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No.32422の一覧
[0] 【後日談完結】スタンドバイ/スタンドアローン (オリ主・再構成・復讐もの)[上光](2020/10/18 20:30)
[1] プロローグ 当世の魔法使い[上光](2016/02/27 14:37)
[2] 第1話(前編) 異世界出張[上光](2013/06/18 05:25)
[3] 第1話(後編) [上光](2013/06/18 05:25)
[4] 第2話 少年少女の事情 [上光](2012/10/28 00:01)
[5] 第3話 黒来たる[上光](2012/07/16 00:50)
[6] 第4話(前編) 袋小路[上光](2012/08/16 22:41)
[7] 第4話(後編)[上光](2012/07/09 23:13)
[8] 第5話(前編) 戦う運命[上光](2012/07/05 03:03)
[9] 第5話(後編)[上光](2014/07/26 23:37)
[10] 第6話(前編) 海鳴の長い午後 [上光](2012/07/07 00:03)
[11] 第6話(後編) [上光](2012/07/07 00:55)
[12] 第7話(前編) 子供と大人の思惑 [上光](2012/07/09 03:44)
[13] 第7話(中編)[上光](2012/07/09 03:44)
[14] 第7話(後編)[上光](2012/07/16 00:50)
[15] 第8話(前編) 愛は運命[上光](2012/07/15 23:59)
[16] 第8話(中編)[上光](2012/07/11 03:13)
[17] 第8話(後編)[上光](2012/07/11 03:40)
[18] 第9話(前編) 後始末[上光](2014/01/08 21:15)
[19] 第9話(後編)[上光](2012/10/10 04:31)
[20] エピローグ 準備完了[上光](2012/07/15 23:57)
[21] 閑話1 ツアークラナガン [上光](2012/07/16 00:18)
[22] 閑話2 ディアマイファーザー [上光](2012/07/16 00:50)
[23] 閑話3 ブルーローズ[上光](2012/07/16 00:50)
[24] プロローグ 成長~グロウナップ~[上光](2012/10/15 07:42)
[25] 第1話 予兆~オーメンレッド~ [上光](2012/08/07 18:24)
[26] 第2話(前編) 日常~エブリデイマジック~ [上光](2012/08/07 18:29)
[27] 第2話(後編)[上光](2012/08/15 15:27)
[28] 第3話(前編) 開幕~ラクリモサ~ [上光](2012/08/15 15:24)
[29] 第3話(後編)[上光](2012/08/15 15:27)
[30] 第4話(前編) 邂逅~クロスロード~ [上光](2015/12/09 00:22)
[31] 第4話(後編) [上光](2012/08/29 02:37)
[32] 第5話(前編) 激突~バトルオン~[上光](2012/09/28 00:52)
[33] 第5話(後編) [上光](2012/09/08 21:55)
[34] 第6話(前編) 舞台裏~マグニフィコ~ [上光](2020/08/26 22:43)
[35] 第6話(後編)[上光](2020/08/26 22:42)
[36] 第7話(前編) 漸近~コンタクト~[上光](2016/11/16 01:10)
[37] 第7話(後編)[上光](2014/03/05 18:54)
[38] 第8話(前編) 致命~フェイタルエラー~[上光](2015/10/05 22:52)
[39] 第8話(中編)[上光](2016/02/26 23:47)
[40] 第8話(後編)[上光](2016/11/16 01:10)
[41] 第9話(前編) 夜天~リインフォース~[上光](2016/02/27 23:18)
[42] 第9話(後編)[上光](2016/11/16 01:09)
[43] 第10話(前編) 決着~リベンジャーズウィル~[上光](2016/12/05 00:51)
[44] 第10話(後編)[上光](2016/12/31 21:37)
[45] 第1話 業[上光](2020/08/20 02:08)
[46] 第2話 冷めた料理[上光](2020/08/20 22:26)
[47] 第3話 諦めない[上光](2020/08/21 22:23)
[48] 第4話 傷つけられない強さ[上光](2020/08/22 21:51)
[49] 第5話 救済の刃[上光](2020/08/23 20:00)
[50] 第6話 さよなら[上光](2020/08/24 20:00)
[51] 第7話 永遠の炎[上光](2020/08/25 22:52)
[52] エピローグ[上光](2020/08/26 22:45)
[53] はやてED 八神家にようこそ[上光](2020/09/13 23:13)
[54] IF 墓標 ゆりかご(前編)[上光](2020/10/03 18:08)
[55] IF 墓標 ゆりかご(後編)[上光](2020/10/05 00:33)
[56] シグナムED 恩威並行[上光](2020/10/12 00:39)
[57] クアットロED 世界が彩られた日[上光](2020/10/18 20:29)
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[32422] 第1話(前編) 異世界出張
Name: 上光◆2b0d4104 ID:495c16aa 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/06/18 05:25

