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No.32422の一覧
[0] 【後日談完結】スタンドバイ/スタンドアローン (オリ主・再構成・復讐もの)[上光](2020/10/18 20:30)
[1] プロローグ 当世の魔法使い[上光](2016/02/27 14:37)
[2] 第1話(前編) 異世界出張[上光](2013/06/18 05:25)
[3] 第1話(後編) [上光](2013/06/18 05:25)
[4] 第2話 少年少女の事情 [上光](2012/10/28 00:01)
[5] 第3話 黒来たる[上光](2012/07/16 00:50)
[6] 第4話(前編) 袋小路[上光](2012/08/16 22:41)
[7] 第4話(後編)[上光](2012/07/09 23:13)
[8] 第5話(前編) 戦う運命[上光](2012/07/05 03:03)
[9] 第5話(後編)[上光](2014/07/26 23:37)
[10] 第6話(前編) 海鳴の長い午後 [上光](2012/07/07 00:03)
[11] 第6話(後編) [上光](2012/07/07 00:55)
[12] 第7話(前編) 子供と大人の思惑 [上光](2012/07/09 03:44)
[13] 第7話(中編)[上光](2012/07/09 03:44)
[14] 第7話(後編)[上光](2012/07/16 00:50)
[15] 第8話(前編) 愛は運命[上光](2012/07/15 23:59)
[16] 第8話(中編)[上光](2012/07/11 03:13)
[17] 第8話(後編)[上光](2012/07/11 03:40)
[18] 第9話(前編) 後始末[上光](2014/01/08 21:15)
[19] 第9話(後編)[上光](2012/10/10 04:31)
[20] エピローグ 準備完了[上光](2012/07/15 23:57)
[21] 閑話1 ツアークラナガン [上光](2012/07/16 00:18)
[22] 閑話2 ディアマイファーザー [上光](2012/07/16 00:50)
[23] 閑話3 ブルーローズ[上光](2012/07/16 00:50)
[24] プロローグ 成長~グロウナップ~[上光](2012/10/15 07:42)
[25] 第1話 予兆~オーメンレッド~ [上光](2012/08/07 18:24)
[26] 第2話(前編) 日常~エブリデイマジック~ [上光](2012/08/07 18:29)
[27] 第2話(後編)[上光](2012/08/15 15:27)
[28] 第3話(前編) 開幕~ラクリモサ~ [上光](2012/08/15 15:24)
[29] 第3話(後編)[上光](2012/08/15 15:27)
[30] 第4話(前編) 邂逅~クロスロード~ [上光](2015/12/09 00:22)
[31] 第4話(後編) [上光](2012/08/29 02:37)
[32] 第5話(前編) 激突~バトルオン~[上光](2012/09/28 00:52)
[33] 第5話(後編) [上光](2012/09/08 21:55)
[34] 第6話(前編) 舞台裏~マグニフィコ~ [上光](2020/08/26 22:43)
[35] 第6話(後編)[上光](2020/08/26 22:42)
[36] 第7話(前編) 漸近~コンタクト~[上光](2016/11/16 01:10)
[37] 第7話(後編)[上光](2014/03/05 18:54)
[38] 第8話(前編) 致命~フェイタルエラー~[上光](2015/10/05 22:52)
[39] 第8話(中編)[上光](2016/02/26 23:47)
[40] 第8話(後編)[上光](2016/11/16 01:10)
[41] 第9話(前編) 夜天~リインフォース~[上光](2016/02/27 23:18)
[42] 第9話(後編)[上光](2016/11/16 01:09)
[43] 第10話(前編) 決着~リベンジャーズウィル~[上光](2016/12/05 00:51)
[44] 第10話(後編)[上光](2016/12/31 21:37)
[45] 第1話 業[上光](2020/08/20 02:08)
[46] 第2話 冷めた料理[上光](2020/08/20 22:26)
[47] 第3話 諦めない[上光](2020/08/21 22:23)
[48] 第4話 傷つけられない強さ[上光](2020/08/22 21:51)
[49] 第5話 救済の刃[上光](2020/08/23 20:00)
[50] 第6話 さよなら[上光](2020/08/24 20:00)
[51] 第7話 永遠の炎[上光](2020/08/25 22:52)
[52] エピローグ[上光](2020/08/26 22:45)
[53] はやてED 八神家にようこそ[上光](2020/09/13 23:13)
[54] IF 墓標 ゆりかご(前編)[上光](2020/10/03 18:08)
[55] IF 墓標 ゆりかご(後編)[上光](2020/10/05 00:33)
[56] シグナムED 恩威並行[上光](2020/10/12 00:39)
[57] クアットロED 世界が彩られた日[上光](2020/10/18 20:29)
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[32422] 第1話(後編)
Name: 上光◆2b0d4104 ID:495c16aa 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/06/18 05:25
 居候となったウィルは、あてがわれた部屋の中に立ち、周りを見回した。
 書棚には様々な言語で記述された書籍や、どこかの民芸品のような用途不明の物品が並んでいる。少女の説明によると、この部屋のかつての主は少女の父親で、彼は生前は貿易関係の仕事をしており、外国との付き合いも多かったのだとか。
 真新しいシーツが敷かれたベッドが、疲れたウィルを誘惑する。今すぐにでも飛び込み眠りたい気持ちを抑えて、扉に鍵をかけ、カーテンを隙間なく閉めると、右手首のブレスレットと首元のペンダントを外して机に置いた。
 両方とも装飾もない無個性なアクセサリにしか見えないが、れっきとしたデバイスだ。今は待機状態だが、起動すればブレスレットは剣に、ペンダントはブーツに変わる。

