――鉄を打つ音が鳴り響いている。
ただ一つだけの音を刻み続ける鉄の音。
近いのか、遠いのか。
規則的に、断続的に、絶え間なく、休むことなく。
繰り返し、繰り返し。
――響く、響く、響く。
まるで、どこかに誘うように、導くように、試すように。
何もかもが曖昧な自分は、真っ白な闇の中で一つの”光”を見つけた。
◆◇――――◇◆
――『炫毘古社』。
見上げた鳥居にはそう書かれていた。
「――ここが関西呪術協会の本山……?」
ネギ君が呟いた。
その様子は、どこかこの場所の雰囲気に圧倒されているようにも見えた。
けれどそれは無理も無いことだと思う。この大きな鳥居の先には階段が続き、その先はいくつもの鳥居が連なっていて先が見通せない。
その鳥居の周囲は背の高い竹林に囲まれていて全体の不透明さを助長させた。
「……うわー……何か出そうねー」
アスナが呆ける様に呟いて鳥居の奥を覗く。
先が見えないのが不安なのだろうか、らしくもなく少し弱気な発言をする。
……それでも物怖じしてない所は頼もしいと言うべきか無謀と判断するべきかは微妙な所だ。
「……って、なんだアレ?」
そんな時、奇妙な光の塊がフヨフヨ漂って俺達の所に近づいて来るのに気が付いた。
微弱な魔力は感じるが嫌な気配はしない。
――あれ? この感覚ってもしかして。
「――皆さん、大丈夫ですか?」
ポン、と言う軽い音ともにその光の塊が変化する。
ソレは小さな人形の様な形で、人の言葉を発した。
でもコレは……。
「刹那か?」
そう、それは刹那をデフォルメしたような感じのモノだった。
そしてそれは「はい」と頷くと俺達を見回した。
「連絡係の分身のようなものです。心配で見に来ました。 ”ちびせつな”とでもお呼びください」
ペコリとお辞儀をする。
なるほど……式神の類いか。
にしても”ちびせつな”とは直球な……。
そんな俺の感想を他所にちびせつなは話を進める。
「この奥には確かに関西呪術協会の長がいると思いますが……。東からの使者のネギ先生が歓迎されるとは限りません。士郎さんが付いてるのですから心配ないと思いますが、ワナなどには十分気を付けて下さい。一昨日襲ってきた奴等の動向もわかりませんし……」
それは確かだ。
一昨日の連中はいつ来てもおかしくない。昨日を準備期間と考えるならそろそろ仕掛けてくる筈……。
「わかってますちびせつなさん! 十分気を付けますから」
「役に立つか分からないけど、私のハリセンも出しとくし任せてよ!」
そう言ってアスナは「――『来れ』(アデアット)」と、呟き例のハリセンを取り出した。
「よし、それじゃあ俺が殿を務めるから二人は慎重に前を確認しながら進んでくれ」
こういう場合、背後からの攻撃が一番厄介なのだ。
前に進もうとしていると、どうしても気が焦って後ろへの警戒が疎かになってしまう。だから最後尾の人間は一番気が抜けないのだ。だったらその役目は俺が引き受けるべきだろう。
ネギ君とアスナが鳥居の柱の陰に隠れるようにしながら先を確認する。
俺はその反対の柱に張り付き警戒を強める。
向こうで、ネギ君が俺を見て頷いた。
行くと言う確認だろう。
俺はもう一度鳥居の先を確認して――頷き返した。
「――行きます!」
「うん!」
ネギ君とアスナが走り出す。
俺もその後に続き警戒を最大限まで引き上げる。
今進んでいる道に罠はないか、今吸っている空気は正常か、そこの物陰に敵は隠れていないか、隠れているとしたら人数は最大何人か、攻撃を仕掛けられたらすぐに二人を庇い反撃できる体勢か、遠距離の攻撃から身を隠せる遮蔽物はあるか、またこちらからはソレが可能か……などいくつもの脅威を想定し頭の中でシュミレートする。
そうやって鳥居を10も潜っただろうか、先を行く二人がもう一度鳥居に身体を貼り付けて前方を見る。
よし、ここまでは順調だ。けれど問題は気が緩みがちになるこれからだろう。
俺も二人の一つ後ろの鳥居に身を隠し、そうやって警戒を促がそうとした。
――だが、
「……何も出てこないわよ? 行けるんじゃない? これって」
「変な魔力も感じられません――よーし! 一気に行っちゃいます!!」
「OK!」
二人は突然走り出してしまう。
「――ば、馬鹿! 油断するな!!」
俺の制止の声も聞こえないのか、立ち止まらないで走る二人。
俺は慌てて二人を追った。
――くそっ! アレほど慎重に行けと言った側からこれか!
