<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.32422の一覧
[0] 【後日談完結】スタンドバイ/スタンドアローン (オリ主・再構成・復讐もの)[上光](2020/10/18 20:30)
[1] プロローグ 当世の魔法使い[上光](2016/02/27 14:37)
[2] 第1話(前編) 異世界出張[上光](2013/06/18 05:25)
[3] 第1話(後編) [上光](2013/06/18 05:25)
[4] 第2話 少年少女の事情 [上光](2012/10/28 00:01)
[5] 第3話 黒来たる[上光](2012/07/16 00:50)
[6] 第4話(前編) 袋小路[上光](2012/08/16 22:41)
[7] 第4話(後編)[上光](2012/07/09 23:13)
[8] 第5話(前編) 戦う運命[上光](2012/07/05 03:03)
[9] 第5話(後編)[上光](2014/07/26 23:37)
[10] 第6話(前編) 海鳴の長い午後 [上光](2012/07/07 00:03)
[11] 第6話(後編) [上光](2012/07/07 00:55)
[12] 第7話(前編) 子供と大人の思惑 [上光](2012/07/09 03:44)
[13] 第7話(中編)[上光](2012/07/09 03:44)
[14] 第7話(後編)[上光](2012/07/16 00:50)
[15] 第8話(前編) 愛は運命[上光](2012/07/15 23:59)
[16] 第8話(中編)[上光](2012/07/11 03:13)
[17] 第8話(後編)[上光](2012/07/11 03:40)
[18] 第9話(前編) 後始末[上光](2014/01/08 21:15)
[19] 第9話(後編)[上光](2012/10/10 04:31)
[20] エピローグ 準備完了[上光](2012/07/15 23:57)
[21] 閑話1 ツアークラナガン [上光](2012/07/16 00:18)
[22] 閑話2 ディアマイファーザー [上光](2012/07/16 00:50)
[23] 閑話3 ブルーローズ[上光](2012/07/16 00:50)
[24] プロローグ 成長~グロウナップ~[上光](2012/10/15 07:42)
[25] 第1話 予兆~オーメンレッド~ [上光](2012/08/07 18:24)
[26] 第2話(前編) 日常~エブリデイマジック~ [上光](2012/08/07 18:29)
[27] 第2話(後編)[上光](2012/08/15 15:27)
[28] 第3話(前編) 開幕~ラクリモサ~ [上光](2012/08/15 15:24)
[29] 第3話(後編)[上光](2012/08/15 15:27)
[30] 第4話(前編) 邂逅~クロスロード~ [上光](2015/12/09 00:22)
[31] 第4話(後編) [上光](2012/08/29 02:37)
[32] 第5話(前編) 激突~バトルオン~[上光](2012/09/28 00:52)
[33] 第5話(後編) [上光](2012/09/08 21:55)
[34] 第6話(前編) 舞台裏~マグニフィコ~ [上光](2020/08/26 22:43)
[35] 第6話(後編)[上光](2020/08/26 22:42)
[36] 第7話(前編) 漸近~コンタクト~[上光](2016/11/16 01:10)
[37] 第7話(後編)[上光](2014/03/05 18:54)
[38] 第8話(前編) 致命~フェイタルエラー~[上光](2015/10/05 22:52)
[39] 第8話(中編)[上光](2016/02/26 23:47)
[40] 第8話(後編)[上光](2016/11/16 01:10)
[41] 第9話(前編) 夜天~リインフォース~[上光](2016/02/27 23:18)
[42] 第9話(後編)[上光](2016/11/16 01:09)
[43] 第10話(前編) 決着~リベンジャーズウィル~[上光](2016/12/05 00:51)
[44] 第10話(後編)[上光](2016/12/31 21:37)
[45] 第1話 業[上光](2020/08/20 02:08)
[46] 第2話 冷めた料理[上光](2020/08/20 22:26)
[47] 第3話 諦めない[上光](2020/08/21 22:23)
[48] 第4話 傷つけられない強さ[上光](2020/08/22 21:51)
[49] 第5話 救済の刃[上光](2020/08/23 20:00)
[50] 第6話 さよなら[上光](2020/08/24 20:00)
[51] 第7話 永遠の炎[上光](2020/08/25 22:52)
[52] エピローグ[上光](2020/08/26 22:45)
[53] はやてED 八神家にようこそ[上光](2020/09/13 23:13)
[54] IF 墓標 ゆりかご(前編)[上光](2020/10/03 18:08)
[55] IF 墓標 ゆりかご(後編)[上光](2020/10/05 00:33)
[56] シグナムED 恩威並行[上光](2020/10/12 00:39)
[57] クアットロED 世界が彩られた日[上光](2020/10/18 20:29)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[32422] 閑話1 ツアークラナガン
Name: 上光◆2b0d4104 ID:495c16aa 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/07/16 00:18

