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No.32422の一覧
[0] 【後日談完結】スタンドバイ/スタンドアローン (オリ主・再構成・復讐もの)[上光](2020/10/18 20:30)
[1] プロローグ 当世の魔法使い[上光](2016/02/27 14:37)
[2] 第1話(前編) 異世界出張[上光](2013/06/18 05:25)
[3] 第1話(後編) [上光](2013/06/18 05:25)
[4] 第2話 少年少女の事情 [上光](2012/10/28 00:01)
[5] 第3話 黒来たる[上光](2012/07/16 00:50)
[6] 第4話(前編) 袋小路[上光](2012/08/16 22:41)
[7] 第4話(後編)[上光](2012/07/09 23:13)
[8] 第5話(前編) 戦う運命[上光](2012/07/05 03:03)
[9] 第5話(後編)[上光](2014/07/26 23:37)
[10] 第6話(前編) 海鳴の長い午後 [上光](2012/07/07 00:03)
[11] 第6話(後編) [上光](2012/07/07 00:55)
[12] 第7話(前編) 子供と大人の思惑 [上光](2012/07/09 03:44)
[13] 第7話(中編)[上光](2012/07/09 03:44)
[14] 第7話(後編)[上光](2012/07/16 00:50)
[15] 第8話(前編) 愛は運命[上光](2012/07/15 23:59)
[16] 第8話(中編)[上光](2012/07/11 03:13)
[17] 第8話(後編)[上光](2012/07/11 03:40)
[18] 第9話(前編) 後始末[上光](2014/01/08 21:15)
[19] 第9話(後編)[上光](2012/10/10 04:31)
[20] エピローグ 準備完了[上光](2012/07/15 23:57)
[21] 閑話1 ツアークラナガン [上光](2012/07/16 00:18)
[22] 閑話2 ディアマイファーザー [上光](2012/07/16 00:50)
[23] 閑話3 ブルーローズ[上光](2012/07/16 00:50)
[24] プロローグ 成長~グロウナップ~[上光](2012/10/15 07:42)
[25] 第1話 予兆~オーメンレッド~ [上光](2012/08/07 18:24)
[26] 第2話(前編) 日常~エブリデイマジック~ [上光](2012/08/07 18:29)
[27] 第2話(後編)[上光](2012/08/15 15:27)
[28] 第3話(前編) 開幕~ラクリモサ~ [上光](2012/08/15 15:24)
[29] 第3話(後編)[上光](2012/08/15 15:27)
[30] 第4話(前編) 邂逅~クロスロード~ [上光](2015/12/09 00:22)
[31] 第4話(後編) [上光](2012/08/29 02:37)
[32] 第5話(前編) 激突~バトルオン~[上光](2012/09/28 00:52)
[33] 第5話(後編) [上光](2012/09/08 21:55)
[34] 第6話(前編) 舞台裏~マグニフィコ~ [上光](2020/08/26 22:43)
[35] 第6話(後編)[上光](2020/08/26 22:42)
[36] 第7話(前編) 漸近~コンタクト~[上光](2016/11/16 01:10)
[37] 第7話(後編)[上光](2014/03/05 18:54)
[38] 第8話(前編) 致命~フェイタルエラー~[上光](2015/10/05 22:52)
[39] 第8話(中編)[上光](2016/02/26 23:47)
[40] 第8話(後編)[上光](2016/11/16 01:10)
[41] 第9話(前編) 夜天~リインフォース~[上光](2016/02/27 23:18)
[42] 第9話(後編)[上光](2016/11/16 01:09)
[43] 第10話(前編) 決着~リベンジャーズウィル~[上光](2016/12/05 00:51)
[44] 第10話(後編)[上光](2016/12/31 21:37)
[45] 第1話 業[上光](2020/08/20 02:08)
[46] 第2話 冷めた料理[上光](2020/08/20 22:26)
[47] 第3話 諦めない[上光](2020/08/21 22:23)
[48] 第4話 傷つけられない強さ[上光](2020/08/22 21:51)
[49] 第5話 救済の刃[上光](2020/08/23 20:00)
[50] 第6話 さよなら[上光](2020/08/24 20:00)
[51] 第7話 永遠の炎[上光](2020/08/25 22:52)
[52] エピローグ[上光](2020/08/26 22:45)
[53] はやてED 八神家にようこそ[上光](2020/09/13 23:13)
[54] IF 墓標 ゆりかご(前編)[上光](2020/10/03 18:08)
[55] IF 墓標 ゆりかご(後編)[上光](2020/10/05 00:33)
[56] シグナムED 恩威並行[上光](2020/10/12 00:39)
[57] クアットロED 世界が彩られた日[上光](2020/10/18 20:29)
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[32422] 第7話 永遠の炎
Name: 上光◆2b0d4104 ID:5a3e6cf4 前を表示する / 次を表示する
Date: 2020/08/25 22:52
 眠るのは嫌いだった。夢で見る景色はいつも取り戻せない過去を想起させるものばかりで、たとえ幸福な夢でも辛い夢でも、目を覚ますたびにウィルを苦しめた。

