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No.32422の一覧
[0] 【後日談完結】スタンドバイ/スタンドアローン (オリ主・再構成・復讐もの)[上光](2020/10/18 20:30)
[1] プロローグ 当世の魔法使い[上光](2016/02/27 14:37)
[2] 第1話(前編) 異世界出張[上光](2013/06/18 05:25)
[3] 第1話(後編) [上光](2013/06/18 05:25)
[4] 第2話 少年少女の事情 [上光](2012/10/28 00:01)
[5] 第3話 黒来たる[上光](2012/07/16 00:50)
[6] 第4話(前編) 袋小路[上光](2012/08/16 22:41)
[7] 第4話(後編)[上光](2012/07/09 23:13)
[8] 第5話(前編) 戦う運命[上光](2012/07/05 03:03)
[9] 第5話(後編)[上光](2014/07/26 23:37)
[10] 第6話(前編) 海鳴の長い午後 [上光](2012/07/07 00:03)
[11] 第6話(後編) [上光](2012/07/07 00:55)
[12] 第7話(前編) 子供と大人の思惑 [上光](2012/07/09 03:44)
[13] 第7話(中編)[上光](2012/07/09 03:44)
[14] 第7話(後編)[上光](2012/07/16 00:50)
[15] 第8話(前編) 愛は運命[上光](2012/07/15 23:59)
[16] 第8話(中編)[上光](2012/07/11 03:13)
[17] 第8話(後編)[上光](2012/07/11 03:40)
[18] 第9話(前編) 後始末[上光](2014/01/08 21:15)
[19] 第9話(後編)[上光](2012/10/10 04:31)
[20] エピローグ 準備完了[上光](2012/07/15 23:57)
[21] 閑話1 ツアークラナガン [上光](2012/07/16 00:18)
[22] 閑話2 ディアマイファーザー [上光](2012/07/16 00:50)
[23] 閑話3 ブルーローズ[上光](2012/07/16 00:50)
[24] プロローグ 成長~グロウナップ~[上光](2012/10/15 07:42)
[25] 第1話 予兆~オーメンレッド~ [上光](2012/08/07 18:24)
[26] 第2話(前編) 日常~エブリデイマジック~ [上光](2012/08/07 18:29)
[27] 第2話(後編)[上光](2012/08/15 15:27)
[28] 第3話(前編) 開幕~ラクリモサ~ [上光](2012/08/15 15:24)
[29] 第3話(後編)[上光](2012/08/15 15:27)
[30] 第4話(前編) 邂逅~クロスロード~ [上光](2015/12/09 00:22)
[31] 第4話(後編) [上光](2012/08/29 02:37)
[32] 第5話(前編) 激突~バトルオン~[上光](2012/09/28 00:52)
[33] 第5話(後編) [上光](2012/09/08 21:55)
[34] 第6話(前編) 舞台裏~マグニフィコ~ [上光](2020/08/26 22:43)
[35] 第6話(後編)[上光](2020/08/26 22:42)
[36] 第7話(前編) 漸近~コンタクト~[上光](2016/11/16 01:10)
[37] 第7話(後編)[上光](2014/03/05 18:54)
[38] 第8話(前編) 致命~フェイタルエラー~[上光](2015/10/05 22:52)
[39] 第8話(中編)[上光](2016/02/26 23:47)
[40] 第8話(後編)[上光](2016/11/16 01:10)
[41] 第9話(前編) 夜天~リインフォース~[上光](2016/02/27 23:18)
[42] 第9話(後編)[上光](2016/11/16 01:09)
[43] 第10話(前編) 決着~リベンジャーズウィル~[上光](2016/12/05 00:51)
[44] 第10話(後編)[上光](2016/12/31 21:37)
[45] 第1話 業[上光](2020/08/20 02:08)
[46] 第2話 冷めた料理[上光](2020/08/20 22:26)
[47] 第3話 諦めない[上光](2020/08/21 22:23)
[48] 第4話 傷つけられない強さ[上光](2020/08/22 21:51)
[49] 第5話 救済の刃[上光](2020/08/23 20:00)
[50] 第6話 さよなら[上光](2020/08/24 20:00)
[51] 第7話 永遠の炎[上光](2020/08/25 22:52)
[52] エピローグ[上光](2020/08/26 22:45)
[53] はやてED 八神家にようこそ[上光](2020/09/13 23:13)
[54] IF 墓標 ゆりかご(前編)[上光](2020/10/03 18:08)
[55] IF 墓標 ゆりかご(後編)[上光](2020/10/05 00:33)
[56] シグナムED 恩威並行[上光](2020/10/12 00:39)
[57] クアットロED 世界が彩られた日[上光](2020/10/18 20:29)
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[32422] エピローグ
Name: 上光◆2b0d4104 ID:5a3e6cf4 前を表示する / 次を表示する
Date: 2020/08/26 22:45
 学術研究都市の研究棟、スカリエッティが架空の名義で使用していたその建物の最上階で、プレシア・テスタロッサはため息をついた。
 ガラス張りの壁からは、紫外線などのお肌に有害な成分が除去された陽光が、ちょうど良い室温になるように光量を調整されて入り込み、室内を照らし上げる。


