「……未来の……人間?」
「その通り。信じられないカ?」
「……それはそうだろ。別に、お前の言う事全部を疑ってる訳じゃないけど、幾らなんでもそんな話をほいほい信じられるほど信用してもいないんだ」
「———マ、それもそうだろうネ。フム、ならば何をもって証拠とすればイイかナ。……茶々丸に搭載されている科学力では説明にならないカ?」
「……確かにそれっぽくはあるけど、それだけじゃ説得力としては弱いだろ。茶々丸自体はエヴァの力も反映されているみたいだしな」
「そうだろうネ。別にこの時代では未知の物質ヲ使用している訳でもないシ、アイデア云々を別にして、エヴァンジェリンさんの力を借りれば再現できない訳でもなイ」
俺の反論をさして気にした風でもなく受け流すチャオ。
だが、事実としてエヴァは科学技術なんてものを抜きに、チャチャゼロのような魔法生命体ですら製作できるのだ。
そんな彼女の力を借りたとなれば、茶々丸を生み出す事だって不可能ではないと考えてしまうのは仕方の無い事だろう。
「……となると、やはり”コレ”を見て貰うのガ一番早そうネ」
彼女はそう言うと、悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべる足を組んだ。
すると、そんな彼女の方向から時計の秒針の音のような、カチカチと言う音や、モーターの回転音のようなモノが聞こえ始める。
「……一体何をするってんだ」
「まあまあ、見ていれば———」
瞬間。
彼女の姿が掻き消えた。
そして、
「———分かるヨ。ほらネ? ……っと、おや? 今回は驚いてくれないようネ、残念」
次の瞬間には、俺達の背後に立っていた。
……まただ。しかも今回は目の前で。
流石に二度目ともなると驚きはしないが、不可解さだけはどうしても残る。
目の前のソファから俺達の背後までの直線距離が凡そ2m弱。テーブル等の障害物を避けて移動しようとすれば5mあるかないかくらいだろう。
その距離を一瞬で移動した。
それもすぐ脇を通り抜けたであろうに、俺とエヴァに微塵も感知される事無くだ。
……果たしてそんな事が可能なのだろうか?
俺は、目の良さには少なからず自信がある。
反応できるかどうかは別として、セイバーの太刀筋すらも見るだけならば可能なのだから。
そんな俺が見逃した。予備動作らしきものすら感じ取れずに。
———馬鹿な。
もし仮にそうだとすれば、チャオの体捌きの速度はセイバーの剣速を遥かに上回っている事になる。
しかも、風すら舞い上げる事無く、だ。
……そんな事が可能なのだろうか?
俺の答えは否だ。
チャオがセイバーやエヴァを凌ぐ実力を持っているようには到底思えない。
そうだとすれば……。
「今の行動の意味……分かたカ?」
「……今のは速さじゃない。……空間転移か?」
背後を振り返る事無く答える。
何のタイムロスも無く、話している途中で突然背後にいた。
これは気配が移動したのではない、……そこに移ったのだ。
なんの魔力の発露も無く空間転移のような術が使えるかは分からないが、そうとでも考えなければ説明が付かない。
「惜しいケド正確ではないネ。ワタシはただ歩いてここに辿り着いただけヨ」
「……冗談。ただ歩くだけで今みたいな事が出来るかってんだ」
「本当の事ネ。その証拠に———」
そして今度は気配が背後から前に。
コマ送りの映像を見ているように、突然チャオがソファーに座ったままの姿勢で現れた。
「———こんな事が出来ル。コレはお返しするヨ」
そう言って差し出されたの俺の財布だった。
「———まさか」
ジーンズの後ろポケットに入れて置いた筈の財布が目の前にある。
しかも俺はソファーに座っていたのだ。抜き取ろうにもそうそう取れるものではない。
その上俺はそれに全く気が付く事が出来なかった。
それらの事から導き出される答えは一つ。
「……まさか……時間を、操れるのか?」
チャオは俺の答えを聞いてニコリと微笑んだ。
「そう、その通りネ。使用にはいくつかの条件のクリアと、この、」
そう言って背中を指差すチャオ。
「背中の装置の補助がなければ使用できないガ、それでも時間旅行ができるネ。マア、所謂タイムマシンネ」
「時間旅行……」
ここまで証拠を突きつけられれば認めるしかない。
俺の世界で言えば、確実に”魔法”の領域の偉業だが、事実として彼女は俺に証拠を示して見せた。
それに先程からエヴァが何も口を挟んでこないのは、どうやら元からある程度知っていたからだろう。
「……で、その未来の人間が俺に何の用だってんだ。そんな事になるんだったら俺も何とかしたいとは思うけど、俺なんかに大した力はないぞ」
「マア、そんなに焦る事ないネ。私はこれから起こる戦争を何とかしたイ……ここまではいいアルカ?」
「ああ」
「けれど、幾ら私ガ未来の人間だろうとも、世界の崩壊を防ぐ事なんてとてもじゃないが出来ないネ。ダカラ私は相互間に置ける不理解を解消して、相互理解を深めさせたいのヨ」
「相互理解って……それこそどうやるんだよ。今まで知りもしなかった魔法世界の住人達をどう紹介したって混乱をきたすのは目に見えてるじゃないか」
「それは短い期間に情報を一気に与えすぎてしまうからダメネ。受け入れるて慣れる前に次々と情報を放り込むから環境の変化に耐えられず、感情がオーバーフローを起こしてしまう結果ヨ。ダカラ私は情報を統制しようと思ウ」
「……どういう意味だ?」