 ブレスレットは『ヴィルベルヴィント』――通称は『F4W』
 かれこれ五年以上使い続けている愛用のデバイスで、起動時には剣の形をとる。

 デバイスの形状や性能は、用途に応じて多岐にわたる。
 管理世界で主流となっているのは、『ストレージデバイス』と言われる、魔法の行使に特化したデバイスだ。管理局の戦闘部隊が使用するデバイスはたいていがこれで、戦闘スタイルは射撃魔法を主体とした中・遠距離となっている。魔法を使うだけならデバイスの形状は指輪でも本でも良いのだが、近接戦闘にも対応できるように杖型を用いる者が多い。
 しかし、ウィルのF4Wはストレージデバイスではなく、『武装型(アームド)デバイス』という種類のものだ。大きな特徴として、起動後の形状が武器であることがあげられる。魔法の行使だけではなく武器としても使われるため、耐衝撃性に優れている。反面、演算の処理速度は低い。
 そのため、アームドデバイスは複雑な術式や連続した魔法行使よりも、強化魔法のように単純かつ恒常的に機能し続ける魔法の行使に向いており、使い手の戦闘スタイルも魔法で強化した肉体を頼りにした近距離戦であることが多い。
 少しでも演算速度を上昇させるために、比較的単純で余裕のある機構をしていることが多く、所有者によってはそこに様々なユニットを追加することもある。その中でも有名なものとして魔力を増加させるカートリッジシステムがあるが、制御が難しいので実際に装備している者は少ない。ウィルも過去に試してみたことがあるが、どうにも使いにくかったため、すぐに取り外したほどだ。

 もう一つ、ペンダント型はストレージデバイス『エンジェルハイロゥ』と言い、起動すれば両足を覆うブーツへと変わる。
 養父の知人であり幼い頃から世話になっている先生が、ウィルに合わせて作ってくれた専用(ワンオフ)デバイスだ。
 このデバイスも少し変わっている。デバイスは本来それ一つで様々な魔法を用いるために使われるものだが、ハイロゥはそのような在り方とは真逆。ウィルが亡くなった父親から受け継いだ魔力変換資質の制御と増幅をおこなうだけという、限定された機能しか持ってない。ウィル以外にとってはガラクタ同然の一品だ。

 ウィルは懐から携帯端末を取り出すと、端末とデバイスを接続し、コンソールを操作し始めた。デバイスの調子を看るためだ。
 デバイスの調整や修理は、普段はデバイスマイスターと呼ばれる整備士に任せるのだが、ここは支援を受けられない管理外世界だ。自分のデバイスの面倒は自分でみなくてはならない。
 携帯端末に入れておいたデバイス診断用のソフトウェアを起動。しばらくの間、いろいろとパラメータを変えて続ける。

