<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.32444の一覧
[0] 乳列伝 【完結】[abtya](2015/11/22 19:20)
[1] 0[abtya](2012/04/02 17:21)
[2] 1[abtya](2012/04/21 10:01)
[3] [abtya](2012/04/28 10:05)
[4] [abtya](2012/04/04 17:31)
[5] [abtya](2012/04/28 08:42)
[6] [abtya](2012/04/20 23:26)
[7] [abtya](2012/04/12 17:03)
[8] 7[abtya](2012/04/21 09:59)
[9] [abtya](2012/04/27 08:43)
[10] [abtya](2012/05/01 23:39)
[11] 10[abtya](2012/06/03 21:29)
[12] 11 + なかがき[abtya](2012/07/07 01:46)
[13] 12[abtya](2013/01/10 01:12)
[14] 13 乳列伝[abtya](2013/01/12 01:21)
[15] 14[abtya](2013/03/17 00:25)
[16] 15[abtya](2013/05/19 16:18)
[17] 16[abtya](2013/06/06 01:22)
[18] 17[abtya](2013/06/23 23:40)
[19] 18[abtya](2013/07/14 00:39)
[20] 19[abtya](2013/07/21 12:50)
[21] 20[abtya](2013/09/29 12:05)
[22] 21[abtya](2015/11/08 22:29)
[23] 22(完)+あとがき[abtya](2015/11/22 19:19)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[32444] 13 乳列伝
Name: abtya◆0e058c75 ID:598f0b11 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/01/12 01:21
「鍵、返すよ」
「なん……だと……!!?」

ひょっこりと拳剛の家に現れた薄井エイジは、そう言って、拳剛に鍵を手渡した。
丁度、太刀川と今後のことについて話し合っている、まさにそのさなかだった。理由はわからないが明らかに狙ってきたとしか思えないタイミングに、思わず二人は身構えた。

「どういう風の吹きまわしだ」
「まあこっちにも色々と事情があるのさ………いや待て待て待て、ちゃんと話すからその拳を収めて下さいどうかお願いします」

思わぬ状況に拳を握り締める拳剛に対し、エイジは“もう半分しかないんだよぅ”と内股になる。見事に拳剛を出しぬいたというのに、やはりあの時のことはトラウマとなっているらしい。少々哀れである。
仕方なく拳剛は拳収めた。だが言葉こそないものの、その視線は「とっとと話せ」と脅しかけている。
今にも獲物を食い殺さんとする野獣のような視線に半ばビビりつつ、エイジは話を切り出した。

「結論から言うとだ、その鍵じゃ龍脈は開けない」

その言葉を聞いた時の2者の反応は、ある意味対照的だった。太刀川はびっくり。そして拳剛はドッキリである。
拳剛自身すっかり忘れていたものの、元々盗られた鍵は龍脈の鍵ではないのだ。まさかばれたのか。動揺する拳剛の内心など知らぬ太刀川は、いぶかしげに尋ねた。

「どういうことだ?」
「鍵には封印が施されてたんだ。いや、此方としてもそれくらいは予測してたんだがね、
思ったよりモノが強力でさ、指定の手順を踏まなきゃ解除できないらしい。
いや、まぁ時間をかければできないこともないのかも知れないが、龍脈の汚染の進行度合いを見る限り、残念ながらそんな時間はないようだからね」

この三日で、龍脈汚染が原因と思われる事故が10以上だ、とエイジは語る。このまま進めば、天変地異云々の前にこの街が滅びるかもしれない、と肩をすくめた。

「で、参ったことにその封印が有るかぎり、鍵はまともに機能しないんだなこれが。もうお手上げさ」

エイジがやれやれと首を振る。どうやら鍵が別物だとばれた訳ではないらしい。だからと言ってこの状況がどうにかなるわけではないのだが、とりあえず拳剛はほっと一息ついた。
一息ついでに、気になったことについて尋ねておくことにする。