マズイマズイ。この状況はマズイ! 俺が敵方だったらこのタイミングを逃したりしない!
そして――、
「……二人とも、止まれ!」
「え? どうしたんですか」
「なになに? どうしたの?」
「――――」
二人の疑問の声を黙殺して周囲を見回す。
ザワザワと竹林が波立つような音が響く。
だが、それらとは全く別種の違和感が肌にまとわり付く。
……この感じ……。
「…………くそっ! 嵌められた――!」
「え? 嵌められたって……?」
ソレは一瞬で成った。
まるでこちらの様子を覗き見していたかのようなタイミングで、この場は結界のようなもので囲われたのだ。
どんな種類かは分からないが……最悪だ。
「――刹那」
俺の言葉に無言で頷く。
やはり異変を感じ取ったのだろう。
「私、先を見てきます!」
そう言ってちびせつなは飛んで行く。
この場合は彼女が適任だろう。
式神は偵察に持って来いの術だから止めたりもしない。
「ちょ、ちょっとシロ兄……どう言うコト?」
アスナが不安気に聞いてくる。
無闇に怖がらせたくないが……言わないでいる方がかえって怖いだろう。
「今、俺達は何らかの結界の中にいる。今ちびせつなに確認しに行って貰ったから動かないで待っててくれ」
できるだけ完結に伝える。
アスナもネギ君も事の重大さに気が付いてないのか「はあ……」と曖昧に頷いただけだ。
些か緊張感に欠けるが慌てて取り乱すよりはずっといい。
と、
「――士郎さん!」
その時、ちびせつなの声がどういう訳か背後から聞こえてきた。
まさか、と思いつつも振り返るとちびせつながこちらに向かって飛んできている所だった。
「士郎さん……これはもしや……」
「――ああ」
「あ、あれ? 今前に飛んでいかなかったっけ? なんで後ろから?」
「そうです……よね………これは一体」
ちびせつなは間違いなく前方に向かって飛んで行った。
だと言うのに帰って来たちびせつなは背後から現れた。
――これらが意味するのは。
「――投影・開始(トレース・オン)」
呟き、弓と矢を取り出す。
そして弓に矢を番え、矢を道の横方向へと向けて放つ。
「……シロ兄、何してんの?」
「最終確認」
短く答えて待つこと数瞬。
———予想通りの方向からソレは来た。
背後から飛来してきたソレを、そちらを見ずに掴み取った。
「――わっ! な、何ですか!?」
ネギ君が驚く。
が、俺はそれに構っている余裕がなかった。自身の迂闊さに腹を立てていたからだ。
俺は掴んだソレを思わず握り潰しそうになるほど、力の限りギリギリと握ってしまう。
「———シロ兄それって」
アスナが俺の手の中にある物を覗き込む。
俺の手に握られていた物、ソレは――、
「……今シロ兄が射った矢?」
そう。
俺の射った矢だった。
つまりそれが意味する事は……。
「俺達を中心として空間がループしてる」
「ループって……つまり?」
「閉じ込められたって事だ」
『え……、えぇーーーー!?』
ネギ君とアスナの声が重なって響く。
やっと理解したか……だからと言って事態が変わると言う訳ではないが。
その時――、
「あっはっはっは! そっちの兄さんの言う通りや! お前等はもうここから出られへん――!」
声が空から響いた。
視界の端に大きな物体の影を映す。
それと同時に地響きが轟く。大重量のものが、高い所から落下したような重い音。
ソレが目の前に落ちた。
ソレは大きな大きな蜘蛛だった。
魔力を感じるから式神、もしくは使い間の類である事は間違いないのだが問題はそんなモノには無い。
問題はその大蜘蛛の上に乗っている二人の少年。
「へへへ……上から見とったでチビ助。お前、全然駄目やな。話にならへん」
好戦的な瞳をした狼のような髪型の少年がネギ君を見て笑う。
あいつ……かなり出来る……。
だが、まだアイツくらいならどうとでもなる。
けどもう一人の――。
「……わざわざ前に出て来なくても背後から襲えば手っ取り早かったんじゃないのかい?」
冷静に言う無機質な白髪の少年。
――ヤバイ。あいつはヤバイ。
こうして目の前にいると言うのに存在感が希薄な雰囲気とは裏腹に、首筋のあたりがビリビリと痺れるほどの圧迫感。
全身の毛穴が開き、産毛が逆立つ。対峙しているだけで喉が渇く。
あいつ……明らかに俺より格上だ。
――これは……俺に止められるか?