 けれど今、目を開いたウィルの口の端にかすかな笑み。
 先ほどまで見ていた夢の光景は喜びも悲しみも寂しさもあったけれど。
 目が覚めたことに幸せを感じるなんて、初めてかもしれない。

 目に映るのは、ほんの少し前にも見たアースラの隔離用個室の天井。
 この一年で随分こんな光景を繰り返してきたなと自嘲する。
 山中でフェイトに敗北して旅館で目覚めて、シグナムに敗北して本局で目覚めて、シグナムと引き分けてアースラで目覚めて、そして闇の書の業とともに戦い敗北して。何度も危険な目に合いながらも、なんとか生き延びてきた。
 生き延びることができたのは、運が良かったというのもある。 
 ただ、今回は違う。今ここにウィルが生きていられるのは、絶対に運のおかげではない。


 目覚めたことを知らせようと、ベッドの横の端末でコールをかける。

 と、その途端に扉が開いて、なだれ込むようにして人が入ってくる。
 真っ先にシグナムに抱えられたはやてが、それからなのはとユーノ、フェイトとアルフが続き、ヴィータとシャマルとザフィーラ。最後に騒々しい彼らを咎めながらクロノとエイミィ。
 みんな、口々にウィルの名前を呼んでくれて。そこにはあれだけの騒動を引き起こしたウィルを責める視線は含まれておらず、ただ無事に戻ってこれたウィルを案じてくれる優しさに満ちていた。

 今ここに自分がいられるのは運ではなく、ここにいるみんなが助けてくれたからだ。
 こんな自分勝手な男を放っておかずに、最後まで手を差し伸べ続けてくれたからだ。

「みんな、ありがとう」

 そういって、ウィルは涙をこぼしながら、満面の笑みを浮かべた。



 と、これで終わりなら綺麗に終われたのだけど。
 容体を気づかう言葉が少しの後、クロノのお説教が始まった。
 クロノの鬼気迫る形相にしばらくは誰も口を挟めず。ウィルもやらかしたことへの申し訳なさで甘んじてそれを受け入れて、説教が二十分を越えたあたりでエイミィが口を挟んで無理矢理終わらせた。
 まだ言い足りない様子のクロノの袖を引っ張って、エイミィが部屋の外へと連れて行こうとする。

「さ、無事な顔も十分見たんだし医務室に戻ろう? クロノ君も絶対安静なんだから」

 その言葉に周囲の人たちがぎょっとした顔をする。

「えっ? 僕たちが来た時には、扉の前にいましたよね?」とユーノが驚き。
「そんな状態でずっと扉の前で待ってたの?」となのはが続く。
「言うな」

 闇の書の業の魔力刃はクロノの腹を思いっきり貫いていたわけで。その状態でその後も獅子奮迅の活躍をしたのだから、絶対安静も無理からぬ。

「……その、重ね重ねすまなかった」

 申し訳なさで下げた頭を、クロノは鼻で笑う。

「僕たちが初めて喧嘩した時のことを覚えてるか?」
「ああ……士官学校に入る前の年だから八歳だっけ? お互いキレて模擬戦になだれこんで」
「当たり所が悪くてきみが墜落した。それに士官学校一回生の頃に喧嘩した時だって」
「俺が額でクロノの拳を受けたら、指が折れた時のか」
「あれからしばらく私がお世話してあげたんだよね」

