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No.32422の一覧
[0] 【後日談完結】スタンドバイ/スタンドアローン (オリ主・再構成・復讐もの)[上光](2020/10/18 20:30)
[1] プロローグ 当世の魔法使い[上光](2016/02/27 14:37)
[2] 第1話(前編) 異世界出張[上光](2013/06/18 05:25)
[3] 第1話(後編) [上光](2013/06/18 05:25)
[4] 第2話 少年少女の事情 [上光](2012/10/28 00:01)
[5] 第3話 黒来たる[上光](2012/07/16 00:50)
[6] 第4話(前編) 袋小路[上光](2012/08/16 22:41)
[7] 第4話(後編)[上光](2012/07/09 23:13)
[8] 第5話(前編) 戦う運命[上光](2012/07/05 03:03)
[9] 第5話(後編)[上光](2014/07/26 23:37)
[10] 第6話(前編) 海鳴の長い午後 [上光](2012/07/07 00:03)
[11] 第6話(後編) [上光](2012/07/07 00:55)
[12] 第7話(前編) 子供と大人の思惑 [上光](2012/07/09 03:44)
[13] 第7話(中編)[上光](2012/07/09 03:44)
[14] 第7話(後編)[上光](2012/07/16 00:50)
[15] 第8話(前編) 愛は運命[上光](2012/07/15 23:59)
[16] 第8話(中編)[上光](2012/07/11 03:13)
[17] 第8話(後編)[上光](2012/07/11 03:40)
[18] 第9話(前編) 後始末[上光](2014/01/08 21:15)
[19] 第9話(後編)[上光](2012/10/10 04:31)
[20] エピローグ 準備完了[上光](2012/07/15 23:57)
[21] 閑話1 ツアークラナガン [上光](2012/07/16 00:18)
[22] 閑話2 ディアマイファーザー [上光](2012/07/16 00:50)
[23] 閑話3 ブルーローズ[上光](2012/07/16 00:50)
[24] プロローグ 成長~グロウナップ~[上光](2012/10/15 07:42)
[25] 第1話 予兆~オーメンレッド~ [上光](2012/08/07 18:24)
[26] 第2話(前編) 日常~エブリデイマジック~ [上光](2012/08/07 18:29)
[27] 第2話(後編)[上光](2012/08/15 15:27)
[28] 第3話(前編) 開幕~ラクリモサ~ [上光](2012/08/15 15:24)
[29] 第3話(後編)[上光](2012/08/15 15:27)
[30] 第4話(前編) 邂逅~クロスロード~ [上光](2015/12/09 00:22)
[31] 第4話(後編) [上光](2012/08/29 02:37)
[32] 第5話(前編) 激突~バトルオン~[上光](2012/09/28 00:52)
[33] 第5話(後編) [上光](2012/09/08 21:55)
[34] 第6話(前編) 舞台裏~マグニフィコ~ [上光](2020/08/26 22:43)
[35] 第6話(後編)[上光](2020/08/26 22:42)
[36] 第7話(前編) 漸近~コンタクト~[上光](2016/11/16 01:10)
[37] 第7話(後編)[上光](2014/03/05 18:54)
[38] 第8話(前編) 致命~フェイタルエラー~[上光](2015/10/05 22:52)
[39] 第8話(中編)[上光](2016/02/26 23:47)
[40] 第8話(後編)[上光](2016/11/16 01:10)
[41] 第9話(前編) 夜天~リインフォース~[上光](2016/02/27 23:18)
[42] 第9話(後編)[上光](2016/11/16 01:09)
[43] 第10話(前編) 決着~リベンジャーズウィル~[上光](2016/12/05 00:51)
[44] 第10話(後編)[上光](2016/12/31 21:37)
[45] 第1話 業[上光](2020/08/20 02:08)
[46] 第2話 冷めた料理[上光](2020/08/20 22:26)
[47] 第3話 諦めない[上光](2020/08/21 22:23)
[48] 第4話 傷つけられない強さ[上光](2020/08/22 21:51)
[49] 第5話 救済の刃[上光](2020/08/23 20:00)
[50] 第6話 さよなら[上光](2020/08/24 20:00)
[51] 第7話 永遠の炎[上光](2020/08/25 22:52)
[52] エピローグ[上光](2020/08/26 22:45)
[53] はやてED 八神家にようこそ[上光](2020/09/13 23:13)
[54] IF 墓標 ゆりかご(前編)[上光](2020/10/03 18:08)
[55] IF 墓標 ゆりかご(後編)[上光](2020/10/05 00:33)
[56] シグナムED 恩威並行[上光](2020/10/12 00:39)
[57] クアットロED 世界が彩られた日[上光](2020/10/18 20:29)
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[32422] エピローグ 準備完了
Name: 上光◆2b0d4104 ID:495c16aa 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/07/15 23:57

