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No.32444の一覧
[0] 乳列伝 【完結】[abtya](2015/11/22 19:20)
[1] 0[abtya](2012/04/02 17:21)
[2] 1[abtya](2012/04/21 10:01)
[3] [abtya](2012/04/28 10:05)
[4] [abtya](2012/04/04 17:31)
[5] [abtya](2012/04/28 08:42)
[6] [abtya](2012/04/20 23:26)
[7] [abtya](2012/04/12 17:03)
[8] 7[abtya](2012/04/21 09:59)
[9] [abtya](2012/04/27 08:43)
[10] [abtya](2012/05/01 23:39)
[11] 10[abtya](2012/06/03 21:29)
[12] 11 + なかがき[abtya](2012/07/07 01:46)
[13] 12[abtya](2013/01/10 01:12)
[14] 13 乳列伝[abtya](2013/01/12 01:21)
[15] 14[abtya](2013/03/17 00:25)
[16] 15[abtya](2013/05/19 16:18)
[17] 16[abtya](2013/06/06 01:22)
[18] 17[abtya](2013/06/23 23:40)
[19] 18[abtya](2013/07/14 00:39)
[20] 19[abtya](2013/07/21 12:50)
[21] 20[abtya](2013/09/29 12:05)
[22] 21[abtya](2015/11/08 22:29)
[23] 22(完)+あとがき[abtya](2015/11/22 19:19)
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[32444] 22(完)+あとがき
Name: abtya◆0e058c75 ID:548583c5 前を表示する
Date: 2015/11/22 19:19
時はゴールデンウィーク。
一面に田植えが終わったばかりの水田が広がる。その若い緑の中をを縫って一台のバスが走っていた。
田んぼに挟まれた小道にぽつんと佇む停留所で、バスが停車する。ドアが開き、降車してきたのは一組の男女だった。高校生くらいのショートカットの少女と、筋骨隆々の見上げるような巨漢。異色の取り合わせの二人はバスの運転手に小さく一礼すると、あぜ道をのんびりと進んでゆく。

「それじゃあ結局、太刀川さん達は帰ったんだ」

少女、東城沙耶が口を開く。

「ああ。エイジや風見、黒典たち含めて、衛士も隠衆も巨乳党も今はこの町から引き上げている」

沙耶のその言葉に、隣にいた巨漢、等々力拳剛が頷いた。

龍脈の穢れとの戦いから既に一カ月近くが過ぎていた。
既に拳剛は、沙耶に今回の一連の事件について説明をしていた。もはや言い訳の効かぬくらい巻き込んでいるし、何より龍脈の鍵は未だ沙耶の胸の中にある。沙耶はそれと、それが引き起こす事件に向かい合って生きていかねばならない。いつまでも事情を隠しているわけにも行かなかった。

拳剛が説明を続ける。

「彼らもこの町でやるべき事後処理がいろいろあったようだが、それももう片付いたからな」

事後処理というのは主に、龍脈関連で破壊したもろもろへの処理や、各勢力間での和解などである。

前者に関しては、今回の一連の騒動による被害がほとんど物的被害のみで人的被害はほぼなかったため、割とあっさりと事が済んだ。が、厄介だったのが後者の各勢力間での交渉である。
特に龍脈を私的利用しようとした巨乳党に関しては、護国衛士と憂国隠衆の総本山の方で相当強い糾弾があったらしい。それこそ党員のこらず一切征伐せよ、などという意見があがるくらいにである。
が、結局衛士も隠衆も巨乳党に対して無罪放免を言い渡すことになった。龍脈の私的利用が未遂で済んだことと、龍脈の穢れ討伐への尽力が表向きの理由だが、実際のところは巨乳党の規模がでかすぎで、隠衆・衛士の総本山が組んでも迂闊に喧嘩を売れないから、というのがエイジの言である。とりあえず穏健路線に移行したようだし、いたずらに刺激して厄介なことにするよりは、静観して現状維持に努めることにしたらしい。
本人いわく隠衆の中でも中間管理職的な立場にあるエイジは、勢力間の調停役として抜擢されていたとのことだ。しかしながらこの穏便な落としどころへと各勢力の意見を調整するには相当苦労したらしく、この前拳剛と会った時の彼はいっそ哀れなくらいにやつれていた。どこの世界にも苦労人というものはいるものである。

