エヴァとの事件があった次の日。
俺達は『土蔵』に集まっていた。
メンバーは俺、エヴァ、茶々丸、ネギ君、アスナ+カモの5人+1匹。
それと言うのも、事の顛末を説明する為である。
それぞれの前に紅茶を置いて、俺はカウンターの中で棚に背中を預けながら会話に加わった。
「……で? 何が聞きたいんだ?」
エヴァが若干不機嫌にそう切り出す。
恐らく昨日の別れ際の、勝った負けたのやり取りが未だに尾を引いてるのだろう。
「聞きたい事があるならさっさと聞くが良い。そういう約束だったからな……私が答えられる事なら話してやる」
目の前の置かれた紅茶を手に取り、それを味わうように目を閉じた。
それだけで幾分かリラックスしたのか、少し穏やかな表情をエヴァは見せた。
「……えっと、それじゃあ私から聞いて良い?」
おずおずとアスナが手を上げながら聞いてくる。
「何だ」
「うん、昨日も聞いたけど……なんでシロ兄と仲が良いの? 私が知ってる限りだと、シロ兄ってここに来たのそんなに前じゃなかったと思うんだけど?」
「えーーっと、な……」
……あー……、何て答えたもんか。
全部を正直に話したとしても混乱させるし、そもそもソレを話しても良いものか……。
「――そんな物、簡単だ。コイツは私の昔馴染みだからな」
と、俺がアレコレ考えている間に、エヴァが代わりに奇妙な言い回しで答えた。
……昔馴染みって……、どういう事だ?
「……おいエヴァ、どういうつもりだ?」
耳打ちするように小声でエヴァに尋ねる。
放っておけばどんな事を言い出すかわかったもんじゃ無い。
が、エヴァはそれに思ったよりも真面目な顔で耳打ちして返してきた。
「……なに、案ずるな。心配せずとも私が適当に言いくるめてやる。お前とて下手なウソをついてソレを探られたくないだろう?」
「そりゃそうだけど……」
「ならば私に任せておけ。悪いようにはしないさ」
「……ん、任せた」
どうやらエヴァは本当に俺を案じてくれているらしい。
そうだとすればエヴァに任せても問題はないだろう。
面白がっている場合だと微妙だが、こういう場面でふざけるような彼女じゃない。
「――昔馴染みって……どういう事?」
アスナが、ひそひそ話をする俺達を訝しげに窺っている。
まあ、目の前でこんな事されたら当たり前か……。
「――コホン。別に難しいコトではない。言葉通りの意味だ。士郎とはここに封印される以前からの知り合いだ。それで最近、ジジィ……ここの学園長に指導員が人手不足だと言われて泣き付かれてな、丁度、職を探していた士郎を私が呼びつけた、それだけの話だ」
……なるほど、そう答えておけば俺が魔術……もとい、魔法使いである理由もここに呼ばれた理由も結びつけて説明できるのか。
全部が全部ウソというより、ほとんどが本当なことだけに、矛盾も生まれにくいってコトなのだろう。
「ふーん……じゃあシロ兄とは付き合い長いわけね。でもシロ兄が職を探してたって……元々何してたのよ」
「――それを貴様が知る必要は無い。それとも何か? 貴様は士郎の過去を洗いざらい聞かなければ信用には足らん、とでも言うつもりか?」
「そ、そんな事無いけど……」
真剣に語るエヴァの迫力にアスナが押し黙る。
アスナがチラリと俺を見るが、俺はそれに肩を竦めて答えた。
と、言うよりそれ以外に答えようがない。
俺が下手に口を挟むと簡単にボロが出かねない。ここは他力本願になってしまって不本意なのだが、エヴァに任せるしかないだろう。
「わ、分かったわよ……シロ兄が可笑しなことしてるとも思わないし、信用するわよっ」
それでいいでしょ、とアスナはバツが悪そうに締めくくった。
アスナには悪いがそれで納得してもらうしかない。
