さて、旅館に戻って大河内さん達と別れた俺は、夕食を終えた後、見張りもかねて朝と同じくロビーのソファーに座っていた。
今度は朝と違って缶コーヒーを飲んでいるんだが…………目の前の状況はなんなんだろうか?
「――ううー……、あああーー、どうすればーーー………」
目の前には何かを考えては時折真っ赤になり、身悶えて転がる子供先生ことネギ・スプリングフィールド。
や、なにやってんだろうかこの子は? 傍目から見ている分には面白すぎるぞ。
ネギ君は俺が夕食を終え、張り込みの為に数本買った缶コーヒーを手でポンポンお手玉のように投げながらロビーに来たときから既に上の空の状態で、俺が呼びかけても全く反応を示さなかったのでとりあえず見守ってたら、いつの間にかこんな状況になっていた。
俺がすぐ横に居るにも拘らずひたすら百面相を繰り返す。
そんなネギ君の奇妙な様子に3−Aの子達も心配そうに遠巻きに眺めていた。
「…………だ、旦那……なんとかしてくんないっスか?」
目の前の状況をただ傍観していた俺に、ネギ君の使い魔であるオコジョのカモが助けを求めてきた。
「いや、何とかって言われても……なあ?」
どうしろと言うんだろうか。
俺が話しかけても全く反応しないで転がっているだけなんだからどうしようも無いと思うが……。
いや、それ以前に。
「一体何があったんだ? 見た限りそんなに大変な事が起こっているようには思えないんだけど……」
「ああー……確かにそりゃそうなんだが、兄貴にとっちゃ一大事っつーかなんつーか……」
言い辛そうに言葉を濁すカモ。
それにしても不思議な事を言う。
大変じゃないんだけどネギ君にとっては一大事って……なんだ、それ?
それで、そんな何一つとしてわからない状態の俺に何をしろと仰いますか、お前は。
「――ネギ先生。どうされたんですの?」
「昼の奈良公園で何かあったの? ネギ君」
俺がうんうん唸っている間に、いい加減見ていられ無くなったのだろう、雪広さんと佐々木さんが二人でネギ君を気遣って声をかけていた。
が、
「うひゃいっ!?」
なんて、奇妙な返事で答えるネギ君。
更には何か自分ひとりでテンパってワタワタと慌てだす。
「い、いやあの……別に何も! 誰も僕に告ったりなんか……!」
――ネギ君、爆弾発言。
それを間近で聞いた雪広さんや、佐々木さん達3−Aの面々は当然騒ぎ立ててしまう。
思わぬ失言から、いきなり皆から詰め寄られてパニック寸前のネギ君。
コックさんがコクのあるコックリさんのスープを……とかなんとか、とにかく意味不明なことを叫んで、
「ぼ、僕、しずな先生達と打ち合わせがあるのでこれでーー!!」
「あ、兄貴~~!?」
三十六計逃げるに如かず、とばかりに大脱走した。
や、しかしこれはスゴイ事を聞いてしまった。
ネギ君は確か10歳、そしてこの状況から考えるに、告白した方の側は恐らく面識のある3−Aの生徒の誰か。
で、ネギ君は先生でもあるわけで…………。
「――――うん、無理ないな」
納得してしまった。
先生が生徒とそういった関係になるのはまずいと思うがネギ君は10歳。
こういう場合って――どうなるんだろうか? 一応生徒の方が年上なんだし、しかも未成年なんだから実質問題とかないのかもしれない。
まあ、なんにせよそんな状況なら混乱するのも仕方ないといった所か。
「……大丈夫かしらねえ……あのガキんちょは」
「もう何もかも一杯一杯と言った感じですね、ネギ先生」
と、そんな声のした方を向けばそこには、ネギ君が去っていった方を呆れたように眺めながら俺の方に歩いてくるアスナと、刹那の姿があった。
「よう、お疲れ二人とも。なんか昨日とは違った意味で大変だったみたいだな」
俺がそう言うと、アスナは呆れたように「ホントよ、もう……」とぼやきながら俺の前のソファーに座り、刹那はそのアスナの口調に苦笑しながら俺の隣に腰掛けた。
「それで? なんでもネギ君が告白されたとかなんとか……」
「うん、まあ、そうなんだけどね……ネギのヤツ、本屋ちゃん……って言っても分かんないか、宮崎さんって言ったら分かる?」
「宮崎さん? …………ああ、今朝の」
確か今朝のネギ君争奪戦で勝利した気の弱そうな女の子がそんな名前だった気がする。
「その子がネギに告白したんだけど……その後からずっとアレよ」
肩を竦めながらアスナは言う。
「しかしそれはネギ先生の年齢を考えれば無理も無い事だと思いますが……」
「だな、俺も刹那の考えに賛成。大体、ネギ君って年齢とか立場とか色々ややこしいんだから仕方ないんじゃないか?」
「う~ん……それはそうなんだけどねぇ……」
胸の前で腕を組みむむむ、と唸るアスナ。
……ったく、コイツもなにが気に入らないんだか……。
俺はそんなアスナを取り合えず放っておいて、傍らに積み上げた缶コーヒーの山からその内の一本を刹那に手渡す。
刹那はそれを「ありがとうございます」と言って受け取り、プルタブを開けた。
「――ねえ、シロ兄」
「ん?」
アスナが何かを思いついたのか、俺を見て言う。
「シロ兄が10歳の時ってどんなだった?」
「俺が10歳の時……?」
突然何を言うか、この子は。
とりあえず、俺が10歳の時って言うと……切嗣みたいになりたくて躍起になってた頃か。
でも、話の流れからするとネギ君と比較して、と言う話なんだろうけど…………。
「――――とりあえず学校の先生なんてしてなかったな」
「…………そ、そう言う返答が来るとは思わなかったわ……。そうじゃなくてどういう風に過ごしてたって話よ」
――うん、分かってて答えたんだけどな。
と、まあ悪ふざけはここまでにして真面目に答えるとしても、
「だとしても、そんなに変わった事なんてしなかったぞ? ネギ君と比較するといたって普通の10歳だったと思うし、当然告白なんてされた覚えはなかった」
「…………うん、まあ、それが普通よねぇ~……。あのガキんちょが特殊過ぎるんだと思うし……って、そうだ。あのさシロ兄、あくまで参考に聞くけど……シロ兄って付き合ってる人とかいないの?」
「…………」
これまた突然何を抜かしますかねこの娘っ子さんはっ。
「ちょ、ちょっと待て! なんでいきなりそう言う話になるんだ!?」
「だから参考にだってば。私の周りでそういう年頃の男子って言うとシロ兄ぐらいだし……シロ兄の今までの経験からネギのヤツに参考になることあるかもしれないじゃない?」
「む」
なんか説得力がある。
確かにアスナやネギ君のまわりには同年代の男子が少ないし、そういった例は参考になるのかもしれない。
と、俺がそんな風に感心していると。
「それに面白そうだし、シロ兄のそういう話」
と、言った。
「それが本音かっ!」
アスナはアハハ、と笑ってごまかす。
全く、ちょっと感心したら結局はこれか……。
「……ったく、俺なんかの話聞いても面白くないだろうに」
腕を組んでぼやく。
俺が付き合っているヤツがいるかだって?