 クロノは割って入ってきたエイミィを肘で小突き。

「それは思い出さなくていい。とにかく、僕ときみが喧嘩して怪我するのはよくあることだ。まぁ、僕らもいい歳だから、これを最後にするべきだろう」
「違いない。俺たち両方十五で、もう成人してるんだもんなぁ」

 苦笑いを浮かべて、背をむけたクロノはそのまま部屋から出て行った。その後ろ姿はどことなく嬉しそうに見えた。

「それじゃあ、私たちは一足先に戻るね。みんなもあんまり長居しちゃダメだよ」




「えっと、それじゃわたしたちも出よっか。落ち着いたらまた来ますね」
「ちょっと待って」

 気をつかって部屋から出ようとするなのはたちを呼び止める。
 なのはには伝えなければならないことが何個もある。

「みんなには本当に助けられた。特になのはちゃんの言葉はすごく効いた。どんな道を選ぼうが、最後は全部自分自身で背負うものだって、背負えるものだって思ってた。間違った道であっても、自分が納得できればそれでいいんだって。……誰かが俺のためにあんなに必死になってくれるなんて、考えてなかった」
「人のふり見て……だと思いますよ。なのはも大概ですけど、PT事件の時のウィルさんも人のためにいっつも駆け回ってたじゃないですか」

 ユーノに指摘され、ウィルは眉尻を下げる。

「困ってる人がいるんだし、俺の場合は仕事でもあるんだから当然だと思ってたんだけど」
「ウィルさんのそういうところは好きですけど、仕事であれだけやるのが当然だと思ってるなら、本気で直した方が良いと思います。多分将来部下の人がすごく困りそうだから」
「気を付けます……」

 うなだれて、しかしまだなのはに伝えなければならないことがあることを思い出し、顔をあげる。

「……怒られてからこんなことを言うのもしまらないけど、なのはちゃんも無茶はほどほどにね。あれ本当に死んでもおかしくなかったから。クロノのお腹刺してしまった時みたいに、思わず手が出てもおかしくない状況だったから」

 闇の書の業はウィルの意識を優先してくれてはいたが、ウィルもまた彼らに体を明け渡していた。
 そしてなのはが突撃してきた時、あのままだと闇の書の業は確実になのはに反撃していた。構築中だった砲撃魔法を未完成なまま放つだけでも、なのはを撃ち落とすだけなら容易。数多の戦士が集った彼らなら、なのはの突撃を受け止めた後でも反撃する方法などいくらでもあった。
 それが果たされなかったのは、なのはがウィルにかけてくれた言葉が、魂の叫びがウィルの意識を強く強く呼び起こして、あの瞬間は肉体の制御権が闇の書の業からウィルに傾いていたからだ。

 なのはは一瞬申し訳なさそうに顔を伏せたが、すぐに決意を宿した顔でウィルに向き直る。

「ごめんなさい……でも、きっと次に同じ状況になったら、やっぱり同じことすると思います。だから、もっと強くなります。今度は危なくならずに、争ってる人をごつん! ってして落ち着かせられるくらい!」
「あのぶっとんだ強さ以上か。そりゃまた壮大な夢だねぇ」

 なのはの途方もない目標を聞き、アルフが楽しそうに笑う。
 ウィルもまた、笑う。高町なのはという少女が、わかりましたと大人しくしていられるような子でないことは嫌というほど理解している。いつだって、自分に対しても他人に対してもまっすぐで、偽らない子だ。
 その子供ゆえの純粋さは、時に向けられる側にも痛みを生むことだろう。でも、それを曲げさせるのではなく、支える。
 それが年上としての責務――違う、その意思に助けられた者として、そして大切な友人へと、ウィルがしてあげたいことだ。