「アホ言いなや。そんなん男らしくないやん! 男やったら正面からやるもんや!」
「……勝手にすればいい」
目の前の二人は俺達をよそに言い争いをしているが、そこに付け入る隙が全くない。
正確には白髪の少年の方のみだが。
「――ちょっと、あいつ等いきなり出てきて何口論してるのかしら?」
「さ、さあ? 西の刺客だと思うんですけど……」
そんな圧倒的な気配だと言うのに、ネギ君とアスナはまるでなんでもないように話を続ける。
――ああ、そう言うコトか。こんな気配、向けられれば気が付かない人間なんていない。この圧迫感は俺だけに向けられたもの。つまりあの白髪の少年の狙いは最初から俺だけって事だ。
だからこそ他の人間もこうして話していられるのだ。
「…………」
俺はそんな気配を全身に浴びつつ、二人の前に壁のように立ち、守るべき存在の盾となる。
「へへへ……兄さん、わかっとるやないの。そうや男ならそう来なくっちゃ……」
好戦的な表情をした少年が嬉しそうに俺を見る。
――が。
「――犬上小太郎、君はネギ・スプリングフィールドを抑えるんだ。彼の相手は……僕がする」
「はあー!? アホ言いなや、あないなチビ相手にしたってなんも面白ない。それに比べてあの兄さんは思いっきり楽しめそうや。そんなん認められるかっ!」
「……いいから言うコトを聞くんだ犬上小太郎。これも仕事のうちだよ?」
その言葉にうっ、と言葉を詰まらせる犬上小太郎と呼ばれた少年。
そして、不承不承といった感じで頷いた。
「――ちっ……! しゃあない、あの兄さんはお前に譲ったるわ。――おい! チビ助! お前の相手は俺がしたるから覚悟しいや」
ネギ君の方に指を向けてそう叫ぶ。
けれど俺はそんな中でも白髪の少年から目を離せないでいた。
「……二人とも……いいか、よく聞け。ここはなんとか俺が抑えてみせる。だから頼む……どうにかして逃げてくれ」
「……シロ兄?」
「衛宮さん?」
二人が俺を訝しげに見ているのがわかるが、それに答えてやってる余裕は無い。
一瞬でも目を逸らせば、その瞬間に飲み込まれそうなのだ、そんな隙は作っていられない。
「――させると思うかい?」
俺の言葉に、白髪の少年の身体が沈みこむ。
今すぐにでも襲い掛かってきそうな雰囲気は、肉食獣を眼前にしているようだ。
「――なんとかしてみせるさ」
両手に干将莫耶を作り上げる。
それにピクリとだけ反応を見せる白髪の少年。
「ならば好きにすると良い。僕は君を倒して目的を果たそう――!」
迫る白髪の少年の身体。それを眼前に待ち構えるように剣を突き出す。
「だったら俺はお前の目的とやらを砕いてやるよ――!」
叫び、剣を振るう。
今、正義の味方と運命が――ぶつかり合った。
◆◇――――◇◆
「――っは、はっ、はっ…………せい!!」
「……ふん」
どれほどこうしているのだろうか。
繰り出す一撃は刹那の間に数合と繰り広げられる。
一瞬を繰り返すあまり、自分が正しい時間の中にいるのかさえ分からなくなってきてしまう。
一体、幾たび刹那を積み重ねれば一瞬に届くのか。それをどれ程積み重ねたのか、時間の感覚が狂って行く。
「――ハァ……!」
「シッ!」
干将を上段から切り下ろすがかわされる。
まるで上流から下流に水が流れるように俺の攻撃は流されてしまう。
ソレばかりか、振り下ろした俺の腕に絡みつくように腕を巻きつけ、反対の手での抜き手が俺の顔面目掛けて迫る。
この動き……中国拳法か!