「言葉通りの意味ヨ。要は情報を一気に与えすぎるからダメなのヨ。情報を小出しにして、少しずつ慣れさせれば混乱は最小限に済ム。何事にも心の準備は必要てコトネ」
言い分は分かる。
人間なんて所詮慣れの生き物だ。
人間は急激な環境の変化じゃない限り、大抵の事は受入れ、それに対処しようと言う体制を整える強かさを持っている。
そして環境の変化は少しずつの方が負担も少なくて済む。
そうすれば、次第に変化は平穏となり、日常へと成り果てる。
「理屈は分かる。でも具体的にはどうするんだ? 世界の混乱を防ぐって言ったって、そこが一番重要だろう。それを聞かない限り俺も力を貸す訳にはいかない」
「当然それも織り込み済みヨ。衛宮さん、こっちの世界の住人と、魔法世界の住人の一番大きな違いは何か分かるカ?」
「…………魔法を使えるかどうかか?」
「その通リ。種族間の姿形の差異もあるだろうが、一番の大きな違いはソコヨ。———だから私は世界樹の力を使ウ」
「世界樹の力?」
「その通リ。世界樹の持つ魔力は膨大ネ、それこそ世界を覆ってしまウほどニ。その力を使て私は……世界中ニ『強制認識魔法』をかける。効力は催眠術程度の、もしかしたら魔法は存在するんじゃないカという認識を持たせる程度の弱い効力しか持たないガ、それで十分ヨ。後は先程言ったように、情報操作でどうとでもなル。今回の大会はそのデモンストレーションネ」
「魔法を……世間に公表するってのか」
「ウム。幸い、魔力はこちらの世界の人間だろうと誰にでも存在スル。それは即ち、誰にでも魔法が使える可能性が有ると言う事ネ。魔法が使えるかどうかと言う、こちらの世界とあちらの世界デ一番大きな劣等感の要因を、あらかじめ取り除く事さえ出来れバ……」
「最悪の事態には陥らない……」
「無論、その過程で争いガ生じないとは言わなイ。特にこれから私が行う事を知れバ、この学園の魔法使い達は全力で止めに来るだロウ。だが少し考えてみてほしイ。そもそも可笑しいとは思わないか? なぜ頑なにも魔法の存在を隠さ無ければならなイ。魔法は一つノ技術である事ハ確かな事なのに、それを公表せず、技術を独占しているのハ魔法使い達の傲慢なのではナイカ? 魔法使い達はその能力の高さ故に、一般人を見下す性質がアル。選民思想とまでハ言わないガ、本人にその気ガ無くとも多かれ少なかれ見られる傾向ネ。事実、今この学園に在籍する魔法使い達ハ、一般人を守るべき対象としている節がアル。……それが悪いことだとは言わないネ。だが、何故彼等に態々守って貰わなければならない? そんなモノ、必要があるとは私にはどうしても思えないネ。しかし答えハ簡単。彼等は無意識のうちに一般人を力のない弱者だと決め付けているからに他ならないヨ。迷惑な話ダ、アリガタ迷惑と言ってもイイ。魔法使いの力なんかに頼らなくてモ人間は生きていけル。そもそも弱者だと思って力を貸したいなどと言っているノニ、何故その技術を公表して自衛の力を身につけさせようと考えなイ」
「……」
確かにその通りだ。
この世界の魔法使い達の大前提は他者の力の助けになる事。
それを賞賛するかのように『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』などと言う呼び名まである。
しかし、それなら、何故俺の居た世界のように魔法を隠す必要がある?
神秘の隠匿が第一条件では無いというのに、有益な力を隠し、それを知られる事を悪とする風習は一体どこから来たのだろうか。
チャオは、そんな風に考える俺に、更に言葉を重ねた。
「———それは自分達が強者であり、弱者を守ってやっているんだという優越感を得たいからに他ならないんじゃナイカ? お前達ハ弱い、ダカラ自分達が守ってやっているんだ……と。言ってしまえば、魔法使い達の言っている事とやっている事は矛盾の塊でしかなイ。いや、この学園に限って言えば、逆に魔法使い達が居る事によって危険が増しているとも言エル」
「……それは」
———それは、俺も最近感じていた事。
京都の事件然り、ついこの間の悪魔襲撃の時も然り。
これらの事は、魔法使い達がここにいなければそもそも起こらなかった事件だ。
しかも、その両方で何の関係もない人達が巻き込まれているのは疑いようもない事実。
「……魔法世界が存在スル事実は変えられナイ。そしてその隔たりモ。だから私ハ、そんな人間に自衛の力ヲ持たせ、未知の力に対抗できるだけの力と知恵を身に付けさせる事が両者の溝を埋メル事にもなり、また、不平等感を無くす唯一の手段だと思うノヨ」
しかし、チャオの言っている事も理想論だ。
厳しいかもしれないが、真の意味での平等なんて何処にもない事を俺は痛いほど知っている。
例え、同じような力を身に付けさせた事で能力の差を埋めたとしても、人間は考え方一つの違いで争う。
ソレを無くす事なんて、本当に夢の世界でしか見ることは出来ないのもまた事実だ。
……けれど。
「勿論、私がこれから成そうとしている事でも多かれ少なかれ混乱ハ生まれてしまうと思ウ。だが、私はそれに対処できる財力と技術を確保シタ。決して最悪の事態には発展しなイ……いや、私がさせない。世界を救うとは言わナイヨ。むしろ私は、世界を混乱させた大罪人として名が残るだけだろウ。だけど、私はただ、新たな争いが起きて欲くないだけなのヨ。……もう、あんな世界は見たくない……」
だから、とチャオは言葉を前に置き、
「———それらを踏まえた上でもう一度問おう。衛宮さん、アナタはこの世界の在り方ヲどう思うカ?」
そう、悲痛に感じるほどの真剣な眼差しで問いかけたのだった。