「俺に言ってくれたみたいに、なのはちゃんが大変な目にあったらみんな悲しむ。当然俺もだ。だから、なのはちゃんが無茶をしなきゃならないくらい困ってたら、今度は俺が手を貸すよ。もちろんなのはちゃんだけじゃない。この場にいる誰が困っていても、絶対に駆けつけるから」
「それはきっと、みんな同じ思いだと思います。私たちはみんなもうこんなに深く繋がっちゃってるんですから。だよね、なのは」

 フェイトに自分の発言を引用されて、なのはは顔を赤くしてうつむいた。

「うう……あらためて言われるとちょっと恥ずかしい……」




 そして部屋にははやてとシグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラが残された。
 そこには五人目のヴォルケンリッターの姿はない。

「リインフォースは……逝ったんだな」
「うん。最後は笑ってた。満足できたって……言ってくれた」

 ウィルは目を閉じて、彼女の姿を瞼の裏に描く。
 初めて顔を合わせたのははやての心の中。関係としては二日にも満たない。あまりに短い間に、ウィルに多くのものを残していった。
 憎悪すべき闇の書を司どる仇でありながら、その闇の書の所業に誰よりも心を痛めていた者であり、共にはやてを救った仲間であり、復讐に駆られて死に向かっていたウィルを殺さずに救い出してくれた恩人。
 そのどれかの感情を優先させるわけでもなく、全てを抱えてこれから生きるべきなのだろう。

「今もやっぱり、みんなに復讐したいって思ってる?」
「憎いって気持ちは、やっぱり簡単に消えてくれはしないよ」

 憎悪の炎はいまだにウィルの内側で燃え続けている。いずれは勢いも衰える日が来るのかもしれないが、少なくとも今はこれまでとまるで変わらない。

「でも、みんなが示してくれた。俺が堕ちていなくなれば悲しむ人がいるんだと。クロノがあんな風に生きてみたいって思える姿を見せてくれた。だから、今は我慢してみる」

 はやての後ろに控えるヴォルケンリッターへと目をむける。

「だから、俺が我慢し続けられるように見せてほしいんです。あなたたちがこれからどう生きて、どんな風に罪と向き合っていくのか。そして……できれば、罪と向き合って生きる道の手助けを、俺にもさせてほしい」

 憎いからと離れた場所で何も知らないままでいれば、きっとよくない考えばかりが浮かんでしまう。彼らが罪も償いも忘れて気ままに生きているのではないかと。
 それ以前に、ウィルはヴォルケンリッターを――いや、シグナムを、ヴィータを、シャマルを、ザフィーラを、彼ら四人のことをまだ知り尽くしたわけではない。
 奪われたという事実、育ててきた憎悪が消えずとも、彼らの良いところも悪いところも知って、彼らと繋がることができれば。殺す、という選択肢はなくなるかもしれない。

「まぁ、八神家にとっての口うるさい小姑になりたいってことで」

 冗談めかした偽悪的な言葉に、シグナムが一歩前に踏み出してベッドに寄る。

「本当にそれでいいのか? 貴方の父を殺したのは、まぎれもなく――」
「そういえばシグナムさん。俺と戦った時の最後、わざと手抜きましたよね。その気だったら俺を斬れてたでしょ」

 指摘を受けたシグナムは言葉に詰まり、気まずそうに視線を泳がせていたが、やがて観念したのかうなだれながら、ぽつりぽつりと言葉を発する。

「いや、あれは……あの時の私は、貴方に斬られるべきだと思っていた。最後に貴方の一閃を受けるつもりだったのだが、その前に貴方の剣が折れてしまって、とっさに……」
「ドジっ娘かよ」
「うぐぅ」

 ヴィータにつっこまれて、シグナムは腹に打撃を食らったようなうめき声をあげた。

「じゃあ、わざわざ俺と戦ってくれたのは、殺す側の俺のことを気づかってくれてたんですね」
「……無抵抗でこの首を差し出しても殺されても、遺恨が残ると思っていた」

 だから互いに戦った。シグナムもまたウィルを殺そうとしていたという状況を作り、その上でやられようとしたのか。
 騎士の矜持を曲げ、真剣勝負を茶番に変えてまで、ウィルに応えようと。
 いったいどれほど周囲に気をつかわれていたのか、あらためて思い知らされる。

