「さて士郎。次は何を見て回る?」
そう言ってエヴァは俺を見た。
そろそろ日も落ち、辺りは暗くなり始めているものの、祭りの熱気は未だ覚めやらぬまま。むしろこれからが本番だと言わんばかりの盛り上がりを見せている。
煌びやかなライトアップで染め上げられた夜景は、それだけで一見の価値があるだろう。
「……ん?」
と、そんな中、エヴァは何かに視線をとられたのか前に目を向けると、少し顔を顰めた。
それに釣られるように俺も視線を前へとやると、そこには凄い数の人だかりがあった。
「なんだアレ」
そう呟きながら少し観察してみると、どうもその集まってる面子に一種の偏りが見受けられる。
それは主に男の数が圧倒的に多いのと、ガタイの良さだったりと、所謂格闘技に通じていそうな連中ばかりが所狭しとひしめき合っているのだ。
「あ、衛宮さん」
そんな中から掛かる聞き慣れた幼い声。
その声の方向に視線を向けると、人垣を掻き分けて、ネギ君と小太郎……それにアスナや刹那までもが顔を出した。
「———なッ」
「……こ、これは」
そして何故か俺達を見て固まるアスナと刹那。
……なんで?
「なんだお前達。こんな所で何やってるんだ?」
とりあえず様子のおかしな二人を置き去りに、そう言って辺りを見回して見ると、どうにもこの中でのこのグループは完全に浮いてしまっている様にも見えた。
しかし、それも無理からぬことだろう。
俺は別として、ネギ君と小太郎はどう見ても少年、アスナや刹那、それにエヴァに至っては全員見目麗しい美少女だ。
そんなもんだから周囲の視線をどうしても集めてしまっている。
……まあ、その内の大部分がエヴァの方に集まってしまっているのも仕方の無いことなのだろうか。
「僕達はこれから闘技大会の予選があるんです」
「闘技大会?」
なるほど。
それなら確かにこの場所に集まっている顔ぶれにも納得できる。
「はい。なんでも僕のクラスの超(チャオ)さんがスポンサーとなって昔あった大会を復活させたとかで……」
「チャオが……」
ここに来て意外な名前……いや、そうでもないのか。この前会った時に新しい事業を始めるとか言っていたから、これがそうなのかもしれない。しかし、その割りには誘うとか言っておいて俺に何も話が来ていないのもおかしなものだが。
「じゃあ刹那とアスナも出るのか?」
「ええ、かなり規模の大きな大会らしいので力試しにちょうど良いかと」
「私も私も。ほら、私の場合だと練習相手が刹那さんだけだから、比較対象が凄すぎて自分がどれ位強くなったか分かりにくいのよ……まだ一回も刹那さんに触れてすらないのよね、私」
「いやまあ、そりゃあな」
流石にそれは仕方の無いことだろうに。
刹那の実力は元々相当なものだし、最近更に腕を上げてきている。それを向こうに回していくら運動神経が良いとは言え、この前までまったくのド素人だったアスナが一太刀入れるのはかなり厳しい話だろう。
アスナの才能から言って、俺とセイバーの力関係よりはよっぽどマシだろうが、似た様なモノには違いない。
と。
そんな事を考えていると、なにやら視線を感じた。
そちらの方を向いてみると小太郎と目が合う。
「なあなあ、衛宮の兄ちゃんもここに来たって事は……出るんやろ、大会!」
うーむ、そう言えば、小太郎からはいつだったか、その内手合わせをしてくれと言われていたな。そう考えるとコイツは戦闘狂の気質があるのやも知れん。
小太郎は妙にキラキラと期待に満ちた目で俺を見る。
すっかり俺もこの大会に出場するものだと思い込んでいるようだ。
だが、生憎と俺にその気は無かった。
「いや、俺、そう言うのにはあんまり興味ないから。ただ見ているだけならまだしも、実際に出場するとかはしないぞ」
「ええ〜〜ッ!? 何でやの、折角手合わせできる思たのに……」
小太郎はそうやって不満そうに詰め寄って来るが、俺の気持ちは変わらない。
そもそも俺は、基本的に戦うのは好きではない。バトルジャンキーでもあるまいし、態々自分から積極的に戦いたいとは思えないのだ。
そんなものよりなら、縁側でお茶でも飲んで過ごしていた方がよっぽど建設的だと言うのが俺の本心だ。
「まあまあコタロー君。無理矢理誘ったりしたら衛宮さんに悪いよ……ところで衛宮さん、僕、先ほどから気になっていたんですけど……そちらの方は?」
ネギ君がそうやって小太郎を宥めながらもエヴァに視線をチラチラと送る。
ああ、そう言えば隣にいるのはエヴァだって言うの説明してなかったか。どうりでアスナと刹那の視線が俺じゃなく、エヴァの方に固定されっぱなしだと思った。
「ああ、こいつはエヴァだよ」
「はあ……エヴァさん、ですか。初めまして、僕、ネギ・スプリングフィールドって言います」
「———っく」
そう言われて、エヴァが一瞬笑いを堪える様な仕草をする。
……おや?