なお、龍脈の鍵を東城源五郎が孫娘に移植していた件についても不問とされた。結果的にとはいえ、ほとんど被害なしに穢れを祓うことができたこと、そしてそれが源五郎の弟子である拳剛によってなされたことが大きい。そして何より罰されるべき張本人たる東城源五郎が既にこの世にはいない。故に、三勢力それぞれが東城流に貸し一というところで東城源五郎に関することは決着を見た。

「というわけで、衛士と隠衆の連中は総本山へ事後報告に行ってる。風見も今後の方針を話し合うとかで党員達と元々の拠点に戻るそうだ。黒典も一緒らしい」
「そっか、騒がしい人たちだったけど、いなくなると何だか寂しいなぁ」

沙耶は複雑そうな表情を浮かべる。
正面衝突したり牛乳貰ったり攫われたり攫われたりと色々あったが、振り返ってみるとそう悪い思い出ばかりでもない。彼らの変人ぶりにも慣れてきたこともあり、安心半分寂しさ半分といったところだろうか。
そんなことを考えていると、ふと、横から自分を見つめる拳剛の視線に気づく。

「どしたの拳剛」
「ああ、いや何。体の方はもう大丈夫そうだな、と」
「うん、もう問題ないよ。元々ちょっとだるいぐらいだったからね。」
「そうか、よかった」

ぐっとガッツポーズをして見せる沙耶に、拳剛は安堵の笑みを浮かべる。
あの戦いの後、沙耶数日寝込んでしまった。単なる疲労以外にも、穢れに憑かれたことも原因があるようだった。だがきっちり穢れを落とし切れたのが良かったのか、幸い後遺症もなく、現在は全快している。

「個人的にはそっちより、胸が光って止まらなくなったことの方が修羅場だったけどね。私は特撮ヒーローか何かかと」

冷や汗を額に浮かべながら、沙耶は自分の胸を撫でる。沙耶の言っているのは、彼女の胸に埋め込まれた龍脈の鍵のことだ。心臓と一体化している龍脈の鍵は超高密度の気の塊である。あまりにも高密度すぎるため、物理的に発光するという問題があったのだ。
以前までは隠蔽用の結界が張ってあったので問題なかったが、残念ながらそれは黒典によって完璧に破壊されていた。仕方なしに、今は隠衆が心臓付近に結界を張ってその存在を秘匿している。

そうこうしている内に二人は目的の場所へと到着する。

「やっと着いたな。何カ月ぶりだ?」
「最後に来たの春休みだし、そんな経ってないよ。精々1カ月ちょいってとこじゃない?」
「確かにそうだな。もう一年以上は前のことに思える。」
「まぁ濃い一カ月だったからねぇ」

拳剛と沙耶が来たのは、東城源五郎の墓だった。一連の騒動が決着を見たので、こうして二人で師の、祖父の墓前に報告に来たのだった。
そそくさと、かばんの中から雑誌の束を取り出し墓前に供える拳剛。花束を花瓶にさす沙耶は呆れ顔をする

「お供え物に水着グラビアはどうなのよ」
「流石にヌードはちょっとなぁ」
「違うっての。乳関連の物を止めろってことだよ。また次来るまでずっと残ってるんだぞ、そのグラビアが」
「いやいや、前にも同じような物をこっそり供えたが、次来た時には無くなってたぞ」
「再利用されてんのかい」

水をかけながら下らない雑談をする二人。
簡単な掃除を済ませ、墓前で手を合わせる

「何を伝えたの?」
「全部終わりました、と。そういう沙耶は?」
「……お礼と文句」

沙耶はぶっきらぼうに答える。拳剛はその返答に首をかしげた。

「礼はわかるが、文句は何故だ?」
「私には内緒で、拳剛にぜーんぶ押し付けて逝っちゃったから。鍵のこととか私自身のこととか。その挙句、私を助けるために拳剛は死にかけたんだから」

腕を組み、静かに憤る沙耶。拳剛が頭を掻く。
自分の祖父が師という立場を利用してその弟子を無理矢理に戦わせたことを、沙耶は怒っているのだろう。が、実際は拳剛は拳剛の意志でやったことなのだ。無論第三者から見ればそうは見えないことは拳剛とて重々承知ではあったが。
しかしそれ故に、沙耶の言葉になんと答えればよいのかが、当の拳剛にも難しいところである。
少しばかり考えてから、拳剛は口を開いた。

「先生の名誉のために言っておくが、あの人は一言だって、お前を助けろとは言っていないぞ。全部俺が勝手にやったことだ」
「その『拳剛の勝手』は、結局お爺ちゃんの思惑通りだったんでしょ。なら尚更タチが悪いよ。私は、口に出さないで想いだけ託すのは、卑怯だと思う」

