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No.32444の一覧
[0] 乳列伝 【完結】[abtya](2015/11/22 19:20)
[1] 0[abtya](2012/04/02 17:21)
[2] 1[abtya](2012/04/21 10:01)
[3] [abtya](2012/04/28 10:05)
[4] [abtya](2012/04/04 17:31)
[5] [abtya](2012/04/28 08:42)
[6] [abtya](2012/04/20 23:26)
[7] [abtya](2012/04/12 17:03)
[8] 7[abtya](2012/04/21 09:59)
[9] [abtya](2012/04/27 08:43)
[10] [abtya](2012/05/01 23:39)
[11] 10[abtya](2012/06/03 21:29)
[12] 11 + なかがき[abtya](2012/07/07 01:46)
[13] 12[abtya](2013/01/10 01:12)
[14] 13 乳列伝[abtya](2013/01/12 01:21)
[15] 14[abtya](2013/03/17 00:25)
[16] 15[abtya](2013/05/19 16:18)
[17] 16[abtya](2013/06/06 01:22)
[18] 17[abtya](2013/06/23 23:40)
[19] 18[abtya](2013/07/14 00:39)
[20] 19[abtya](2013/07/21 12:50)
[21] 20[abtya](2013/09/29 12:05)
[22] 21[abtya](2015/11/08 22:29)
[23] 22(完)+あとがき[abtya](2015/11/22 19:19)
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[32444] 21
Name: abtya◆0e058c75 ID:548583c5 前を表示する / 次を表示する
Date: 2015/11/08 22:29
「穢れの討伐」
「災厄の回避」
「東城沙耶の救出」
「等々力拳剛の理想を見届ける」

護国衛士、憂国隠衆、巨乳党、そして黒瀧黒典。
顔を合わせた4つの勢力の代表者たちは、簡潔に、各々の目的を確認し合う。
現在、龍脈の穢れは巨乳党が展開した結界に一時的に閉じ込められていた。おそらく一分程度しか持たないが、意思確認には十分な時間である。
協力か、敵対か。
僅かな沈黙の後、口を開いたのは薄井エイジであった。

「オーライ、一部よく分からないのも有るが…別段協力できないって程でもない。えり好みできる状況でもないしね。
いいだろう、共同戦線と行こうじゃないか」

その言葉に、全員が無言で頷く。
おのおの目的は違えど、目の前のバケモノが邪魔なのは満場一致。そしてその目的も、少なくとも相反するということはなさそうである。ならば協力のメリットはデメリットをはるかに上回る。手を組まない理由はない。

「アレを倒すとして、問題はそのやり方だな」

次に口を開いたのは生粋の戦闘屋である太刀川である。
共同戦線を張るとなれば、それに応じた作戦が必要となる。なにせ人数も戦闘スタイルも指揮系統も異なる者たちが同じ戦場で轡を並べるのである。
戦闘の大方針だけでも決めておく必要があった。

「当初の想定よりはるかに穢れが濃そうだ。あれを正面から削っていくのは得策ではないだろう
一番良いのは、沙耶さんから穢れを引き剥がすことだと思うが」
「ええ。龍脈の穢れは沙耶さんを核として顕現しています。ならば核である沙耶さんから切り離せば、穢れは実体を保てずに自壊するはず」

太刀川の提案に賛同するクレア。が、そこにエイジが待ったをかける。

「あのデカブツの一番上まで登って、そこにいる東城沙耶を助け出せって?それはちょっとばかり面倒だと思うんだけどねぇ。
東城沙耶が核だってんなら、それをぶっ殺すほうが早くない?助けるよりも殺すほうが取れる手段は多いし、楽だと思うんだけど?」
「二つの理由から、それは止めておいたほうがいい。」

忠告するのは黒瀧黒典である。

「まず一つ。東城沙耶を殺害した所で穢れを滅することはできん。重要なのはあくまで彼女の心臓部の龍脈の鍵だからな、彼女の生死自体は奴に影響しない。
むしろ東城沙耶が死ねば核となっている彼女の抵抗がなくなり、かえって力を増すだろう」
「なるほどそれは厄介。で、もう一つの理由ってのは?」

その瞬間、黒典の全身から黒の粒子が立ち上る。殺意こそ無いものの、その場の全員が一瞬身構えるほどの圧倒的なプレッシャー。

「東城沙耶が等々力拳剛の元へ帰る以外の結末を私は認める気はない。
故に、お前達が東城沙耶を殺すと言うのならば――――まず私がお前達を叩き潰す」

単なる脅しや駆け引きのための台詞ではない。たとえこの場の全員を敵に回そうと、黒瀧黒典という男は東城沙耶に害するものを排除するだろう。
そう思わせるだけの鬼気が、その言葉にはこもっていた。

