があり過ぎてどちらにしろ無駄だろうけど。
「とにかく何か良い方法が思いついたら教えてくれ」
そう言って締めたところで朝倉が手を上げた。
「選挙とは関係ないんだけどさ。学園祭でうちのクラスってお化け屋敷やるでしょ。あれ、生徒会で資金増やしてもっと盛大にしない?」
「……本当に関係ない話じゃねーか」
「どうせ私ら、長々と生徒会やるつもりないわけじゃん。だったら資金流用とかしちゃってさ。ほら、クラスの連中からも頼まれちゃって」
いきなり身近な話になったせいか、緊張した空気が弛緩して皆の表情が和らいだ。ま、別に構わないだろう。財源の配分は生徒会が決めることだ。3-Aの連中のことだし、さぞかし派手に……
「そうだな。それも使えるか……。わかった、朝倉。好きに使っていいぜ。ただし、少しお化け屋敷の設計に手を加えて欲しい」
「へえ、何か面白そうなこと考えてるみたいだね。了解したよ。資金調達するのはこっちだし、条件は呑ませられると思う」
「じゃあ、今日のところはこれで終わりにしとくか。明日までに今後の策を考えてきてくれ」
そう言って本日の会議を終わらせた。皆が帰る仕度をはじめる。超や朝倉は部活で忙しいしな。桜咲も今日はひさしぶりに総本山へ戻るそうだし。生徒会の机に頬杖をついていると、その桜咲がこちらへ声を掛けてきた。
「あの、千雨さん。これから総本山へ行ってきます。護衛を離れることになってしまい申し訳ありません」
「気にしなくていいよ。必要なことなんだろ?」
「はい。前回の悪魔襲撃の際は無様な姿をお見せしてしまいました。二度と千雨さんに危険が及ばぬよう、総本山で忘れ物を取り戻してきます。明日には帰ってきますので、それまではどうかお気を付けて」
「……とは言ったものの、さっそく襲撃かよ」
放課後の帰り道、誰もいない通学路で私は毒づいた。監視の目から隠れた敵意がひしひしと伝わってくる。周りに人の姿がないのは結界の仕業か。対応を考えるために、気付かない振りをして歩き続ける。
「遠すぎる……この気配は向こうの学校の屋上からか?」
距離にして数百メートル。とても走って向かえるとは思えない。意識の隙を突くにも限度があるのだ。その瞬間、監視者から漏れる敵意が膨れ上がった。
「ちっ……!」
慌てて左へ跳び退く。直後、先ほどまで私のいた空間を、不可視の何かが通り過ぎていくのを感じた。
――風の魔法か!?
しかもかなりの弾速だ。敵意に反応して左右へステップを踏むようにして、続く二射、三射と避けていく。
「連射性まであるのかよ……!」
周囲に障害物はない。近くにあるのは細い電柱のみ。一本道に誘導されていたようだ。必死に動き回るが、あまりの速射に回避しきれず、肩口に一撃が加えられてしまう。
「ぐうっ……ごほぉっ!」
動きの止まった隙に、さらに数発の風の弾丸が突き刺さった。一撃が鉄球でもぶつけられたかのような威力。それを連続して当てられた衝撃で、身体の中で骨の折れる鈍い音が響き渡った。次に、腹に受けた衝撃で内臓がシェイクされたような不快な痛みが駆け抜ける。駄目押しで放たれた数発が私の全身を吹き飛ばし、コンクリートの地面に崩れ落ちたところでようやく攻撃は終了した。
「……容赦ねーな。ってまだ終わってないのかよ」
視線を建物の屋上へと向けると、こちらに腕を伸ばした姿勢で立つグラサンにスーツ姿の男が見えた。そこから感じる敵意はまだ消えていない。完全に気絶するまでは油断することはなさそうだ。とどめの一撃が放たれる。
まさか、直接襲撃されるとはな。こっちの想像以上に学園長はマイナスに危機感を覚えていたようだ。ここは私の負けか……。だけど、いくらぶちのめされようと、球磨川さんの計画を諦めることはない。
気持ち悪い笑みを浮かべながら、私の意識を断ち切ろうとする風の塊を見つめていた。痛めつけられた肉体は意志に反してピクリとも動かない。走馬灯のようにコマ送りで流れる景色。その暴力の塊が私の眼前に迫り――
――突然現れた影に遮られた
「えっ?」
「危ないところでしたね、長谷川千雨さん」
目の前に現れたのは見覚えのある金髪。
――かつて私がのどをナイフで突いて殺した女だった。
「あ、あんた……たしか心を折られて精神病院にぶち込まれたはずじゃ……」
「ええ。ですが球磨川さんに救われ、無事に退院することができました。以前の件は申し訳ありませんでした。なぜ、私はあれほどあなた方を敵視していたのか……。今回は球磨川さんの指示で長谷川さんの護衛に参りました」
「なるほどな。球磨川さんに調略されたのか」
――さすが、弱い人間や弱っている人間に対するカリスマ性は常軌を逸している。
ならば、もう一人の後輩の魔法使いも仲間に引き入れたはずだ。そして、同時に今はいない桜咲に感謝の言葉をつぶやく。助かったぜ。おそらく桜咲が球磨川さんに私の護衛を頼んだのだろう。
「どうやら、あちらも決着がついたようですね」
「あれは……!」
視線を屋上へと戻す。そこにはフェンスに多数のネジで無惨に磔にされたグラサンの姿があった。球磨川さんも来てくれていたのか!
ふらつきながら何とか立ち上がると、ホッと安堵の溜息を吐いた。球磨川さんの姿を見て安心した。
――油断して、しまった。
「うっ……」
意識が遠のく。脳内をぐちゃぐちゃにかき混ぜられる不快な感覚。これは魔法による精神支配か!いつの間にか護衛に来た金髪が意識を失って地面に倒れ伏していた。この一瞬でここまでできるなんて相当な実力者だ。私も指一本動かせずにガクリと膝を地面に着かされる。崩れ落ちる最中、かろうじて振り向いた私の視界に映ったのは、――似つかわしくないほどに鋭い目付きをした学園長の姿だった。