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No.32434の一覧
[0] さようなら竜生 こんにちは姫生(完結 五話加筆 竜♂→人間♀ TS転生 異世界ファンタジー)[スペ](2012/05/16 23:14)
[1] さようなら竜生 こんにちは姫生2[スペ](2012/03/26 08:59)
[2] さようなら竜生 こんにちは姫生3[スペ](2012/04/10 12:28)
[3] さようなら竜生 こんにちは姫生4[スペ](2012/11/08 12:57)
[4] さようなら竜生 こんにちは姫生5 <終> 加筆[スペ](2012/06/20 12:31)
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[32434] さようなら竜生 こんにちは姫生(完結 五話加筆 竜♂→人間♀ TS転生 異世界ファンタジー)
Name: スペ◆20bf2b24 ID:e262f35e 次を表示する
Date: 2012/05/16 23:14
 むかしむかしある所にそれは強くて大きくて古い竜がおりました。
 良い神様たちと悪い神様たちが力を合わせても勝てないほどすごい竜でした。
 ですがその竜はすこし、いえかなりのお馬鹿さんで、優しく、強く、大きく、そして寂しがりの竜でした。
 竜の周りには分身とも呼べる兄弟達や同じ竜の仲間がたくさんおりましたが、竜は寂しさを埋めきれず、神々が創りだした人間達が生きる地上で暮らすようになりました。
 竜は地上で暮らし始めてから嬉しい事、悲しい事、寂しい事、楽しい事、たくさんの事を経験しながら長い時間を生き続けました。
 
 ですが、何時からでしょう。
 竜は生きる事が退屈になり、心が動く事がほとんどなくなって行きました。
 それは数えるのも億劫になるほどの長い生の中、親しくしていた人間達に幾度となく裏切られたからかもしれません。
 あるいは地上の生き物たちが些細なことで争いを起こし、世代が変わり時代が変わっても争いをやめない事に失望したからかもしれません。
 それとも単純に竜が長く生きすぎたことで、生きることそれ自体に倦み、疲れてしまったからかもしれません。

 そんな風に生きる事に疲れを覚えて飽きていた竜が、自分を殺しに来た七人の人間達を返り討ちにせず、わざと殺される道を選んだことはある意味では必然と言えたでしょう。
 竜は自分の心臓が冷たい剣の刃に貫かれ自分の命が尽きるのを感じながら、これでようやく退屈から解放されると喜んだのです。
 自分を殺した人間達を恨んだり憎んだりするどころか、自殺の手伝いをさせてしまって申し訳ない、そう考えているほどでした。
 ですがいよいよ竜の肉体が死を迎えて一度は眠りに着いた竜が、次に目覚めた時には考えもしない事が起きていました。

 一番偉い神様さえ超えるほど強大な魂を持っていた竜は、死んで冥界に行った後も転生の輪に加わる事はなく、そのまま永劫の眠りに着く筈でした。
 しかし、竜は気付いた時、冥界の奥底ではなく人間の女性のお腹の中に居たのです。
 そう、竜は数え切れないほど自分を裏切り、友となり、敵となり、愛した人間という種族へと生まれ変わったのです。
 そして生れ変るのは一度だけではありませんでした。
 人間に生まれ変わり、人間として死に、その後も竜は人間ばかりではなくエルフやドワーフ、犬や猫、鳥や魚、虫や花などの魂を持つあらゆる命へと生まれ変わり続けたのです。
 これは生まれては死に、死んでは生まれ続ける生と死の輪廻を繰り返す竜のある一生のお話です。


さようなら竜生 こんにちは姫生(竜♂→人間♀ TS転生 肉体的には百合)


 私はジーナと申します。
 イルネージュ王国第三王女レアドラン・クァドラ・イルネージュ姫殿下にお仕えする侍女でございます。
 私がお仕えするレアドラン姫殿下は、現国王ジュド陛下と側室であらせられた今は亡き第二王妃スノー様との間にお生まれになった方です。
 スノー様は平民の出で、その美貌がジュド陛下のお目にとまり王宮に召し上げられた方でございました。
 美しいばかりではなく大変に心のお優しい方であったスノー様は、第一王妃であり国母でもあるローザ様とも親しくされ、レアドラン姫殿下も異母兄弟である兄王子様や弟王子様方とも親しくされております。

 まことに残念な事にスノー様はレアドラン姫殿下が八歳の頃にお亡くなりになってしまいましたが、レアドラン姫殿下は明るさを失うことなく葬儀の際も健気にも胸を張り、それは御立派な態度で臨まれておられました。
 私がお仕えするレアドラン姫殿下でございますが、幼き頃より大変聡明かつ穏やかな御気性で、また王家の血が流れている事をはっきりと感じさせる高貴さと、並みならぬ威厳をお持ちでいらっしゃいます。
 王女ではなく王子として産まれていたなら、次期国王へと望まれていただろう、と重臣の方々やあるいは宰相閣下や国王陛下さえ口にしていたという噂が立つほどでございます。

 姫殿下は王族に必要とされるあらゆる学問や教養を積極的に学ばれ、とくに体を動かす事に関しては貪欲と言っていいほどだったかもしれません。
 王女というお立場ながら武術や軍事にも大変興味を示され、兄王子様や国王陛下の鍛錬の最中に足を伸ばされては、修練場の片隅で練習用の木剣を手にしている御姿を良くお見かけいたしました。
 幼い姫様が兄王子様や国王陛下の真似をして木剣を持ち上げようとする姿には、私どもだけでなく、その場にいた騎士の方々や国王陛下も微笑ましいものをおぼえたものでございます。
 ただ余りに聡明すぎるせいなのか、レアドラン姫殿下はスノー様が御存命の頃より周囲を驚かせるような行動を何度も何度もされており、私もお仕えしている間に思わず心臓が止まってしまいそうな心持ちになった事が幾度となくあります。
 そうそう例えばレアドラン姫殿下が十一歳の春のころには、このような事がございました。



 イルネージュ王国王都プラティセルバの郊外には、王都を守護する飛竜騎士団の駐屯する砦がある。
 飛竜は角を生やした大型の爬虫類を思わせる頭部、長く伸びた首、鋭い爪の伸びる四本の足、硬い鱗に鎧われた逞しい胴体とその臀部から伸びている長い尻尾を備え、咽喉の奥からは燃えさかる炎の息吹を吐く。
 その飛竜に跨り自在に空を掛ける竜騎士は、騎乗用の大型鳥類を駆る飛鳥騎士、天馬を駆る天馬騎士と並ぶ希少な航空戦力であると同時に最強の兵種の一つとして名高い。
 最も目立つ戦場の華の一つであり、王国の男子であれば誰しもが一度は飛竜の背に跨り天空を舞う事を夢見る。
 女は屈強な飛竜に跨り自在に操って空を雄々しく優雅に舞う竜騎士達に恍惚と蕩けた視線を送り、それを受けた竜騎士達は飛竜と共に空を飛び、自分達だけが見られる空の高みを誇る。
 それが飛竜と飛竜を操る竜騎士という存在であった。