「封印?だったか。それはなんだ」
「鍵にぐるぐる巻きにされてたぼろ布があったろ。それがそうだ。龍脈の鍵が効力を発揮しないようにしているらしい。龍脈の鍵は高密度に圧縮された気の塊のはずなんだが、その気配すら感じ取れない」
「ああ、そういえばあったな、そんな布切れが(8話参照)。妙に頑丈だったし、やはりただボロではなかったのか」

拳剛は納得した様子で頷いた。太刀川が補足する。

「解除の条件は、おそらく等々力を負かすことだろうな」
「“持ち主の手元に鍵が有ること”とか“一対一の”、他にも細かい条件は有るみたいだけど、まぁ大雑把に言ってしまえばそうだろうね。
つまるところ、守護者が負けない限り龍脈の鍵は安全に保管され続けるわけだ。当然と言えば当然の処置ではあるね」

龍脈は大地の気脈、膨大なエネルギーの塊だ。そう簡単に扱えないよう、二重三重の防護が施してあるということらしい。もっとも、実際はその鍵は別のものである公算が高いのだが。
そしてここからが本題だが、とエイジは続ける。

「ここまで言えばわかるだろうが、現状、憂国隠衆に鍵の封印を解くことはできない」

鍵を手に入れたは良いものの、時間がないので力づくで解くことはできない。決闘に勝利して正々堂々鍵を手にいれようにも、戦闘能力の低い隠衆には拳剛から真正面から挑んで勝てる者はいない。
太刀川が成程と頷く。

「だから鍵を返しにきたわけか。まぁ尋常な一対一の決闘と言うことであれば、等々力を打ち負かせるのは護国衛士にしかできないだろうがな」

お前らでは無理だと遠まわしに言われたエイジは、しかしそれを否定する。

「いやいや、君たちの中にだって等々力拳剛を倒せるような人間はほとんどいないだろ。
少なくとも今この件にかかっている衛士の中では、その可能性のありそうなのは太刀川怜、君くらいの物だっていうのは、こっちは把握してるんだよ。
その君にしたって僕らとの戦闘で負傷して、完全に調子が戻るにはもうちょっとかかる。こう着状態なのはなにも僕らに限った話ではないよ。多少こちらが不利であるのは認めるけどね」
「ならば何故、鍵を返す」

拳剛が尋ねる。隠衆が不利だと感じるなら、それこそ鍵を返す必要はない。かえってじり貧になるのではないか。拳剛にはそう思えた。
そんな拳剛の言葉に、エイジは我が意を得たりとばかりに話しだす。

「そこさ、俺が話したいのは。」

しばらく間をおいてから、もったいつけるようにエイジは語り始めた。

「実はこの均衡を崩せる奴らがいる」
「まさか、例の第三勢力のことか?」
「第三勢力?」

太刀川の言葉に、拳剛は首かしげる。頭に疑問符を浮かべる拳剛に、太刀川が簡単に説明をする。
要するに、護国衛士と憂国隠衆の以外の良く分からん集団が鍵を狙ってる、ということらしい。
先に説明されてしまったエイジは、少々つまらなそうに後を引き継ぐ。

「俺が説明したかったんだけどね、まあ概ねそこの衛士の言う通りだよ。
最初はどこの馬の骨とも知らない烏合の衆だから、まぁ対して警戒はしてなかったんだけどね、この前のことでちょっと事情が変わった」
「この前?」
「……そうか、あの時のことか」

指示語的な言い方のために拳剛はわからなかったが、太刀川は理解できたらしい。
おそらくは隠衆との戦闘の時のことを言っているのだろうが、拳剛には何故それで“均衡が崩れる”ことになるのかわからない。
拳剛の疑問に応えるように、エイジが口を開いた。

「あの時、隠衆があの工場の周りに結界を張っていたのは覚えているかい? 」
「ああ、あの薄いもやっとした壁のことだろう?」

数日前の事を回想する。工場に侵入するとき、そして脱出しようとするときに拳剛達の行く手を阻んだ、みょうちくりんな壁が思い出された。

「壁ね、まぁ見た目はその通りだが。
だが“結界”なんて一言で言ってしまえば簡単だが、あれはそんな生易しいものじゃあない。こっちの事情に疎い君には分かりにくいかもしれないが、あれはいわばちょっとした城塞みたいなものなんだ。」
「城塞とは、これまた大仰だな」
「いや、薄井の言っていることは事実だ」

