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No.32422の一覧
[0] 【後日談完結】スタンドバイ/スタンドアローン (オリ主・再構成・復讐もの)[上光](2020/10/18 20:30)
[1] プロローグ 当世の魔法使い[上光](2016/02/27 14:37)
[2] 第1話(前編) 異世界出張[上光](2013/06/18 05:25)
[3] 第1話(後編) [上光](2013/06/18 05:25)
[4] 第2話 少年少女の事情 [上光](2012/10/28 00:01)
[5] 第3話 黒来たる[上光](2012/07/16 00:50)
[6] 第4話(前編) 袋小路[上光](2012/08/16 22:41)
[7] 第4話(後編)[上光](2012/07/09 23:13)
[8] 第5話(前編) 戦う運命[上光](2012/07/05 03:03)
[9] 第5話(後編)[上光](2014/07/26 23:37)
[10] 第6話(前編) 海鳴の長い午後 [上光](2012/07/07 00:03)
[11] 第6話(後編) [上光](2012/07/07 00:55)
[12] 第7話(前編) 子供と大人の思惑 [上光](2012/07/09 03:44)
[13] 第7話(中編)[上光](2012/07/09 03:44)
[14] 第7話(後編)[上光](2012/07/16 00:50)
[15] 第8話(前編) 愛は運命[上光](2012/07/15 23:59)
[16] 第8話(中編)[上光](2012/07/11 03:13)
[17] 第8話(後編)[上光](2012/07/11 03:40)
[18] 第9話(前編) 後始末[上光](2014/01/08 21:15)
[19] 第9話(後編)[上光](2012/10/10 04:31)
[20] エピローグ 準備完了[上光](2012/07/15 23:57)
[21] 閑話1 ツアークラナガン [上光](2012/07/16 00:18)
[22] 閑話2 ディアマイファーザー [上光](2012/07/16 00:50)
[23] 閑話3 ブルーローズ[上光](2012/07/16 00:50)
[24] プロローグ 成長~グロウナップ~[上光](2012/10/15 07:42)
[25] 第1話 予兆~オーメンレッド~ [上光](2012/08/07 18:24)
[26] 第2話(前編) 日常~エブリデイマジック~ [上光](2012/08/07 18:29)
[27] 第2話(後編)[上光](2012/08/15 15:27)
[28] 第3話(前編) 開幕~ラクリモサ~ [上光](2012/08/15 15:24)
[29] 第3話(後編)[上光](2012/08/15 15:27)
[30] 第4話(前編) 邂逅~クロスロード~ [上光](2015/12/09 00:22)
[31] 第4話(後編) [上光](2012/08/29 02:37)
[32] 第5話(前編) 激突~バトルオン~[上光](2012/09/28 00:52)
[33] 第5話(後編) [上光](2012/09/08 21:55)
[34] 第6話(前編) 舞台裏~マグニフィコ~ [上光](2020/08/26 22:43)
[35] 第6話(後編)[上光](2020/08/26 22:42)
[36] 第7話(前編) 漸近~コンタクト~[上光](2016/11/16 01:10)
[37] 第7話(後編)[上光](2014/03/05 18:54)
[38] 第8話(前編) 致命~フェイタルエラー~[上光](2015/10/05 22:52)
[39] 第8話(中編)[上光](2016/02/26 23:47)
[40] 第8話(後編)[上光](2016/11/16 01:10)
[41] 第9話(前編) 夜天~リインフォース~[上光](2016/02/27 23:18)
[42] 第9話(後編)[上光](2016/11/16 01:09)
[43] 第10話(前編) 決着~リベンジャーズウィル~[上光](2016/12/05 00:51)
[44] 第10話(後編)[上光](2016/12/31 21:37)
[45] 第1話 業[上光](2020/08/20 02:08)
[46] 第2話 冷めた料理[上光](2020/08/20 22:26)
[47] 第3話 諦めない[上光](2020/08/21 22:23)
[48] 第4話 傷つけられない強さ[上光](2020/08/22 21:51)
[49] 第5話 救済の刃[上光](2020/08/23 20:00)
[50] 第6話 さよなら[上光](2020/08/24 20:00)
[51] 第7話 永遠の炎[上光](2020/08/25 22:52)
[52] エピローグ[上光](2020/08/26 22:45)
[53] はやてED 八神家にようこそ[上光](2020/09/13 23:13)
[54] IF 墓標 ゆりかご(前編)[上光](2020/10/03 18:08)
[55] IF 墓標 ゆりかご(後編)[上光](2020/10/05 00:33)
[56] シグナムED 恩威並行[上光](2020/10/12 00:39)
[57] クアットロED 世界が彩られた日[上光](2020/10/18 20:29)
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[32422] 第4話(後編)
Name: 上光◆2b0d4104 ID:01fdaa86 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/08/29 02:37
 日曜の昼は穏やかな秋晴れだった。
 早朝にクロノからの連絡を受けたなのはとユーノは、昼食を食べ終えてから士郎に送迎してもらい、月村邸に向かった。
 いつも通り出迎えてくれたノエルに案内されながら邸内を歩く。邸内に満ちる空気は張りつめられており、時折すれ違う局員の顔もみな一様に厳しい。
 一階廊下の曲がり角で、ばったりと見知った顔に出くわした。

「二人ともこっちに来てたんだ!」

 フェイトとアルフの二人だった。彼女たちとは、なのはが襲われて本局に運ばれた時以来、およそ三週間ぶりの再開になる。

「……うん、久しぶり。体は大丈夫?」
「もうなんともないよ。にゃはは、なんだか会う人会う人に聞かれてる気がする。昨日もエイミィさんに聞かれたし」
「それだけ心配させたってことさ。ユーノ、あたしたちをさしおいてなのはと一緒にいるんだ。しっかりなのはを守るんだよ」
「責任の重さはわかってるつもりだよ。……ところで、アルフはそんな格好で寒くないの?」

