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No.32422の一覧
[0] 【後日談完結】スタンドバイ/スタンドアローン (オリ主・再構成・復讐もの)[上光](2020/10/18 20:30)
[1] プロローグ 当世の魔法使い[上光](2016/02/27 14:37)
[2] 第1話(前編) 異世界出張[上光](2013/06/18 05:25)
[3] 第1話(後編) [上光](2013/06/18 05:25)
[4] 第2話 少年少女の事情 [上光](2012/10/28 00:01)
[5] 第3話 黒来たる[上光](2012/07/16 00:50)
[6] 第4話(前編) 袋小路[上光](2012/08/16 22:41)
[7] 第4話(後編)[上光](2012/07/09 23:13)
[8] 第5話(前編) 戦う運命[上光](2012/07/05 03:03)
[9] 第5話(後編)[上光](2014/07/26 23:37)
[10] 第6話(前編) 海鳴の長い午後 [上光](2012/07/07 00:03)
[11] 第6話(後編) [上光](2012/07/07 00:55)
[12] 第7話(前編) 子供と大人の思惑 [上光](2012/07/09 03:44)
[13] 第7話(中編)[上光](2012/07/09 03:44)
[14] 第7話(後編)[上光](2012/07/16 00:50)
[15] 第8話(前編) 愛は運命[上光](2012/07/15 23:59)
[16] 第8話(中編)[上光](2012/07/11 03:13)
[17] 第8話(後編)[上光](2012/07/11 03:40)
[18] 第9話(前編) 後始末[上光](2014/01/08 21:15)
[19] 第9話(後編)[上光](2012/10/10 04:31)
[20] エピローグ 準備完了[上光](2012/07/15 23:57)
[21] 閑話1 ツアークラナガン [上光](2012/07/16 00:18)
[22] 閑話2 ディアマイファーザー [上光](2012/07/16 00:50)
[23] 閑話3 ブルーローズ[上光](2012/07/16 00:50)
[24] プロローグ 成長~グロウナップ~[上光](2012/10/15 07:42)
[25] 第1話 予兆~オーメンレッド~ [上光](2012/08/07 18:24)
[26] 第2話(前編) 日常~エブリデイマジック~ [上光](2012/08/07 18:29)
[27] 第2話(後編)[上光](2012/08/15 15:27)
[28] 第3話(前編) 開幕~ラクリモサ~ [上光](2012/08/15 15:24)
[29] 第3話(後編)[上光](2012/08/15 15:27)
[30] 第4話(前編) 邂逅~クロスロード~ [上光](2015/12/09 00:22)
[31] 第4話(後編) [上光](2012/08/29 02:37)
[32] 第5話(前編) 激突~バトルオン~[上光](2012/09/28 00:52)
[33] 第5話(後編) [上光](2012/09/08 21:55)
[34] 第6話(前編) 舞台裏~マグニフィコ~ [上光](2020/08/26 22:43)
[35] 第6話(後編)[上光](2020/08/26 22:42)
[36] 第7話(前編) 漸近~コンタクト~[上光](2016/11/16 01:10)
[37] 第7話(後編)[上光](2014/03/05 18:54)
[38] 第8話(前編) 致命~フェイタルエラー~[上光](2015/10/05 22:52)
[39] 第8話(中編)[上光](2016/02/26 23:47)
[40] 第8話(後編)[上光](2016/11/16 01:10)
[41] 第9話(前編) 夜天~リインフォース~[上光](2016/02/27 23:18)
[42] 第9話(後編)[上光](2016/11/16 01:09)
[43] 第10話(前編) 決着~リベンジャーズウィル~[上光](2016/12/05 00:51)
[44] 第10話(後編)[上光](2016/12/31 21:37)
[45] 第1話 業[上光](2020/08/20 02:08)
[46] 第2話 冷めた料理[上光](2020/08/20 22:26)
[47] 第3話 諦めない[上光](2020/08/21 22:23)
[48] 第4話 傷つけられない強さ[上光](2020/08/22 21:51)
[49] 第5話 救済の刃[上光](2020/08/23 20:00)
[50] 第6話 さよなら[上光](2020/08/24 20:00)
[51] 第7話 永遠の炎[上光](2020/08/25 22:52)
[52] エピローグ[上光](2020/08/26 22:45)
[53] はやてED 八神家にようこそ[上光](2020/09/13 23:13)
[54] IF 墓標 ゆりかご(前編)[上光](2020/10/03 18:08)
[55] IF 墓標 ゆりかご(後編)[上光](2020/10/05 00:33)
[56] シグナムED 恩威並行[上光](2020/10/12 00:39)
[57] クアットロED 世界が彩られた日[上光](2020/10/18 20:29)
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[32422] クアットロED 世界が彩られた日
Name: 上光◆2b0d4104 ID:5a3e6cf4 前を表示する
Date: 2020/10/18 20:29
「復讐なんて馬鹿みたい」

 それが彼女の世界を変えた、始まりの言葉。



 どこまでも続く通路に人気はなく、響く音は自らの足音のみ。前を向いても後ろを向いても目に映る光景は変わらず、それでもウィルは休むことなくゆりかごの通路を歩き続ける。
 しばらくすると、前方に通路同士が交わる十字路が現れる。直進するか、右に曲がるか、はたまた左に曲がるか。選択肢は三つ――しかし十字路に辿りつくと右と左の通路の先は隔壁が降りていて、直進以外の選択肢はなかった。
 分岐のたびに一つの道以外は封鎖されている。そんな光景が続くこと七度。偶然も三度続けば必然、裏に誰かの作為が潜んでいるというが、誰かがウィルを誘導しようとしているのは確実で、その誰かとはウィル以外でゆりかごに残ったもう一人に違いない。

 しばらく黙々と歩を進めると、前方にひときわ大きな扉。近づくと音もなく開く。
 扉の向こうは無機質な大部屋が広がっていて、ゆりかごの各所の光景を映したホロディスプレイがいくつも投影されていた。おそらくは、ゆりかごを制御するための管制室なのだろう。
 部屋の中央、ホロに囲まれてこちらに背を向けて立っていた女が振り返る。
 肩まで伸ばした栗色の髪をうなじの辺りで左右に分けて束ねて垂らし、大きな丸眼鏡をかけた女が、鼻にかかった甘ったるい声をあげる。

「やっと来たのね。待ちくたびれたわぁ」

 ゆりかごの内部に取り残されたという状況にそぐわない普段通りの微笑。彼女にとって表情を隠すためのポーカーフェイス。
 ウィルは大きく肩を落とすと、苦々しく顔をしかめながら、探し人の名前を呼ぶ。

「また最後の最後にやりやがったな、クアットロ」



 蘇った聖王のゆりかごでの戦いは熾烈を極めたが、最終的には全てのナンバーズと協力者のアリシア、そして首謀者のスカリエッティを捕縛し、ゆりかご起動のための鍵として捕らえられていた聖王のクローン――ヴィヴィオを救助した。
 しかし鍵となる聖王を失ったゆりかごは動作を停止させるどころか、防衛モードに移行。ゆりかごという兵器を敵に渡さないために船体を安全な場所――次元空間へと転移させようと動き始め、突入した隊員たちとスカリエッティ一味は、そのほとんどがゆりかごから時の庭園へと退避した。
 脱出せずにゆりかごに残った者は、この場にいる二人。クアットロと、彼女が残ることを知って引き返したウィルだけだ。