 第一管理世界ミッドチルダの中心都市クラナガン。その高級住宅街の一軒家のリビングでは、一人の女性がまどろんでいた。
 彼女の名はオーリス・ゲイズ、十八才。
 ウィリアム・カルマンの義姉にして、時空管理局地上本部の“若き才媛”とも、“クールビューティー”とも称される女性だ。

 事務的な物腰と、女性にしては少し低い声。魔法の素質はないため戦闘能力は皆無だが、士官学校を出ているだけはあって、運動能力は一般人よりもずっと高い。適度に鍛えられた体は均整のとれたプロポーションを維持しており、亡くなった母親譲りの理知的な顔には、必要以上の感情がうかぶことはめったにない。少なくとも公人としてふるまう時は。
 学生時代から愛用しているフォックス型の眼鏡は、切れ長の目と相乗して見る者に鋭敏な印象を与えている。さらに、メタリックフレームの金属質な冷たさが視線の威圧感を増している。気の弱い者なら、彼女と目が合うだけですくんでしまう。
 ともすれば冷たいと思われる外見的印象とは裏腹に、周囲の者たちを気にかけ、よく面倒をみるため、彼女を慕う者や頼る者も多い。
 これで所作に女性的な艶があれば完璧なのだが、残念なことに艶どころか媚すらない。過去には愛嬌がないと責める者もいた。

 しかし、彼女の父のレジアス・ゲイズ少将はミッドチルダ地上本部の重鎮だ。その娘である彼女に、単に気に入らないと言うだけで言いがかりをつける勇気のあるものはそれほど多くはない。
 それほどにレジアスは怖い。権力者だからとか、最近黒い噂があるとか、そういう問題ではない。局員の多くは朝礼などで生レジアスを見たことがあるが、彼の顔は他人に緊張を強いる――いわゆるいかつい顔をしている。身長は百八十を越え、齢四十を越えてなお熊のような体格を維持している。非魔導師だからとなめていると魔法を唱える前にラリアットでふき飛ばされそうだ。視線の威圧は、たとえ気の強いものでもすくませてしまうほど。以前陸士のナカジマ三佐と殴り合いの喧嘩をして、両者ともに一階級落とされたなど、武勇伝っぽいエピソードも多数あり――これではオーリスではなくレジアスの紹介になってしまうので、閑話休題。

 彼女の義理の弟は、「姉さんって、女版クロノみたいだよね」と言って、オーリスを本気で怒らせたことがあるが、だいたいそんな人物だ。


 そんな彼女も恋愛関係が悩みの種だ。
 職場で同年代の娘たちが色恋の話をするのは、よくあることだ。一日に一回は必ずある、定番の話題。出会いが少ないとか、周囲にいい男がいないとか、最近相方が冷たいとか、そろそろ結婚を考えているとか。
 最初は楽しく聞いていた。自分に縁のない分野の話は興味深いから。

 聞き役に徹し続けていたのがいけなかったのだろうか。
 ある時、同僚の一人がオーリスに向かって言った。「オーリスさんの話も聞かせてくれない?」と。
 オーリスは素直に答えた。「残念だけど、みんなに話せるようなおもしろい話はないわ。今まで男の人と付き合ったことがないから」

 その時から、周囲の態度が少し変わった。
 時折憐れみの視線で見られるようになった。憐れまれたことなど、母親の葬儀以来だ。
 そして、なぜか飲み会(合コンというらしい)に誘われたり、友人の男性を紹介されることも増えた。疲れているので早く帰りたいのだが。
 迷惑だなぁと思いながら適当にあしらっていたところ、今度は男性に興味を示さないのは同性愛者だからではないか、などというあらぬ嫌疑をかけられるようになった。他人の性癖に偏見はないが、ことが自分に及ぶとなってはそうも言っていられない。
 そんなこんなで、仕事とはまったく関係のない恋愛の話題でストレスがたまる日々。
 今までは多少のストレスは義弟にでも愚痴をこぼすことで解消していたが、現在彼は行方不明。先日ようやくハラオウン提督の船が見つけたらしいが、事件が解決するまでは帰って来ることはできないそうだ。

 そんなオーリスの現在のストレスのはけ口は酒だ。帰宅してから、ソファーに座って酒を飲みながらテレビを見る。酒に強い方ではないので、二三杯も飲めば次第に眠たくなってくる。そのままこてんとソファーに倒れて、そのまま眠る。
 これが現在の彼女の幸福だ。

 だが、その幸福を邪魔する声が聞こえる――オーリス、オーリスと誰かが呼ぶ声。幸福なまどろみの中からオーリスを引きずりだそうとする悪魔の声。
 当然無視。レジアスの立場もあるため、四重の警備システムが施されているこの家に、不審者が入ることはない。だから今はただ、この幸福に浸っていたい。まどろみの中の彼女はそう考えるが――

