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No.32444の一覧
[0] 乳列伝 【完結】[abtya](2015/11/22 19:20)
[1] 0[abtya](2012/04/02 17:21)
[2] 1[abtya](2012/04/21 10:01)
[3] [abtya](2012/04/28 10:05)
[4] [abtya](2012/04/04 17:31)
[5] [abtya](2012/04/28 08:42)
[6] [abtya](2012/04/20 23:26)
[7] [abtya](2012/04/12 17:03)
[8] 7[abtya](2012/04/21 09:59)
[9] [abtya](2012/04/27 08:43)
[10] [abtya](2012/05/01 23:39)
[11] 10[abtya](2012/06/03 21:29)
[12] 11 + なかがき[abtya](2012/07/07 01:46)
[13] 12[abtya](2013/01/10 01:12)
[14] 13 乳列伝[abtya](2013/01/12 01:21)
[15] 14[abtya](2013/03/17 00:25)
[16] 15[abtya](2013/05/19 16:18)
[17] 16[abtya](2013/06/06 01:22)
[18] 17[abtya](2013/06/23 23:40)
[19] 18[abtya](2013/07/14 00:39)
[20] 19[abtya](2013/07/21 12:50)
[21] 20[abtya](2013/09/29 12:05)
[22] 21[abtya](2015/11/08 22:29)
[23] 22(完)+あとがき[abtya](2015/11/22 19:19)
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[32444] 19
Name: abtya◆0e058c75 ID:598f0b11 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/07/21 12:50
二人が動いたのは、まったく同時だった。
大地にひびを入れて跳躍する拳剛。地盤すら粉砕し飛ぶ黒典。両者は一気に間合いを詰める。
繰り出したるは拳打と手刀。拳剛の巨砲の如き拳と、黒典の雷光の閃きの如き貫手が交錯する。
両者は必殺の一撃を繰り出すと同時、迫りくる敵の必殺をかわさんとする。拳剛の東城流が内視力と、黒典の超気脈による超反応。軍配が上がったのは内視力だった。
黒典の顎を拳打がかすめる。一方、手刀は紙一重で拳剛の頬の横を抜けていく。万象を見通す乳の眼は、閃光の速度の一撃すらも見切ってみせた。

しかし、鮮血をぶちまけたのは以外にも拳剛の方であった。回避したはずの拳剛の頬に一筋赤い線が奔るやいなや、真紅の血が噴出する。
驚愕するほかない。黒典は、手刀の衝撃の余波だけで鋼の強度を誇る拳剛の皮膚を斬り裂いたのだ。
その上黒典は、『通し』を伴う拳剛の拳を喰らっても痣一つできてはいない。一部とはいえ龍脈の力を取り込んだことにより、その肉体強度は最早人類の域を遥かに超越していた。

状況はあまりにも絶望的だ。敵の攻撃は一撃必殺。そして己の一撃は敵に毛ほども通じない。
だがそれがどうした。拳剛は歯をギリと喰いしばる。
敵の攻撃が一撃必殺ならば、余すことなく避けきればよい。自身の一撃が毛ほども通らないのならば、千の拳を打ち込めば良い。
絶望的。その程度の言葉で、今の拳剛を止められるはずがない。

「らぁあああああああっ!!!」

獣の如き咆哮と共に、拳剛の両腕から無数の拳打が放たれる。千の弾丸の弾幕にも匹敵する拳の嵐が黒典を襲う

「無駄ァッ!!!」

黒典は迫りくる拳のほとんどを反射神経のみで回避し、あるいは受け止める。処理しきれない攻撃が幾つかあるが、高々数発攻撃が直撃したところで、今の黒典は毛ほどの痛みも感じはしない。そして回避と同時、黒典は拳の壁を縫うようにして手刀の刺突で反撃する。それは形も何もない無茶苦茶な攻撃だが、その一撃一撃の全てが触れるもの全てを断ちきる魔弾だ。

眼にも止まらぬ乱打の応酬。手数はほぼ互角、そして当たった攻撃の数は拳剛が遥かに勝る。しかし劣勢に立っているのは拳剛だ。黒典の閃光の如き手刀は、その全てをよけようとも、纏う衝撃波だけで拳剛の肉体を抉り、裂き、切断する。
己が身を斬り刻まれながら、拳剛は問う。