 闇の書事件から半月。
 あの騒動に紛れて無人世界から撤退したナンバーズは、プレシアが研究を続けていたこの場所へと移り住んだ。
 闇の書の管制人格との戦いでセンサー類が軒並みやられたトーレを除けば、ナンバーズに損害はなかった。
 ただ、そのナンバーズの親たるジェイル・スカリエッティが戻ってくることはなかった。

「まさか、あんなにあっさり死んでしまうなんてね……」

 殺しても死なない男だと思っていたのに、あの闇の書の暴走を止めるために身体を張って乗り込み、そして命を落としたそうだ。そのおかげで闇の書の主であった少女、そして彼女を助けるために命をかけたあの赤髪の少年――ウィルは無事に戻ってこれたらしい。
 スカリエッティがいったい何のために、何を思い、自らの命をかけて彼らを助けようとしたのか、プレシアにはわからない。
 ただ、自分に第二のチャンスを与えてくれたスカリエッティには恩義を感じているし、その死を悼む気持ちはある。

 同時に、アリシアの復活を考えると、自分よりさらに上の研究者を失ったのは痛手だ。一応手法の目処はついたとはいえ、自分だけで間に合うかは心許ない。
 それどころか、スカリエッティが担当していただろう膨大な数の案件がプレシアに回ってきそうな状況であり、適当に理由をつけて断っている現状だ。

 戦闘機人のメンテナンスに関しては、ウーノが引き継いだので問題はない。そもそも、完成してしまえば長期間メンテナンスフリーでいられるのも戦闘機人の長所だ。
 新規の戦闘機人については、たしか九番目を表すノーヴェを冠する子の遺伝子改良がほぼ完了しており、実際に製造する段階にきていたようだが、スカリエッティのいないこの状況で作るのも難しいだろう。もしかすると、ずっと寝かせることになるかもしれない。

 機人といえば、チンクやセイン、ディエチはスカリエッティの死という報告を受けて、心なしか気を落としているように見える。
 だが逆にウーノとトーレという初期の二人は非常に淡々としていて、悲しんでいる様子はない。
 二人ともあまり感情を見せるタイプではないが、あれだけスカリエッティにべったりだったウーノがあっさりと死を受け止め、スカリエッティの代わりにプレシアの補佐をしている現状には違和感を覚える。

 そして、最後の一人。クアットロに関してだが

「クアットロはいったいどこに行ったのかしらね」

 自分のデスクへとコーヒーを淹れて持ってきたウーノに、なんとはなしに尋ねる。

 クアットロは現在失踪中だ。行方不明だ。かわいくいえば家出中だ。

 スカリエッティが亡くなってからのクアットロは、どこか浮足立った感じがあった。
 祭りが来るのを心待ちにしている子供のようで、研究を手伝わせている時にもどこか心ここにあらずで。
 そんな彼女が急に姿を消したかと思えば、それきりもう何日もラボに戻ってこない。
 一応、ウーノの元へはしばらく戻らないとの連絡はあったようで、誰かに目をつけられて自由を奪われているだとか、そういった身柄の心配をしなければならない事態にはなっていないようだが。

 プレシアの横に立つウーノは、表情を変えずに淡々と返事をする。

「ドクターはこうなる可能性を考慮していました。彼女の持つ欲望は少々特殊なようでして」
「欲望? ……ああ、研究資料にあったDESIREのこと。あなたたちにも使われていたの?」

 人類の進化に関する一連の研究シリーズ。
 意志に任意の指向性を与えるDESIRE、既にある意志や記憶を固定するETERNAL、記憶や知識を移植するFATE、リンカーコアや魔力変換、ISなどの素養を発現させるGIFT、人体が本来持たない物質を受け入れる土壌を作るHYBRID。この一連の人類進化に関する研究シリーズは、プレシアもずいぶんと参考にさせてもらった。
 それらを踏まえ、闇の書に使われていたプログラム体の生成術式を加えて生み出される新たな研究、IDEALこそがアリシア復活の要になると考えているのだが。

「ドクターのように決まった欲望を植え付けられたわけではありません。ただ、私たちナンバーズの中でも一から四は、DESIREを施されて生み出されたドクターと同種の因子を受け継いでいます。それゆえに何かしら特定の物事に強い欲望を抱きやすいのです」
「それは驚きね。普段から表情一つ変えないあなたにも欲望があるの?」