 秋晴れとはいえ、もう木枯らしも吹く時期にタンクトップとホットパンツのアルフの姿はいろいろと凄い。見ているだけで震えがくる。

「なんだい、軟弱だね。あんたもフェレットなんだからこのくらいの寒さは平気になりなよ。野性が足りないよ」
「僕はこっち(人間)の姿が本来なんだけど……」

 なのはは再開を喜ぶフェイトとアルフの表情に、どこかぎこちのなさを感じた。
 尋ねようかと思ったが、ノエルがあまりお待たせてはと、なのはたちの会話にやんわりと制止を入れ、それに合わせてフェイトとアルフはその場を離れていったため、訊くことはできなかった。
 二人は再びノエルに先導されて歩き始める。階段を昇り、邸宅の二階廊下を歩いている途中、裏庭の倉庫に入るフェイトとアルフの姿が、窓ガラス越しに見えた。


「高町なのは君とユーノ・スクライア君だね。よく来てくれた。きみたちのことはクロノやフェイト君から聞いている」

 案内された部屋で待っていたのは初老の男だった。クロノかエイミィが出てくると思っていた二人は意表をつかれる。心中を読み取ったかのように、男は続ける。

「私はギル・グレアムという者だ。なかば引退したような年寄りだが、時空管理局で顧問官という相談役のような仕事をしている。クロノから話は聞いているかね?」
「はい」ユーノが答える。 「捜査会議には参加させられなくなったけど、昼に月村の屋敷を訪れてくれれば、会議の内容はすべて伝えるつもりだと聞きました。何かあったんですか?」
「何か、か」グレアムは神妙にうなずく。 「そう、たしかに、大変なことが起こっている。そのためクロノたちはあまり手が離せない。だから、私がきみたちへの連絡役に名乗りを上げた。個人的にきみたちには会いたいと思っていたからね」

 と言われても、なのはとユーノには心当たりはなく、首をかしげる。

「まずは、PT事件の解決に奮闘してくれたことに、お礼を言いたい」
「たいしたことはしていません」
「そんなことはない。きみたちがいなければ、アースラが来る前に地球に大きな被害が出ていたかもしれない。私も地球を故郷に持つ一人として、きみたちには感謝している」
「グレアムさんは地球の出身なんですか?」

 尋ねるユーノに、グレアムはうなずく。

「UK、日本風に言うならイギリスの生まれになる」
「それは、PT事件以前にも地球が次元犯罪に巻き込まれたことがあったということですか?」
「その通り。もう半世紀も前になる。あの時もこんな風に移り行く木々の色合いが美しかった。日本の紅葉の美しさは格別だが、祖国の黄葉も綺麗なものだよ。黄は灰色の空にこそ映えるからね」

 グレアムは窓の向こうに広がる紅葉し始めた山々を見ながら、口元を緩めた。

「当時の私はプレップスクールの寮生活が嫌で、時々抜け出すことがあった。その帰り道で傷だらけで倒れている人を発見し、連れて帰って手当をしたところ、なんと彼は次元犯罪者を追って地球にやって来た時空管理局の局員だという。後はなりゆきだ。怪我を負って戦えなくなった彼の代わりに、魔法の資質を持っていた私が魔法を教わって事件の解決に手を貸すことになった」

 窓からなのはたちに視線を戻して、グレアムは語り続ける。その様は孫に若かりし頃の思い出話をする好々爺だ。

「僕たちの時と、同じような形ですね」
「わ、ほんとだ。よくあることなんですか?」
「今はさすがにないが、当時は今ほどはっきりと管理局法が守られていなかったので、犯罪者だけでなく、管理局の局員が犯罪者を追って他世界に介入することが少なからずあったようだ。私が出会った局員も正義感に駆られて無断で地球にやって来た一人だった。私は事件が解決した後、彼を迎えにやってきた管理局の部隊と一緒に管理世界に行った。以来、この年になるまでずっと管理局で働いている」

 なのははグレアムの話に疑問を抱いた。尋ねようとして口を開くが、初対面の人にするには失礼な質問であると考え、慌てて口を閉じる。

「気になったことがあるなら、なんでも聞いてくれてかまわないよ」

 グレアムはなのはの様子を見てとり、水を向ける。それでもなのはは躊躇したが、思い切って尋ねることにした。

「どうして、管理局に行ったんですか? 家族とか、友達は……」

 痛いところをつく質問にグレアムは苦笑いをうかべる。

「当時の私は幼稚で、母国に留まり非力で何もできない子供のままでいるよりは、管理世界で自分が手に入れた力を――魔法を生かしたいと願った。もちろん、両親には大反対されたよ。管理世界と管理外世界の間に交流はないから、二度と戻ってこれないとなれば仕方のない反応だ。結局最後まで納得してもらえず、喧嘩別れになった」

 グレアムの双眸には後悔と寂しさが浮かぶ。それを見たなのはも、我が事のように悲しくなった。形は異なるが、なのはは家族という存在には人一倍思い入れがあるから。

「ごめんなさい。そんなことを聞いて。……あの、せっかくこうして地球に戻って来れたんだから、家族に会いに行ったらどうですか?」
「それはできない」
「でも、喧嘩したままなんて……」
「言い方を間違えた。する必要がないんだよ。家族とはもうとっくに和解しているからね」
「え?」

 わけがわからなくなり首をひねるなのはに、グレアムは悪戯っ子のように微笑む。

「本当なら行ったきり地球に帰って来れなくなるはずだったが、幸か不幸か、私が関わった事件はPT事件以上に規模が大きくてね。解決後にも長期間の観察が必要と判断された。そのため、数年後には本局と地球の間に転送ポートが設置されたのだよ。いちいち許可を取らなければならないのが面倒だが、それ以来、年に数度は地球に里帰りをしている」