 掃き出し窓からリビングへと午後の穏やかな陽光が差し込み、ソファに座るウィルの足元を照らす。裏庭へとつながる窓の外にあるウッドデッキには、一匹の猫が寝そべって日差しをあびていた。

「あの猫、ようこのあたりで見かけるんです」

 そう語るのは、ウィルの隣に座る少女。特別目立つような容姿ではないが、愛らしく笑う子だ。
 少女の手には包帯。ソファの前の机には、消毒液やガーゼの入った救急箱や血で赤く染まったタオルなどがおかれている。それらは全て、怪我を負ったウィルを治療するために使われたものだ。

「これを巻いたら終わりですから、もうちょっとだけ、じっとしててくださいね」

 医療の経験はあまりないらしく、包帯を巻く手つきはたどたどしい。それでも彼女の手つきからは、怪我人を気づかう思いやりが伝わってくる。
 だから、ウィルは治療に関しては彼女に一任して――そもそもこの世界の医療器具の使い方なんてよくわからないのだし――部屋の隅に置かれた映像装置、テレビに視線をやりながら、どうしてこんなことになったのかと、これまでのことを思い返し始めた。


  *


 数日前。第百二十二無人世界。
 訪れた司令室では、基地司令がただ一人で執務机に向かって座っていた。褐色の肌と彫りの深い顔に、灰色の冷たい瞳を持った、三十代半ばの男性だ。

「ジュエルシードを他の世界に輸送することが決定した。お前にはその輸送船に同行してもらいたい」

 異世界の存在は、現代においてはごく当たり前に認識されている。
 世界は一個ではなく、一種でもない。かつては絶対のものと思われていた大地が無数に存在する惑星の一つでしかなく、星という“世界”が宇宙という巨大な“世界”に内包されるように、宇宙を包括するさらなる“上位世界”が存在する。
 『次元空間』と呼ばれる、広大で混沌とした領域。人類が居住している世界というものは、次元空間という大海に浮かぶ小島のようなものだ。
 小島(世界)から小島(世界)へと、海(次元空間)を渡ることができる特殊な船は、次元空間航行艦船と呼ばれており、管理局も多くの艦船を所有している。

「ジュエルシード……先日の事件で回収した、あのロストロギアのことですね。たしか、次元干渉型だとか」
「ジュエルシードは強い魔力や生物の思念波を受けると活性化し、次元空間へとつながる極小のゲートを内部に構築する。あれはおそらく、そのゲートを使って外世界の魔力を得る、一種のバッテリーのような物なのだろうな。報告によれば、一度活性化したジュエルシードを抑えるためにはAランク相当の魔力が必要とされるそうだ」
「だから、おれをつけるのですか?」
「この基地でAランク以上の魔力を持つ魔導師は、お前を含めて数人しかいないからな」