 しかし――

「無抵抗でも、戦った結果でも、シグナムが死んでたら遺恨は残ったと思うけど……」
「ぐふっ……申し訳ありません」

 はやての問い詰めるような声に、シグナムはみぞおちを抉られたようなうめき声をあげた。


「彼らが消えていく途中、父さんに会いました。父さんというか、闇の書に取り込まれた父さんの情報、っていう方が正しいんでしょうけど」

 シグナムが驚愕に顔を上げる。
 ウィルにとってもあの邂逅は想定外だった。この二日ばかりの出来事で、ウィルが想定できたことなんてほとんどなかったが。
 闇の書の業を構成していたのは蒐集された者だけでなく、暴走する闇の書に浸食され、取り込まれた者も含まれていた。父もシグナムに致命傷を負わされたが、完全に生命活動を停止する前にエスティアを浸食する闇の書に取り込まれたのかもしれない。

 自らが殺した相手のことを聞くのに躊躇してか、何も言えないシグナムに代わり、はやてが尋ねる。

「お父さんとはお話できたん?」
「ああ、不満も全部ぶちまけてきたよ。なんで俺を置いて死んだのかも、あらためて本人の口から聞いた。まったく……父さんは俺が思っていたよりも勝手で、駄目な父さんだったみたい。……それで、そんな父さんから伝言です。別に恨んじゃいないから気にするなって」

 別にそれを聞いて、ウィルの復讐心がマシになったわけではない。
 ウィルは元から父が復讐なんて望まないと理解している。それでも、納得できなくて、抑えられなくて、復讐を望んだのはウィルの意志だ。今更父親が何を言ったところで変わらない。
 ただ、それはそれとして腹は立ったので父を一発殴っておいた。最初で最後の、反抗期だ。
 
 伝言を聞いたシグナムは静かに首を横に振った。双眸に宿す決意は強く、

「その言葉は受けられない。たとえ恨まれていなくても、私が貴方の父を奪ったのは事実だ。大勢の犠牲を出してきたのは変えようもない事実なんだ。けれど、私は賢くはない。命を捧げることで償いができると考えて、あのような行動をとってしまった。けれど、それもまた正しい選択ではなかった。主はやてに言われたように、あそこで私が死んでいれば、あらたな遺恨が生まれていたのかもしれない」

 あそこでシグナムを殺してしまっていたら、闇の書の業との戦いで戦力が足りずにみな全滅していただろう。
 よしんば切り抜けられたとして、シグナムを殺したウィルが、シグナムを殺されたはやてが、こうして向かい合い語らえるようにはならなかっただろう。
 死を受け入れるという決断は、あの場では問題を根本から解決するための最善の方法であったことは疑いようはない。だが、未来にあるもっと良い可能性を摘み取る選択でもあった、というのは結果論で今の歩む道を正当化しているだけかもしれない。
 ただ、ウィルもシグナムも、それを信じてみることにした。

「だから、貴方には見ていてほしい。賢明ではない私が道を間違わないように、正しく贖罪の道を歩めるように。そばで見ていてくれる人がいれば、間違えてしまった時に正してくれる人がいれば、そうすれば私は歩み続けることができるから」

 それは先ほどウィルが言ったことと同じで。
 お互いに同じであれば、何も問題はない。

「嫌だって言っても見てますよ。ストーカーで訴えられたら敗訴確定ってくらいに」
「――ああ!! 望むところだ!」

 白磁の肌にわずかに朱を刺して、シグナムはうなずいた。

「二人が一緒にいるんやったら、当然私も一緒やから」

 ベッドに腰かけたはやてが、立ったままのシグナムと、体を起こしたウィルの手を取って繋げ、嬉しそうに笑う。
 続けて、ヴィータが後ろからシグナムの足を軽く蹴る。

「あたしもだぞ。だいたいお前ら、二人でいれば道を間違わないとか言ってるけど、散々勝手に戦いまくって周りに迷惑かけてたのもお前ら二人だからな? どんだけ迷走してんだよ」
「「返す言葉もない……」」