 王国におよそ一千騎存在する飛竜を操る騎士団の中でも、最精鋭と名高い王国近衛騎士団所属の紅蓮飛竜騎士団は、王国の最重要地である王都防衛のため王都の近くに根拠地を置いているのだが、その日だけは常とは違う喧騒に包まれていた。
 石壁に囲まれた紅蓮飛竜騎士団の砦の内部は、練兵場や兵舎、鍛冶工房、更に飛竜達が日常のほとんどを過ごす巨大な竜舎が軒を並べている。
 その正門広場には白い箱馬車が止められており、豪奢に金銀をちりばめた装飾と車体に輝く擬人化された月と太陽の王国の紋章が、この箱馬車の主が王族に連なるものである事をなにより雄弁に語っている。
 この日、紅蓮飛竜騎士団の根拠地であるラバン砦は、イルネージュ王国で最も貴い血統を継ぐ者の訪問を受けていたのである。

 しかし砦の中には腰に剣を帯びて平服で砦の中を歩く兵士や騎士達の姿が散見され、さらに彼らの様子が普段と変わらぬものである事から、今回の訪問が事前の連絡を行っていない唐突なものである事が伺える。
 まだ砦の内部に王族来訪の知らせが行きとどかぬ中で、その混乱を引き起こした当の本人はと言えば、数名の侍女と護衛の騎士、そして案内役の竜騎士を伴ってラバン砦の心臓とも言える竜舎にその姿があった。
 ラバン砦に事前の連絡なしに訪れたのは、誰あろうイルネージュ王国第三王女レアドラン・クァドラ・イルネージュその人であった。

 紅蓮飛竜騎士団の保有する飛竜達が普段暮らす竜舎は、牛馬を超える飛竜の体の大きさにあわせて、ちょっとした屋敷ほどもある広さで作られている。
 その竜舎の分厚い鉄の扉が嵌めこまれた入口にレアドランがいた。
 レアドランは端的に言えば美しい少女と言えた。
 本物の黄金が風に靡いているかの如き黄金の髪は艶やかに流れ、降り注ぐ陽光を弾いて球の粒に変えて絢爛と輝いている。
 黄金の髪の上には王女の立場にある事を示す、小さいが純銀と大粒のルビーがあしらわれた恐ろしく精緻な飾り細工が施されたティアラが、レアドランの美貌を引き立たせながら自身の輝きもまた主張していた。
 絶世の美女として知られた母スノーの血が確かに流れている事を知らしめるかの様な肌は、未踏の処女雪の如く白く透き通り、肌の下で高貴な血を流す血の管がうっすらと青く見えた。

 山と積み上げられた金塊も色褪せてしまうほどに美しい金の瞳は、イルネージュ王家の血を引く者の証である。
 その瞳に年不相応の、見つめる者の魂の底まで見通すかのような神秘的な光を宿し、あたかも数百年を生きる賢者の如く老成した雰囲気を持つのが、レアドランという王女であった。
 だが誰もこの王女の真実を知らない。その肉体は確かに人間たる父母より賜りしものであったが、肉体に宿りし魂がかつて神々さえ畏怖した古の竜のものであることを。
 この美しき金髪金眼の王女こそが、数え切れぬ転生を重ねた竜の今生の姿であった。

 唐突に何の前触れもなく、それこそ春の訪れを告げる強風のようにいつの間にかやって来ては、その場をかき乱す行動力と突然さに定評のあるレアドランの傍らには、急遽エスコート役を命じられた紅蓮飛竜騎士団三番隊隊長ベルナーの姿があった。
 代々竜騎士を務めて来た名家の出であり、ベルナー自身もイルネージュ王国の竜騎士の中で十指に数えられる名騎手である。
 青く染めた絹地に白い刺繍のある軍服の上に紅蓮のマントを纏い、腰にはゆるやかに刀身が反ったサーベルを佩いている。
 ベルナーはまだ三十代半で経験と肉体がもっとも脂の乗った時期にあり、鍛え抜いた肉体は巨岩の様な堅牢さと猫科の生き物の様な瞬発力を併せ持ち、竜から降りても並みの騎士四人分の働きをしてのける豪傑である。

 飛竜と共に空を飛ぶ事と武術にばかり人生を費やしてきたベルナーは、正直言って王族のエスコートなど、ましてや扱いにくい小人と女人の両方を兼ねるレアドラン姫の扱いなどは、まっぴらごめんというのが本音である。
 政治のせの字を耳にするのも嫌だと公言憚らぬベルナーではあったが、国王が妾妃スノーとの間に設けた娘が麒麟児と噂されている事は流石に耳にした事はあった。
 実際目の前にして見れば、やけに落ち着き払った冷静な態度を持ち、他の王族とは異なる重厚な威厳を纏い、なるほど確かに母である妾妃の面影の色濃い美貌は本物であると認めよう。
 いや、十分に普通の王族ではないが、とベルナーは竜舎の中から零れて来た飛竜達の匂いに、周囲の侍女やレアドランの専任騎士が顔を顰めるのを横目に見ながら、ひとまずの評価としていた。

「ふむ。皆静かにしていますが元気そうですね、ベルナー卿」

 銀の弦が張られた黄金の竪琴を天上世界の楽師が爪弾いたかのような、と浮ついた貴族の子弟どもがうっとりと口にしていたのが、事実であったと言う事をレアドランの声を聞いた時、ベルナーは理解した。
 これは将来王家の血を取り入れるという目的以外にも、数え切れないほどの貴族のガキ共が求婚するだろうし、他国の王族や有力貴族との政略結婚でもこの美貌を利用すればかなりの付加価値を持たせられるに違いない。
 王国中央の据えた匂いのする政治を遠ざけて生きてきたとはいえ、ベルナーもすぐにそこまで考えが及ぶ程度には貴族であった。
 そしてもう一つベルナーの意識を引いたものがあった。飛竜達を元気そうと評したレアドランの声に、親愛が満ちていた事だ。