「正しくは『私達』です、黒瀧黒典」

そう付け加えて冷たい眼差しをむけるクレアに、黒典は肩を竦める。

「…だ、そうだ」

仮に東城沙耶に手を出そうとすれば、勢力的強者である巨乳党と、実力的強者でである黒典を敵に回すことになるわけである。こうなれば護国衛士・憂国隠衆に選択肢はない。

「そりゃ怖い。それじゃあ何が何でもお姫様を助けなきゃってわけだ」

黒典にならいわざとらしく肩を竦めて、方針に同意する。

「ご協力感謝します、隠衆の御方」
「ま、元からそのつもりだったしね。感謝されるようなことでもない」

頭を下げるクレアに、エイジはひらひらと手を振る。エイジとて、護国衛士と憂国隠衆だけでは戦力不足であることは理解しているのだ。
しかしながら一応はお国に仕える身。巨乳党や黒瀧黒典のような、ある意味でアウトローである者たちと協力するにはそれなりの建前が必要なのである。

「…玉ももう一個しかないからなぁ」

そして仕事とはいえ、拳剛に張り倒されるようなことをするつもりはないのであった。
そんなエイジの内心の焦りをよそに、太刀川は淡々と話を詰めていく。

「大方針はそれで決まりか。となると後は具体的な手段だが、どうする?
相手は天災も同然。数頼みだけでは心もとないぞ。我々は手負いばかりなのだから、なおさらだ。」
「餅は餅屋だ、何事も適任というものがある」
「等々力拳剛か」
「その通り」

黒典の言葉に太刀川は「やはりか」とつぶやく。
東城流の『内視力インサイト』と『通し』。これを用いれば、一撃で東城沙耶と龍脈の穢れを分離することが可能となる。東城源五郎によって東城流が改竄された理由が、今この時のためであることを、その場にいた全員が理解していた。
故に、この戦いには等々力拳剛の復活が絶対不可欠となる。

「等々力君の治療は私に任せてください。皆さんはしばしの間、時間稼ぎをお願いします」
「急いでくれよ、長くはもたなそうだ」

そうクレアに答えるエイジの額には冷や汗が浮かんでいた。視線の先には、硝子を鉄の爪でかきむしるかのような音とともに、今まさに結界を破壊せんとする龍脈の穢れの姿があった。

「ゆくぞ」
「ほどほどにね」
「御武運を」
「派手にいこうではないか」

VS龍脈の穢れ。第2ラウンドの火ぶたが切って落とされようとしていた。
敵は人知の及びえぬ怪物。単なる時間稼ぎですら、成功の目は薄い。それでもその場の誰もが、ただの一歩さえ退くことはしなかった。
拳剛が立つことを疑わぬがゆえに。




**********************************************



場面は変わって三途の川(仮)へと移る。
川の岸辺で打ちひしがれていた拳剛の前に現れたのは、死んだはずの師匠、東城源五郎であった。
源五郎が生前と寸分たがわぬ声で、拳剛をしかりつける。

「こんの馬鹿弟子が! 儂の1/4も生きずに三途の川入りとは、何たる師父不幸者よ。」
「お久しぶりです、先生。よもやこうしてまた会えるとは。
先生がここにいるところを見ると、やはり俺は死んでしまったと見える」

拳剛の師、東城源五郎。彼は既に数年前にこの世を去ってる。それが今目の前にいるということは、つまりはそういうことなのだろう。
後悔と諦観の入り混じる笑みを浮かべる拳剛に、源五郎は「いやいや」と首を振る。

「お前はまだ死んではないぞ。ほれ、後ろ見てみぃ」

源五郎が拳剛の背後を指さす。
そこには、「お帰りはこちら」「またのお越しをお待ちしています」とでかでかと書かれた看板を引っさげた、朱塗りの門が鎮座していた。

「あそこから帰れる」
「出口!?」

死人の国的サムシングだと思っていたのだが、普通に出口があっていいのだろうか。
呆然とする拳剛に、源五郎は何を当たり前のことをと言わんばかりに口を開く。

「お前のいる側は、いわば生者の岸じゃからのう。そら出入り口ぐらいあろうよ。」
「お、俺は戻れるのですか?」
「儂のいる死者側の岸に来なければな。こっちには出入り口はないし、基本そっちからこっちへの一方通行だもんでのう。こっちに来てしまうとさすがに現世には戻れん。」

源五郎の説明を聞いて、拳剛に俄然やる気が戻ってくる。
戻れるならば、あるいは沙耶を助けられるかもしれない。
東城沙耶を助けることは、師の悲願。東城流が今の東城流へと作り変えられた理由。
ならば、その想いを託された自分が、最後の東城流がこんなところで燻っている理由はない。

「すみません先生。俺は戻らなくては…!」

別れの挨拶もそこそこに、拳剛は門をくぐろうとする。が、それを源五郎が引き留めた。

「まあ待て待て。その前にここに来た理由くらい教えとけい。一応お前の師なんじゃから、アドバイスくらいはできようぞ
一体何があった?地割れにでも巻き込まれたか?それとも溶岩流にでも飲み込まれたか?あるいは竜巻とか巨大隕石の追突とか」