そんなもん――、
「…………あれ?」
どう言うコトだ?
誰かとそういう関係になった記憶もあれば、無かった記憶もある――?
記憶が安定していないのは自覚しているが……なんか変じゃないか?
矛盾した記憶がなんで――、
「――シロ兄?」
と、アスナの声で現実に引き戻される。
思ったより深く考え込んでしまったようだ。
「……あー、なんか私マズイ事聞いた?」
アスナが頬を掻きながら気まずそうに聞いてくる。
俺の沈黙を誤解して受け取ってしまったらしい。
いかんな、心配させちまったか。
「や、そんな事ないぞ。――それより刹那はどうなんだ?」
「…………ぶっ!? わ、私ですか!!?」
レッツ、キラーパス。
俺自身良く分からない記憶は刹那に話を振る事によってスルー。
突然の質問に、刹那は飲んでいたコーヒーを少し吹いてしまった。
「あ、それは私も聞きたいなぁ~」
アスナはあっさりと興味を刹那に移す。
ここら辺は流石に年頃の女の子。同年代で同姓の色恋沙汰には興味津々らしい。
「い、いえ! 私は……!」
刹那は俯いて顔を真っ赤にしてしまう。
モジモジと膝をすり合わせる仕草が妙に可愛らしい。
イメージ通りと言うか何と言うか……こういった話が苦手らしい。
「私にはお嬢様が……」とか「いえ、だからと言って男性に興味が無いわけでは……」とゴニョゴニョ呟いている。
その様は、なんか余りにも真っ赤で、可哀相に思えてくる程だった。
「ああー……、刹那? 言いたくないなら無理しなくても……」
と、俺が言うと刹那は顔を上げて俺を見る。
が、次の瞬間。
「――――っ!」
これ以上は赤くならないだろうと思われた刹那が更に真っ赤になった。
まるで湯気でも立つんじゃないかと心配に成る程だ。
「お、おい。大丈夫か?」
そ、そんなに刺激の強い話だったか?
まさかここまで真っ赤になるとは流石に予想外だ。
「――い、いえ……! なんでもないので気にしないで下さい!! わ、私の事より神楽坂さんはどうなのですかっ?」
「へ!? 私っ!?」
刹那が俺のキラーパスを苦し紛れながらもスルーしてアスナにパス。
にも拘らず、アスナは自分に話が来るとは思っていなかったのか、焦ってワタワタと手を振っている。
「わ、私はいる事はいるけど見てるだけで満足って言うか……なんて言うか。そもそも向こうが私をどう思ってるかなんてちっとも――じゃ、じゃくてっ!! ……って、なんでこんな話になったんだっけ?」
「…………なんででしょうね」
「アスナが言ったからだろうが」
うむ、話が逸れまくってるな。
「今はネギ君の話だろ? そうじゃなくても今は問題が山積みなんだ。ネギ君には一つずつ解決してもらうしかない。告白されたばかりのネギ君には酷かも知れないが……、何とか自力で解決してもらうしかないだろ?」
「……確かにそうですね。私達が何を言った所で所詮は外野の言葉ですから、最終的に自分で解決するほかありませんから……」
「えっと……じゃあ、放っておくの?」
「んー……それも可哀想か。そうだな……取り合えず周辺の警戒は俺と刹那がやるから、アスナはネギ君についてやってくれ」
「私が? それはいいけど……何言ってやればいいんだろ?」
「側にいてやるだけでも大分違うもんだろ。特にネギ君はアスナに懐いてるみたいだからな」
「懐くって……犬じゃないんだから」
――うわああぁあぁ~~ん! だめです~~っ、僕、先生やりたいのにーーー!!
「……なんだ?」
突如、耳に突き刺さる泣き声。
この声は……、
「ちょ、ちょっと……今のって……」
「ああ、ネギ君だな」
アスナが腰を浮かせて声がした方を見る。
俺と刹那は別に奇妙な気配は感じないからたいして慌てもしないが。
「あのガキまたなんかやったんじゃないでしょうね……、私、ちょっと見てくる!」
「おう、頑張れよ」
ダッ、と走り出すアスナ。
まあ、アスナは何だかんだ言いつつ面倒見が良いからネギ君の側にいるのは適任だろう。
「ふふ……仲が良いですね」
「そうだな、まるで姉弟だ」
刹那が微笑ましいものを見るように笑う。
「そうだ、さっきはああ言ったけど……刹那も行っても構わないんだぞ?」
「は? いえ、私は別に、」
「いや、ネギ君のことじゃなくてな…………このかだよ」
「そ、それは……」
「……やっぱり怖いのか?」
「…………」
「…………」
暫しの無言。
いくつもの考えが頭を駆け巡っているのだろう。
そして刹那は力なく頷いた。
「士郎さんの仰る通りです。私は……お嬢様に正体がばれて嫌われるのが怖いです」
……やっぱりか。
それは以前にも聞いた、刹那が烏族と呼ばれるモノとのハーフである事に起因しての事だった。
でもそれはあの時……、
「けど俺やエヴァには何とか頑張って打ち明けてくれたじゃないか。きっとこのかも……」
「……それはアナタ方が元々裏の世界にも精通しているから、私のような存在にも慣れているだろうと言う考えがあったから、何とかできたのです。しかしお嬢様は今までそう言った世界とは幸いにも無関係でいられた。そんなお嬢様に私の正体が知られたら……私は……」
「…………そっか」
今ここでそんな事は無い、と言うのは簡単だ。
このかだったらきっと受け入れてくれると言うのは簡単だ。
でもそれじゃあ刹那は一歩を踏み出せない。
まだ何か切欠が足りないのだ。
それがどんな物かは分からないけど切欠が必要なんだ。
それさえあればきっと…………。
「――もー……、なんか知らないけど、いいからちゃんと歩きなさいよねー……」
「…………うぅー……」
と、アスナの声が聞こえた。
そちらの方を向くとネギ君がアスナに引き摺られるような形で連れて来られていた。
「おいおい……どうしたんだよ。なんかネギ君変じゃないか?」
「うん……そうみたいなんだけど……さっきからこんな調子で何も話さないのよ」
アスナがネギ君を盗み見るように視線を向ける。
それにつられるように俺も視線を向けてみると、
「――え、衛宮さん……僕、僕……あうぅ……」
この世の終わりとばかりに暗い顔をしたネギ君が俯いている。
ドヨーン、とでも効果音が付きそうなくらいの分かりやすい落ち込みっぷりだ。
「……もしや刺客が?」
刹那が一瞬にして剣呑な雰囲気を醸し出す。
が、アスナはそれを見ても苦笑いしながら手をパタパタと振って否定した。
「あー、そんな感じじゃなかったわよ? なんかお風呂で朝倉と一緒にいたくらいで……」
「では一体……?」
ふむ、ネギ君は落ち込んだままだし……このままじゃ話が進まないな。
仕方ない、本人から聞き出すしかないか。
「ネギ君、一体何があったんだ? 言ってくれたら俺達が力になれるかも知れないだろ?」
「うう……衛宮さん……」
頭をワシャワシャと撫でてやると涙を浮かべながら俺を見上げてくる。
あー……なんか子犬っぽいなぁ。
すると、ネギ君は俺にだけ聞こえるように耳元でこそこそと囁くようにして言った。
「実は……」
「うん?」
「――朝倉さんに魔法がばれてしまって……」
「………………」
――――はい?