「F4Wは異常なし。ハイロゥは……駄目か」

 ハイロゥは演算機能に異常が見つかった。アームドデバイスのF4Wに比べると耐衝撃性が低いとはいえ、そう簡単に壊れることはないはずだ。しかし、デバイスは外装であるフレームならある程度壊れても修復できるが、コアが衝撃を受けるとあっさりと動かなくなることもある。おそらく輸送船で爆発に巻き込まれた時に、コアを傷つけるような衝撃が加わったのだろう。
 己の運の悪さに思わずため息がこぼれた。
 不幸中の幸いというか、ハイロゥには微弱ながら緊急時の自動修復機能があるため、定期的に一定量の魔力を与えておけば徐々にだが自動的に修復されていく。一週間か二週間か、完全に修復されるまでにどれだけかかるかわからないが、直る見込みがあるだけましだ。
 そう考えて、ハイロゥに魔力を蓄積すると、F4Wの補助を受けて、傷ついた自身の肉体に治癒魔法を行使してから眠りについた。


  *


 翌日、食卓に並んだ朝食は、汁物と山菜の浸物、そして白米。ウィルにとっては見慣れない組み合わせだ。食べてみれば味付けが少し薄く感じたが、味そのものは悪くない。
 腹が空いていたこともあり、ウィルのために用意されたスプーンでがつがつと食べる。もともと体が資本の武闘派ということもあり、あっという間に全てたいらげた。
 空になった茶碗を突き出そうとウィルの手が動き、その途中で止まる。居候が頻繁におかわりをして良いのだろうかと、窺うように少女を見る――と、少女はにこにことウィルを眺めていた。視線が合うと、少女ははにかみながら、問う。

「どうですか? 口にあいましたか?」
「おいしいよ。まだ若いのに料理が上手なんだね」
「毎日作ってますから、嫌でも上達します」照れをのぞかせながら言う。 「足りへんかったら言ってください。少し大目に作っておきましたから」

 ウィルの少女への好感度がぐんぐん上がっていった。餌づけされたとも言える。
 三杯目を食べ終え、炊飯器の中を空にした頃、少女が再び話しかけてくる。

「怪我はどうですか? 動いても平気ですか?」
「一晩寝たらずいぶんましになった。おいしいごはんもいただいたし、もう治っているかもしれないね」
「さすがにそれは無理ちゃいますか」

 少女は冗談だと思ってくすくすと笑うが、ウィルの怪我は魔法によって軽いものはすでに治り始めている。ウィルが使える治療系魔法は初歩中の初歩で、睡眠時の自然治癒力を高める程度のものだ。高度な治療系魔法には未分化細胞を生成し、軽傷なら数時間で跡形もなくなるようなものもあり、それらに比べれば児戯に等しい魔法だが、それでも何もしないのに比べれば完治までにかかる時間は半分ほどに短縮される。

「でも、動けるんやったら買い物に行きませんか? 実は、昼から足の検査で病院に行かなあかんから、そのついでに。着替えもお父さんのやと微妙にサイズ合わへんみたいですし、他にもいろいろと入り用になりますから」
「そこまでしてもらうのは――」

 反射的に遠慮しようとしてしまったが、向こうから言い出してくれたことを断る謂れはない。あるとすれば、十に満たない子供に全額出してもらうということに対する自尊心の傷くらいか。利と社会人としてのプライドを天秤にかけるが、あっさりと決着がつく。

「ごめん。仲間が来たらお礼も含めてちゃんと払うよ」
「今はお礼なんて気にせんで良いですから。困っている人がいるなら、助けるのが当然です」

 少女は相変わらず微笑んでいる。しかし、それを見るウィルの心にはわずかながら疑念が生まれた。


 家の戸締りを終えると、ウィルは少女の車いすを押しながら、市街地へ行くためにバス停まで歩き始める。その道程、少女とたわいのない話をしながらも、ウィルはジュエルシードを探すために周囲に気をやっていた。
 輸送船のセンサーでは、ジュエルシードがはこの街を中心とした約二十キロメートル四方に落下したところまでは追跡できていた。
 それだけ広範囲に散らばり、なおかつジュエルシードの大きさは小石ほどとなれば、視覚で探すのは無謀だ。そこで、ウィルは視覚ではなく触覚を用いることにした。
 ジュエルシードは活性化しておらずとも、少しは周囲の魔力に影響を与える。そして、魔導師は体内に魔力を蓄えているため、外界の魔力の動きをある程度は感じることができる。
 輸送時に渡されたデータをもとに考えれば、非活性状態なら十メートル弱、活性化すれば数百メートルは離れていても魔力反応を察知できるとウィルは考えていた。魔法のないこの世界は魔力的には無音のようなものなので、魔力反応――音の察知はしやすいはずだ。