拳剛にして見れば随分な誇張表現に聞こえたが、実際はそうでないらしく、太刀川が説明を加えた。

「本来あれを破壊しようとすれば、綿密に準備をしてからしかるべき手順で、相当の時間をかけて行わなくてはならない。その間の敵の妨害を加味すれば、確かにあれは城塞と言ってさしつかえないだろう」
「だが、結局はあっさり崩れたぞ」
「問題はそこなんだよ」

エイジは再び我が意を得たり、というように頷き、そして今度はこめかみを押さえた。

「本来崩れるはずのない結界が、まるで紙風船のように消し飛ばされた。
恐らくやったのは、対結界・封印用の能力を有する人間。それもかなり高いレベルで、だ」
「衛士には、そのような人物はいないな」
「ということは、そいつはその第三勢力とやらの人間というわけか」
「その通り。その第三勢力が何故あの時等々力達の味方をしたのかは気になるが、重要なのはそこじゃない。
それほどの能力が有るということは、おそらくその人間は鍵の封印も解くことができる。それが問題なんだよ」

こう着状態は、あくまで結界が破られないという前提のもと成り立っているに過ぎない。まっとうにやれば拳剛が負けることはないと、太刀川にしろエイジにしろ妙な信頼をしているからだ。
だが第三勢力が封印を無理やり解ける以上、鍵を奪えば敵の目的は達せられることになる。
これは非常にまずかった。なにせ、拳剛は一度、エイジに気付かぬうちに鍵をとられたという“実績”がある。尋常な決闘ならともかく、相手が手段を選ばないならば、拳剛から鍵を奪うことはおそらく可能だろう。
つまり、衛士と隠衆は、なんとしてでも鍵が盗まれることだけは避けなくてはならない。

「一番最悪なのが、奴らの目的は龍脈の浄化ではなく、その力の利用に在るということだ」

龍脈の力は大地の力、星の力だ。その力は絶大である。そんな危険なものを、得体の知れない連中に、それも私利私欲のために使おうとするような輩に渡すわけにはいかないのだった。
だが、とエイジは続ける。

「第三勢力はどこの馬の骨とも知れぬ連中だというのに、相当な力を持っている。正直今の隠衆ではキツイのさ。」

もっとも衛士だって同じことだろうけどね、と先ほどの意趣返しのようにエイジは付け加えた。
太刀川は青筋を浮かべつつ、エイジの言わんとすることを理解した。

「なるほど、つまり護国衛士と憂国隠衆で手を組めと」
「ああ、そうさ。正確には隠衆と衛士、そして等々力拳剛の同盟だ。」
「? すまん。お前達が何を言っているのかさっぱりわからん」

しかし拳剛は付いていけない。エイジが説明するには、つまりこういうことだった。

衛士と隠衆どちらも第三勢力に鍵を渡したくない。そこでは利害は一致。
故に、今回のような不意の襲撃に備え衛士と隠衆が共同で拳剛及びその周囲を護衛、そしてなるべく早急に鍵の封印を解き(=拳剛を倒し)、龍脈を解放・浄化する。

拳剛を倒す役は衛士が担うことになるらしい。隠衆は性質上ガチンコで拳剛に勝つのは難しいためだ。
そうなると衛士に鍵が渡ってしまうことになるが、隠衆としては鍵の封印さえ解けてしまえば、後々衛士から奪うこともできるので構わないそうだ。仮に奪えず衛士が龍脈の封印を解いたとしても、龍脈を第三勢力に私的利用されるという最悪の事態だけは避けられる。
まぁそこらへんのことは、鍵が拳剛の元から離れてからの話であるので、ぶっちゃけ関係ないわけではあるが。