「みんなをゆりかごから退避させて、自分だけゆりかごに残ろうとして……いったい何がしたかったんだ?」
「ゆりかごの力を私一人が手に入れるためって言ったら、信じるかしら?」
「冗談だろ。ヴィヴィオがいない状態のゆりかごにどれだけのことができるんだよ?」

 月の魔力を充填したゆりかごは、古代ベルカの戦乱を終結へと導いた最悪の兵器に違いないが、今のゆりかごは聖王という主を失っている。その状態で万全の力を振るえるとは思えない。

「おあいにくさま。聖王はたしかにゆりかごを起動させるための鍵。でも、一度エンジンをかけた後で鍵を失くしたところで、機能が完全に停止するわけじゃないわ。まあ、強力な兵器はその都度聖王の承認がないと使えなかったりするけれど、簡単な兵装は今でも使用可能。それに次元断層すらも超える次元空間航行能力には一切の陰りがない。世界最高の乗り物よ」

 かつて、聖王の一族の多くは生まれてから死ぬまでの一生をゆりかごの中で過ごしていたと言われている。ゆりかごはそれを可能とするための食料生産プラントなどを内蔵し、自給自足が可能な完全環境移動都市(アーコロジー)でもある。
 一度魔力を充填すれば長期間補給を必要とせず、管理世界のあらゆる艦船をも凌駕する性能を持つ船。たとえ兵器の類が使用できずとも、それだけで大いなる脅威になり得るが――

「なるほどな。で、それなら俺を残す必要なんてないはずだよな」
「あなたが勝手に戻って来たんでしょう? 私にとっても予想外だったわあ」
「嘘だな。あの状態でクアットロを放置するなんて、俺にできるはずない。……他の誰かならともかく、クアットロにそれがわからなかったはずないだろ」

 全員がゆりかごから退避するために動き始める中、管制室にいたクアットロはそこから全ての隊員たちに脱出ルートを示し、誘導を続けた。そして全員を脱出させるために自分は最後までゆりかごに残ると、通信でウィルにのみ告げた。
 その在り方は、かつて乗員を逃がし最後まで艦の浸食状況を伝えるためにエスティアに残ったクロノの父――クライドを思い起こさせた。そして、そんな友を放っておけずに一人残った己の父――ヒューの息子であるウィルもまた、クアットロを連れ戻すために管制室へと引き換えした。
 そのクアットロの自己犠牲が嘘偽りだと気づいたのは、いまだ転移までの時間が残っていたはずなのに、クアットロとウィル以外の人間が脱出した瞬間にゆりかごが転移した瞬間だった。

「ごまかすな。どうしてこんなことをしたんだ?」
「あら残念~。さすがに騙されてはくれないみたいねえ」

 クアットロは小さく舌を出し、いたずらを仕掛けた子供のように笑うと、問いには答えず、かすかにメロディが耳に届くほどのささやかな鼻歌を口ずさみながら、部屋の壁へと向かって歩を進める。
 そして壁端まで到達すると、再びウィルへと向き直り、壁を背にその場に座り込むと自らの隣の床を手のひらで二、三度、軽く叩く。

「ちょっと長くなるから、座って話しましょう? まずは私とあなたが出会った、二十年前の話から」




 クアットロにとって、自我というものを認識した時からずっと、世界は色あせて退屈なものだった。

 先天的に保有する魔法技能――ISの性質が幻術魔法だと知ったスカリエッティが、最も効率的にそれを使えるように、センサーとその情報処理に特化させた存在。それが四番目の戦闘機人、クアットロ。
 目覚めた時から、彼女にとっては認識する全てが波形の集合でしかない。只人がただの光や音と認識する情報でも、クアットロの頭は勝手にそれらを構成する複数の波へと分解してしまう。
 この世界は情報の集積でできていて、そんな世界で他者に評価をつけるのであれば、その評価基準は持ち得る情報――エネルギーの量と、それをどれだけ効率良く処理しているか。
 その評価基準においては、生みの親にして底知れないスカリエッティと、保有するISのように変幻自在でとらえどころのない二番目の姉ドゥーエは、彼女の狭い世界の中で尊敬してあげても良いと思える人物だった。
 感情というものを必要以上に見せず、淡々とスカリエッティの補佐を務める、一番目の姉ウーノ。戦いという役割に特化し己を研ぎ澄ます、三番目の姉トーレ。効率に優れた彼女たちの在り方もまた、尊敬するほどではないが好ましく感じていた。

 尊敬する者と好ましい者に囲まれた狭い世界で、唯一侮蔑する対象だったのが、戦闘機人でもないのにラボに居座るウィリアム・カルマンという子供だった。
 魔導師の素質はあるが、保有するエネルギーは凡俗の域を出ない。しかもたかだか親という情報が失われただけで、自らの不利益を理解もせずに復讐という意味のない行為を目指しているらしく、効率に関しては論外だ。
 子供だから仕方ないという考えはクアットロには存在しない。年齢でいえば、肉体こそ急速成長されて五歳児程度になっているとはいえ、生み出されて一年二年しかたっていないクアットロの方が下だ。
 自分より長く生きているくせに、当然のことも理解できない。身体能力は戦闘機人たる己よりも圧倒的に劣り、知性でも己よりも劣る愚かな存在。本来なら歯牙にもかけない相手。
 だけど、自分が尊敬してあげても良いと思っているドクターが、そんな有象無象のことを気にかけているのが気に入らなかった。格上と認めてあげているドゥーエが、そんな愚か者に構うという無駄をしているのが苛立った。

 だから、ほんの少しちょっかいをかけてみた。
 愚か者に真実を啓蒙してあげて、その身の矮小さと愚かさを思い知らせてやれば、少しは留飲が下がるかもしれない。
 もし真実を神託してあげたクアットロに感激して平伏するようであれば、愚かではあっても将来性はある。それなら少しくらいはかわいがってあげてもいい、と。

 そんな甘い目論見は、視界にいっぱいに広がる拳と、直後に訪れた鮮烈な痛みに叩き潰されたのだが。


「信じられないわ。あんなに馬鹿な奴だったなんて」
「何もしていないのに殴るような子じゃないわ。何かあの子を怒らせるようなことを言ったんでしょう?」
「ドゥーエ姉様はあいつの肩を持つつもり?」
「あなたとあの子を性格を比較し俯瞰した上での、客観的な予測のつもりなのだけど。外れていたのかしら?」

 クアットロは何も言い返せず、視線をそらした。
 ドゥーエは何が可笑しいのか、そんなクアットロの様子を見て笑みを浮かべながら、クアットロに調整のためのナノマシンを投与する。

「……あいつは今どうしているの」
「トーレが通路で倒れているところを発見して、今はドクターが軽く手当をして部屋に戻してあるわ。全身打撲だったらしいけど、あなた――」
「それは私が話しかける前に飛行魔法に失敗して墜落してたせいよ。私のせいじゃないわ」

 あいつの愚かしさで生まれた怪我まで自分のせいにされてはたまらないと、早口で自己弁護するクアットロの様子に、ドゥーエはさらに愉快そうに笑う。

「わかってるわよ。私が言いたかったのは、あなた、あの子のことが気になるの? ってこと」

 まるで自分が興味を持っているかのような言い方に、クアットロの不満はさらに高まる。
 あまりに愚かだから少し正してあげようという親切心から生まれたもので、そもそも元を辿れば自分があんな愚かな存在に目をつけたのはドゥーエたちのせいなのに。