死因のチョイスが天災規模なのは、そのくらいのことが起こらないと拳剛や源五郎は死なないからである。

「戦って負けました」
「ほう?負けたとな」
「次は勝ちます」
「ふん、勝算はあるのか?」
「…」

拳剛は答えられない。敵は強大。たとえ一撃必殺の拳を有する拳剛でも、勝ち目はほとんどゼロに等しい。
追い打ちをかけるように源五郎は問いかける。

「勝ち目はないと。なら何故戦う」
「託されたものを守るために」
「なるほど、な」

拳剛のその返答に、源五郎は得心いった様子だった。
拳剛は川の対岸にいる源五郎に一礼すると、踵を返して門へと進む。

「時間がない。先生、俺は行きます」
「ウェーイトウェイウェイ。ちょっと待て待て」
「待ちませ……ぬぅっ!!?」

流石にもう話してはいられないと、師の静止を無視して門をくぐろうとする拳剛。
だがその行動は、物理的な圧力を以て妨げられた。
対岸、師曰く『死者の岸』にいたはずの源五郎が突如として『生者の岸』にいる拳剛の背後に現れ、その両肩をがっちりホールドしていたのである。
拳剛の額にタラリと冷や汗が伝う。

「む、向こう岸からこちらへは来れないのでは?」
「基本的にはの。とはいえ拳剛や。良く考えてみぃ。基本とか原則とか常識とか、そんなもので儂を縛れるとおもうか?
今の東城流を作ったの、ワシよ?」
「あぁー…」

そう言われると、思わず納得しかけてしまう。東城源五郎は、確かにそういう人間であった。

「というわけで、そおいっ!!!」

掛け声とともに源五郎は、拳剛を現世への出入り口とは逆方向にブン投げる。
突然の不意打ちに拳剛はなすすべもなく放り投げられ地面に激突しかけるが、危ういところで受け身を取って事なきを得た。
そんな拳剛の様子を源五郎は鼻で哂う

「ふん、この程度もいなせんとは、やはり随分鈍っているとみえる」
「ぐぅっ、いきなり何を…」
「お前が何と戦っているのかは知らぬがな。その腑抜けたツラを見れば一目瞭然。どうせ今のお前では戻ってもまた力不足でおっ死ぬだけよ。
ならばこのままここで朽ちさせてやるのが、師としての優しさというもの!」

そう言って源五郎はズンと門の前に陣取ると、門を潜ろうとするものを排除すべく戦闘態勢をとる。
流石の拳剛も、ここに来て穏やかな対応はできなくなった。こうしている間にも沙耶の命脈は尽きようとしているのだ。

「時間がないと、言っている!沙耶の命が危ないのです。退いてもらえぬならば…」

こうなっては最早問答ではらちが明かない。実力行使で押しとおる他に道はなかった。拳剛は覚悟を決める。

「先生といえど叩き伏せる!」

大地を踏み割り拳剛が源五郎へと跳ぶ。
一撃で片を付ける。必殺の意志を込め衝撃波を伴い目標へと肉薄し、上段突きを繰り出す。

「叩き伏せるゥ?今のお前にゃそんなこたぁ―――」

だがそんな拳剛の思いをあざ笑うかのごとく、源五郎はきっちり薄皮一枚で拳剛の拳撃を回避し、

(しまっ、内視力インサイト…ッ!?)

「無理無茶無謀の三拍子よ!!」

逆に拳剛の鳩尾にカウンターの拳を叩きつけた。
臓腑全てが口から飛び出るような衝撃と共に、拳剛が吹き飛ばされる。

(読み、負けたッ!?)

二転、三転。全身を強かに打ちつけながらも即座に体勢を立て直した拳剛は、動揺しながらも今起きたことを分析していた。
乳への渇望こそが内視力の、ひいては東城流の強さの根源。同じ内視力で読み負けたということは即ち、拳剛の渇望を源五郎のそれが上回っているということに他ならない。

「一度や二度死んだぐらいで、我がリビドーが衰えたとでも思うたか?甘い甘い。
虎柄パンツっ娘の乳に囲まれていた儂に、死角はないっ!」

老いてなお、死してなお、その執念衰えることを知らず。これが鬼才、東城源五郎。

「ここで、こんなところで、躓いているわけにはいかないのです!たとえあなたが相手でも!!」
「ほざけ小童!貴様には無理よ!!」

怒号と共に両者が駆ける。

「退けッ、東城源五郎!!」
「退かしてみせよッ、等々力拳剛!!」

師弟対決の火蓋が切って落とされた。





**********************************************




「結界組は絶対に街へ攻撃を通すな!一撃でも抜かれたら終わりだと思え!肉盾組!他の班員を体を張って守れ!敵の攻撃は可能な限り初動を読んで叩き潰せ!」

一本の黒い尾を引きながら戦場を縦横無尽に駆け巡る影。
棍棒のような触手を斬り落とす。刺突せんとする触手を斬り落とす。光線を吐こうとする触手を斬り落とす。
自分を狙う無数の攻撃を掻い潜り、刀の届く限り、敵の攻撃を初動から妨害する。作り上げられる安全地帯。この戦場において、初速で彼女に勝る者はいない。
太刀川 怜。その働きぶりはまさに鬼神と称するにふさわしい物であった。

「陽動チームは奴の的を俺たちに絞らせるぞ!奴の意識を街からそらす!
効かなくても良い、絶対に攻撃の手を緩めるな!
鬱陶しい邪魔者が足元にいる事をこのデカブツに知らせてやれ!
感知チーム、お前たちは戦闘の要だ!敵の動向を逐次報告しろ!他の奴らもヤバイ時には指揮系統を無視していい!各々の判断で感知チームに従え!
!」