「――ふん!」
「がっ!?」
ソレを避けるのではなく、自ら突っ込むように、頭突きを相手の顔面に叩きつける事によって防ぐ。
少年が仰け反ると同時に絡みつかせた腕も解き放たれ自由になった。
俺は下ろした腕をそのままに、少年の腹目掛けて柄頭を叩き上げる。
「……ずっ!?」
確かな手応えと共に腹を押さえて身を屈める少年。
それを確認すると同時に身体を小さく、可能な限り速く回転させ、反対の手に持った莫耶で斬りつけ――、
「なっ!?」
パシャン、と言う水の音。
俺が斬りつけたと思われた少年はいつの間にか水になっていた。
幻影だと!? それもあんな一瞬で!
俺が驚愕に思考を停止させた、その瞬間。
「――頭突きとはね。そんな物を喰らう思ってもみなかったよ……!」
「がっ!?」
背後から衝撃。
一瞬にして肺の空気が全て押し出される。
あまりの激しい痛みに、目眩じみた錯覚すら覚える程だ。
背骨がメキリと鳴ったような気さえする。
「こ、の――!」
滅茶苦茶に振るった莫耶で背後を斬りつけるが、そんなモノは当然の如くかわされてしまう。
横薙ぎに放った莫耶は、少年が身体を小さく折り畳む事によって頭上を通過した。
「あ」
瞬間、背筋が凍りついた。
不味い、と思った時には遅かった。
白髪の少年はバネの様に力を溜めた後、ロケットの様に伸び上がり俺の腹目掛けて掌底を突き出し、
「――お返しだよ」
地面から引っこ抜かれた。
背中まで貫通したんじゃないかと思うほどの衝撃で打ち上げられる。
吹き飛びながら、内臓が口から出てきそうな激しい吐き気を何とか堪える。
が、少年は更に俺に追撃を加えようと迫る。
ガン、と石畳を踏み抜いて弾丸の如く迫り、俺のわき腹目掛けて回し蹴りを放つ。
が、直撃を喰らう寸前。
「……な、めんなぁ――!!」
滅茶苦茶な体勢から負けじと蹴りを放つ。
「――ぐっ!」
「――がっ!?」
同時に、お互いの胴体に蹴りが叩き込まれた。
あばらがミシミシいっている。折れちゃいないが……ヒビくらい入ってるかもしれない。
「くっ……」
地面に叩きつけられる寸前、身をよじり両手足を着いて無様な格好になりながらもなんとか着地する。
見ると白髪の少年も同じように着地している所だった。
「……まさかここまでやるとはね。正直、君を過小評価していたようだ。それは謝罪しよう」
「はっ、そんなコト言って油断させようたって、その手に乗るかってんだ」
「……ふん、本音だったんだけどね」
軽口を叩くが、実際は気が気でない。
目の前の少年もそうだが、問題は――、
「――はっはぁーッ! オラ、どうしたチビ助! 逃げてるだけじゃ話にならんで!? 西洋魔術師てのは弱っちい連中の呼び方かいな!」
「くっ……!」
「ネギ!」
問題は背後。
もう一人の少年に襲撃を受け、今はまだネギ君とアスナも何とか凌いでいるが、拮抗が崩れるのは時間の問題だ。
あっちの少年はこの白髪の少年にはかなり劣るが、それでも今のネギ君を圧倒するほど。
このままでは――!