エヴァだって言っているのにどうも分かっていない様子。
まあ、ここまで劇的に変化されれば仕方ないのか。
「いやいやネギ君。だからエヴァだってエヴァ。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。君の師匠だろうが」
「…………は? 師匠(マスター)? ……………………って、ええーーーーッ!? マ、師匠!?」
ネギ君が驚愕の余り、エヴァを思わず指差しながら震えている。
うーん、その気持ち、少し分かる気がする。
俺の場合は、いきなり抱き付かれた驚きが大き過ぎたせいで、それがエヴァだってことには、さほど驚かなかったが。……まあ、どっちもどっちか。
「ほ、本当に師匠なんですか?」
「ああ、本当に私だよ。ただの幻術なんだからそんなに騒ぐな」
エヴァはやれやれと言った様子で肩を竦めて見せる。
いや、お前はそう言うけどさ。傍から見る分には物凄い変わりようなんだぞ?
「……え、嘘ッ!? 本当にエヴァちゃんなの!?」
「これはまた……随分と見違えましたね」
アスナと刹那も驚きながらエヴァをまじまじと観察する。
その様子は、成長していることに驚いていると言うよりは、その美貌に驚いているという方が正しい気がする。
やはり、二人の目から見てもエヴァの美貌は凄いらしい。
「しかし、何ゆえにそのようなお姿を?」
そんな刹那の疑問にエヴァは、ふんと鼻を鳴らした。
「別に意味など無い。ただの気分転換だ。そんなことより……武道大会とはな」
エヴァはそう言って遠くを見やった。
その視線の先には、『麻帆良武道大会』と大きく書かれた看板が掲げられている。
すると、それを見たネギ君が何故か慌て出した。
「ま、まさか、師匠(マスター)。出場するんですか?」
「馬鹿を言え。私がそのような茶番劇に態々付き合うと思うか」
「そ、そうですよねー」
あからさまにホッとした様子を見せるネギ君。まあ、日々の鍛錬でイヤというほどエヴァの実力を知っているからだろう。
いくら魔力が封じられてるとは言え、エヴァならあっさりと優勝を狙えたりするだろうから恐ろしい。
「しかしエヴァンジェリンさん。優勝賞金一千万ですよ?」
「金に興味は無い」
刹那の言葉にも全く揺るがないエヴァ。
……うーむ、なんて男前な台詞。
是非とも遠坂辺りに聞かせてみたいもんだ。アイツならきっと目の色を変えて出場するに違いない。
「……しかしまあ、金にも茶番劇にも興味は無いが、坊やがどれ位腕を上げたのかには興味がある。士郎、ちょうど良い。これからの予選を見物して行こうではないか」
エヴァはそう言って俺を見た。
確かに、俺も刹那やアスナ、それにネギ君がどれ位強くなっているかは興味がある。
「そうだな、そうするか」
「———そう言う事だ坊や。私の前で無様な姿を晒すなよ?」
「は、はいッ!」
元気に返事をするネギ君。
俺はそんなネギ君の様子を微笑ましく眺めながら視線を巡らす。
ざっと見た感じだと何人か強そうな人達もいるが、俺の見立てだとやはり刹那が抜きん出ているだろう。ネギ君もメキメキと力を付けて来ているが、それでも刹那にはまだ遠く及ばない。
まあ、一般の大会だから魔法だの何だのは当然使えないだろうから、体術一つでネギ君がどこまで行けるか見ものだ。
「———ネギ君が出るなら、僕も出ようかな」
と。
そんな時、背後掛かる聞き覚えのある男性の声に全員が一斉に振り向いた。
「あれ、タカミチさんじゃないですか」
「やあ士郎君。——ん? そっちの君は……ああ、エヴァだね。その姿は初めて見たけど面影がある。いや、懐かしいな、そういう姿は」
「……わかるんですか、こいつがエヴァだって」
これは本当に驚いた。
まさか今の状態のエヴァを一目見ただけで本人だとわかる人物がいようとは……。