 なのはたちの故郷である日本では、神を数える時、一柱、二柱という数え方をする。かつてその国では、神とは柱であった。
 起源は樹だったのだろう。個人の知覚には限界がある。数百年を生きる大樹の全容を空も飛べない人間が把握できるわけもなく、それを神のごときモノだと考えたとしても、さしておかしいことではない。その根源にあったのは、自身を越える存在への畏怖だったのか、それとも尊敬だったのか。
 ここに樹などとは比べ物にならないほどに、大きな柱がある。それは塔――人間が造り上げた柱だ。
 天を衝く巨大な塔を地上から見上げても、先端は雲に隠れて見えはしない。その威容はただの建築物というのを通り越し、高天原から葦原中国をかき混ぜるために下ろされた天濡矛――いや、もはや顕現した神そのものと言っても過言ではない。そのような塔が幾本もそびえ立つこの光景を見れば、たとえ文化や世界が異なる者でも、この場所に非常に大きな力が集結していることは容易に理解できる。

 ひときわ高い中央のタワー(塔)を囲む周囲の高層タワーの一室に、ウィルたちはいる。
 過度な装飾はなく、テーブルとソファが置かれているだけの極めて単純な応接室。天井に照明がついているが、外に面した壁がガラス張りになっているため、今日のように天気の良い日なら太陽の光だけでも十分すぎるほどに明るい。
 ソファには高町なのははと彼女の兄である恭也、そしてユーノが座っており、低いテーブルをはさんで反対側のソファにはゲイズ家の三人が座っていた。
 なのはとユーノは、管理局の陸士訓練校への二十日ばかりの体験入学のために、ミッドチルダにやって来た。そして恭也はつきそい――とはいえ訓練校についてくるわけではなく、ミッドチルダという世界を知るためについて来ている。
 ウィルにとっては、ミッドチルダは故郷でもある普通の世界。そして地球は平和な良い世界。二つの世界には、ともに好感を抱いている。だが、地球出身の高町家の面々も同じように思うとは限らない。後からミッドチルダの実体を知って、「こんな世界に娘を行かせたなんて!」と怒らせることになる可能性がないとはいえない。おそらくは杞憂だが、こういった後々問題になりかねないことは早めに対処しておくべきだとリンディ艦長に助言してもらったからだ。

 なのはとユーノの様子を見ると、二人は職員室に呼び出された生徒のように緊張して、身体が固まっていた。窓からの日差しが彼女らの白い肌をより一層白く輝かせるので、まるで石灰石膏でできた像のよう。日本風の言いまわしでは、“蛇に睨まれたカエル”か。その原因は目の前の(蛇ではなく)熊のような大男。管理局第一世界ミッドチルダ地上本部首都防衛隊レジアス・ゲイズ少将だ。

「先の事件では、息子が世話になった。儂からもあらためて感謝を。きみたちのような子供が、率先して行動を起こしたのは素晴らしいことだ。きみたちが生来持つ善良な気性と、良き教育によって育まれた高い道徳性を表している」

 言葉の内容とは異なり、レジアスの口から発せられる言葉の響きには相手を圧倒する重々しさがあった。
 しかも、ただでさえ迫力があるのに、今は背を丸めて身体を前に乗り出している。あまり行儀の良いことではないが、これはなのはとユーノに視線の高さを合わせるという彼なりの心づかいだ――が、その様は獲物を狙う肉食獣が跳びかかる寸前の“溜め”を想起させるものだった。横から見ると威嚇しているようにも見える。怯えるなのはは、隣に座っている恭也の服をこっそりと握りだした。
 レジアスが自分からも礼を言いたいというので連れて来たが、連れて来なかった方が良かったかもしれないと、ウィルは若干後悔した。
 だが、子としては微笑ましい光景でもある。この養父は昔から変わらない。自分より強い者にはとことん強いのに、女子供のように自分よりも弱い者には弱い――どう対応すればいいのかわかっていない。その不器用さはレジアスの対人交渉における短所だが、彼の親しい友人たちにとっては良い点らしい。その不器用さを見ると、自分たちが支えてあげなければ、と思ってしまうのだとか。いわゆるギャップ萌えだ。

 ウィルは、なおも話し続けるレジアスから視線を外し、窓の向こうの景色を眺める。その向こうには、クラナガンの街が見えた。
 人口数億のメガシティ(巨大都市)であるこのクラナガンは、第一管理世界ミッドチルダのメトロポリス(中心都市)にして、あまたの管理世界の中心となるグローバルシティ(世界都市)である。
 そして、ここは管理局の『地上本部』。建築物に高度制限が存在するクラナガンの中で、唯一その規則を破っている建築物が並ぶエリア。クラナガンの中心に位置しているこのエリアは、まさに管理世界の中心地とも言える。
 管理世界の調停者として次元の海に君臨する海の『本局』と、管理世界の守護者として次元の陸に根を張る地上の『本部』は、ともに平和を乱すものから世界を守る双璧である。

 それにしても――この高さから見下ろすと、クラナガンの数々の建築物。そのわずかな高度差や、他と差をつけるために施された装飾や色彩といった意匠も、個々というくくりから解き放たれて、一枚の茫漠とした絵画のように見える。数多くの人が携わり築き上げて来た、この街全体を使った絵画――何と贅沢な趣向だろう。初めて見たというわけでもないのに、ウィルはしばらくその光景に見惚れていた。