そこまで言って、沙耶は表情を暗くする。

「…ごめん。助けてもらっておいてこんな事言うなんて」

沙耶が本気で源五郎を糾弾しているのでないことは拳剛にも分かっていた。
沙耶にとって祖父・東城源五郎はたった一人の肉親だった。だから沙耶は、その祖父が自分に何も言わずに逝ってしまったことがどうしようもなく悲しいのだ。そしてそれが他でもない自分のためだったからこそ、その悲しみをどうしていいかわからずに持て余している。
自分も似たような想いを抱いていたがゆえに拳剛にも沙耶のその気持ちはよくわかった。沙耶の肩にポンと手を置いて、小さく首を振る。

「いや、気にすることはない。実際俺も、先生が何も言わなかった事に思う所がないわけではないからな」

だけどな沙耶、と拳剛は続ける。

「それは先生なりの優しさだったのだと、俺は思うよ。」
「伝えないのが優しさって、どういう事さ」

発言の意図が読み取れなかった沙耶は、むっとした表情で拳剛をにらみつける。適当な言葉でけむに巻くのはNG、という沙耶なりの意思表示だ。
本人としては精一杯の怖い顔なのだろうが、いかんせん二人の間には身長差がありすぎる。そのためどうしても上目遣いで睨まざるをえないため、拳剛から見るとその表情は怖いというよりはむしろ可愛らしいという感じだった。
ほころびそうになる口元を抑えて、拳剛は目の前の少女に誠実に応えるべく、言葉を選びながら口を開く。

「選択する権利を俺にくれたのだと思う。沙耶を守るのか、自分を守るのか、その選択権を。
先生に沙耶を守れと言われたならば、俺は必ずそうしただろう。だが言われなければ、想いを言葉にされていなければ、逃げることもできる。考えすぎだと一笑にふして、気付かないふりも出来たのだ」
「気付かないふりなんて、馬鹿真面目で頭のかたい拳剛に出来るはずないじゃん!選択する権利なんて言うけど、お爺ちゃんの遺志に気付けば拳剛がそれを無視できないのは、当のお爺ちゃんもわかってたはずだよ
だったらそれは選んだんじゃない、お爺ちゃんに選ばされたってことじゃないの?義務感とか責任感、そういうので戦わされたんじゃないの?」

責めるように言う沙耶に、拳剛は小さく首を振る。

「いや、最初がそうだったという事は否定はしないがな、最後はやっぱり自分の意志だったよ。今沙耶がこうして無事にここにいる事、それ自体がその証拠だ。
東城流の強さは想いの強さ。いくら先生を慕っていたとはいえ、義務感で戦っては勝てるはずもないからな」

沙耶を助けたいと心から願う事が、 それを成す唯一の道だった。
もし最初から源五郎に全てを聞かされていれば、その責務の重圧に押しつぶされ、役目を果たす事しか考えられなくなり、拳剛は己が心のままに拳を振るう事はかなわなかっただろう。そうなれば龍脈の穢れどころか、太刀川やエイジ、クレア、黒典との戦いで既に拳剛は敗北を喫していたのは間違いない。彼らのようなまごう事なき強敵と対等以上に戦う事が出来たのは、あくまで乳への愛あっての事なのだ。
そういう意味では、源五郎は拳剛に何も伝えるわけにはいかなかった、とも言えるのかもしれない。

「先生が何も言わなかったのはだからきっと、そういう事なんだと思う。」

沙耶は拳剛の言に多少は理解を示しつつも、やはりまだ完全に納得はいかないようだった。口を尖らせる。

「言いたいことはわかるし、話の筋も通ってるさ。でも、それはあくまで拳剛の予想でしょう。あんまりにも希望的観測が含まれすぎてるよ」
「否定はしない」

沙耶の言葉を拳剛は首肯する。
拳剛自身も、それがあまりに都合の良い解釈だというのは重々承知であった。状況だけ見れば、拳剛は源五郎に騙されて無関係な戦いに巻き込まれ、ついには命を落としかけたのには違いないのだから。
それでも。「だが」と拳剛は首を振る。

「だが少なくとも俺たちの知る先生は、自分の弟子や孫娘が傷ついて喜べるような人ではなかった。同様に、二人を天秤にかけてどちらかを選べるような人でもなかった。そうだろう?」
「……うん」