「ドゥーエ姉様とドクターこそ、どうしてあいつにかまうの?」

 ドゥーエはいまだ少女と呼ばれる容姿には不釣り合いな妖艶な笑みを浮かべて、質問に答える。

「それはあの子が強い欲望を持っているからよ」
「欲望? 主観を偏らせて正常な認知と判断を誤らせる、極めて非効率的な感情を有していることの、どこに興味を持つの?」
「その非効率的な偏りを生む欲望こそが、その存在が有する潜在的なエネルギーを底上げするの」

 ドゥーエは非論理的なことをさも真理のように語る。

「彼は強い欲望を持っている。自分の父を奪った天災のような存在に復讐したいという、実現する可能性が極めて小さな、けれど強い欲望。ドクターはあの子の治療をする時に、その欲望がいつまでも劣化しないようにほんの少しだけ手を加えたの。強い欲望を抱えながら生きるしかない者がどんな風に歪むのか、その欲望の果てに何があるのかを知りたくて。私があの子にいろいろと教えてあげるのは、そんなドクターの興味のためね。今の彼は欲望に向かう歩き方もわからない幼子だもの。せめて走り出せるくらいにはなってもらわないと、おもしろくないわ」
「……馬鹿馬鹿しい。そんなくだらないことのために、二人とも時間を割いているなんて。そんな意味のわからない実験に使われるなんて、あいつも――」

 かわいそうだ、と口にしかけ、すんでのところで止める。自分に危害を加えたあんな奴のことを気にかけてやる必要なんてない。ないのに――さっきから、なぜかあいつの顔が、違う、自分を殴ろうとした時の色が浮かぶ。

「他人事みたいに言うけれど、クアットロだってそうなのよ?」

 思考の渦に囚われかけたクアットロの意識を、ドゥーエの言葉が引き戻す。

「チンクは違うけれど、ウーノ、私、トーレ、そしてあなたまでの四人は、ドクターと同じ因子で生み出された機人。DESIREの影響を受けたドクターと同種の、だけどドクターのように欲望に指向性を与えられていない存在。そんな私たちがどんな欲望を抱いて、それを叶えるためにどんな風に奔走し、夢叶った時、夢破れた時にどうなるのか。私たちはみんな、ドクターの好奇心を満たすための実験体なの」

 告げられた真実に、クアットロの心臓が早鐘のように脈打つ。
 機人なのだから、脈拍数も血流量も自分の意志で制御できるはずなのに。

「だからあなたもまた欲望に目覚めたのなら、存分に突き進みなさい。それがドクターを喜ばせることになるのだから」
「私に欲望なんて――」

 ない、そう言おうとして、その時胸に沸き起こる得体のしれない感覚が、クアットロの言葉を止めた。
 それは数値や波として分析できない感覚。身体の底から湧いてきて、身体を熱くさせて、胸の奥に居座って。そのことを思うと、その場で駆け出したくなる。湧き上がる熱量が小さな身体に収まり切れず、行動という形で発散させなければ、気が狂いそうになるほどのエネルギー。

 ――ああ、これが、この感覚が欲望なんだ

 ドゥーエの手がクアットロの顔へと伸びて、細く長い人差し指で顎を持ち上げる。

「今のあなた、素敵よ。昨日までとは違ってとても感情豊かに見えるわ。恥ずかしがることはないの。私たち姉妹は、形は違っていても強い欲望を抱えながら生きるしかない理解者同士なんだから。……だから、ね? あなたの欲望が何なのか、私に教えてくれない?」
「私の欲望は……」

 頭に浮かぶのは、あいつに押し倒された時に、見上げた視界に広がる歪んだ顔――その赤い瞳が宿していた怒りの色。
 色なんて単なる光のスペクトルで、クアットロにとっては色あせたデータの一つでしかないのに。あの瞬間にあいつから放たれた色の鮮やかさが――真っ赤な色彩が忘れられない。
 それはきっと、あの時にあいつが向けていた怒りが、他の誰でもないクアットロに向けられていたからだ。
 クアットロがこれまでに解析しデータとして処理してきた情報は、クアットロがいなくともそこにあった。だけどあれは、あの瞬間にクアットロが感じた色彩は、クアットロという個人に向けて放たれた唯一のものだった。

「また、あんな色彩を見せて……あの感覚を味わわせてほしい……ううん、私に向けてほしい」

 それが、生まれて初めてクアットロが覚えた欲望だった。




「…………………………………………………………………………………………………………」

 クアットロの隣に座ったウィルは、かつての己の過ちの記憶、その裏側でクアットロが抱いていた感情を聞かされて、頭を抱えていた。

「どうしたのよ。そんなシャマルの料理を食べた時みたいな顔して」
「失礼なたとえ方をするな。なんて言えばいいのか……その……もしかして、俺が殴った時に当たりどころが悪かったんじゃないかって……」
「それこそ失礼しちゃうわぁ。あんな程度の衝撃でおかしくなるくらいにやわじゃないわよ」

 クアットロは肘でウィルの脇腹を小突いてえずかせながら、当時の感覚を思い出しているのか、陶然とした表情で瞳を閉じる。

「とりあえず、しばらくあなたに付きまとって観察して、また怒らせてみようとしたのよ。でも、ウィルったらあれ以来全然怒らなくなったでしょう?」
「当たり前だ。単に自分が気に入らないことを言われただけで人に暴力を振るうなんて、やっていいはずがない」

 嫌なことを言われたからと怒りに任せて他人を殴ったあの初対面は、ウィルにとっては忘れがたい過ちの記憶だ。だからクアットロが多少嫌なことを言ったところで我慢した。

「それで思ったのよねえ。どうしてかはわからないけれど、あなたの怒りの閾値が上がっちゃったのなら、もっと強く怒らせる必要があるって。どうせなら、あなたが復讐を果たせるような状況になった時に、邪魔して一緒に憎まれてみれば良いんじゃないかって。そうしたら、またあの時みたいな……あの時よりも、もっと綺麗で鮮やかな色彩を私に向けてくれるんじゃないかって。……そのために、いろんな次元世界の情報集めて、闇の書が現れたらあなたにこっそり教えてあげようとも思っていたのよ。それなのに突然知らない管理外世界で行方不明になったなんて聞いた時は気が気じゃなかったんだから」
「ああ……じゃあ、あの後の誕生日プレゼントは、その対策に贈ってくれたんだな」

 PT事件の後、クアットロは誕生日プレゼントとしてデバイスを身につけるためのネックレスをくれた。それがウィルの居場所やバイタルデータを記録し、送信する機能があると知ったのは、プレゼントを貰った一月後、ヴォルケンリッターとの戦闘で重傷を負った後だ。

「その後でグレアムおじさんに回収されたことを思うと、我ながらファインプレーだったわねえ」

 プレゼントのおかげで、クアットロはグレアムに回収されたウィルの居場所を突き止め、それがきっかけでグレアムとスカリエッティが協力することになったのだから、世の中何がうまくいくのかわからない。