 ヴィータに叱られてシグナムと二人で頭を下げる。
 そんな様子をシャマルは微笑みながら見ていて、ザフィーラは目を閉じながらも耳を立てていた。

「一生の付き合いになりそうね」
「……それも悪くない」




 それから数日間、アースラは動力炉の魔力が充填されるのを待ってから本局に向けて出発した。
 本局に到着してからもすぐに終わりとはいかない。
 はやてとヴォルケンリッターは一旦その身柄を拘束され、リンディやクロノは事後処理とこれから待ち構えている裁判のための準備で駆け回ることになる。
 グレアムとウィルもまた捜査情報の漏洩の疑い、というよりも実際にそうなのだが、本局で拘留されることになった。

 
 ただ、ウィルは相当に重傷だったこともあり、拘置所ではなく本局の病院に押し込められた。
 闇の書事件については、落としどころが決まるまでは表沙汰にはしないようで、関わったウィルも当面は面会謝絶で個室に押し込まれ、外部との連絡も絶たれた状態。
 管理局の捜査官、査察官などが訪れることはあったが、怪我をしているウィルを気遣っているのか、それとも上の方で何かしらの思惑が働いているのか、追及はぬるく。

 そんな日が五日ばかり続いた頃、消灯時間がすぎてそろそろ寝ようかと横になった時、

「ちょっと目を離した隙に、面白いことになっていたみたいじゃない?」

 よく知る声が病室に響いた。
 
 部屋の扉のそばに、クアットロが立っていた。
 普段は肩元でまとめている髪を解き放ち、最近かけ始めた丸眼鏡も外して。
 黄金の光沢のある艶やかな髪とウーノやトーレに似た鋭い目を顕わにしたその顔は、幼さを残しながらも美女といって差し支えない妖しさをたたえている。
 瞳に宿す光と口元に浮かべる笑みは、いつものわざとらしい笑顔よりも粘度が高く、獲物を目の前にした蛇のよう。

 戸惑うウィルを前にして、クアットロは笑みを深くする。

「好きに喋っていいわよ? どうせシルバーカーテンで会話の内容も、あなたの様子も全部ごまかしているのだから。ここで何が起きたって、誰も気が付かないわ」
「俺、これから寝るつもりだったんだけど……最近夢見が良くなってすぐ寝れるようになったんだよ」

 渋々と身体を起こし、ベッドに腰かけたウィル。

「ふぅん……余裕ぶっているのね。私にそんな演技が通用すると思っているのかしら。私に言いたいことがあるんでしょう?」

 いったい何を言っているのだろうと、ウィルはしばらく本気で戸惑っていた。
 今回の件に関しては、スカリエッティには報告しなくても、すでに知っているはずだ。もちろん世話になったのだから人としてはまた顔を合わせて礼を言う必要はあるが。
 スカリエッティに対してではなく、ここでクアットロに対して言わなければならないこと、と考えてようやく思い至る。

「ああ、そういえば言わなきゃならないな。……ありがとな。あの時、シグナムさんを殺すのを止めてくれて本当に助かった」

 なぜ、あの時にクアットロが妨害したのかはわからない。
 ウィルが復讐をしたがっていることは知っている彼女がそれをする内容なんて、嫌がらせくらいしか考えつかないが。嫌がらせにしては度が過ぎている。
 あの時のウィルはまるで世界全てから見放されたような気持ちになってしまい、それがすんなりと闇の書の業を受け入れた一因にもなっている。
 ただ、クアットロがウィルの邪魔をした理由がなんであれ、そのおかげでウィルが最後の一線を越えずに済んだのは事実だ。