「黒典、何故お前ほどの者が巨乳を駆逐しようとする!あの時の言葉は嘘偽りだったのか!」

全ての乳は等価。差をつけるのは個々の信念のみ。その言葉は、乳の求道者たる拳剛の心に深く響いた。だからこそ拳剛は解せない。その言葉を口にした男が一体何故、乳の理を歪めようとするのか。
だがそんな憤怒を孕んだ問いも、黒典にとっては何の意味もない物だった。

「嘘ではないさ、だから私は私の信念に従い、乳を滅ぼす」

あまりにも淡々と、黒典はそれを言ってのけた。
乳を滅ぼす。その台詞に、拳剛はかつて黒典が見せた一枚の写真を思い出した。巨乳美人と幼い少女の写真。あの時拳剛は、その写真によって黒典が巨乳派なのだと勘違いした。だが黒典が本当は巨乳派ではなく貧乳派だというのならば、あの写真の持つ意味はまったく別の物となる。

「あのときお前が言っていた俺とお前が持つという『歪み』は、つまりそういうことか」

黒典が写真を見せたときに言っていた言葉が、拳剛の中で思い起こされた。
つまり、黒典は貧乳派でありながら、巨乳の女性を愛してしまったのだ。

「だからお前は龍脈の力を使うのだな。愛する者の乳から、一切の脂肪を消し去るために」
「……いいや、違うさ」

拳剛の言葉を抑揚のない口調で否定すると同時、黒典は己が掌で拳剛の拳打を絡め取る。すかさずもう一方の腕でボディブローを叩きこもうとする拳剛であったが、それすらも黒典のもう片方の腕に捉えられてしまう。

「チィッ……!」

拳剛は両腕の拘束を解こうとするが、万力で締めあげられたように拳剛の腕は動かなかった。そして拳剛の両腕を完全に抑え込んだ黒典は、静かに告げる。

「一つ、訂正しておこう。私の願いは巨乳を駆逐することではない」
「何…!?」

その言葉に拳剛は混乱する。
黒典は貧乳派だ。だが巨乳を消し去りたいわけではない。ならば龍脈の鍵を使ってまで為したい悲願とは何なのか。
その疑問の答えは直ぐに黒典自身の口から語られた

「私の願いは、この世から全ての乳を滅ぼすこと。すなわち、この世界から『乳』という概念そのものを滅ぼすことだ」

そう言って歪んだ頬笑みを浮かべる黒典に、拳剛は戦慄せざるを得なかった。
『乳』の概念が消失するということは、単に世界に貧乳が溢れるというだけではない。貧乳も巨乳も普通乳も、全ての乳が等しくこの世から消えさる事を意味する。
黒典は貧乳すらも滅ぼすつもりなのだ。拳剛には眼の前の男が何を考えているのか理解ができなかった。

「何故だ!」

口をついて出た絶叫と共に、拳剛はその健脚を以って黒典の金的を蹴り上げる。黒典は咄嗟に拘束していた腕を解放し、危なげなく攻撃を回避した。そして互いに攻撃間合いから距離を外し、両者は対峙する。

「何故お前ほどの男がそのようなことを……!!」

拳剛は全身を震わせながら、絞り出すように言葉を放つ。黒典の願いを前にして、怒り、哀しみ、恐れ、様々な感情が拳剛の思考の中でない交ぜになって、嵐の様に荒れ狂っていた。

「……少し、昔話をしようか」

そう言うと黒典はどこか遠い目をして、ゆっくりと、そして静かに語り始める。それは黒典と黒典の妻の物語だった。

「私と妻は幼馴染だった。丁度君と東城沙耶のような、ね
家族同然に暮らしていく中で、いつしか私は彼女を愛していた。そして彼女もまた私を愛していた。二人の愛は、あの煌めく太陽の様に不変だとすら思えたよ」

そうして黒典は、大よそ黒瀧黒典と言う男には似合わない、清んだ笑みを浮かべる。あるいはこの笑顔こそが黒典の真なる本質なのかもしれない。どうしてか拳剛にはそう感じられた。