複雑そうな表情で沙耶は俯く。拳剛の言う通り、源五郎は単なる弟子とは思えぬ程に拳剛を可愛がっていた。男同士でしかできないような話をしている時には、それこそ実の孫である沙耶が嫉妬するくらいであった。
あのとき源五郎が拳剛に見せていた笑顔が嘘だとは沙耶には思えない。
うつむく沙耶を横目で一瞥すると、拳剛は天を仰いだ。

「沙耶。本当のところがどうだったのかは、今はもうなにも分からん。今まで話したのだって全部憶測に過ぎんのだ。
だからお前の言う通り、実は先生は俺を都合よく利用し、嬉々として死地に追いやっていたことも十分ありうる。だが同時に、苦渋の決断の末に断腸の思いで願いを託したということも、決してありえないことではないだろうよ。
ただ一つ確かなことは、先生の真意を知ることはもはやかなわないということだ。ならば俺は、俺が信じた先生を信じたいんだ」

拳剛のその言葉は、拳剛自身すらもそれが正解かわからない、未だに迷いを含むものだった。だがだからこそ、その言葉は沙耶の胸にすとんと収まった。

「そっ……か。確かにそうかもしれない」

沙耶は静かに瞳を閉じる。
少なくとも、二人の知る源五郎は、彼らにとって良き師、良き祖父であった。素行にやや難ありだったとしても、だ。だが東城源五郎はもういない。
ならば、もはや真実は沙耶自身の、拳剛自身の胸の内にしかない。ならば、在りし日の祖父を、師を。信じることは、きっと間違ってはいないはずだ。

沙耶は空を見上げる。晴れやかに澄み渡る青空はもう赤く染まり始め、黄昏の訪れを告げていた。冷たい空気が頬を撫でる。

「もう日も暮れる、そろそろ帰ろうか」
「……うん」

二人は源五郎の墓前を後にし、バス停へと歩き出す。並んで歩く拳剛と沙耶。だんだんと朱色にかわりはじめた夕焼けが二人を照らす。
そして不意に、沙耶が立ち止まった。拳剛もそれに気づいて歩みを止める。振り返った拳剛の目に映ったのは、何かを決意したかのような表情で自分を見つめる、小さな幼馴染の姿だった。

「ねぇ、拳剛」
「どうした沙耶」

大きく息を吸い込んでから、沙耶は言葉を紡ぐ。

「ありがとう。何度も、何度も何度も、私なんかのために戦ってくれて。
きっと一杯痛かったのに。すごく苦しかったはずなのに。それでも拳剛は諦めないでくれた。
どれだけ言い尽くしても、ごめんなさいも、ありがとうも、全然足りないや」
「詫びも礼も不要だ。言ったろう、俺が好きでやったことだと。これと決めたことに命を懸けられるならば、男の子には本望というものだ」

ニヤリと笑う拳剛に、沙耶もまたほほえみを返す。

「本望、か。拳剛、なんで……」

そして一瞬、躊躇うように口をつぐむ。わずかな逡巡の後、覚悟を決めた表情で顔を上げて、沙耶は再び口を開いた。

「なんでそこまで……命を懸けてまで、私を守ってくれたの?幼馴染みだから?それとも……」

そこまで言って沙耶は首を振る。

「ううん、こう言う言い方は卑怯だね。私から言わなきゃズルだ」

大きく深呼吸してから、自分を見つめる拳剛の瞳をまっすぐに見据えて、沙耶は言葉を吐き出した。

「あのね拳剛。私はね、貴方の事が―――」



「沙耶の乳が見たかったからだ」



時間が止まった。沙耶の額を冷や汗が伝う。
前後の会話の流れを完膚なきまでにぶった切るような言葉が聞こえたが、これは聞き間違えか、あるいは幻聴だろうか。幻聴だろう。そうに違いない。いやそうであってくれ。
一瞬の逡巡ののち、沙耶は何も聞かなかったことにすることにした。
再度深呼吸をして気を取り直し、己が想いを伝えるべくもう一度口を開く。

「わ、私は拳剛の事が」
「俺が戦ったのは、沙耶の乳が見たかったからだ」

気のせいではない。しかもこいつは気付いた上で潰しにきてやがる。沙耶は確信する。
タメるのはダメだ。最速のワードで、最強のインパクトを以って、一気に畳み掛けなければ勝機はない。
にらみ合う両者。勝負は一瞬で決まる。拳剛が息を吐いたその瞬間を見逃さず、沙耶は一気に畳み掛けるーーー!!

