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No.32530の一覧
[0] 突然騎士からトホホになる俺がいた (原作:突然騎士になってムフフな俺がいる)[オリーブドラブ](2018/04/26 03:26)
[1] イリアルダの勇者伝説[オリーブドラブ](2012/03/30 00:30)
[2] プロローグ[オリーブドラブ](2012/04/01 09:12)
[3] 第一章 貧民街の賞金稼ぎ[オリーブドラブ](2012/04/01 09:10)
[4] インターミッション1[オリーブドラブ](2012/04/01 09:05)
[5] 第二章 夜襲作戦[オリーブドラブ](2014/09/30 12:42)
[6] インターミッション2[オリーブドラブ](2012/04/01 08:57)
[7] 第三章 イリアルダ邸襲撃事件[オリーブドラブ](2012/04/01 21:07)
[8] インターミッション3[オリーブドラブ](2012/04/02 18:27)
[9] 第四章 イリアルダの騎士[オリーブドラブ](2012/04/03 18:11)
[10] インターミッション4[オリーブドラブ](2012/04/04 21:50)
[11] エピローグ[オリーブドラブ](2012/04/06 22:01)
[12] あとがき[オリーブドラブ](2012/04/09 00:05)
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[32530] 第三章 イリアルダ邸襲撃事件
Name: オリーブドラブ◆bb99eacf ID:19960f54 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/04/01 21:07
 俺は今、悪い夢でも見てるんだろうか。

 一旦は身を引いて、ルバンターの町で時間を潰すつもりでいたものの、結局は割に合わない現実への怒りから、町のはずれにあるイリアルダ邸まで引き返してきた。

 そんな俺を出迎えたのは手厳しいテイガートでも優しいネクサリーでもなく、火災に包まれた屋敷の姿だったのだ。

 町から林道を通ってたどり着く敷地であるイリアルダ邸の屋敷の周りには、庭なのか結構な広さの平原がある。

 おかげで、一応は森林地帯での火事であっても、すぐに辺りに燃え広がるわけではないのが救い……だろうか。

「なんなんだよ、これ! どうなってやがる!」
 俺は声を荒げながら屋敷内に駆け込み、入口の扉を叩く。

「くそ、どうしたんだ! 開けろ、開けてくれ! ネクサリー! テイガート! ……ユリアヌッ!」
 返事はない――いや、そんなものを待っている時間はない!

「開けろって――言ってんだろうが、こんちきしょおぉおぉおがぁぁあああああっ!」

 背にしていた棍棒を引き抜き、俺は斜めに渾身の力を込めて叩き下ろす。見事な器物損壊となるが、ほっとけば屋敷自体が焼失しかねない火災だ。この度は無礼講とさせてもらおう。

 衝撃がメリメリと棍棒と同じ木製の扉の表面をえぐり、木片が棍棒から逃げるように弾け飛んでいく。
 やがて蜘蛛の子を散らすように破片は離散し、俺の眼前から扉という障壁は文字通りの「木っ端みじん」となり、消え去った。

 不幸中の幸い……なのか、屋敷の中はそれほど火が回ってはいないようだった。俺は知人の名を叫びながら、あの会食室に向かおうとした。
 しかし、広大な玄関ホールにいる俺を出迎える者達がいたのだ。

「き、君は……!」
「マクセルさんか!? どうしたんだよ、一体!?」

 眼前の物陰から無防備に姿を現したのは、このイリアルダ邸の主だった。
 よく見れば、その傍らには恐怖に震えているのか悲しみに暮れているのか、顔を両手で覆って啜り泣いているコスモアさんの姿が見える。

「助けに来てくれた、のか……!? せめて、そう願わせてくれないか、リュウスケ君!」
「……事情次第だ。まず何があったか説明してくれ」

 消え入りそうな声で助けを求めるマクセルさんの視線は、屋敷の奥へ向いている。

 どうやら、自分達より助けてほしい人がいる、ということらしい。ユリアヌ達三人であることは間違いないだろう。

「君と同じ日本人の少年で……この家に伝わる宝剣『イリアーベル』を所有しているモロボシ・ケンジロウが、襲撃して来たのだ!」
「ケンジロウ――前にここに来た奴か。それで、そいつの狙いは?」

「『イリアリバー』……イリアーベルと対を成す伝説の剣だ。ここに隠されている。彼に、あの剣を渡すわけにはいかん! しかし、今はそれよりも、娘が――!」

 俺はそこまで聞いてハッとして立ち上がると、一目散にマクセルさんが向いていた方向へ駆け出した。

 ――あの眼鏡野郎の狙いことなんて、どうでもいい。確かなことは、今、ユリアヌ達が危ないってことだけだ!

 奥へ進むほどに、火の勢いが強くなっていくのがわかる。吸い込む空気が熱く、呼吸がしづらい。
 肌が熱された空間に晒され、焼けるように体中が痛い。

 そんな苦境に感覚が慣れ切らないうちに、会食室を見つけた。
 そこからはかつてない勢いで火の手が上がっており、これ以上の進入は危険だと五感が全力で警鐘を鳴らしている。

 だが、立ち止まるわけにも引き返すわけにもいかない。恐らくあそこが、火の出所なんだろう。

 誰かがいるとは限らないし、あの火勢ならあそこにいた人間はみんな脱出していると考えるのが普通だろう。

 ――だが、何かを感じるのだ。単純に言葉では説明できない、いわば第六感の反応が、何かを俺に訴えている。

 それを確かめるべく、俺は呼吸器官に感じる痛いほどの熱気をそのままに、会食室に突入した。

「……!?」

 辺り一帯は、正に火の海。玄関ホールの微少な火事と比べると、まるで天国と地獄だ。
 ここが、このイリアルダ邸での火災の「発端」だと見ていいだろう。

 その猛火にさらされている二人の騎士を、俺は見逃さなかった。火の勢いが強すぎるあまり、人影がうっすら見える程度だったが――間違いない。ネクサリーと、テイガートだ。

「おい! 二人とも無事か!」
「リュ、リュウスケ様! リュウスケ様ぁっ!」
「ハヤタ・リュウスケ! なぜ貴様がここにッ!?」

 怪我をしているのか、動けずにいるテイガートに寄り添ったまま、その場にうずくまっていたネクサリーに駆け寄ると、彼女は感極まった表情で俺に抱き着いてきた。
 柔らかな二つの膨らみが、俺の胸板を圧迫してくる。――ん?

「ネクサリー、お前、鎧が……!」
「ううっ、ひぐっ、リュウスケ様、リュウスケ様、リュウスケ様ぁ……」

 状況が状況なだけにすぐには気付けずにいたが、彼女の鎧は何らかの攻撃を受けたのか、無惨に半壊していた。
 幸い、壊れたのは鎧だけで彼女自身はさほど怪我をしていないようだが……。

 そんなことはお構いなしに、ネクサリーは俺を抱きしめたまま、引っ切り無しに泣くばかり。
 よほど怖い思いをした――ってか。

「おい、落ち着け。何があった?」
「ひっ……ぐ、ユリアヌ様が……ユリアヌ様が、さらわれて……!」
「さらわれたって、あの眼鏡野郎にか――!」

 ……気配を感じた。
 二つの殺気を纏ったその気配に呼応するように言葉を切り、俺は条件反射で棍棒を構える。

 あそこにいる、と確信を持って目を凝らす俺の視線の先には、炎によって僅かながら姿を隠されている二つの人影が、ゆらりと立ち上がろうとしていた。

 そのシルエットから、俺はこの火事の元凶を早くも突き止めた。こんなことができて、あの影の形。間違えるはずが――ない!