「飛竜は見た目に反して普段は大人しいものですので。ところで今は鳴き声一つ上げてはおりませんが、殿下は匂いか気配だけ飛竜たちの体調がお分かりに?」

「勘です。中に入らせていただきますよ。アスティア、貴女達はここで待っていて構いません」

 レアドランは背後を振り返り、自らの専任騎士であるアスティア・レーヴェの名を口にした。
 アスティアはレアドランよりも十歳年上になるレアドランの専任騎士である。
凛とした佇まいの騎士たるべき者の鏡の如く清冽な雰囲気を纏う、将来を嘱望された逸材だ。
 既に母はなくその母もまた平民であった事から、後ろ盾となる有力貴族との縁故もない事から、もっとも王位に遠いとされるレアドランの専任騎士とするには惜しい、と囁かれた事もある。
 太い三つ編みにして垂らした金髪が、アスティアが首を横に振るうのに合わせて左右に揺れる。
 主君のからかいを混ぜた問いに、アスティアは即座に答えを返した。

「この身は姫様とどこまでも共に在ります。それに飛竜をここまで近くで見る機会もそうはありません。実に良い機会です。ノイッシュ、アルバ、お前達はご婦人方とここにいろ」

「はっ!」

「了~解」

 ノイッシュ、アルバ、共にアスティアの以前からの部下である。この二人は士官学校の同期で、ノイッシュが端正な顔立ちと金の髪が特徴の生真面目な騎士で、アルバは反対に軽口の絶えないやや軟派な所のある騎士だ。
 まるで正反対の二人ではあるが不思議と息の合う二人で、アスティアがもっとも信頼する部下であり、レアドランからの信頼も厚い。
 アスティアは部下である二人の名を呼んで命令を与えてから、自分ひとりだけが敬愛するレアドランの傍らに歩み寄った。

「では、ベルナー卿、貴方たちの家族のお顔を見せて頂いてよろしいですか」

 ほう、とベルナーはレアドランの言い方に感心した。戦場で命を共にする飛竜は、正しくレアドランの言った通り竜騎士達から家族も同然の存在なのだ。
 それを理解せずに飛竜を戦争の道具としか見ていない連中を数多く見て来た分、ベルナーはレアドランの言い方が非常に好ましかったのである。

「どうぞ、心行くまでご覧ください。皆、自慢の家族です」

 ベルナーの合図に従って見習いの竜騎士達が開き、竜舎の中へとベルナーを先頭にレアドラン達は足を踏み入れた。
 飛竜達にとっては慣れ親しんだベルナーと、初めて見るレアドラン達の姿に飛竜達が鎌首をのそりと持ち上げて視線を集中させる。
 竜舎の中には十数頭の飛竜達がおり、半分ほどの部屋が空になっていた。飛竜達から向けられる視線の集中に、かすかにアスティアが息を呑んだ。
 士官学校に在籍していた頃から数多の武勲を立てた勇壮な騎士であったが、人ならぬ者達からの注目を浴びるのにはあまり慣れてはいない。

 まあ、そんな所だろうとベルナーはアスティアの姿を眺めていたが、やはりというべきなのかレアドランの反応はアスティアとは異なるものであった。
 普段、生ける彫像の如く表情を変える事が少ないと言われるレアドランが、心からの親愛に満ちた微笑を浮かべて、飛竜達からの視線を受けていたのである。
 レアドランは恐れを一片も抱かぬ様子で竜舎の中を進んでゆく。ベルナーもアスティアも止める間もない早業であった。
 一般に飛竜は乾燥した狭い所を塒として好むとされており、竜舎の中は昼でも陽光があまり差し込まない造りになっている。
 空気があまり湿つくことのない様に換気には気を遣われているが、複数の飛竜達の体から立ち昇る硫黄に似た匂いを完全に払拭する事は出来ずにいる。
 初めて匂いを嗅いだ者のほとんどが顔を顰めると言うのに、レアドランは皺ひとつ造るそぶりもない。

「みんな、良い眼をしています。竜騎士達が大切にしている証拠ですね」

「我らにとっては家族でありますから、日頃より姫君を扱うかのように丁重に接しております。
 それにこれで意外と飛竜達は繊細な所もあるのですよ。繊細なまでに気を配ってやらねば、心を通わすことはできません」

「そうでありましょう。生き物と生き物同士なのですから、相手を想わねば通じる心も通じはしないでしょうからね」

 ベルナーが飛竜達を誇る様にして語る間に、レアドランはあろうことかもっとも近くに居た幼い飛竜の元に近寄り、首を伸ばしてきた飛竜へと手を伸ばす。
 これにはアスティアとベルナーも慌てた。いかに人に育てられ人に慣れた飛竜といえども、初めて会った人間を相手に警戒を示さぬものではない。
 下手をすれば腕の一つ二つを噛み千切られる可能性が、まったくないわけではないのだ。
 アスティアはとっさに剣帯に佩いた愛剣の柄に手を伸ばし、ベルナーもレアドランを飛竜から引き剥がすために走りだそうと一歩を踏みしめる。
 二つ数える時間があればそれぞれの行動を実行に移せただろうが、それよりもはやく飛竜がレアドランに向けて咽喉を晒し、レアドランが目の前の飛竜の咽喉を撫でたことで中断された。

「ふむ、すこし甘えん坊でしょうか。良い子良い子」

 全身を鱗と硬質の皮膚で鎧われた飛竜であるが、翼や四肢の付け根などは鱗や皮膚が薄く触れられる事を嫌う箇所である。
 咽喉も同様でここを晒す事は相手に対する最大限の好意を示すもので、熟練の竜騎士でもなければ滅多にある事ではない。
 レアドランの傷一つ着けばそれだけで嘆く者が後を絶たぬほどに美しい指先が、繊細な硝子細工を扱うように飛竜の咽喉を撫でる度、飛竜は厳つい外見の割には可愛らしいくるくるという鳴き声を上げて喜ぶ。
 初対面の人間を相手に弱点たる咽喉を晒すばかりか、飛竜の上げる声が最も親しい肉親や竜騎士に甘える時にしか出さない声である事が、今度こそベルナーに心底からの驚きを齎した。

「信じられん。初めて飛竜と触れた人間が、ここまで飛竜の心を掴むとは」

「ふ、我が主君レアドラン姫を普通の人間と同じと思ってもらっては困る」

 ふふん、と自分の宝物を褒められて喜ぶ子供のように胸を張るアスティアに、ベルナーは卿が自慢する事ではあるまい、と言いたい所だったが心の中に留めておいた。
 見れば他の飛竜達もレアドランに向けて甘える声を上げており、その中にはラバン砦で最高齢になる老齢の飛竜までもが含まれていた。
 十二歳の時に竜騎士見習いとなって以来二十年以上飛竜に携わってきたベルナーをして、初めて目にし、耳にする異様な光景である。
 竜騎士ではないアスティアには自分を取り巻く状況の異様さが理解できず、ただ自分の主が普通ではできない事をしているということだけ理解し誇っているきりだ。