「アイラブy……」
「おっぱいとかァ!見たかったからァ!!」

完敗。完膚なきまでの敗北。全身から力が抜けるのを感じ、沙耶はがくりと膝をついた。
もはや主導権は沙耶の手の内にはない。あってももうこの空気はどうにもならない。沙耶にできるのはこの理不尽に対する行き場のない怒りを、元凶たる拳剛へと叩きつけることぐらいである。

「流したのに言い直さないでよっ!?」
「流されたから言い直したのだ!!」
「私今すごい大切な事言おうとしてたじゃん!」
「俺のだって大切だ!」
「どこがだよ!」
「全部だ!いいか沙耶、何度でも言うぞ!」

腕を掴み、腰に手を回して、拳剛は沙耶をぐっと抱き寄せる。交差する視線。相手の心音すら聞こえてきそうな距離で向かい合う二人の、その瞳の中には、己をまっすぐに見つめる互いの姿が映っていた。

「我が全てを賭してでも、お前の乳が見たかった――――俺は沙耶が大好きだからな!!」

呆気にとられたかのように、沙耶の瞳がまん丸に見開かれる。予期せぬ告白に一瞬その思考がフリーズする。
そして思考停止していた彼女の脳が拳剛の言葉の意味を理解すると同時に、その顔は温度計のようにしたから順に赤く染まってゆき、ついには夕焼けのように真っ赤になった。嬉しいような、困ったような、残念なような、それでもやっぱり嬉しそうな表情で、沙耶は叫んだ。

「リ、リ、リ……リアクションに困るわっ!」
「俺のことは嫌いか?」
「そんなわけないでしょ私もあなたが大好きです!……うわあぁぁ結局こうなるのか!畜生もうちょっとで普通に告白できたというのにっ!!」
「俺も男だからな。こういうのは自分から言いたかったのだ」
「そこにおっぱいのくだりは必要だった!?」
「最重要事項だ」
「乳狂いがっ!!」

一切ブレない幼なじみの答えに、しゃがみこんで頭を抱える沙耶。

「うぐぐぐぐ なんてこった選択を誤った 最初からストレートで告白すべきだった そもそも拳剛に会話の主導権を与えたのが間違いだった 斜め上を来るのは分かりきっていたのに いやしかしあの雰囲気が一瞬で覆ると予想できようかいや出来ないてぁあばばばばば…」

確実に乙女がしてはいけないであろう表情でブツブツと呟く。目が座っていた。
近年稀に見る発狂っぷりを見せる沙耶に、さしもの拳剛も思わず冷や汗をかく。

「あー、いや、その……なんか、すまん沙耶」
「悪いと思うなら記憶を失えっ!そしたらもう一回やり直すから!あるいは私にタイムリープさせるのでも可!」
「無茶言うな」
「出でよ龍脈 我が願い叶えたまえっ」
「呼ぶな呼ぶな」

天高く両手を掲げて叫ぶ沙耶を、どうどうと拳剛が落ち着かせる。鍵の存在を自覚している今の沙耶はガチで龍脈を呼べるのでシャレになってない。
なだめられる沙耶は、もうどうにもならないと理解しがっくりと膝をつく

「うううう……乙女の、一生に一度の、メモリアルイベントがぁ…」
「悪かった悪かった。ほら」

拳剛、手を差し出す。沙耶、一瞬呆気に取られるも直ぐに握り返す。
とても無骨で岩のようにゴツゴツしたその掌は、けれどとても暖かかった。
その手に引かれて、沙耶はゆっくりと立ち上がる。

「…ん」

一つになった影法師を背後に落として、夕焼けに向かって二人はゆっくりと家路を歩んでゆく。







*****************************************************************






それから二日後。
週が明けて、本日からまた学校が始まる。いつも通りに拳剛と二人で登校し教室に入った沙耶の目に飛び込んできたのは

「おはようございます、東城さん、等々力」
「よっす、お二人さん。いやぁ休み明けは学校来るのダルいねぇ」
「おはよう、沙耶さん、等々力君」
「御機嫌よう盟友よ。連休はゆっくりと過ごせたかね」

太刀川、エイジ、クレア、黒典。
自分の席を囲むように集結している、相変わらずの濃ゆいメンツであった。

「へっ?あれ、なんでっ!?」
「おうみんな、おはよう」

4人に対し特に驚くこともなく挨拶を返す拳剛に、沙耶は物言いたげな視線を向ける。

「……みんな帰ったって聞いたんだけど?」
「帰ったぞ?」
「そこに全員!一人も欠けずに!いらっしゃるんですけど!?」
「そりゃそうだ。ゴールデンウイーク利用して帰ってただけだしな。学校始まれば戻ってくるだろうよ。」
「あれ転校じゃなくて出張的な意味合いだったの!?」