 それを聞き、なのははほっとした。
 なのはを見るグレアムの目が、眩しいものを見たように細められる。穏やかに凪いだ双眸には、愛し子を見守るような愛情があった。

「なのは君には、さらにお礼を言わなければならなくなった。こんな老いぼれのことを真剣に気にかけてくれて、ありがとう」なのはが口を開く前に、グレアムが続ける。 「たいしたことはしていないなどとは言わないでおくれ。この年になると、立場や関係を気にせずに、悪く思われることも厭わずに注意してくれる人はほとんどいないのだから」

 ほめられて照れるなのはに、グレアムはほほ笑みながらウィンクをする。気障だがまったく嫌味はなく、格好良いと感じるほどにその仕草が似合っていた。

「きみたち二人には、もう一つお礼が残っている。……はやて君と仲良くしてくれて、ありがとう」
「はやてちゃんのことを知ってるんですか!?」

 予想外の名前が出たことに、二人は驚く。

「はやて君の父親は、数少ない地球での知り合いの一人だった。ご両親が亡くなってから、私ははやて君の後見人として財産管理を引き受けていたのだが、仕事柄あまり会いには行けなかったことが気がかりでね。……普段の彼女は元気にしていただろうか?」

 なのはとユーノが彼らの知るはやてのことを語り、グレアムはそのたびにうなずきながら聞き続けた。
 しばらくすると、ノエルが紅茶とビスケットを運んできた。運び終えた彼女は部屋を出て、中には再びなのはたち三人だけが残る。

「ふむ。いつまでも聞いていたいが、そういうわけにもいかない。そろそろ話を始めようと思うのだが、その前に確認しておかなければならない」
「なんですか?」と、なのは。
「なんでしょうか?」と、ユーノ。
「これから伝える情報には、捜査関係者にしか話してはならないことが混じっている。きみたちは絶対にこのことを他の人に話してはいけない。たとえ家族であってもだ。約束してくれるかな?」
「はい!」

 なのはは即座に返事をしたが、ユーノは答えない。なのはの困惑した視線を受けながら、ユーノは疑問を口にする。

「そんな秘密を、どうして僕たちに教えてくれるんですか? 関係者と言っても、捜査会議には一度も出たことのない僕たちは、部外者とあまり変わりません」
「クロノの意思だよ。あの子はPT事件できみたちに何も伝えなかったことを後悔しているようだ。あの時のように情報を伝えずにいたせいで、きみたちが干渉してしまってはいけないからね」
「……海鳴で何か起こるということですか?」
「管理局が起こすのだよ。迷惑をかけるつもりはないが、おそらくそれが起こればきみたちも気がつくだろう」
「いったい何をするつもりなんですか?」
「誰にも話さないと約束できるかな?」
「……わかりました。僕も約束します」
「ありがとう。それでは話すとしようか」

 グレアムはなのはとユーノの目を交互に見る。
 なのははグレアムと視線が合った時、背筋にえも言われぬ寒気を感じた。穏やかに凪ぎ、暖かみさえ感じていた灰色の瞳は、変わらず優しげでありながら異様なほどに深みを増していた。川で泳いでいたら、気がつけば自分の周りが底も見えぬ藍色に変わっていたような。

「今朝の捜査会議の主題となったロストロギア――闇の書のこと。そして、管理局がこれからどう動くつもりなのかを」


  *


 月村邸の正面玄関を入った先には玄関ホールがあり、さらに奥に進んだところに大ホールが存在する。晩餐となればキャンドルに灯される赤橙色の炎が、暖かみと活気のある空間を作りだすはずの大ホール内部は、管理局おなじみの青白い灯に照らされ、冬の聖堂のような静謐な空気に満ちていた。
 フェイトの右隣にはアルフが、左隣にはいつぞや怪我させた武装隊の男性隊員が座っており、さらに左には武装隊隊長のギャレットが、その巨体をなんとか椅子に納めて座っていた。
 フェイトは周囲を見渡す。ホールには捜査会議のため、通信士、捜査官、医療局、技術部の技官など五十名を超える人々がいる。ここにいない人々も含めて、この事案の捜査のために動いている人々の総数は、およそ二百名に届くらしい。
 ホールの一番前には、捜査員たちと向かい合う形で、捜査司令のリンディと執務官のクロノなど、指揮官たちが座っている。
 会議のはじめに、リンディがこの事件の概要に触れる。捜査員たちにとっては今さらの事実だったが、誰も聞く姿勢を崩さない。
 リンディは一旦間をとると、本題を切り出した。

「この事案は遺失物管理部により指定遺失物(ロストロギア)闇の書によるものであると正式に認められました。今の私たちには闇の書に関する全ての情報を閲覧する許可が与えられています」

 本局にその許可を取りに行っていたリンディが帰ってきていた時点で、捜査員の大半にとっては予測できていた事実。それでもはっきりと宣言されて喜ばない者はいなかった。
 闇の書が関与している可能性は、これまでの捜査会議でも言及されていたが、闇の書は第一級――秘匿級の代物で、情報開示のための審査を通過するには相当な証拠と、相応の時間が必要だった。そのせいで事件の発生から二十日あまり、捜査員は数少ない情報を頼りに受け身の捜査を続けてきた。

「みんな、少ない手札でよく頑張ってくれたわ。これまでの捜査のおかげで、被疑者の行動や活動範囲はほぼ確実に絞り込めている。これからは私たちが攻める時間よ」

 どよめきを伴った捜査員たちの興奮が、静謐な大ホールに熱気の渦を生み出す。
 リンディは隣に座る通信主任兼会議進行役のエイミィに目配せする。

「では、これより闇の書の説明をおこないます。なお、情報には保秘が義務付けられていますので、そのことを念頭に置いて聞いてください。
 ではマリエル技術官、お願いします」