 他の捜索方法も考えてみたが、どれも今一つ効果的ではなかった。
 失せ物探しといえば、サーチャーを使っての探索が定番だ。しかし、サーチャーでは魔力反応を感じるのは難しい。
 他には、周囲の魔力素を動かして魔力の流れを作ることで、魔力に反応する物質を探索する魔力流を発生させるという手段もある。うまくやれば周囲数キロメートル内にあるジュエルシードを見つけることができるだろう。ただし、それによって周囲の環境やジュエルシードにどの程度の影響を与えるのかがわからない。最悪、輸送船の時のように、魔力流によってジュエルシードが活性化してしまうこともあり得る。また、魔力流の発生は魔力と体力を大きく消費するため、自分の他にも封印してくれる者がいない現状ではあまりにも危険すぎる手だ。却下せざるを得ない。

 結局、足を使って様々な場所を練り歩くのが、最も安全で確実な手段だ。
 そのためにまず必要となるのは、この街の地理の把握。そして地図の入手だ。


  **


 車椅子に乗る少女の膝の上には大きな紙袋が乗っており、その中には駅前のデパートで買った様々な生活用品が入っている。
 検診と買い物を終えた二人は近くの図書館に寄ることにした。この周囲の地理を知りたいというウィルの頼みを聞いた少女の提案によるものだ。市営の図書館であればより詳しいこともわかるかもしれない。

 図書館の中は、一メートル程度の間を開けていくつもの棚が並び、その棚には百にのぼるかというほどの書物が並んでいる。その光景に圧倒され、同時にほんの少し不快感を覚えた。
 ウィルは本が好きではない。
 文章を読むことは好きで、定期購読している雑誌もいくつかある。しかし、それらは全てデータであり、ディスプレイに表示させて読むものだ。ウィルが嫌うのは、紙にインクで記されるような装丁のある本。もっと言えば、本という“形”が気に入らない。
 そもそもマテリアルな形があったところでスペースをとるだけ。語句の検索さえできない不便なもの。この世界にある本は全てデータ化されれば良いのに、などと考えている。

 図書館の中を移動する時、少女が振り向いた。

「借りたい本があるんで、少しだけ寄ってもええですか?」
「かまわないよ。どんな本を借りるの?」
「童話です。場所はわかってますから、少し待っててください」

 少女はとある棚の前まで行くと、本を探し始める。高いところにある本なら手伝おうかと考えていたが、下の方を探しているので、出番はなさそうだ。
 その隣の棚の前に黒い髪を腰まで伸ばした少女が立っていた。ウェーブのかかった黒髪は、艶があるせいか蒼くさえ見える。彼女は一番上の棚に手を伸ばしていたが、子供の身長ではぎりぎり届かない。

「欲しいのはこれ?」

 横から声をかけながら、おそらくこれとあたりをつけた本を棚から抜き出し、黒髪の少女に手渡す。
 彼女は「ありがとうございます」と深々と礼をし、すでに持っていた数冊の本に、その一冊を加えた。その礼一つを見ても、育ちの良さがうかがえる。

「ごめん。誰かが借りてるみたいやった――」その時、少女がウィルのそばにやって来た。 「あ、その本」

 少女の視線は、黒髪の少女が持っている本の一冊に注がれていた。

「この本?」

 黒髪の少女が、抱えた本の一つを見せるが、少女は首を横にふった。

「ううん。なんでもないんよ。気にしやんといて」
「もしかしてこの本を探していたの? それなら、どうぞ」
「そんな! 遠慮せんで良いですから」
「そっちこそ遠慮しなくて良いよ。それに私はまだこの前の巻も読んでないから」

 そう言うと、黒髪の少女はそっと本を手渡した。

「あ、ありがとう」少女は申し訳なさそうに言う。 「なるべく、はよ返すようにするから」
「急がなくても良いよ。私はじっくり読む方だから」黒髪の少女は、ウィルとはやてを見比べながら訊く。 「ところで、お二人はどんな関係なんですか?」
「それは……」
「親戚なんだ。こっちには観光のために遊びに来ていてね」