「ふふ、素直な良い子ですね、ベルナー卿」

「は、そのように仰っていただけるのならば幸いです。外にも飛竜はおりますが、そちらもご覧になられますか、姫様」

「ええ。よろしくお願いいたします」

 竜舎の隣には飛竜達が放し飼いにされている牧場があり、かなりの高さの鉄製の柵に囲まれてはいたが、その名の通り空を飛ぶ飛竜達の脱出を防ぐ事は出来まい。
 むしろ不用意に誰かが飛竜達と接触する事がない様に防ぐためのものであろう。
 竜舎の入り口と同じくらいに頑健な造りの扉を開いて、レアドラン達が囲いの中に入れば思い思いに牧場の中で寛いでいた飛竜達の姿が見えた。
 かなり大きな規模の中で飛竜達は地面に寝そべり陽光を浴びて体を温めているものや、水飲み場に口を付けているもの、草を食んでいるものと様々だ。
 だがレアドランが一歩足を踏み入れた瞬間、思い思いに過ごしていた飛竜達の全てが一斉に顔を上げて、金髪金眼の姫君に視線と意識を向ける。
 竜舎での再現に、ベルナーはもはや驚く事も忘れて溜息を吐いた。
 自分の中で培われていた竜騎士としての誇りや経験がまるで通じぬ事態に、あまり深く考えない方が良いと思考を停止したのである。
 あとで団長や他の騎士隊長達と話す事にして、今はエスコート役に徹した方が精神衛生上良い、というわけだ。

「ここは竜牧場と呼んでおります。竜舎が主に飛竜達の塒と食事場であるのに対し、こちらは休息所や遊び場といったところですな」

「なるほど。のびのびとしていますし、牧場の中も良く考えられています。ところでベルナー卿、どの子かに乗せて頂く事は出来ますか?」

「それは、流石に姫様のお言葉といえども難しいかと。通常見習いの竜騎士が飛竜に乗れるようになるまで一年はかかります。
 そこからさらに戦場に立てるほど習熟するのにも、さらに一年は必要なのです。姫様は飛竜達の心を掴むのが格別にお上手ですが、それと飛竜に乗るのとでは勝手が違いましょう」

 ベルナーは比較的規則などにうるくさくない騎士ではあるが、流石に今回のレアドランのお願いは許容の範囲を大きく超えるものだ。
 レアドランを挟んでベルナーの反対に立つアスティアも、今回ばかりはベルナーの味方の様で、こくりと首を縦に動かしている。
 行動力に定評のあるレアドランの専任騎士として、アスティアはこれまで様々な苦労をしてきたのだろう。

「それは残念。あら、あの子は鞍を着けたままですね」

 口で言うほどには残念そうではないレアドランが目敏く見つけたのは、木陰で休んでいた飛竜である。
 成体の飛竜と比べるとやや小柄で人間で言えば十代後半ごろと言ったところか。実戦に投入可能されるかどうか、という若さである。
 その長い首の付け根に背もたれのある鞍が乗せられており、手綱も既に噛まされていた。
 後は竜騎士が跨り飛翔の合図を伝えれば、すぐにでも飛び立てる準備が整えられている。
 とてとてと近寄ってくるレアドランに対し、その飛竜は視線を片時も外せぬ様子でじいっと灰色の視線を向けている。
 飛竜の瞳に警戒の色はなく、まるで運命の女性を前にした男のようにレアドランに心を奪われているのだ。

「この後ひとっ飛びする予定だったのでしょう。まあ、予定になかった事がありましたので、鞍を外す余裕はなかったのでしょうな」

「私が突然こちらを訪ねたからですね?」

 その予定になかった事の原因に対し、苦笑と共に視線を向けるベルナーに、レアドランは気にした風もなく応えて、さっさと飛竜の元へと近寄るとあやすようにその首筋を優しく撫で始めていた。

「しかし、姫様は一体どのようにしてそこまで飛竜達の心を掴んでおられるのです? その秘訣さえ分かれば竜騎士達の育成もずいぶんと捗る事でしょうな」

「ふむ? 私自身になにか特別な事をしているというような自覚はありません。
 強いて言えば胸襟を開き、私に害意がない事と友愛の情がある事を伝えるのを第一に考えているくらいのもの。よいしょっと」

「なるほど、秘訣らしい秘訣はないと言われるって……姫様!?」

「姫様!!」

 ベルナーとアスティアは、自分達の目の前で可愛らしい掛け声ひとつを上げて、飛竜の鞍に跨り鐙に足を通し、手綱を握ったレアドランの姿に思わず揃って叫んでいた。
 レアドランが軽く首筋をなでるとそれだけで飛竜はレアドランの意思を汲みとって、伏せていた体を起して翼を大きく広げる。
 明らかに飛び立とうとしているその姿に、ベルナーとアスティアは普段の両者を知る者からすれば信じられないほど慌てた様子で、レアドランを止めようと駆けだしたがレアドランの方が早い。

「ふむん、意外と揺れるものですね。よしよし、ではベルナー卿、アスティア、すこしその辺を飛んでから戻りますので、心配しないでくださいな」

「お待ちください、姫様!」

「行けません、レアドラン姫。せめて行くのならこのアスティアをお連れください」

「待てと言われて待つ者はいないのですよ、アスティア。ではごめんあそばせ」

 ばさ、と大きな音を立てて飛竜が広げた翼を打つや、皮膜に捉えられた風が強く大地を打ち、ベルナーとアスティアの頬を叩いて両者の足を竦ませた。
 見る間に飛竜は上昇していって青い空へと吸い込まれる様に小さくなっていく。
飛竜の羽ばたきが起こす風がようやく止んだ頃、ベルナーは付き添っていた部下の竜騎士に向けて怒鳴りつける。

「ええい、なんという事をなさる方だ。レフェシュ、すぐに飛竜を出せ。急いで追うぞ。
 姫様が傷を負う様な事があれば仮にも近衛たる我らの名折れだ。おれもジュリアで後を追う」

「ひ、姫様ーー!!」

 いかに有能と言われる騎士であっても翼なき人の身では、既に飛び立った飛竜を追う事は不可能だ。
 凛とした雰囲気を忘れ果てて凝然と表情を凍りつかせるアスティアに、ベルナーはあの姫君に仕えるのは苦労の連続だな、と少しばかり同情した。