「だがある日、私のそんな恐るべき事件が起こってしまった」
「事件だと?」
「―――彼女の胸が、膨らみ始めたのだ」

その瞬間、黒典の顔から一切の表情が消失する。

「その変化に最初に気付いたのは、彼女が15の時だった。それまで完全なるまな板だったはずの彼女の胸が、僅かながらに傾斜を帯びるようになっていた」

虚ろな瞳を拳剛へと向けながら、黒典は続ける。

「油断がなかったと言えば嘘になる。中学三年生という、第二次性徴も終盤に差し掛かってなお、彼女の胸が膨らむ兆候はなかったからだ。だから私はその乳が脂肪に覆われる日が来ることは決してないと思い込んでいたのだ。
愚かなことだよ、この世界に不変なものなど何一つとして存在しないというのに。
私は傍観すべきではなかった。貧乳の信奉者として、己が持ち得る全ての能力を彼女の乳を維持することに注力すべきだったのだ」

無色だった黒典の表情が次第に激しい色を帯び始める。それは烈火の如き憤怒の赤だ。

「だが、後悔したときには既に遅かった。高校に入る頃には彼女の胸は肉まんサイズになっていた。一年が過ぎるとそれはメロンパンへと変貌し、そして高校3年の夏、彼女の乳はついに、ミサイル弾頭と化したのだ」

口調も次第に激しさを増す。最初は今にもかき消えそうな小さな声だったものが、だんだんと音の大きさを増し、今や辺り一帯に響き渡る大音量なっていた。

「貧乳から巨乳になった。その程度で私の彼女への愛が揺らぐはずがない。
私は彼女の胸を好きになったわけではないからだ。私は、彼女自身を愛していたのだ」

黒典の表情に再び笑みが浮かぶ。だがそれは先ほどの様な清らかな笑みではなかった。見る者全てに恐怖を湧き起こす、歪んだ笑みだ。

「だが一方で、私がどうしようもなく貧乳派だったということも否定のできない事実だった。
私は貧乳を説き、貧乳を拝し、貧乳に命を捧げていた、貧乳教徒だったのだよ。さながら神に仕える修道女の如く、魂の一片にいたるまでを貧乳に献じていたのだ」

その言葉の通り、今の黒典はまさに狂信者の如き様相だった。漆黒の髪をかき乱し、瞳に狂気を宿しながら、一つ一つ言葉を拳剛に叩きつけていく。

「だんだんと肥大化していく彼女の胸に、私は真綿で首を絞められるような恐怖と絶望を感じたよ。どうしようもなく彼女を愛しているのに、どうしようもなく彼女の乳を愛することができない」

そして黒典は自らの手で己が喉元を締め上げる。

「そのとき私は歪んだのだ。どうしようもなく歪にねじ曲がったのだ。理想と愛の狭間で信念を貫けなくなった私は、最早正気ではいられなかったのだよ」

拳剛は言葉を発することができない。ぶつけられる黒典の狂気を、無言で以て受け止めることしかできなかった。

「狂気に呑まれた私は、この歪みを正す方法を考え続けた。そしてある時、たった一つの解へと辿りついたのだ。
全ては乳によって引き起こされた。ならば、乳が消えてしまえばいいのだ。ありとあらゆる乳がこの世から消失すれば、私の歪みは歪みではなくなる。私のように、己が信念の狭間で運命を捻じ曲げられるものはいなくなる」

そして、黒典は叫んだ。

「だから乳を滅ぼすのだ。全ての乳に虚ろなる平等を与える。今こそ、私は革命を成す!!」

叫喚に、木々が折れ、大地が揺れ、天が震えた。それはさながら黒瀧黒典と言う男の行き場のない怒りが発露したかのようだった。

「故に等々力拳剛、邪魔をするというのであれば君とて容赦はせん。私を止めたくば、命を懸ける覚悟をせよ!」

それは黒典の拳剛に対する決別の言葉だった。友となった男に、たとえ恨まれようとも、疎まれようとも、憎まれようとも、最早黒典は止まるつもりはない。全ての乳を無に帰すまで、その狂気が止まることはあり得ない。

だが拳剛の顔に浮かんでいるものは、己を裏切った黒典に対する怨嗟でも忌避でも憎悪でもなかった。
黒典は目を疑った。拳剛は泣いていたのだ。たった一つの音すらも発さずに、ただ静かに涙を流していた。