「随分と派手に暴れたじゃないか。ダイナグ。ノアラグン」
 山岳のような巨漢と、スラリとした体つきの長身の男。
 俺の同業者、ダイナグ・ローグマンとノアラグン・グローチアだ。

「やっぱり来ちゃったか。わざわざお前が席を外すタイミングを狙ってやったってのによ」
「お前と戦う気はなかったんだが――やむを得ないんだねっ!」

 得意げに手にした拳銃をクルクルと回すダイナグと、鉄球をぎらつかせて威嚇してくるノアラグン。

 二人の「仲間」だった時からすれば見慣れた光景だが、こうして二人の「敵」としての視点から見れば、彼らがいかに脅威なのかがハッキリとわかる。

 俺より先に受けていた依頼ってのは――こういうことだったわけか。

「――さしずめ、雇い主はあのモロボシ・ケンジロウとか言う眼鏡野郎ってとこか」
「ご名答だ、リュウスケ。あの坊やの行動に協力すりゃあ、たっぷり報酬が出まくりんぐなんだとよ!」

「今回の依頼、リュウスケは関係ないんだねっ。刃向かいさえしなければ、友のよしみで報酬を分けてやるんだねっ!」
 二人の呼び掛けに、少しの間だけ俺は黙る。

 しかし、無視するわけではない。口では応えないだけだ。

 俺は棍棒の先端を彼らに突き付け、やっと口を開いた。

「そこで『はいそうですか』って首を縦に振るようなお利口ちゃんに、俺が見えんのかよ」

 宣戦、布告だ。

 俺達は薄汚れた賞金稼ぎ。金を貰えるのなら、賞金首を捕らえる以外の仕事だって、何だって引き受ける。そのために情は不要だ。

 俺はユリアヌを助ける依頼を受け、あいつらはユリアヌを襲う依頼を受けた。それだけの話だ。
 俺の依頼はもう終わったはずだし、これ以上関わる義務はない。

 ――だが、俺個人の意志として、あの二人を好きにさせるわけにはいかない。「この俺の見ている前で」、女を傷付けるのは許さん。

「全くだ。仕方ない、ここらで名誉挽回といこうか!」
「そうなんだねっ!」

 向こうも戦うしかないと悟ったのか、戦闘態勢を整える。しかし、名誉挽回ってのは何の話だ?

「ユリアヌ様はあの二人を気絶するところまで打ちのめしてしまわれたのだが、程なくして『イリアーベル』を持つモロボシ・ケンジロウに打ち倒され……屋敷の地下にある闘技場に、連れ去られてしまったのだ」

 俺の胸中を見抜いたのか、酷い怪我を負いながらも意識を保っていたテイガートが解説してくれた。

「私は……気を失ってさらわれていくユリアヌ様を取り戻そうと、怪我をされているテイガート様に代わってモロボシ・ケンジロウに挑んだのですが……」

「敵わずに、鎧を半分砕かれた――ってか。それで、テイガートの言う闘技場ってのは?」

「は、はい。ユリアヌ様は格闘術の訓練のために、屋敷の地下に大きな闘技場を設けられているのです。あそこは玄関ホールの近くにある上に防災設備も施されているので、火災の危険が及ぶことはないでしょう」

 なるほどね……。敵の親玉は火の手が届かない場所で姫君と二人きりってわけだ。

「ハヤタ・リュウスケ……奴らに挑むつもりなら心しておけ。あの鉄球を喰らえばひとたまりもないし、もう一人の男も何やら妙な銃器を使う。火の玉を発するあの拳銃に撃たれれば、ただ撃たれるだけの痛みでは済まんぞ」

「お、心配してくれるのか? ありがたいね。……だけど、気にすることなんてない。二人の手の内は、この二年間でちゃんと勉強してる。お前の二の舞にはならないさ」

 ――そう、俺より強いテイガートが敗れたのは、得体の知れない相手だったからだ。
 連中と付き合いの長い俺なら、多少力不足でも対抗出来る……はず。

「お喋りはもういいか?」
「ああ――いいぜッ!」

 俺はクルッと棍棒を回転させ、それを開戦の合図として一気に躍り掛かる。
 その俺を、拳銃から発せられた多数の小さな火の玉が出迎えてきた。

 棍棒で弾こうとしたら、木製のこっちが不利だ。俺は真横に転がり、顔を上げて迎撃してきたダイナグの手元を見る。

 その手に握られた拳銃の銃口からは、硝煙ではなく小さな火が、立ち上る煙のように漂っていた。

「いつもは二丁だったはずだが?」
「お前なら一丁で十分……って、言っちまってもいいか?」

 余裕そのものの表情で、ダイナグは銃口の火を吐息で消し、再び俺に向ける。

 ダイナグの持つ、火の玉を弾丸とする拳銃――魔法炎銃(マフレイガン)は、彼の戦闘力を象徴する……いわば大事な「商売道具」なのだ。

 貧民街のジャンク屋から見つけた、所有者の魔力を火力に変換して、火炎弾を発射する。
 あの武器を用いて、彼は俺やノアラグンと共に、ありとあらゆる修羅場を駆け抜けてきた。

 ダイナグ自身の魔法の素質は微小なものだが、それでも魔法炎銃を手にしてしまえば、恐ろしいほどの戦力を発揮する。

 今正にこの屋敷を猛火に包んでいる事実こそが、その威力を証明している。

「怪我しない内に退散するんだな、リュウスケ!」
 間髪入れず、火炎弾が群を成して襲って来る。

「くっ!」
 俺は椅子やテーブル等の遮蔽物に身を隠し、一旦はそれらをやりすごした……が、

「そこに逃げちゃあ、危ないんだねっ!」

 真上から垂直に俺目掛けて落下して来るノアラグンの鉄球が、息つく暇を与えない。

 俺はさらにそこから飛び出し、落下した鉄球に砕かれて飛び散る床の破片を回避しようと右往左往して逃げ回った。

「そこだっ!」
 もちろん、そんな俺を見逃すダイナグではない。彼から見て俺が遮蔽物から飛び出す格好になった瞬間、俺の左肩は炎の弾丸に撃ち抜かれてしまった。

「あぐっ!」
 肉が焼かれる痛みに一瞬視界が歪むものの、動きは止めない。立ち止まったら、間違いなく鉄球に潰される。

「長い付き合いなだけはあるよな……手の内を知らないよそ者だったら初撃でおだぶつだってのによ」

「でも、せいぜい逃げ回るのがやっと。その棍棒で俺達を叩き潰すには、荷が重いんだねっ!」

 鉄球でへし折られて、縦に突き刺さったテーブルの破片に身を隠す俺に、二人は言葉で揺さぶりを掛けてきた。

 ――くそっ! 向こうの手段は熟知してるってのに、いざ戦うとなると近付けないなんて!
 考えてみれば、遠距離にいれば魔法炎銃の銃撃が待ってるし、なんとか弾幕をかい潜って近付けても、ノアラグンの鉄球が待っている。

 木製の棍棒一本で切り抜けるのは、確かに不可能だろう。かといって、今さら引き下がるわけには――

「もう諦めて帰るんだな、リュウスケ!」
 ダイナグの叫びが部屋全体に響き渡ったと思うと、俺の背中に痛いほどの熱気が訪れた。

 ――打つ手を考える時間も与えないってか!
 俺は燃え盛るテーブルの破片から転がり出ると、棍棒を構え直す。
 こうなったら、勝てないまでも一矢は報いてやる!