「――他に気を移すのは止めておいた方がいい。君は確かに強いが――僕を相手に気を散らす余裕があるわけじゃないだろう!」
「…………くっそ!」
白髪の少年が四肢をついた状態から、猛獣のような勢いそのままに飛び掛る。
そして右手を振り上げ、その勢いを上乗せするかのように振り下ろし――。
「――なっ!?」
俺は慌てて干将莫耶の両方を頭上で交差させ、迫り来る脅威を何とか受け止めた。
ドゴン、と冗談みたいな音が鳴る。
今までにない、桁外れの超重は双剣を軋ませると共に、俺は驚愕の余り眼を見開いた。
「お、前……ッ!」
「ふん。何やら奇妙な術を使うようだけど……所詮は”コレ”と同じ様な事だろう?」
少年の顔が眼前で嘲るようにニヤリと歪んだ。
その手に握られていたのは……、
「岩の剣なんて――!」
そう。
少年の手に握られているそれはまるで、あのバーサーカーが所持していたかのような巨大な岩の斧剣だった。大きさ自体はバーサーカーのそれに大きく劣るが、それでもとんでもない大きさの岩の塊だ。その一撃の重さは俺の身体ごと押し潰すかのよう。
それに加えこの岩の剣、干将莫耶と刃を合わせているというのに切れない事を考えると、恐らくエヴァの黒爪と同じように高純度の魔力を圧縮でもしているんだろう。そうでなければこのような事態には陥らない。
いくら干将莫耶が宝具の中では高くないランクにあるとは言え、それでも宝具だ。破格の性能を持った剣なのだ。魔力や幻想の詰まっていないただの得物程度なら容易に切断する事が可能な威力を誇っている。
――なのに。
「……っぐ!」
断ち切れるどころか更に圧力を増す岩の剣。
それもその筈。あろう事か、岩の剣はメキメキと音を立てて更に巨大になっている。
「そのまま地べたに這いつくばるといい。向こうももうじきケリがつく」
「……ずっ!」
只でさえ超重だと言うのに更に重くなる剣。
全身の筋肉がブルブルと震えて悲鳴を上げている。
「ふ、」
一息分だけの呼吸を溜める。
俺は全身にかかる重さを足の裏で受け止めつつ、
「――ざけんなぁーっ!」
渾身の力で押し返した。
無論、それだけで跳ね除けられるほど甘くはない。
だが、一瞬だけ出来た微かな力の緩み。岩の剣がが再びこの身を押し潰すより速く自身を小さく折り畳む――!
「なっ!?」
驚きは少年の声。
少年にしてみたらイキナリ手応えをなくし、その手に剣の重量全てが押しかかってきたのだ。当然、すぐに反応なんか出来ようも無い。
「……っああああああぁー!!」
俺は折り畳んだ力を利用するように肩で少年の身体に体当たりをぶつける。
「――っ」
吹き飛ぶ白髪の少年の小さな身体。
だが少年は危なげも無く空中でクルリと回り着地した。
「……本当に喰えない人間だね、君は。大した魔力すら持っていないのにここまで食い下がるなんて計算外にも程がある。単純に力で比較すれば君が僕に勝てるわけは無いのに……ソレを埋める”何か”が君にはあるようだ」
「…………」
俺を観察するように見て少年は言う。
くそっ、ジリ貧だ……!
俺はこの白髪の少年を食い止めるだけで精一杯。
そしてネギ君達の状況は秒単位で悪化している。
事態が好転するような材料は一つも無く、悪化する材料は雪だるま式に増えていく。
なにか、なにか反撃の糸口を――!