 出会ってから半年経っても数えるほどしか表情を変えたのも見たことない相手に、そのような強い思いがあるのだろうとかいぶかしむ。

「はい。私にとっての欲望は、この子です」

 そう言って、ウーノは陶然たる面持ちで自らの腹を愛おしげに撫でた
 プレシアはその様子を見て、一拍遅れて目を見開く。

「あなた、もしかして妊娠しているの……?」

 誰のかと考えるまでもない。スカリエッティの右腕となるウーノは常に彼のそばにいて、ラボの外に出るようなこともめったにない。
 なるほど恋愛は自由だ。遺伝子的な親子関係にあるわけでもない。しかしながら一人の親として娘と呼ぶ子を孕ませたという事実に抱く感情は生理的な嫌悪だ。死を悼む気持ちが三割ほど薄らいだ。

「そう、娘だなんて言いながら、やることやってたのねあの男。思っていたより数段気持ち悪いわね」
「誤解によるドクターへの侮辱は許しませんよ。この子はドクターと私の子ではありません」

 スカリエッティ以外の男となると、と考えて浮かんできたのは一風変わった管理局の少年の姿で。ここ二ケ月ほどは闇の書関係でラボに滞在していたウィル。
 それならまぁいいか、しかし十五歳ほどで子持ちになるのは、いささか大変なのではないだろうか。しかも管理局の人間が違法科学者によって造られた戦闘機人と――と、奇妙な縁のあった彼の将来を心配していたところ。ウーノには見透かされていたようで。

「それもはずれです。この子はドクターで、私の子です。万が一のことがあった場合にドクター自身を再び産み落とせるように、肉体が成熟したナンバーズの胎にはバックアップが仕込まれています。外部から特定のコードを送信することでカプセル内部の細胞は分裂を始め、約一か月ほどで出産が可能となります。FATEの原型技術を用いているため、定着まで多少の時間は必要ですが、ドクターと変わらない意識と記憶を持つ子に成長します」

 旧暦の頃は、権力者が自らのバックアップを用意していたという話は聞いたことがある。
 特にベルカの諸王が覇を競っていた頃は、圧倒的な力を持つ王の死が国家の存亡に関わる。最高の資質と経験を蓄え、常に全盛期の力を発揮する王の存在が国家に欠かせなかったのだと。

「……理解が追いつかないというか、理解したくない話ね。やっぱり気持ち悪い男じゃないの。女のおなかを何だと思っているのよ」
「現代管理世界の倫理感においてそうなるのは否定できません。ですが、これが私にとっての望み。私の欲望です」
「あの男のバックアップを産むのがあなたの願いなの? ちょっと理解できなのだけれど」

 ウーノの姿はプレシアの理解の埒外にある。愛する相手との子を望む気持ちは自分も痛いほどに理解できる。だが、そんな相手のバックアップを生み出すために胎を使われることが願いだというのか。

「新たなドクターを生み出すだけであれば、私を仲介する必要はありません。実際に、これまでドクターが年を重ねた肉体を捨てる時には、人工子宮となる装置で次のドクターを生み出していました。戦闘機人とはいえ、生身の肉体を用いれば少なからず母胎の影響を受けてしまいますから。
 私はドクターの唯一になりたいのです。一番の娘だと言われ、ドクターのおそばにいても、私はドクターにとっては複数人いる娘の一人でしかありません。ですが、これから産まれてくるドクターは私という母胎の影響を受けて産まれてきます。そしてドクターの娘は複数いても、このドクターを産み落とした母親は私だけです」

 ウーノは、自らの腹を撫でながら幸せそうに微笑んだ。

 なるほど、なるほど。理屈は理解できた。
 そしてプレシアは頭を抱えて、大きくため息をついた。ダメだちょっとついていけそうにない。

「実体験から言わせてもらうけれど、娘が何人いようが、誰かは誰かの代わりになんてならないわよ」
「そうなのかもしれません。ですが、私はそうは思えません。私は私自身が納得できる形で、唯一になりたいのです」

 欲望が叶ったかどうかは主観的なもの。ウーノの考えを変えるのは非常に困難だ。

「余計に頭が痛くなったわね。あなたのそれもだけど、クアットロを放っておくのはまずいとしか思えないわ。あの子はどんな欲望を持って、何をしでかそうとしているのよ」
「クアットロの欲望の詳細はわかりませんが、その対象が誰なのかはわかっています。あの子は十年前からずっと、ウィルに執着していましたから」
「ああそう……あの子も厄介な因果に目をつけられて大変ね……」