 管理局に所属する魔導師は、魔力ランクという保有する魔力によって決められた先天的なものと、魔導師ランクという試験によって認められた実力相応のもの。二つの階級を持つ。
 両方ともSを最高、Fを最低とし、さらにAとSはそれぞれシングルからトリプルまでの三段階にわけられ、場合によってはプラスやマイナスがつくこともある。
 管理局に所属する魔導師の平均ランクは、魔力、魔導師ともに、C前後。戦闘部隊に限定してもせいぜいBランク。ウィルは魔導師、魔力ランクともにAA(ダブルエー)であり、この部隊では名実共にトップだ。ロストロギアの輸送に最大戦力であるウィルを同行させるということに疑問をさしはさむ余地はない。
 しかし、司令の命令に納得できなかったウィルは、疑念を口に出す。

「他世界への輸送は海の管轄です。おれたち地上部隊では少ないAランクの魔導師も、海の部隊にはそれなりにいるはずです。だというのに、なぜわざわざおれを同行させるのでしょうか? それに、海の増援部隊が来るにはもう少し時間がかかるはずでは?」

 ウィルが言う『海』とは、管理局の中でも複数世界にまたがるような業務を担当する部署のことを示している。対して、ウィルがいるこの部隊のように、一個の世界内の諸々を担当する部署は『地上』と呼ばれる。
 地上の部隊はたいてい担当となる世界に駐留しているが、海の部隊は次元空間に浮遊するする大型の中継ポートを拠点とし、必要に応じて各世界に派遣される形をとる。この世界にも、先日の襲撃事件の捜査のために、海の部隊が増援として派遣されて来ることが決まっている。
 管理局が所有する次元空間航行艦船の九割以上は海が運用を担当しているため、必然的に世界間の物資や人員の輸送も海の業務だ。とはいえ、艦船の数には限りがあるので、危険度の低い物資の輸送などは民間に委託していることが多いのだが。

「今度の輸送は海の船ではなく、この世界を訪れる民間の物資輸送船を使う手筈になっている。この輸送は海ではなく、こちら――地上の独断によるものだ。当然海の人員を借りることはできない」

 その言葉にウィルは眉をひそめた。
 民間船でロストロギアを輸送すること自体は、ありえないわけではない。第一級――災厄級や、それに続く第二級に分類されるような危険なロストロギアならともかく、たいして危険ではない物や推定ロストロギア程度の物ならば、民間による輸送は認められている。
 しかし、法的に認められているからといって、何をしても良いというわけではない。組織において自らの業務の領分を侵されることは最も嫌がられることであり、独断で輸送などしようものならまず間違いなく後に残る不興を買う。

「理由をお聞かせ願えますか?」

 司令室に沈黙が流れ、空調によって巡回する空気が二人の間を横切る。やがて、司令は口を開き話し始めた。

「この世界の責任者である私には、発見されたロストロギアの情報を地上側で手に入れられるようにしろ、と命令が下されている」

 ロストロギアは既存の枠に囚われない、まったく別の発想のもとに作られた未知の技術の塊であり、その技術は現状では手詰まりとなっている問題に対するブレイクスルーとなり得る。解明できれば莫大な利益を生みだすことも不可能ではない。
 国家や企業はもちろん、宗教団体(カルト)、犯罪組織(シンジケート)、魔術結社(オカルティスト)――ロストロギアを欲している組織は数えきれない。そして、ロストロギアに関するものならば、たとえ情報だけでもそういった組織に対する有用なカードになり得る。