「それに反して海の対応はどういうことだ。きみたちの活躍は素晴らしいことだが、それは同時に現地の子供が動かなければならないほど、海の対応が遅かったという問題の表れでもある。いくら事情があるとはいえ、普段から戦力を増強しておきながら肝心な時に初動が遅れるようでは――ウィル! どこを向いている!!」
「え? 窓の外だけど。ここから見えるクラナガンの景色は良いよね」
「そうだろう、儂も時たまわけもなく眺めて……いや、今はそんなことはどうでもいい! 何を人ごとのような顔をしているか! 今回の事件での最大の問題点はお前なのだぞ! 局員であるお前がいながら民間人――あろうことか子供を戦わせおって……!」

 レジアスの言葉はもっともなものだが、ウィルもそのくらいはわかっている。わかっていてなおそのような行動をとった分、余計にたちが悪いのかもしれないが。
 だから、そんなことを言う養父につい反抗して(甘えて?)みたくなった。

「二人とも自分から志願してきたんだし……それに、結果的には一番効率が良い方法だったと思うよ」
「ええい!! 海かあの男かは知らんが、そんな効率主義に汚染されおって! 守るべき市民を駒のように扱うとはどういう了見だ! お前も局員である以上、一人の男として――」
「お前お前って、息子の名前くらいちゃんと呼ぼうよ」
「はなしをそらすな!!」
「レジアス少将、ウィリアム三尉。客人の前です、言い争いなら外でやってください。扉と窓、どちらかを開けましょうか?」

 口論を続けようとするレジアスを、オーリスの氷のような声がとどめる。それで二人とも口を閉じた。ゲイズ家ではいつもの光景。ウィルが馬鹿なことを言って、レジアスが怒り、オーリスが仲裁する。喧嘩というほどではない。だいたい、ウィルが馬鹿な発言をする場合はほとんど本心からのことではなく、保護者に叱られたいという甘えから来るもの。なんだかんだで親が恋しいのからであって、決して歪んだ性癖を持っているからではない。
 それはともかく、ここにはやてがいない――来れなかったことが残念だ。彼女がゲイズ家の一員になっていれば、どんな役割を担うことになったのかと、ウィルはなくなった未来に思いを馳せた。


  *


 レジアスとの話しを終えた一行は、地上本部の前のターミナルで、ウィルと同じく本日はオフのクロノと合流し、レールウェイ(鉄道)に乗りこむ。クラナガンは地球に比べると自家用車の所有率が低く、そのかわりにこのような公共交通が発達している。
 車両は地上本部から離れ、企業ビルの立ち並ぶエリアを抜けて商業エリアへと向かう。
 予定では、これからなのはとユーノが必要となる雑貨を買いに行き、それから観光。適当な時間になったら食事でもして、予約しておいたホテルまで送り届ける。明日になればなのはとユーノをミッドチルダ北部の訓練校に送り届け、恭也は適当に観光を続けてから、一足先に地球に帰ることになっている。

 商業エリアは大勢の人であふれていた。管理局は管理世界最大の規模と人員を誇る組織。そのお膝元となれば、管理世界中から人が集まってくるため、人口も増加の一途をたどっている。人の多さに驚いたのか、なのははきょろきょろと周囲を見回していた。その姿は小動物を連想させ、変身したユーノよりもなのはの方がずっとフェレットのようだと、思わずほほえましくなる。
 購入した商品をなのはたちが宿泊する予定のホテルに送ると、一行は休憩のために喫茶店に立ち寄った。ハーフデイという名前の、ウィルがひいきにしている店。少々変わってはいるが、味はオーソドックスで悪くない。ただ、海鳴の翠屋を経験した後だと、少し物足りない。
 店に入ると、店がデイタイムとミッドナイトの二つに分かれている。ウィルは迷わずデイタイムの方に進んだ。その先は屋外――テラス席になっている。席は通りのすぐそばのため、人の話声、歩く足音、店が客を呼ぶために流すコマーシャルといった、街の音がよく聞こえる。まったく関係のない個々の音が連なり、小気味よさと壮大さを併せ持った一つの曲のようだ。
 テーブルから投影されたホロ・ディスプレイにメニューが表示される。「適当で良いよね?」と残りの四人に聞いて、五人分のドリンクを頼んだ。

「やっぱり外は良いな」

 席に着いたクロノは、両手をあげて背を伸ばすという、珍しくくつろいだ姿を見せた。
 その隣に座ったユーノも同じような動作をしながら相槌を打つ。

「ほんとに……太陽の光は良いよね。本局も悪いところじゃないんだけど……」
「お日さまがないの?」本局を知らないなのはは首をかしげる。

 ユーノはうなずく。管理局の本局は次元空間に浮かぶ大きな船で、非常に大きな時の庭園のようなもの。次元空間に恒星どころか星一つすらないので、当然昼夜は存在しない。

「おかげで最初の頃は時間の感覚がおかしくなっちゃって……クロノには何回も迷惑をかけたよ」
「本局に来たばかりの頃はみんなそうなる。ユーノはミッド出身だからまだましな方だ。それ以外の管理世界の者だと、一日の長さが違うから、体調を崩してしまうことだってある」