「私が何かを教えるまでもなく、ヴォルケンリッターと接触したって聞いて小躍りしたいくらい嬉しかったわ。運命だって信じたくらいよ。あなたの手助けをするふりをして、最後の最後で闇の書の味方をして全部台無しにする。そしたらきっと、怒りを私に向けて――いいえ、今度は、殺意を向けてくれるかもしれない。途中まではうまく行くと思ってたのにねえ…………あなたは勝手にシグナムと殺し合うし、そのせいで闇の書は私の関係ないところで暴走するし、暴走を止めるために命を賭けに行っちゃうし……なんとかシグナムとの決着に割り込んで邪魔して、思っていた形とは違うけどこれであなたは私を憎んでくれると安心していたのに……」

 またもやクアットロの予想していない出来事が発生した。
 闇の書の内部に残り続けていた犠牲者たち――闇の書の業の目覚め。
 彼らと共に己の命を使い果たしてでも復讐を遂げようとするウィルを止めようと、そして死なせないために手を伸ばし続けてくれた仲間たちの献身が、復讐に染まっていたウィルの意志を変えた。

「俺が復讐を諦めたせいで、その目論見は潰れてしまったと」
「あなたが復讐を止めるなんて、全然想定してなかったのよ。心の中で戦ったことでプロジェクトEを構築する何かが損傷したのか、それとも復讐心をも上回る新しい感情があったのか……どっちにしても、これで十年かけた私の計画はあっさりと水泡に帰したのでした」

 肩をすくめて両手をあげ、おどけた風に語るが、その事実がどれほどクアットロに衝撃を与えたのかは、復讐をやめると告げた時の狼狽ぶりを思い出せばわかる。
 ウィルがまったく怒っていないと、むしろ感謝すると告げた時の焦り。復讐を止めると伝えた後、ウィルを押し倒してプロジェクトEのことを明かして、怒りを煽ろうと必死になって、涙を流してその場を去った姿。

「それであの時泣いてたのか……」
「は? 泣いてなんかいないわよ。勝手なこと言わないで」
「いや、たしか……まぁいいや。うん、話の腰を折ってごめん、進めて」

 投げ槍なウィルの返事に納得していないようだったが、それ以上の追及を諦めて、追憶を再開する。

「悔しかったけど、私の期待を裏切ったあなたにいつまでも固執する必要もないと思ったのよ。だからラボから離れて、あなた以外にも殺意を抱かれるくらいに憎まれてみようと負の感情が渦巻いてそうなところを転々としてたら、厄介な奴らに目をつけられてあの研究所にたどり着いたのよ」

 クラナガンに流通する違法薬物、裏で取引される改造クローンなど、様々な犯罪に手を染める地下組織。ラボを出たクアットロは彼らの研究所に身を寄せていた。
 表の世界から追放された研究者たちの寄せ集めともう言えるその研究所では、研究員ごとに様々な分野の研究が行われていたが、プロジェクトFによる記憶継承クローン、プロジェクトGによる希少技能保有クローン、プロジェクトHによる戦闘機人など、スカリエッティの理論を基に研究をしていた研究員たちもいた。
 そんな彼らにとって、スカリエッティ産の戦闘機人であるクアットロは神が地上に遣わした神器にも等しい。
 クアットロは貴重な研究対象として丁重な扱いを受けながらも、持ち前の頭脳を活かして立ち回り、研究所で生み出されたオリジナルの戦闘機人など、一部の実験体の管理を任されるに至っていた。

「保護した実験体の子らには、結構慕われてたって聞いてるよ」
「ちょっとかまってあげてただけなのよねぇ。それなのに顔を見せるたびにわらわらと寄ってこられて……そうなるのもわかるくらいに、劣悪な場所だったわ。ドクターに言わせれば、倫理と論理を失ったマッドの集まりね。あそこに比べたらドクターのラボは天国よ」

 スカリエッティは決して善人ではない。
 ナンバーズを娘と呼びながらも、研究者として実験対象として見てもいる。興味を持った実験のためなら犠牲を平然と出すし、嘘もつく。依頼された治療対象に、必要のない改造を施したりもする。善悪を測るならまごうことなき悪党だ。
 同時に、彼は実験対象を意味もなく虐げたりはしない。それは鳥かごの中で飼われる鳥に与えられる境遇に等しくとも、必要以上の束縛はせず、健康を保てる衣食住を与え、実験に関係ない部分で傷つけたりはせず、劣悪な環境に置くことはない。
 そんな環境の中で性格が悪いと言われるクアットロ程度では、外道に堕ちた本物の悪がうごめく地獄の中ではまともな方に見えたのだろう。

「でも、駄目だったのよねえ。いろんな人に憎まれてみて、恨まれてもみたけれど、あなたの時ほどの高揚感はなかったの。それで、思ったのよ。あなたが復讐を諦めたのであれば、もう一度復讐するつもりにさせれば良いんじゃないかって……奪うふりをすれば良いんじゃないかって」
「それがあの時、俺の前に立ちふさがった理由だったんだな」




「クアットロ……なのか?」
「ええそうよ。久しぶりね、ウィル」

 クラナガン郊外、廃棄区画の地下水道で、闇の書事件以来二年ぶりにウィルとクアットロは顔を合わせた。
 近年、活動を活発化させていた犯罪組織の研究所が廃棄区画の地下にあるという情報を得て、首都防衛隊と本局航空武装隊が協力して共に出動。研究所へと繋がる水の枯れた地下水道を進む途中で、ウィルは仲間たちとはぐれてしまった。
 薄暗いとはいえ、自分たちの他には誰もいない地下水道のトンネルではぐれるなんてありえない。だが、それもクアットロの持つIS『シルバーカーテン』の権能をもってすれば不可能ではない。

「どうしてこんなところに……?」

 河川や地上からの水を取り入れるための巨大な立坑の底に立つウィルを見下ろして、クアットロがは嘲りの笑みを浮かべる。

「わからない? あななたちに研究所の情報を提供したのが私だからよ。あの研究所、しばらく利用させてもらってたんだけど、最近邪魔になってきちゃってぇ。そろそろ壊滅してほしかったのよね~。だから管理局に潰してもらおうと思ったの」
「なら、どうして俺の前に姿を現したんだ? 放っておいても、お望み通りに摘発するつもりだったのに」
「あなたが参加してるのを見つけて、ちょっと気が変わったのよ。ここであなたを虐めてあげるのも愉しそうだなって」

 唇が裂けるかと思うほど大きく、その整った容姿をもってしても醜悪さを感じるほどの嗜虐的な笑みを浮かべて、クアットロが宣告する。

「さっき、研究所の方に管理局の部隊が近づいているって連絡を入れたわ。今頃迎撃の用意をして、管理局の部隊を出迎えるでしょうねえ。あなたの部隊、全滅しちゃうかも♪」
「な、何を言ってるんだよ。さっき、研究所が邪魔だから潰れてほしいって――」
「この戦いでどっちが勝っても別にいいのよねぇ。管理局が勝って壊滅すれば問題ないし、あなたの部隊が壊滅してもすぐに後続の部隊が派遣されてくるでしょうし。遅いか早いかの違いはあっても、研究所の壊滅は確定でしょ? 差は管理局側……あなたのお仲間にどれだけ被害が出るかだけ」