戦場全体に向けてそう叫ぶのは薄井エイジである。太刀川ほどの派手さはないが、こちらもまた獅子奮迅の働きをみせていた。
幻術でのかく乱により相手の狙いをかき乱しつつも、感知術式で戦場の状況をリアルタイムで把握しながら指示を飛ばす。その掌握領域は戦場全体に及ぶ。
急ごしらえの共同戦線が曲がりなりにも集団として機能しているのは、彼の状況把握能力と指揮能力によるところが大きいと言えた。

だがこの戦場でもっとも目覚しい活躍を見せていたのはやはりあの男であった。

「太刀川!2時の方向、光線来るぞ!」
「了解!」

エイジの警告に太刀川が走る。敵の攻撃の中でも特に脅威度の大きい光線攻撃は、放たれる前に砲台を破壊する必要がある。
太刀川が目標めがけ一直線に跳躍し、大上段に構えた刀を振りぬこうとしたその時だった。

「しまッ、分裂……!!?」

カノン砲の如き太さだった触手が一気に千本以上に分裂した。太刀川は渾身の一太刀を触手に浴びせるも、切り裂けたのはそのうちの1割にも満たない。
即座に二の太刀を打ち込もうとした太刀川であったが、無情にも分裂した砲台はチャージを終えていた。まばゆい光が戦場を照らす。

「!クソッ間に合わ…」
「問題ない」

最悪の事態が太刀川の脳裏をよぎったその時、男の声と共に、千に迫る触手が一気に消失する。
エイジ同様に攻撃を感知していた黒典が、いち早く『黒』を飛ばしていたのだ。ありとあらゆる気脈を食らう黒典の『黒』は、分化した砲台を一気に喰らい去った。
いつも通りの悠然とした態度のままで、黒典は戦場に向け叫ぶ。

「我等の優位は頭数のみ。的が多いほうが敵もてこずろう。全員、生き残る事を最優先に考えるぞ。無茶をする必要はない。
案ずるな。感知も陽動も結界も肉盾も、足りぬところは私が全てカバーする。
全霊以って生き延びよ!」

周囲への被害に対する対処、敵の攻撃を引き受ける壁役、龍脈の穢れに対する陽動、そして敵の攻撃の感知とその対応。この戦場において、黒典は文字通り八面六臂の活躍をみせていた。なにせ相手は高密度の気の塊。黒典にしてみればこれ以上に戦りやすい相手もいないだろう。
高笑いしながら周囲の触手を『黒』で貪っていく黒典を見て、エイジは呆れた顔を、太刀川は笑みを浮かべる。

「なんでもアリだなあのオッサン」
「頼もしい限りだ。とは言え……」

腕組みをしたまま黒典は龍脈をじっと睨みつける。

「やはり押される、か」

黒典の感知網が確かならば、もうすでに戦力の3割近くが削られている。相手を考えればこれでもまだ善戦している方だといえるだろう。とはいえ、これでは戦線を維持できなくなるのも時間の問題だった、

「風見クレア!等々力拳剛はまだ起きないのかッ!」
「傷は八割がた治療しました!ですが……」

黒典の怒号を受けたクレアは小さく首をふるう。気丈な彼女にしては珍しく、ひどく焦燥した様子であった。

「もう起きてもおかしくはないはずなのに、まるで誰かが彼が起きるのを邪魔しているかのような…」
「急げ!抑えておくのも最早限界に近い!」
「俺たちがミンチになる前に頼むぞっ!……ホントに頼むよっ!?」

太刀川とエイジの言葉は戦況を正しく伝えている。残された時間は少ない。



***************************************************



場面は再び三途の川へと移る。
現世へ戻らんとする拳剛と、それを阻まんとする源五郎。両者の対決は既に決着を見ていた。

源五郎の拳が鈍い音とともに、拳剛の鳩尾に深々と突き刺さる。

「ぐ…ぁァ」
「やはりこんなもんか。他愛のないのう」

内臓が全て飛び出るかのような腹部への衝撃に、糸の切れた操り人形のように力なく倒れ落ちる拳剛。打撲による無数の内出血と、いくばくかの骨折。もはやその体にはまともな部分を探すほうが難しいほどである。
一方、仁王立ちでそれを見下ろす源五郎には一切傷らしい傷はない。
戦闘開始からわずかに数分。あまりにも圧倒的に、源五郎は拳剛を打ち伏せた。迫る拳剛の拳をことごとくに叩き落とし、無防備となった拳剛の体に残酷なまでに拳を浴びせる。一切の反撃も許されぬまま、拳剛は地に倒れ伏したのだった。

「拳剛や。何故こうも、手も足も出ぬかわかるか。」

源五郎は、倒れた拳剛の襟首を強引に引き上げ、その体を無理矢理に立たせる。

「今のお前には『芯』がない。あるいは『自分自身がない』と言い換えてもいい。
お前を突き動かすのはなんじゃ?戦う理由はなんじゃ?憐み?義務感?あるいは約束?」

ギラギラと、老人とは思えぬ源五郎の眼光が拳剛の瞳を射抜く。

「実にぬるい!そんな脆弱な心で!『お前自身』を忘れた志で!」

そういって源五郎は片手で、120kgの巨躯を誇る拳剛の体を放り投げた。なすすべもなく、拳剛の体が宙を舞う。

「東城流を成せると思うな!!」

そんな無抵抗の拳剛に対し源五郎は容赦なく回し蹴りを見舞う。肉の潰れる音と骨の軋む音、そして地面にたたきつけられる音。辺りの石ころに皮膚と肉を削られながら、拳剛は地面を転がった。