「オーリス・ゲイズ二尉!!」
「ひゃ、ひゃい!……って、お父さん?」

 雷鳴のごとき一喝に思わず跳び起きた彼女の前には、父のレジアスが立っていた。慌てながら、おかえりと挨拶をするオーリスに彼は再度一喝。

「こんなところで寝るな! 体調管理を怠るようでは士官は務まらんぞ!」

 雷鳴のような、もとい熊の咆哮のような大声。寝起きがしらのアルコールのまわった頭にはきつい一発。
 オーリスは父の説教を覚悟したが、意外にもレジアスはそれ以上注意をせず、棚から自分のグラスを取り出しに行った。そして「少しもらうぞ」と言うと、オーリスの返事も聞かずに自分のグラスに酒を注ぎ、一気にあおる。
 仕事で何かあったのだろうか。しかし、親子とはいえ仕事の内容をぺらぺら話すわけにはいかない。レジアスのような将官の関わる仕事となればなおさらだ。向こうが話さない限りは、何も聞くわけにはいかない。
 そう考えていたところ、レジアスはあっさりと原因を話し始めた。

「アースラが本局に帰還したそうだ。先ほど、ウィルからも連絡があった」
「それは良い知らせではないですか? どうしてそんなに怒って……」
「見ればわかる。まったく、あいつは――」

 レジアスは彼自身の携帯端末を操作して、一つの動画ファイルを開いた。テーブルに置いた端末から空中に二次元ホロ・ディスプレイが投影され、椅子に座るウィルが映し出される。

『長らく音信不通でごめん。心配かけただろうけど、おれはご覧の通りぴんぴんしているよ。明日にはクラナガンに帰省して、顔を見に行くよ。だったら、こんなメッセージを送らなくても良いだろって思うかもしれないけど、実は帰った時にお願いしたいことがあるんだ。帰ってからいきなり言っても、親父たちも混乱させるだけだろうから、このメッセージで頼み事の内容だけは伝えておこうと思う』

 そう言うと、映像の中のウィルは懐から一枚の紙切れを取り出した。それは写真。しかもいまどき珍しい、紙に印刷された写真。そこには一人の少女が写っている。ウィルの彼女にしては幼すぎる――というか、色恋の話でストレスがたまっているのにそんな話をしようものなら万死に値する。帰って来ても家にいれてやるものか。

『かわいいでしょ? この子には、今回の事件でとてもお世話になったんだ。具体的には三食昼寝つきで住まわせてもらっていた……情けない話だけど、ヒモ同然の生活だったよ。
 この子を、おれみたいにゲイズ家の養子に迎えてほしい。どうしてこんなことを頼むのか――その理由は帰ってから話すよ。ちゃんと本局に確認をとってから話さないとで、些細なことでも漏えいになるかもしれないから。
 それじゃあ二人とも風邪をひかないように……って、言わなくても親父は引かないか。とにかく元気で』

 にこやかな笑顔を残して動画は終了し、ディスプレイも消失する。突拍子のない提案に、オーリスの口は開いたままだまだった。
 そんな、帰り道で子犬を拾ったから飼って良い? みたいな軽さで言うことではないだろう。

「まったく……人間を犬や猫みたいにぽんぽん持って帰るんじゃない!」

 レジアスも同じような感想だったのだろう。しかし、ぷんすかと怒るレジアスを見たら、オーリスはおもわず笑ってしまった。怒ってはいるものの、同時にとても嬉しそうだったから。馬鹿ができるのも元気な証拠だからだろう。……決して娘ができることが嬉しいわけではないと思う。そう信じたい。

 こんな風になかなかに凸凹な人間が三人。心の内までさらけ出し、何でも言える理想の家族! とはいかないが、ゲイズ家はなんだかんだで仲良くやっている。


  →閑話一 ツアー・クラナガン



「なぁ」とウィルが問う。「どうした」とクロノが答える。二人はソファーに座って壁をじっと見つめている。少し離れて、ユーノが死人のような顔をしている。

「ユーノ君が死にそうだから、そろそろ止めた方がいいんじゃない?」
「これ以上続けて、大変なことになっても困るな。残念だがこの勝負は引き分けにするか」

 次元空間航行艦船アースラの休憩室。この部屋は内壁がディスプレイで構成されているので、さまざまな環境をシミュレートできる。森を指定すれば壁は森の風景を映し、鳥のさえずりや葉のこすれ合う音が流れる。雪山や南国の海、人々の通行する都市など、さまざまな風景を映し出すことができる。音と映像だけなのであくまでも気休めだが、数ヶ月の航海をおこなうような船では意外と重宝されている。

 彼ら三人がやっているのは、それを利用した我慢比べ。壁に映し出されているのはアースラの外部カメラの映像。現在のように航海中であれば、当然次元空間が映し出されることになる。
 極彩色のマーブル模様が刻一刻と変化する光景は、口では説明しにくい。だが、身体ははっきりとした感想を教えてくれる――吐き気という形で。
 我慢比べに敗れたのはユーノだった。惨敗も惨敗。開始後三分でダウン。しかし、彼は自分の敗北を認めなかった。それほどまでに罰ゲームが嫌だったのだろうか。