 ウィルは危機にさらされている仲間たちの元に駆けつけるため、即座にクアットロに背を向けて駆けそうとして、

「……まだ、足りないのね」
 
 立坑から通路へと入ろうとした瞬間、頭を強くぶつけてその場に崩れ落ちる。
 頭の中に火花が散ったかと思うほどの痛烈な痛み。視界に靄がかかり、平衡感覚が消失。額から流れる血が右目に流れこみ視界を赤く染める。
 痛みをこらえながら通路へと手を伸ばせば、視界にはたしかに通路が映っているのに、手に伝わる感触はざらざらとしたコンクリートの感触。シルバーカーテンによる幻の光景だ。

「な……んの、つもり、だ……」
「さっきも言ったでしょ。あなたを虐めてあげるって。自分が役立たずなせいで、大切な仲間が死んだ時のあなたの顔を見るの、とっても愉しそうかな~って」

 突然の風切り音に、とっさにその場から飛びのく。直後、先ほどまでウィルがいた地面に金属の腕が突き刺さる。そこにいたのは動く甲冑とでも表現されるような、魔法の力を動力とした機械の兵士――傀儡兵。時の庭園で見たものと酷似しているのは、クアットロがかつてプレシアの助手をしていた時にその知識を得たからか。
 立ち上がり様に振るった剣から発生した衝撃波が傀儡兵の頭を吹き飛ばす――はずが、衝撃波が通り抜ける。これもまた幻影。
 続けて、ウィルの右側から足音が響く。何も考えずに音の方向へと剣を振るえば、手には何かを金属のようなものを断ち切った感触。傀儡兵の腕が暗闇に飛ぶ。
 しかし、背後からも風切り音。再び跳びのこうとするが、今度は間に合わずに背に衝撃。跳ね飛ばされて壁へと叩きつけられる。

「クアットロ……! お前……!」

 怒りに染まるウィルを見下ろして、クアットロは嗤う。

 姿は見えないが、音で近づいてくるのがわかる。空に飛びあがって距離を取ろうとすると、再び身体が何かにぶつかり、直後に叩き落される。空にもまた見えない傀儡兵。
 気がつかない間に、ウィルは無数の敵に取り囲まれていた。
 
 広範囲を攻撃できるような魔法を使えるなら、この状況も打破できただろう。だが、ウィルにはシグナムのシュランゲフォルムやヴィータのギガントフォルムのような手段はない。
 できることは、反響するせいで発生源が明確ではない音を頼りに闇雲に剣を振り回すだけ。
 逃げようにもシルバーカーテンがある限り出口はわからない。見えない傀儡兵と戦いながら、壁際に手をついて感触で出口を探るなんて不可能だ。

 状況を打破する唯一の方策は、シルバーカーテンの解除。つまりクアットロを倒すこと。
 かつての幼馴染は、今や救いがたい悪党に成り下がった。彼女のせいで仲間たちが危機にさらされている以上、容赦をする必要はない。何か事情があるのかもしれないが、そんなものは倒して捕まえた後で聞けばいいだけのこと。
 ウィルは自分から大切なものを奪っているものを許せない。その怒りを込めて、吹き抜けの高みに腰かけてこちらを見下ろすクアットロを睨みつけて――


「なんだこれ」

 突然、響いた男の声に意識を引っ張られる。
 声の発生源に目を向ければ、立坑の途中、壁から見覚えのある青年の顔が突き出ていた。

 ヴァイス・グランセニック。
 航空武装隊の隊員でありながら、この一年、ウィルとも何度も顔を合わせてきた腐れ縁ともいえる青年。

 その姿を認識した瞬間、ウィルはハイロゥから圧縮空気を噴出させ、彼のいる場所へと向かって全力で飛んだ。
 ヴァイスの姿が見えたということは、そこまでの直線上の空間に障害物がないことを表している。もちろん壁に埋まったかのようなヴァイスの姿すらもクアットロがISで見せている幻であれば話は別だが、そんな意味不明で脈絡もない幻影を見せないだろうという確率に賭けた。
 確信通り、ウィルの肉体は視界に映る壁にぶつかることなく通り抜け、すれ違い様にヴァイスの襟首をひっ捕まえて狭い通路へと飛び込む。

「おい! どうしたんだよ! 説明!」
「その前に! 研究所の位置はわかるか!? わかるなら道案内頼む!」

 航空武装隊は首都防衛隊とは別のルートで地下研究所へと向かっていたはずだ。ヴァイス一人がなぜこんなところにいるのかはわからないが、現在地くらいは把握できているはず。
 ウィルの様子にただごとではないと理解したのか、ヴァイスは舌打ち一つで切り替えて、即座に順路を説明し始めるが、直後、前方で爆発が起きて通路が崩れる。クアットロがこちらを逃がさないために仕掛けていたのだろう。
 別のルートを通るために横穴に飛び込み、研究所へに向かって走る中、ヴァイスがたずねる。

「なあ、さっきのは何だったんだ? 交戦中に見えたけど」
「見たままだよ。交戦中だった。俺たちが乗り込む予定の研究所のやつだ」
「なら、放置するよりも捕まえていった方が良いだろ。それともアレか? まさかお前が手も足もでないくらいやばい奴なのか?」
「いや……」

 ヴァイスの言う通りだ。後のことを考えると、ここで倒した方が良い。
 たとえクアットロを無視して仲間たちの元に駆けつけたとして、シルバーカーテンを使うクアットロが合流されればさらに危険になる。
 それなのにヴァイスの姿を見た瞬間、退避を選んだのは、こうしている今も危機にさらされている可能性のある仲間の元に駆けつけることを優先したからだけではなく、

「……今は敵だけど、幼馴染なんだ。最近行方不明になってて、どうしてるのかと思ってたんだけど、さっき再会した」

 悪党であっても、大切な幼馴染を倒すことへの迷いがウィルの中にあったからに他ならない。
 ヴァイスはその言葉に目を丸くして、

「マジか〜。お前の知り合いはかわいい子ばっかでうらやましいな」
「この状況でそう言えるのはすげえよ。見直した」

 軽口に、少しだけ気が楽になる。

「だけど、それならなおさらじゃないか?」
「何がだよ」
「幼馴染があいつらに攫われて、操られるかなんかしてるんだろ? だったらそっちを助けるのが先決だろ」
「いや――」

 ヴァイスはとんだ誤解をしているようだった。
 たしかに一家みな管理局に務めているウィルが犯罪者たるスカリエッティと顔見知りで、幼馴染とは彼が生み出した戦闘機人のことで、彼女が犯罪組織に協力していると最初に連想できるはずもない。
 だが、的外れなはずのその言葉がウィルの胸の迷いに深く突き刺さる。


 横穴を抜けた先は、巨大な柱が立ち並ぶ水量調節のための空洞が広がっていた。

 その正面、非常灯で照らされたひときわ高い場所にある横穴に、クアットロが立っており、ウィルたちが走ってきた横穴が崩落して退路を断たれる。
 逃げられてもここに誘導できるよう、最初から計算していたのだろう。空洞にも傀儡兵が配置されているようで、姿は見えないが響く彼らの足音が鐘の音のように反響する。

「私から逃げきれると思っていたのなら、随分とおめでたいわねぇ」

 待ち構えていたクアットロの顔を見る。
 クアットロなら自分の姿もシルバーカーテンで隠せるのに、わざわざ姿を現して会話をしている。その姿すらも実はシルバーカーテンで作り出した幻影で、攻撃を仕掛けてもまるで意味がないという可能性もある。
 だけど、ウィルは自分の目に映るクアットロは本物だと確信していた。
 見覚えのある顔だ。闇の書事件の後、病室でウィルを押し倒してプロジェクトEのことを打ち明けた時のような、愚か者を嗤うふりをしながら捨てられた子供のような顔をしている。あれがシルバーカーテンで作り出した偽りの顔とは思えない。