 あの少年の復讐はどうなったのだろうか。
 今回の一件で闇の書が滅んだ以上、叶えられたと考えても良いのだろうか。それとも、まだ彼の復讐は続いているのだろうか。会う機会があれば尋ねてみたい。
 ただ、大勢を巻き込んだ彼自身の欲望が叶えられていたとしても、クアットロという他者の欲望に巻き込まれる彼に安らぎが訪れるとは思えない。
 劇は終わらない。一度降りた幕は再び上がる。配役を替え、演出を変え、これから先も続いていく。

「二人とも、それに相応しい歪みと強さを持った子です。ドクターが特に目をかけるほどには」

 ウーノの瞳は弟妹をかわいがる優しさと、親にかわいがられる弟妹への嫉妬が含まれていた。

 どうしたものかと悩みながらも、結局プレシアはウーノの願いを否定するのはやめた。
 他人に理解され難い願いを抱いているのはお互い様だ。
 アリシアを蘇らせたい自分も、そんな自分のことを今でも母と思ってくれるフェイトも、復讐のために生きていたウィルも。みんな、他人からすれば理解され難いものだろう。その孤独を知っている自分が、他人の願いを否定するのも野暮というものだ。
 社会では認められないそれぞれの欲望。しかし社会から外れたところで生きている今の自分たちまで、社会の規範や倫理に従う必要もないだろう。
 なら、せめてでき得る限り支援してあげるのも良いかもしれない。

「仕方ないわね。スカリエッティが戻ってくるまでの間、私がある程度の面倒は見るわ。とりあえず、あなたは私の補佐をやめなさい」
「何か不手際がありましたか?」
「妊娠中。しかも出産が近い子を働かせるわけにはいかないわ」
「戦闘型ではありませんが、私も戦闘機人です。この程度の活動は問題ありません」
「私が気にするのよ。それに、あなたにとっては小さな負担でも、お腹の子に悪影響が出ても困るでしょう」

 ウーノは下腹部を押さえると、わずかに眉尻を下げた困り顔になる。

「それは……すごく困ります」
「でしょう? クアットロがいれば良かったのだけど……今からトーレとチンクとセインとディエチを呼んで、あの子ら四人で分担してあなたの代わりが務まるように鍛えましょう。そうと決まれば――」




 高級レストランの個室にて対面を果たす二人の男。
 かたや灰色の髪を後ろへ撫でつけ、洗練された洒脱を感じさせる初老の男。十年前の本局の重鎮であるギル・グレアム。
 かたや褐色の髪を短く刈り上げ、厳めしい顔と大柄な体格をした壮年の男。十年後の地上本部の重鎮となるレジアス・ゲイズ。
 対立の続く海と陸の重要人物が秘密裏におこなう会談は、それだけでゴシップ紙の紙面を賑わせるには十分すぎる。

「管理局の中では私の方が先輩でも、最高評議会においてはきみの方が先輩だ。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いするよ」

 紳士然とした笑みを向けられたレジアスは、柄にもなく緊張を隠せないでいた。

 管理局の高官同士とはいえ、レジアスがグレアムと直接顔を合わせて会話をしたことはない。
 十一年前の闇の書事件の前、グレアムが現役であった頃は、レジアスは出世頭とはいえ一介の佐官にすぎなかった。
 ただ、海の人間でありながらも尊敬できる人ではあった。築き上げた功績ももちろんだが、艦隊司令という立場にありながら、必要とあれば自ら最前線に出ることも厭わない姿勢。威風堂々としたたたずまいを崩さず、それでいてよく現場を理解し、末端にまで気を配れる。その姿は陸や海というくくりを飛び越えて、当時の管理局で正しい志を持つ者ならば誰もが憧れた英雄だ。

 そのような相手と相対し、レジアスが最初にしたことは、頭を下げることだった。

「この度は愚息がご迷惑をおかけしました」

 一般的には非公開の闇の書事件の概要も、ジェイル・スカリエッティが関わったこともあり、最高評議会の内部では周知の内容だ。
 その事件において、自らの子が数々のキーポイントになっていたことも。
 ヴォルケンリッターが初めて襲撃したのも、暗躍していたグレアムを説き伏せスカリエッティを巻き込んだのも、グレアムに重傷を負わせ闇の書暴走のトリガーを引いてしまったのも。

「そうだな。彼のせい……そして彼のおかげだ。彼がいなければ、私はきっと罪もない少女の命を奪ってしまっていた。どれだけ感謝しても足りないほどだ。ついでに、スカリエッティにもな」