なんかスゴく似たような事を前にも言われなかったか?
あー……アレはアスナに魔法がばれたって言われた時かー、そっか、またか、またなのか、またなんですね。
あはは、全く仕方ないなー…………。
「――ネギ君」
肩に手を置きネギ君の目を覗き込む。
涙に濡れた瞳に俺が映る。
それを見ながら俺は言った。
「――短い付き合いだったが君の事は忘れないよ。大丈夫! 君ならオコジョとしてもやっていけるさっ!!」
「ま、また見捨てられたっ!? しかもあの時とおんなじ事言われた!?」
はっはっは、やっぱ覚えてたか。
まあ、あれはインパクトが強くて俺も忘れられそうに無い出来事だったけど。
なにせ初日からバレるなんて離れ業をやってのけたのだ。その印象たるやちょっとやそっとじゃ拭えた物ではない。
「ネタの使い回しはこれ位にするにしても……マズイな」
あの時はアスナが相手だったからある程度は安心できたけど、今回の朝倉という子がどういう子なのか俺は知らない。
面倒な事にならなければいいが……。
「ちょっとシロ兄、なんだって?」
アスナが俺の肩を突付きながら聞いてくる。
そうか、考えてみれば二人にその朝倉って子の事を聞いてみれば早いんだ。
「なんでも朝倉って子に魔法がばれてしまったらしい。アスナ、その朝倉って子は、」
「――あ、あの朝倉に魔法がバレたーーーー!!?」
うお! 声でかっ!!
思わず仰け反る。
つーかバレたネギ君もネギ君だが、アスナも少しは自重という物を覚えて欲しい。
今は偶々周りに人がいなかったから良かったけど、余りにも迂闊だ。
「何で!? どうしてよりにもよってあのパパラッチ娘に~~~!?」
アスナがネギ君に詰め寄る。
しかしパパラッチ娘って……。
「刹那、刹那」
「は、はい? 何ですか?」
「朝倉って子はアレか、そんなにマズイ相手なのか?」
「――マズイですね」
刹那が真剣な顔で言う。
むむ、刹那がそうまで言うなんて……よっぽどか。
「ある意味最悪の相手、と言えるかもしれません。彼女にバレたと考えるとなると世界に知れ渡るのは時間の問題と思ってもいいでしょう」
それって一体どんな人間拡声器だよ……。
ああー……それにしてもな刹那。
極めて真面目に話しているのは分かるんだが……もう少し穏便に話せないか?
ほら、さっきからネギ君が面白いくらいしぼんでいくんだが……。
「やー……これはもーダメね。アンタ、世界中に正体バラされて強制送還だわ」
「そんな~~~!? 一緒に弁護してくださいよアスナさん、刹那さん~~!」
はい、トドメ入りました。
アスナがお手上げとばかりに両手を上げるとネギ君が慌てだす。
ネギ君はアスナと刹那に縋り付くがどうしようもない。
そして俺には泣きついてこない。
まあ一番最初に見捨てたしな。はっはっは。
「――おーい、ネギ先生ーー」
「ここにいたか兄貴」
不意に声がかかる。
そちらの方を見てみると、一人の女の子が肩にカモを乗せてこちらに手を振っていた。
「うわっ、朝倉さん!?」
朝倉? この子がか?
「ちょっと朝倉。アンタ子供苛めてんじゃないわよー」
「苛め? なーに言ってんのよ。って言うかあんたの方がガキ嫌いじゃなかったっけ?」
「そうそう、このブンヤの姉さんは俺らの味方なんだぜ?」
カモが得意気に言う。
「味方って……カモ、どういう事だ?」
思わず聞いてしまう。
聞いてた感じだと、この朝倉って子は一般人のはずだ。
それなのにいきなり味方だと言われても腑に落ちない事が多すぎる。
「おや? そういうアナタは確か……」
朝倉さんは俺を見るなりそう言うと、懐からメモ帳のようなモノを取り出し、それをパラパラとめくった。
「――創作喫茶『土蔵』の店主、学園広域指導員を兼任する衛宮士郎さん。年齢不詳。お店は開店間もないと言うのに、安くて美味しいと評判は学生を中心に広がり、かの有名な『超包子』に迫る勢いがある。また学園広域指導員としても最近認知されるようになってきており、その公平な対応から評判も上々……っと」
「――――」
スラスラと読み上げる様子に思わず唖然としてしまう。
や、この子何者だ? 初対面の筈の俺の情報を次々と……。
俺の表情に気を良くしたのか、得意気にフフン、と笑う。
「あはは、いきなりすんません! 私は報道部突撃班、朝倉和美。初めまして……ですよね?」
一転、ニコニコと笑いながら手を差し出してくる。
俺は呆気に取られながらもその手を握り返す。
「あ、ああ……、そうだと思うけど。――で、その朝倉さんが何で俺達の味方だって言うんだ?」
「ああ、それなんですけどねー。――コホン、私、朝倉和美はこの度、カモっちの熱意にほだされてネギ先生の秘密を守るエージェントとして協力していくことになったんで、ヨ・ロ・シ・ク♪」
「え……え~~~!? ほ、本当ですかーっ!?」
「………………」
その言葉にネギ君は喜んで朝倉さんに駆け寄るが……怪しい。
そもそも……なんだっていきなりそういう話になるんだ?