「何故泣く、等々力拳剛。よもやこの私を哀れんでいるのかね」

黒典の心に、穏やかならぬ感情が影を差す。
怒気をはらませた声で問う黒典に、しかし拳剛はただ首を横に振った。

「違う、違うぞ黒典。俺は、俺はただ悲しいのだ。この想いの理由すらも分からぬというのに、ただひたすらに悲しいのだ、どうしようもなく悲しいのだ」

とめどなく流れる涙の理由は、拳剛自身にすらわからなかった。
その理由も分からぬ感情の中で、ただ一つだけはっきりと理解できる、曲がらぬ想いを拳剛は口にする。

「黒典、俺はお前を止めるよ」

拳剛は敵としてではなく、友として、この男を止めたかった。

「出来はしない、君の力ではな」

断ずる黒典の言葉は、まったくもって正しい。
時間にして数分、攻防の数にして数万。その戦いの中で、黒典はまったくの無傷であり、拳剛だけが全身を鮮血に染めている。
拳剛は負けるだろう。遠からぬ内に、その身をバラバラに引き裂かれ、愛する少女も守れぬまま倒れ伏すこととなるだろう。ほかならぬ拳剛自身が、その事を理解していた。黒典との戦闘は時間にしてみれば本当に僅かなやり取りであったが、彼我の戦力差を測るには十分であった。
拳剛と黒典の戦いは、言ってみれば歩兵と戦車の戦うにも等しい。パワーもスピードも耐久力も、全てのスペックの差は歴然としている。唯一拳剛が勝るのはテクニックだが、小手先の技で挽回できるようなレベルではない。

『このまま』では、絶対に勝つことはできない。拳剛は覚悟を決めた。
全ての乳を守るため、愛する少女を守るため、そして狂気に染まった友を救うため。
拳剛は掟を破ることを決意する。

「東城流には、絶対に破ってはならぬ『禁』がある」
「……?」

かつての東城流、つまり先代・東城源五郎が技法を改ざんする前の東城流は、『心眼』と『通し』からなる『対人戦闘』の武術だった。その技法を以ってすればたとえ鎧武者相手でも容易にねじ伏せられるという、強力な武術だ。
源五郎によって基本技法が『内視力』と『通し』の二本柱に代えられてからも、建前上はその流れを受け継いでいた。だがそれは本当に建前でしかない。昇華された今の東城流が想定する相手は、『人』ではない。

『龍脈』である。

正確に言えば、龍脈の穢れに対抗することが現東城流の真の目的だ。故にその殺傷能力は人を死に至らしめる程度などはとうに超え、龍を屠るレベルまで高められている。
だからこそ、東城流は対人戦闘において破ってはならぬ『禁』があるのだ。東城流の力を十全に振るわせぬための『禁』があるのだ。龍脈の穢れと言う天変地異を相手取るために過剰なまでに高められたその拳は、全力を出せば人間の肉体など拳撃だけで爆発四散させてしまうからだ。もともと一撃必殺の東城流にそれ以上の殺傷能力は必要がないどころか、まったくの無意味だ。

「この技は、先生がたった一人の少女のために創り上げた。俺自身もこれを沙耶のため以外に使うつもりはなかった」

拳剛は静かに構えを取る。両脚を大きく広げ腰を低く落とし、片腕を前方へ、もう片腕の拳を握り腰に据える。

「だが、今こそその禁を破ろう。全ての乳のため、沙耶のため、そして我が友を救うために」

真っすぐと見つめる拳剛の言葉を、黒典は嘲った。

「技の制限を無くした程度で、この戦力差を覆せると思っているのか」
「できるさ」
「面白い、ならばやってみせるがいい!!」

再び、拳剛と黒典は眼の前の敵めがけて走り出す。拳剛が跳び、黒典が飛ぶ。

「ぜぁっ!!!」
「ぬうん!!」

交錯と同時に撃ち交わされる拳と手刀。拳剛の筋肉が脈動し、黒典の気脈が爆発する。僅か一合の間に千を超える撃ち合いを経て、二人はすれ違うように通り過ぎ、そして着地する。
拳剛の両腕が、真っ赤な鮮血を吹きだした。