「ああ。彼女は以前に似たような姿をしていた事があってね。まあ、その時は今のこの姿より幾分か大人びていたが、それでもやっぱりその時の姿に似ているからね」
「だってさ、エヴァ」
「ふん、別にどうでも良い事だ。それよりタカミチ、貴様、今この見世物に出ると言ったか?」
「うん。彼とは大きくなったら腕試しをしようと言う約束をしていたから。ね、ネギ先生?」
タカミチさんはそう言ってネギ君に目配せをした。
だが、当のネギ君は困惑顔。
突然のタカミチさんの申し出に戸惑いを隠せないようだ。
だが、そんな彼とは反対に小太郎は表情を輝かせていた。
「お、ホンマか? 衛宮の兄ちゃんが出えへんのは残念やけど、アンタが出るんなら面白くなりそうや。———アンタ、相当出来るやろ?」
「……さて、どうだろうね」
そう言って、どこか困ったように苦笑するタカミチさんに、小太郎はギラついた好戦的な笑みを向けた。
と、——その次の瞬間だった。
「きゃっ!?」
ぱぁんっ、と。
数メートル離れている二人の間から、風船が割れたような破裂音が響き渡った。
それに驚いたアスナから悲鳴の声が上がる。
見れば、小太郎も少々驚いた表情をしていた。
「……へえ、始めて見たけど、タカミチさんってああ言う技使うんだな」
今、目の前で起こった事は、小太郎がタカミチさん目掛けて気弾と呼ばれるものを放ち、ソレをタカミチさんがスラックスのポケットに手を入れた状態から高速で手を引き抜き、それによって生じた拳圧で打ち落としたのだろう。
「今のは確か……居合い拳といった名だったか? たしか以前そんな事を言っていた」
「居合い拳か……」
隣にいるエヴァが俺に対して説明を挟む。
なるほど。
確かに名前の通り、ポケットから勢い良く拳を放ち、そしてまた何事も無かったのようにポケットに手を戻すその技は、刀の鞘走りを利用した抜刀術に酷似している。
更に言うならば、拳圧と言った不可視の衝撃を利用する事により、攻撃を見極め難くもしているんだろう。
「———へえ、思った以上にやるやんか。それに随分エゲツない技使いよる……ハッ、面白いやないかアンタ!」
「ははは、そいつはどうも。でも、いきなりああ言うのは感心しないな。当たっていたら危険だろ?」
「ハン、仮にも格闘技の大会に出ようって言うヤツなんやからな。あんな手を抜いた一撃やったら喰らう方が悪いんや」
「やれやれ、乱暴な理屈だなあ」
強引ながらも、小太郎の邪気のない理屈付けに、タカミチさんは苦笑を浮かべながら肩を竦めた。
『———お集まりの皆様、大変長らくお待たせいたしました! これより『まほら武道会』を開催いたします!』
と。
そんな時に響き渡るアナウンスの声。
しかし、その声にどこか覚えがあるのは気のせいなんだろうか?
「……って、げ。なんで朝倉の奴が司会みたいなことやってんのよ」
そう言うアスナの視線を追ってみると、なるほど、そこには壇上でマイクを手に持って話す朝倉さんの姿があった。
『それでは開催に当たって、主催者より一言挨拶を願います』
そう言って、朝倉さんがマイクを渡したのは……超鈴音。
彼女は一瞬、それもほんの微かに俺の方を見て———確かに笑った。
しかしすぐに正面の方に視線を向けると、堂々とした態度で声を張り上げる。
『私が……この大会を買収して復活させた理由はただ一つネ。——表の世界、裏の世界を問わずこの学園の最強を見たい、それだけネ。20数年前まで、この大会は元々裏の世界の者達が力を競う伝統的大会だたヨ。しかし、主に個人用ビデオカメラなど記録機材の発達と普及により、使い手達は技の使用を自粛。大会自体も形骸化、規模は縮小の一途を辿た……。だが私はここに最盛期の『まほら武道会を復活させるネ! 飛び道具及び刃物の使用禁止! ……そして、”呪文詠唱の禁止”!! この2点を守ればいかなる技を使用してもOKネ!』
「——なっ!?」
あいつ……一般人の前でなんて事を!