ネギ君が朝倉さんの前で魔法を使ったか、どこかから情報が漏れたか知らないが、そんな状態でいきなり秘密を守る側になんて……裏があるに違いない。
「――カモ」
「ぬおっ!?」
俺は朝倉さんの肩に乗ったままのカモを素早く拉致ると物陰に隠れた。
と言っても、ロビーに置かれていた観葉植物の裏側に回っただけなので見え見えな訳なのだが。
「――さて、正直に話そうか?」
「さ、さあ? 俺っちには何のことだか……?」
ピューピューと口笛を吹きながら明後日の方向を向くカモ。
……や、オコジョのクセに口笛って……無駄に器用だな、おい。
「しらばっくれる気か? あんな穴だらけの説明で納得いくと本気で思ってんのか?」
「な、な、なんと言われても俺っちには……」
変に口の堅いカモだ。
そんなに隠したい事があるんだろうか? でもそうだとしたら尚更だ。
「……そうか、そこまでして言いたくないんだったら仕方ない。――俺にも考えがある」
「……へ、へへへ……。お、脅す気かい旦那? しかし俺っちも気高きオコジョ妖精の端くれ、そう簡単には、」
「――カモ、帰ったらエヴァの前でもう一回同じ事言わせて上やろうか?」
「すんませんでしたーーーっ!!! や、やだな旦那! 俺っちが旦那に隠し事なんてする訳が無いじゃないッスか~! 何が聞きたいんスか? なんだったら姐さんの下着の種類や枚数まで教えますゼ! ……だ、だからどうか真祖だけはご勘弁を~~~!」
「……や、そんなの教えてくれなくていいから……」
――お前はなんでそんなもん知ってんのさ。
今思ったけどこのオコジョもある意味危険なのかもなー……。
それにしても面白いぐらいの変わり身の早さ。
先程までの頑な態度は何処へやら、今度はまるで媚を売る太鼓持ちのように、今にも手もみでも始めそうな勢いだ。
……もしかしたらって思ってエヴァの名前使ったけど……そんなに怖いか? 優しい子だと思うんだけど。
っと、いけない。本題に戻らなければ。
「――そんな事よりだ。お前、どうやって彼女を引き入れたんだ? あの子は一般人のはずだろ?」
「あー……それはアレだよ。ブンヤの姉さんには俺らの取材を独占させる変わりに色々と協力してもらってるんでさぁ」
「……………………」
「……………………」
「――ってそれだけ?」
「え? それだけッスけど……なにか?」
「……隠してないよな?」
「も、勿論ッスよ!」
「……………………」
「…………………………」
「………………………………エヴァ(ぼそっ)」
「っ! だ、だから隠してないですって!!」
あれ? 本当にそれだけっぽいな。
「まあ、それだったら関わり過ぎなければ問題ないか」
「……へ? 納得するんッスか?」
「そりゃ、良いことだとは思えないけどさ……適度に距離を取ってくれるなら少しくらいバレても良いんじゃないか? 俺はお前が隠すもんだから、もっととんでもない事企んでると思ってたぞ……」
「……だ、旦那って、結構軽いッスね?」
「そうか?」
そりゃ、俺がいた世界だったら、魔術が知られたら何処から刺客がかかるか分からないから、危なくてとてもじゃないが一般人に知られるようなヘマはできないけど……ここの世界はそういった事には甘いのか、そこまでの危険思想は無いので結構気楽なもんだ。
まあ、俺の場合は元いた世界でだって、人の命がかかってるんなら魔術ぐらい躊躇無く使うけどさ。
「俺としてはさっき言ったみたいにギブアンドテイク、みたいにきちんと利害が一致している方が納得できるから最初からそうれ言ってくれれば良かったのに」
「いやー……姐さんとかから反対されそうだったんで……」
アスナ、ね。
分からないでもない。アスナはそう言うのなんか嫌いそうだからな。
「衛宮さん? 何をしているんですの?」
不意に背後から声がかかる。
声がした方を見ると、お風呂上りなのか浴衣に半纏を着た雪広さん達がいた。
「ああ、雪広さんか。別に何も……そっちはお風呂上りか?」
「ええ、見ての通り。見たところ衛宮さんはまだのご様子ですけど……今の時間からなら学生達の入浴時間も終わりましたから、入っていらしたらいかがです? 気持ち良いですよ」
「そうだな、それも良いかもしれないな」
昨日入ったけど、ここの風呂は露天で、凄く風情があって良かったのを思い出す。
「――あら? そこにいるのは……まあまあ! ネギ先生! どうしたんですの? なにやら楽しそうですけど何かありまして?」
今まで見えなかったのか、雪広さんはネギ君を見つけるとパタパタと、実に嬉しそうに小走りで側へと向かった。
それに負けじと今まで黙っていた佐々木さんがその後を追う。
あー……そう言えば雪広さんも佐々木さんもネギ君争奪戦に加わってた人だっけか。
「あはは、いいんちょもまき絵も良くやるねー」
「あれ? 明石さんは行かないのか?」
気が付くと明石さんが俺の隣に立って笑っていた。
「ん~? 私は別にいいですよー……。あ、それより今日はどうでした? 楽しかったですか?」
「今日か? ああ、そうそう、お礼がまだだった。今日はわざわざ誘ってくれてありがとな、お陰で色々楽しかった」
「んにゃ? やだなあ、お礼なんか言わないでくださいよぉ~。誘ったのはこっちなんだからお礼言われるの変じゃないですか?」
「ん? そうか?」
俺的には、お陰でこの場に自然と溶け込む事が出来たんだから、やっぱりお礼を言いたい気分なんだけどな。
「そうです! いや~、でも楽しんでもらえて良かったですよ~。私から誘っておいて楽しくない何て言われたら流石に凹みますからね」
「や、別に俺の事は放って置いて、君らが楽しめばそれで良いと思うんだが……」
中学生に接待される状況ってどんなだよ俺……。
「ノンノン! 私らも楽しくて衛宮さんも楽しい! コレ、理想!」
「……何で君はそんなに気合入ってるのさ」
「そうだ! 衛宮さん明日も一緒に行かないですか? 私達、USJ行くんですよUSJ! アメリカを体験しに行きましょうよ! レッツ大阪! ビバUSJーー!!」
「……や、USJって思いっきりJAPANって入ってるからアメリカじゃないし。それにビバって英語じゃなくてスペイン語だから。そして俺の話を聞いてくれ」
何なんでしょうか、このテンションは。
もしやこれが俗に言う無駄に弾けたくなると言う修学旅行パワーかっ。
「もー、なんですかー、衛宮さんノリ悪いですよぉー? ほら、私達と一緒に行きましょうよーー」
グイグイと腕を引っ張られる。
こんなに誘ってくれるのは嬉しいが……流石に駄目だろう。
明日の予定はまだ話し合っていないが、大阪ともなると結構な時間がかかる。
今の状況でそんなにネギ君たちの側を離れるのは危険すぎるのだ。
「あー、悪い、明石さん。明日は用事があるから無理なんだ」
俺の答えに「えー」と不服そうに頬を膨らませる。
心苦しくはあるが仕方ない。
「じゃあじゃあ明後日はどうですか?」
「明後日…………も用事が」
事態はどう動くか分からない。
安易に約束などしても守れるか分からない。
「んもー……、仕方ないですね……。今回は諦めます。衛宮さんにだって予定とかあると思うし……」
「悪いな。埋め合わせに今度班の皆と一緒に店に来ると良い。奢るよ」
「え!? 本当ですか? ラッキー……って」
一瞬喜んだと思ったのに今度は急に頭を振る明石さん。
どうしたんだ?