 時間の感覚がわからない――というのは、海に勤めている者の多くが経験している問題だ。常に変わらない人工の光の下、時計の数値だけではなかなか実感はともなわず、次第に体内時計とのずれが大きくなる者もいる。
 さらに、管理世界ごとに時刻系(時間の数え方)は異なる。そのための基準となる自転周期が、惑星(管理世界)ごとに異なっているからだ。管理局では、管理局発祥の地にして各管理世界の中心地たる第一管理世界ミッドチルダの時刻系を標準時間として用いているが、そのためミッドチルダ以外の世界から来た者はなかなか馴染むことができず、ひどい時にはカウンセリングを受けることもある。
 人間はそう簡単に、自分たちを生み出した大地の重さを忘れることはできない。

 ウィルはそんなことよりも、クロノとユーノが気になっていた。あの礼儀正しいユーノがクロノのことを呼び捨てで呼んでいるところを見ると、二人はずいぶん仲良くなっているようだ。少しうらやましい。
 恭也の方に視線を移すと、空中に投影されたホロ・ディスレイの広告を不思議そうに眺めていた。
 なのはたちちびっこ三人は彼らで話す形になったため、余りもの同士、ウィルは恭也に声をかける。

「恭也さんの目から見て、この街はどうですか?」
「もっと魔法が飛び交うような幻想的な街を想像していたが、まったくの逆だったな。SFに出てくる未来都市のようだ。そういえば、空を飛んでいるやつはいないんだな。せっかく空を飛べるなら、歩かずに飛びそうなものだが」
「街中での魔法行使――特に飛行魔法は原則的に禁じられていますからね。それに魔法の素養がある者は全人口の三割以下ですから、魔導師が隣でばかすか魔法を使っていたら非魔導師が怖がります」

 気軽に言ったウィルの言葉に反応して、恭也は怪訝そうな顔をする。

「そんなに少ないのか……それでうまくいくものなのか? 俺はユーノやウィルを怖いとは思わないが、まったくの知らない他人まで無条件に信頼できるわけじゃない。人並み外れた力を持つ者を社会が受け入れるのは、容易ではないはずだ。しかも、この世界では銃のような武器は、質量兵器と呼ばれて持てないようになっているんだよな? まったく対抗する手段がないのなら、余計に……」

 質量兵器とは、魔法を動力とせずに動作する兵器のこと。銃やミサイルを始めとして、地球上に存在するほぼ全ての兵器はこれに該当する。
 かつてベルカという世界が、ミッドチルダをはじめとする多くの世界を支配していた時代があり、最終的に質量兵器によって一度崩壊寸前に陥った。その爪痕は大きく、現在の管理局の統治下にいたるまで、当時のベルカの影響を受けている世界では質量兵器の所有は禁止されている。
 だがそれは、非魔導師は魔導師に対抗する手段が持てないということでもある。

 魔導師は並の人間よりもはるかに強い。たとえ法で守られていると言っても、自分が抗う術がない強者が傍にいれば嫉妬や羨望――なにより恐れが生まれる。
 もちろん、どれだけ立場や風習、種族が違おうが、個人は互いに受け入れ合うことができる。だが、社会というステージでは、異なる者同士が受け入れ合うことは難しくなる。
 一月に満たない期間とはいえ、妹を送り出す兄の立場からすると、魔導師の社会的立場が気になるのも仕方ない。
 しかし、恭也の懸念は杞憂でもある。ミッドチルダでは、今のところ魔導師もそうでない者も仲良くやっている。単にミッドチルダの市民が善良だから、などという理由ではなく、裏には管理局の思惑が絡んでいるのだが。

「至言ですね。たしかに、おれたち魔導師は潜在的に危険な存在です。高ランク魔導師――たとえばクロノが怒り狂って魔法を使いだしたら、管理局に鎮圧されるまでの間に周囲百メートル以上を廃墟にすることだってできます」
「誰がそんなことするか」

 なのはたちと話しながらも、クロノはつっこみをいれてくる。

「怒るなよ。あくまでたとえだから。……だから管理局は両者を融和させるためにいろいろやってきました。たとえば、魔法の非殺傷設定もその一つです。恭也さんには管理世界のことを知ってもらうために来たんですから、少し、そのあたりのことを説明しましょうか」

 注文の品が届く。赤と青の比重の異なる液体によるカクテル。ミッドチルダでも未成年の飲酒は禁止されているのでノンアルコールだ。ウィルとクロノは士官学校を出た時点で成人と認められているが、飲酒や喫煙は本来の成人年齢である十五歳になるまでは許可されていない。
 ウィルは二色の液体がまざらないように丁寧に、グラスを自分の方に引きよせた。


  **


 話をしようとして、なのはたちも会話をやめてウィルの方に向いていることに気付く。なのはにも関係のあることだと考え、恭也の方に向いていた体を全員に向けなおしてから語り始めた。

「管理世界では『ミッド式』と呼ばれる魔法体系が主流となっていますが、かつては今ほど普及しておらず、ベルカ式と呼ばれる魔法体系の後塵を拝していました。それが現在のように主流派になったのは、黎明期の管理局――まだ本局も存在せず、ミッドチルダを本拠地としていた頃です――が正式採用し始めたからです。その後、管理局が巨大な組織になるにつれ管理世界全体に広まっていき、今では魔導師の八割がミッド式の使い手となっています……合っているよな?」