とまぁそんなことをさらっと説明された。拳剛も納得である。

「なるほどな、まぁ俺としても尋常な決闘での結果で有れば、鍵を渡すのはやぶさかではない
先生はほしい奴にくれてやれ、と言っていたわけだしな」

一方の太刀川はやれやれと言った様子だ。

「お前がここに居るということは、もう本隊同士では話がついているとみて良いのだな」
「そゆこと。と言っても同盟が決まったのはついさっきだけどね。
ここに来たのは単純にそれを知らせに来たってわけさ。後は等々力拳剛、君次第なんだけど」

「ああ、そういうことなら良いだろう。受けさせてもらおう」

拳剛のやることと言えば決闘することのみである。立ち会いするのは元々そのつもりなので、実質ほとんど何もしなくていいということになる。受けない理由はなかった。

「OK、じゃ俺は本隊にその旨を伝えてこよう」
「私も自陣に戻って確認をとってこよう。立ち会いの日程は追って伝える。ではな」

そういって二人とも拳剛の家から退出したのだった。




思わぬ方向にことが転がり出した。第三勢力の台頭。衛士と隠衆の一時休戦。そして拳剛と護国衛士との再戦。
鍵をめぐる戦いは、少なくとも拳剛の周りでは収束するかに見えた。だが拳剛は知っている。拳剛だけが知っている。事はまだまだ解決しそうにないということを。

(俺の持っているのは、実際はただの蔵の鍵なのだものなぁ………)





布切れに包まれた“鍵”をいじくりながら、思いにふける。

太刀川の言によれば、龍脈の鍵とはそれそのものが膨大な気の塊であるらしい。
なので仮に拳剛の持つ鍵が龍脈の鍵で有るとするならば、内視力で見たときに光ったり、輝いたり、多少なりとも“気の塊”っぽいものが見えなくてはおかしいのだが、そんなことは全くと言っていいほどなかった。
薄井エイジの言うには、鍵をすっかり覆ってしまっている布切れは鍵の封印であるとのことだったから、それに阻まれて内視力が作動しないのかとも思ったが、それにしたってここまで何の反応のないのも妙だ。なにせ拳剛の内視力は先日の戦いで、結界内部の人間の気脈までも捉えることができたのだから。

だからやはり、拳剛の鍵は龍脈の鍵ではないのだ。無論、勘違いである可能性もないわけではなかったが、とりあえずはその仮定のもと、拳剛は考えることにした。

(そういえば先生は何故、“鍵の守るものを口外してはならない”などと言ったのだろう)

ずっと気になっていたことではあった。拳剛が先代から言いつけられたことは三つ。
「鍵はそれを望むものに与えよ」、「ただし尋常の立ち会いにて勝った者にのみ与えよ」、「鍵の詳細を口外するな」。
このうち前の二つは極々自然なことである。一般に、道場の看板も似たようなものだからだ。

ただし最後の一つが分からない。
鍵が守る物が何なのかを語ることができなければ、何か勘違いが起きかねない。というか、今まさにそれが起きていた。
得体のしれない三つの勢力に、龍脈の鍵を持つ者として狙われている真っ最中であるのだ。

(これではやはり、俺が龍脈の鍵を持つ者と勘違いさせることが目的だったとしか思えん)

いつぞやに導きだした結論に、拳剛はもう一度至った。
では何故、師はそんなことをしなくてはならなかったのか? 拳剛は思わずううむと唸った。さっぱりわからない。理由を考えようにも手掛かりが少なすぎるのだ。
だから拳剛は切り口を変えることにした。

(俺の持つ鍵が龍脈の鍵の偽物の役割を担っているというのなら。ならば本物の龍脈の鍵はどこにある?)