そう、思った瞬間だった。
「――契約執行0.5秒、ネギ・スプリングフィールド」
――そんな呟きが聞こえた。
続いて聞こえたのはまるでハンマーで人間を思い切り殴ったようなゴン、と言う生々しい音。
見ると、犬上小太郎が空を舞っていた。
その側には拳を天に突き上げる様に振り抜いた姿勢のままのネギ君。
――そして謳う。勝利の歌を。
「……ラス・テル・マ・スキル・マギステル。闇夜切り裂く一条の光、我が手に宿りて敵を喰らえ」
掌を広げ落下してくる少年を受け止めて、
「――『白き雷』!!」
瞬間、熾烈な電撃がほとばしった。
雷撃を受けた犬上小太郎は吹き飛ぶ。
「――かっ……はっ」
思うように身動きがとれずに地面をもがく。
そしてそれを見下ろしネギ君が宣言する。
「――どうだ! これが僕の……西洋魔術師の力だ……!」
――俺は、正直、ネギ・スプリングフィールドと言う少年を見誤っていたのかもしれない。
彼と今倒れている犬上小太郎の差は明らかに逆のものだ。
本来なら倒れているのがネギ君で、見下ろしているのがあの少年である筈だ。
覆せないほどの力の差があったと言うのに……ソレを引っくり返して見せた。
「――まさか、あの程度の実力で犬上小太郎を打倒し得るとは……なるほど、僕の人を見る目もまだまだらしい」
「……それは同意だ。俺もまだまだだ」
俺は笑って、少年は笑わなかった。
後顧の憂いは無くなった。さあ、俺達も決着つけようじゃねぇか!
「……だが、彼の目も節穴だ――」
「……な、に?」
白髪の少年は倒れたままの少年に目をやった。
そこには……、
「へ……へへへ、やるやない……か。ネギ……スプリングフィールド。弱っちい言うたんは訂正したるわ……」
……犬上小太郎の身体がメキメキと音を立てて変わっていく。
筋肉は膨れ上がり、爪も長く強靭になっていく。
髪は真っ白に変わり一瞬で長く伸びた。
その様を言うならば、
「――狼男……」
だった。
立ち上る力は先程より増している。
「……さあ、これでチェックメイトだ。もしここで君を止められなかったとしてもネギ・スプリングフィールドは確実に盤上から弾き出される」
「……その前にお前を倒せば良いだけの話だろうが……」
「――できるならね」
くそっ…余裕かましやがる。
くやしいがそんな悠長に言っているほどの余分は全く無い。
事態は好転どころか悪い方向に全力で加速をしている。
「――こっからが本番や、ネギーー!」
猛る狼と化した少年。
そちらを見なくても分かる。あの少年は地力から底上げされている。
今のネギ君では全く歯が立たないのは明らかだ。
もって数秒。
絶望的な数字。
だが弱音は言ってられない。俺がなんとかしきゃ……いや、するんだ!
が、その時。
「――左です! 先生!!」
第三者たる少女の叫びが響いた。
ネギ君はその声に驚きながらも、叫びに従う事で犬上小太郎の一撃をかわす。
けれども、俺はその声の主の方を見て声を失った。
――馬鹿な!? なんで彼女がここに!!
それは下手をすると今日一番の衝撃だったかもしれない。
目の前には脅威の証たる白髪の少年がいると言うのに、それすら忘れてそちらを向いてしまう。
訳が分からない。何故ここにいる。
――――君はここに居るべき存在じゃないだろう!?
「ネ、ネギ先生……!」
――宮崎のどか!!!
「――のどかさん!?」
ネギ君も突然の乱入者に目を丸くして驚く。
それもその筈、彼女はどう考えても日常側の人間。間違ったってこんな争いに関わることの無い……いや、関わっちゃいけない人間なんだ!
だと言うのに、
「右です先生! ――上! み、右うしろ回し蹴りだそうですー……!」
彼女の行動は俺の想像の遥か上を行く。
「――なっ」
驚きの声は俺の物か白髪の少年の物か。
どちらのモノだろうと構わない。
問題は――、
「…………あの子、攻撃を――読んでる?」
その一点だけだ。
ネギ君は宮崎さんの助言に従って動き、狼と化した少年から繰り出される攻撃全てをかわしては、反撃すらして見せていた。
――あり得ない。
彼女にはどう考えてもそんな力量など無い。先ほど見た限りではいたって普通の少女だった。
なのにこれは……。
「――なるほどアーティファクトか……」
白髪の少年が苦々しく呟いた。
……アーティファクトって……そんなワケ。
しかし、見ると宮崎さんは手に分厚い本を持っていた。
……まさか本当に!?