 答えによどんだ少女に変わり、ウィルが答えた。

「そ、そうなんよ」慌てて少女もうなずく。

 親戚というのは嘘にしても、ウィルと少女の関係はなんと言い表せば良いのだろうか。
 そんなことは決まっている。赤の他人だ。知り合いというほどですらない。
 ウィルの心に、疑問が生まれる。赤の他人だというのに、少女はウィルに親身になってくれる。それは本当に善意なのだろうか。それとも、ウィルの想像もつかないような打算が裏には隠されているのだろうか。
 少女の横顔を見ても、その答えは得られなかった。



 図書館を出た頃にはあたりは赤く染まり始めており、街に学生服の少年少女の姿がちらほらと見える。再びバスに乗って、家に帰る。
 地図も手に入った。今日一日うろついたおかげで、人の集まるところや魔力素の濃度が濃いところといった、危険な場所もある程度わかった。そういった調査結果は、後々回収のために訪れる海の部隊のためにもなるだろう。

「少し、寄り道しません? 見せたいものがあるんです」

 最寄りのバス停で降りた時、少女がウィルにそう言った。指さす先には公園がある。言われるままに公園に入り、そこから続く小道へと歩を進める。この小道も見覚えがあった。昨日、ウィルと少女が出会った場所へと続く道だ。
 そこには東屋くらいしかなく、その向こうは木々生い茂る山へとつながっている。そんなところに今更寄ってどうするのだろう。

 東屋が見えた時、ウィルは体内の魔力が揺らされるような感覚を味わった。覚えのある魔力反応に、これがジュエルシードのものだと気付く。
 少女が、急に立ち止まったウィルを不思議そうに見ている。
 ここで急に離れれば、今度こそ少女に不審がられるのではないかと迷う。が、強力な魔力反応を放置してはおけない。

「ごめん! すぐに戻るから、ちょっと待ってて!」

 そう言うと、ウィルは魔力の発生源へとかけ出した。


  ***


 木々の間を走るうちに、山際の木々の生えていない開けた場所に出る。そして、そこには全長十メートルを越す巨大な獣がいた。
 獣は犬に似ていた。が、肥大化してはちきれそうになっているその体躯は、犬どころか自然の生物としてはあまりに不自然。趣味の悪いシアターで公開されている、パニック映画に出てくるキメラのようだ。
 改めて探るまでもなく、先ほど感じた魔力反応は目の前の獣から発生していた。

「F4W、スティンガーレイ」
『Sir. Stinger Ray!』

 デバイスを起動。バリアジャケットを纏うと同時に、展開され右手におさまった剣型のデバイス――F4Wから三つの赤い魔力弾を放つ。
 放たれた魔力弾は全て獣の体を貫き、開かれた穴の一つからジュエルシードが見えた。淀んだ光――魔力を放っている。魔力は獣の肉体に吸収され、開いた穴を生成された新たな肉が埋めていく。ジュエルシードの魔力が獣に何らかの影響を与えているのは確実だった。
 穴が完全に消える前にとジュエルシードに狙いを定めて再び魔力弾を放つが、光る弾が自身に対する攻撃であると学習した獣は、野生の俊敏さで弾を回避する。
 遠距離からの射撃ではらちがあかぬと、ウィルは飛行魔法で地面すれすれを駆け、獣に接近する。F4Wでジュエルシード周辺を切り裂き、そこから封印のために魔力を流し込むためだ。

 五十メートルはあった獣との距離が急激に減少する。
 獣が前脚を振り上げ、ウィルを迎え撃つ。脚の攻撃範囲まではまだ少しの猶予がある――と考えたウィルの予想を裏切り、獣の脚は粘液のように溶けたかと思うと、すぐさま鋭角的な針へと形を変え、突っ込んで来るウィルめがけて伸びる。
 あわや串刺しになるかという刹那、ウィルの右脚が目にもとまらぬ速度で動く。何の予備動作もなく、予兆さえ感じさせず、カタパルトで発射されたかのように右脚が地面に向かって振り下された。
 その動きは『肉体駆動(ドライブ)』というウィルの持つ技によるものだった。そして、その動作は、ウィルの持つ異能『魔力変換資質:キネティックエネルギー』によってなされる。