 クロノが手元のコンソールを操作すると、壁がいつも通りの青白色の無機質な壁面に戻った。
 その時、休憩室の扉が開き、フェイトとアルフが顔をのぞかせた。

「すみません、ユーノを知りませんか?」

 プレシアとは異なり、二人は比較的行動の自由が許されている。魔力消費を制限するためのリミッタをかけられ、フェイトにいたってはデバイスのバルディッシュをとり上げられてはいるが。

 フェイトはユーノを見つけると、期待半分不安半分といった顔になる。しかし、ユーノは現在吐き気と格闘中。クロノとウィルはアイコンタクト。フェイトがユーノに何の用があるのかはわからないが、ひとまず後にしてもらうべきだと判断。
 しかし、視線を扉の方へと戻した時には、フェイトはすでにユーノのもとへとかけ寄っていた。
 止める間もなく、フェイトはユーノに話しかける。

「ユーノは、私と戦った時のことを覚えてる? 戦う前に言ってくれたよね。自分はフェイトの友達だって。友達だから止めるんだって。あの時は戦うことばかり考えていて、全然気に留めなかったんだけど、思い出したらすごくうれしくて。そんなに真剣に私のことを考えてくれたのは、なのはとユーノだけだったから」
「フェイトォ、あたしは?」

 不満そうに顔をふくらませるアルフにも、フェイトは笑顔を向ける。

「もちろんアルフも。みんなが私のことを気にしてくれていたことに、今さらだけど、気付けたんだ」

 以前からは考えられないくらい饒舌に話すフェイトの姿に、ウィルとクロノは思わず見入る。
 だが、真剣に熱意をもって話すフェイトとは裏腹に、ユーノの目は虚ろなままだ。はたして聞こえているのかいないのか。
 ユーノの様子に気付かないまま、フェイトは続ける。

「でも、あの時の私はユーノのことを友達だと思ってなかった。……ううん、昨日なのはに言われるまで、私に友達なんていないって思ってた。ユーノたちが私のことを考えてくれているなんて考えてもいなかった。だからごめんなさい。それから、こんな私で良かったら、あらためて私と友達になってほしいんだ。……駄目……かな?」

 そう言って、フェイトは嘆願するようにユーノを見る。しかし、ユーノは顔をしかめた。抑えていた吐き気が再び昇って来ただけなのだが、フェイトはそれを提案に対する嫌悪ととってしまった。
 フェイトは否定された(と思いこんだ)ことで涙目になり、アルフがユーノに激昂して、掴みかかろうとする。
 ウィルは慌てて飛び出し、アルフを後ろから羽交い絞めにする。

「やめろアルフ! 冗談でも殴ったらシャレにならん! 罪状一個上乗せ程度じゃすまないぞ!」
「かまうもんか! フェイトを泣かせるようなやつは一発といわず殴ってやるさ!」
「今のユーノ君は普通じゃないんだよ! とにかく一旦落ち着け! ほら、ステイステイ!」
「犬扱いすんなぁ!!」

 ユーノはさらに気分が悪くなったのか、座り込む。クロノはそれを介抱しながら、フェイトにも事情を話す。その後ろでウィルもまた吐き気と戦いながらアルフを必死に抑える。暴れるアルフの肘が何度も腹部にあたり、そのたびにこみ上げるものを抑えるはめになった。
 ちなみに気分が落ち着いてから改めて話をしたところ、ユーノはフェイトの提案を快く受け入れた。
 アルフとフェイトが帰った後で、三人はため息をつき深々と椅子に腰かける。

「それにしても、もてるんだな、ユーノ」クロノ、からかうように。
「なのはちゃんも入れれば、三角関係だ」ウィル、愉しむように。

 ユーノから反応は帰ってこなかった。いつのまにかフェレット姿になって、ぐったりとソファーに沈み込んでいる。
 そのなきがらにそっとハンカチをかぶせた。


「そういえば、本局に着いたらユーノ君はどうなる? やっぱり、裁判は受ける必要があるんだよな?」

 眠ったユーノはひとまず脇において、クロノに尋ねる。忘れかけていたが、ユーノも管理局法を破っているので犯罪者。法に則って裁かれなければならない。

「それはもちろんだ。でも、二・三カ月の奉仕活動ですむようにするつもりだ。当分は本局に滞在してもらうことになるけれど、悪いようにはしない。ちなみにきみは簡単な事情聴取が終われば帰ってもらって構わない。配属先の世界への船が出るまでには時間がかかるから、それまで本局に滞在していても――」
「いや、いったんミッドに帰省するよ。はやてを養子にするために、親父と話し合う必要があるから。クロノにはこれからもいろいろ頼ることになるけど……」
「人のためになることなら、断わる謂れはないよ」