「さて、そろそろとどめとしようか。愛弟子に長く苦痛を与えるのは儂とて本意では無いからの」

ゴキゴキと拳を鳴らしながら、源五郎が拳剛へと迫る。

ゆっくりと歩み寄る師の姿を見ながら、薄れゆく意識の中で、拳剛の思考は目まぐるしく回転していた。さながら走馬灯のように、超スピードで思考が流れていく。

(……いや、正直)
(正直割に合わないだろう、これ。いや、というか絶対におかしいだろう)

そしてその思考は、この状況に対する愚痴という、普段の彼からはほど遠いものだった。
だがこの状況下においては至極当然のものでもある。

(先生のことは尊敬している。俺を乳の求道者として導いてくれた)

常人からすればそれは感謝したり尊敬したりするポイントになるのかは不明だが、少なくとも拳剛にとってそれは恩義を感じるに十分なことであった。

(だがその結末がこれなのか)

その結末。すなわち、『師との約束を守ろうとしたら、その師匠本人から三途の川でフルボッコ』、ということである。流石にこれは、いかに実直一途な拳剛と言えども文句の一つや二つ言いたくなるものであった。

(先生の遺志を継ぎ、沙耶を助けようとした。その結末が、こうして先生にトドメをさされることならば)
(ならばなぜ俺は戦ってきたのだ、いったい何のために…)

拳剛の胸が悔しさに締め付けられる。頬に一筋、熱いものが流れた。

死にあって更に死なんとす。極限を越えた極限状態を迎えたことにより、拳剛の脳内で映写機を巻き戻すかのように、今までのことが思い返される。
心の友との信念の激突、魔女っ娘貧乳との決闘、武士爆乳との月下の果し合い、同志達との語らい、番長との派閥争い、師匠との修行の日々。

そして、最愛の少女の金色の乳。

届かなかった少女の胸部に思いを馳せ、拳剛はゆっくりと瞼を閉じる。

(沙耶。お前の乳は…)
(…柔らかいのだろうか、固いのだろうか。温かいのだろうか、冷たいのだろうか。
沙耶は色白だから、色は白いのだろうな。あるいは【検閲削除】だけ極端に黒いという可能性も……いや、アリはアリだができれば白いほうが良いなぁ)

妄想が妄想を呼んで爆発的に溢れ出し、途切れることなく流れてゆく。

(匂いはどうだろう。こう、うわさに聞く女子の体のように、ミルキーな感じなのだろうか。それとも普通に汗臭いのか。
いやそもそも。小さいのか、大きいのか。見た目は明らかにまな板だが、以外と着痩せする可能性も……
ああ、乳の事ならなんでも知っているはずなのに。お前の乳だけは、俺は何も知らない
……知りたいな)

それは願いだった。拳剛自身が、拳剛自身のために抱いた願い。好きな少女の乳への切なる想い。誰に託されたわけでもない、誰かに願われたわけでもない。義務感でも使命感でもない。
100%純粋な拳剛の渇望がそこにあった。

(知りたい。見て、聞いて、触れて、感じたい。沙耶、お前の乳を……!)
(………おっぱいを!!!)

煮えたぎるマグマのような欲望が拳剛の中に満ち溢れる。その瞬間。
最早指一本すら動かせないと思っていた体躯に、一気に力がみなぎった。全身を襲う痛みが嘘のように引いてゆく。
拳剛は拳をギュッと握りしめた。

(ああ、そうか、俺は初めから)
(『戦う理由』……先生、そういうことなのですね)

いつだってそうだった。拳剛が戦うのはいつも乳のため。東城流は、等々力拳剛は。乳のためでなければ戦えない。
師との約束を守ること。託された遺志を継ぐこと。それはきっと立派なこと、美しいこと。
だが無意味だ。
乳があるならばそっちが優先されるのだ。東城流にとってそれは天地が上と下に分かれているくらいに自明のこと。
拳剛は強すぎる理性でそれを抑え込んでいた。幼馴染がピンチになってるのに乳優先なのはどうなのだ、と。常人ならば非常に正しい思考。だがそれは東城流としてはあまりに歪。
そのような歪な志で、勝てるはずもない。
乳への渇望ことが内視力インサイトの根源なれば。
世のためでもなく人のためでもなく、あくまで乳のために。それこそが東城流。

(俺が、俺が戦う理由はッ…………!!!)