それと同時、黒典の口が帯びただしい量の血を吐き出す。


「がぁッ……!?」

黒典の鳩尾に鋭い痛みが走っていた。地面が赤く染まるほどに血反吐をぶちまける。
龍脈の力を以って超強化されたはずの黒典の肉体の防御力を、拳剛の拳撃が超越したのだ。
久しく感じたことのなかった激痛に喘ぎながら、黒典が拳剛を睨みつける。

「一体何をした」
「同時に使っただけだ。東城流の二本の柱、『内視力』と『通し』を」

手刀の余波によって刻まれた両腕の血を拭いながら、拳剛が淡々と答える。だがその答えは到底黒典を納得させるものではなかった。

「馬鹿な、『先読み』と『衝撃の伝播』を同時に発動したところで、このような威力が出るわけが―――」
「内視力の極意は先読みなどではない。そんなものは付随する一つの能力に過ぎん。内視力の本質とは、『虚実』を見切る事にある」

生命活動の全ての事象には虚と実がある。例えば息を吐く時、肉体には力が満ち、実となる。逆に吸えば力は失せ、虚となる。
内視力はその虚実を、肉体と気脈を両面で同時に見切ることができる。それはすなわち、相手のもっとも『虚』となる『機』を見切ることができる。ということだ。
超絶なる力持つ黒典であっても、虚と実は存在する。気の虚、肉の虚、それらは複雑に絡み合い、普段は隠されている。だが拳剛の内視力は、肉体と気脈を完璧に読み切る最強の眼は、その虚を見逃さない。

「『内視力』にて乳を読み、その乳を『通し』によって撃つ。これすなわち東城流の最大の禁にして最大の奥義なり」

つまるところ、拳剛は『内視力』と『通し』を同時に全力発動することで、拳撃の破壊力を飛躍的に高める事が出来るのだ。
だがこれは裏を返せば、ただ攻撃の威力が上がるだけに過ぎない。スピードが上がるわけでも、防御力が高まるわけでもない。そもそも『通し』自体が超絶なる威力を誇るため、対人戦闘においてはこの奥義はまったくの無意味だ。
だが黒典に対してだけは、これほど有効な技はない。

拳剛は歩兵で、黒典は戦車だ。歩兵を戦車に勝たせるならば、歩兵にミサイルを積めば良い。
至極単純な発想で、拳剛は己が牙を黒典に突き立てた。

「はッ、ははッ、はははははははははははははははははははははははっ!!!!!!」

血反吐に染まった両手を狂気の瞳で覗きながら、黒典は高らかに笑う

「素晴らしい!素晴らしいぞ等々力拳剛!!!
これで我らは対等!!たった一つの隔ても存在しない!!互いを粉砕し得る矛と矛となった!!!さぁ、今こそ信念の決着といこうではないか!!!」

黒典が全身から圧倒的な気を立ち上らせる。そのあまりに恋密度の気はそれだけで衝撃波を生み出し、周囲の木々をへし折りなぎ倒す。
暴風の様な気の波動の中、拳剛は思考する。黒典の言っていることは間違いだ。彼我の戦力差は対等などではない。拳剛はようやっと黒典に攻撃が通るようになっただけに過ぎない。結局のところ、パワーもスピードも何もかもが黒典の方がはるかに勝っている。
禁を破り挑んだところで、結局拳剛の敗北は揺るがない。少なくとも、これが唯の殺し合いであるならば。

拳剛に僅かでも勝機があるとすれば唯一つ。これが信念のぶつかり合いだということ。


拳剛と黒典は、再び肉薄し、己が肉体を激突させる。ぶつかり合う度に、肉が爆ぜ飛び、抉れ、削がれる。
せめぎ合う肉と肉の狭間で、二人の男は絶叫した。

「黒典、お前の言うとおり乳は千差万別。そこには色々な価値観があるだろうよ。
貧乳が好きな者もいるだろう!巨乳を愛する者もいるだろう!!普通のが良い奴だっているだろう!!」
「そうだ!その価値観の中で私は歪んだ、愛する人と愛する乳の狭間で信念を捻じ曲げられた!!」

突き出された黒典の手刀が拳剛の脇腹を僅かにかすめる。超超音速の刃はその刀身に纏う衝撃波を以って、標的を大きく削り取った。
腹部を穿たれた拳剛の口から、おびただしい量の鮮血が零れる。傷口からはらわたを僅かに覗かせながら、しかし拳剛は止まらない。