 俺は棍棒を振り上げ、二人に向かって真っ直ぐ突っ込んだ。

「何を考えてるんだねっ!?」
 ノアラグンが動揺しながらも、鉄球をぶん投げて来る。

 彼は敵が走って来る場合、その走るスピードから計算して、敵が通過すると予測した位置に鉄球を落とす。

 その戦法を逆手に取り、俺は彼が鉄球を投げる瞬間に僅かに減速した。

 結果、鉄球は俺の手前に落下し、同時に落ちた鉄球と衝撃による土埃が、いい目くらましになった。

 俺はそこから鉄球の上を飛び越え、土埃に身を隠しつつ、さらに前進する。
「見えてるぞ……もらった!」

 それでも、ダイナグの目はごまかせなかったらしい。魔法炎銃の銃弾が次々と襲い掛かって来る。

 ここまで近付いたからには、もう避け切れまい。
 そうと決まれば、俺の成すべきことはただ一つ。
 ……防御だ。

「ぐっ――らああああああっ!」

 棍棒で直撃コースの火炎弾をいくつか受け止め、俺はそのまま突き進む。
 当然ながら木製の棍棒には火が付き、あっという間に棍棒を握る俺の手元にまで燃え広がってきた。

 俺はそれでも棍棒を離さず、握っていられるギリギリまで、二人に向かって走り続けた。
「これが最初で最後の一発! ありがたくもらっとけぇぇぇッ!」

 そして棍棒の全体が火に包まれた瞬間、俺はもはや使い物にならない木製の得物を、ノアラグンの顔面に思い切り投げ付けた。

 土埃で俺を見失っていた彼は、突然眼前に飛んできた謎の物体に反応出来ず、「ぎゃふうっ!?」と悲鳴を上げて昏倒してしまった。

「ノアラグンッ!?」

 ダイナグも土埃で反応しきれなかったらしく、大柄であるが故に派手な音を立ててぶっ倒れたノアラグンに驚きを隠せずにいた。
 その僅かな隙を、俺は見逃さない!

「お前もだぁッ!」

 一瞬で間合いを詰め、魔法炎銃の銃身を掴む。
 その手を下に向かって引っ張り、彼の後ろ足が浮くほどに体勢を崩したところへ、体重を目一杯乗せた顔面ストレートをお見舞いさせてもらった。

「ごはぁあっ!?」
 鼻血を噴き出し、一メートルほどぶっ飛んだダイナグは、もんどりうって倒れてしまった。

「はぁっ、はぁっ……!」
 息を切らして肩を上下に揺らしながら、倒れたダイナグとノアラグンを一瞥すると、俺は一目散にネクサリーとテイガートに駆け寄った。

「リュウスケ様! ご無事で!?」
「ネクサリー! テイガートの怪我は!?」
「私はもう大丈夫だ……しかし、奴らは今の程度では――」

「……ああ、倒れやしないさ。あいつらはとにかく強い。あんな付け焼き刃で勝てるような連中に、俺が付き合うと思うか?」

 その言葉を言い終える頃には、二人はもう立ち上がろうとしていた。
 既に一度、ユリアヌお嬢様にぶちのめされた後だっていうのに、このタフさである。

「どうする? もう棍棒は燃えてしまっただろう」
「いや、関係ないさ。まだ棍棒があったとしても、あの二人に同じ手はきっと通用しない」

「……」
 考えあぐねていた俺とテイガートを前に、ネクサリーは何かを考え込むように俯いていた。

「ネクサリー?」
「……そう、きっと、これがいい。ううん、これしかない」

 自分の意志を確認しているかのようにボソボソと独り言を呟いている彼女の表情を、俺はやや不安げに伺おうとした。

「リュウスケ様! これをっ!」
「うおっ!? 急にどうした!?」

 俺が様子を見ようと顔を近付けた瞬間、彼女がいきなり伏せていた顔をバッと上げたため、驚いてひっくり返ってしまう。
 なんとか動悸を抑えつつ、彼女の方に向き直る。

 その豊満な胸をギュッと挟むようにして突き出された両手には、金色に輝く一つの篭手が握られていた。

「なっ……なあああああっ!?」

 黄金の輝きを放ってはいるものの、これといった装飾はない。
 やや黒ずんだ縁を除けば、全て単一色のシンプルなグローブ状であるそれを見たテイガートは、これ以上ないというくらいの驚きの声を上げた。

「え? な、なに? ヤバいものなのか、これ?」
 なんだか知らないが、テイガートの動揺振りはただ事ではない。俺はオロオロしながらネクサリーの顔を見る。

「これは『イリアムド』と呼ばれる、『イリアルダの勇者』に纏わる秘宝の一つです。『イリアルダの勇者伝説』は、以前お話しましたよね?」

「そういえば、旅の中でそんな話聞いたなぁ……悪い魔獣を二人の剣士がやっつける話だったか?」

「はい。その二人の勇者がイリアルダ家に残した二本の剣……その力を引き出す鍵となるのが、この『イリアムド』なのです!」
「待てっ! それを、それを何故お前が所有しているのだ、ネクサリー!?」

 少しばかり蚊帳の外になっていたテイガートが、声を荒げて彼女に食ってかかる。
 そういえば、そんな家宝をなんで事実上の使用人である彼女が持ってるんだ?

「私が……当主様からお預かりしたからです」

 重苦しい口調で、ネクサリーは声を絞り出した。
 そして、まるでおもちゃを取られると思った子供のように、彼女は胸の中にイリアムドという篭手を強く抱きしめた。

「預かった――なんでまた?」
 キョトンとした顔で答えを待つ俺を、彼女は子犬のようないじらしい瞳で見上げる。

「……この篭手と『イリアリバー』は、本来『紅の燃剣』様にお渡しするものだったのです。そのご本人が失踪されてからは、彼に代わる所有者が見つかるまで剣も篭手も保留とされていました」

 そこで一度言葉を切り、次に口を開いた彼女の表情は、いつになく真剣で、切実なものだった。

「でも……私はそれが嫌でした。『イリアリバー』も、この金色の『イリアムド』も、あの殿方以外にはありえない! 代わりの所有者なんて、私は認められなかったんです!」

 自分の熱い想いを訴えるように、彼女は叫ぶ。
 俺もテイガートも、大人しかった彼女がこうまで懸命に自己主張をする姿に、目を見開くばかりだった。

「もちろん、それが私の身勝手に過ぎないことは承知の上です。それでも、当主様は私の気持ちを汲んでくださいました。当主様は『紅の燃剣』様のことを知る私に、この篭手を預けてくださったのです。いつか私があの殿方に会えた時、これをお渡し出来るようにと……」

 懇願するような声色で話す彼女は、縋るような表情で俺に黄金のグローブを差し出した。
 ――そんなに、「俺が」よかったのかよ。ネクサリー……。

「でも……その殿方が、これを受け取ることを快諾してくださるとは限らない。その理由も、私は知っています。だから、あのお方が受け取る決意を固められる時まで、例えお会い出来たとしても、すぐさま押し付けるようなことは絶対にしない――そのつもりでいました」

「ネクサリー……何を言っているのだ!? ハヤタ・リュウスケと、紅の燃剣と、何の関係が――!?」
「……」

 彼女に詰め寄ろうとするテイガートを手で制し、俺は無言で話の続きを待った。
 ……ネクサリーがこんなに必死なのに、まさか水を差すわけにはいかないだろう。

「でも……でも、渡すなら――渡せるなら、今しかないと思ったんです! あなたが、あなたがもう一度、剣を取って立ち上がってくれるなら、私もう……!」

「ネクサリー! もう、いい。もういいから」
 気が付くと、俺は彼女の手を取り、訴えていた。

 いつしか、彼女が涙声になっていたからだ。
 俺にこの篭手を、伝説の剣とやらを託したくて、でも受け取ってくれるのか不安で。
 それでも健気に、自分の願いを正直に言ってくれた。

 ――ここまで言われて動かなかったら、「元」騎士以前に男が廃る!