「あーー……もしかしたらバラバラで行くかもしれないですけど、いいですか?」
「それは別に構わないけど……」
明石さんは不思議な事を言う。
仲良いんだから皆で来ればいいのに、なんだってバラバラで来るなんて言うんだか。
「――こら、お前達、もうすぐ就寝時間だぞ。自分の部屋に戻りなさい!」
と、突然の野太い声にそちらの方を向くと、壮年と言ったいかにも先生って感じの人が立っていた。
…………あれ? 確か会った事あるよな、この人と……あれは――ああ、そうそう、いつだったか学園広域指導員の顔合わせみたいなコトをやった時にいた、生活指導員の新田先生だっけか?
「――げっ、新田……」
明石さんが露骨に嫌そうな顔をする。
まあ、ああいった感じの先生は生徒に疎まれるのが役割みたいな所があるからな……。
でも、ああいった先生の方がいざって言う時には親身になってくれるし、実を言うと人情家って人が多いから俺は結構好きだけど。
「……ちぇ……仕方ない。衛宮さん、そんじゃーね~、お休み~」
「ああ、お休み」
パタパタと手を振って部屋と思われる方向に走っていく明石さん。
見ると他の生徒達も蜘蛛の子を散らすように各々の部屋へと帰っていくようだった。
「……まったく、相変わらず落ち着きの無いクラスだ……。ん? 君は確か――」
腰に両手を当てて、やれやれと言った感じで生徒達を見送っていた新田先生が俺に気が付く。
「どうも、お久しぶりです新田先生」
「――ああ、確か……衛宮君だったかな?」
「ええ、そうです」
どうやら向こうも俺を覚えてくれていたようだ。
今まで生徒達と相対していたときのような雰囲気ではなく穏やかな感じで話してくれる。
「こんな所で会うとは奇縁だな……。どうしてこんな所に?」
「旅行です。今の時期だと学生もあんまりいませんからね」
「ああ……、君は確か飲食店もやっていたな。なるほど、そう言う事か……」
納得、といった風に新田先生は頷いた。
「新田先生こそお疲れ様です。なんか色々大変そうですね」
「……まったくだ。元気があるのは良いが過ぎるのも考え物だな。さて、ワシはそろそろ見回りに戻る。失礼するよ」
わっはっは、と笑って去っていく新田先生。
いやー……、あの騒がしい生徒達を抑えるのもかなり大変そうだ。
元気の塊と言っても差し支えない3−Aを監視するだけでも気苦労が多そうだ。
自分が新田先生と同じ立場に立った状況を思い浮かべてみる。
「…………………」
――うん、見事に振り回される自分しか想像できない。
とてもじゃないが俺には無理そうだ。新田先生には是非とも頑張ってくださいと心の底からエールをお送りしよう。
「…………士郎さん、宜しいですか?」
と、今まで物陰に隠れていたのだろう刹那が小声で話しかけてきた。
「私と神楽坂さんは周囲の結界の強化も含め、パトロールをしてきます。士郎さんにはここで宿全体の警戒をお願いしたいのですが……宜しいですか?」
「ああ、いいぞ。俺も初めからそのつもりだったし」
俺がそう言うと刹那は「ありがとうございます」と、礼をすると踵を返した。
恐らくアスナと合流するつもりなんだろうけど…………。
「……あんまり良くない傾向だよなぁ……」
アスナが明らかに”こちら側”の世界に関わりすぎている気がする。
いくらアスナが強くてネギ君と『仮契約』を結んでいるからと言っても、元々は一般人。
今は敵方の術師の規模や人数が分からないから人手が欲しいのは確かな事だけど……。
魔法に深く関わるのはよろしくない。アスナだって普通の女の子なんだ。深みにはまって日常生活が駄目になってからでは遅い。
その前に注意しないとな……。
「……でもアスナのヤツだったら、なんだかんだ言ってもネギ君の面倒を見るのは自分だー、とか言って俺の話聞きそうにないしなあ」
それに放っておけば一人で動いてしまう可能性もアスナならあり得なくも無い。だとすれば刹那と一緒にいるのはある意味正解か?
しかし、こうなって来ると面倒見が良いのも考え物である。
アスナは”こう!”と決めたらソレを絶対に譲らなさそうだし……。
「…………にしても、やっぱり騒がしいな……」
さっきからドタバタキャーキャーと言う物音や、笑い声で今ひとつ考え事に集中できない。
まあ、修学旅行なんだから仕方ないとは思うけど。いつもと違った環境で寝起きするだけで楽しいものなのだ。
それが”あの”3−Aだったら尚更だろう。
だからこういう騒がしさも逆に”らしい”などと思ってしまう。
逆に静かだったら心配してしまう所だ。
「――って、お? ……静かになった?」
先程までの喧騒は一瞬でなりを潜め、しん……と静まり返る館内。
大方、新田先生にでも怒られたんだろう。
あんだけ騒げば当たり前って気がするが……。
でも、どうせ暫くしたらまた騒がしくなるのがこういうモノのパターンってモンだろう。
と、
「…………ん? なんだこの感じ?」
刹那の結界とは違う、奇妙な魔力に周囲を包まれているのを感じる。
嫌な感じはしないけど……一応調べてみるか?
と、腰を浮かせた時、旅館の入り口にある自動ドアが左右に割れ、刹那とアスナがやって来た。
ふむ、外を見てきたなら刹那に聞くのが早いか……。
「刹那、アスナ、お疲れ」
「士郎さんもお疲れ様です」
「シロ兄、お疲れ~」
「刹那、この変な魔力はなんだ? あんまり覚えの無いタイプなんだけど……」
「――士郎さんはここにいてもそんな事が分かるのですか? 流石、としか言い様がありませんね。どうもカモ君が変な魔方陣を描いていまして……危険は無さそうなので放って起きましたが。その気配ではないかと思います」
「――カモが?」
なにやってんだろ?