「レーヴェ卿、貴公はここで待っていろ。すぐに我らが姫様を連れ戻してくる」

 ベルナーはアスティアの返事を待たずに、竜牧場の中で陽光によって温められた岩の上で岩盤浴を楽しんでいた愛竜ジュリアの元へと駆けた。
 自らの騎士たるアスティアと竜騎士達を大いに慌てさせた当のレアドランは、飛竜の首の付け根の上に固定された鞍のベルトを腰に回し、手早く体を固定する作業を終えていた。
 上手く風を捕まえた飛竜は既に天高く上昇しており、眼下に広がる大地の光景は随分と小さく見える。人など豆粒の様なものである。

「ふーむ、やはり空を飛ぶのは気持ちが良い。地上を歩いて進むのも楽しいものだけれど、こうして風を感じるのはやはり素晴らしい」

 鞍の背もたれに体を預け、リラックスした体勢のまま頬と金髪を撫でる風の感触を楽しんでいる。
 本来飛竜に乗る際には高空の寒さに耐える為に、毛皮や綿をたっぷりと使った防寒着を纏い、その上に最低限の装甲となめした革などを張りつけたものを着こむのが普通だ。
 竜騎士同士の戦いとなると長大なランスや手槍、飛竜の吐息や爪牙が武器となるので、人間が着こめる鎧ではほとんど役に立たない為、防御を捨てて防寒と軽量化に重きを置いた防具が良いとされている。

 軽いと言う点では今のレアドランは全く問題なかったが、防寒が出来ているかと言えばこれは論外であった。
 春の訪れを迎えているとはいえ、レアドランが身に纏っているのは純白のドレスと絹様の生地で編んだケープだけだ。
 地上を歩く間はともかく、飛竜に乗って空を飛ぶにはあまりに心許ない服装である。
 やはり寒いのか、空の高みから見える光景と風の頬に頬を綻ばせていたレアドランが、くしゅん、となんとも愛らしいくしゃみを零す。

「少し高度を取り過ぎましたか。久しぶりに空を飛べたことで、知らず気分が高揚していたのかもしれませんね」

 少し行儀悪く鼻を啜ると、レアドランは小さく手綱を引いて飛竜に高度を下げるという意思を伝える。
 以心伝心をそのまま体現しているかのように、飛竜は小さなそのレアドランの動作だけで誤りなくレアドランの意思を理解し、広げた翼の角度を変えて緩やかに高度を下げて行く。

「んん、人間の体で生きるのは楽しくて大好きですが、やはり空を飛べる竜の体も懐かしく感じられるもの。
 にしてもこの口調にもすっかりと慣れてしまったものですね。誰も私の魂が男であるなどと疑いもしないでしょう」

 ころころと鈴を転がすように笑うレアドランが気になった様で、飛竜がくう、と不思議そうな声を出す。
 なんでもありませんよ、とレアドランは右手で飛竜の首筋を撫でる。たったそれだけの事でも飛竜には嬉しいらしく、咽喉の奥でくるくると喜びの声を鳴らす。
 転生を繰り返す間も、しばらくは竜として生きていた頃の時代かかった男の口調を続けていたものだ。
 だがレアドランとして生まれ変わってからは女性の口調になるよう努力した事もあって、十一年以上が経過した今となっては特に意識せずともこの口調が出るようになっていた。

「ふむ? もう追いついてきましたか。流石は近衛の飛竜騎士団、仕事が早いですね」

 背後から急速に接近してくる気配を感じたレアドランが振り返れば、そこにはひと際大きな青い鱗の飛竜に跨ったベルナーと、三騎の竜騎士達の姿が金の瞳に映る。
 レアドランが跨っているのがまだ若年の飛竜であるのに対し、ベルナーらの飛竜が豊富な実戦経験を重ねた手練の飛竜である事を考えれば、追いつかれるのにはそう時間はかからないだろう。
 レアドランが冷静に彼我の距離と速度を計算する一方で、騎乗用の防寒着の上着だけを着こみ、大急ぎでレアドランを追って来たベルナー達は、レアドランの向かう先に対する懸念を話しあっていた。

「ベルナー隊長、このまま行ったらかなり不味いです。コウヤ山岳地帯に入ってしまいますよ!」

「分かっている。その前になんとしても姫様に追いつくぞ。まったく、とんだじゃじゃ馬姫だな」

 隊の一員であるユーリの言葉に、ベルナーは言われなくても分かっていると思いながら声を大にして返した。
 意図してか、そうでないのかレアドランが先ほどから向かっているのは、コウヤ山岳地帯と呼ばれる野生の飛竜達が住まう場所だった。
 王国で使用している飛竜達は野生の飛竜ドラッケンを飼いならし、何世代にも渡って交配させることで人に慣れさせ、戦闘用に品種改良を施していった種である。
 単純な戦闘能力ならドラッケンに劣るものではないが、ドラッケン達は気性が荒く縄張り意識も強い為、不用意に縄張りに侵入すれば周囲を囲まれて襲いかかられる恐れがある。
 レアドランは別として、最低限の装備だけの四騎の竜騎士でどれだけのドラッケンを相手に戦えるものかどうか。

「まったく、ほんとうにまったくだな。退屈させん姫様だ!」

 しかしそう言うベルナーの口元には愉快気な笑みが浮かびあがっており、この意図せぬ出来事を楽しんでいる事を如実に表していた。
 生涯を現場で過ごし、決して城や屋敷に居座って執務にあたるようなタイプではないだろう。
 ベルナーは長年連れ添っているジュリアの手綱を引き絞り、レアドランに追いつくべく加速を命じた。
 およそベルナーの計算はレアドランと同じく、それぞれの飛竜の能力差から追いつくのにさしたる時間はかからないものだった。
 問題なのはそのさしたる時間次第で、ドラッケンと一戦交えるかどうかが決まることを考えると、余裕を抱いてはいられない。

 そして元から余裕のないベルナー達を焦らせたのは、どれだけ飛竜達に速度を上げさせてもレアドランに追いつけない事だった。
 ただまっすぐに飛んでいるだけだと言うのに、レアドランが乗っている飛竜は竜騎士達の常識からすれば、あり得ない速度で飛び続けているのだ。
 レアドランの服装や乗っている飛竜の年齢を考えれば、わずかも距離が詰められず追いつけないのは常識に反する異常事態であった。