これ以上の事を話すとなると『こちら側の世界』のことに深く関わってしまう。それを話すのは、一般人のアスナには荷が勝ちすぎているのだ。
「あの、エヴァンジェリンさん……僕の父さんの事を聞いても良いですか?」
すると、話の区切りを待ちかねたかのように、ネギ君が真剣な口調でエヴァに尋ねた。
それを聞いたエヴァは、佇まいを正すように紅茶で唇を濡らすとポツリと呟くように、
「……ナギの事か」
と、短く言った。
エヴァは揺れる紅茶を眺めながら、大事な思い出をそっと取り出すように語り始める。
「……ヤツと初めて会ったのは……さて、何年前の事だったか。会った最初の印象としてはそうだな……バカっぽいやつだったな」
「バ、バカっぽい……です、か?」
エヴァの意外な言葉にネギ君は目を丸くする。
それはそうだろう、英雄とまで言われていた自分の父を評価して、バカっぽいと言われればその気持ちも分からんでもない。
「ああ、そうだ。知っているか? ヤツは巷では『千の呪文の男(サウザンドマスター)』などと呼ばれているが……本当は魔法を5、6個しか暗記出来ないほどのバカだったんだぞ? 魔力だけは馬鹿げたくらいあったがな」
エヴァはククク、と薄く笑う。
まるでその当時の事がつい先程起こった出来事のように。
「ま……私はそんなバカにやられて、こうしてここに封印されているわけなのだがな……」
「と、父さんがそんなんだったなんて……なんかイメージが……」
「なんだ、信じられんか? だが事実だぞ。小利口なお前とはまるで正反対。その上、細かいことなど気にもしない大雑把でもあった」
「そ、そうですか……」
ネギ君がなにやら深く考え込んでしまう。
どうやら想像していた英雄である父親像と、エヴァの語るサウザンドマスター像には大きな差があるらしい。
……まあ、そんなモンだろう。想像と現実っていうのは想像が美化されやすい分、差ができやすいもんだ。
「……にしてもこうやって聞いてるとアレよね」
と、今まで話を黙って聞いていたアスナが徐に口を開いた。
「……なんだ」
エヴァは紅茶を口に含みながらそれに答える。
すると、
「エヴァンジェリン……あんたネギのお父さんのこと好きだったんじゃないの?」
「――ぶっ!?」
ソレを俺目掛けて思いっきり吹きかけやがった。
エヴァはそれに咳き込みながらもアスナに食って掛かる。
えー……、俺は放置ですか? そうですか、放置ですか。
「な、なぜそれが分かる!? い、いや、そうじゃない! なぜそう思うと言うのだっ。ヤツは私をここに閉じ込めたのだぞ!? 恨みこそすれ、す、すすす……好きなどとは――!?」
「えー……だって、ねえ? 自分で気が付いてるか分からないけど……ネギのお父さんの事を話すあんた、……すっごく嬉しそうよ?」
アスナの言葉を聞いてグッ、と声に詰まるエヴァ。
続いて俺をチラチラと横目で窺うように見ている。
……や、そんな事されても紅茶まみれの俺には意味が分からんのだけど。
「――そうなのですかマスター?」
茶々丸がエヴァに確認を取るように聞いている。
「ええい! う、うるさいぞ茶々丸!」
うろたえまくるエヴァ。
……そんなに動揺すると自分で認めているのと同じような事だと思うんだが。
「そ、そうだったんですか……僕、知りませんでした……」
「坊やもその口を閉じんか! 私は一言もそうだとは言っていないだろうが!」
言ってる言ってる。
最初に自分で「なぜ分かる」とか言って認めてるぞエヴァ?
「あ、コラ士郎! お前も「ああ、納得」みたいな感じで頷いてるんじゃないっ。そうだけどそうじゃない! って何を言っているんだ私は!?」
んー、良い感じでテンパってるなエヴァ。
ネギ君を睨んだり、アスナを咎めたり、俺を見上げたり――って、なんで俺も?