俺の知らないタイプの結界でも張ってんのかな。
「確認に行きますか?」
「……ん、いや、別にいいだろ。カモだって俺達の不利になるような事はしないだろうし」
「わかりました」
「それより、だ――気が付いてるか」
「……え、ええ、まあ」
刹那が言いよどむ。
周囲の気配を探るように視線を彷徨わせるとソレは明確な物になって行く。
ちょっと前から感じるソレは。
「なんだ? この……微妙な雰囲気は……」
「さ、さあ? 害意はないようですが……」
刹那も良く分からないと言う感じで辺りを見渡す。
確かに害意らしい物は感じないけど……なんなんだろうか、このある種の怨念めいた気配は。
誰かを傷付けようとかいう種類の殺気ではなく、他人を出し抜こうとか言う妄執じみた空気がプンプン漂ってる。
なんか”ゴゴゴ……”とか効果音がつきそうな雰囲気だ。
……なんかまた碌でもない事が起きそうな予感。
「まあ、いいや。なんかあったら俺が対処するから刹那達は休むといい。まだ風呂も入ってないんだろ?」
「そうですが……士郎さんだけにここをお任せして自分だけ休むと言うのも……」
刹那は俺に気を使って休み辛いんだろう。
それはいかにも真面目な彼女らしくて頬が緩むけど……。
「いいから休んどけって。休むのも仕事のうちだ。それにこんな時くらい、お前は大人を頼ってもいいんだよ」
「し、しかし――」
それでも言い縋る刹那。
……ったく、この子も本当に頑固だ。
だったら仕方ない……。
「――アスナ」
「ん? 何、シロ兄?」
アスナに目配せをする。
そしてソレをきょとん、と言った感じで受け止めると、
「強制連行、ゴー」
「……りょうか~い♪」
ギュピーン、と効果音でもつきそうな目つきでアスナは刹那を見た。
そのアスナの様子に刹那が後ずさる。
「か、神楽坂さん…………?」
「さ~て、桜咲さん……一緒にお風呂行きましょうね~……」
両手をワキワキさせながら刹那に詰め寄る。
……や、誰がそこまで奇妙な雰囲気出せと言った。
つーかその手の動きはなんだ。
「……アスナ、悪ふざけはそこそこにしとけよ?」
「えへへ♪ 分かってるって。ほら桜咲さん、シロ兄がこう言ってるんだから早く行こ!」
「あ、ちょ、ちょっと……神楽坂さん!?」
アスナは素早く刹那の背後に回りこむと、その背中をグイグイと押して行く。
俺はその背中を缶コーヒーを飲みながら見送る。
「……ふむ、アレはアレで良いコンビってことで」
生真面目が過ぎる刹那には、アスナみたいにちょっと適当な所があるヤツの方がバランスも取れてていいのかもしれない。
「さて、それじゃ俺は見回りにでも行くか」
ソファーから腰を浮かせる。
ついでに缶コーヒーの追加でも買ってくるか……。
ポケットから財布を取り出し、小銭を確認しながら歩く。
「……にしても、やっぱりまた騒がしくなったか」
先程の予想通り、またしても人が活発に動いている気配がする。
今度は先程の失敗を踏まえて声は出していないが、ドタバタという気配はどうしようもない。
また怒られるのも時間の問題だろう。
「――ま、ソレも含めて修学旅行の醍醐味ってもんだろ」
修学旅行ってのは夜に騒いで怒られるヤツがいるのが定番だ。
……クラスごとって言うのは珍しそうだけど。
自販機の前に辿り着き、小銭を投入。
そこで、ふと隣の紙パックタイプのジュースを売っている自販機を流し見た。
そこには、
「…………”ラストエリクサー微炭酸”って……」
――なんだ、このチャレンジ精神が溢れまくってダダ漏れの珍商品は。
つーか何味なんだ? 完全回復でもするんだろうか? そもそも紙パックなのに炭酸飲料って……いいのか?
なんか色々間違ってる気がする。
でもここに置いてあるってことは買う人も……いるのか?
少なくとも俺はそんな気にはなれないが、怖いもの見たさで買う人もいるのかもしれない。
「……ま、俺には関係ないって事で」
気を取り直して、ポチッとな、とボタンを押して缶コーヒーを購入。
三本ほど買い込んで、ソレを片手でお手玉のようにポンポン投げて弄ぶ。
さて、俺も外回りでもして――、
「――なんだアレ」
目の前の光景のその言葉しか出なかった。
目の前には飛び交う枕、枕、枕。
そしてそれを、浴衣が乱れるのも気に留めず投げている女の子達。
……いや、ちょっと訂正。枕を投げているのではなく、直接枕を叩きつけていた。
「……えっと……枕……投げ?」
……いや、実際は投げてないんだから枕投げとは言わないのか? じゃあ枕叩き? なんかモグラ叩きみたいだな。
それより騒ぐにしても部屋だけじゃなくて館内で騒ぐのってどうなのさ?
下手すれば来年から出入り禁止になるぞ。
つーか、君らは自分の格好をもうちょっと考えよう。
そんな格好で動き回るもんだから目のやり場に困ると言うかなんというか……。
「――えっと……どうしよう?」
すっごく対応に困る。
別に悪い事をしてる訳じゃないんだから止める必要はないのだが、女の子があられもない格好でいるのはどうかと思う。
むむむ、と考え込む。
その間も繰り広げられる枕バトル。
それでもひたすら考える俺。
「――よし」
そして答えに辿り着く。
そうだ、俺は……、
「――うん、見なかった事にしよう」
その場で回れ右をして一目散に退散。喧騒を他所に俺はその場から逃げ出した。
考えてみればあんな現場に男の俺が居合わせたとなると、それはそれで大変な事になりそうな気がする。
乱れ咲く若い少女達の瑞々しい肢体。ソレを見てしまった男である俺。例え騒ぎを止めたとしてもその後の女の子達の反応は……考えるだけで恐ろしい……。
そんな事でこの場に居られなくなったら余りにもアホらしい。そもそも俺は、ネギ君のサポートとしてここに来ているのだからそんな事になったら本末転倒もいいところだ。
「……大方、館内のいたる所でこんな事やってんだろうなー……」
そんな事を考えると少し頭が痛い。
「……はぁー……しょうがない。外回りで時間潰してくるか……」
ぼやきながら歩を進める。
ロビーに戻り、缶コーヒー備え付けのテーブルに置き、外へと出る。
空を見上げてみれば星空が輝いている。この分なら明日もきっと良い天気だろう。
「そうだ、ついでだからカモの描いた魔方陣とやらでも見ていくか」
魔力を感じる方へと足を向ける。
気配は4箇所からするので一番近い所に向かう。
「……お、あったあった」
ソレらしき物を発見。
巧妙に隠されているが、地面に描かれているのは確かに魔方陣だ。
円の中に六芒星。更に中に小さな六芒星。そして中心には瞳のマーク。それらを横道十二宮と呼ばれる十二星座を表す文字で囲んである。
「ふーん……なんの魔方陣かは分からないけど……そんなに複雑な術式は使ってないな」
まあ、簡易的な術式だし大した効力もないだろう。
以前に読んだ魔法形態が書かれた本を読んだ時にはもっと大掛かりなものも沢山あった。それらに比べればコレは比べるに値しない程の規模だ。
「んー……でもこの陣、なんだったっけ?」
確か本にも載ってた筈なんだけど……イマイチ覚えていない。
たしか、かなりさわりの部分にあった陣だった様な気はするんだが……。
「まあ、覚えてないって事は危険ってもんでもないだろ」
そう結論付けてその場を後にする。
それより見回りの続きをしよう。
刹那が結界を張ってる事だしそうそう怪しいものなんかないだろう……け…………ど……。
「――あ、怪しい……」
……いた、いたよ、いちゃったよいきなり!