龍脈の管理保全に必要な品だというのならば、そのような貴重な物をまさか捨てるようなことはないだろう。すなわちそれはいまだにどこかに存在することになる。
太刀川の言によるならば、鍵はそれ自体が膨大な気の塊であるらしい。人体の気脈を光の明暗の如く見切ることができる内視力で強力な気の塊を見れば、それは何より爛々と輝いて映るはずである。

(……探してみるか)

長い思考の末に、拳剛は重い腰を上げたのだった。







「家探しさせてくれ」
「帰れッ!!」

家に来るなり爆弾発言を投下した拳剛に対しての沙耶の返答は、顎部への流れるようなエルボーであった。無論効かないが。

「なんでったって、いきなりそんな馬鹿なことを言い出すんだよ?」

沙耶は最近突っ込む回数が増えたな等とぼやきつつ、一応理由を尋ねる。拳剛は底なしの阿呆であるものの、訳もなくこんなことを言うような男でないことは沙耶自身良く理解していた。
沙耶の問いに拳剛はあからさまにうろたえる。太い眉がピクピクと動き、額からは冷や汗が流れ、眼はあらぬ方向を向いた。

「ししし思春期の男と言うものは、気になる女の子の事は何でも知りたい物なのだ。たとえ家探しをしてでもな」
「それはただの犯罪者だ」

咄嗟に出した言い訳がこれかと、沙耶は思わずため息をついた。この幼馴染の嘘の下手さ加減はどうにも筋金入りのようである。
日ごろから互いの家を行ったり来たりしているのだ。黙って覗けばいいものの、どうにもこの男の愚直さには果てがない。その割には素っ頓狂な言い訳を口にするのだから、これではどうすればいいのかと沙耶の方が困ってしまう。ちゃんと訳を話せば、ちょっと家を探させるくらい構わないというのに。
しばらく拳剛をジト目で見つめたあと、だから沙耶は再び大きなため息をついた。

「……まったくもー、仕方ないな」
「い、いいのか?」
「不本意だけどね。どうせホントの理由は話せないんでしょ。」

理由は話せない。だが嘘の理由をでっち上げてでも、どうしてもやらなくてはならない。
拳剛はどうせ譲らないのだから、ならば沙耶には見せてやるほか選択肢はないのだ。
もっとも、ここ最近の騒動に関係することなのだろうとは沙耶も薄々勘付いてはいたが。

「済まん、恩に着る!! 大丈夫だ、部屋のエロ本には触らんぞ!!」
「女の子の部屋にそんなもん有るわけないだろっ!!」





こうして拳剛による、東城家大捜索が始まった。とはいっても何のことはない。一部屋ずつ扉を開けていって、ちょっと覗くだけである。特に何かを物色するわけでもなくただ部屋の入り口でじっと中を見つめるだけなので、沙耶の方がかえって拍子抜けしてしまった位だ。
一部屋にかかる時間は数分もなかったため、ものの30分もしない内に家探しは終了した。

当てが外れたらしい拳剛はその後、居間で出されたお茶をすすりながらうんうんと唸っていた。沙耶も拳剛の隣にちょこんと座る。

「探し物は見つからなかったみたいだね」
「む、まぁな。しかしこの家に無いとなると、他には見当も……」

拳剛は一応応えはしたものの、後半の方はほとんどひとり言のようだった。どうやらそうとう真剣に悩んでいるようだった。だから沙耶は提案する。

「一回で見つからなかったならさ、もう一回全部探してみたら?」
「……そうするか」

沙耶に促されて拳剛は再び部屋探しを開始する。中の物を漁りこそしないものの、今度は先ほどより入念に、部屋の中を何往復もしながら探していった。
沙耶も一応付いて行ったものの、あまりに沈黙が長い。何か話題を振ろうと考え、ちょうど拳剛に聞きたいことが有ったことを思い出した。

「そういえば、この前薄井君にさらわれた時に夢を見たんだよね」
「夢? 一体どんな夢だ? ………あ、済まん沙耶、そこちょっとどいてくれ。胸が眩しくて視えない」
「あ、ごめんごめん。えっと、どんな夢だったかっていうとね」

沙耶は、その時見た夢をかいつまんで話した。夢の中で幼い自分が大けがをしていたこと。死に至るような深手だったこと。それがもしかしたら本当にあったことかもしれないということ。しかしそれが本当にあったならば、自分が生きているはずがないこと。
全て話終わってから一息ついて、沙耶は拳剛に問いかけた。