 さらっとこう言えるあたりに、クロノの度量の広さがうかがえる。

「ありがとう。彼女の誕生日が来月だから、プレゼントを買おうと思うんだ。クロノに預けるから、おれの代わりに渡しておいて」
「わかった。……ところで、誕生日の話をした後でこんなことを聞くのは気が引けるんだが、今年の墓参りはどうする?」
「命日の頃にはもうミッドを出立していないといけないから、今年は一緒には行けないな。予定を繰り上げて、メモリアルガーデンには今回の帰省の時に一人で行くことにするよ」

 メモリアルガーデンは、ミッドチルダ西部にある墓地の名称だ。非常に広大で、単なる墓ではなく、一種のレクリエーション施設としても機能している。
 ウィルとクロノは年に一度そこへ行き、父の墓参りをおこなう。彼ら二人が初めて出会ったのもその場所だった。

 だが、メモリアルガーデンに彼らの父の遺体は存在しない。彼らはもうこの世界のどこにも存在しない。二人とも分子一粒も残さずに世界から消滅した。墓の下には骨の一つもない。
 ならば、墓とは何のためにあるのだろう。


  →閑話二 ディアマイファーザー



 男は多くの情報に囲まれていた。周囲の空間に投影されている二次元ホロ・ディスプレイと三次元空間ホログラフィの総数は三十を超える。その全てに映る情報を把握することなど、ただの人には不可能だろう。
 部屋には男が一人だけ。彫刻のように動かない。時折するまばたきだけが、彼が生物であることを示している。
 動かない彼の代わりにディスプレイの方が動き、彼の目の前を流れていく。男は瞬時にそれらの情報を頭に入力(インプット)する。

 これだけ大量のデータを次々に処理できる彼は間違いなく天才――などと言うと、男は笑って否定するだろう。
 いくら男がすごくとも、情報を入力するだけなら機械の方がはるかに上だ。天才とは、情報処理の速さや知識の多さでは決定されない――それが男の持論だ。
 データを全て覚えることは男にとっては簡単なだが、同時にそんな能力は絶対に必要なものではないと、男は考えている。大切なことは、データが何を表わしているのかという個の絶対的な存在意義を理解し、それが全体の中でどのような立場にあるのかという相対的な存在意義を把握すること。
 そして、目的のためにこれから何をおこなうべきか、その道筋を見つけること。

 天才とは機械ではなく人間を表わす言葉。ならば、機械が持ちえない能力こそが、天才の条件。
 すなわちモノとモノを関連付ける能力、そしていまだ何も存在しない思考の白地へと飛び立つことができる、思考の飛翔力――ネットワークの構築能力――が人間の持つ偉大な力であり、天才を決定する基準となる――それもまた男の持論だ。


 響く電子音――通信の合図。男はディスプレイの流れを止める。
 新しく男のそばに投影されたホロ・ディスプレイには、年の頃二十ほどの女が映っていた。彼女もまた、彫像のようだと感じさせる雰囲気を持っている。男のように動かないからではなく、動いていてもなお彫像に思えてしまうほど。

「定時報告の時間ではないね。何かあったのかな?」

 男は先ほどの理知的な雰囲気とは裏腹に、誕生日プレゼントを開ける子供のように、期待に満ちた顔をする。予定にない連絡、未知の情報が自分に何をもたらすのか、期待に胸をふくらませて。

『ウィルの行方が確認できました。輸送船の事故の後、ロストロギアの違法回収者と争いながらも、本局より派遣された部隊と合流して、事件の解決に協力していたようです。
 現在はクラナガンに戻っています』

 男は「そう」と一言返す。顔は嬉しそうだ。しかし、プレゼントの中身は最近発売されたゲーム機だった――つまり意外性がなかったことを残念がるような表情でもあった。

「それは良かった。何を為すにも、まずは命ありきだからね。無事でなによりだ。でも、要件はそれじゃないだろう?」

 ウィルの無事は喜ばしいことではあるが、重要ではない。ウィルが以前のように大怪我を負って、すぐにでも助けなければならないのならともかく、無事なのであれば男には何もすることはない。それこそ定時報告の時にでもすればいい。
 つまり、緊急の用件があるはず。男の予想通り、女は「はい」と答える。表情は変わらないが言葉の重さが増していた。

『プレシア・テスタロッサという科学者を覚えておいででしょうか。何度か学会でお会いになったことがありますが』
「覚えているよ、研究内容もね。セル・マテリアルズ・ジャーナルに掲載された彼女の論文はどれも面白かった。時間が許せば私も研究してみたいくらいだったよ。それで?」
『ウィルが争ったロストロギアの違法回収者が、彼女でした。彼女はロストロギアを回収するために、亡くなった自らの娘のクローン体を手駒として使っていたのですが、そのクローン体には亡くなった娘の記憶が移植されていたため、自分のことをプレシアの娘だと思い込んでいたそうです。
 そのクローン体は、“フェイト”と名づけられています。もしかすると、ドクターの研究に関係が――』