 我が子を誉められ、しかしレジアスの心に浮かんだのは苛立ちだった。
 最終的にうまくいったから良いものの、後から聞かされたその過程は常に綱渡り。

「犠牲は……必要です。世界は不条理で満ちている。今回はうまくいったようですが、一歩間違えれば大勢の局員が死ぬ可能性もありました」

 目の前の男は民間人の少女を犠牲にする案を立てていたと聞く。

 レジアスがそれを聞いて感じたのは、怒りや失望ではなかった。
 最高評議会の命令とはいえ、ジェイル・スカリエッティの研究を黙認している己がそのことを否定することはできない。
 感じたのは、やはりそうなのだというわずかな安堵。
 あれほどの英雄であっても、犠牲を払わなければならないと感じるほどに、この世界は不条理に満ちている。だからこそジェイル・スカリエッティという違法な科学者を抱えて、不条理を抑えつけるためのさらなる不条理、最高評議会が必要なのだ。

「だからきみは最高評議会に所属したのだな」

 レジアスの内心の正当化を見抜いたか、言葉の刃が剣のように突き立てられる。
 知った風な言葉に激しかけた心を抑え込み、しかしその刃はレジアスの胸に秘めていた後悔へと深く突き刺さっていて、やがてレジアスは滔々と語りだした。

「きっかけは、あの子の怪我でした。父の死を知ったあの子は、自分が仇をとるのだと。そのための強さと知恵を欲した。……私はそれをやめさせようとしました。こんな小さいうちから復讐のために生きるなんて絶対にさせてはいけない。ヒューに顔向けができないと」

 守るためではなく、倒すため。しかも相手はいつ現れるかもわからない災害めいた存在。そんなもののために一生を費やせば、不幸になるのは目に見えている。

「ですが、それは逆効果でした。誰も理解者のいないあの子は荒れ始め、我流で魔法を覚えようとした。家内はそれを気にかけて、普通の子らしくなれるようにとあの子をよく連れ出していました。そこで遭遇したテロで家内は亡くなり、あの子も大きな怪我を……」
「細君を失う辛さ。想像に余りある。……その怪我の治療のために、スカリエッティに?」
「私に最高評議会が声をかけてきたのも、その時でした。首都防衛隊の部隊長となった私を……いや、私の友であり地上本部有数の騎士――ゼストを制御するためだったのやもしれません。今でこそ落ち着きましたが、若い頃のあいつは納得できなければ私以外の上官の命令に平気で逆らう男でしたから。……その見返りに、最高評議会を通しての予算や人員の融通を効かせてもらえる約束でした。それから、怪我で四肢を失い、抜け殻のようになったあの子に、最高級の再生治療を受けさせてくれるとも」

 いつでも自分は仕事にのめり込んでいて、魔導師ではない自分とは違い体を張って戦う仲間たちが少しでも楽になるようにと、家に帰らないことも多かった。
 妻はそんな自分を理解して、家庭を受け持ってくれていた。オーリスが生まれた時も、ウィルを預かる時も、いつだって。
 そんな妻を失って、十になる娘と四肢を失くした子が残った時に気づかされた。自分は子供への接し方など学んで来なかった。
 危険な任務に赴く仲間を支える術は数多く知っていても、母を失った娘を支える術は知らなかった。
 任務で傷ついた仲間の人生を支援する術は知っていても、傷つき生きる意味を失った子を支える術は知らなかった。

「私はあの子に向き合うのを辞めてしまった。治療のためを口実に、あの子を最高評議会の手配する医者へ預けてしまった。それがスカリエッティのことだとも知らずに」
「……後悔しているのかね?」

 グレアムの言葉に、レジアスは首を横に振った。

「一年経って帰ってきたあの子は、信じられないほどに成長していました。亡きヒューのように人を守るため、いずれ現れる闇の書や危険なロストロギアから人を守るために、士官学校に入学すると。あの子はスカリエッティの元で立ち直っていた。私は結局、あの子に何もしてやれなかった。あの子を正気の世界へと引き戻したのはスカリエッティであり、彼が生み出した戦闘機人たちだ。……私には奴らを、奴らを生み出した最高評議会を否定することはできません」

 ずっと誰にも言えず、胸の内に抱えていた後悔を――家族と向き合えなかった過去をさらけ出し、レジアスは酒をあおった。アルコールで腹の底が熱い。愚かな己を焼こうとするかのように。


「たしかに、最高評議会のおかげで救われた者も大勢いるのだろう。いや、人知れず救われた者の方が、人知れず犠牲にされた者よりも遥かに多いのだろう。私もそれを疑いはしない。だが、それは犠牲を前提にして良い理由にはならない」

 グレアムもまた、レジアスに合わせて酒をあおる。そして酒気と共に言葉を吐く。

「犠牲が生まれるのは必然だ。私たちは神ではない。救いきれない命は必ず出てしまう。しかし救おうと、とりこぼさないようにしようとする意志を失ってはならない。
 私は今回の一件で、その意志の力を見せてもらった。きみはあれを幸運の結果だと思っているようだが、それは違う。この結果は最後まで大切な人を救おうともがいた彼らの意志が引き寄せたもの。私が犠牲にするはずだったはやて君の命を救い、ウィル君を元の世界へと引き戻した。リインフォースという犠牲は避けられなかったが、あれこそが若者たちが導いた結果だ」