 エイミィの声に従い、最前列右端に座っていたマリエルが立ち上がる。
 ホール前方に三次元ホログラフィが投影される。映されるのは表面に剣十字の装丁がなされた、古ぼけた一冊の書物。

「闇の書は古代ベルカで作られた、一種の巨大デバイスだと考えられています。特異な点として、デバイス側が自らを扱うに足る者を所有者――主に選ぶという点があげられます。闇の書を扱える者は書に認められたただ一人の主だけであり、主が死亡するまで変更されることはありません」

 捜査員たちは何も言わず、マリエルの説明に耳を傾ける。

「新しい主のもとに現れた段階では、闇の書のデバイスとしての機能は著しく低下しています。そこで、闇の書は実動隊である『守護騎士』という存在を作り出します。守護騎士の役目は主の守護と、闇の書を完全な状態にするための『蒐集』をおこなうことです。蒐集によって完全な状態になった時、闇の書は無差別の破壊行為を開始します。そして完成前、完成後を問わず、書の破壊、もしくは主の死亡が確認された時、闇の書は『転生機能』によって新たな主のもとに現れる――闇の書の活動は十年から二十年周期でこれを繰り返します」

 マリエルが一旦説明を止め、エイミィが説明の方向を定める。

「マリエル技術官、闇の書が持つ三つの機能――蒐集、転生、守護騎士について、順に説明をお願いします」
「わかりました。……蒐集機能は、生物が体内に持つリンカーコアを介して、生物は有する魔力を奪い取る機能です。闇の書は蒐集によって魔力を蓄えると同時に、蒐集対象が行使したことのある魔法プログラムを記録します。魔力とプログラムは頁という形で闇の書に蓄えられます。六六六頁分の魔力を蓄えた時、闇の書は完成する――と言われていますが、先ほども述べましたように、実際におこるのは大規模な破壊です。広域魔法による単純な破壊だけでなく、生物非生物をとわずに侵食し、できうる限りの破壊行為をはたらきます」
「魔力を手に入れるために、魔力炉を襲うということはないのか?」

 一人の捜査員の質問に、マリエルが答える。

「それはありません。過去の事例を見る限り、蒐集対象は生物に限定されていると考えられます」

 非効率的だ、というつぶやき声がどこかから聞こえる。その声にマリエルはうなずいた。

「そうですね。ですから、本来の闇の書は魔力ではなく魔法プログラムを蒐集するもので、それが何らかの要因によって変化したのではないかと考えられています」
「マリエルの説明中だが、医師として少し付け加えておこう」

 声をあげたのは、アースラの船医でもあった老医師。彼が立ち上がると、エイミィが事前に用意されていた各種バイタルデータをモニターに表示させる。

「蒐集された者のリンカーコアは魔力の減少によって、一時的な衰弱状態に陥る。魔導師なら経験した者ことがある者も多いだろうが、魔力の減少は身体機能に異常を及ぼし、一定量以下になるとブラックアウト(意識の喪失)を起こす。それ以上に魔力が減少すれば死に至ることもある。それでなくとも、蒐集はリンカーコアという内臓器官を直接刺激する行為であり、身体への負担も大きい非常に危険な行為だ。
 この三週間の一連の事件の被害者は、過去に蒐集された被害者の例と酷似しているが、一連の事件の被害者はせいぜい魔力の六割程度しか蒐集されていない。人によってはブラックアウトさえおこさない程度の量だ。闇の書の仕業にしては、ずいぶんとお優しいことだな。どうやら、今の闇の書の主は今までより少しはまともなようだ。無論、犯罪者にしては、だが」

 老医師の発言には隠しようのない侮蔑がこもっていた。そのことに眉をひそめる者もいたが、老医師が前回の闇の書事件にも携わっていることを知る者はそっと目を伏せた。
 重くなる空気の中、マリエルは説明を続ける。

「で、では、次に転生機能です。闇の書はこれまで幾度となく物理的に破壊されてきましたが、どのような手段で破壊しても、闇の書は再びこの世界に現れます。管理局ではこれを転生機能と呼んでいますが、その詳細はまったく判明していません。闇の書による被害を完全に防ぐためには、闇の書を捕獲し解析する必要があります」

 捜査員の舌打ちや苦悶の声が会場のあちこちから漏れてくる。

「そして、最後に守護騎士機能です。闇の書は自らと主を守護、そして無力な主に変わり蒐集をおこなう要員として、四体の従者――ヴォルケンリッターと呼ばれる騎士を作り出します」

 前方のモニターに四人の姿が投影され、それぞれの固有データがオーバレイ表示される。
 捜査員にとって、ヴォルケンリッターの姿を見るのはこれが初めてのことだった。
 闇の書、そしてヴォルケンリッターの実体を知る者は少なく、知る者たちも保秘義務のためにみだりに口外はしない。
 特にヴォルケンリッターについては名ばかりが先行し、その姿ははっきりとは知られていない。模倣犯を防ぐために、管理局が意図的に事実と異なる噂話を流布したのだと言う者もいる。
 さらに、今回の事件では、ヴォルケンリッターと思われる犯人は仮面で顔を隠して活動していたため、被害者ですらその顔は見ていない。

 モニターに映った四人のうち、三人が年に差はあるが見目麗しい女性。残り一人も凛々しい偉丈夫。
 世界を崩壊させる闇の書の尖兵としてはあまりにも似つかわしくない容貌に、ざわめきが起こる。

「彼らは見た目こそ人間と変わりませんが、使い魔でも人間でもない疑似生命体――闇の書に内蔵されたプログラムが人の形をとって顕現した物です」
「知性や言語能力の有無はどうなっているのでしょう?」捜査官の一人が質問。
「対話能力と、自律行動をとるだけの知性は確認されています。人間らしい感情は確認されていませんが、街中に溶け込まれれば普通の人間と区別はつけにくいのではないかと」
「人間と区別のつかない高度な知性を持つのなら、彼らも人間とみなせるんじゃないのか? そのあたりはどうなっているんだ」
「それは……」