動揺する沙耶。その横でエイジが頬杖を突きながらヘラヘラと笑う。

「まぁ仕事はともかく、俺たち一応学生だしね。そうポンポン転校してられないって。受験だって割とすぐよ?」
「 おぉう、そこら辺は妙に現実的なのね」

沙耶としては、「薄井君 定職持ちじゃん受験関係なくね?」と思わないでもない。
実際その感想は正しい。というのも、太刀川とエイジがここに居る理由については、衛士と隠衆には東城沙耶及び等々力拳剛の監視・護衛というのが本当のところであるからだ。龍脈の鍵が不逞の輩に奪われないようにするための処置であった。
なお、クレアと黒典の場合は単なる友情と興味である。

「あ、そういえば沙耶さん。等々力君と付き合い始めたんですって?おめでとう」
「な、何故それを……!」

思い出したかのように言うクレアの言葉に、沙耶はその顔を赤く染めると同時、苦笑いを浮かべる。
恥ずかしいから秘密にしておいたというのに、一体どこから情報が漏れたというのだろうか。
その疑問は、次の太刀川の言葉であっさりと氷解する。

「ここにいる四人には、等々力からメールが来ましたから」
「等々力拳剛にしては珍しくはしゃいだ文章だったね」
「あらあら」
「沙耶嬢と付き合えたことがそれだけ嬉しかったのだろうよ」

「……全員メル友かよっ!!!」

知り合ってからもう一か月ぐらいは経つのだから、連絡先の一つや二つ交換しているのはおかしくはない。龍脈のあれこれで色々相談していたのだからなおさらだ。
だがいつの間にそんなプライベートなことまで報告するような仲になっていたんだお前ら。
思わず突っ込みそうになるのを、しかし沙耶は堪えた。というのも、そんなことよりもはるかに深刻な事態が起きうる可能性が発生したからである。

(拳剛と付き合い始めたことがこの四人にバレているということは、つまり―――!)

つまり、この四人より付き合いの長いクラスの皆には、その事実が確実に知れ渡っているはずということだ。そうなれば弄り倒されることは不可避。沙耶の額に冷や汗が流れる。

(どこだ、いったいどこから来る……!?)

警戒心をあらわに沙耶はキョロキョロ辺りを見渡す。だが普段と変わったことはない。好奇の視線に晒されているとかそういうこともない。教室は、あまりにもいつも通りの教室である。
これはどういうことだろうかと沙耶が疑問に思ったその時、教室のドアをがらりと開けて、沙耶の友人である山岸友奈が現れた。

「おー、沙耶おはよう」
「お、おはよう」

何事もないかのように挨拶をして、友奈は普通に席に座る。なんのリアクションもないことに固まる沙耶。沙耶の態度が普段と違うことに友奈も気が付き、その姿を不思議そうに見つめる。

「どしたのよ沙耶」
「あ、いや、肩透かしを食らったというか。もっとこう、盛大に冷やかされるものかと。……もしかして何も聞いてない?」

漠然とした沙耶の質問に、友奈は一瞬何を言っているのかと怪訝な表情をしたが、すぐにその意図を理解してポンと手を叩いた。

「聞いてないって……あぁ、もしかして等々力と付き合い始めたってこと?知ってる知ってる。とはいえ、まぁ今更のことだしねぇ」
「えっ、なに今更って。イヤ弄られないのは嬉しいけども。私達付き合い始めたのつい数日前だよ?」

友奈の思わぬ返答に、沙耶は目を丸くする。

「アンタら二人は付き合っても特に変化ないのは分かりきってるしね」
「いやいやいや、単なる幼馴染と恋人じゃ色々違うでしょ?」

幼馴染は単に付き合いが古いだけの関係である。だが恋人はそうではない。場合によっては一緒に生活をしたりもするし、もしかすると、ひょっとして、生涯を共にしちゃうかもしれないような、そういう男女の深い、ふかーい関係なのだ。
とてもではないが同一視できるようなものではないだろうと、沙耶は詰め寄る。それを見て友奈はやれやれと肩をすくめた。

「色々ねぇ。じゃ聞くけど、付き合ってない頃の二人は休日何してた?」
「えーと、二人で炊事洗濯掃除買い出しする以外は……二人で居間でゴロゴロしてたり、拳剛が鍛錬してるのを私が横で眺めてたり、かな」

(なんで付き合ってない二人が家事を分担してるんだろう)
(夫婦かな?)