 クアットロが何を考えているのかわからない。でも、何か思いつめているのはわかる。
 あの時、ウィルは何もできず、何も答えらず、涙を残して去っていくクアットロの後ろ姿を見送るしかできなかった。その結果が今のクアットロなのだとすれば、これはウィルに与えられたチャンスなのかもしれない。
 クアットロの手を取って、こちら側へと連れてくるための。

 それに、かつてクロノに誓ったはずだ。
 いつまでも悪を看過しないと。大切な人が悪の側にいるのなら、たとえ当人が嫌がっても、引きずってでも光の当たる場所に連れてくると。
 復讐という理由で人を殺そうとするウィルを見限っても良かったのに、失望したと吐き捨てても良かったのに、最後までウィルを見捨てずに手を伸ばしてくれたクロノたちのように。

「ヴァイス、頼みがある」
「おう、言うだけ言ってみろ」
「お前の言う通りだ。俺はあの子を助けたい。でも、俺だけじゃ無理だ。力を貸してくれ」
「高いぞ」
「言い値で返すよ」

 二人とも何も言わずに、握り拳を合わせて打ち付け合い、その光景に不快気に顔を歪めるクアットロへと宣言する。

「今度は、手放さないからな」




「結局、あなたと……誰だっけ、あの男」
「ヴァイスな。ゆりかごの突入メンバーにもいただろ」

 ウィルとヴァイスは協力してクアットロを取り押さえた。
 クアットロが研究所に管理局の部隊が接近中と連絡したというのは嘘で、首都防衛隊と航空武装隊による奇襲は成功して、研究所は制圧された。
 クアットロが組織を潰したがっていたのは本当だったが、その原因は研究所に捕らえられていた竜そのものを弾頭として、アルカンシェルの魔導式を発動させて地上本部を消滅させるという、犯罪組織に協力していた反管理局を掲げるテロ組織による悪魔じみた計画を止めるため。
 それをクアットロから知らされて急いで駆けつけたウィルの目前で、解き放たれた竜が破壊のブレスで研究所の天井を、そしてその上に広がる地下水道の壁面をも破って、地上へと飛翔。
 遅れたおかげで被害を免れたウィルは竜を追いかけて空へと飛び立ち、最終的に負傷を押して駆けつけたシグナムと協力して竜を倒した。

「そうそう、そいつに負けて捕まっちゃったのよね。なんだか私の人生、うまくいかないことばかりじゃない? 本当にままならないわあ」

 言葉とは裏腹にクアットロは笑みを浮かべていた。ポーカーフェイス代わりの微笑でも、他者を見下す嘲笑でもなく、幸福に触れたものが自然と浮かべる柔らかくほがらかな笑顔。

「でも、その時に満足しちゃったのよね……私に必死に向かってくるあなたの色彩を見て、求めていた怒りや憎しみの色彩じゃないけれど、これも素敵だなって……嬉しくなっちゃって。……始まりは負の感情に魅せられたせいだけど、それを追っかけてずーっとあなたを見てる内に、いつの間にかあなたじゃないと満足できないように調教されちゃってたんでしょうねえ」
「……何もしてないのに勝手に調教されてるのは俺から見たら恐怖でしかないけどな」

 事件の後、クアットロは犯罪組織に加担していたことで裁判を受けた。
 しかし研究所の情報を管理局にリークしたこと、協力者でありながらも研究所の実験対象でもあったこと、保護された実験体たちの中でもクアットロが世話をしてあげた者からの嘆願があったことなどが重なり、情状酌量の余地ありと判断された。
 ミッドチルダの海上隔離施設で二年間更生プログラムを受けた後、出所。スカリエッティの元に戻ることなく管理局に協力し、やがて正式に管理局の地上本部に所属。そのISと処理能力を買われて情報部で活躍した後、本人の希望もあって首都防衛隊の機動部隊隊長となっていたウィルの秘書官になった。

 ウィルもまた、クアットロが真っ当な道を歩めるように、裁判の時からずっと各所に頭を下げて回って奔走した。
 その甲斐あって、陽の当らない場所にいた幼馴染を、陽の当たる場所へと連れて来ることができたと思っていた――ほんの少し前までは。

「あれからずっと、クアットロは真面目に頑張ってきたと思ってるよ。今回だって、先生や姉妹と敵対してでも管理局側として動いてくれていた。それなのにどうしてこんなことをしたんだ? 先生の味方をするために裏切ったっていうのなら理解はできるよ。でも、俺を連れてゆりかごを手にする理由がわからない」

 過去を辿り、ようやく今の疑問に到達したというのに、クアットロからの返事はない。
 それどころか膝を抱えて顔を伏せて。髪の隙間から見えるクアットロの耳はほんのりと赤く染まっていた。体温の調節なんて戦闘機人なら簡単なはずなのに。
 やがて、少しだけ――かろうじて目が見えるくらいに顔を上げ、横目でウィルへと恨みがましい視線を送りながらつぶやく。

「……やっぱり、言わなきゃダメ?」

 ウィルがうなずくと深々とため息をつき、立ち上がる。
 髪留めと眼鏡を勢いよく外し、耳と同じくほのかに赤く染まった顔で、座ったままのウィルを見下ろしながら語る。

「秘書官としてあなたのそばにいるようになって、気づいたのよ。あなたはいろんな人を、みんなを見ているんだなって。……結局、あなたが私を強く見てくれるのは、私が何かをしでかした時だけなのよね」
「もしかして、そのためにわざと……?」

 過ちを犯せば、またウィルが見てくれる。だからこんなことをしでかしたのかと。
 しかし、クアットロはゆっくりと首を横に振った。

「そんなことをしても、その時は見てくれるかもしれないけど、またもと通りになるだけじゃない。私が求めたのは対症療法じゃなくて、根本から解決するためのラディカルでシンプルな手法……これからゆりかごは通常航路を外れ、次元世界の奥へと進んでいく。今のゆりかごなら次元断層だって越えていける。管理局の、管理世界の船ではもう、絶対に届かない」

 このままゆりかごは次元の海を彷徨い続ける。ウィルとクアットロの二人を唯一の乗員として、永遠に。

「ここには私とあなた以外誰もいないわ。だから――私だけを見て。私だけに触れて。私だけを想って。私以外を見ないで。私以外を考えないで。私以外を忘れて。ずっと、一緒にいて」

 告白はこれまでの人生で聞いたどんな愛の言葉よりも重く響く。
 熱に浮かされたような恋慕の言葉ではない。一言ごとに魂を削りながら口にするような、悲鳴にも似た心の叫び。

 唖然とするウィルとは対照的に、思いの丈をぶちまけたクアットロは、どこか清々とした、あきらめの境地にも等しい顔で返事を待つ。
 やがてウィルも自分の想いに整理をつけて、答えを返す――その前に。