「わかった……俺がやってやる。イリアリバーってのは、どこにあるんだ?」

 俺は「イリアムド」を受け取ると、指先で彼女の涙を拭い、すっくとその場から立ち上がる。彼女は泣きじゃくりながらも、震える手であさっての方向を指差した。

「え? ど、どこなんだよ」
 多分、違う部屋にあると言いたいんだろうけど、ここの部屋割を知らない俺にはサッパリだ。

「恐らく、方向からしてネクサリーの寝室だろう。実質的な使用人が私達二人しかいないため、個室が用意されているのだ。イリアムドばかりか、イリアリバーまで預かっていたわけか……」

 どこに行けばいいのかわからず困惑していると、テイガートが助け船を出してくれた。
 
 個室持ちな上に家宝を二つもいっぺんに預かるとは、使用人にしては大した信頼じゃないか。

「わかった、すぐに取って来る。心配するな、お前は正しかったよ。ネクサリー」
 俺はテイガートの言葉に頷いてから、ネクサリーの方へ向き直り、綺麗な茶髪を優しく撫でる。

 こんな風に女の子に優しくしたのは、随分久しぶりのような気がした。

 全く――泣き虫なのは二年前から変わらないな、この娘は。

「待て! ハヤタ・リュウスケ!」
 テイガートの助言とネクサリーが指した方向を頼りに、彼女の寝室を探して会食室を飛び出そうとした俺は、彼に呼び止められた。

「どうした?」
「貴様は……貴様は、『紅の燃剣』だというのか!?」

 俺を見る、「信じられない」といいたげな視線。
 どうやら、今の俺とネクサリーのやり取りを聞いて、おおよその事情を察したらしい。

 さすが今までイリアルダ家を守り抜いてきた敏腕騎士なだけはある。

「今の俺は……とりあえず、賞金稼ぎ『早田竜蘇祁』でしかないよ」

 俺は敢えて目を合わせず、それだけを言い残し、その場を後にした。

 ネクサリーの寝室は割りと早く見つかった。
 ファンシーなぬいぐるみをキチッと並べた、詰め所のようなやや狭い個室。
 彼女の性格やこの家での立場を考えれば、ここが妥当だろう。

 ウサギやクマのぬいぐるみの傍らには、いくつか写真が立て掛けられていた。きっと彼女の思い出が……と思いきや、その写真は全て二年前の俺を写したものだった。

「ネクサリー……」
 昔の俺が忘れられなかったのか……? こんなもの、何の意味も成さないってのに。

「いやいや、今はそれどころじゃないだろ! 剣が要る、剣が!」
 慌てて手に取っていた写真を元の位置に戻し、俺は「イリアリバー」の捜索に戻った。
 火事場泥棒にうつつを抜かしてる場合じゃない!

「くそっ、ここもそろそろ危ないな……!」
 この部屋にもいよいよ火の手が回ってきたらしい。
 ベッドや小さな本棚が炎に包まれ、燃やされていく。

 その余波を受け、黒焦げにされてしまうぬいぐるみ達の姿に、僅かながらもの悲しさを覚えた。

 しかし、肝心の剣はなかなか見付からない。
 この狭い部屋に隠せる場所なんて、そうそうないはずなのに。
 そうこうしてる間に、ますます火の勢いが強くなってきた。

「落ち着けよ、落ち着け……! こういう時は――そう、自分が隠す立場になって考えるんだ! 俺が隠すとしたら……」

 ――ベッドの下だッ!

「……なわけあるかいッ!?」
 どこの世界に伝説の剣をベッドの下に封印する管理者がいるんだよ! いくらなんでもネクサリーがそんなこと……。

「あ、出てきた」
 ……しちゃいますか、ネクサリーさん。

 ダメもとでベッドの下に手を突っ込んでみれば、確かに感触があったのだ。
 手探りで柄を探り当てて引っこ抜いてみると、俺の眼前にまばゆく煌めく黄金の剣が現れた。

 紀元前の古代ローマ兵達が使ったとされる刀剣「グラディウス」を思わせる、幅の広い刀身。鋭利な切っ先。
 
しかし刃渡りの長さはグラディウスのそれを凌ぐ、一メートル近くのものになっている。

 また、柄を含む全ての部分が金色の輝きを放ち、ネクサリーから貰ったイリアムドと似て、これといった装飾は一切ない。
 この二つの黄金の宝具は、二つで一つのセットになるんだろう。

「きっと、これが『イリアリバー』なんだな……しかし、俺には剣は――」
 憂いを帯びた表情で、俺は自分の右手を見遣る。俺は、満足に「剣」を扱える人間じゃない。彼女もそれは知っているはずだ。

 それでも、彼女は俺に戦って欲しいと願った。よほど必死なんだろうな、彼女も。

「……! そうだ。確かネクサリー、これが剣の力を引き出す鍵だとか言ってたよな」

 思い出したように、俺は懐に突っ込んでいたグローブを取り出す。
 右手用しかないそれをジッと見て、俺は思い切って腕に嵌めてみた。

 ガチャリ。

 そんな音と共にグローブはガッチリと俺の右腕にフィットしてしまった。
 付けると何かが起きるのかと思えば……別にそんなことはなかったぜ。

「剣の力を引き出す……ってことは、このグローブで剣を握れってことなのか?」

 特に確証があるわけではないが、イリアムドを付けてみて何も起きなかったんだし……。

 これが「剣の力を引き出す」のなら、この篭手を付けた状態で剣に触ってみるしかないだろう。

「……触れたら爆発、とかしないよな?」
 得体の知れない物体を付けて、得体の知れない「剣」を握る。
 俺にとっては、結構勇気の要る行動だったりするんだ。

 しかしこうしている間にも炎は燃え広がり、俺を待っている二人にも危機が及んでいるのかもしれない。
 それに、ダイナグとノアラグンもじきに立ち上がるはずだ。

 ――もう、迷ってられるかッ!

 俺は目を閉じ、一気にイリアムドを嵌めた手でイリアリバーの柄を握り、勢いよく敵から取り上げたかのように、天井に掲げた。

「――!?」

 その瞬間、俺の意識は猛烈な光に包まれ、視界は真っ白に染まっていった。
 途端に、頭痛が走る。頭にいくつもの情報が雨あられとなだれ込んで来るような感覚だ。

 待てよ――この次から次へと頭に入って来る情報は……!

「……まさか、これって……!」

 意識を包囲していた白い光が消え去り、目に映る景色が元の火災現場に戻った時、俺の手中にあるイリアムドとイリアリバーは、まばゆい黄金の輝きを放っていた。

 その煌めきは物体そのものだけによるものではない。
 何かしら魔法の効果でもあるのか――触れる前とは比にならない光量だったのだ。

 急いで会食室へ戻った頃には、予想よりも早く、ダイナグとノアラグンが復活していた。
 ネクサリーがなんとかテイガートを守ろうと奮闘していたが、やはり後一歩及ばない様子だ。

 魔法炎銃の火炎弾を剣でガードするのが精一杯で、一向に近付くことができず、その上ノアラグンの鉄球に吹っ飛ばされ、距離を離されるばかり。
 二人と初めて戦う奴が陥りやすい悪循環そのものじゃないか。

 俺は炎の発光を遥かに凌ぐ輝きを放つイリアリバーを振り上げ、ネクサリーを庇うようにダイナグ達に立ちはだかる。
「ネクサリー! 後は俺に任せろ!」

「あぁ、リュウスケ様ぁ!」
 感極まった表情で、ネクサリーは俺の帰還を素直に喜んでくれた。
 よほど俺の働きに期待してくれてるらしい。

「やっぱり来たな、リュウスケ。それが例の『イリアリバー』って奴か。ケンジロウの奴が血眼で欲しがってた伝説の剣……それさえ渡せば、こんな無駄殺生、すぐにでもストップしてやるんだが……」

「そそ、お前にとっても悪い話じゃないはずなんだねっ!」
「付き合い長いんだから、嫌でもわかるだろう? 無駄だってよ」
「――そーなんだよなぁ、ホンッと頑固だよ、お前」

 深いため息をつきながらも、魔法炎銃の銃口はしっかりとこっちに向けている。
 だが、俺にはもう火炎弾を避ける必要はない。

 ――さぁて、伝説の勇者の剣、お披露目と行かせてもらう!