「~~~~っ! ちっ……。いいさ、どうせ死んだヤツのことだ。……私とて10年も前の出来事を引き摺られてはおられん……」
「――エヴァ」
……本当に好きだったのだろう。
いつまでも引き摺ってはいられないと言いながらも、その表情はちっとも晴れていない。
きっとまだ心の中で色んな想いが燻っているのだろう。
「……私の呪いもいつか解くと言い残して行ったのだが……死んでしまったのなら仕方ない。そのせいで私の呪いを解くことの出来る者はいなくなり、十数年にも及ぶ退屈な学園生活だ……」
エヴァが自嘲するように笑う。
だけど、そんなエヴァを見てネギ君とアスナは訝しげに表情を歪めた。
「え? 死んだって……あれ? ちょっと、ネギ……」
「ハイ……」
ネギ君は真剣な表情をするとエヴァに向けて言った。
「――でもエヴァンジェリンさん。僕、父さんと……サウザンドマスターと会った事があるんです!」
その言葉にエヴァが動きを止めた。
そして信じられないモノを見るかのようにネギ君を見た。
「……………………何だと? 何を言っている……ヤツは確かに10年前に死んだ。お前はヤツの死に様を知りたかったのではないのか?」
「違うんです! 大人はみんな僕が生まれる前に父さんは死んだって言うんですけど……6年前のあの雪の夜……僕は確かにあの人に会ったんです――」
エヴァの表情がみるみる驚愕のそれに変わる。
ネギ君はそれに頷くと、傍らに置いてあった杖を手に取り、エヴァに見せるように胸の前でギュッ、と力強く握り締めた。
「その時にこの杖を貰って……。だからきっと父さんは生きています。僕は父さんを探し出すために、父さんと同じ立派な魔法使い(マギステル・マギ)になりたいんですよ」
そう語るネギ君の顔にウソを言っているような感じなど微塵も無い。
ただ真実をありのまま話している。
エヴァもそれが真実だと分かったのだろう。
まるで、真綿に水がゆっくりと染み込んでいくように言葉を噛み締めていく。
「そんな……奴が……、――――サウザンドマスターが生きているだと?」
エヴァの身体が小刻みに震えている。
俯き、語られた真実を確かめているかのごとく長い間。
そしてその瞳の端には輝く物が垣間見えた。
「――フ……フフ……ハハハハハ! そうか! 奴が生きているかっ! ハッ……殺しても死なんような奴だとは思っていたが……。ハハハ、そうかあのバカ……フフッ、ハハハ! まあ、まだ生きていると決まった訳じゃないが……しかし、そうか……ハハ!」
一転して心底嬉しそうに笑う。
それも当然だろう。
死んだと思っていた大切な人物が生きているかもしれないと分かったのだ。その喜びと言ったら相当な物だろう。
その様子を一緒になって見ていた茶々丸は、俺と目が合うと小さく頷いた。
言葉を交わさなくても何を思っているかなど、俺にも分かった。
だから、俺もそれに小さく頷く事だけで答える。
「で、でも、手がかりはこの杖の他には何一つとして無いんですけどね……」
ネギ君が喜色満面のエヴァに驚きながらも、未だに手がかりは少ない事を言うが、そんな事は今のエヴァには些細な問題なのだろう。
エヴァは得意気な顔をすると、
「――京都だな」
と、短く言った。
「京都に行ってみるが良い。どこかに奴が一時期住んでいた家がある筈だ。奴の死が嘘だと言うのならそこに何か手がかりがあるかも知れん」
エヴァは上機嫌のまま、ネギ君にそう言ってアドバイスをする。
ネギ君はその突然の情報に、少し驚くような表情をした。
「き、京都!? あの有名な……ええーと、日本のどの辺でしたっけ……。こ、困ったな休みも旅費も無いし……」
と、そこまで聞くと、アスナが「へー、京都か……」と言った。
その表情はどこか得意気だ。