「ですが、ロストロギアの管理をおこなう古代遺失物管理部は中立です」
「完全な中立などない。ましてや管理部が保管するその前、調査をおこなう研究施設となれば特定の閥の影響が強く表れる。親地上派の施設ならば、必要に応じてロストロギアの解析結果――情報を地上側に提供してくれることもある。その逆も然りだ」
「だから、海に輸送を任せずに勝手に輸送するのですか? 海に輸送を任せて地上の息がかからない施設に運ばれてしまえば、地上にはこのロストロギアの情報が入ってこないから」
「それだけならば、こんな狡いことはしない。輸送計画に関する会議で正々堂々と戦って勝ち取るさ。だが、増援としてやってくる部隊の艦長からも連絡があった。彼もまた、私と同じようにロストロギアを手に入れるように言われているそうだ」
「わざわざ親切に宣戦布告してくれた、ってわけではないですよね」
「彼はロストロギアを巡って私と争いたくはないようでな。どちらが勝っても相手の面子をつぶしてしまう上に、争いが長引けば肝心の捜査の方にも支障をきたす恐れがある。だから、気を利かせてくれないかと言外に要求してきた」

 ウィルにもようやく理解できた。海の艦長は地上が勝手に輸送したせいでロストロギアを得られなかったという言い訳がほしかったのだ。

「司令はその提案を飲まれたのですね」
「海の艦長を相手に貸しを作れるのなら、恨み役を買うくらいは安いものだ。それに拒めば余計に話がこじれる」

 語る司令は、しかし苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべていた。
 軋轢を生まないためとはいえ、事情を知らない者には地上側が勝手なことをしたという印象が残る。ただでさえ海と地上はあまり仲が良くないのに、この独断はさらなる不仲をまねく一因になりかねない。
 司令もそれは理解していている。していながらも、こうするしかなかった。大きな後ろ盾を持たない者は往々にして周囲に振り回され、正しさを貫くことができない。公人としての見解に私人の都合を入れることは決して正しいことではないが、それを愚かだ、悪だと言えるほどウィルもまた綺麗ではなかった。
 だから、ウィルは心のうちでため息をつきながら、命令を受けることにした。

「それにしても、聞いておいてなんですが、よくこんなことを教えてくれましたね。おれが誰かに洩らしたらとは考えなかったのですか?」
「お前はそこまで愚かではないだろう」司令はかすかに笑みを浮かべる。 「それに部下の育成もせねばな。いずれお前が佐官になれば、このように周りの事情に振り回されることもある。こういうこともあるのだと、今の内から知っておいた方が良い」
「うわぁ、出世する気が一気になくなりました。まぁ、もともとおれは出世欲はないですけど」
「もったいないな。義理とはいえ少将の息子であるお前なら、望めば管理局で駆けあがることもできるだろうに。私には妬ましいよ」

 司令の発言に、わずかながら本気の嫉妬を感じて、ウィルは曖昧な笑みで曖昧に応えた。

 この数日後、ジュエルシードを積んだ輸送船は、トラブルもなく出発した。航海はひどく穏やかで、体をなまらせないためのトレーニングの時以外は、乗員たちとのお喋りをするしかないほどだった。
 異変が起きたのは航路の半分ほどにさしかかった頃だ。


  **


 数時間前。次元空間を航行中の物資輸送船にて。
 自室のベッドに腰掛けて、端末を用いて読書をしていたウィルは、突如体内の魔力を強く揺さぶるような感覚にベッドから跳び起きた。
部屋の照明を点けようとするが、電源が落ちているのかコンソールが機能しない。十秒ほどたって自動的に照明が灯ったが、それも薄暗い非常灯だった。
 船内回線で艦橋へと連絡を取るが、とても悠長に説明している余裕がないらしく、ウィルは自ら艦橋へと向かった。

 艦橋では色とりどりの警報で満たされたディスプレイに向かって、船員たちが悪戦苦闘していた。
 入って来たウィルに気づいた船長が、恰幅のいい体を揺らしながら振り向く。

「おお、坊主か。良いタイミングだ。ようやくひと段落ついたところだ」

 ウィルは軽く会釈をしながら、船長のそばに駆け寄り訊く。

「事故ですか?」
「強い魔力波にあおられた。定置観測所からの連絡が遅くて、避けれられんでな」
「船は大丈夫なんですか?」
「ただの時化みたいなもんだから心配する必要はない……と普段なら言うところだが、さっきのはでかかったからな。魔力波の影響が内側にも及んだみたいで、機関系に少し問題が発生した。今は主動力を一時的に落として点検中だ」