 どこまでも正しいその言葉は、英雄たる男にふさわしいもの。
 目的のために汚れることも厭わない己らとは対極に位置するもの。

「あなたはいまでも英雄なのですね。誰もがうらやみ憧れた綺麗事の塊だ。あなたは最高評議会に入るべきではない。一度入れば抜け出すことはできない。あそこにいるのは皆、世界のために甘さを切り捨てた怪物どもばかりだ。そんな甘い考えでは、やっていけないでしょう」
「正しさは甘さ……か。ならば私は正しさを武器に、最高評議会に所属しよう」
「私たちのやり方を否定するとおっしゃるのですか……ふざけるなよ。儂らが喜んで、必要のない犠牲を生み出してきたと思っているのか!」

 犠牲を生み出してきたわけではない。生まれる犠牲から、その価値を測り選択してきた。
 正しさだけではやっていけないから、そうするしかなかった。罪であることに変わりはなくとも、何の力もない正しさなどで代わりが務まると思われて良いものではない。その苦痛と絶望の意味を否定させはしない。

 並の局員なら腰を抜かすほどのレジアスの激昂を真正面から受けてなお、グレアムは揺るがない。

「最高評議会の存在は、時空管理局が秩序をもたらすためには必要な悪だったのだろう。だが、このまま正しい意志を持った若人たちが高みに昇り詰めた時に、その悪に組み込まれてしまう循環はどこかで絶たなければならない」
「なぜ儂にそんなことを告げる! そんな馬鹿げた夢は、己の心の中だけに秘めておけば良いではないか!」
「きみならわかってくれるかもしれないと考えた。カルマン君の養父であるきみなら、彼がこれから成長し、管理局で出世を重ねればどうなるかわかっているのではないか?」

 その可能性を突きつけられ、言葉に詰まる。
 親のひいき目を除いても、ウィルは優秀だ。魔導師としての実力も高く、自分という親の存在もある。本人にその気があれば、いずれは相応のポストにまで昇りつめるだろう。
 スカリエッティの存在を知り、奴や戦闘機人を好ましく思う。そんな存在を最高評議会が放っておくだろうか。いずれレジアスの後釜として取り込まれるのではないだろうか。
 だからといってレジアスには何もできない。闇の書の件が解決したのなら、一刻も早く管理局を辞めるように説得する程度のことしかできない。

「無謀だ……! できるはずがない! あなたは知らんのです! 最高評議会はただの派閥ではない! その中枢は管理局を立ち上げた始まりの人たちの生き残り! いまだに彼らを信奉する者は多い! 海の頂点たる伝説の三提督ですら、参加してはいないが彼らの存在を認識して看過している! 彼らに抗うというのは、管理世界最大の組織を敵に回すようなものだ!」

 最高評議会に抗うことなど、できるはずがない。
 しかしその事実を受けてなお、グレアムに怯えた様子はない。

「ほう、思っていたよりも規模は大きいようだ。しかし困難は承知している。私は私が正しいと思ったことをする。これが最善と偽って、犠牲を許容するのはもうやめると決めたのでね」

 引退を視野に入れるような年齢とは思えない、若人のような荒々しい活力が満ち溢れている。
 その瞳に諦観はない。あるのは天上の星々と等しい煌めき。

「そのためには仲間が必要だ。だからきみに声をかけた。手を貸してほしい。私にはきみの力が必要だ」
「潰して、どうするのです。最高評議会が裏で調整しなければ立ち行かなくなることは多い」
「ああ、きみは私が最高評議会を潰そうとしていると思っていたのか。それは訂正しなくてはならないな。最高評議会の行いは認められずとも、海と陸の悪化した関係を越えて協力し合うという派閥の存在は貴重だ。ただ潰すだけなのはもったいないと、私も思っている。だから――――」

 グレアムは笑う。夢を語る少年のような曇りなき笑みで。
 目の前にかざした掌を握りしめる。天上の星々を手中に収めるように。


「最高評議会は私が掌握する」






 勾留を終えて、本局内の病院からの退院が決まり、ウィルは大きく伸びをした。
 アースラが本局に帰還するまで五日ほど、そこからまた十日ほどの勾留。しかも病院のベッドで寝た切りで、身体がなまって仕方がない。