 武装隊の一人があげた疑問にマリエルは答えることができず、リンディの方を見る。ヴォルケンリッターが人か物かというのは、実際に彼らと戦闘することになる武装隊の行動に大きく関わることであり、一介の技術官が答えを出して良いものではない。
 リンディがマリエルの視線に答えるよりもわずかに早く、声をあげたものがいた。

「その質問には私が答えよう」

 リンディたちと同じく、捜査員たちと向き合う形となる席に着いていたグレアムが声をあげた。十一年前の闇の書事件の捜査司令であった彼は、今日の捜査会議にのみ、相談役として参加している。

「あ、はい。ギル・グレアム顧問官、どうぞ」

 立ち上がりグレアムが話し始める。彼の声は、重ねて来た年月を感じさせる重さを持ちながら、聴く者を不快にさせない明朗さも兼ね備えていた。拡声器を使わずともホールの隅々まで響き渡り、聴く者の臓腑に浸透する。

「ヴォルケンリッターが人間かどうか――法務に関わる者としての見解を述べるなら、彼らは人間ではない。既存の法律の枠内ではインテリジェントデバイスと同等の人工知能として扱われる。したがって管理局法を始めとする全管理世界のどの法でも人権は認められていない。そして人間の定義という哲学的な問題は、現場の者が考えることではない」
「しかし――」
「自らと相似形を持つものに共感を抱くのは、きみが心優しい人間である証明だ。間違ったことではない」グレアムは一変して厳しい表情になる。 「だが、奴らはそれで手を抜けるほど甘い相手ではない。奴らは四体全てが古代ベルカ式を用いる騎士だ。圧倒的な場数を積み重ねたことによる経験は、彼らを魔力値といった数字以上の強敵へと化している。そして、ヴォルケンリッターのデバイスはベルカ式カートリッジシステムを搭載しているため、瞬間的にその実力を倍化させることも可能だ。臨むのであれば、Sランクの魔導師四人と戦うと考えた方が良い」

「カートリッジシステム?」聞きなれない単語にフェイトが首をかしげる。
≪ご存じありませんか?≫

 フェイトのつぶやきに応じたのは、隣に座る武装隊員だった。彼は会議中ということで、声をたてないように念話でフェイトに語りかける。
 こくりとうなずいたフェイトに、隊員は語る。

≪魔力のこめられた特殊な弾丸――カートリッジを用いて、一時的に本来以上の魔力を用いる技術のことです。簡単に言えば、自分たちの体内以外に外付けの魔力タンクを用意するようなものでしょうか。うまく使うことができれば、瞬間的な威力の倍加、本来は不可能な規模の魔法を構築できるようになるそうです≫
≪すごく便利そうなのに、武装隊で使っている人はいませんよね≫
≪普段以上の魔力を扱うので、制御は非常に難しくなり、体にかかる負担も大きくなりますから≫


 その後も、マリエルを中心に闇の書についての説明が続いた。
 やがて説明が終わり、各捜査班の報告が続くことになっていたが、その前にグレアムが「少し話しておきたいことがある」と、発言許可を求めた。

「闇の書がどれほど危険であるかの説明がなされたが、私はきみたちがその真の脅威を理解していないと考えている」ざわめく捜査員を意に介さず、グレアムは続ける。 「失われた文明の遺産であるロストロギアは、現在の技術力では完全な解析ができず、それゆえ明確な対処方法が存在しない中、手さぐりで立ち向かわなければならない。それがとてつもない困難だということは、私もかつて現場で働いていた者としてわかっているつもりだ。それでも、ロストロギアはどこまでいっても道具にすぎない。たとえ基盤となる技術が異なろうと、ボタン一つで爆発する端末がないように、道具として作られた以上は最低限の安定性をもつように作られている。だが、闇の書は違う。あれには枷がない。最善を尽くしたとしても、それを嘲笑うように裏をかく。
 闇の書は見つけ次第破壊するのが、もっとも確実な対処法だ。解決しようと欲を出せば、私のように手痛いしっぺ返しをくらうだろう。今すぐに解決せずとも、十年先、二十年先になれば管理世界の技術もさらに発達している。問題を先送りした分だけ、対処できる確率は上昇する」

 ざわめきが一層大きくなる。
 超級の騎士四人を倒し、闇の書とその主を捕獲する。困難な任務だが、全員がそれこそが自分たちの仕事であると考えていた。しかし、かつて闇の書事件を担当した者から、そうでなくとも良いのだと語る。
 リンディが事件の解決をおこなうと捜査員の士気を上げた後にこの意見。多くの捜査員は、曖昧な解決法に不快感を覚えた。中にはあからさまな侮蔑を見せる者もいる。

「私はかつて、蒐集によって亡くなった大勢の罪なき人々と、闇の書の捕獲のために傷ついた多くの局員たちの犠牲を無駄にした。そして、今は未来を担うきみたちに自らの尻拭いをさせている。恥ずべきことだ。管理局の一員として、年長者として、何より一人の男として、許されざる行為だ。
 それでも、恥を忍んで頼みたい。どうか、先延ばしではなく、ここでこの事件を終わらせてほしい」

 グレアムは、深々と頭を下げた。
 その姿にざわめきがぴたりと止まり、ホールに静寂が戻る。十秒ほどたったろうか。ようやく顔をあげたグレアムの灰色の瞳には、先ほどまで淡々と事実を述べていた姿からは想像もできないほどに大きな感情の波が刻まれていた。あまりにも凄愴で、絶望で、悲壮。彼が十年経った今でも、事件の記憶を、その悲しみを風化させずに抱き続けていることが理解できる。そんな瞳だった。