 クロノの方を向き確認をとる。ウィルが士官学校で学んだ五年前は八割だったが、データは日々変動している。特に、近年ではウィルのベルカ式のように、他の魔法体系をミッド式でエミュレートした亜流の使い手が増加している。このエミュレート技術は十年ほど前から実用化が始まり、他の体系の魔法だけでなくミッド式の魔法プログラムにも適応しているため、急速に増加している。
 ちなむにウィルの持っている片刃剣型デバイス『F4W』はその初期に製造されたものだ。
 エミュレートされた魔法は純粋なミッド式ではないということで、亜流。もしくは近代○○式――ウィルの場合はベルカ式をエミュレートしているので、『近代ベルカ式』――と呼ばれる。

「昨年度の統計では、純粋なミッド式の魔導師は六十八パーセント。亜流の魔導師が十五パーセント。計八十三パーセントがミッド式の魔導師だな。もっとも、公的機関に登録されている魔導師のみが対象なので、実際には多少のぶれはあるが――」
「ありがとう。ではなぜ管理局がミッド式を使い始めたのかといえば、ミッド式には『非殺傷設定』があったからです。なのはちゃん、非殺傷設定について、説明できる?」
「ええっ!? ……で、できます……多分。でも、どうしてわたしが?」いきなり話をふられて、驚くなのは。
「抜き打ちテストみたいなものだよ。おれたちが帰ってからも、魔法について勉強していたんだろ?」

 なのはがここ数ヶ月、魔法の勉強を続けていたことは、定期的な監察をおこなっていたクロノから聞いていた。
 なのははつっかえながらも、恭也に向かって説明していく。

「魔法で魔力だけを攻撃……じゃなくって、魔力以外のものに影響をしない技術のことなの。だから、魔力をもたない人とか物に当たっても大丈夫で、魔力を持っている魔導師が相手でも、体を傷つけたりはしないの。ミッド式だと魔導師が自分でやめないかぎり、非殺傷設定になるようになって……」
「それは便利だな」

 恭也が感心したような声をあげるが、なのはは首を横に振った。

「でも絶対大丈夫ってわけじゃなくて、魔法の種類とか、デバイスの性能とか……あと、プログラムに無駄があったり、魔導師の魔法構築がしっかりしていなかったら非殺傷の効果は下がっちゃうの。……わたしがフェイトちゃんにやったみたいに」

 説明しているうちに、なのはの表情に陰りが生まれる。フェイトを傷つけたことは、いまだ彼女の心に影を落としているようだ。クロノとユーノから非難がましい視線が送られる。まだ気にしているとは思ってなかったんだよ――と言い訳を視線に乗せると、何事もなかったかのように「よくできました」ぱちぱちと拍手を送る。

「非殺傷とよく似た行為は、他の魔法体系でも可能です。しかし、ミッド式はそれらの中で、最も非殺傷に向いているんです。このジュースの上半分の赤が肉体、下半分の青が魔力だとすると、ミッド式は――」

 ウィルは自分の目の前のドリンクを指さす。まだ手をつけられていないそのグラスの中には、赤と青の二色の液体が上下に綺麗に分かれている。グラスには一本のストロー。
 ウィルはストローに口をつけ、吸いこむ。グラスの一番下まで届いているストローは、青い液体のみをウィルの口へと運ぶ。

「上の赤――肉体にはほとんど影響せずに、青い液体――魔力だけを吸うことができます。
 一方、他の魔法だと――」

 そう言ってウィルはクロノの前に置かれたカクテルを引き寄せる――が、ウィルの腕をクロノが掴んだため、その動作は途中で止まる。

「昼間から情熱的だな。服にしわができるから離してくれないか?」
「なら先にグラスから手を離せ。それは僕のだ」

 仕方ないな。それじゃあ、クロノが飲んでくれ――なんで僕が、と言いながらもクロノはウィルに言われた通りにカクテルを飲む。ただし、ストローを少し上に引き上げて、その先端の位置を赤と青の境界の近くにして吸った。そのため――

「混ざったな」

 恭也がつぶやいた通り、青を吸ったことで、赤と青の液体が混ざってしまっていた。

「こんな風に肉体に与える影響が大きいんです。もっとも――」

 ウィルは自分のグラスを指さす。クロノのものほどではないが、赤と青の境界は揺らぎ、わずかに混ざっている。

「このように、ミッド式でもわずかに影響はあります。ゆっくり吸ったのでこの程度ですが、勢い良く吸うほど――つまり強い魔法になるほど、肉体への影響は大きくなります。とはいえ、一般的な魔力の魔導師が、教科書通りに魔法を行使するだけであれば、めったに危険なことにはなりません。次元世界の平和をお題目に掲げている管理局にとっては、なるべく傷つけることなく相手を制する力は、まさに管理局の象徴として最適だったんですよ」

 管理局法では、非殺傷設定を用いない犯罪者に対しての刑罰は重い。また、管理局も各管理世界の政府にも、同様の方針にするように働きかけている。その甲斐あって今日では、犯罪者でも“凶悪”と修飾されるような者でなければ、非殺傷設定であることが多い。一種の紳士協定のようなものだとも言える。