その瞬間、拳剛は拳剛を理解した。




「グンナイ 拳剛 フォーエヴァー!!」

咆哮と共に源五郎が跳躍する。狙うは拳剛。その右腕に恐るべき密度の気が収束し、拳剛を穿たんと迫る。
だが拳剛には視えていた。その拳がこれから辿るであろう軌跡が。着弾点が。その速度とタイミングが。
ならば対処は容易い。拳剛は発条のようにその巨体を縮める。

「まだ眠るわけには、いかんのです!!」
「な、にぃっ!!?」

刹那、突きだされた源五郎の拳にすれ違うように、拳剛の蹴りが源五郎の顔面へと炸裂した。吹っ飛びつつもすぐ受け身を取り、片膝立ちになる源五郎。その機を逃さずすかさず拳剛も立ち上がり、拳を構えた。
構えなおした拳剛の顔を見て、源五郎がふふんと笑う。

「顔つきが変わったな。ならば今一度問おう。お前は何故戦う」
「沙耶の乳が見たい。理由などそれで十分だ!」
「見るだけ?」
「できれば揉みたい!故に!」

拳剛が源五郎にまっすぐ拳を向ける。その姿は今までにない覇気が充ちていた。

「必ず生きて戻る。そこを通していただきます、先生」
「ふふん、多少はマシになったようじゃな。我が拳継ぎし者としてはギリ及第点といったところかの」

拳剛の叫びに応えるように、源五郎も構える。

「とはいえ我が孫沙耶ちゃんと不純異性交遊宣言とは見逃せん。やっぱここでくたばっておけぃ拳剛!!」
「丁重にお断りしますっ!」

その言葉を皮切りに、両者は一気に距離を詰めた。間合いを切った両者が打ち出すは拳と拳。それはさながら鏡写しの像を見ているかのようであった。至極当然。対する二人はいずれも東城流。世に二つとない狂気の拳を使う者同士であれば。

「らぁッ!!」
「ぜぁあッ!!!」

拳を打ち抜くと同時、迫る敵の拳撃。いなす拳剛、躱す源五郎。
気脈使い同士の全力の一合、常人の目には最早移ることすらないであろう速度の攻撃。だが当たらない。掠ることすらもない。予め決められた形をなぞっているのかと錯覚するほどに、あまりにもあっさりとその一撃は互いの体をすり抜ける。
実際にそれは予定調和であった。内視力インサイトにもたらされる先読みにより、自身の初手が躱され、あるいはいなされることを既に承知していたのだ。初手だけではない。次の手もその次の手も。既に両者は内視力インサイトによって百手千手先の攻防を視野にとらえていた。
二人の脳内に樹形図のように未来予想図が展開されていく。より確実な未来は太く、不確定な未来は細く。その樹形図を辿った先には、拳剛が倒れ伏せる結末もあれば、源五郎が叩き伏せられる未来図もある。その枝葉の中で自らの勝利につながる道を選択し続けていくことこそが、東城流同士の戦いなのだ。

乳の修羅と化した二人が、その巨体と巨体をぶつけ合う。
拳剛が敵の鳩尾めがけ拳を繰り出すと、源五郎はそれを絡め取りねじあげることで逆に拳剛を投げ飛ばそうとする。拳剛は分かっているとばかりにねじ上げられた腕を起点に自ら回って跳んだ。置き土産に蹴りを放つと、源五郎もまた危なげなくそれを躱す。

流れるような攻防。100回ほども互いを投げあい、200回を超えて蹴りを交わし、300を数える突きを打ち合っても、なおその勢いは不変。互いの動きを読み切っているがゆえに、その速度が緩められることはない。緩急は不要。ただ自身の最大戦速で敵を砕かんと拳をふるう。無数に枝分かれした運命の岐路を選択し続け、自身の勝利へと続く道を、その拳撃で以てたどり続ける。

師と弟子の全身全霊の戦い。この師弟、『心技体』の『技』は師に分があり、『体』は師弟で互角。ならば戦いは師に軍配が上がるのか。
否。断じて否。東城流の根幹は『心』にあり。乳への渇望こそが内視力インサイトの根源。『心』を以て単なる肉を『体』へと変じ、『心』と『体』以て『技』を成す。それはつまり、『心』の強さこそが戦いの終着を左右するということ。
なればこそ。たとえ師が相手であろうとも今の拳剛が負けるはずもない。惚れた女の乳という最高最強の乳を目前にして、その渇望が何者に打ち破れるというのか。

人中めがけて繰り出された源五郎の上段突きを、拳剛の手刀が打ち払う。ぐらりと、源五郎の体が大きく崩れた。
ごくごく単純な攻めと、ごくごく単純な受け。平時の源五郎であれば揺らぎすらしないであろうそのやり取り。だが1000を超える攻防の中でわずかに偏らされた重心、揺らがされた身体の軸、ずらされた突きの照準。戦いの中で歪まされていった体の全てが、源五郎に体勢を立て直すことを許さない。
拳剛の右拳が唸る。

「破ぁッ!!」

烈風を伴いながら源五郎の脇腹に向け突き刺さる拳撃。めきめきと音を立ててめり込んでいくそれを、拳剛は力の限り振りぬいた。粉塵が巻き上がる。
きりもみ回転しながら吹き飛んでいく源五郎。巨大な水柱を上げながら、背後にあった三途の川へと着水する。飛沫が夕立のように辺り一帯に降り注いだ。
体を濡らす雫を意に介すことなく、拳剛は構えを解かない。残心、というだけではない。


(完璧にはいったはず、だが…)