 男の雰囲気が変わる。ふっと呼気が吐かれる音が聞こえたかと思うと、男の肩がぶるぶると震える。

「彼女はプロジェクトFを完成させたんだね。そうか……あれが理解できる者が現れたのか」

 その震えは喜びゆえに。嬉しくて、嬉しくて、震えてしまうほどに。

「長かったなぁ……せっかく世界中に論文をばらまいたのに、こんなに時間がかかるとは思わなかったよ。他人に期待する時は、少し悲観的に見たが良いのだろうね。それでも、彼女は完成させたわけだ。私の論文を理解し、私と同じモノを見ることができたわけだ。数多の生命工学の専門家が実現できずにいたプロジェクトを最初に完成させた者が、まさか異なる分野の専門家だとはね。それだけ彼女が素晴らしいのか――それとも私が知らないだけで、とっくに完成させた者もいるのかな?
 やっぱり人は捨てたものじゃないねぇ」

 男は言葉を紡ぐ。それは決して通信相手の女に聞かせるために話しているのではない。ただ、男の内側に溢れる喜びが、外に表現しなければ抑えられないほど大きいだけだ。女は男が話している間、何も言わずに聞き続けていた。そして男の言葉が途切れてから、ようやく続きを話す。

『プレシアからドクターのことが漏れるかもしれません。処分なさいますか?』
「放って置きなさい。私がばらまいた中でも、F、G、Hに関する情報は拡散しすぎて、もはや誰が持っていてもおかしくない。そこから私を見つけるのは不可能に近いよ」
『ですが、万が一ドクターに辿りつく可能性も――』

 男の耳には、女の言葉は入っていない。彼は再び、自分の欲望に従って言葉を発する。

「それにもったいないじゃないか。それだけの才能を、たかだかその程度のことで潰すなんて。ああ――会いたいなぁ。会って語りたい。尋ねてみたい。彼女の心を、頭脳を知りたい。細胞と細胞をつなぐネットワークが、その間を流れる電気信号が、どんな“彼女”という幻想を創り上げたのか。私の領域にたどりつく可能性とはどのようなものか。私の見ているモノをかいま見ることができた彼女が、いったい何を感じたのか」

 男は、「ウーノ」と女に向かって呼びかける。それが女の名前なのだろう。

「今すぐ彼女と事件について調べなさい。スケジュールはきみに任せる。会いに行くよ、彼女に」

 不可能な注文だった。まだ事件は裁判すら始まっていない。プロジェクトFという道の技術の影響もあり、概要はともかく詳細については一級の報道規制がかかっている。
 だが、彼女はまったく逡巡せずに『はい』と答えた。彼女にとっては――正確には、彼女たち姉妹にとっては、その程度のことは難しくもなんともない。
 その間にも、男の思考はすでに別のことに飛んでいる。

「手土産は何が良いかな。やはり彼女が望むものが良いな。でもそれだけではつまらない。他に何か……そうだ、花を贈ろう。古来より男性が女性のもとを訪れる時は花を贈るんだったかな?」
『該当するケースは相当数あります。絶対ではありませんが、定番かと』
「なら、薔薇にしよう。青い青い薔薇が良いな」

 男は笑う。子供のように邪気のない顔で笑う。この世の全てを祝福しているかのように。
 多くのディスプレイの光が、幻想的に部屋を照らし続けている。しかし、どの光よりも強烈に輝くのは、男の両目に宿る金の光だった。


  →閑話三 ブルーローズ


  *


 住宅街にセミの声がする。蝉の声が岩にしみいると表現した詩人がいたが、現実は音がコンクリートで反響して、ウィルの脳天に響く。
 久しぶりに訪れた地球は、来る星を間違えたかと思うほどに暑い。ウィルは先日まで一面砂漠の世界に配属されていたので暑さには慣れているという自負を持っていたが、地球の暑さは質が違う。サウナといい、この星の人々は蒸されるのが好きなのだろうか。いっそバリアジャケットを展開して熱と湿度をシャットアウトしようか――と、半ば本気で考えながら、変わらぬ海鳴を歩く。
 季節は夏。地球の暦では八月初旬。約束していた魔法世界(ミッドチルダ)見学のため、ウィルはなのはを迎えに来た。しかし、そのまま高町家に向かわず、まずは八神家に向かう。
 はやてに会いたいだけではない。ウィルと入れ替わるようにして八神家に居候することになった、三人の女性の顔を見ておきたかった。

 彼女たちのことは、はやての誕生日から少し経った時分に送られてきた手紙で知った。イギリスに住むはやての後見人である『グレアムおじさん』の紹介で、世話人としてはやてのもとにやって来た旨が、手紙に記されていた。女性三人と、防犯のために大型犬が一匹。一人暮らしの女の子の世話係としては適任だろう。