「でも、ウィルさんはベルカ式ですよね? どうしてですか?」

 理由を訊くユーノに、ウィルは論点をすり替えて答える。

「管理局も今はいろんな世界から人員を募っているから、ミッド式でなければ駄目だなんてことはないよ。管理局も本音はミッド式の方が良いんだろうけど、ミッド式でないと管理局に入れないなんて言えるほど人員に余裕もないからね。ミッドチルダ北部の、ベルカ自治領出身の局員はほとんどベルカ式だよ。
 だけどその代わりに、手加減のための訓練時間はミッド式の魔導師より多くとる必要がある。おれは人間相手なら刃を返して峰で叩いているけど、それだけでは手加減にはならないからね。こう見えても、相手のバリアジャケットの強度を観察したり、速度や剣速を調節して物理ダメージを抑えたり……意外と気を使わなきゃならないことが多いんだよ」
「道理だな。たとえ木の棒でも、あたりどころが悪ければ命にかかわる」恭也がうなずく。
「毎回刃を返すなら、最初から鈍器型デバイスにしておけば良かったんじゃないか?」クロノは笑って茶化す。
「うるせえ、こっちの方が役に立つ時もあるから良いんだよ」ウィルはおもわずクロノに言い返し、軽く咳をして仕切り直す。 「失礼しました……管理局は魔法といえばミッド式、非殺傷はあって当たり前という土壌を作り出し、同時に非魔導師に熱心に伝えてきました――魔法は決して危険な力ではない、非殺傷であればたとえ当たったところで一般人は怪我しない、だから魔導師も危険ではないんだ――と。……時々、道理をわきまえない若い魔導師が街中で喧嘩をすることもありますけど。
 現在ミッドチルダで魔導師と非魔導師の間に軋轢があまりないのは、百年以上にわたる管理局の地道な活動と、プロパガンダのたまものなんです。まぁ、それでも反魔導師的な意見はたまに出ますが」

 ウィルやクロノが士官学校に入学した時、“幼児期からの魔法教育は子供を歪める”という考えが、世間をにぎわせていたことがあった。
 魔法学校のように魔法が使えない者がいない状況での集団行動。それが子供に歪んだ選民思想を植え付けるのではないか、というのがその中心。そこに、数理系を中心とした教育(魔法はプログラムであるため、そういった分野の勉強は必須だ)は感受性の成長を妨げるだのなんだのといった俗説が混じり、肯定派と否定派、そして面白おかしく取り上げた一部の大衆紙と沈静化させたい管理局広報部が入り乱れて、それなりの騒ぎになっていた。
 その説の信憑性がどの程度のものだったのかは知らないが、持たざる者は持つ者を羨み妬み、持つ者は持たざる者を蔑むのは、ごく一般的な思考であり、両者の間に反発が起きない方がおかしい。

「なるほど。魔導師以外に武器――質量兵器を持たせないのも、それに関係があるのか?」
「はい。先ほどの話の続きになりますが」ウィルはため息をつくように語る。 「非殺傷は魔導師以外には通用しません。魔力を持っていませんから。もし非魔導師が質量兵器を持って魔導師を攻撃してきた場合、バインドのような捕獲系の魔法か――さもなければ、非殺傷を解いて攻撃するしかありません。質量兵器は威力こそ高いですが、バリアジャケットのように身を守る装備はほとんどないので、ちょっとした魔法でも簡単に致命傷になってしまいます。武器を持っているとはいえ、魔導師が非魔導師を傷つければ、両者の間に隔たりが出るかもしれない……という精神的な理由が一つ。
 もう一つは物理的なもので、魔導師の保護です。個人が携帯できる程度の質量兵器でも、Bランク以下の中級魔導師を殺傷するには十分な威力を持っています」
「魔導師の減少はロストロギアへの対応力の低下にもつながります」クロノがウィルの後を引き継ぎながら語る。 「ジュエルシードを例にあげますが、封印するだけならば機械でも可能です。その意味では、ジュエルシードを抑えるために魔導師は必須ではありません。しかし、実際には暴走体の発生や思念による暴走など、想定外の事態がいくつもありました。このように予想の範疇をこえる事態がおこるのは、ジュエルシードだけではありません。未知の技術のかたまりであるロストロギアの対処は、むしろ想定通りにいくことの方が少ない。
 将来的に技術が発展すれば状況は変わると思われますが、現在はまだ機械よりも人間の方が、状況に応じて臨機応変に対応する能力は高いです。魔導師たちを簡単に失うような環境を作り出すわけにはいきません」

 なのはのように例外が存在するが、魔導師も血統による要素が大きい。魔導師が死ねば、人口における魔導師の割合はさらに減少することになる。そうなれば今まで以上の人出不足になることは目に見えている。