「リュウスケ! 避けないと怪我を――!?」
 俺を制するべく魔法炎銃を連射するダイナグ。
 しかし、その表情はみるみる驚愕の色に染まっていく。

「うおおおおおッ!」
「マ、マジか!? 魔法炎銃の銃弾が……!」

 それも、そのはず。
 今までは棍棒ではまともに弾くことも出来ず、鉄の剣を使っても防御が精一杯だった魔法炎銃が放つ火の玉が、牽制にすらなっていなかったからだ。

 俺はイリアリバーを閃かせ、向かって来る火炎弾を矢継ぎ早に切り裂いていく。
 後退りは一切しない。
 何十発撃ち込まれようと、怯むことなく俺は二人との距離を詰めていく。

「止まるんだねっ!」
 そんな俺を阻止するべく、ノアラグンが鉄球を振りかぶってきた。
 だが、勝機は俺にある。

 剣を構え直し、俺はこっちに向かって覆いかぶさるように飛んで来る鉄球を見上げた。
「鉄球を飛ばして伸びきった鎖――そこが狙い目だッ!」

 ノアラグンが鉄球を投げた時、俺と二人との間はまだかなり離れていた。
 にもかかわらず仕掛けて来たということは、それだけ向こうが焦っているからだと見ていいだろう。
 おかげであの鉄球を破る隙が出来た。

 距離が離れている相手に、鎖で繋がれた鉄球を当てようとしたら、鎖が伸びきってしまうのは当然。
 そして限界まで伸びきった鎖は、外部からの攻撃に弱くなる。

 輪ゴムを単純に横に伸ばしたらかなり伸びるが、あらかじめ縦に目一杯伸ばしてから横に引っ張るとすぐに限界が来て、切れてしまう。
 それと同じだ。

「――千切れちまいなッ!」
 鉄球が俺の頭上に近付いて落下コースに入った瞬間、俺はビンビンに伸びきった鎖めがけてイリアリバーを投げつけた。

 ――バキィン!

 ……という感じに金属が壊れる音が響き渡ると、狙い通りに鎖は砕け散った。
 主と自分を繋ぐ命綱を失った鉄球はそのまま重力に引かれ、ドスゥンと派手に床に落下する。

 攻撃自体が読みやすい単純なものだったから、剣を投げる余裕ができるほどには簡単に避けられた。

 それにしても、今日の間で何回鉄球落とされたんだよこの部屋。よく穴が開かないな。

「く、鎖を切られたんだねっ!?」
「その通り! お前の得物はもうないな、ノアラグンッ!」

 俺は再び鉄球を飛び越えて、床に転がっていたイリアリバーを拾う。
 武器を失ったノアラグンは巨体を活かし、パワーにかまけたパンチで抵抗を試みて来た。

 しかし、今となっては空しいだけだ。俺は襲い来るどでかい拳を身を屈めてスッとかわし――
「そこだッ!」

 振りかぶられた図太い腕を、二ヶ月掛ければ完治する程度に切り裂いた。
「ぬっ――ぎあああああああッ!」

 赤い筋が彼の手首の関節から肩まで伸びたかと思うと、そこから鮮血が噴水のように飛び散る。

 もちろん悪い気はしたが、これくらいはしないと、あの怪力ゴリラ野郎を無力化することなど不可能だ。

 ――なにより、これが俺達が続けてきた職業柄だったはずだ。迷う必要なんて、これっぽっちもない。

「ノアラグンッ! ……やるじゃねぇか、リュウスケェェェェッ!」

 仲間をやられて仇討ちに燃えたのか、単純に「見せ付けられた」ことで闘志に火が付いたのか。
 ダイナグはけたたましい叫びと共に魔法炎銃を乱射して来る。

 さっきまでのような、投降を呼び掛けるような台詞は吐かなくなっていた。
 ようやく向こうも本格的に「やる気」になったらしい。

 ――もっとも、今さら過ぎるんだけどなッ!
 イリアリバーの煌めく刀身が、火炎弾をいとも簡単に弾き飛ばし、俺はダイナグとの間合いを徐々に詰めていく。

 どんなに剣で切りにくい位置に飛んで来ても、確実に弾き落とす。
 こんな芸当、イリアリバーが普通の剣だったら絶対に無理だった。

 ……いや、鉄球の鎖を剣の投擲で破壊することだって、本来の俺の実力じゃありえない手段だ。
 イリアリバーを持っている俺だから、出来たことなんだ。
 この剣がなかったら、あんな作戦は思い付きもしなかっただろう。

 ――そう。初めは、この剣を握った瞬間から薄々感じていた仮説だった。
 しかし、この戦いを通じて、それは確信へと変わった。

 この剣は、持っている者に「卓越した剣術」と、「剣士としての知恵」を与えるんだ!

 剣を握って戦おうとするだけで、凄まじい力が血流と化して全身を駆け巡り、「どう動くべきか」、「どう剣を振るうべきか」を本能が指示し、理性が反応する暇もなく体が動いていく。

 俺が本来持っているものとは全く違う「経験」や「技術」が体に染み付き、俺自身の動きに影響を及ぼしている感覚に近い。

 ……かつて、この剣を所有していた剣士の剣技や知能が俺に「憑依」し、その手腕を俺がトレースしている、のかも知れないな。
 伝説の勇者が俺に取り付いてる、ってか。

「でぇッ!」
「ぐううッ!」

 気が付けば、俺の支配から逃れようとするかの如く暴れていたイリアリバーの斬撃が、魔法炎銃の銃身を切り落としていた。

 剣の切っ先はダイナグの喉に伸び、これ以上の戦闘は無意味だと、行動と状況で宣言している。

「はぁ、はぁ……ぐッ!」
「依頼は失敗だな、ダイナグ。ここは大人しく、身を引いてほしいところだ」

「全く――さっきのお嬢様も化け物染みた強さだったが、今のお前はそれ以上だよな」
 観念したように両手をひらひらさせると、彼はその場であぐらをかいた。

 唯一の得物を失い、戦う術を失ったのだから、懸命な判断だろう。
「……リュウスケの、勝ちなんだからねっ」

「前々から言うつもりでいたが……やっぱりお前にその口調は、似合わねえなぁ。ハハッ」

 さっきまでの戦闘態勢から一変し、俺は口元を緩ませて、いつも通りの笑みを浮かべた。

 戦いが終わった今となっては、俺達の間にあった殺伐とした空気は消え失せていた。

 そこにあるのは、元通りの商売仲間達の団欒。
 依頼という仕事を除けば、俺達はいつだってこの通りなわけだ。

 ――しかし、その時間は長くは続かない。いや、続けるわけにはいかない。

 依頼のためとはいえ、彼らは罪のない一家を襲い、テイガートやネクサリーを傷付けた。

 彼らとの友情を守るためにも、落し前は付けなければなるまい。
 俺は表情を切り替え、真剣な面持ちで二人を交互に見る。

「さて……お前らの依頼は失敗した。そしてお前らは罪のない人達を傷付けた。わかってるよな、ダイナグ。ノアラグン」

 有無を言わさぬ強い口調で叱責する俺を前に、二人は諦めたような顔で頷いた。
「ああ、わかってるさ。後で騎士団のお縄に付いたら、有り金注ぎ込んで屋敷の復興に――」

「違う。まずはマクセルさんとコスモアさんを安全なところへ避難させろ。その後はテイガートの治療だ。ネクサリーの救助も忘れるなよ。ユリアヌは、俺が助ける!」

 次々に贖罪のための指示を出す俺に、二人は目を丸くして、互いの顔を見合わせる。
 そして苦笑いの顔で、了解の意を示した。

「ホンット、お前ってばいい感じにワガママ言うよな。さすが俺ら三人組のまとめ役だ」

「任せろなんだねっ。依頼が失敗して役立たずになった今、俺達がやるべきことは決まってるんだねっ」

 彼らは罪を犯した。
 だから、罰を受けなければならない。
 それは「事件が解決した後から」ではなく、「今出来ることから」始めることに意義がある。

 二人ならば、それが出来るはずだ。
 その重責から逃れようとすることなく、真っ向から裁きを受けることを望む彼らの姿に、俺は薄汚れた賞金稼ぎならではの覚悟を見た。

「あーあー、僕以外パーティ全滅ぅ? やっぱり勇者(ヒーロー)は遅れてやってくるものなんだなぁ」

 そんな時にふと耳に入った、この場の空気をぶち壊すような軽快な声。
 聞き覚えのあるその喋り方に、一気に俺の表情が険しくなる。
 ダイナグとノアラグンの二人も、表情を引き締めた。