一抹の不安が頭をよぎる。相手は東城源五郎。何が起きても不思議ではない。
そして、拳剛のその不安は的中した。

「……今のはまあまあじゃったの」

降り注ぐ飛沫によって水煙をあげる川面から、ゆっくりと源五郎が姿を現した。
悠然と歩みを進めるその姿からは、先ほどの拳剛の拳によるダメージは一切見受けられない。

「が、儂を倒すにはまだまだ足りんぞ。さて、試合続行と行きたいところじゃが」
「…?」

緊張を高める拳剛をよそに、源五郎はどすんと地面に倒れ込んだ。そして腰に手を当てると大仰に表情を歪めて喚き出す。

「かー!腰痛キツイわー!立ってられないくらいキツイわー!
腰痛くなかっならなー!もう100ラウンドぐらい余裕だったんだけどなー!かー!腰が痛くなければなー!」
「先生…」

拳剛は構えを解く。どういうわけか知らないが、どうやら源五郎にはもう戦闘続行の意思はないようだった。
源五郎が拳剛を追い払うかのように手をヒラヒラと煽る。

「そんなに戻りたいならもう止めやせんよ。好きにせい。じゃが戻ったところで、またおっ死ぬだけかもしれんぞ」
「そうかもしれません 」
「きっと痛いぞ、苦しいぞ、辛いぞぉ。」
「多分、そうでしょう」
「…だったら無理せんで戻らんでも、ここに居ればいいんではないかの?
少なくとも生き返るよりは、ここに居るほうが苦しみは少ないぞ
あるいは生きかえってから逃げ出すのもアリじゃ」
「いえ。決めたのです、誰かに託されたわけでもなく、誰に望まれたのでもなく。」

拳剛は拳を握りしめ、じっとそれを見つめる。戦う本当の理由を今の拳剛は掴んでいた。

「俺は俺自身の望みのために戦います」
「…ふん、ならば好きにせい」
「はい。…先生、お達者で」
「馬鹿たれ、死んでるのに達者も何もあるかい。」

源五郎に深々と礼をすると、拳剛は現世へと繋がる門に向って歩き出した。その歩みを止める者はもういない。
拳剛の姿が門へと消えてゆく。源五郎はその後ろ姿を、見えなくなるまでずっと見つめ続けていた。
完全に門へと拳剛が消えたことを確認すると、源五郎はすっくと立ち上がる。

「……『先生』か。こんな愚かな師は、三千世界を見渡しても儂ぐらいのものだろうよ」

ゆっくりと空を見上げる。三途の川も空は青い。
誰もいない虚空へ向かって、源五郎は口を開く。

「すまぬ拳剛。
弟子を死地に追いやる我が外道を恨んでくれ。何も言わずお前に託した我が卑劣を憎んでくれ。願いをお前に賭けることしかできぬ、我が浅ましさを蔑んでくれ。
辛ければ逃げていい、苦しければ退いていい」

「だが、できることなら……どうか沙耶を、頼む。」

言葉はただ、空へと消えてゆく。




**************************************************************


「来たかッ……!」


『それ』にいち早く反応したのは黒瀧黒典であった。最早自軍戦力の八割近くが欠けた状態。戦場に全身全霊を傾けてなお黒典が一番最初に気付いたのは、その男の復活を彼が最も強く確信していたからに他ならない。

「……お帰りなさい」

次いで気付いたのは風見クレア。死の淵にいた『それ』を癒し、その後も龍脈の穢れの攻撃に巻き込まれぬよう守り続けてきた彼女は、今や満身創痍。けれど痛みも辛さもおくびに出すことなく、彼女は『その』手を引き上げた。

「寝坊しすぎだ、貸しは高くつくぞ」
「遅いっ遅いっ!ほんとにミンチになる!!?」

ずたぼろになった太刀川とエイジが気づいたのは同時であった。このギリギリの時まで起きなかった『それ』に対して、太刀川はあきれたような笑みを浮かべ、エイジは割と本気の焦りの叫びを投げかける。

謝罪。懺悔。感謝。『それ』が言いたいことは山ほどあった。どれほど言葉を尽くしても言い切れない。だが言いたいことが多すぎるので、とりあえずたった一言だけ言うことにした。おそらく一生の中で、一番色々な思いがこもった一言を。

「待たせたな」

『それ』こと等々力拳剛が、立ち上がった。



「おはよう拳剛!お姫様はあそこだ。君の手で取り返してきたまえ」
「柱の天頂まで我が『風』にて飛ばします。ご準備を」

黒典とクレアの言葉に頷くと、拳剛は龍脈の汚濁を見据えた。天までそびえるその巨大な塔の上に、沙耶は居る。
ゆっくりと体勢を沈めていく拳剛の体に、クレアの『風』が絡みついてゆく。

「血路を開く、ゆけ!等々力!」
「お前は穢れの核にだけ集中しろ!後は俺たちが何とかするから!」

拳剛に迫る触手たちを打ち払いつつ、太刀川とエイジが叫ぶ。拳剛はその声に、拳を上げて答えた。
全身に気を張り巡らせ臨戦態勢に入る拳剛。その体躯を囲うように渦巻く風はより強く吹きすさび、東城沙耶までのルートを形成する。

「行きます!」
「思いっきり頼む!!」

拳剛が応えるが同時、クレアは手にした杖を地面に打ち付ける。瞬間、拳剛の体は砲弾の如き速度で射出された。疾風従え、目指すは穢れの天頂。いとしき少女のいる場所へ。

無論、穢れとてそれを黙って見過ごすわけはない。拳剛が射出されるや否や、巨大な本体が無数の触手を放ち、敵をを殴打し、串刺し、磨り潰さんと迫る。
だがそのこと如くは、流星の如き白刃に斬り伏せられた。