 魔法は魔力素という粒子を媒介にしているだけで、れっきとした物理現象だ。プログラムによってその振る舞いを制御することで、魔力弾のように純粋な魔力として運用することもできれば、強化魔法のように実体を持つモノに影響を与えることもできる。
 そして、プログラム次第では任意の物理現象を引き起こす――炎や風、氷を作り出すことさえ可能となる。
 通常、魔力を用いて物理現象を引き起こすには、高度な修練と制御能力が必要だ。しかし、生まれつき特定の物理現象への変換を簡単に、そして効率良くおこなえる者がいる。
その才能こそが魔力変換資質。そして、ウィルの持つそれは、“魔力”の“運動エネルギー”への変換だ。
 漠然とした力ゆえに、ウィル単体では造りだした運動エネルギーを自身の体に作用させることしかできない。できることはごく単純な行為、“自らの肉体”に“ベクトルを与える”というだけ。
 ウィルはそれを使い、足の魔力を運動エネルギーに変換した。足の魔力がベクトルを持つエネルギーに変換され、足は本来筋肉によって発揮される以上の力で“発射”され、地面へと叩きつけるように振り下される。つまり、筋肉に頼らず、肉体を外力で駆動させたのだ。

 発射された足が強く強く地面を蹴り、反動で体は高く跳びあがる。触手は貫く的をなくし、ただ空気を裂くだけ。
 ウィルは体を前屈気味に傾けながら、背に構えた剣を両手で持つ。魔力を込められた剣が赤色の魔力光を纏って輝く。すぐに獣の頭上を越え背中の上に差し掛かり、そこで彼は体を宙転させながら剣を振り抜いた。
 F4Wの刀身が獣の背に振り下ろされる。自身の腕力と魔力を変換した運動エネルギー、そして飛行速度をプラスしたその一撃は獣の背をたやすく切り裂いた。
 断面からはジュエルシードが見える。もう一度背中に剣を振り下ろし――今度は斬るのではなく突きたてる――剣を錨として獣の背中に乗り、魔力を込める。

「ジュエルシード、シリアルⅠ、封印」


 巨大な獣は徐々に縮小し、最後にはただの大型の野犬の姿になった。にわかには信じがたいが、この犬がジュエルシードの魔力の影響を受けて、あの巨大な獣に変身していたのだろう。獣状態の時に背中を切り裂いたので、死にはしなくとも怪我くらいはしているかと思ったが、傷一つなかった。ウィルと目が合うと脱兎のごとく森の中へと消えて行った。
 後に残されたのは、封印されたジュエルシード。淀んだ光の代わりに透き通った淡い光を放つが、それも次第におさまり、輝きを失うと同時に地面にぽてんと落ちた。
それを拾おうと歩を進めた時、踏み込みに使った右足に痛みがはしった。

「少し変換しすぎたかな」

 肉体駆動の副作用だ。自身の体を魔力によって無理に動かすことになるため、変換して生み出すエネルギーが大きければ大きいほど、筋肉にかかる負担も大きくなる。
 接近戦において強力な能力だが、扱いづらい能力であることもまた確か。だからこそ、普段はもう一つのデバイスであるハイロゥを用いているのだが、それが使えない今はこの使い方をするしかない。
 痛みをこらえながら、ウィルはジュエルシードに近づき、拾う。

「なにはともあれ、これで一個目だな」


  ***


 もとの場所に戻ってきたウィルは、少女の姿を探す――と、すぐに見つかった。彼女は東屋の向こう側、柵のそばに立ち、風景を眺めていた。
 近づいたウィルの視界にも、少女が見ているものが飛び込んでくる。それは高台から見える、夕焼けで赤く染まった海鳴の街だ。

「あ。帰って来たんやね」

 少女は何も追求することなく、微笑んでウィルを迎える。

「これが見せたいもの?」
「はい。地図で見るだけやったら、あんまりわからんかなって思たんです。でも、こっからやと海鳴のほとんどを見渡すことができるでしょ?」

 その言葉通り、高台からは海鳴の街が一望できた。少女の言うことが本心なら、ここに来たのもウィルのためということになる。

「きみはどうして、ここまでおれによくしてくれるの?」

 ついに、ウィルはそう問いかけてしまった。
 彼女は見知らぬ人物であるウィルを治療してくれただけでなく、自分の家に泊めてくれた。ウィルが本当に返してくれるという保証もないのに、ウィルのために必要な雑貨を買ってくれた。そして、先ほど突然いなくなったのに詮索しようとしない。
 親切すぎると感じた。その好意がありがたすぎて、だからこそ反対に疑ってしまう。