 依頼の失敗から来る雇い主の制裁でも警戒しているのだろうか。
「モ……モロボシ・ケンジロウッ!?」
「現れおったな! ユリアヌ様を――イリアーベルを返せッ!」

 会食室の入口に立つ、俺より少し年下の少年――この一件の主犯格だという、モロボシ・ケンジロウが、現れたのだ。

 この事件の黒幕の登場に、ネクサリーとテイガートが声を上げる。

 イリアルダ家に仕える二人の騎士や、自分が雇っていた二人の賞金稼ぎには目もくれず。
 あの少年の視線は俺――じゃなくて、俺の右手に握られたイリアリバーに向けられていた。

「まぁ、イリアリバーが手に入るんだから別にいいんだけどね。僕のイリアーベルとの二刀流とか出来たら、カッコイイだろうなぁ」
「誰が何をやるってんだ、この陰険悪質眼鏡坊や」

 あの口調からして、この一連の騒ぎについて何の感傷も、後ろめたさも感じていないらしい。
 ……そんな世間知らずの小僧に遠慮など不要。
 俺は歯に衣着せぬ物言いで、さっそくケンカを売った。

「……いるよねー! そういうの! 勇者のことを見くびって、後になってコテンパンにされて泣き付くモブキャラ!」

 ……予想以上に効いてるな、コイツ。
 ふわりと跳び上がったかと思うと、瞬く間にイリアーベルとやらを背から引き抜いて、俺の眼前まで飛び込んで来る。

 どうやらカッとなりやすいタチらしい。
 きらびやかで鈍重になりそうな鎧を着てる割には、ずいぶんと軽快に跳んできたな。
 イリアーベルの力なのか……それとも本人のフットワークか?

「人ん家を焼き打ちにして家宝をぶん取ろうって輩が『勇者』だと? 『魔王様』の間違いじゃないのか」

「わかってないなー、僕はいわばダークヒーローなんだよ。いろんな犠牲を払って、悪者呼ばわりされても、最後には自分なりの勝利を掴む――ってね。君は変革を恐れる、醜い保守派なのさ」

 何を言ってるのか、わからない。
 ――わからないが、コイツの言い分があんまりだということだけはハッキリした!
 俺は奴が手にしているイリアーベルに対抗するように、イリアリバーを構える。

 すると、俺の剣と向こうの剣が、互いの力に呼応するように共鳴し、前にもまして鈍い光を放つ。

 イリアリバーとイリアーベルの対決――その火蓋が、切って落とされる。
 それを、意味するのだろうか。

「ならお前は、誰にとってのヒーローなんだ。誰かのために業を背負って戦うことと、我欲のためにすき放題して周りを傷付けることを一緒くたにするとは、恐ろしい限りだな」

「そうやって僕を惑わそうとする敵を根こそぎ討ち取り、この家にいる人間は全員死に絶える。そうした惨劇の中を生き延びて、僕は悲劇のヒーローになるのさ。僕は僕のためのヒーローになり、業を背負うんだよ」

 違う。コイツは業を背負うつもりなんて、かけらもない。
 俺達を皆殺しにして、悲劇を演出しようとしてるだけだ。
 「背負う」覚悟を持った人間が、こんな軽い口調で語るものか。

 ……ダイナグ達とは、大違いじゃないか。

 俺達を全滅させて、事件に関する一切の口を封じた後、この一件を悲劇として語り、イリアーベルとイリアリバーの力を使って英雄的な活動を行い、世間からの支持を得る。

 奴の言動から察するに、向こうの計画はこんなところだろう。
 ヒーローを目指すのは結構。
 だが、こんなやり方でなれるほど、そいつは安っぽい称号じゃない!

「なら代わりに俺が語り継いでやる。史上最低最悪のヒーロー気取りの偽善者だとな!」

 イリアリバーを振り上げ、切っ先が届くギリギリまで踏み込み、小手調べに攻撃を仕掛ける。
 モロボシはそれをいとも簡単に受け止めると、軽く弾き返してみせた。

「いいね〜。だんだん悪役の台詞になってきたじゃないか。やられ役はそうでないと」
「五体満足で勝てると思うな、偽勇者!」
 今度は手は抜かない。一気に間合いを詰め、力一杯剣を振るう。これでっ――!

「偽者呼ばわりなんて、悪役として典型的過ぎるなぁ」
「なっ――!?」
 ……嘘だろ。

 イリアリバーの光刃が俺の体重を乗せて閃かせた一撃は、攻撃的にビカッと煌くイリアーベルの、力任せな返し技で跳ね返されてしまった。

 俺は尻餅をつき、信じられない顔でモロボシを見上げる。
 辺りを見遣ったわけではないが、きっと周りの連中も似た表情だろう。

 ――俺が、力負け!?

 仮にも、歴戦の賞金稼ぎとして活動していた俺が――いや、所有者に強靭な力を与えるイリアリバーを手にしている俺が、テクニックでも経験でもなく、「腕力」で負けた!?

 いくらなんでもありえないだろ。あっちは俺より年下なくらいなのに!

「あれまぁ。所有者に凄い剣術を与える剣だって聞いてたのに、とんだデタラメじゃないか。……いや、それでもまともに相手にならないくらい、君が凡人以下ってことなのかな?」
「……ッ!」

 そんなはずがない! それはない! だってさっきまで、俺はダイナグとノアラグンを相手に、あんなにっ……!

「まぁ、それくらい僕が勇者の才能に溢れすぎてるってのもあるんだろうけどね」
 奴が言ったその一言に、俺は恐怖すら覚えた。
 ――こいつ自身が、そこまでのバケモノだっていうのかよ!

「くそっ……だからって、退くわけにはいかねえんだよおッ!」
 俺は自分の弱い心をシバき倒すように、声を張り上げて立ち上がる。

 続けざまに剣を振りかぶって仕掛ける奇襲攻撃に、自分の才に酔いしれていたモロボシは、さすがに防戦一方になった。

「っへぇ――才能ゼロのクソ凡人ゴミ野郎にしては、結構無駄に足掻くじゃん!」
「まだ感心するには早――あっ!?」

 向こうが防御から攻撃に転じようとクルンとイリアーベルを振り上げ、その一瞬の隙を狙ってイリアリバーを突き出した俺だったが――向こうの剣の素早さは、こっちの計算を遥かに超えるものだったのだ。

 振り上げられたイリアーベルは、真っ直ぐ伸びていた俺のイリアリバーの下に滑り込むように伸び、そこから一気に上に向かって弾き飛ばしたのだ。

 俺はたまらず衝撃でイリアリバーを手放してしまい、主の手元から弾き飛ばされた剣は空中で猛烈に回転すると、数メートル背後に突き刺さった。

 向こうが騎士団の人間とかなら、ここで剣を突き付けて降伏を迫るところなんだろうが、生憎モロボシにそんな情けはない。
 俺が剣を失ったと見るや、問答無用で止めを刺そうと剣を振り下ろしてきた。

「容赦なしかよっ!」
 俺は横に跳び床の上を転がると、戦いの巻き添えを食らって火が燃え移っていた椅子にぶつかった。

「いって……!」

「観念して、悲劇的に死ねえぇぇッ!」

 起き上がりを待つこともなく、奴はイリアーベルを振り上げて、俯せに倒れている俺に切り掛かってきた。
 俺の踏み込みとは、比べものにならないスピードだ!