「隊長、追いつけません。姫様の乗っている飛竜は、なにか特別でしたか!?」

「いや、その筈はない。だがならば追いつけるはずが、何故追いつけん!!」

 この時レアドランが乗る飛竜は、かつて竜であったレアドランの感覚に基づく手綱捌きに導かれ、竜騎士達が何世代にも渡って培った操縦技術を嘲笑うかのような動きを体現していたのである。
 かつて竜族の頂点に君臨していた古の竜の生まれ変わりであるレアドランの経験と感覚は、空を飛ぶという点においていかに竜騎士達といえどもその足元にも届かぬほどの高みにあるのだった。
 悪い事は悪い時に重なるものだとベルナーはこれまでの人生で骨身に沁みて理解していたが、よりにもよってこの時にもその悪い事は重なった。
 レアドランが向かっている先が分かった時から懸念していたドラッケン達が、前方から姿を現し始めたのである。
 しかし事はそれだけに終わらなかったドラッケン達の姿を見つけたレアドランは、ドラッケン達に背を向けてベルナー達に合流するどころか、自分からドラッケン達の只中へと突っ込んで行ったのである。

「ちい、どうしてこちらに戻らず、そのまま突っ込むのだ、あの姫は! レフェシュ、ユーリ、ヴォルヘン、姫をお守りする。突っ込むぞ!!」

 とことんこちらが思いもしない行動に出るレアドランに、半ば驚嘆しながらベルナーは鞍に常時くくりつけている手槍を握り、菱形の陣形を組んでドラッケンとレアドラン達の後を追う。
 ベルナー達が血相を変えている間、レアドランはと言えば前方のドラッケン達が自分達を追い払いに来たわけではない事を理解し、行動に移っていた。
 レアドランはただ闇雲にドラッケン達の真ん中へと突っ込んで行ったわけではなく、青黒い鱗を持った普通のドラッケン達が、真っ白い鱗のドラッケンを数を頼みに痛めつけているのを見つけていたのである。

 レアドランが飛竜に命じてドラッケン達の所へと突撃を敢行させたのは、その虐められている白いドラッケンを助ける為だったのだ。
 レアドランは最初の生において白い鱗を持った竜であったが、その事が少なからず関与していたのかもしれない。
 おそらく突然変異で生まれたのだろう白いドラッケンは、他のドラッケン達よりも一回りも二回りも大きく、単純な力や速さならば大きく上回るのだろうが、流石に数の違いは如何ともしがたい様で、すでに巨体のあちらこちらに大小の傷を負っている。

「弱い者いじめは感心しませんね。行きますよ、大丈夫、貴方は出来る子なのですからね」

 荒れているドラッケン達の姿に飛竜がかすかに萎縮したのに気付き、レアドランは軽く飛竜の首筋を叩いて激励し、鞍から小さな尻を持ち上げると可憐な矮躯からは想像もつかない怒声を上げた。
 後方にいたベルナー達が思わず身を強張らせるほどの、大気を震わす大音量である。
 まさに獅子咆、いや巨竜の咆哮を思わせる怒声が小さな姫の咽喉から放たれるなど、一体誰に想像しえただろうか。
 レアドランの金の瞳が見つめる先にいたドラッケン達が尽く雷に打たれたかのごとく、一斉にレアドランを振り返って恐れを抱いた様子でぎゃあぎゃあと騒ぎ立て始める。

 白いドラッケン達を囲んでいた七匹のドラッケン達が、一斉にレアドランを目がけて体ごと首の向きを変える。
 どんなに吠えた所でレアドランが退かずに迫りくる姿に、戦いを決意したのだろう。
 こちらに向けて速度を緩めず正面から襲いかかって来るドラッケンに向けて、レアドランは飛竜にブレスを撃たせた。
 ドラッケンや飛竜の咽喉奥や頬の内側には油袋が存在し、牙を使ってその油に着火して炎のブレスを吐く。
 
 通常は放射という形で吐かれるブレスを、レアドランは飛竜に指示して球形に固めて吐かせた。
 放射状で放つよりも火力、射程距離、咽喉への負担が小さなそれは、竜騎士の指導によるか、戦い慣れているドラッケンでもなければ扱えぬ高等技術である。
 それをまだ実戦を迎えていない若い飛竜に初めて飛竜に乗った人間が撃たせた事実は、今一度ベルナーを驚愕させるのに十分な事だったろう。

 左右に分かれて挟みこもうとしていたドラッケン二匹を火球で牽制し、レアドランは手綱を捌き、鐙を蹴って周囲三百六十度に張り巡らせた意識と第六感の警告に従って飛竜を操った。
 レアドランの上を取ったドラッケンと左に大きく回り込んだドラッケンが吐いた火炎を、左右の翼を交互に羽ばたかせ、空中で身をよじらせることで直撃を避ける。
 至近を通過した火球から零れた火の粉が、レアドランの肌を掠めたが処女雪のごとき白い肌が焼かれることはなかった。
 レアドランの背後に三匹のドラッケンが取りつき、縄張りに入って来た侵入者を撃ち落とそうと躍起になって火球を放ってくるのを、レアドランは背後を振り返りもせずに殺気を感じ取ってことごとく回避して見せる。

 通常竜騎士が空中戦を演じる際には、常に竜騎士が周囲の状況を確認する為に休みなく四方に視線を巡らすものだが、レアドランはそれすらせずにドラッケンから放たれる殺気や破壊衝動を頼みに、神業的な回避行動を演じて見せたのである。
 背後にドラッケンを引き連れたままレアドランは大きく手綱を引き、前方に進ませていた飛竜に急激な弧を描かせる。
 急激な進行方向の変換に伴う慣性がレアドランの矮躯に襲い掛かるが、この姫は飛竜の体から生えているかのように、わずかも鞍から体が離れる事はなかった。
 いつ、どの方向からどの程度の力が加えられるか、それを捌くにはどうすればよいのか、さらには風の流れからなにからまでを把握しているからこその芸当である。

 飛竜が弧を描くのに合わせてレアドランも天地逆さまの体勢に変わり、そこから飛竜に首を曲げさせて、三匹のドラッケン達が真下に来るほんのわずかな時間の間に、ドラッケンの背中へと三発の火球を叩きつける事に成功した。
 視界も姿勢も負荷のかかる方向も目まぐるしく変わるわずかな瞬間と、相手との距離と寸分も誤る事のない狙い澄ました火球の直撃を受けたドラッケン達は、予想だにしなかった方向からの攻撃を受けて、大きく姿勢を崩して地面へと落下してゆく。
 レアドランはそれらのドラッケンに目もくれず、残る四匹のドラッケン達の姿を探し当てると、ようやく追いついてきたベルナー達が一対一の構図を四組作り、それぞれがドラッケンを相手に優位に戦いを進めている。