「なに? 嫌味にしては随分と下手ね?」

 ウィルの礼はクアットロのお気に召さなかったようで、彼女のウィルを見る視線に剣呑としたものが混じり始める。

「嫌味も何も本心からのお礼だよ。あそこで邪魔されずに殺してしまっていたら、取り戻しのつかないことをしていたら、俺はクロノの姿を見ても考え直すことができなかったかもしれない。復讐を止められなかったかもしれない。だから本当に――」
「ちょっと待ちなさい」

 追憶に浸りながら述べていた礼を途中で切られ、あらためてクアットロを見れば。
 先ほどまでは壁際に背を預けながら薄笑いを浮かべてこちらを見下ろしていたのに、眉間にしわを寄せ、それなのに瞳を見開いて、笑みを消し、背を壁から離して。

「あなたが、復讐を、やめる? ……何の冗談よそれ?」
「にわかには信じてもらえないかもしれないけど、やめたんだよ、復讐。ひとまずは、だけどな。今後ヴォルケンリッターが罪なんて知らないってばかりに好き勝手に生き出したら、またやろうとするかもしれないけど。でも、そうならないために俺もはやても、あの人たちが――」
「馬鹿言わないでよ……やめられるわけないでしょう!」

 再び言葉を途中で切られ、クアットロを見れば、あきらかに感情が大きく振れているようで。
 クアットロは演技で怒ったり泣いたりと、ふりをすることはよくあった。だけどそういう時のクアットロはまるでお芝居で演技をしていますとばかりにどこか白白しさをだしていた。
 こんなに感情を剥き出しにしたクアットロを見るのは初めてだ。

「ちょっと落ち着けよ。やめたのがそんなに……ああいや、たしかに復讐のためだって散々相談にのってもらって、訓練に付き合ってもらったのに、勝手に俺の一存でやめたのは悪い。っていうか、世界が敵に回ってもとか、お前だけは味方でいてくれとか――やばい、思い出したらすごく恥ずかしくなってきた」

 多分、そういうことなのだろうとウィルはあたりをつける。
 あれだけ色々と語って、お前しかいないとばかりにすがっていたのに、顔を合せなかった間にやっぱりやめたなんて気軽に言われれば、ないがしろにされた気がして怒るのも当然だ。

「埋め合わせはいくらでもする。何があったのかもちゃんと話すから……」
「そうじゃないわよ!」

 癇癪を起こしたような叫び。ドゥーエに憧れて余裕のある大人の女性を目指していたクアットロがこんな風に声を荒げるのも初めて聞く。
 ウィルは今度こそ本当に、何もわからなくなって困惑し、何を言えばいいのかもわからず。
 やがて沈黙を破るように、クアットロが押し殺したように低く笑うと。


「いいわ。教えてあげる。あなたの秘密を」

 胸板に衝撃。

 壁際にいたクアットロが自分目掛けて突っ込んできたのだと気づいたのは少ししてから。
 魔法での強化もしておらず、意識を戦いへと切り替えてもいなかったウィルは、それを防ぐこともできず、ベッドに仰向けに押し倒された。

 右の掌で肩を押さえつけられ、腹に片膝を乗せられた状態で、上から顔を覗き込まれる。

「プロジェクトD――DESIREは聞いたことある? 人に特定の指向性を持たせた衝動、欲望を植え付ける研究よ。あなたも知っているプロジェクトF――FATEは人に他人の記憶を移植する技術。そしてその二つの間にプロジェクトE――ETERNALが存在するの。どんな研究だと思う?」

 永遠を冠する研究。初めに思い浮かぶのは、細胞の老化を防ぐようなものだが――
 でも、それよりもウィルにとっては、目の前のクアットロの様子の方が気にかかる。
 ウィルを見下ろしながら愉悦を持って他人にネタ晴らしをする風を装っているが、その態度にはまるで余裕がない。まるで何かに脅える子供のようだ。

「人の記憶は劣化する。どれだけ強い思いも、年を重ねれば引き出しにくくなる。かかる年月は人によって違っていても、時間は確実に思いを削って行く。プロジェクトEは、そんな人の記憶や感情を《《永遠》》に留めておく技術のことよ」