 その剣を握る右手には、色違いのイリアムドが嵌められている。
 剣も篭手も装飾と呼べるものがなく、シンプルなデザインなのは向こうも同じらしい。

 だが、俺のイリアムドとイリアリバーが黄金色で統一されているのに対し、モロボシのイリアムドは白銀なのに、イリアーベルの色は紫紺の輝きを放っている。

 ――いや、今はそんな些細な色違いを気にしてる場合じゃない。悲劇的な最期なんて、まっぴらだ!

 俺は火だるまになろうとしていた椅子を掴み、振り向きざまにモロボシに投げ付けた。
「ぶふぅ!?」

 奴の踏み込みがかなり速かったことが、逆に向こうを防御も回避も出来ないほどの近距離まで引き付ける結果を招いたらしい。
 せめてもの抵抗のつもりで投げた椅子は、豪快に顔面にクリーンヒットした。

 奴は鼻血を出して一時的にぶっ倒れたが、すぐに起き上がって血を拭きはじめる。
 俺はその隙に床に突き刺さっていたイリアリバーに駆け寄り、引っこ抜こうと柄を握った。

 ――そして、背後に殺気を覚える。

「殺すッ!」
 振り返った瞬間には、すでにモロボシが剣を振り下ろす体勢に入っていた!
 俺は床からイリアリバーを引き抜きながら防御を試みるが、刀身から手元まで伝わる衝撃に耐え切れず、二、三歩ほど後ずさった。

 そこへさらに、奴の攻撃が激しさを増して畳み掛けて来る!
「う、ぐ、ああっ……!」
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す! ザコの分際で、中ボスですらない分際で、僕の、勇者の顔に、こんな、こんな、こんなあああああああッ!」

 イリアリバーとイリアーベルが光の刃をぶつけ合う度に、バチィッと強烈な音と共に火花を飛び散らせる。
 俺は奴の猛攻を前に、防御すらまともに出来ないでいた。

 その時、光刃が衝突を繰り返す中、劣勢に立たされた俺を見兼ねたのか、しゃがんでいたネクサリーが立ち上がるのが見えた。

 壁を背にしないように後退を続けて廊下を通っていた俺は、いつしか玄関ホールまで追い詰められていた。
 廊下を渡りきったところから、屋敷の入口へと真っ直ぐ続く階段まで後退していた今の俺は、正しく「背水の陣」となっている。

「死ねっ死ねっ死ねっ死ねっ!」
「うッ――おああああッ!」
 顔を真っ赤にして、たたき付けるようにイリアーベルを上下に振るモロボシの攻撃に耐えるのは、かなり限界に近付いていた。

 ――こんなところで、こんな奴に、やられてたまるか! 俺は、彼女達を守って……日本へ帰るんだ!

 俺は下手をすれば派手に斬られることを覚悟の上で、奴が剣を思い切り振り上げる瞬間、イリアーベルを握る手首を剣を握っていない左手で掴み、勢いを止めて見せた。

「えっ!?」
 俺の抵抗が予想外だったのか、奴は一瞬怯んだ顔になる。

 余りにも激しい畳み掛けを前にしては、俺はひたすらイリアリバーでの防御に徹するしかない。
 相手の攻撃を受け止めてから反撃に出ようにも、攻撃自体が強烈なために防御した際に腕が一瞬痺れてしまうのだ。

 結果、やり返そうとする前に次の一手が来てしまう。
 だから、腕が痺れて反撃出来ないなら、剣で反撃しようとしなければいい。
 要は、痺れていない手――剣を握っていない手で抵抗すればいいんだ。

 そのまま左手に力を込め、俺は力任せにモロボシを突き飛ばす。
 それであっさりよろけてしまったところを見ると、さっき俺を突き倒した力はどうやら奴自身の腕力というわけではないらしい。

 となると、あのイリアーベルの力なんだろうか?

 とにかく、隙を作ったからには反撃のチャンス!
 俺はそこからさらにイリアーベルを弾き、一気に間合いを詰めた。

「う、うわっ!」
「これで、終われぇぇぇッ!」

 そしてイリアリバーを振り上げ――この事件を終わらせる。

 ……そのはずだった。

 だが、俺にはどうにも武運というものが致命的に欠けているらしい。

「……ぐ!」

 次の瞬間には、俺の手からイリアリバーが離れていたのだ。
 黄金の剣は俺の手中から滑り落ち、ガランと音を立てて倒れる。

「ぐ、あああああッ!」

 イリアリバーを握る俺の右手が、攻撃で弾かれた時のものとは全く別物の痺れに襲われていたからだ。
 
 いや、痺れというよりは「痛み」に近い。

 気付かぬ間に斬られたわけではない。
 古傷が開いた、とかいうわけでもない。

 これは、この事態は、俺がイリアリバーを握ることになった瞬間から、ある程度は予想されていたことだ。

 ――実は俺は、「剣で戦えない」んだ。

 正しくは、「剣士としては完全に死んでいる」と言ったところだろうか。
 剣を握って戦い続けていると、剣を持つ手が痺れる発作が出てしまう俺のことを「剣で戦える人間」とは言えないだろう。

 別に負傷したわけでもないのに右手を抑えて震えている俺を見て、モロボシの表情に余裕が戻る。

 その顔には、形勢逆転が止まったことからくる安堵と、俺ごときに反抗された怒りが現れている。

「へ、へへへ! よくもびっくりさせてくれたな……!」
「くっ!」

 イリアリバーを握れなくなった今となっては、抵抗すら出来ない。
 万策尽きたか……!?

「この場で派手に斬り殺してやりたいところだけど、また手を掴まれたら厄介だからね……ここは一つ、このイリアーベルの力に働いて貰おうかな?」

「な、なんだと?」
 奴はニヤリと口角を上げ、イリアーベルを天井目掛けて高々と掲げた。なんだ、何を始める気だ……!?

「魔法で痛め付けて、動けなくしてやる!」

 その叫びと共に、イリアーベルの刀身が赤く発光し、そこから激しい炎が飛び出してきた!
「うおっ!?」

 ダイナグの魔法炎銃とは比較にならない火力に思わず怯み、俺は階段を踏み外しそうになる。
「次は雷かなッ!」

 モロボシが発した言葉の意味を察するより先に、青白い電撃が俺の足元に突き刺さった。
「うっ――と、おあああああっ!」

 もはや、足場を気にする余力もない。たまらず俺はその場から飛びのくように、階段を転げ落ちた。
「なんだあの魔法……イリアーベルの――力なのか!?」

「あははははははッ! ざまーみろ! お前みたいなザコモンスターはそんな格好がお似合いだ!」
 ……とうとう人間扱いすらしなくなったか。相当頭に来てるぞ、あれ。

「くそっ――うぐッ!」

 起き上がろうとする俺の額に、鋭い痛みが走る。
 どうやら階段から転げ落ちた時に、眉間を切ったらしい。
 手で額に触れてみれば、結構な量の血が付いていた。

 加えて、打ち身もやらかしたみたいだ。立ち上がろうとすると、両脚の神経が表面から内側へと悲鳴を上げる。
 きっと俺の脚の肌は今頃、死人のような醜い色に変色していることだろう。

「……いよいよ、お手上げだってのかよ! くそっ、こんなのってありかよ!」
 目の前の現実を受け入れ切れずに、俺は両手で床を殴る。

 こんなに拳は痛いのに、こんなに苦しい思いをしてきたのに――状況は、変わらない。

「もー疲れた。いい加減死ねよ、お前」

 地べたに転がるゴミを見るような目で、モロボシは階段から一気に飛び降り、立ち上がることも出来ずにうずくまったままの俺に向かってイリアーベルを突き付ける。

 もう抵抗する力はない。
 毒づく力も、暇もない。
 今の俺は、ただ死を待つばかりの人形に過ぎなかった。

 そして、奴は思い切り剣を振り上げ――

「リュウスケ様ぁぁーッ!」

 ――振り下ろす。

「……え?」

 刹那、俺の視界は炎以外の赤い何かで覆い尽くされた。

 その赤はペンキのようにだらりと下に向かって垂れ下がり。

 それを映す俺の視界には、あってはならない光景が現れていた。

 ――間違いだよな? だってホラ、斬られるのは俺だろう?
 少なくとも、お前じゃないだろ?