「これまで多くの人々が闇の書の犠牲になって来た。これ以上は、もういいだろう」

 静寂の水面に、グレアムの言葉が波紋のように広がる。居並ぶ捜査員たちの瞳から不満が消え、代わりに闘志の炎が灯る。
 敵は世界を滅ぼす災厄。その災厄に愛する家族を奪われた司令官の指揮のもと、かつて失敗した老兵の無念を晴らすため、世界を救う戦いに挑む。わかりやすい敵、わかりやすい正義だ。思考を鈍らせるには十分過ぎるほどの。

 進行役のエイミィの声に合わせて、近隣世界の調査をおこなっていた調査隊や定置観測所など、他の捜査員による定例報告がおこなわれていく。
 そして、地球に滞在する捜査員が立ち上がり、ディスプレイに映る画像がまた切り替わる。
 そこに映しだされた少女は、捜査員の幾人かにとっては知っている顔だった。もちろん、フェイトにとっても。


  **


「はやてちゃんが闇の書の主って、どういうことですか!? それに、シグナムさんたちがヴォルケンリッターだっていうのも!」

 立ち上がった衝撃で机が揺れ、ティーカップとソーサーが振動でかちかちとぶつかり、音をたてる。

「なのは君はヴォルケンリッターとも知り合いらしいな。信じたくない気持ちはわかる」
「何かの間違いです! はやてちゃんは人を傷つけるような子じゃないし、シグナムさんたちだって!」
「私もはやて君がやったとは思いたくない。しかし、昨夜はやて君の家から、ヴォルケンリッター――名前で呼ぶなら、シグナムとシャマルと思われる人物が現れ、近隣世界で蒐集をおこない、夜明け前に八神家に再び帰宅したことが確認されている。どのような事情があったとしても、彼女たちが罪を犯しているのは事実だ。見過ごすことはできない」

 なのはは返す言葉を失う。代わって、ユーノが理で問う。

「それなら、はやては家を提供しているだけで、他に闇の書の主がいるのかもしれません。それに、たとえはやて君が闇の書の主であったとしても、彼女は何も知らずヴォルケンリッターが勝手に蒐集をしている可能性もありますよね。もう少し調査してをしてからでも――」
「それも選択肢の一つだ。だが、対応が一日遅れれば、それだけ被害者が増える。事件解決のための合理的な選択であっても、人道的な選択ではない。そのことは理解しているのか?」
「……すみません。軽率な考えでした」

 刃の鋭さと氷点下の冷たさを帯びた、炯炯とした眼光。
 先ほどまでの和やかな会話が嘘のよう。凍土に閉ざされた大陸のごとき峻厳と怜悧を併せ持ったグレアムの存在感に、部屋の空気が冷えて、硬質化したようにさえ感じられる。。

「今夜、武装隊ではやて君の家を包囲し、彼女たちに同行を要請する。なるべく穏便に行きたいが、相手が相手だ。戦闘も覚悟しなければならない」

 容赦のない断言が、二人に重くのしかかる。やがて、なのはがぽつりと言葉をもらす。

「なにか、ないんでしょうか? 戦ったりしなくてすむやり方が、なにか。ヴィータちゃんも、シグナムさんも、シャマルさんも……みんな、すごく良い人なんです。だから……」

 なおも食い下がるなのはの姿に、グレアムの冷たい双眸に慈愛と寂しさが戻る。

「その思いは正しい。しかし、わかってほしい。闇の書が蒐集を終えてしまえば世界が滅びる。それだけは決して許すことはできない。このチャンスを逃がすわけにはいかないのだ。
 自宅で何もせずにいるのも不安だろう。もしきみたちが望むなら、作戦時にはリンディ君のいる指揮所にいられるように取り計らおう。だから、我々にまかせてくれはしないだろうか。管理局や私を信じてほしいとは言わない。クロノやリンディ君のことを信じて、待っていてほしい」


 自分の提案にうなずく二人を見て、グレアムは己を嫌悪した。他人を欺きながら、ぬけぬけと他人を信じろなどと、どの口が言えたのか。

 なのはとユーノは局員ではないため、命令することができない。そしてなのはは、はやてや守護騎士たちとも親交があるイレギュラー。放置しておくには、あまりにも大きな異物だ。
 今日という日は、管理局とヴォルケンリッターが戦う日でなければならない。その邪魔をされないように、直接話をして釘を刺した。

 必要なことだと割り切っている。それでも、正義感を煽り戦いに駆り立て、良き子らの心を圧迫し行動を縛る。そんな己の言動には反吐が出る。
 グレアムは心の中で、子供の頃の習慣通りにそっと十字をきり、昔は信じていた――いつしか聖句さえ忘れた、神に祈った。
 これが最善と偽り、善なる者たちを欺き惑わす罪深い自分に、どうか裁きがくだりますように。


  ***


 月村邸の倉庫には机や椅子が置かれ、武装隊の待機所とされていた。隊員たちは他愛もない話に興じているが、差し入れられた間食がまるで減っていないのが、彼らの緊張を表していた。
 倉庫内の小部屋には簡易のメンテナンスルームが設置され、壁際に並べられたデバイスが、鈍色の林を作り出している。マリエルを始めとして、技術部のデバイスマイスター数名が、装備の調整をおこなっていた。普段の強行探索用の装備ではなく、制圧用の装備が並べられている。後衛のデバイスは連射性と貫通性を強化され、前衛のデバイスは本体強度と魔力刃の収束率に重きを置いて調整されている。ベルカ式の騎士甲冑を打ち破り、ベルカ式のアームドデバイスと打ち合うためのチューニングだ。

 別の小部屋では、執務官のクロノと、集まった武装隊の隊長たちが作戦の細かな部分や、戦闘となった時の連携について、打ち合わせを続けている。
 指揮官は執務官のクロノになるが、なにせ集まったのは四十人という大人数のため、隊長たちの中からギャレットがその補佐に選ばれた。