 病院のロビーで、私服のクロノが立っていた。ウィルの姿を認めると、何も言わずに横に並んで歩きだす。

「おつとめごくろうさまとか言わないの?」
「病院でそんなこと言うか。それに不起訴なんだから出所したわけでもないだろ」

 言葉の通り、ウィルについては証拠不十分で不起訴処分となった。
 本来なら捜査情報漏洩で懲戒免職は確定。刑務所へも直通だ。しかし、今回の闇の書事件、公式の記録からもスカリエッティの存在は抹消されている。スカリエッティがいないのであれば、ウィルやグレアムが存在を漏らした相手もいなくなる。したがって無罪。
 グレアムもまた、ヴォルケンリッターを匿っていたのではなく、多少非合法な手段を使ってでも、彼らの潜伏場所を突き止めようと独自に動いていただけとされた。何かしらの懲戒はあるとしても、それほど大きなものにはならないそうだ。
 相当に無茶のある話だ。その裏で何らかの、大きな存在の意思が働いていただろうことは明白だ。

「散々罪を償えって言ってた俺が、上の権力で不起訴処分。笑えないなぁ」
「僕も今回で初めて、上の圧力というものを身近に感じたよ。母さんやロウラン提督の険しい顔は忘れられないし、僕自身執務官長から直々に呼び出されて釘をさされたよ」

 病院から出て、適当な無人配送車を呼んで二人で乗り込む。
 時空管理局本局の内部には街が一つ丸々入っている。ウィルが押し込められていた病院は、その街のはずれにある。
 行き先を商業区画へと指定すれば、配送車は音もなく発車する。太陽光を再現した陽光が降り注ぐ中、街並みがゆるやかに後ろへ流れていく。

「きみはこれからも管理局で働くつもりか?」
「たしかに、俺が管理局に所属したのは、闇の書に復讐するために少しでも情報を得たかったからだ。闇の書のことが終わった今、管理局に居続ける必要はないんじゃないか……ってのは、少し悩んだよ」

 以前のウィルであれば、闇の書の件が片付けばそのまま管理局を辞めていたかもしれない。
 それとも、レジアスの望む通りにクラナガンを守るため、周囲の期待に応えるために管理局に居続けたかもしれない。
 ただ、どちらであれ以前のウィルであれば、流された結果の判断になっていただろう。
 
 でも、今のウィルには約束がある。消えゆく闇の書の業――犠牲者たちに誓い、今を生きるヴォルケンリッターと誓った。

「でも、ヴォルケンリッターがちゃんと罪を償って生きるか見張るって約束があるしな。ここで管理局をやめると、当分彼らと会いにくくなるだろ?」
「彼らの存在に関しては、少なくとも裁判が終わるまでは公開されないからな」
「隠し通すわけじゃないんだよな?」
「ああ。混乱や偏見をなくすには、隠し通して彼らには別の経歴をつけた方が手っ取り早いと、そういう意見もあった。でも事情があったとはいえ加害者を守るためにそこまでするというのには反対も多かった。それになにより、彼ら自身がそれを望んでいなかった」

 語るクロノの表情は穏やかで、ヴォルケンリッターの選択に満足しているようだった。
 クロノは正しく、優しい。必要なら、ヴォルケンリッターの存在を隠すことも受け入れただろう。
 だが、受け入れられることは、平気だということとは違う。ヴォルケンリッターが自分たちの正体を、やったことを隠して生きるとなっていれば、大きな不快感を覚えていただろう。

「結果がどうなったとして、これからどんな苦難が待ち構えていたとしても、自らを隠すことなく犯した罪に向き合うと決断したよ」
「贖罪のスタート地点にはついてくれたわけだ……じゃあ、俺も向き合うべきだよな」

 ウィルがこれから彼らの贖罪を見届け、判断する裁定者としてあり続けるなら、ウィル自身もまた清算しなければならないものがある。

「一つ決めたことがあるんだ。俺、管理局の上層部にあるとある派閥……それ、潰すよ」

 ウィルの告白に、クロノが目を見開いた。
 語らずとも、それが今回の一件に大きく関わっていたものだと理解したのだろう。

「これまでずっと諦めてきたんだ。必要悪っていうのかな? 悪いところがあるのも世界の常で、そういうのを許容しなきゃならないんだって。仕方ないんだって思ってた。どうせ俺一人が声をあげても変わらない。俺の目的は闇の書を滅ぼすことで、それ以外はどうでもいいんだって」

 スカリエッティとその娘たちは、ウィルの心を救ってくれた恩人だ。
 プロジェクトEを施されていたと理解してもなお、彼らのことは嫌いにはなれない。特に、涙を見せたクアットロが今頃どうしているのかと考えると、不安になる。
 でも、その人を好きだということは、その人がする全てを肯定することではない。