「一つ言っていいかな」
「ええ。何かしら?」
「やることが行き当たりばったりすぎる」

 クアットロは視線をそらし、言い訳を口にする。

「……良いじゃない。計画はシンプルな方が臨機応変にいくのよ」
「シンプルすぎてメモ帳一枚でおさまりそうだぞ」

 少なくとも、突入前の段階でウィルと二人で残る方策があったわけではないだろう。
 思いついたのは、おそらくゆりかごが防衛モードに移行した後。他の隊員たちを誘導する中で、自分ならゆりかごを掌握できることに気付き、エスティアを連想させるような行動をとってウィルが残るように仕向けた。
 とっさにそれが思いつくくらいには頭が回るのに、長期的な展望がまるでない。

「もう、そんなことはどうでもいいでしょう? それで返事は? まぁ嫌って言われても逃がすつもりはないから、諦めて受け入れてほしいけど」
「気持ちは嬉しいけど、それはできない」
「……でしょうね。まぁいいわ。時間ならたっぷりあるんだし、ここまで来たら考えが変わるまで待つだけよ。ドクターが持ち込んだ食料もあるし、食料生産プラントも稼働可能なのは確認してあるから、私たちがお婆ちゃんとお爺ちゃんになるまではここで生きていけるわ」

 断られても、クアットロに取り乱した様子はない。
 この数年、ウィルの一番そばにいたのはクアットロだ。答えも予想できていたのだろう。少なくとも、ここまでは――では、ここから先は?

「俺と勝負しないか?」
「なによ突然。聞いてあげるメリットが私にあるとは思えないけど」
「メリットはある。勝負内容は管理局の艦船が救助に来れるかどうかだ。救助に来るまでは望み通り一緒にここで暮らそう。クアットロのことを邪険にしたりせずに、二人きりの同棲生活を目一杯楽しむよ」
「私が勝ったら――って、その場合はそれが永遠に続くだけね。それは私の望みとも合致する。……それで? 無理だと思うけど、救助が来てあなたが勝ったら?」
「その時は駄々をこねたりせずに俺と一緒に管理世界に戻れ。それから……」
「それから?」
「結婚しよう」
「……? ――――っ!!」

 ウィルの提案が予想外だったのか、クアットロは声にならない叫びをあげ、自らの反応を恥じて口元を手で押さえる。すぐさま平静を取り戻し、ウィルと視線を合わせて、即座に視線を外す。
 挙動不審になるクアットロに、ウィルは畳みかけるように言葉を重ねる。

「こうして大人になるまでに気づかされたよ。俺は大勢に囲まれて、支えられて生きているんだと。今度は俺も大勢を助けて、支え合って生きていくんだと。だからクアットロ一人を見ることはできない」

 それはウィルが闇の書事件で得た答え。
 ウィルという存在は、大勢の人間に支えられて、ここまで生きて来た。たとえ自分勝手に行動しても放っておかず、最後まで手を差し伸べてくれた。
 だから、ウィルもまた自分を支えてくれる者たちを、それだけでなく自分が関わった者たち、繋がった人たちを支えて生きていく。
 みんなのことを忘れて、自分だけが閉じた楽園で幸せに暮らすだなんて、選べない。

「でも、クアットロを一番にすることはできる。他の誰よりも多く見て、他の誰よりも長く触れて、他の誰よりも強く想うことはできる。結婚っていうのはその決意の意思表示と、社会的な証明のためだ。俺一人の口約束なんて信用できないだろ?」

 自らの抱える欲望がお互いに相容れないなら、後は戦うしかない――それだけではないことも、闇の書事件で知ることができた。
 選択肢は一本道の通路のように進むか戻るかだけではない。自分一人で悩んでいると、往々にしてそれに気づかないものだけど。

「ば、馬鹿じゃないの。私が求めてるのは、私とあなた以外の排除で……」
「わかってる。クアットロが求めているのは、一番じゃなくて唯一なんだろ? だからこれは一番で我慢してくれって言ってるようなもので、納得できないのは当然だ。だけど、もし救助されて管理世界に戻ることになったその時は、試しに俺と一緒の人生を送ってみないか? 俺がかつて復讐を我慢する道を選んでこうして今まで復讐せずにやって来れたみたいに、もしかしたらクアットロもその選択に満足できる日が来るかもしれない。俺が勝ったら、その可能性を信じて俺と結婚してくれ」

 言いたいことを言いきると、口を閉じて返答を待つ。
 しばしの沈黙、黙したままじっとクアットロを見つめるウィルと、唇を震わせながら視線をさまよわせ続けるクアットロ。
 選択を迫る側だったクアットロは、今や選択を迫られる側になっていた。
 やがて、沈黙に耐えられなくなったクアットロは躊躇いを振り切って、これまでの狼狽を隠すように威勢よく答える。 

「い、いいわよ! その勝負受けてあげる! どうせ誰もゆりかごを見つけるなんて不可能――

『おい、ウィル。聞こえるか? こちらクラウディア艦長、クロノ・ハラオウンだ』

 ――なんでぇ!??」

 裏返ったクアットロの悲鳴が響き渡ると同時に、管制室の前方に自動でホロディスプレイが投影されて映し出された友の顔に、さしものウィルも呆気にとられた。

「随分と早いな。予想外すぎて俺もびっくりなんだけど」

 必ず救助に来てくれると信じていたとはいえ、それは単に仲間を信じるという精神論であって、何かしらの根拠があったわけではない。
 姿をくらませたゆりかごを、どうやってこれほど早く発見したのか。

『それに関しては、こいつの情報が役に立った』

 クロノを映すホロディスプレイの隣に新たなホロが投影される。

『やあ、先ほどぶりだね』
「うわ」

 そこには身体をバインドで簀巻きのようにされながらもふてぶてしく笑う少年、ゆりかごでの戦いでウィルが打ち倒し捕縛した、一連の事件の元凶。ジェイル・スカリエッティが映っていた。

『あれからすぐに、このクラウディアを含めた本局の艦隊が到着して、航行能力を失った時の庭園を回収した。そして次元空間へと消えたゆりかごを追跡する方法がないかと話をしていたところに、こいつが割り込んできた。その内容というのが――』

 クロノの説明をスカリエッティが引き継ぐ。

『今回は管理局へのゆさぶりが成功して六課ときみを軟禁状態に持ち込めたが、うまくいかずに六課が健在のままの場合は、ガジェットや合成獣だけでは陽動足りえない。そこで私自身とナンバーズの何人かを地上に残して陽動とする計画も用意していてね。私が捕まればゆりかごの内部で新しい私を生み出してくれれば良し。しかし、もし私が逃げ延びることができた場合、後からゆりかごの場所を見つけて追いかけられるように、あらかじめ位置を追跡できるようにしていたのさ』
「そ、そんなはず……そんなプログラムが動いていたのなら、掌握した時に気付くはずで……」

 狼狽するクアットロを諭すように、スカリエッティが優しく語り掛ける。

『自分が一番できるという過信は、昔からのきみの欠点だ。よく考えてみるといい。きみを超える処理能力を持ち、きみに気付かれないように立ち回ることが可能な子がいることを』
「ありえないわあ……だって、そんなことができそうなウーノ姉様は六課が回収して……この場にいるのは私とウィルだけで……」
「私がいますよ」

 二人だけしかいないはずの部屋に少女の声が響く。
 部屋の隅にわだかまる影が形を成し、少女の姿を形作る。
 銀髪赤眼、かつて夜天の書の管制人格であったリインフォースを幼くしたような容姿。