横で二人のやり取りを聞いていた太刀川とエイジの額に冷や汗がながれる。

「じゃあ付き合い始めてからの休日は?」
「二人で居間でゴロゴロしてたり、拳剛が鍛錬してるのを私が横で……あれ?」

続く友奈の問いに沙耶はよどみなく返答し、そして硬直した。その姿を見て友奈が突っ込みを入れる。

「ほら、付き合う前と変わってないじゃん」
「いや、えーっと……ほら!墓参りの帰りに手をつないで帰ったし!!」

(小学、生………?)
(極端なのねぇ)

太刀川たちと同様に横で話を聞いていた黒典は、顎に手を当てながら首を傾げる。一方クレアはほほえましそうにその光景を見守っている。
苦し紛れの反論を返した沙耶を、友奈は鼻で笑った。

「手繋いだら恋人だってなら、体育祭のフォークダンスは婚活パーチーかなんかなのかしらね?」
「うぐぐぐ」
「ということで、周りから見ると二人の関係は特に変わってないというわけです。おわかり?」
「な、なんてこったい」

友人によって完全無欠に論破された沙耶は、クラスメートの態度に納得すると同時に、非常に焦りを感じ始めた。これでは恋人同士になった意味がない、と。
あんなこっぱずかしい告白だったのだから、もっと恋人っぽいことしないと割りに合わない。
そこまで思い至った沙耶の次の行動は、まさしくド直球であった。

「拳剛デートだ!デートしよう!そうすれば多少は彼氏彼女っぽくなるに違いない!」
「おおう、肉食系だな沙耶」

いつもは突っ込み役に徹しているはずの恋人兼幼馴染の奇行に、珍しく拳剛がたじろいだ。困ったように頭をかく。

「とはいえ俺は逢引などしたことがないぞ、何をしたものかわからん。なあエイジ。お前はどう思う?」
「デートねぇ、ショッピングモールでウィンドウショッピングとかどうだい?」

とりあえず拳剛はこの場で一番、「そういったこと」に慣れていそうな男に救助を求めた。
突然話題を振られたエイジだったが、一瞬だけ考え込むとすぐに答えを返す。高校生のデートとしては模範解答に近いその回答は、さすが雰囲気リア充といったところか。
ただ一つ残念なことは、その提案が拳剛たちの地理的条件を考慮していない点である。

田舎に、ショッピングモールは、ない。

「つまり商店街をぶらついて、駄菓子片手に晩飯の材料を買い漁れと」
「それデート違う!いつもの下校風景!もっとこう男女交際っぽいのがいいの」
「まぁ晩飯の買い物じゃデートにはならないねぇ」

本当はそういう意図で言ったわけではないのだがと、エイジが乾いた笑いを浮かべた。
どうしようかと悩む沙耶と拳剛に、今度はクレアが提案する。

「図書館デートなんてどうかしら」
「良さそうだけど、拳剛が何分起きていられるか……」
「3分でケリがつく」
「たしかに、等々力君は活字弱そうだものねぇ」

困ったような表情をするクレアの横から、今度は黒典が助言する。

「プールか、あるいは海か川はどうかね拳剛?」
「プール…水着、おっぱい!? 流石だ黒典! 慧眼極まるな!」
「うーん、ここら辺はプールはないからなぁ。となると海か川だけど……まだ五月半ばだし」
「ふむ、確かに沙耶嬢の言う通り、まだ時期尚早か」
「ぐっ、この上ない案に思えたのだが……」
「乳から離れよう拳剛」

両の目を『乳』の字にしながら欲望をたぎらせる恋人を、沙耶が落ち着かせる。

「太刀川ァ!こうなればもはやお前だけが頼り!」
「よ、よりによって私に振るか。私も色恋沙汰には疎いからな、うーん」

最後の最後に話を振られた太刀川は、責任重大だと真面目に考え込む。もっとも彼女自身の言の通り、太刀川も男女交際の経験はない。しばらく考えた後、太刀川はゆっくりと口を開いた。

「……こ、公園で、手を繋いでのんびりする、とか」

本人も言ってて恥ずかしくなったらしく、最後はボソボソと蚊の鳴くような声だった。大正時代かと間違うようなセンスである。
が、沙耶だって似たような感性の持ち主であるのだ。

「……それだ!」

故に、太刀川のその提案を沙耶が諸手を上げて賛成するのは、当たり前と言えば当たり前であった。






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放課後。通学路から少し外れたところにある小さな公園で、沙耶と拳剛は手を繋いで、木陰にあるベンチで座っていた。特に何をするでもない、時々短く会話を交わしながら、ただ二人でボーっとしているだけである。
木々の合間から漏れる暖かな陽光に目を細め、沙耶が笑う。