 インターホンの音が響き、八神家の玄関の扉が開く。扉の向こうにいたのは初めて見る女性。しかし、はやてからの手紙に書いてあった特徴から類推するに――

「えっと、金髪の美人さんだから……シャマルさんですよね?」
「はい。あなたがウィルさんですね。はやてちゃんから聞いています」花のような笑みで、シャマルは応える。 「どうぞお上がりください」

 靴を脱ぎながら、シャマルに注意を払う。優しい笑みには、探るような色がこびりついていた。なかなかの演技派だが、リンディには遠く及ばない。意識すれば若干の不自然さを感じ取れる。
 良い気はしないが、彼女たちの立場を思えば許容できる。
 管理世界でのウィルは管理局士官、日本でいえば警察の幹部候補生の一人であり、社会的信用のある立場だ。が、管理外世界である地球では、単なる住所不定、身分証明不可の不審者でしかない。グレアムからはやての世話を任せられているシャマルにとっては、要注意人物だ。
 あえて気付かないふりをして、八神家のリビングに入る。

(……ここまでとは)

 笑顔でウィルを迎えてくれるはやては良い。しかし、他の面々は明らかにウィルを歓迎していなかった。
 髪を後頭部の高い位置でくくっている長身の女性――推定シグナム――は警戒の色をにじませていて、小柄な少女――推定ヴィータ――は剣呑な空気を醸し出していた。こころなしか、大型犬にも睨まれているような気がする。そして、ウィルの後ろに立つシャマルからは、相変わらず探るような気配。
 いくらなんでも初対面の人物への対応ではない。かつてウィルを問い詰めた月村忍たちでさえ、これに比べれば幾分か穏やかだった。
 先ほどとは真逆の汗を流しながら、ウィルは彼女たちの剣呑な気配に気付かないふりをして――むしろ怖いので積極的に目をそむけた――ウィルは挨拶を始めた。

 はやてと二人きりになるまでに、それから一時間もの時を消費した。
 リビングの外、ウッドデッキの椅子に、二人で腰掛ける。

「手紙、読んだよ。本当に行く気はないんだね」
「……うん。やっぱり、頑張ってくれてる石田先生にも申し訳ないし、私を頼って来てくれたみんながおるから」

 新たな同居人の報告には、養子の件を断る旨も一緒に記されていた。シャマルたちにも事情があり、はやてがいなくなったからといって、もとの場所に帰るというわけにはいかないらしい。はやてがミッドチルダに移住してしまえば、シャマルたちの行く場所がなくなってしまう。だから、今はミッドチルダには行けない。
 残念だが、仕方がないとも思う。その優しさがはやての良さ。そんなはやてだからこそ、ウィルを拾ってくれたのだから。

「ごめん。せっかく、ウィルさんがいろいろ骨を折ってくれたのに」

 ウィルは苦笑しながら、はやての頭をなでる。

「提案した時に言わなかった? はやてはそんなこと気にしなくて良いんだよ。……ところでさ、みなさんにおれのことをどんな風に話したの?」
「え、えーと、別に普通のことしか話してないよ?」
「本当に? 魔法のこととか話してないよね」

 魔法のことをはやてが話したのなら、この対応も納得できる。彼女たちが魔法を信じないのであれば、ウィルは年齢一桁の子供に魔法を使えると騙り、一月以上ヒモになっていた不審者でしかない。

「もちろん話してないよ! そんなこと話しても、私が頭の弱い子やと思われるだけやし!」
「そっか。でも、すごく警戒されていたような気がするんだけど」
「気のせいやって」

 はやては妙に強い口調で否定する。これは話しているなと確信――が、それよりも、否定するはやてが寂しげ表情をしていたことが心に引っかかる。

(まあいいか)

 シャマルたちがウィルのことをどう思っていようと、それはこれから解決していけば良い。悪い人たちでないなら、誠意をもってつきあえばきっと大丈夫と、ウィルには珍しく脳天気な思考をする。
 仮に何かあったとしても、高町家の人たち、月村家の人たちがいる。はやてが何かに悩んでいても、今のはやてには支えてくれる人たちがたくさんいる。
 ウィルは、ウィルにできること、やるべきことをしなければ。まずは、なのはを迎えに行かなくてはならない。そろそろ向かわなければ遅刻してしまう。

「それじゃあ、今日はこれくらいで帰るよ」

 八神家を出て振り返る。居場所をなくした喪失感で、胸が少しだけ痛んだ。


「やっぱり話してみてもええんやないか? きっとウィルさんやったら――」

 目の前で閉まった玄関の扉を見ながら、はやてはシグナムに話しかけた。

「なりません。時空管理局は我らの敵。歴代の主の多くは、奴らによって滅ぼされてきました。主はやてが闇の書の主と知られた時には、必ずや滅ぼしに来るでしょう。彼の者が誰かに話すつもりがなくとも、酒や魔法によって漏れてしまうということも考えられます。」
「そやけど、隠しごとは……」
「でしたら、我らに蒐集の許可を。全ての頁(ページ)を埋めた闇の書の力があれば、隠す必要もなくなるでしょう。なにより、主のお体も――」
「あかん。人様に迷惑かけてまで治そうとは思わへん。自分一人のわがままで他の大勢を傷つけるなんて、そんなことはできへんよ。
 やっぱりええよ、諦める。ウィルさんとは会えへんようになったわけやないし、足が動かんのもなれっこやしな。それに、今はなのはちゃんやすずかちゃんみたいに助けてくれる友達もおる。もちろん、新しい家族も」