 部屋の扉が開き、フェイトとアルフが入ってきた。クロノが目配せをすると、隊長たちは席を立ち、入れ替わるように部屋を出る。部屋の中には、入ってきたフェイトとアルフ、そして出なかったクロノとギャレットだけが残った。
 壁に背を預けた姿勢のまま、ギャレットが話を切り出した。

「今夜の作戦から外れるつもりはないか?」
「また、子供が戦うのは嫌だからって? この前の模擬戦でフェイトに引き分けたあんたが言えるのかい?」

 アルフが憮然とした表情で反論する。初めて出会った時から、昨日まで同行していた近隣世界の探索まで、フェイトとアルフはしばしばギャレットに子供扱いされることがあった。
 たとえそれが優しさゆえだとしても、一方的に押し付けられてはたまらない。ましてやアルフは自分たちは一人前の実力があると思っている。事実、模擬戦では隊長クラスでもフェイト相手の勝率は五分を切り、アルフ自身も武装隊の中では中堅に匹敵する実力を持っている。だから、一人前扱いされないことはプライドを傷つける。

「問題を先延ばしにして、次の世代に解決させるのは悪いカルマだ。大人が問題を解決させ、子供には平和を与える。これが良いカルマというものだ。だが、解決させるために子供を戦いに駆り出すのは、さらに悪いカルマだ。必要なことでも、俺は好かん」
「まったく……クロノまで同じ考えじゃないだろうね?」
「僕もギャレットも、きみたちの実力は知っている。でも、次の戦いはとりわけ危険だ。僕は年齢を理由にきみたちを外そうとは思わないが、嘱託が関わる領分かという疑問は持っている」

 ヴォルケンリッターと管理局の最も新しい交戦記録は、前回である十一年前。艦の支援を受け、グレアムに率いられた二十人の武装隊が、相手を消耗させて各個撃破に持ち込み、最終的には全ヴォルケンリッターの破壊に成功している。
 しかし、三回前になる四十三年前には、今のように艦の支援がない状況で、武装隊三十四人で戦ってヴォルケンリッターの誰一人も倒せずに、部隊の半数が死亡して敗走したという記録も残っている。
 過去のデータをもとにエイミィが算出した結果だと、勝率は八割以上。勝てない戦いでは決してないが、無事にすむ戦いでもない。そして、今のところヴォルケンリッターは死者を出さないように行動しているが、追い詰められてなお、維持するつもりがあるのかはわからない。

「俺たち武装隊は相手がどれほど強かろうが変わらん。無茶な相手、無理な作戦、無謀な戦いなどいつものことだからな。だが、嘱託のお前たちまで、そんな危険な作戦に関わる必要はない」

 ギャレットの発言にクロノがうなずき、後を続ける。

「リンディ捜査司令と話し合った結果、今回の作戦への参加は、フェイトとアルフの意志を尊重することにした。嫌ならはっきりと言ってくれてかまわない。きみと八神はやては知人だから、参加せずとも責めるような者は出てこないはずだ」

 全員の視線がフェイトに向く。

「わ、私は……できれば、一緒に戦いたいです。クロノ執務官にも、武装隊の人たちにも、たくさんお世話になりました。私たちが加わることで、少しでも武装隊が有利になるなら、私はかまいません」

 フェイトはおずおずとではあるが、はっきりと自分の意見を表明した。

「あたしもフェイトと同じ気持ちだよ」

 クロノはフェイトの意見にうなずき、ギャレットを見る。彼は大きく肩をすくめる。体と声だけでなく、仕草も大きい。

「わかった。きみたちの決意と協力に感謝する。しばらくはこの倉庫で待機していてくれ」

 フェイトとアルフが部屋を出ると、入れ替わるようにして武装隊の隊長たちが部屋に戻ってきて、フェイトとアルフという戦力を加えて、作戦案を調整し始めた。


  ****


 太陽が海鳴を取り囲む山々の向こうに落ち、青から黒へと移り変わった空に月はない。
 月齢は下弦から新月へと移ろい行く頃で、夜明け前にならなければ姿は現さない。空の星々の輝きは天上を覆う幕に開いた虫食い穴から漏れる光。
 八神家から少し離れた場所にある高台に、二つの人影があった。その中の一人、短い髪の少女――リーゼロッテは、自らの携帯端末に届いた連絡を読み、もう一人に告げる。

「お父様から連絡。管理局に今のところ変わりなし。……ねえアリア、本当にこんな大雑把な作戦がうまくいくだろうか」

 リーゼロッテの問いかけは、そばにいるもう一つの人影に向けられている。リーゼロッテと瓜二つの顔をした、長髪の少女――リーゼアリアへ。
 リーゼアリアは宙空にホログラフィを投影していた。映されているのは、月村邸と八神家の外観。
 リーゼアリアはホログラフィから視線を外し、リーゼロッテと目を合わせる。

「うまくいくよ。クロノもリンディも締めるところは締めるからヴォルケンリッター相手にそれほど譲歩はしないし、ヴォルケンリッターも八神はやてのことを大切に思うなら、これまで敵だった管理局には頼れない。生殺与奪の権限を相手に完全に移譲するなんて、できやしない。お父様もあの子も、そこは同じ意見よ」
「そういえば、追い詰められた者は知らない大通りよりも通いなれた獣道を選ぶ、とか言ってたね。たしかにその通りだとは思うけど」リーゼロッテはため息をつく。 「それが十五の子供の台詞だってのがどうにもね。あの子は駄目だよ。クロスケと違ってかわいげがない」
「あらぁ、人の旦那を悪く言わないでくれますかぁ」