「丁度良かったじゃん、ネギ」
そう言うと茶々丸に向かって「ねえ?」と同意を求めるように話を振ると、茶々丸も「はい」と言ってそれに賛同した。
……む、何の話だ? 俺には全く分からないんだが……。
「え?」
と、ネギ君も疑問顔。
そんな俺とネギ君で「?」と顔を合わせる。
「……って、シロ兄が分からないのは当然として、なんで先生のアンタが分からないのよ……」
アスナが呆れて「ハァー……」と、ため息をついている。
ネギ君はそれに「え? え? え?」と、ひたすら頭の上にハテナマークを三つ位浮かべていた。
「んもー……、しっかりしてよね。のんびりしている場合じゃないじゃないのよ。――ほら、帰ってちゃんと自分で確認してよね」
アスナはそう言って席を立つと、ネギ君の首根っこを掴み、引き摺るように帰ろうとする。
「それじゃ皆、またねー」
そのまま片手でネギ君を引き摺り、もう片方の手で後ろ手にパタパタ振って扉の向こう側に消える。
ちなみに、ネギ君は最後まで目を点にして「え? え? え!?」と繰り返していた。
――無常だ……。
「――で? 一体なにがどうなってんだ?」
残った二人に聞いてみる。
さっきから俺は色々と置き去りにされていて何がなにやら。
「……さて、私にも何がなにやら……」
「って、お前も分からないのかよ!」
すまし顔で小首をかしげるエヴァに思わず突っ込んでしまった。
「――丁度良いと言うのは、今度ある修学旅行の目的地が京都と奈良だからです」
と、茶々丸が横からフォローを入れる。
ああ、そういう事か。修学旅行の場所としては定番だ。
「ああ、そうか。そんな物もあったような気がするな」
エヴァは紅茶を啜りながら大して興味無さそうに答えた。
って、なんでお前はそんなに無関心なのさ。
「どうしたエヴァ、興味無さそうだけど……楽しみじゃないのか? お寺巡りとか嫌いなのか?」
「ん? ――ああ、、そう言う事じゃない。寺巡りなどはむしろ好きな部類に入る」
「じゃあなんでさ?」
「――昨日の今日とだと言うのにもう忘れたのか? 私はこの学園の外には出られんのだ」
「……あ」
そうか、そういう事か。
エヴァは呪いのせいで学園の敷地の外には出られないのだった。
だと言うのに俺は……。
「……悪いエヴァ」
エヴァに頭を下げる。
今のは完全に俺の失言だった。
「謝るなバカ……お前に悪気が無い事ぐらい分かっている。それに修学旅行に行けない程度でなにも感じやしない。ガキ共と一緒に行った所で喧しいだけだからな」
「そっか……でも、そうなったら他の子達が修学旅行行っている間はどうするんだ? まさか居残り授業ってわけじゃないんだろ?」
「そうさな。その間は学園にさえ行けば後は何をやっていても構わんな。ま、適当に暇を潰しているさ」
「ふーん……」
学園には行かなきゃいけないのか……。
休みになるんなら何かしようかと思ったけど。
「それよりだ士郎。私もお前に聞きたいことがある。昨日お前が使った魔法……ではなかったな、魔術はなんだったのだ? 私も武具を呼び出す術は多少知っているが、お前の魔術は同じ物をいくつも召喚していた。更には私の魔法も完璧に防いだあの術……なんなんだあの桁外れに強固な障壁は。あの時の私の力で突破できないなど規格外にも程があるぞ」
と、エヴァは昨夜のことがよほど不思議だったのだろう、首をかしげながら聞いてきた。
……そうだな、この際、エヴァにだったら話しても構わないよな。
知られた所で悪いようにはしないだろうし。
「あれはだな、”召喚”じゃなくて”投影”っていう魔術なんだ」
「トウエイ?」
ハテナ? と更に首を傾けるエヴァ。
まあ、言葉だけじゃ普通分からないか……。
「投影って言うのは…………そうだな、単純に言えば物の複製を作る魔術って言えばわかるか?」