「んー、いいねこういうの。時間がゆっくり過ぎるっていうかさ。」
「よかったのか?結局墓参りのときと大して変わらんぞ。手を繋いでるだけだしな」
「いいじゃんいいじゃん。よく考えたら、無理に普通の彼氏彼女っぽいこととする必要もないしね。
私たちらしいやり方で男女交際してけばいいんじゃない?」

もとより普通の恋人よりもずっと距離の近かった二人である。確かに、わざわざ『普通』に合わせる必要もないのかも知れなかった。
満足そうな笑みを浮かべる沙耶を見て、拳剛も安心したように微笑んだ。

「そうか。まぁお気に召したなら何よりだ。太刀川には後で何か礼をしないとな」
「他の3人にもね。私はそもそも命を救われてるし、お爺ちゃん関連の後始末とかも色々やってもらったんでしょ?足向けて眠れないよホント」
「ああ。返し切れない借りができてしまった」
「まぁ、あせらず地道に返していこうよ。どんな形でかは、まだわからないけどさ」
「だな」

もしかしたらいずれ拳剛の力が必要になることもあるかもしれない。その時は拳剛は協力を惜しむつもりはない。命を以て救われたのだ。ならば命を懸けて答えるのが筋だろう。
が、それはきっとまだ先のことだろう。拳剛は頭を切り替える。いつまで続くかはわからないが、それでもやっとつかんだ平穏だ。楽しまないのはあまりに勿体ない

そこで拳剛はふと思い出す。

「そういえば沙耶。以前お前はおっぱいを揉ませるなら『言うべきことを言ってから』と言っていたな」
「あ~、そんなことを言った気もするね」

沙耶の額に冷や汗が流れた。そういえば、具体的にはエイジにさらわれた少しあとくらいに、そんなことを言ったような記憶がある。
沙耶の肯定に拳剛の瞳が爛々と輝いた。

「今の俺はまさに、その『言うべきこと』を言った状態だと思うのだよ。だからおっぱい揉ませてください」
「え、エッチは駄目だからねっ!……まだ」
「馬鹿を言うな当たり前だ!子作りは結婚してから!」
「え、あ、いや、別に大学入ったくらいでもいいんだけども……というか、エッチ成分抜きにどうやって胸を揉ませろと」
「こう、気合で?」
「どんな無茶ぶりだよ」

とんでもない無茶苦茶を言う拳剛に沙耶の頬がひきつる。真面目なのか、エロなのか、あるいは真面目なくせにエロなのか。拳剛の乳への愛は、沙耶を以てしても未だに測りかねるところがあった。
沙耶は呆れたように、そしてあきらめたように、苦笑いをしながら溜息をつく。

「仕方ないなぁ。揉むのは無理だけど、ちょびーっと、薄布越しに見せるぐらいならいいよ。
ってわけで、7月くらいになったら川に行く?」
「水着かっ水着だなっ!谷間が見える奴を頼むっ!ビキニ推奨也!」
「私の胸に谷間はないんだよなぁ……って、なに言わせんの」

鼻息を荒くする拳剛に沙耶がデコピンする。弾かれた鼻を指でこすりながら拳剛がニッカリと笑う。

「いやぁ、楽しみだな。春夏秋冬、歳月を経て変わりゆく沙耶の乳をこの目で見届けられる。これほどの幸せが他にあろうか」
「アホ。恥ずかしいこと言わないの」

沙耶が繋いだ手をギュッと握りしめた。ごつごつとした掌からだんだんと温もりが広がっていく。

「好きだぞ、沙耶」
「ん。私もだよ。拳剛」

ゆっくりと互いに体重を預ける。五月の心地よい日差しが、二人を照らしていた。







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こうして二人の冒険は幕を閉じた。
だがそれが二人のお話の幕引きというわけではない。
等々力拳剛が東城沙耶の隣に在る限り。東城沙耶が等々力拳剛の隣に在る限り。
乳の物語はいつまでも続いていくのだから。

故に―――――――――乳列伝は、終わらない。











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あとがき

乳列伝をご覧になってくださいまして、まことにありがとうございます。
このお話をもって、この物語は完結となります。
ご意見ご感想をお待ちしております。

なお、完結に伴い、今までいただいていた感想に関して返信をさせていただきたいと思います。
感想を書いてくださった皆様につきましては、今まで返信をしなかったご無礼をお詫び申し上げます。


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