「なるほど。質量兵器を使われると、ロストロギアに対処できる人員である魔導士が、死ぬような事態がおこりやすい。だから、魔導士を簡単に殺せる質量兵器は禁止しなければならない、ということか」
「管理局も一枚岩ではありませんから、質量兵器に対する考え方も、所属や派閥ごとにわかれていますけどね。管理世界の中には、治安維持のために質量兵器を導入している国家もあります。うちの親父は質量兵器には反対していますが、魔導師には依存しない魔導兵器の導入には肯定的です。もっとも本意ではないみたいで、海がもっと地上に戦力と予算を回してくれれば、それで問題は解決するのにと、愚痴をこぼしていますよ」
「本局でも、レジアス少将の話はよく聞くよ」語るクロノの表情は険しい。 「だが、そこまで戦力を増強する必要はあるのか? ミッドチルダにも首都防衛隊以外に、本局から出向している本局武装隊がいる。それでは手が足りないのか?」
「今はまだそれほどでもないけれど、管理世界の増加に従って、ミッドチルダへの移民は増加の一途をたどっていて、治安も除々に悪くなっている。親父としては早めに対策をとっておきたいんだと思う。
 それに、戦力の問題だけじゃない。派遣ではなくて、その世界に長期間駐留させる。もしくは、もともとその世界の住人を育てることで、世界に対する愛着――いわゆる愛国心を持たせるという精神的な目的もあるんだ。本局は他世界にたびたび介入するから、自分たちをどの世界にも所属しない、中立者としているみたいだろ?」
「たしかにそういう傾向はあるな」
「親父は海のその姿勢を危惧しているんだ。自分がしっかりと立って住むべき大地、故郷を実感できないというのは、いろいろと悪い影響を及ぼしている。オーリス姉さんに聞いたことがあるんだけど、本局からミッドチルダに出向している本局武装隊の魔導師は、事件を解決するさいに住民との間に問題を起こす割合が、首都防衛隊よりも高いらしい。どうやら、その地に住んでいる人の気持ちを考えるよりも、問題の解決を優先する姿勢が、その原因だ。派遣されている彼らには、ミッドチルダに対する愛着がないんだよ……って言うのは、さすがに言いすぎかな。本局武装隊のみなさんごめんなさい。
 親父はこういうのがずいぶん気に入らないみたいでね。たびたび本局武装隊に文句を言っているらしい。おれもさっき、PT事件でなのはちゃんとユーノ君に手伝わせたことで怒られたんだけど、これも問題の根っこは同じだな」

 レジアスは地上のことだけを考えているわけではない。このような問題は海にとってもよくないことだと、レジアスはウィルに語った。問題の解決が優先という姿勢は、問題さえ解決できればそれで良いという極論に繋がっている。個人ではそこまでの極論を持つ者はそうはいないが、集団で行動する際には、人々の意識はよりわかりやすく、片寄った方向に流れやすい。
 そして、ウィルが例にあげた事態は、管理局が治安維持だけでなく行政をも司る数少ない都市、クラナガンだからこそ、この程度の問題ですんでいる。
 他の管理世界ではこうはいかないだろう。多くの世界に介入する本局の人間が、問題にばかり目がいき、管理世界のことを考えないようになれば、管理世界は本局――ひいては管理局そのものを信用しなくなってしまう。

 クロノは腕を組んで、しばらく考えてから口を開いた。

「なるほど。僕もミッドチルダに父方の家が、ファストラウム(第四世界)に母方の家があるが、本局での暮らしが長かったから、両方とも故郷という感覚は薄いな。それに、僕は必要とあれば、ある程度危険な作戦をとることができるだろう。必要だからといって、人様の世界を危ない目にさらしてのうのうとしているのは、たしかに異常かもしれない。だが、フットワークの軽さと、管理世界全てに対する中立性は、管理局の長所でもある。局員がその世界に強い愛着を持つのは、治安維持の面では良いことかもしれないが、その特徴を両方ともなくすことになる。それに、特定の団体と癒着する可能性も高くなる。手放しでは賛成できないな。
 少将のいうことは間違っていないとは思うが、一般局員に対する講習や、士官への教育といった形で、本局側で対策をとる方が良い」
「……それはわかるけど、四十超えるうちの親父よりも、クロノの方が長期的な視点で話しているってのは複雑な気分だな。ご老人みたいだ」
「年寄臭くて悪かったな!」

 二人は話を続ける。その光景を見る恭也は、放っておかれたことに一抹の寂しさを感じると同時に、少し頼もしい気持ちになった。
 どこの世界も問題はあるかもしれない。だが、自分より年下の子供たちが、真剣に世界の問題を考えている。それだけで、この世界は大丈夫ではないかと、そう思えた。


  ***


「なに話してるのか、全然わかんない」

 魔法の説明のあたりはまだ知識があるため理解できていたのだが、社会的な話になってしまうと、長い長いモラトリアム坂を登り始めたばかりのなのはにはわからないことが多くなってしまった。
 ユーノも同様だ。年齢に比すれば博識ではあるが、子供のころから発掘をなりわいとする一族という、世俗とは離れた場所で育ってきたので、なのはほどではないが社会的な話題には疎い。
 そんな二人は、なんとはなしに明日から通う訓練校の手引きを読んでいた。小難しい頁は飛ばして、わかりやすいところを読んで行く。