「……複製か……。まあなんとなくは分かるが。しかしアレだ。それだと効率が悪いんじゃないか? いちいち魔力を使って複製を作るより、最初から実物を用意していた方が理にかなってるだろう?」
「違うか?」と付け足すエヴァ。
流石エヴァ、わずかな情報しか無いと言うのに的確に本質を捉えている。
「うん、そうなんだけどな。だから普通なら儀式とかに使う、道具が揃わなかった際に代用品を作る程度が普通。外見だけ真似ても中身は空っぽらしい。本来ならエヴァが言うように、本物とかレプリカを用意できるならそっちの方が断然良いに決まってるんだ」
「だろう? だったらお前はなぜそんな中途半端な術を使うんだ?」
「……なんて言ったら良いんだろ。あー……本来なら確かに中途半端な術らしいんだ。でも、相性っていうのかな……属性とか、かな? ……なあ、エヴァ。話は逸れるんだけど、こっちの世界にも魔法の属性とかってあるんだろ?」
「ん? まあ、確かにあるな。例えば私だと、得意な属性は”闇”や”氷”といった系統の魔法だ。無論、ほかの系統も使えない訳ではないが……。それがどうかしたのか?」
「その属性なんだけど、俺の世界の魔術師だと基本的には”地水火風空”みたいな五大元素のどれかを持っているもんなんだよ。でも中にはそういった属性に該当しない魔術師もいるんだ。俺もその中の一人で、師に当たる人が言うに、俺の属性は”剣”らしい」
「――剣? ほう、面白いな。お前の世界にはその様な属性も存在するのか」
「数は多くないらしいんだけどな。そのおかげで俺は普通の魔術師が使えるような魔術がほとんど使えないんだけど……。で、話は戻るけど俺の投影っていうのがその属性に合っているせいか、元々資質があったみたいなんだ。だから普通の術師より精度が高いらしい。もっと正確に言えば俺の投影は”固有結界”って呼ばれる魔術から劣化して零れ落ちた魔術に過ぎないんだけど……」
「…………うーむ、良く分からんな。属性だの魔術が劣化して零れ落ちた魔術だの…………。ようするにアレか? 士郎はその珍しい属性のせいで普通の術師が扱えるような魔術は使えないが、他の術師が使えないような珍しい術を扱えるといった解釈で良いのか?」
「あー……まあ、そんな感じ。悪いな、説明下手で」
どうにも基本が違う相手に説明するのって難しいモノがある。
エヴァが頭の回転が速くて助かった……俺の拙い説明でも何とか理解しているらしい。
「それは別に構わん。私だってお前に一からこちらの世界の魔法の原理を説明しろと言われれば何から説明するか迷うだろうからな。それよりだ。お前の術が珍しい事は分かった。その”投影”とやらがお前の属性によって通常より高精度で使えることも何となく分かった。しかし、それでも最初から実物を用意したほうが良い事には変わらないだろう?」
「そうなんだけどさ……。あー……エヴァ、驚かないでくれよ?」
「……なんだ士郎。もったいぶる様なことなのか?」
「や、俺の世界では他の術者にばれたら、間違いなく厄介な事になるって言われたような物なんでな」
「……お前の事だから驚くなと言うのは難しいかもしれんが、騒ぎ立てるような事はしないと約束しよう」
「…………じゃあ言うけど。――俺の魔術ってさ、一度実物を見た武具ならほとんど実物に近い形で投影できるんだ。しかもほっとけばいつまでも存在し続ける」
「……ん? 魔力で作ったのにいつまでも存在し続ける、だと? それに実物に近い形とは……お前は先程中身は空っぽなのが普通だと言ってなかったか?」
「普通はそうらしい。俺は初めからこうだったから良く分からないんだけど……。で、それは俺の世界でもかなり特異な訳なんだが……。――手っ取り早く結論から言うとだな、エヴァの魔法を止めたアレって”大アイアスの盾”なんだ」