 言葉を発せないウィルの様子に何を見たのか、クアットロは続ける。

「あなたの治療をした時に、ドクターはあなたに興味を持ったらしいの。失敗の確率が高い治療を乗り越えたあなたの意志の強さ。その原動力となる他者への復讐心に。学術的な意味はないわ。自分のように強い欲望を持った存在がそれを劣化させることなく成長し、目的を達成したらどうなるか。そんなただの好奇心で生まれた歪な復讐者」


 《bgcolor:#000000》《color:#ff0000》 ETERNAL BLAZE 《/color》《/bgcolor》


「仇か己を焼き尽くすまで消えることのない永遠の炎。コードネーム『エターナルブレイズ』
 それがあなた、復讐者ウィリアム・カルマンの正体なのよ!」

 自らの心の中にあったあの扉は、その中で燃え続けていた炎は。
 復讐心を閉じ込めて保護するための。

「そんなあなたが復讐を諦められるはずがないの! 今もまだ憎いでしょう? あなたから父を奪った闇の書とヴォルケンリッターのことが! あなたをそんなにしたドクターのことが! そしてあなたの復讐の邪魔をした私のことも! 敵のことが憎くて仕方ないはずよ!」

 語り切って、クアットロは荒くなった息を整えて、嗤いだす。
 手のくわえられた憎悪に踊らされて滑稽に復讐劇を演じていた憐れな人形を嗤う。

 ウィルはそれに衝撃を受けながらも、どこか真実なのだと受け止めている自分もいた。
 スカリエッティがマッドサイエンティストなことなんてわかりきっていたことだ。レジアスとの繋がりがあるとはいえ、何の力もなく代償を支払うこともできない自分に、あんなに都合よく施してくれたと期待する方が愚かだろう。
 では、そんな風にしたスカリエッティに、そんなウィルを嗤うクアットロに、憎悪が湧くのか?
 ウィルの心には、まだ闇の書とヴォルケンリッターへの炎はある。けれど、スカリエッティとクアットロへの炎が新たに生まれた様子はない。
 いや、もしかしたらほんの少しは生まれたのかもしれない。ただ、その炎はウィルの視界に移る水に即座に消されてしまったようだ。

「たしかにそれがなかったら、ここまでややこしい事態にはならなかったかもしれない。でも、それがなかったら俺はここまで必死になれなかったと思う。もっと弱くて、PT事件でも力になれなかったかも。シグナムさんらと戦った時も、粘ることもできずにあっさり殺されて彼女らの心の傷になってしまったかもしれない。闇の書の業の……殺されていった彼らの思いを受け止める器にもなれず、約束もできなかったかもしれない」

 心の内で燃える炎はウィルを苦しめる要因でもあったけれど、大切な人の死で気力を奪われたウィルを突き動かしてくれた活力でもあった。

「それになんとなくだけど、当時の俺も望んでたんだと思う。この思いを、父さんへの気持ちを忘れたくないって。今の俺が、リインフォースの最後の顔を忘れたくないって思っているように。まぁ、判断能力のない子供につけこんでそんな実験台にする先生はろくでもないとは思うけど」

 押し倒されたまま、ウィルはクアットロの頬へと手を添える。
 目の前で嗤うふりをしながら、捨てられた子供のような顔をしている大切な幼馴染に。

「なぁ、クアットロ。なんでそんな顔してるんだよ。それをやったのは先生だろ? お前が気にすることなんて――」
「違うの! そうじゃなくて、だって、あなたに……」

 その時、外から誰かが走ってくるような足音がする。足音は扉の前で止まる。

「クアットロ、お前ISが解けて――」

 クアットロはウィルの上から飛び退くと、ISを再び展開したのだろう。扉が開いて職員が部屋に入ってくるのと同時に、その横をすりぬけるようにして部屋から走り去っていった。

 部屋に残されたウィルは、職員に詰問されながらじっと自分の手を見た。
 彼女の頬に添えた手。その指先を濡らした彼女の涙の意味は、どれだけ考えても見つからず。


 その日を境に、クアットロがスカリエッティのラボにも戻らなくなったと知るのは、少し先の話だ。


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