そして――――

「だがな、男なら!!男なら、一番好きな乳は誰だって一緒だろうが!!!」
「何を馬鹿なッ―――」

―――――己が信念を黒典に叩きつける。

「惚れた女の乳が一番に決まっているだろうが!!!」
「!!!」

その瞬間。
一瞬とよぶにも満たない、あまりにも短い時間。黒典の肉体はその一瞬よりも遥かに短い刹那の間、制止した。黒典からすれば若造の戯言でしかないはずの拳剛のその言葉で、動きを止めた。それは瞬きするよりも短い、音が耳に届くまでよりも短い、星の瞬きよりも短い、流星が消えるのよりも短い、そんな僅かな時間だった。
その隙とも呼べぬ隙に、拳剛は己が全身全霊を抉りこむ。

「ぜぁあああああああっ!!!!!!」

赤熱するほどの速度で打ち出された拳が、螺旋を描いて黒典の腹へと直撃した。叩きこまれた衝撃は黒典の全身に伝播しながらその超超人的な肉体を粉砕し、爆発する。轟音と共に遥か彼方まで吹き飛ばされ、そして大岩に叩きつけられた。
そのまま地面に倒れた黒典はなんとか立ち上がろうとするも、最早身体が言うことを聞かなかった。東城流の奥義は、黒典の身体を完膚なきまでに打ち負かしたのだ。

黒典が小さく言う。

「……惚れた女の乳が一番か。まったく青臭い言葉だな、拳剛」

あまり大きな声ではなかったが、その言葉は離れたところで片膝を突く拳剛にはっきりと伝わった。

「俺はまだ若いからな。お前のようにひねてはいないのだ、黒典」
「真っすぐな男だ。だがその一途さに、私は敗れたのか」

黒典に負ける要素は無かった。だが負けた。拳剛のあまりにも真っすぐな信念に、黒典は貫かれたのだ
不思議と悔しさはなかった。晴れ渡る青空のように澄み切った想いが、今の彼の中には溢れていた。

「東城沙耶を連れていけ、私はもう龍脈を求めない。――――――お前の勝ちだ」




**************



「また助けられちゃった。いっぱい怪我もさせちゃったし……ごめん拳剛」

拳剛によって起こされた沙耶は、開口一番深々と頭を下げた。沙耶自身も自分を取り巻く状況をよく理解していなかったが、拳剛が助けてくれたことくらいは分かっている。
隠衆の時といい今回といい、傷だらけになって自分を助けてくれる拳剛に自分が何もできないことが、申し訳ないやら情けないやらで、沙耶はとても落ち込んでいた。
そんな沙耶の頭に、拳剛はぽんと掌を置く。

「謝るな沙耶、俺が好きでやったことだ」
「好きで、って……喧嘩が好きなの?」

尋ねる沙耶の言葉に、拳剛は静かに首を振った。

「違う。確かに喧嘩は嫌いではないがな、それだけでここまでするわけがないだろう。
よく聞け沙耶。俺が好きなのは、恋してやまぬのは……」
「う、うん」

二人の心臓の鼓動が高鳴る。互いに聞こえそうなくらいに大きく脈動する。
そして

「――――ッ!!!?」

それは、沙耶自身にも説明がつかない行動だった。ほとんど本能的な行動だった。沙耶は、拳剛を突き飛ばした。
普段であればびくともしないが、今は黒典との命の削り合いで足元もおぼつかない状態。拳剛はあっさりと弾き飛ばされる。

「沙耶、何を……ッ」
「拳剛、逃げてッ!!!」

拳剛が問うより早く、沙耶が叫ぶ。沙耶自身自分が何故そんな行動をしたのか理由は分からなかった。『東城』に流れる武人の血が、大切な者の命の危機に際して内視力すら越えて警告したのか。

瞬間、どす黒い何かが大地からあふれた。黒典の黒よりも遥かに黒い闇色の汚濁の奔流が大地の底から吹き出し、形を成し、沙耶めがけて襲い掛かる。
瞬きするよりも短い間だった。拳剛は手を伸ばすことすらできなかった。その一瞬で、沙耶は汚濁に完全に呑みこまれる。




「―――――――――――ッ沙耶ああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

拳剛の絶叫だけが、辺りに響き渡った。


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