「その男には、手を出させんよ」

その戦場の誰よりも速く、太刀川の刃が拳剛を守る。見惚れるような刃の舞の後には、拳剛が通るべき道が形作られていた。

しかしその程度で諦めるような相手ではない。近接攻撃がダメならば遠距離だといわんばかりに、無数の砲台が龍脈の穢れから生え、天へと迫る拳剛へと照準を向ける。まばゆい光が拳剛を照らす
だが次の瞬間、おびただしい量の黒の粒子が、全ての砲台へと襲い掛かる。

「男が本懐を遂げようとしているのだ、邪魔するのは無粋というものぞ!!」

黒典の『黒』が、気によって構成された砲台を蝕み、喰らっていく。もはや出し惜しみはない。過剰な気の吸収に己の身が爆ぜそうになるのを堪えながら、黒典は拳剛を狙うものを片っ端から喰い尽くす。
だがその『黒』にもすぐに限界が来た。無理もないことである、これまで戦線が耐えきれたのは、黒典が戦場全域を全てにおいてカバーしてきたからに他ならない。その負担は他の誰よりも大きかった。

だがその隙を穢れが見逃すはずもない。無防備になった拳剛向けて、無数の砲台が光線を放つ。
拳剛の全身が光に貫かれ、そして

「残念そいつは”まやかし”だ」

ぽん、と音を立てて消失する。光線に貫かれたのはエイジの幻術によって形作られた”偽拳剛”。
突如として消え去った拳剛に、一瞬龍脈の穢れが混乱する。目を逸らせたのは僅かに一瞬。だがそれで十分。

その隙に本物の拳剛は、既に穢れの天頂へと到達いる。

「受け取れ龍脈の穢れよ!これが、これこそが!!」

銀に煌めく月を背に。双眸と右腕を爛々と輝かせ。拳剛が穢れの核、東城沙耶へと迫る。

その瞬間、龍脈の穢れは初めて恐怖した。矮小な人間相手に死を幻視した。あの小さな右腕が己の滅びであることを、直感的に理解したのだ。
ただ無作為に破壊をばらまくのみだった存在が、己の存在の消滅に際し、恐怖という感情を覚える。湧きあがる自己防衛本能。無数の殻が穢れの核たる沙耶に覆いかぶさり、その存在を守り抜こうとする。

だが無駄だ。どんな防御も、鎧も、城壁すらも。東城流の前には意味をなさない。
内視力インサイト』以てその命脈見切り、『通し』以て命脈貫く。
それこそが東城流、龍殺しの拳。

「乳に捧げた我が拳だっ!!!」

叩きつけられた拳が衝撃を生み出し、幾重にも張り巡らされた殻を伝播する。沙耶の乳へと、迷うことなく、一直線に。
龍脈の穢れにとっては、蟻の一噛みにも等しいその拳撃。だが、それはただの一噛みではない。心臓をもえぐる一噛みだ。
衝撃が沙耶の胸へと到達し、弾けた。東城沙耶の気脈と肉体、その双方に複雑に絡みついた龍脈の穢れが、いとも簡単に引き剥がされる。

次の瞬間、ガラスが砕けたような爆発音とともに、沙耶を覆う殻が弾け飛んだ。拳剛は迷うことなくそこへ突っ込み、沙耶の体を抱きとめると、そのまま宙へと身を投げた。まっさかさまに大地へと堕ちてゆく拳剛と沙耶。
その時、穢れが一気に崩壊を始めた。硝子が崩れるかの如く、汚濁の塔が砂となって散ってゆく。核である『龍脈の鍵沙耶の乳』と分離されたことにより、肉体を保つことができなくなったのだ。
落下していく拳剛は、ただ茫然とその光景を見つめていた。

(消えていく、全て……)

崩れていく砂上の楼閣は、全てが終わったことを拳剛に告げていた。先生の遺志も。自分の願いも。今、全てに決着はついたのだ。

(最後の一仕事は、なんとか沙耶を傷つけずに着地することだが……)

ここでしくじるわけにもいくまい。
そう思って体勢を整えようとした拳剛を、風が優しく包み込む。風はゆっくりと、ゆっくりと、まるで空中散歩をするかのように、二人の体を地上へと導く。

そのとき、拳剛の腕の中で眠っていた沙耶が目を覚ました。

「あ…れ…、拳……剛?」

うっすらと目を開ける沙耶に、拳剛はにっこりとほほ笑んだ。

「おう、おはよう沙耶。ちょっと、おっぱい見せてくれ」
「……ばーか」

呆れたのか、あるいは照れ隠しなのか。そういうと沙耶は顔をそっぽに向けてしまう。なんとはなしにその顔が赤かったようにも見えたが、きっとそれは月の光のせいだろう。
内視力インサイトに映った沙耶の胸は、空に浮かぶ月よりもなお明るく、二人を照らしている。

「かえろっか、拳剛」
「ああ、帰ろう。沙耶。」

二人の少年少女の冒険は、こうして幕を閉じた


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