「――あ、あのー! 小太郎くーん! ここから出るにはぁー! どうすればいいんですかー!?」
宮崎さんは犬上小太郎に向かってそんな言葉を投げかけた。
だがそんな事を教えるやつがいるわけが無い。
「こ、この広場から東へ6番目の鳥居の上と左右3箇所の隠された印を壊せば良いそうですぅー!」
「な、なんやて!?」
俺の懸念を他所に、宮崎さんはそうハッキリと断言した。
その言葉は真実だったのか。明らかに同様を見せる犬上小太郎。
それを聞いたネギ君の反応は早かった。
一瞬の隙を突き犬上小太郎の脇をすり抜けると、魔法で指定された箇所を破壊した。
そしてその場所目掛けて全員が殺到する。
「……読心系か。君と組まれるとかなり面倒な事になりそうだ。やはり君と彼女にはここで暫くの間大人しくしてて貰おうか――!」
白髪の少年が駆け出す。
俺目掛けて――ではなく、宮崎さん目掛けて!
「――させるかっ!」
俺はその少年を食い止めるべく、莫耶を投げつけた。
が、それは寸での所でかわされ地面に突き刺さる。
しかし、それで一瞬だけスピードが緩み、その間に追い抜く。
「――こ、の! ……逃がさへんでーーっ!!」
「お前も少し大人しくしてろ!」
狼男と化した少年の前にも同じように干将を投げつける。
そして――、
「――壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」
爆発させた。
轟! と、爆風が舞い上がる。
直撃では無かったから倒せたとは思わないが、この粉塵、目くらまし程度にはなる。
「シロ兄! 早く早くっ!!」
鳥居の向こう側でアスナが手を大きく振っているのが分かる。
あそこか――!
爆風の勢いを利用するかのように地面を強く蹴り加速すると、風景が一瞬にして切り替わった。
「――って速!?」
アスナが驚いているが、そんなことには構っていられない。
「馬鹿! 何で逃げないんだ!!」
粉塵が巻き上げられてるとはいえ、あんなもの所詮は時間稼ぎに過ぎない。根本的な解決にはいたっていない。
こうしている間にも白髪の少年が出てきてもおかしくはないのだ。
だがちびせつなが頼もしく言った。
「ご心配なく! 再度結界を閉じて奴等を封じ込めます! ――『無間方処返しの呪』! ――ヴァン、ウーン、タラーク、キリーク、アク――」
ちびせつながそう唱えると目の前の空間が閉じていく。
今まで張られていた結界を利用して逆に閉じ込めてやったのだろう。
「これでしばらくは時間を稼げるハズです」
「よし、ひとまず安全な所で一息つこーぜ」
カモの言葉に一様に頷く。
それも当然か。
いつこの結界が破られるか分からないのだ。ここにいるのは危険でしかない。
ぞろぞろと移動を始める。
――が。
俺にはそこにいる人間の表情にどうしても納得し難い物があった。
前を歩く集団の中で笑っている一人の少女を見る。
宮崎のどか。
先ほどの”力”を見る限り……踏み込んできてしまったようだ。こんな物騒な争いの世界に。
経緯は関係ない。事実は目の前にある事、ただそれだけ。
だと言うのに君は……君達は何故そんなに笑っていられる。
望んでの事なのか。
覚悟しての事なのか。
ここにいるという事が、どういう意味なのかを理解しての事なのか。
もしもそうだと言うなら……それは俺が口を挟むことじゃない。自分の生き方なんだからそれは好きにすると良い。必要と言うなら俺も力を貸そう。
だが――そうじゃないと言うなら……君は何の為にここにいる。
日常を捨てる程の理由があると言うのか?
「シロ兄なにしてんの~? 行くよー!」
アスナが呼んでいる。
……仕方ない。今はこの子達に無事日常に帰ってもらうため、全力を尽くそう。
全てはそれからだ。
頭を振って頭を切り替える。
全ては、無事にここを切り抜けてからの事。今は余計な事は忘れよう。
「ああ、今行く!」
そして、軽く走って追いつく。
心に小さな小さな棘を残したままで――。