「ヴォルケンリッターに正しく生きろっていうのなら、俺もまた正しく生きなきゃならない。目の前にある悪をいつまでも看過して良いはずがない。大切な人が悪の側にいるのなら、それをやめさせてこっちに連れてきてあげなきゃならない。……きっといらないお節介で、あの人らには余計なお世話だって言われそうだけどな」

 そのためにいったいどれほどの準備が必要なのかはわからない。
 地上本部の少将にして、首都防衛隊の代表たる養父レジアスですら、その派閥の一員でしかないのだ。ウィルが人生全てをかけても倒せる相手ではないのだろう。
 でも、実現が不可能であったとしても、それは正しくあろうとすることを諦めて良い理由にはならない。
 倒すのが無理なら、レジアスの後釜としてその内部に入って、内側から変えていく手もある。
 諦めずに、立ち向かおう。諦めずに、自分を救おうと手を伸ばし続けてくれたみんなのように。

「なら、僕もだな。一人では難しいだろう?」

 思わずクロノを見れば、彼もまた険しい顔をしていた。

「今回の事件の成り行きや、はやて君から聞いたきみと戦闘機人の親しさを合わせれば少しはわかる。僕や母さんにかかった圧力も考慮すれば、どうやらその派閥は、地上だけではなく海にも大きく関わっているみたいだ。それなら、きみ一人では荷が重い」
「でも、クロノを巻き込むのは……」
「巻き込まれたわけじゃない。僕もそんなのがあると知って放置しておけるないだけだ」

 そしてクロノは横目でウィルを見つつ、挑発的な笑みを浮かべる。

「それに、きみにできることが僕にできないわけがない。逆もまた然りだ」

 不意打ちに放たれた言葉に、ウィルはクロノから顔をそむけて、外に広がる街の景色を見た。もうすぐ目的の商業区画に到着する。
 よくもまぁこんな真昼間から、恥ずかしげもなく言えたものだ。いったい、ウィルのどこを見ればそれだけ買いかぶれるのか――信頼できるのか。
 ただ、悪い気はしなかったから、ウィルもまたクロノを見て、仕返しをする。

「期待が重くてやんなるよ。まぁ、頑張るよ。俺の憧れは……俺がなりたいのは、クロノみたいなやつだからさ」

 その言葉にクロノもまたウィルから表情が見えないように、顔を窓の外の街へと向ける。隠しているつもりだろうが、耳が赤い。

「……一度しか言わないんじゃなかったのか?」
「改めての決意表明だよ。三度目は言わない」


 窓の外を流れる景色の速度が低下し始める。目的地に到着したようだ。
 商業区画の入り口まで運んでくれた配送車にクレジットを支払って外に出ると、周囲を見回す。

「少し待て。今エイミィに連絡する」

 と、携帯端末を取り出そうとしたクロノの手を押し留める。

「いた。あそこだ」

 商業エリアの入口から少し入ったところにある噴水の前に、目当ての集団がいた。
 この一年で深く結びついた仲間たち。ほとんどはあれからずっと本局にいたらしいが、地球に戻っていたなのはもまた、今日のためにわざわざやって来てくれたようで。
 その中心で、車椅子に乗ったはやてとエイミィが楽しそうに話をしている。
 二人とも、まだウィルとクロノには気づいていない。


「そうだ。あそこまで競争しようぜ」
「は?」
「当然魔法はなしな。人にぶつかったら失格。じゃあ、よーいドン」

 勝手に言うと、ウィルは一人で先に走り出す。

「おいここで走るな――っああもう! 負けるか!!」

 一足先に走り出したウィルを追いかけて、クロノもまた駆けだす。走る速度を緩めていたウィルの横をクロノが駆け抜け、直後ウィルもまた本気で走る。
 突然走り出した二人に周囲の人々が驚き、やがて噴水のそばにいたはやてたちも猛スピードで走ってくる二人に気づく。
 そしてウィルとクロノが、驚いた顔でこちらを見ているはやてとエイミィのところへと同時に到着して――


 この世界は、こんなはずじゃないことばかりでできている。
 きっと、これからも様々な困難が待ち受けているのだろう。
 自分の心ですら、自分一人では抑えられないのだから。

 だけど、今の自分には仲間がいる。
 どんな困難でも、彼らとなら乗り越えられると信じられる戦友が。
 復讐の炎がウィルという存在を焼き尽くす前に救いだしてくれた、大切な友人たちが。


 驚くはやての手を取って、その周りにいる仲間へと満面の笑顔を浮かべて宣言する。


「これからもよろしく!」






(あとがき)
 これにて完結です。
 ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。
 ずいぶんと長い間エタらせていましたが、ゴールは見えていたのと、今年の春に少々時間ができたので完結させました。
 不定期ですが個別EDを追加しようと考えていますが、ひとまずこれにて主人公の復讐譚は終幕とさせていただきます。

 本当にありがとうございました。


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