エヴァは俺の言っている意味が分からないのか眉間にしわを寄せて「ん? ん? ん??」と唸っている。
しかし何かに思い至ったのか、見る見る驚きの表情を浮かべた。
「――ま、待て! ”大アイアス”だと!? それはアレか、トロイ戦争に出てくるアキレウスの従兄弟の……あのヘクトルと引き分けたと言われる、あの大アイアスかッ!?」
「あ、やっぱり知ってたか」
エヴァは良く本とか読んでるから知ってるとは思ったけど案の定だった。
けどやっぱり普通驚くよな……、伝記とかの本に出てくる武具が使える、なんて言ったら。
「知ってるも何も……伝説の人物ではないか! お、お前はそんな人物の武具を使えると言うのか!?」
エヴァはカウンターに身を乗り上げて、やや興奮気味に迫ってくる。
やはりこちらの世界にはそういった魔法は存在していないのだろう。
そう考えればエヴァの驚きも無理は無い。
「うん、まあ……信じられないか?」
「い、いや……お前が信じられない訳ではないが……。しかしなるほど……それほどのモノだったら私の術を止められたのも納得がいく」
「――信じてくれるのか?」
「信じる他あるまい。お前が嘘を言うようにも思えんしな……。それとも何か? 嘘なのか?」
「……いや、そうじゃないけど。こうもアッサリと信じてもらえるとは思わなかったから……」
「お前を疑ったりなどせんよ。それに、元々術形態が違うのだからそういう物だと納得するさ」
エヴァは呆れるように言う。
だけどエヴァの言うコトはもっともかもしれない。
基礎からして違うのだから、ソレは既に全く別の術だと思ったほうが先入観も無くて分かりやすいのかもしれない。
と、そんな時だった。
そこまで考えていたら備え付けのアンティーク調の電話が鳴った。
「――はいはい」
この時の俺はまだ知らなかった。
この電話の内容が新たな厄介ごとの元凶だと言うコトを――――。
◆◇――――◇◆
朝も早いと言うのに、ザワザワという喧騒が聞こえる。
正に人波と呼ぶのが相応しい程の人の数の中に俺は身を置いていた。
「――さて、なんで俺はこんな所にいるんだったか……」
俺の今いる場所は大宮駅。
人の流れの邪魔にならない端っこに寄って、むむむと考えてみる。
切欠は一本の電話。
何の気なしに受話器を取って聞こえてきたのは、学園長の声だった。
話の内容は、何でも今度行くネギ君たちが行く、修学旅行の目的地には関西呪術協会と呼ばれる組織があるらしく、そこと学園長が理事を務める関東魔法協会は折り合いが昔から悪いらしい。それで、今回の修学旅行では、魔法使いであるネギ君が同行すると聞いて、自分達のテリトリーに入ることに難色を示していると言う。
だが、学園長はいつまでもそんなギスギスした関係は望まず、今回、ネギ君に特使としての役割を任せた。
特使と言っても複雑な折衝交渉をする訳ではなく、親書を相手方のトップに届けるといった単純なモノらしい。
だが、そうなるとそれを快く思わない輩が出てくるのは当然で、何かしらの妨害があるかもしれないとの事だ。
そこで、ネギ君だけでは対処しきれないくらい大きなことになった時の為に、他にも秘密裏に生徒を護衛する役割として、俺に白羽の矢がたったらしい。
と、まあ……ここまでの話を聞いた時点でエヴァが「あんのくそジジィがぁぁぁぁー!」とか言ってコミカルにかっ飛んでいったのが印象的だった。
何故エヴァが怒ったのかは分からなかったが、あの剣幕で走り去ったエヴァの状況から想像するだけで、学園長には心から冥福を祈りたい。南無……。
「それにしても……幾ら秘密裏だからってこの格好はどうなんだろう……」