 ウィルは嫌な予感を覚えた。ジュエルシードは周囲の魔力に反応する性質があるという、司令の説明を思い出す。

「ジュエルシードを保管している貨物室はどうなっていますか?」

 船員の一人がコンソールを操作すると、艦橋前面のスクリーンに貨物室の内部が映し出される。
 貨物室の中は暗かった。ぽつんぽつんと点いている非常灯に照らされて、積荷の輪郭がうっすらと見える程度だ。その貨物室の一室に、ロストロギアの輸送のために特別にあつらえられた区画があり、そこにジュエルシードが納められたケースが設置されている。
 何もおこっていない。貨物室内の魔力反応にも異常はない――と、ウィルをはじめとした全員が胸をなでおろした瞬間、ケースに亀裂が入り、内側から光が漏れだした。
 保管していたケースは砕け、破片が周囲に散らばる。納められていた二十一個のジュエルシードは宙に浮きあがると、さらに強い輝きを放つ。周囲に渦巻く魔力の濃度が加速度的に勢いを増していき、強い魔力が空間に影響を与え始めていた。

 ウィルはバリアジャケットを纏い、デバイスを起動させると、すぐさま艦橋を飛び出した。
 活性化したジュエルシードに封印処置をほどこすためだ。活性化の度合いによるが、ウィルの魔力で二十一個全てに処置をほどこすのは難しい。それでも、このまま放置して致命的なことになれば結局は無事ではすまない。
 が、貨物室へ向かう途中に、さらなる強い振動が船を揺らした。そして前方の壁が突然壊れ、炎と熱風が襲い掛かる。爆発だ。
 前方にシールドを貼りつつ、後方へと急加速で下がる。向かい来る爆風と炎。高機動空戦を主にすることで鍛えられた動体視力をもって、飛来する壁の破片を視認して回避する。
 しかし狭い通路では完全に避けきることはできず、大型の破片こそ回避したものの、避けきれなかった小さな破片に体を切り裂かれて姿勢を崩され、迫る爆炎にあおられそうになる。
 とっさに片足を船内の壁に叩きつけて、強引な方向転換。すぐ横の通路に逃げ込んで、炎に巻かれるのを防いだ。
 が、閉所で無理な軌道変更をしたため、体を通路にぶつけてしまう。姿勢を立て直すこともできずピンボールのように通路を跳ね回り、その衝撃でウィルは意識を失った。


『――――おい! おいっ!!』
「ぅ……あ」

耳朶を響かせる声に反応し、ウィルは意識を取り戻した。

『大丈夫か!! 返事をしろ!!』
「なんとか、無事みたいです。体中が痛いですけど、酷い怪我は負っていません」

 痛みに顔をしかめながら、船内回線で呼びかけてくる船長に応える。周囲の通路は隔壁が下りていた。
 自分の体を見れば、バリアジャケットが半分ほど解除されており、体にはいくつもの創傷と打撲ができていた。

『おお、無事か! さすがは魔導師だな』船長の声には安堵。しかしすぐに真剣な声色に変わる。 『さっきの爆発で状況が変わった。あんたが艦橋を出て行った後で、貨物室の周辺が魔力で内部から吹き飛ばされた。すぐに沈むことはないが、爆発で船の底がごっそり持っていかれてこれ以上の航行を継続できそうにない。俺たちは連絡船で船から離れて救助されるのを待つつもりなんだが……坊主のいるところの周りの通路は、さっきの爆発で壁が壊れて外――次元空間に繋がっちまった』
「そのわりには、ここには空気がまだありますね」