旅館の方を上の方を見上げる。
視線の先には二人の人影。
その二人は宮崎さんと、確か図書館島で見たことのある背の小さい少女だった。
それ自体に問題は無いのだが……、
「……何だってあんな所を……?」
問題は二人が居る場所。
そこは旅館の部屋の雨除けとでも呼ぶんだろうか? その部分と屋根の隙間を這って何処かへと向かっているのだ。
そして更に分からない事にその手には枕が握られていた。
「……枕投げ……じゃなかった。枕叩きの続きか?」
屋外まで、しかもあんな手段を使って戦うのってどんなゲーム?
こんな何でもないイベントすらここまで本格的に行うとは……3−A、やっぱり侮れねぇ。
……でもまあ、アレはアレで楽しそうだから――いいか。
もはや投げやりである。
君達の溢れんばかりの行動力に完敗。
いちいち突っ込んでたらこっちの身が持たんのだ……。
せめて怪我だけはしないように楽しんでくれ……。
「…………行こ。今度はあの忍者の子とか出てきそうだし……」
とぼとぼと歩き出す。
なんでちょっと見回りをしただけでこんなにも疲れるんだろうか?
それとも修学旅行とはああいう風に弾けるのが普通なんだろうか? だとしたら俺の行った修学旅行って一体……。
そんな事を考えながら旅館の周りをぐるりと回りロビーへと戻る。
そのままソファーにどっか、と腰を下ろした。
買っておいた缶コーヒーを開けてソレを一口飲むとようやく一心地つく。
「ふう……」
思わずため息が出る。
いやー……これがジェネレーションギャップというものか?
俺ん時はあんな楽しそう……もとい、危ない事はやらなかったけどなー……。
「――ん?」
背後から人の気配がする。
入ってきた時は考え事をしてたせいか気が付かなかったけど、まるで身動きをしない人が二人ほど。
首を捻りそちらに視線を向けた。
そして、
「――――」
「……………えへへ」
「…………………?」
目が合った。
なんか知らんがロビーで正座をしてる人がいる。
俺は只々、無言。
一人は愛想笑い。
もう一人は疑問顔。
「明石さん、なにやってんのさ……」
そこにいたのは、先程別れた明石さんと、丸メガネをかけた目つきがちょっとキツめの髪の長い女の子だった。
俺が呆れながらそう呟くと明石さんは、にゃははと笑って気まずいのを誤魔化す様に頭の後ろを手でかいた。
「あはは、まあ、見ての通りで……」
や、見ての通りって……。
「――精神修行?」
「違います!」
鋭い突込みが入る。
だって京都だし……ねえ?
まあ、実際は粗方の予想はついてるけど。
「冗談はさて置き――どうせ騒ぎすぎて、新田先生あたりに怒られて正座させられてんだろ?」
「うっ……くやしいけど正解。良く分かりましたね~……衛宮さんてエスパー?」
いえ、魔術師です。
とは流石に言えない。
つーか、そんなんじゃなくてもわからいでかっ。
むしろあんなに騒がれておいて気がつかない方がどうかしてる。
「ったく、元気があるのはいいけどあんまり無茶するなよ?」
テーブルに積み上げた缶コーヒーのピラミッドから一本取り、明石さんに放り投げる。
明石さんは突然のことにワタワタと慌てたが何とかキャッチに成功。
「――ほら、そっちの子も」
もう一人の子にも投げる。
その子はさして慌てた風も無く片手でソレを受け止めた。
「はあ…………どうも」
素っ気無い答え。
まあ、今日初めて話すんだからこれが普通の対応だろう。
むしろ明石さんやアスナ達の方がフレンドリーすぎるのだ。
「で? 何だって枕投げであそこまで騒がしくなるんだ?」
ソファーの背もたれ部分に腕を乗せ、そこに顎を乗せる形で明石さん達の方を向く。
二人は今しがた渡したコーヒーを開けながらこちらを向く。無論、正座のままで。
「いやー、実を言うとネギ君の唇争奪戦やっててー」
「……………………は?」
唇争奪戦って……なんだそりゃ?
それが原因であの騒ぎって言うのか。そりゃネギ君が人気あるってのは知ってたけど……スゴイな。
つーか、それが景品ってどうなのさ。
……って、待てよ? それを欲しがってこの騒ぎに参加するって事は……。
「じゃあ君らもネギ君を?」
「へ? ――ああ、そう言うコト? 私は……んー……嫌いじゃないしむしろ好きだけど、単に面白そうだし豪華景品があるって聞いたからですかね」
あはは、と笑う明石さん。
豪華景品? 凄いな、そんなモンまで準備してるのか。
「それならそっちの君も?」
「……私はそんなモンに興味ないです。只、無理矢理参加させられただけで、ネギ先生のことは別にどうも思っていません」
ピシャリと言い放つメガネの女の子。
あれ、なんか機嫌悪い?
そりゃロビーで正座なんかさせられて良いわけ無いと思うけど。
「それにしてもスゴイ盛り上がりだな。なんか変な熱気をヒシヒシ感じるし」
「あ、そうそう! スゴイって言えばさっきなんかホントにスゴかったんですよ~!!」
明石さんが興奮気味にまくし立てる。
なんか言いたくてしょうがないといった感じだ。
「スゴイって……なにが?」
「なんとネギ君が――分身したんですよ!」
「へえ、分身ね………………って分身!?」
ちょっと待とうか!
なんだそりゃ!? なんだってそんなわけの分からない状況に……まさかまた魔法か!?
「それでそのネギ君にキスすると爆発するんですよー」
「爆発!?」
それはアレか! ”俺に障ると火傷するぜ”の進化したバージョンとでも言うのか!?
俺にキスすると爆発するぜ☆ ――って、アホかぁーー! ”☆”、とかやってる場合かよ俺!!