 しかし、少女の顔に浮かぶのは迷いと恥じらいだった。やがて、訥々と語り始める。

「ほら、私ってこんなんでしょ?」はやては自分の足を指して言う。 「せやから、あんまり人と話すこともないし、街の方に出るのなんてほんまに久しぶりやったんです。この街って坂が多くて、一人やとあんまり遠出できへんし。す、少し……寂しかったんやと思うんです。そんで……昨日泊めてほしいって言われた時、思ったんです。助けたら、話し相手になってくれるかな、一緒に買い物に行ってくれるかな、って」

 少女の顔は真っ赤だ。善意ではなく、下心によって人を助けた自らを恥じていた。

「ごめんなさい。幻滅しましたよね」

 ウィルは少女の行動に納得がいって、安心した。と同時に、自らを深く恥じた。
 少女がどんな理由で行動したのであれ、結果的にそれでウィルは助けられた。少女は善意だけで動けなかったことを恥じているようだが、それができるのは聖人くらいだ。そんなことを恥じる必要などない。
 そんな少女に比べてウィルはどうだ。少女の優しさ、寂しさに付け入るようなことをし、これだけ世話になってなお少女を信じることもできず、裏があるのではないかと深読みし少女の善性を疑っていた。
 人を安易に信じるのは愚かだ。だが、今のウィルは賢いわけではなく、ただ小賢しいだけだ。
 たまらなく恥ずかしくなり、少女の顔を見ることができなる。ウィルは少女から視線をはずし、海鳴の景色を見ながら話し続ける。

「そんなことはないよ。きみがどんな目的で助けてくれたにせよ、それでおれが助かったのはたしかだ。意図がなんであれ、その行為の価値まで落ちるわけじゃないとおれは――」そこまで言うと、大きくかぶりを振った。伝えるべきはこれではない。恥ずかしさを押さえつけ、しっかりと少女の顔を見る。 「その……ありがとう。助けてくれて、嬉しかった」

 短い言葉に精一杯の感謝を込めて言った。
 少女の瞳には、ウィル自身の顔が映っている。そんな写像では色まではわからないはずだが、瞳の中の自らの顔は真っ赤であるように見えた。きっと夕陽のせいだけではない。
気恥ずかしさに何かを話そうとして、そういえばお互いに肝心なことをしていなかったと思い出す。

「おれの名前はウィリアム。ウィリアム・カルマン。きみの名前は?」
「そういえば、一日一緒にいたのに、自己紹介もしてなかったんやね。私ははやて。八神はやて、って言います」
「はやて、って呼んでも良い?」
「もちろん」はやては笑ってうなずく。 「じゃあ、私はウィリアムさん、かな」
「ウィルでも良いよ。友達はたいていそう呼ぶから」
「じゃあ、私たち友達?」
「ああ、その方が単なる居候や赤の他人よりはずっと良いね」言いながら、ウィルはポケットに右手を突っ込む。 「友達相手にあまり多く隠し事をするわけにはいかないな」

 引き抜いた右手をはやての前で開いた。そこには先ほど回収したジュエルシード。
 ロストロギアをポケットに無造作に突っ込んでいたわけではなく、デバイスに収納していたそれをポケットの中というはやてからは見えない場所で取り出し、右手に握り込んだのだ。

「さっき見つけたんだ。この石が、昨日言っていたおれの探し物。この街のどこかに、同じような石が後二十個ある。おれの仕事はそれら全てを回収することだ。理由や経緯を話すことはできない。でも、おれは決して悪いことをしにこの街に来たわけじゃない。それは約束する。だから、ごめん。もう少しだけきみの世話になっても良いかな」