「この制服大人っぽくてかっこいいかも! こういうお洋服、一度来てみたかったんだぁ」

 なのはは訓練校の制服のデザインを見て、喜色満面の笑みをうかべる。
 制服は一般的な管理局の制服と同じデザインのスーツ。陸士と同じ茶地(色は少し薄い)で、上は男女ともに意匠に差はなく、下は男性がスラックス、女性はタイトなスカートとなっている。

「僕もこういうのは着たことがないなぁ」
「ユーノ君なら、きっと似合うと思うよ――」

 次の頁を見たなのはは、うえっと喉が潰れたような声を出した。
 その画面には訓練のスケジュールが記載されている。そして、なのはがぷるぷると指差す先には、早朝からの『ランニング(10キロメートル)』を始めとする様々な訓練が記されていた。魔法を用いるものばかりではなく、肉体を鍛えるメニューも多く、その割合は半々といったところだ。
 それを見て、ユーノも少し顔をしかめた。

「ちょっときついね。最近ずっと本局にいたから、なまっているかも」
「ちょっと!? ちょっとって距離じゃないよ! ユーノ君は走れるの!?」
「うん。物心のついたころから、大人たちのフィールドワークについて行ってたから、歩いたり走ったりは結構得意だよ。なのははそんなに走るが苦手だった?」
「……一キロだって走れるかわからないよぅ。ハンデとして、ユーノ君はフェレットで走ってくれないかな」
「ごめん。それはさすがに……」

 これからの二十日間の地獄のような日々を想像して、生命力を奪われたかのようにぐったりとしたなのはは、ドリンクでも飲んで気を取り直そうとする。しかしグラスの中身が空っぽだったことに気付いて、風船から空気が漏れる音のようなため息を吐いて、さらにぐったりする。平常なら三日月のごとき円弧を描くツインテールも、雨が三日降り続いた後の稲穂のようにしおれて垂れている。
 そんななのはを気づかい、ユーノは自分のグラスを渡す。ありがとうと礼を言い、まだ半分ほど中身が残っているドリンクを受け取り、ストローにふと口をつける直前に、ふと気付く。これはいわゆる間接キスというものではないのだろうかと。

 なのはの動悸が激しくなる。
 ――どうしよう、今からでもやっぱりいいと返すべきだろうか。ちゃんと理由を述べて返せば失礼には、いやでも意識しているってわかるのも恥ずかしい。別にユーノを意識しているわけではなくって、男女の間には節度というものがあるというだけで。
さらに動悸が激しくなる。
 ――そもそもユーノは気にしていないのだろうか? うっかり渡してしまっただけで、後から気付いて恥ずかしそうにしているなら、何とかうやむやになるかも。

 期待を込めてユーノを見ると、なかなか飲もうとしないなのはを不思議そうに見ていただけで、なのはの優れた観察力でも、その顔から照れを発見することはできなかった。
 ちなみに、なのはが知らないだけなのだが、回し飲みが当たり前のスクライアで暮らしていたユーノには、間接キスという概念自体がない。
 いよいよ進退極まったなのはがおずおずとストローに口をつけようとした時、

「ごめん、おれたちだけで会話しちゃったね。つい熱中しちゃって――」

 ウィルたちがこちらにも話しかけてきたので、ユーノの意識もウィルたちに向いた。なのははこっそりと、グラスをテーブルに戻し、ほっとため息をついた。

「席も混み始めたし、そろそろ出ようか」ウィルは立ち上がりかけるが、ユーノを見てもう一度座り直す。 「そういえば、ユーノ君に頼みたいことがあるんだ」
「なんでしょう?」

 提案を聞いたユーノは、複雑そうな顔になる。

「それはちょっと……違和感があります。ウィルさんは年上ですし」
「クロノには普通にしていたじゃないか」
「クロノは……あんまり年上って気がしませんから……ほら、身長とか」
「おい」クロノのこめかみがぴくりと動く。
「こら、本人も気にしているんだから、そういうことを言っちゃ駄目だよ」
「どの口でそんなことを言うんだ」クロノ怒る。
「わかりました……わ、わかったよ、ウィル。こんな感じで良いん……良いかな?」

 上出来! と、ウィルは指を鳴らし、右手をユーノに差し出した。

「これからもよろしく、ユーノ」


  ****


 それからなにごともなく――とはいかず、まずクラナガンを観光中に魔導師同士の喧嘩にはち合わせた。両者ともに低級の魔導師だったが、それを素手で制した恭也は魔導師だと勘違いされ、非魔導師だとわかると今度は取材を受けることになったりと、一日だけでも様々な出来事があった。
 訓練校では、サイズの合う制服がなかったために結局私服になってなのはが落ち込んだり、走っている途中でランナーズハイを起こして意外と訓練って楽しいかもと思い込み始めたり、最終日には二人を誘うために首都防衛隊(陸)と本局武装隊(海)の双方からスカウトが来て両者の間で喧嘩が発生したりと、彼女たちのミッドチルダ滞在は、なにごと満載で過ぎていった。

 そして八月の終わり、ユーノと別れて地球へと戻ったなのはは、手のつけていなかった宿題の山を見て絶望した。



(あとがき)
時系列は、幕間一:八月初旬、二:五月中旬、三:五月下旬 となっています。
今回は妄想設定多めでお送りしました。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.026240110397339