ああ、くそ! なんだってタダでさえ周囲を警戒しなきゃいけない時に内側でこうも騒ぎが起こるか!?
いや、そんな事よりも、そんな事したらクラスの子に魔法がバレ、
「いやー、すごい仕掛けだったなー。衛宮さんももう少し早く来てれば見れたのに……。アレどうやったんだろうね? 朝倉の仕込みかな? 面白かったー」
「………………って、そんだけ?」
「ん? まー、こうやって正座させられてんのは嫌ですけどね~」
なかった。
――いや、そう言うコトを言ってるんじゃなくてだな……。
って、良いのか。気が付いてないんだったら気が付いてないでわざわざ俺が穿り返す必要も無い。
だったらこのまま自分に都合が良いように解釈してもらってた方が良いに決まってる。
「――そ、そうだなー。捕まっちゃうなんて明石さんもついてないなーー」
「そうですよねー、あはは」
適当に話を合わせて二人で笑いあう。
――良かった。明石さんが細かい事を気にしない子で本当に良かった!
よし! 店に遊び来たらデザートも奢ってしんぜよう!
と、そこに先程屋根の辺りを這い回っていた宮崎さんと、小柄な女の子が息を切らせてやって来た。
「――ハァ、ハァ……恐らくここに来るハズです……」
「……う、うん……で、でもゆえ~……」
「のどか。ここまで来たら覚悟を決めるです!」
「う……うう」
見ると、宮崎さんが何かを躊躇しているのを、小柄な女の子が後押ししている風に見える。
二人とも俺が一方的に知っているだけで面識は無いので、特に俺を気にした様子はなく風景の一部だと感じてるようだ。
「――ただいまー。あれ……? なんか騒がしいような……」
ロビーの自動ドアが開き、外の見回りをしていたであろうネギ君が帰って来た。
今までこの騒ぎに気が付かなかったのだろう。館内に入った時の喧騒に首を傾げている。
「――ホラ、のどか……」
それを見た小柄な女の子が宮崎さんの背中を優しく押した。
宮崎さんはその勢いでネギ君の前に出て行った。
「――あ、宮崎さん……」
「せ……ネギ先生……」
お互い顔を見合わせた瞬間、真っ赤になって見詰め合う。
まるで世界に二人だけしかいないかのように見詰め合う。
そんな光景に思わずゴクリと固唾を呑んでしまう。
「…………」
「……って。衛宮さん、なんでこっちに移動してきて一緒になって正座してるんですか?」
「…………や、なんか居たたまれなくなって……」
俺にはあんな極甘の雰囲気の中に部外者の身で居続ける事は出来ません。
そりゃ逃げ出しもするし、思わず正座だってするさ!
「――あの……お昼の事なんですけど……」
「えっ……」
ネギ君が切り出す。
お昼の事って言うと……ああ、告白のことか。
それを聞いた宮崎さんがアワワと慌てる。
と、その時、丁度通りかかったのだろう刹那とアスナが、物陰からネギ君の様子を眺めているのに気付く。
ネギ君はそれに気が付かずにしどろもどろになりながら話を続けた。
「すいません宮崎さん……ぼ、僕、まだ誰かを好きになるとか……良く分からなくて……。いえっ……もちろん宮崎さんコトは好きです。で、でも僕……クラスの皆さんのコトが好きだし、アスナさんやこのかさんいいんちょさんやバカレンジャーの皆さんも……そーゆー好きで……あ、それにあのやっぱし先生と生徒だし……」
「い、いえ……あの、そんな先生――」
ネギ君は一杯一杯なのだろう。
要領を得ない言葉を懸命に紡ぎだしては宮崎さんに伝えている。
そして決心したように宮崎さんを見た。
「だから僕、宮崎さんにちゃんとしたお返事はできないんですけど……。――あの、友達から……お友達から始めませんか?」
――それが、幼いネギ君の出した精一杯の答えだった。
宮崎さんもその心からの返答に頬を緩ませて、
「――はいっ」
と、満面の笑みで答えた。
「……へー、ネギ君ちゃんと考えてたんだな」
ネギ君の年齢を考えれば今の答えが精一杯の誠意だろう。
隠れて見守っていた刹那やアスナも微笑ましいものを見る、穏やかな表情で事の成り行きを眺めていた。
「……えーと、じゃあ……も、戻りましょうか」
「は、はい……」
あんな事を言い合った後でお互いに気恥ずかしいのだろう。
ギクシャクと言った感じで部屋に戻る事を促がすネギ君。
そして踵を返した時、――事件は起きた。
宮崎さんが部屋に帰ろうと歩を進めようとした瞬間、今まで黙って成り行きを見ていた小柄な女の子が何を思ったのか、宮崎さんの歩く先に足を差し出した。
当然、ソレに蹴躓く宮崎さん。
「あ」
大きくバランスを崩し、ネギ君のほうに倒れこむ。
ネギ君はソレに気が付き慌てて支えようとし、手を広げた。
まるでスローモーションのように目の前の光景が俺の目に映る。
そして、ネギ君の差し出した手は間に合わず、ネギ君の唇と宮崎さんの唇が――今、重なった。
瞬間、館内に歓声が響き渡った。
「――あっ、すすす、すいませっ」
「いえっ、あの、こちらこそ――」
慌てて身を離す二人。
その顔は面白い位に真っ赤だ。
「…………うわぁ……なんかスゴイもん見ちまったな……」
なんか余りにも初々しすぎて見ているこっちが恥ずかしくなる。
いやー、青春だなー……はっはっは。
「――って、ん?」
なんか今、変な魔力が流れなかったか?
魔力の残滓を探してみるが…………特に何も無い。
気のせいか?
「いやー、まさか本屋ちゃんが勝つとはねー……。うん、敵ながら天晴れ」
「…………ハァ」
隣では明石さんが手をパチパチと叩いて二人を祝福し、もう一人のメガネをかけた少女が呆れたようにため息をついていた。
いやはや、なんとも平和だねー。
「さて――」
膝をパチンと叩き腰を上げる。
「あれ? 衛宮さんもう行くんですか?」
「ああ、そろそろ引き上げ時だろ?」
あんなに大きな歓声が響いたんだ。新田先生も黙っちゃいない。
事態の帰結も見届けたし良い頃合だろう。
「そうですか?じゃあ、コーヒーありがとでした♪」
「……一応、礼は言っておきます。どうも」
二人のそれぞれの礼に後ろ手で「あいよ」と答える。
そして、俺がその場を去って数瞬してから新田先生の予想通りの怒号が響き渡った。
やれやれ……なんとも平和な事で……。
ま、そんな平和の為にも俺はもう一回外回りでも見回って来るとするか。