目の前の光景に最早ついていけない沙耶は、普段と違う朝にざわめくクラスメート達をよそに、ぐったりと机につっぷしていた。
転入生とか、正直色々とありえないだろう。
まず時期が変だ。始業式が終わってしばらくしたこの時期に、こんな田舎の高校に転入してくるなど明らかにおかしい。
次に人数。別に一学年一クラスしかないわけでもないのに、同じ学年の同じクラスだけに同時に4人も転校生が編入するなど、言うまでもなく異常だ。学校側の正気を疑うレベルである。
そして極めつけはその面子、巨乳とヘタレ臭と貧乳と、そして髭。百歩譲って前の三人は良しとしよう。だが髭面を転入生と言うのは確実に無理がある。なにせ見た目は四十路のおっさん、老け顔とか言うレベルではない。明白な年齢詐称だ。一体どうやって学校に潜り込んだのか、沙耶には不思議でならない。
だがクラスメートはそこに疑問を抱く様子はないようだった。拳剛や『尻派』番町を筆頭に、奇人変人の多い八雲第一高校の生徒達にとっては、その程度のことは気にするまでもないということらしい。沙耶は思わず頭を抱えた。
「じゃ、端から自己紹介していってくれ!」
苦悩する沙耶と沸き立つクラスメート達をよそに、爽やかイケメンだが空気を読まないことに定評のある担任は、早速4人の転校生に自己紹介をさせていた。
「太刀川 怜です。」
シンプルな自己紹介の後、竹刀袋を肩にかけた受身マスターがぺこりとお辞儀をする。たわわに実った二つの膨らみがたゆんと揺れると、教室の半分がざわめいた。
いつの間にか目を覚ましていた拳剛も、鋭い目で太刀川を見つめている。
しばらく凝視していたあと、拳剛はカッと目を見開いた。「―――――F、だと!?」
お前は一体何を見ている。
「薄井 エイジだ、よろしく。」
噛ませ臭と言うかヘタレ臭というか。イケメンではあるが、どこか小物臭い雰囲気を纏った金髪の少年が、続いて軽く頭を下げる。今度は女子が騒ぐ番だった。近くの友人と共に、この辺りでは見ない垢抜けた感じの転入生を、思い思いに批評する。
もっとも、沙耶としては常識人であればどうでもよかったが。
「風見 クレアといいます。仲良くしてくださいね」
次に控えめな胸の牛乳姉さんがあいさつする。金髪に白い肌、そして青い目と、こちらもこのあたりではあまり見ない容姿である。名前から推測するに、おそらく白人とのハーフらしい。
男子が再び沸き立つ。拳剛は腕を組んでクレアをじっと見つめている。しばしの観察のあと、拳剛はうむむと唸った。「ふむ、小ぶりだが見事な型だ」
だからお前は何を見ている。
「私の名は黒瀧 黒典だ。よろしく頼む」
最後に髭面が自己紹介する。痩身長躯、日本人でありながら西洋人のように顔の彫りは深い。あごひげの素敵な、オトナの雰囲気漂うナイスミドル。
学ランを着ていて台無しだが。
沙耶は再び頭を抱えた。
「うぅー、もうやだ」
「あれ、テンション低いね沙耶」
沙耶の前の席に座る女生徒が、唸る沙耶の顔を心配そうに覗き込む。
だが沙耶がそうなるのも無理は無かった。なにせ頭痛の種が3つまとめて現れたのだから。
沙耶の変人キャパシティは拳剛一人でもう満杯である。
「さて、自己紹介は終わったな。皆仲良くしろよ!じゃあお前達の席はっと……」
担任が出席簿に張られた座席表を確認する。
「鈴木と田中の両隣が空いてるんだったな、じゃあそこに、」
「あの、すいません先生」
担任が四人に席を指示するのをさえぎって、クレアが手を上げた。
「うん?どうした風見」
「私はあの人の隣が良いのですけど」
そう言ってクレアは指を差す。差されているのが自分であると気づくのに、沙耶は少しばかり時間がかかった。
「東城か、知り合い?」
「ええ、迷ってるところを助けていただきました」
「お、そうか。じゃお前は東城の横な」
「え!?いやちょっ、先生!?」
さらっと決める担任を、沙耶は咄嗟に制止する。
クレアは悪い人ではなさそうだが、どこからともなくキンキンに冷えた牛乳を取り出す女性とは、正直沙耶としてはあんまり関わりたくない。
「っていうか!わ、私の隣は空いてないですよ!」
それは咄嗟に口から出た言葉だったが、確かにその通りだった。沙耶の席は教室のど真ん中で、周りは人で埋まっている。
隣どころか前後左右全てに、これ以上は入りようがない。
「むー、それもそうだな」
考え込む担任を見て、沙耶は小さくガッツポーズをする。
空気を読まないことに定評のあるこの若手教師であっても、さすがにこの状況を覆せはしないだろう。
しばらく考え込んだ後、担任はぽんと手を打った。
「じゃあ東城の隣の奴に移動してもらおう。遠藤、お前後ろの席行ってくれ」
「うーす」
担任固有スキル・空気読まないが発動!
爽やかスマイルで沙耶の横に貧乳を強制召喚、毎ターン沙耶の精神に100のダメージ!
「よろしくね、東城さん。あ、これお近づきの印に」
沙耶の隣人だった遠藤君は教室の後方へ飛ばされ、その代わりに隣の席に着いたクレアは、再び沙耶に牛乳を差し出した。やっぱり冷えている。
どこまでも不思議ちゃんである。
「よ、よろしく」
冷や汗を垂らしつつ沙耶は牛乳受け取る。
担任のせいで思わぬ展開になったが、だが考えようによっては良かったかもしれなかった。無理やり隣に一人入れたのだから、これ以上転校生が沙耶の周囲に来ることはないはずだからだ。巨乳ちゃんやイケメン君はともかく、髭男のように濃いのが隣に来るのは、絶対に避けたかった。
まぁとはいえ、残りの三人がそろって沙耶の隣に来たがるなど、そもそもありえないことだろうが
「……ならば私も同様に」
「じゃあ俺は彼女の前がいいね」
「ならば私は後ろを希望しよう」
巨乳と、イケメンと、そして髭が。口をそろえて言った。
「はっはっは、東城モテモテだな。ちゃんと面倒見てやれよ。」
――――――期待とは往々にして裏切られるものである。
瞬く間に築かれた転校生包囲網を見て、沙耶はそんなことを考えていた。
「よろしくお願いします」
「東城っていうの?よろしくね」
「よろしくたのむよ」
髭と巨乳追加召喚で、沙耶に更に毎ターン200のダメージ!イケメンはどうでもいい!転校生包囲網が完成!
いちげきひっさつ!さや は めのまえが まっくらになった!!
「り、リセット、リセットボタン……!」
無論、そんなものは無い。