戦いが終わり。とりあえず一段落したわけであったが、代わりに拳剛が倒れた。立っているのが不思議な位の怪我である、無理もない。全身のあちこちに裂傷打撲。アバラは数本折れている。とくに酷いのが体の至る場所での血管破裂だ。最早全治何カ月などで表現できるレベルの怪我ではなく、どんな後遺症が残ってもおかしくない。そんな状態であった。
まぁ結局三日で治ったのだが。
「おっぱい揉ませてくれ」
「はい平常運転ッ!!」
騒動からきっかり三日後。家の布団で長い眠りから目覚めた拳剛の第一声に対し沙耶が返したのは、愛の篭った肘鉄であった。無論拳剛にはノーダメージである。沙耶の方が痛い。
沙耶は思わず赤くなった肘をさすった。
「うぅ、痛ぁー……身体、もう治ったみたいだね」
「うむ、全快だとも」
拳剛はぐっと力こぶ見せる。隆々たる筋骨は、三日三晩眠り続けた後も十分に壮健であった。
「よかった。流石にあんな怪我した拳剛見たのはじめてだったし、結構心配したんだよ。三日も寝込んでたんだから」
沙耶も、拳剛の理不尽な身体能力や回復力は知っていたものの、流石に今回は怪我の度が過ぎた。あの後太刀川の同僚だという医者に診てもらい、とりあえず(拳剛なら)大丈夫とのことだったので自宅療養させていたが、拳剛が寝ている間、沙耶はずっと看病をしていたのだった。目の下の隈が彼女の心配の度合いを物語っている。
拳剛はそれに気づいてポリポリと頬をかく。流石にばつが悪そうであった。
「すまん。心配をかけた」
「ううん、いいよ。それよりもごめんね、私のせいで一杯怪我させちゃった」
「謝るな、もとはと言えば沙耶がさらわれたのは俺のせいなのだからな。詫びるべきというなら俺こそが、そうすべきなのだ」
今回の件は拳剛の鍵を狙って起きた騒動である。沙耶は元々無関係だった。だから拳剛は沙耶に向き直り、頭を地に付けた。
「本当に済まなかった」
「わかった、じゃあ私は謝らない。けどお礼くらいは言わせてよ。
助けてくれて嬉しかった、ありがとう」
「む、そうか……」
奇妙な沈黙が流れる。だがなんとなく心地のいい静寂だった。
少しばかり後、少し頬を赤くしながら、沙耶が耐えきれなくなったように声を発した。
「よ、よーし、じゃあお礼に今日は拳剛の好きな物を作ってあげよう。何がいい?」
「食い物も良いがな。お礼と言うなら俺はおっぱいが揉みたいぞ、沙耶の。」
「はいはい。そういうのは言うべきことを言って、きちんと手順を踏んでからね」
ゲシっと拳剛に蹴りを入れてから、沙耶は拳剛の部屋を後にする。と、部屋を出る直前、思い出したかのように振り返った。
「そういえば拳剛が倒れた時、こんなものを拾ったんだけど……」
そういって沙耶が差し出したのは、拳剛には見覚えのある巾着袋だ。それは、師・源五郎から預かった鍵を入れておいた袋だった。
そう、入れておいたはずだったのだが。
巾着を沙耶から受け取った瞬間、拳剛は茫然とした。
「………中身がない、だと」
巾着の中からは、中身がすっかりなくなっていた。いや、無くなっていたというよりは、抜き取られたという方が正しいだろう。巾着の底は、鋭利な刃物で切り裂かれたかのようにバッサリと切れていた。
鍵は奪われたのだ。だが、いつ誰がどのようにして? 拳剛は確かめるべく沙耶に問いかける。
「沙耶、これを拾ったのは、あの工場で、あの戦いのすぐ後か?」
「? そうだよ、薄井君達をやっつけて拳剛が気を失った後、拳剛のぽけっとから落ちてきたんだ」
「そうか」
沙耶の答えに、拳剛は思考を巡らせる。つまりあの戦闘終了直後には既に奪われた後だったと言うことだ。つまり鍵は戦闘中に抜き取られた。拳剛にそれを悟らせず、こっそりと。こんなことができる人物など、拳剛には一人しか思い浮かばない。
「薄井エイジか……!!」
おそらく奪われたのは最後の一騎討ちの時だろう。最後はキッチリとどめを刺したから動けるはずもないし、一騎討ちより前に取られていたならば、隠衆たちはその時点で退いていたはずだからだ。
まったく驚くべきことに、拳剛に気圧されヘタれたと思われたあの時、薄井エイジは自らの役目を果たしていたのだった。
「してやられた、と言う訳か」
苦々しくつぶやく拳剛を、沙耶は訳が分からずに、ただ不思議そうに見つめるのだった。
その後拳剛は太刀川と落ち合い、事の顛末を説明した。鍵が敵勢力に奪われたとあって護国衛士も隠衆の捜索に協力してくれることになったが、実際は見つかる可能性は非常に低いとのことだった。何せ相手は隠密、潜伏、後方支援を主な任務とする部隊である。前線での戦闘が主な任務である脳筋集団では、見つけ出すのは不可能に近い。
しかしほぼ絶望的に近いその状況は、なんと当の隠衆によって破られることになったのだ。