 ウィルは深呼吸をした。次元空間と繋がったなら、船内の空気はあっという間に次元空間へと流出しているはずだが、ウィルのいる所はまだ十分な空気があった。

『隔壁がうまく機能してくれたおかげだ。そうでなかったら、今頃坊主は窒息していただろうな』
「そりゃ良かった」
『だが、悪いところもある。坊主が連絡船に行くための通路が隔壁で通れない。開けようにも、次元空間にむき出しになっている場所もあるから開けるわけにはいかねえ』
「うわあ、死刑宣告ですか?」
『安心しろ。坊主のいる通路のそばに転送室があるが、どうやらそこは壊れていないみたいようだ。艦橋から操作できたからな。艦のセンサー系も最低限は生きているし転送する程度のエネルギーも残っている。悪いがそれで近くの無人世界に転送するから、そこで救助を待ってくれ』
「わお、死刑じゃなくて流刑でしたか」
『生きてるだけましだと思いねえ』

 ウィルはサバイバルキットくらいはデバイスに収納しており、転送先が生物の生存に適する世界であれば、一月でも二月でも生きていけるだけのポテンシャルを持っている。これは士官学校で受けたサバイバル訓練のおかげでもあるが、それ以上に魔導師であるという要素が大きい。

「ところで、ロストロギア……ジュエルシードはどうなりましたか?」
『爆発で次元空間に放りだされて、そのまま近くの世界に落下したよ。ピンポイントでは追跡できなかったが、だいたいどのあたりに落ちたかはわかってる。後は海の部隊が回収してくれるはずだ』
「その世界の情報を送ってくれませんか?」
『別にかまわんが、管理外世界だからたいした情報はないぞ』

 すぐにF4Wにデータが送られてくる。落下した世界のナンバーは九十七。そして、種別は管理外世界。
 それぞれの世界は、発見された順番に通し番号がつけられている。そして、番号とは別に、管理・管理外・無人・観測指定など、世界の在り方によって分類される。基本的には番号と種別を繋げて呼ぶ。この世界の場合は『第九十七管理外世界』となる。
 ウィルは書かれている内容にざっと目を通す。文明レベルの欄の魔法に関する項目に目を留める。第九十七管理外世界の魔法技術レベルはゼロ。すなわち魔法がまったく存在しないことを示していた。
 もしもジュエルシードが活性化しても、その世界の住人では封印はできない。ジュエルシードがどれほどの被害を出すのかはわからないが、船を半壊させるほどの威力はあったのだから、人の多い場所で発動しようものなら周囲数百メートルにその被害は及ぶ。

「船長。おれを第九十七管理外世界に送ってください」

 回線越しにも驚いた様子が伝わってくる。少しの間があいて、船長からの返事が返ってくる。

『坊主は阿呆か。管理外世界だぞ。許可のない渡航は違法だ。ついでにその幇助も違法だ。だってのに、俺がそんなことに協力すると思うか?』
「違法なこと、海への業務侵犯であることも理解しています。ですが、落下した世界には魔法が存在しません。落下したジュエルシードへの対応は不可能です。万が一の時のために、誰かが行っておくべきです。管理局だってわかってくれますよ」
『坊主は若いなぁ――わかったよ。たしかに、人様に迷惑かけて放っておくなんてのは、目覚めが悪い。……って言って口先だけ合わせて、転送の時に勝手に別の世界に送ることもできるんだぞ』
「もし約束をたがえるような人であったなら、事故調査原因の取り調べの時に、船長は平気で嘘をつく信用ならない人だと報告するだけですよ」
『このクソガキ、次元空間に放りだすぞ』言葉とは裏腹に船長の声色は笑っている。 『良いさ。送ってやるよ。そんな悪知恵が働くなら、熱血バカがその場のノリで言ってるわけじゃないようだしな』