 甘ったるい、挑発的な響きを持つ声が、彼女たちのわずかに上から響いてくる。

「戻っていたなら、さっさと声をかけなよ」

 注意など何食わぬ顔。腰まで届く豊かなブルネットを持ち、大きな丸型眼鏡をつけた少女――クアットロは、高台にある東屋の屋根に腰をかけて両足を振り子運動のようにぷらぷらと振っていた。
 腰かけていた屋根を両手で、とん、と軽く押す。そのまま後方に宙返りをすると、羽毛のように音もたてずに屋根の上に降り立つ。羽織るケープが風を孕む。
 クアットロは深呼吸をするように大きく両手を広げ、高台から海鳴の夜景を見下ろす。

「高いところは良いですね~。私、星空はあんまり好きじゃないんですよ。お空のお星さまよりも、見下ろす街のお星さまの方がずっと色とりどりで綺麗じゃないですか」
「いいから、さっさと報告してくれないか?」
「余裕がないですねぇ」

 大げさに肩をすくめると、報告を始める。
 クアットロの報告によって、八神家周辺に張り込んでいる捜査官の情報が記されていく。容貌程度の情報は当たり前。会話や張り込みをしながら食べていた食品の銘柄など、間近で確認したとしか思えない情報まである。

「それから、どうやら闇の書の主はもう寝ているみたいですね~」
「捜査員たちは、そのことには?」
「気づいてないんじゃないかしら。遠くからだと、あの部屋は木の影になっていて見えませんから」

 八神家の周辺に配置された捜査員は、来るべき作戦の時にヴォルケンリッターが家に滞在していることを確認するために配置されている。万が一にも見つかって、こちらの計画を悟られてしまっては元も子もないので、極力離れて配置されている。

「あんたは敷地内に入ったのか?」
「ええ、庭までは。さすがに家の中にまでは怖くて入れませんでしたけど」

 恐怖に怯え、両手で我が身をかき抱き、体を震わせる。そんな芝居がかったジェスチャーをするクアットロを、二人の少女は白けた目で見ながら問う。

「一応聞くけど、見つからなかったよね?」
「私の銀幕芝居をなめてもらっては困りますよ。まぁ、そんな風に言いたい気持ちはわかりますけど」

 短髪と長髪の少女は同時にため息をついた。たしかにクアットロは役に立つ。だが信頼できない味方は怖い。

「ま、良いか。管理局が作戦を実行するまで、残り半時間。武装隊が月村を出たらお父様から連絡が来るから、私たちはそれから動けば――」
「あら? どうやら、予定通りにはならないみたいですよ」

 八神家の方向を向いていたクアットロの視線が細められる。
 クアットロの視線の先には住宅街。その中にある一軒の家――八神家の扉が開くのを、人間を超える視覚ではっきりととらえていた。

「ヴォルケンリッターが先に動くのは予定外ですね~」
「なっ!? なんで今日に限って、蒐集を始めるのがこんなに早いんだ!」
「八神はやての就寝が早かったから、でしょうね。それで、蒐集のために出たのは何人?」
「えっとぉ……四人全員みたいですよ?」
「「はあっ?」」

 リーゼロッテとリーゼアリアは、二人して思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまった。懐から取り出したスコープを目に当て、自分たちでも確認。愕然とし、頭を抱える。今日に限って、なぜ四人全員で出かけるのか。
 クアットロは振り返り、どうするのかと視線で問いかける。リーゼロッテは一歩前に進み出る。

「守りが誰もいないのなら、その間にはやてを確保しようとするはず。ヴォルケンリッターが蒐集に出ていて、闇の書も手元にない主は無力だ。だったら、私たちがやることは管理局より先に八神はやての身柄を確保することだ」
「それが良いわね」リーゼアリアも同意する。 「幸い、武装隊が月村から八神家に到着するよりも、私たちが八神家に行く方が早い。ヴォルケンリッターは彼らが蒐集から帰ってきてからでも――」

 話す途中で、三人は魔力の波動を感じた。感覚から、結界魔法であることがわかる。距離は離れている。おそらく山側の郊外――月村の敷地辺り。
 リーゼアリアは月村の屋敷にいるグレアムの端末へと連絡をとろうとする――が、繋がらなかった。ヴォルケンリッターが蒐集をおこなう時には、助けを呼ばれないように、よく通信妨害をしていた。
 つまり――

「まさか、月村に襲撃をかけたの!?」
「なんで今日に限って予定外の行動ばっかりするんだあああ!!」
「あら、あらあらあらあら。なんだか楽しくなってきましたね~」

 悲鳴めいた声をあげるリーゼアリアとリーゼロッテとは裏腹に、クアットロは他人事のように笑う。事実、他人事に近いのだが。
 しかし、二人もすぐに冷静さを取り戻す。武装隊とヴォルケンリッターがぶつかるなら、当初の計画とさほど違いはない。

「やることは変わらない。捜査官が優秀なら、命令がなくても独断で八神はやてを確保しようとするはず。ロッテとクアットロは、捜査官より先に八神はやての身柄を確保して。私は先に月村の方に向かっておくから」
「わかった」

 リーゼロッテは返事をすると同時に、変身魔法を行使する。十代の少女の姿は消え、顔を仮面で隠した痩身の男性の姿になる。優雅に頭を下げて答えたクアットロが、仮面の戦士となったリーゼロッテの後を追い、飛び立つ。
 リーゼアリアもまた、仮面をつけた戦士へと姿を変え、月村邸へと向かう。

 高台には誰もいない。眼下に広がる街の灯は、これから起こる戦いを何も知らず、煌々と輝き続けていた。




(あとがき)
 グレアム少年は管理局の魔導師と祖国の秘密機関MI6の協力のもと、アーネンエルベの遺産と呼ばれるロストロギアを巡って、ナチスの残党とその裏で糸を引く次元犯罪者と戦う、という妄想をしては一人にやにやとしている今日この頃。
 ようやく旧投稿版を追い抜くことができました。

 アニメでは名前だけ登場のギャレット。おっさんにしたのは趣味です。旧投稿版には出ていませんでしたが、こちらの新投稿版ではA'sプロローグの追加部分にちょこっと顔を出しています。


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