「私はちっちゃい頃大怪我した記憶なんてないんだけどさ。この夢を見ると確かにあったことのような気もしてくるんだよね。拳剛なにか覚えてない?」
「沙耶が覚えていないなら、俺が覚えていることはないだろうな。あ、済まん沙耶、一歩右に移動してくれ。眩しい」
「あいあい」

だが、と拳剛は続ける。

「心臓からの大出血だろう? 普通なら即死だろうし、仮に生き残れたとしても心臓に疾患が残るんじゃないか。やはりただの夢だろう、それは」
「うーん、やっぱりそうなのかな。実際私は心臓が弱いとかそういうことはないわけだし。むしろ健康すぎて困っちゃうぐらい。
一応聞きたいんだけど、拳剛みたいに“気”の力を使えれば、そういう大怪我でも助かったりするの?」

沙耶が気になっていたのはそこだ。薄井エイジとの騒動の際、拳剛は命にかかわるような深手だったのにもかかわらず、数日であっさり全快していた。それが自身の気脈の力を使えるためだというのは、沙耶も知っている。故に、あの時自身が助かったのはなんらかの方法で“気”の力を使ったからではないのかと沙耶は考えたのだった。

しかし、拳剛の答えはそれを肯定するものではなかった。

「大怪我でも助かる、というのは正しいがな、流石に心臓が傷ついてしまえば、生存は不可能だろう」
「なんで?」

「単純な話でな、回復する前に死んでしまうからだ。
沙耶の言うような状況で助かろうとするにはまず心臓の傷を癒さなければならないわけだが、人間の扱える気の総量では、死に至るような重傷を一瞬で治癒するには出力不足だ。
気の力といえども、万能ではない」
「なるほど、考えてみればそうだよね……」

確かに拳剛の言うとおりだった。ほぼ人外の彼でさえ、あの時の騒動の負傷から完治するのには3日を要した。それでも常人と比較すれば驚愕するほか無い回復力ではあるが、しかしそれでも数日は療養が必要だったのだ。心臓が血を流しきる前にその傷を塞ぐなど、到底不可能なことだろう。

「まぁ出力不足ということはだ、逆に言えば“気”の強度が十分であれば、そのような傷を負っても回復することができるだろうな」
「でも、人間の力じゃ不可能なんでしょ」
「ああ、そういうことだ。まぁ机上の空論と言う奴だ。済まん沙耶、左に寄っ、て……」

そのとき拳剛の動きがピタリと止まった。鬼のような形相で、その視線は微動だもせずに、ただの一点を見つめる。
突然の沈黙と思わず沙耶は戸惑った。何か彼を怒らせてしまったのかと思った。

「ど、どうしたの、拳剛? 私そんなに邪魔だった?」
「見つけ、た」
「え?」

だが実際は沙耶の予想は外れている。拳剛は探し物を見つけたから、止まったのだ。
いや、見つけたというのは正しくない。何故なら拳剛は、ずっと前からそれを目にしていたからだ。
その時、拳剛は全てを悟った。

「そうか、そういうことだったのか………だから先生は……!!!」
「ちょ、拳剛!? どうしたのさッ?」

それはずっとそこにあったのだ。自身は気付かずとも、拳剛はそれを既に、およそ記憶の残るより前の遥か昔から、見つけていた。
内視力に、太陽よりもまばゆく映るその光。


そう、龍脈の鍵は―――――――――沙耶の胸にあったのだ


*************************



こうして二人は再び激動の最中へと巻き込まれることとなる。
2度目の嵐は暗雲をかき消し、全ての真実を白日のもとに曝け出した。
すなわちこの戦いが、乳を望む者が、乳を滅ぼす者が、乳を守る者が、たった一つの少女の乳を求めるためだけのものであることを。
故にこの物語は、こう称されるべきであろう。

―――――――――――――――すなわち、乳列伝





前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.023222923278809