「ふむ、竜騎士としての訓練を積み重ねて来ただけはありますね。安心して戦いを任せられます」

 レアドランが手を貸すまでもなくベルナー達はドラッケン達を追い払う事に成功し、特に怪我人も出さずに勝つ事が出来た様だった。
 不十分な装備での戦いを強いられた形であったが、自国の王女を守らねばならぬ戦いという事もあって、ベルナー達の士気は異様なほど高く、レアドランの怒声に怯んでいたドラッケン達は管を巻いて逃げだしていた。
 もともと白いドラッケンを助けられればいい、と考えた上での行動であるから、レアドランも逃げ出したドラッケン達を追うつもりはなく、そのままベルナー達の元へ飛竜を寄せる。

「お見事です、ベルナー卿。それに皆さんも。流石は紅蓮飛竜騎士団の精鋭の方々。まこと頼もしい限りです」

「姫様に言われるとどうも素直に喜べばませぬな」

「あら、心からそう思っておりますのに」

 心外そうにレアドランは小首を傾げてベルナーに問い返す。
 本人からすると言っている通り、お世辞抜きでベルナー達の力量を褒めているのだが、ことごとく竜騎士の常識を覆す真似をしたレアドランに言われても、今一つ実感は得られないだろう。

「まったく御身の噂はかねがね耳にしておりましたが、いや、実物はそれ以上の凄まじい方でいらっしゃる。このベルナー、心より心服いたしました。
 ですがそれはそれ、これはこれ。レーヴェ卿が首を長くしてお待ちですので、早くお戻りください。おそらくですが、レーヴェ卿の説教は長いのではないですかな?」

 お返しだとばかりにからかい交じりに告げるベルナーの言葉が正鵠を射ているのを証明するように、レアドランは困った、とばかりにわずかに眉根を寄せてみせた。
 この普通でない所ばかりの姫様にも苦手なものがあるのだと分かり、ベルナーは心のどこかで安堵している自分に気付いた。
 気圧されていたか、あるいは畏怖の念を抱いていたのだろうか? とベルナーは自身の心を疑わねばならなかった。
 仕方ありませんね、と呟いてしゅんとした様子のレアドランだったが、ベルナー達に逃げられない様に四方を囲まれて、砦に戻ろうとした時にあの白いドラッケンがじっと自分を見つめているのに気付いた。

「ふむ、貴女はもう帰っていいのですよ。ただ次からはちゃんと自分の力でいじめっ子に立ち向かいなさい。私がいつも貴女の傍に居られるわけではないのですからね」

 レアドランは優しくも厳しく窘めるが、それでも白いドラッケンはレアドランから離れ難い様子で、くうくうと甘える声を出してはレアドランの乗る飛竜の後に尾いてくる。
 まるで親鳥に続く雛鳥のようにさえ見えるその姿に、レアドランは微笑を浮かべた。
 竜としての自我と記憶が残っているレアドランにとっては、白いドラッケンの態度はいわば幼い孫娘が自分の後をついて回って来るようなものなのだ。

「あの白いドラッケンは姫様に助けてもらったと言う事が分かっているのでしょうか?」

「さあな。だが襲ってくるわけでもないし、無暗に追い払いでもしたら姫様が怒りかねん。このまま砦に向かう他あるまい。つくづく規格外の姫様である事よ」

 もはや呆れることしかできないのか、ベルナーは部下の言葉にぶっきらぼうに答え、ジュリアにまっすぐに砦を向かわせた。
 結局白いドラッケンは砦にまで尾いてきて、レアドランに続く形で、他の飛竜達の注目を浴びておどおどとした調子で竜牧場に降りた。

「貴女は体が大きいのに怖がり屋さんなのですね。勇気を持てば立派な飛竜になれるでしょうに。貴方も乗せてくれてありがとう。とても楽しかったですよ」

 それまで跨っていた飛竜から飛び降り、その首筋を撫でてドラッケン達との戦いの苦労を慰めた。
 ドラッケンと一戦交えたのは予定になかった事だが、久しぶりに空を飛ぶ事を満喫したレアドランは満足していたが、こめかみを怒りで震わせるアスティアに気付けば、流石に不味かったかな、と若干の後悔を抱かざるを得なかった。

「私の騎士殿、ただいま戻りました」

「御身が無事に戻られた事、このアスティア・レーヴェ、まず何よりもお喜び申し上げます。ですが、今度の姫様の御振る舞いに関しては、言わせて頂きたい事が数多くございます」

「はい。私の行動がいささか軽率である事は認めます」

「軽率などというものではございません。姫様の行動を止められなかった私めにも当前責はございます。
 しかしながら姫様におかれましては、御身がイルネージュ王国の王女というお立場にあられることをなにとぞご自覚くださいませ。
 もし姫様に傷の一つもつけば私はもちろん、このたび同道いたしました騎士達や侍女たちも首を括って国王陛下や亡くなられたスノー様にお詫びしなければなりません」

「ふむぅ」

 しょんぼりとレアドランがうなだれる間もアスティアの説教は続き、二人の周囲を遠巻きにしていた竜騎士達も、理路整然と正論を並べ立てて反論の隙を一分も作らずにまくしたてるアスティアを敬遠する眼差しを向けている。
 良くも悪くも飛竜と共に空を飛ぶ事を至上の喜びの一つとする竜騎士達は、一般の騎士達に比べ奔放で豪胆な性格をした者が多く、この様な説教は天敵の一つしているからだろう。
 最初はレアドランがたっぷりとアスティアに説教されればよいと考えていたベルナーも、終わりが見えないアスティアの説教に晒されるレアドランの姿を見続けているうちに、思わず同情してしまうほどだった。
 どんどんとレアドランが恐縮のあまり小さくなっているかのような錯覚さえ覚える中、それまでおどおどとし続けていた白いドラッケンが、唐突にレアドランとアスティアの間に割って入ってきた。

「ぐるぅうう」

「なっ!? 姫様、こちらへ」

「ふむ、大丈夫ですよ、アスティア。私がいじめられていると思って助けようとしたのですよ。よしよし、私は大丈夫ですからね」

 咄嗟にアスティアが右手で剣の柄を握り込み、左手でレアドランを抱き寄せようとしたが、その左手からするりと煙のように逃れ、レアドランはすり寄って来る白いドラッケンの頭を我が子のように優しく撫でる。
 王国保有の飛竜ばかりか野生のドラッケンさえもが、母に甘える幼子の如くレアドランに懐く様子を目の当たりにして、アスティアは説教の続きやレアドランを守らなければ、ということも忘れて柄に手を添えた体勢で固まっていた。