自分の姿をガラスに映して眺めてみる。
格好自体は至って普通だ。
普段着のロングTシャツにジーンズ、スニーカー。手には旅行カバン。
実に有り触れた格好で、別段目立つ部分などありはしない。
問題は顔に乗っかっている異物。
「……俺、眼鏡に良い思い出ないんだけどな……」
そう、眼鏡である。
無論、度の入っていない伊達ではあるが、それだけでも十二分に違和感がある。
どうも俺は眼鏡をかけると幼く見えてしまうらしい。
只でさえ背が低いので幼く見えやすいのに、これではそれに輪をかけて幼く見えてしまうではないかっ。
これを提案したのは、手を紅く染めて学園長の所から帰って来たエヴァだった。
……その紅い手が何なのかはあえて聞かないことにした。……怖かったし。
で、エヴァが言うには、
「変装といったら眼鏡だろう」
らしい。
すると、何処からとも無く取り出した眼鏡を俺にかけると、一瞬それを見て固まり、次の瞬間には爆笑しやがったのだ。
遠坂にもそうやって笑われた事があるので分かっちゃいたが流石に腹が立った。
ので、お返しにエヴァにもかけてやった。
…………普通に似合っていたのが悔しかった。
チクショウ、お土産に木刀とか良く分からないペナントでも買って来てやるから楽しみに待っていやがれ!
「――っと」
そんな感じで俺が方向性を間違えた、変な復讐に燃えていると、見知った顔が近づいていたので慌てて隠れる。
「――おはようございまーす! わ~、みんな早ーいっ」
それは見るからにはしゃいでいるネギ君だった。
ネギ君は大きく手を振りながら自分の生徒達の元に走り寄っていく。
なるほど、そこには俺も見知った顔や話したことは無いが顔は覚えている子が多くいた。
「……でも参ったな……まさかここまで顔見知りが多いとは。こうなると秘密裏って言うのも思ったより難しいかもな……」
物陰に隠れながら一人呟く。
学園長の希望としてはあくまでもネギ君主体で問題を解決して貰いたいとのことだった。
事態が大きくなればその限りではないが、些細な事なら手出しはしないで見守って欲しいらしい。
それはネギ君の成長を思っての事なのだろうから異存はないが、影からその手助けをすると言うのは思ったより難しい。
こうも知り合いが多いと迂闊に身動きが取れないのだ。
こうなると何も無い事を願うしかないが……さて、どうなる事やら――。
『JR新幹線、あさま506号――まもなく発車致します』
出発を知らせるアナウンスが聞こえる。
いい加減俺も移動したほうがいいだろう。
「と、俺も乗らないとな」
近くにあった扉から、コソコソと人影に隠れるようにして新幹線に乗り込む。
「えっと……俺の席はー……っと――」
乗車券と睨めっこしながら自分の座席を目指す。
この券は学園長が手配してくれた物である。今回の事はかなり急遽決まったので助かった。
座席を目指してキョロキョロしながら歩く。
……ふむ、どうやらこの隣の車両らしい。
座席の表示を見ると一番後ろの席の窓際らしい。
学園長もなかなか良い席を提供してくれたもんだ。これなら仕事といっても楽しい風景が期待できるかもしれない。
思わぬ高待遇に心弾ませながら、自動ドアの前に立つとアラームが鳴った後にドアがプシュー、と開く。
瞬間。
「――――なっ」
声を失い、我が目を疑った。
……これは何の冗談だ、目の前の状況が信じられない。
あり得ない、あり得ない、アリエナイ――!
こんな現実、あってたまるか――!
「――この4泊5日の旅行で楽しい思い出を一杯作ってくださいね」
『はーーーーい♪』
響き渡る歓声。
……つーか、3—Aだった。
「…………」
―――――――――――――――――――――――ばっ……。
馬鹿かあの人ーーーーーーーーーっっ!!?