 ……だから、間違いだって。そう言ってくれよ。
 テイガートでも、ダイナグでも、ノアラグンでもいい。
 誰か、否定してくれよ。

 悪い夢だって、言ってくれよ。

 ――だって、このままじゃあ、ネクサリーが、ネクサリーが……!

「リュウスケ、様ぁ……」
 目に一杯の涙を溜めた、厳つい鎧を着ただけのか弱い少女は今、俺の盾となっていた。

 その現実を理解するために掛かった数秒の時間が、俺には永遠のようにも感じられた。
「――ネ、ネクサリー……! お前、お前ッ! なんで、なんでッ!」

 我に帰った俺は弾かれるように仰向けに倒れた彼女に身を寄せた。
 モロボシのことなんて、今はどうでもいい!

「……リュウスケ様、ご無事で……?」
「ああ!? そんなこと言ってる場合かよ! とにかく喋るな! 血を止める!」
 彼女は俺を庇って、胸を斬られていた。

 俺は上着を脱いで傷口を縛り、応急処置を試みる。
 傷が思ったほど深くないのは、不幸中の幸いと言ったところか。

「あーあー寒い寒い。何をゴミ同士で傷を舐めあってんだか。さて、こいつらは後で殺せばいいんだし……まずはイリアリバーの回収と行きますか」

 すぐ傍でモロボシが何を言ってるのか、よく聞き取れなかった。
 だが、聞き取れたとしても今は相手にする気は毛頭ないし、そんな暇もない。

 今は、俺なんかのために斬られたネクサリーのことが最優先だ!
「リュウスケ様、申し訳ありません……! あなたがあの症状を患っていると知っていながらも、私にはイリアリバーを托すことしか出来ませんでした……」

「何を言ってる、何を謝ってる! いいから生きろ、生きろよ! 俺なんぞのために人生棒に振ることなんて許さないからな!」
 ジャージの下に着ていたタンクトップも使って止血に努めた甲斐あって、なんとか出血が止まろうとしていた時だった。

 天井から何かが外れる音がしたかと思うと、シャンデリアが落下してきたのだ!
「きゃあっ!」
「ネクサリーッ!」

 俺はシャンデリアの破片からネクサリーを守るため、覆いかぶさるように彼女を思い切り抱きしめた!

 彼女も不安なのか、素肌を晒している俺の上半身にしがみつき、離さなかった。
 そして俺達の周囲に、貴金属やガラスの破片がところせましと飛び散る。

 案の定、いくつかの破片は俺の肉体に直接突き刺さり、冷たい痛みに何度か襲われた。

 ……だが、幸いにもネクサリーに被害が及ぶことは免れたようだ。
 あれだけのデカさのシャンデリアが落ちてきたということは、この屋敷もとうとう火災による崩落の時が近いということか。

「ぐっ――ネクサリー、生きてるか?」
「リュ、リュウスケ様ッ! 私のためにそのような!」

「あのままモロボシに斬られるよりは百倍マシさ、このくらい。それより、もう喋るのは止めてくれ。助けてもらっといてこう言うのは何だけど、これ以上は本当に危ないから」

 そこまで言ってから、俺はハッとして辺りを見渡す。
 モロボシはどこに行ったんだ?

「ハアッ、ハアッ……屋敷が焼け落ちるのは時間の問題……か、しょうがないな。一旦地下闘技場で火事を凌ぐとするか。イリアリバーなら、全焼した後にゆっくり回収すればいいし」

 そう言って奴は名残惜しげに黄金の剣を一瞥すると、息を切らして階段の裏に回って行った。
 そこから扉が開く音が聞こえたかと思うと、階段をカツカツと下る音が響いてきた。
 どうやら、あそこに地下闘技場に続くルートがあるらしいな。

 それにしても、ずいぶんと行動が迅速だな。地下闘技場の場所も熟知してるし。
 ……きっとこの日の行動のために、前々から張ってたんだろう。

 ――だが、これ以上好き勝手させるわけには、いかない! ネクサリーを斬った落し前は付けさせて貰わないと!

 時間の経過のおかげで手の痺れが収まったことを確認し、俺はネクサリーを安全な場所に移してから、奴を追うことに決めた。

「お待ち下さいリュウスケ様! これ以上の深追いは危険です! 私を置いて、お逃げ下さい!」
 ――この娘は、俺の話聞いてたのか?

 だから傷が開くから喋るな、と言おうとして口を開いた瞬間、

「ハヤタ・リュウスケ! ネクサリーッ!」
「おおーい、リュウスケェッ!」
「無事なんだねっ!?」

 テイガートやダイナグ達が俺達を呼ぶ声が、階段の上から聞こえてきたのだ。
「テイガート! 丁度よかった、ネクサリーが重傷なんだ!」

 思わぬ助け船を前に、俺の心にもようやく落ち着きが戻ってきた。
 テイガートなら、ルバンターの町に顔を利かせて、彼女を治療させることが出来るはずだ!

「すまねぇ! 加勢したいのはヤマヤマだったんだが……なにぶん、俺達とは次元が違いすぎて……」

「お前らは俺が武器を壊しちまったから、しょうがないさ。それより、ネクサリーの治療と、救助を頼む! あと、マクセルさんとコスモアさんも助けないと!」

 顔を合わせるなり平謝りしだす二人の賞金稼ぎ仲間をなだめ、俺はテイガートの方へ向き直る。

「当主様達なら、お前がイリアリバーを取りに行っている間に、私が屋敷の外まで誘導した」
「そうか、わかった! じゃあ、俺はなんとかモロボシを倒してユリアヌを――」

「待て」
 黒幕を追うため、黄金の剣を拾いに行こうと階段を上る俺の腕を、テイガートが掴む。

「なんだよ! 俺のことなんかより、早くネクサリーを治療してやってくれ!」
「……彼女の命は必ず守る。だがその前に、貴様に聞いておきたいことがある」

 その面持ちは、これだけは知りたい、という気持ちの込められた切実なものだった。

「ネクサリーは、貴様のことをよく知っているようだった。そして、貴様が『紅の燃剣』だと言うことも」
「……そうか」

「二年前、剛剣イリアリバーを持つ勇者として選ばれた男が貴様だと言うのなら――私は、貴様の素性を知る必要があると思ったのだ。貴様がイリアリバーを預かるに足る人格であるか、私自身が納得するために」

「……」

 どうも、この騎士様は人の揚げ足を取るのが大好きらしい。
 人には知られたくないことなんて、腐るほどあるものなんだよ。
 そんな俺の感想が顔に出ていたらしく、彼は「そんなに嫌か」とため息をつく。

 だが、テイガートは諦めきれないのか、応急処置をチェックしながらこっちを何度もチラチラと見ている。
 ……俺が喋るまで屋敷を出ないつもりじゃないだろうな。

 騎士が「必ず命を守る」と誓いを立てた以上、実際そんなことはないだろうが――俺が身の上話を嫌がるばっかりに、ネクサリーに迷惑が掛かってしまうのではと勘繰ると、身を斬られるような思いに駆られてしまう。

「……わかった。話すよ」

 観念したように両手を上げると、俺は申し訳ない気持ちでネクサリーを見遣る。

 ――俺のせいで、辛い思いをさせた。

 ごめんな。最低だよな。俺、「騎士だった」のに。

 ……お前にとっても、きっと――



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