『なに、案ずる事はないヨ。今の時代、映像記録が無ければ誰も何も信じない。大会中、この龍宮神社では完全な電子的措置ににより携帯カメラを含む一切の記録機器は使用できなくするネ。裏の世界の者はその力を存分に奮うがヨロシ! 表の世界の者は真の力を目撃して見聞を広めてもらえればこれ幸いネ! ———では、良い試合を期待スルヨ』
そう締めくくって、チャオは朝倉さんにマイクを返した。
「……士郎さん。今の彼女の発言、大丈夫なのでしょうか?」
「……大丈夫な訳ないだろ。何だってんだ、一体」
隣にやってきた刹那と会話をしながらも壇上にいるチャオから視線は外さない。
するとそこにタカミチさんもやって来た。
「……なにやら、キナ臭い事になりそうな気がするね」
「タカミチさん……どうします? 大会を中止させますか?」
「いや、彼女の言う通り、映像さえ残らなければ魔法を信じる人間はまずいないだろう。本戦は明日だから何とも言えないけど、記録が残らないように配慮されているのなら開催せざるを得ないだろうね。……なにせ、賞金一千万のこうも注目を浴びる大会にされてしまったんだ、急に中止にしてしまうとかえって不信がられてしまう。……まあ、彼女の行動は観察しなければならないだろうけどね」
「……そうですか」
たしかにここまで規模の大きな大会になってしまうと、急遽中止になると何かあったのではないかと考えたくもなるだろう。
しかし、このままにしても大丈夫なのだろうか?
そもそも、彼女は何の意図があってあのような発言をしたのかが全く読めてこない。
「……士郎さん、高畑先生。超鈴音について気になる情報があるのですが……」
「情報?」
「ええ、実は彼女から、時——」
と、刹那がそこまで口にした時だった。
『では、出場者の方々は会場にお集まり下さい。予選会を開始いたします。尚、今回は出場者多数のため、各グループ、勝ち残った上位二名までが本選出場参加資格を得られるようになっております。繰り返します———』
朝倉さんのそんな指示に従い、参加者たちはゾロゾロと会場へと移動を開始する。
「……仕方ない。話は後にしようか。彼女を監視する為にも本戦には出場しておきたいからね。刹那くん、とりあえず今は向かうとしよう」
「……分かりました。では士郎さん、後ほど」
そう言って刹那は頭を軽く下げ、タカミチさんは手を上げて会場へと向かって行く。
「あ、僕達も行かなきゃ。それじゃあ衛宮さん、師匠、行って来ます!」
「……あ、ああ」
「ま、せいぜい頑張るんだな」
それぞれ会場へと向かう背中を眺めながら、俺の頭は一つの事柄で埋め尽くされていた。
……アイツ……一体、何を考えているんだ?
今の話の内容だと、この試合は魔法の使用を黙認……いや、それどころか前提としているようにしか聞こえなかった。
「……こんな大観衆の前で……冗談だろ?」
思わずそう呟いてしまう。
少なくとも、俺の元居た世界の基準で考えれば正気の沙汰じゃない。
魔術師と言うものは神秘の隠匿に非常に敏感だ。
悟られるような事があれば良くて記憶を消す、悪ければ命を消す。
確かにこの世界はそこまで過激ではないらしいが、今までの経験上、この世界の魔法使い達は少なくとも自ら魔法の存在を吹聴するような事はしていなかった筈だ。
それなのに今回のような、一般人に魔法の存在を喧伝するかのような発言に、何がしかの裏があるのではないかとどうしても考えてしまう。
と、そんな時だった。
「———無論、冗談なんかではナイネ」
「————ッ!?」
その声に、エヴァと二人で勢い良く振り返る。
それは突然だった。
足音どころか、気配も全く感じさせずチャオは俺達の後ろに忽然と現れたのだ。
それこそ、いきなりそこに沸いて出て来たんじゃないかと思うほどに。
「……へえ、冗談じゃないって理由を聞きたいもんだな」
内心の動揺を抑え、言葉を口にしながら、エヴァに横目でチラリと視線を送る。
すると、それに気が付いたエヴァは無言で微かに首を横に振った。
……本当、冗談じゃないぞ。俺はまだしも、エヴァに気が付かれる事なくこの距離まで近づくなんて……まるでアサシンのような隠行じゃないかッ。
「そんなに警戒しなくてもいいヨ。別にアナタ方と敵対しよウと言う訳でもないんだかラ。だからその殺気をどうにかしてくれない物カナ、エヴァンジェリンさん。真祖であるアナタにそんな殺気を向けられてハ生きた心地がしなイ」
チャオはそう言って苦笑すると、両手を少し挙げて降参のポーズをした。
しかし、俺の中で彼女に対する警戒心はかなり上がっている。
魔法をバラすような発言に加え、エヴァの正体を見抜いた事。
更にエヴァにすら感付かれることなく接近した事。
そして何より、なぜこのタイミングで俺達に接触を図ってきたかと言う事。
一言で言って……得体が知れないのだ。
「……ま、そんな事を言テも意味は無いんだろうけどネ。サテ、こんな所で立話も何だし……」
チャオはそう言ってグルリと周囲を見回し、俺にニッコリと笑顔を向けながら言った。
「———中国茶は嫌いカナ?」