 はやてはシグナムの方を向き、にっこりと笑う。その顔にはウィルと出会った頃のような陰があった。



 その夜、ソファで寝ていたシグナムは、近くで誰かが動いた気配を感じて目を覚ました。リビングを誰かが横切る。それがはやてだということはすぐにわかった。人影は車椅子に乗っていたから。
 はやてはリビングを横切り、玄関に向かう。そして静かに玄関の扉を開け、家の外に出る。
「どちらに行くおつもりですか」と訊こうとしたシグナムは、月光に浮かび上がるはやての儚い面持ちを目にして、問いを喉で止めた。

≪何を呆けている。お止めしないのであれば、せめて見守らねば≫

 空気を震わせぬ声。念話でシグナムに語りかけるのは、彼女と同じくリビングで眠っていた大型犬――ザフィーラだ。

 シグナムとザフィーラは、はやてに気付かれないように離れて護衛する。
 はやては近くの公園に入り、奥の小道を車椅子で進む。そして、山道の手間にある高台で、車椅子を止めた。
 明かりもまばらな深夜の海鳴を眺めながら、はやては静かに涙を流す。

≪シグナム、私たちは本当にここにいて良いのだろうか≫

 主を守るために後を追い、ここまでやって来たザフィーラが呟く。

≪今さら何を言う。主の傍に控え、その身をお守りする――それが我らヴォルケンリッターの使命だろう≫

 自分たちの使命、存在意義を疑うような言葉を、シグナムは強く否定する。それでもザフィーラは疑念をぬぐい切れないでいた。

≪私たちさえいなくなれば、主は幸せになれるのではないか。ベルカの時代はとうに過ぎた。もはや戦乱の世ではない。守護などせずとも、主が災禍に飲み込まれることはない。私たちがここにいる意味はあるのだろうか?≫
≪……必要のない疑問だ。我らが何を思おうと、主はやては闇の書に選ばれた。我らはその身をお守りするしかない。それとも、お前は使命を放棄するつもりか?≫
≪私とて主の元を離れたいとは思わん。今代の主は優しい。どのような主にも心よりの忠誠を誓ってきたつもりだ。だが、主は……はやてのことは、今までのどの主よりも守りたいと思う。だからこそ、疑問に思うのだ――私たちは、本当に主のため“だけ”に、ここにいるのか?≫
≪それ以外に何がある≫

 シグナムの詰問めいた問いに、ザフィーラは八神家のある方角に顔を向けながら応える。

≪ヴィータやシャマルは、はやてが主になってから、よく笑うようになった。これまではこんなことはなかった。考えてもみろ。主が家を抜けだしたのに、隣で寝ていたあいつらは目を覚まさなかった。それだけ、今の生活に安心をおぼえているということだ。
 それは守護騎士としてあってはならないことだが……私はあいつらにもっと笑っていてほしいと思う。そして、そう考える自分が怖い。今の私たちは、主のためと言いながら、自分たちが楽になりたいだけではないのか?≫
≪……くどいぞ。たとえお前の言うことが正しかったとしても、我らのやることは変わらない。魔法がない世界とはいえ、現に今日のように管理局の者が主はやての周りにいるというのに、離れることなど……できるものか≫

 何を望もうが、何を考えようが変わらない。ヴォルケンリッターの使命が闇の書の主の守護であり、管理局が闇の書を滅ぼそうとする限りは。

≪そうだな……すまん、忘れてくれ。しかし、気を張っていたのはわかるが、昼の対応はないのではないか。あれでは管理局の男――ウィリアム・カルマンと言ったか――彼を不審がらせるだけだ≫
≪わかっている。少々警戒しすぎたようだ。次はうまくやってみせる。それにしても……カルマンか。どこかで聞いた気がする名だ≫



 はやては従者の会話には気づかず、身を蝕む悲しみにただただ涙を流す。
 ヴォルケンリッターという新しい家族を得た代わりに、まるで代償のように、ウィルと家族になれる機会を失った。
 新しい家族を得た喜びと、新しく得られるはずだった家族を失った悲しみ。喜び(ヴォルケンリッター)を実感するたびに、悲しみ(ウィル)が喚起される。
 それがつらい。素直に新しい家族を歓迎できないから。

 やっぱり、希望なんて持つんじゃなかった。
 希望さえなければ、ここまで苦しくなることはなかったのに。


  →A's


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