「お役目は終わりのようで、一安心いたしました。救助が来なければこれから一生二人のイチャイチャを見続けるハメになるのかと、戦々恐々としていたのですよ」

 リインフォース・シャッテン。
 闇の書を解析した折に得た情報を元にスカリエッティが作り出した、リインフォースを模した融合騎だ。

「どうしてここにいるのよ……。あなたの分体は全員、ユニゾンしたナンバーズと一緒にゆりかごを脱出したはずじゃ……」
「認識に差があるようですね。私はウーノ姉様の補助のためにゆりかごのシステムに潜りこんでいましたが、不利な戦況を覆すために私の半分を実体化させ、それぞれのナンバーズとユニゾンするために向かわせました」
「じゃあ、もう半分のあなたは……」
「ええ。ずっとゆりかごに潜り込んでいました。感謝してくださってもかまいませんよ。ゆりかごの防衛モードは本来なら、内蔵する兵装を稼働させ、内部の生体反応を完全にゼロにするまでがセットなのです。それを改変してあなた方二人の安全を確保するのはなかなか骨(フレーム)が折れました」

 シャッテンは相変わらずの無表情だが、よく見れば少しばかり顔を上げて胸を張り、得意げになっているとわかる様相。

「ってことは、ずっと……見られて……」

 一方のクアットロは呆然自失としていて、焦点の合っていない瞳でぶつぶつとつぶやく。


『で、彼女が定置観測所に送信しておいた予定航路を元に、最も足の速い最新鋭の艦船、つまり僕のクラウディアが先行してきみたちを追いかけた。次元断層に突入されればさすがに追いかけようがないから冷や冷やしたが、間に合って良かったよ。これから接弦して救助するが、その前に――ゆりかごに取り残されてから何も異常はなかったか?』

 クロノは途中からは詰問するような口調になり、その鋭い視線はウィルではなくクアットロへと向けられていた。
 通信が繋がってからのクアットロの様子に、単に二人とも脱出できずにゆりかごに取り残されたというだけではないと勘づいているのは確実だが、 

「異常はあったよ。さっきまでちょっとした痴話喧嘩をしてたんだ。俺が浮気性なせいで心配かけさせてたみたいでさ」
『そうか。それなら平然としていられないのも当然だな。最近はハラスメントへの対応も厳しくなってきているから、あまり他人のプライベートな話に首を突っ込むわけにもいかないな』

 言外にこれ以上の追及はしないと言いながら、けれど、とクロノは続ける。

『ただ、友人としては、優柔不断な態度はあまり感心できないと忠告するよ。彼女には同情する。きみはさっさと安心させてあげるべきだ』
「ん、そうする」

 狼狽しているクアットロへと、ウィルは手を差し出す。

「もう一度言うよ、クアットロ。俺と、結婚してくれないか?」
「……どうして、この後に及んで私に選ばせようとするのよ。いいでしょ、もう。賭けに勝ったのはあなたなんだから、命令すればいいじゃないの」

 差し出した手を見るクアットロの顔は、迷いと怯えに染まっていた。
 欲望を抑え込んで新たな道を進んだとして、それで納得できるのか不安なのだろう――そう考えたウィルは、迷うクアットロの手を引っ張るのも選択肢を提示した自分の務めだと思って、口を開こうとした瞬間、己の大きな過ちに気付いた。

「ははっ」

 思わずこぼれた笑い声に、クアットロが怪訝そうに眉をしかめる。

「どうして、笑ったの」
「いや、俺って馬鹿だなって思ってさ。肝心なことを言うのを忘れていた」

 笑ったのはクアットロの迷いの意味をはき違えていた自分の愚かさ。
 クロノの助言がなければ気づかなかったかもしれない。
 ああ、安心させてやれというクロノの言葉はそういう意味かと納得する。さすがは既婚者。二児の父。家庭で散々鍛えられたのだろう。

 クアットロの怯えは、たしかに未来への不安ではあるのだろう。
 ウィルはクアットロの極端な手段への妥協案としてプロポーズした。そんな態度では不安を感じて当然だ。
 だから伝えなくてはならない。結婚は代案として挙げたものではあるが、結婚しても良いと思ったのは決して妥協でも憐憫によるものではないことを。

 ウィルは自分の顔が熱くなるのを感じながらも、言い忘れていた言葉を、まっさきに言うべきだった言葉を告げる。

「なんで選ばせようとするのかって、そんなの決まってるよ。俺だって、どうせなら好きな子とはお互いに同意の上で結ばれたい」

 忘れていた。好きだという気持ちを伝えることを。
 クアットロの手を取ってその身体を引き寄せて、心臓の音すら伝わりそうな距離で、想いを告げる。

「もう一度だなんて言わない。俺の気持ちが伝わるまで、何度だって言うよ。俺はクアットロが好きだ。だから結婚してほしい。二人っきりで永遠の新婚旅行をするよりも、もっと幸せな未来へ連れていく。もっと綺麗な色彩を見せるって約束するよ。だから――俺を信じろ」

 クアットロの瞳がうるみ、ゆっくりと唇を開いて、答えを返そうとし――


「なんだかまだるっこしいですね……そうだ、良いことを思いつきました。先ほどの会話映像を録画していたのですが、それを結婚式で流してはいかがでしょう? なんだかんだと言いながらも、男に悪い虫がつくのを危惧していらっしゃるように見受けられましたが、あれほどの愛を公表すれば、さすがに割って入ってくるような者もいなくなるでしょう」

 傍らで見守っていたシャッテンの突然の発言に、クアットロは目を見開いた。
 一方、ホロディスプレイに映るスカリエッティが瞳に好奇心を宿す。

『公表はともかく、内容には興味があるね。後で私にも見せておくれ』
「承知いたしました父様。それでしたら、今からでもモニターに――」
「ああもう! うるさい! うるさい!! うるさい!!!」

 大きな声を張り上げて、顔を真っ赤にさせて、クアットロは宣言する。

「わかったわ! するわよ、結婚!!」

 言うやいなや、勢いよくウィルへと身体を預けてきて、

「うわっ!」

 その場に押し倒される。
 右の掌で肩を押さえつけられ、腹に片膝を乗せられた状態で、上から顔を覗き込まれ――真っ赤に染まったクアットロの顔が勢いよく近づいてきて、唇で唇を押さえつけられる。
 勢いがつきすぎて、歯がぶつかり合って小さく音を立てる。かすかな痛みは、触れ合う箇所から伝わる互いの熱に塗りつぶされて消える。
 互いに呼吸することも忘れ、唇から伝わる熱に全神経が集中し、息苦しさを覚え始めた頃にクアットロがゆっくりと唇を離した。

 上気した赤い頬で、潤んだ金色の瞳で、蕩け切った顔で、先ほどまでの感触をたしかめるように自分の唇を指でなぞりながら、ウィルを見下ろすその姿は、これまでに見てきたクアットロのどんな姿よりも――

「綺麗だ」

 目の前にいる愛しい相手を見て、愛しい相手を感じて、胸に生まれた想いを告げる。

 金色の瞳から溢れた涙をウィルの顔に落としながら、クアットロは無垢な少女のような満面の笑みを浮かべた。

「ええ、本当に、綺麗な色彩だわ」



(あとがき)

 これにて後日談も完結です。
 ここまで追いかけてくださった方々に心からの感謝を。
 お付き合いいただき、本当にありがとうございました。


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