「アスティア、この子を私の騎竜としますから、貴女も慣れておくのですよ」

「……ひ、姫様、この白いドラッケンにお乗りになると? 王女でありながら竜騎士になられるおつもりか!?」

「そんなに驚く事かしら? 以前から私が配下に竜騎士が欲しいと言っていた事は知っているでしょう。
 私自身が竜騎士を兼ねるから、少し求めていた形とは違いますけれどね。ベルナー卿、今日はお忙しい中案内をありがとうございました。
 後日飛竜の世話の仕方などを尋ねる事もあるかと思いますので、その時はどうぞよしなに」

 ちゃっかり頼みごとをしてくるレアドランに、耳にした評判は噂半分どころか倍にして考えるべきだった、とベルナーは今更ながらに思い、力なく首を横に振るってから溜息を吐きながら答える。

「承知いたしました。我らでお力になれる事がありましたら、喜んで微力を尽くしましょう。しかし、御身には竜の血が流れておられるのか。
 よもやとは思いますが、姫がこの砦を訪れたるは元よりドラッケンか飛竜を手に入れる事が目的でいらしたのですかな?」

 聞き様によっては不敬ともとられるベルナーの言葉に、レアドランは内心では中々鋭いと思いながら、お茶を濁すように答えた。

「さて、どうでしょうか。ただ、私が以前から飛竜を欲しいと思っていたのは真ですよ。
 騎馬もよいですが飛竜の方が何かと早く動けますし、兵力として以外にも色々と使い道はありますから。
 そうそうこの子の名前を考えてあげないといけませんね。せっかく白い鱗を持っているのですから、綺麗な名前が良いでしょう。
 ふむ、ふむ、ふむ、決めました。貴女は今日からブランネージュ。白い雪という意味です。ブランネージュ、私はレアドラン、よろしくお願いしますね」

「くおお」

 レアドランから与えられたブランネージュという名前が気に入った様で、ブランネージュは嬉しそうに尻尾を左右に振りながら、レアドランの頬を桃色の舌でぺろりと舐めて感謝の気持ちを示した。
 ラバン砦訪問から王宮に戻った後、レアドランは今回の騒動に関する説教をアスティア以外の各方面から受け、夜遅くまで釈明にかけずり回らなければならなかった。
 ようやくレアドランが解放されたのは、夜も更けて双子の月が天空に輝き始めた頃である。
 侍女を含めた全員を王宮内の私室から退出させ、宛がわれている一室でレアドランは薄い絹地の白い寝巻に着替え、天蓋付きのベッドに腰かけていた。

 先ほどまで父王や兄王子、宰相から次々と説教をされていた為、いささか意気消沈している。
 レアドランに懐いてついてきたブランネージュの為の竜舎や、鞍や手綱など道具一式に食事や世話などの手配も行っており、今日一日のレアドランの労働はかなりのものとなっていた。
 王家の一員であるため、レアドランも自分の領地をもっており、母スノーが亡くなってからは一年の四分の三かそれ以上の時間を自分の領地で過ごすようになっている。
 出席の必要のある特別な行事や、家族の誕生日などの祝い事などがなければ、領地で領主としての仕事に従事しているのである。

 領地に戻ったらするべき事の中に、ブランネージュの件を追加してからレアドランはベッドから立ち上がり、おもむろに寝巻を脱ぎながら、部屋の中に立てかけられている姿見の前に立つ。
 差し込む月光も何重にも重ねられたレースのカーテンに遮られて、明りがなく目が慣れても碌に見通せない部屋の中で、レアドランの瞳は姿見に映しだされる自身の裸体を明瞭に見ていた。
 肉付きは薄いが夜の闇の中でもほの白く輝くような肌の上を、解かれた金の髪がさらさらと滑る。
 胸から腰、腰から尻へと繋がって行くラインは起伏には乏しいが流麗と呼ぶに相応しい。
 まだあどけない少女の裸身は一個の芸術品の如く、ある種の完成された美を体現していた。
 その自分の裸身を見て、レアドランは失望を含んだ溜息を大仰に吐いた。

「やはり生えたりはしないか」

 レアドランに宿る竜は、レアドランに至るまでこれまで数え切れない転生を重ねて来たが、その全てにおいて男性として生まれそして死んできた。
 女性として新たな命を授かったのは、レアドランとして生まれた今回が初めての経験であり、こればかりは困惑を隠せぬ珍事であった。

「生涯の内に性転換を行う種族か、あるいは生理を迎えることで定期的に性別の変わる種族かと期待したが、この様子では私は生涯女として生きねばならないのか」

 見ている者も聞いている者も誰もいないと言う事もあり、レアドランの口調は知らず素の竜の時代の口調に変わっている。
 女として生まれ、女として生き、女として死ぬと言う事実は、目下レアドランの最大の悩みなのである。
 男として人生ならばいくらも重ねて来たが、男としての自我を持ちながら女の肉体で生きなければならないと言う現実は、レアドランにとって未知の重圧と不安を齎すものなのだ。
 そしてなによりレアドランを悩ませるのは……

「場合によっては男と……考えるだに恐ろしい。なんとしてもこの体の純潔ばかりは死守しなければ。ふむう~」

 イルネージュ王国第三王女レアドラン・クァドラ・イルネージュ。
 年齢不相応の聡明さと行動力、豪胆さ、気品、威厳と王たるものに必要とされるありとあらゆるものを兼ね備え、変人と奇人と偉人を足して二を掛けたような、と称される人物である。
 レアドランの傍に仕えている者達や本人を知っている者達からは、畏敬と崇敬の念を一心に注がれている事もあり、王宮では傑物として知られている。
 だが、口数が少なくあまり他者に語られることのないその思考が、多分に世俗的で肉欲に重きを置いている事を知る者が誰もいないのは、はたして幸福な事であったか、それとも不幸な事であったか。

<続>

 さようなら竜生 こんにちは人生 を書くに当たって没にした初期案の一つです。
 これまで書いた事の無かったTS転生ものに手を出してみたのですが、当時の私がTS転生にさして興味がなかった事もあり、お蔵入りしていました。
 そう言えばこんなん考えていたなあ、と思いだしたので加筆して投稿いたしました。
 必ずしも本編におけるドランがこの運命を辿るわけではありませんが、Ifものとして読んで頂ければ幸いでございます。

3/17 22:47 投稿
3/18 21:51 ご指摘を受けて確かにもっともだと思い、一部修正
3/19 08:51 修正
3/20 19:47 修正 JLさま、ありがとうございました。
3/25 20:14 別枠移動
4/09 12:29 修正


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