何を考えていやがりますか!?
秘密裏とか言って置きながら思いっきり中心に置くんじゃねーっ!!
只でさえ3—Aには知り合いが多いって言うのにどうしろとっ!?
もう嫌だ! まだ何もしてないけどもーー嫌だ!!
チクショウ! こんな事ならエヴァと一緒に残ってれば良かった!!
「…………ん?」
「――っ」
急にこちらを振り返った視線から避けるように椅子へと座る。
……はい、もう身動き取れません。
しかも今こっち見たのって刹那だし。
あの特徴的な髪型は見間違いようもない。
「――気のせいか」
そんな声が聞こえたような気がする。
とりあえずバレなかったっようだ。
……勘弁してくれー、このクラスって何かやたらと『出来る』雰囲気を持つ子が多いし。
俺、苛められてるんだろうか?
「うう……、これで見つからなかったら、俺、スニーキングミッションとかも出来るんじゃなかろうか」
なんて変な事を言いながらバックを漁る。
流石に眼鏡だけでは不安だったので、ここに来る途中に適当に帽子を買ってきたのだ。
状況は最悪だが、こんなモノでも無いよりはマシだろう。
目的の物を引っ張り出す。
極普通の白と黒のベースボールキャップタイプの帽子。
ただそこに書かれていたロゴはあんまり普通じゃなかった。
そこにはこう書かれていた。
――嗚呼、無常。
「――――」
……意味も無く泣きたくなった。
今の俺の心情にハマリ過ぎている。
つーか、こんなデザイン誰が考えたんだ? 異様に達筆な筆遣いで書かれてるし。
こんなんじゃ誰も買わないだろうに……って、俺は買ったのか。
……激しく鬱。
……………い、いいさ! こんなもんでも目深に被って寝た振りでもしてればバレないかもしれない!
「――って言うコトで俺は寝る」
人はそれを不貞寝と言う。
前途多難どころか踏み出した一歩目から地雷原みたいな絶望感に打ちひしがれながら、余りにもあんまりな旅を憂う俺だったりした……。
「…………」
ワイワイ、キャッキャ、と言う修学旅行独特の開放感に浮かれる3—Aの女の子達。
ガタゴトとかすかな振動を伝えて走る新幹線の中で非常に楽しそうである。
……何で未だにバレないでいられるんだろうか、俺は。
さっきから俺の横を誰かが通るたびに気が気じゃないと言うのに、これではある意味拍子抜けだ。
や、バレないんならそれはそれで全然良いんだけどさ?
「――きゃ、きゃーーー!?」
悲鳴!
緩んでいた思考が一気に引き絞られる。
まさかこんなに一般人の目が着く場所で襲撃をかけてきたと言うのか!?
俺は慌てて立ち上がり、被っていた帽子を脱ぎ去り状況を確認して、
「カ、カエル~~~!?」
「……………………………」
もう一度座り直した。
目にした物は、あたり一面カエルだらけと言うある意味地獄絵図。
だけどまあ……うん、ありゃ無害だ。
多少の魔力を感じたから使い魔か式神の類いだろうだとは思うけど、数が多いだけで欠片も脅威は無い。
ネギ君、任せた……俺は疲れました、色々と。
つーか、何なんだ?
関西呪術協会とやらは、こんな悪戯程度の事を繰り返したりするのが妨害なのだろうか?
だとしたら何とも可愛らしい物である。
と、視界の端で刹那が動いたのが見えた。
――ああ、なるほど。一応保険をかけておくのか。
まあ、刹那が動いたのならこの程度の事件はすぐにケリがつくだろう。
俺はもう一度帽子を目深に被って目を閉じる。
さてさて、程度の差はあれど実際妨害行為は出てきた。
そうなるとこれからその妨害がエスカレートする可能性が高いが……願わくば、この子達には楽しい修学旅行になる事を望むだけか……。