 魔法のことは話さない。それでも、話せる限りのことを話すこと。その誠実さが、はやてに対する礼儀だと考えた。

「ええよ。友達を助けるのは当たり前やん」

 はやては笑った。昨日今日何度も見た微笑み。でも、少し違う。陰りのない、綺麗な笑みだった。


  ****


 高町なのはは駆け巡る悪寒に身を震わせた。周りを見回してみるが、リビングには兄の恭也と自分がいるだけだ。他には誰もおらず、窓も扉も空いていない。だというのに、冷たい風が吹き付けてきたような感覚があった。しばらくするとそれも消えたが、結局なんなのかわからず、心にもやもやとしたものが残る。

「どうかしたか?」

 不安げにしているなのはに気が付いた恭也が、声をかけてくる。

「えっと……お兄ちゃんは何か感じなかった?」
「感じる? 何をだ?」
「よくわからないけど、こう、胸がもやもやーってして、背筋がぞくっとするような。そんな感じがしたの」

 恭也は妹の言葉を無碍にせず、探るように周囲に警戒する。そして、何かに気づいたようにはっとした。

「わかったぞ」
「えっ!? 本当に?」
「ああ」と、うなずきながら、なのはを――その後ろを指さす。 「後ろにいるそいつが原因だ」
「え? え?」なのはは背後を振り返る。が、そこには誰もいない。 「誰もいないよ?」
「見えないのか? 青白い顔をしているじゃないか」
「えっ!? うそっ! うそだよね!?」

 恭也の言葉の意味に気づき、自分が真っ青になりながら、自らのしっぽを追いかける犬のようにぐるぐると回る。

「そんなことをしても自分の背中は見えないぞ」

 恭也はそんななのはを笑って見ながらも、あらためて周囲の気配を探る。だが、常人より優れた感覚を持つ恭也でも、なのはが感じた悪寒の正体――魔力の波には気が付けなかった。



 ユーノ・スクライアは第一管理世界ミッドチルダの次元港を訪れていた。
 第百二十二無人世界からミッドチルダへと帰還したユーノは、その場で輸送船の事故を知った。
 発掘者であるスクライアとして管理局にジュエルシードの行方の情報の開示を求めたところ、救助された輸送船の乗員の証言からそれらが第九十七管理外世界に落下したこと、そしていまだ一名が救助されていないことを知った。
 ウィリアム・カルマン――彼とはあまり話をしたわけではない。あの襲撃事件の時と、その後のジュエルシードの輸送における会議で少し会った程度だ。それでも、彼には助けてもらった恩があると思っていた。そしてそれ以上に、ジュエルシードを発掘してしまった者として自分も何かしなければ、自分にも何かできるはずだと思った。
 ユーノの行動は迅速だった。ミッドチルダの首都クラナガンに数日滞在する予定を変更し、観光に興じる他の子供たちと別行動をとって単身スクライアに帰還する。先日の襲撃事件のように仲間たちを巻き込みたくなかったから、一人でやるつもりだった。
帰還したスクライアで、大人たち相手に相談という名の説得を試みた。喧々諤々の議論の末、根負けした大人たちが許可を出したのが昨日のこと。そして、管理局から先行調査の許可が得られたのも同じ日だった。
 翌日に第九十七管理外世界の近くを通る航路の船があることを知ったユーノは、貯金を使い、足りない分は大人たちに出してもらって、当日のチケットと転送サービスを購入。船が第九十七管理外世界に最接近した時に、船の転送装置で送ってもらうことで、落下地点に行くつもりだ。

 出国審査を終えたユーノは、船に乗り込む途中で立ち止まる。ここから先は自分一人でやらなくてはならない。自分から望んだこととはいえ、いざ臨むとなると失敗した時のことが頭にうかんでくる。

『What's the problem?』

 ユーノのすぐそばで声がした。機械的なその音声を聞き、ユーノの心は少し楽になる。自分一人ではないと思いだしたからだ。
 ユーノは首からかけたペンダント――その先にある赤い宝石に触れる。

「なんでもないよ。……頼りにしてるよ、レイジングハート」
『Yes, my master』

 赤い宝石は明滅して、応えた。



  ―――邂逅編、開幕―――



(あとがき)
一話前半は旧版の一話と二話を合わせました。後半は旧版の三話です。大筋の展開はあまり変わっていませんが、描写はまるまる書き直しました。
旧版では、ウィルはある程度超然としていましたが、こっちでは若干疑り深く情けない子になっています。いろいろ露呈し始めるA’s編を並行して書いているせいかも。


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