 ウィルは、音声越しでは見えないとわかっていたが、船長に頭を下げた。

 こうしてウィルは第九十七管理外世界へと転送された。


  **


 海鳴市という街がある。沖積平野に作られた港町であり、街の後ろにはまるで街を包みこむように急峻な山々がつらなっている。海には海水浴場、山には温泉のある、ちょっとした観光地だ。
 港には外国船籍の船もよく訪れるので、外国人を見かける頻度は他の街よりずっと多い。そのためか、人種を問わず受け入れる温かな雰囲気を持つ土地でもある。
 その海鳴の空に二十一個の流星が煌めいた。小石ほどの大きさのそれらは、市街地へ、山へ、海へ、それぞれがてんでばらばらに落下し、誰も――少なくともこの世界の人間の中には――そのことに気が付く者はいなかった。

 ほぼ同時刻。
 海鳴市の山側の土地に一軒家が立ち並ぶ住宅地があり、そばには公園がある。そこから山へと続く小道を進んで行けば、市を一望できる高台に到着する。東屋が一つあるだけで人影はない。
 その上空の空間が歪み、ウィルが転送されてきた。ほとんど自由落下に近い速度で高台に降り立ち、周囲を見回して誰もいないことを確認すると、東屋の中にある長椅子に座り込む。
 無事に到着したことで気が抜けたのか、先ほどまではたいしたことがなかった怪我の痛みが、急激にはっきりと感じられる。
 バリアジャケットを解除すると、現れた私服はところどころ焦げたり破れたりしていた。バリアジャケットといえど、爆発を完全に抑えることはできなかった。服の一部は血で赤く染まっている。

 痛みに顔をしかめながらも懐から携帯端末を取り出し、投入していた言語翻訳用ソフトウェアを起動させる。三十余の管理世界全てはもちろんのこと、なんらかの形で交流のあった次元世界の言語さえ含まれるという、定番の一品だ。先ほど輸送船で見たこの世界のデータでは、この世界の主要言語はあらかた翻訳対象になっていた。おそらくこれで大丈夫なはずだ。
 それだけをおこなうと、張っていた気が抜け、急に痛みと疲れが重くのしかかって来た。少し体を休めようと長椅子の背にもたれかかるった途端、体から力が抜ける。まずい、と思う間もなく、再び意識を失った。


「あの……怪我してるんですか?」

 誰かに呼びかけられ、ウィルは目を覚ました。ぼうっとした頭のまま、声の方を向く。
 東屋の外で、一人の少女が椅子に座っていた。あんなところに椅子があっただろうかと疑問に思ったが、少女の座る椅子には両側に大きな車輪がついていることに気がつく。備え付けの椅子ではなく、足の不自由な人を補助するための移動用の器具――車椅子だ。
 途端に現状を思い出し、焦る。

「いや、大丈夫。軽いものだから――ッ!!」

 思わず立ち上がろうとしたが、足に力が入らず膝をつく。それを見た少女は、車輪を自分の手で回して近寄って来る。

「この怪我……全然軽ないやないですか。ちょっと待ってください。今、救急車を呼びますから。ちゃんと病院で見てもらわんな――」
「待って!」

 病院に連絡されるわけにはいかなかった。設備の整ったところで治療してもらうに越したことはないが、それがこの世界の公的機関となると話は異なる。
 ウィルはこの世界についての情報を全く知らない。異なる世界――しかも管理世界の常識が通用しない管理外世界では、ある程度の知識を得るためまでは公的機関に関わりたくはない。知らず非常識な行動をとって目をつけられでもしたら、今後のジュエルシードの捜索に大きな支障をきたす。時空管理局という官憲に属するウィルだからこそ、官憲に目をつけられることの厄介さは人一倍知っていた。
 心配させないように、怖がらせないように、微笑みながら話しかける。

「病院に行く必要はないよ。おれなら大丈夫。ほら、立ち上がることもできる」先ほどのように失敗しないよう、慎重に立ち上がった。 「休んでいたのはちょっと疲れていただけ。怪我も――」山の方を向いて言う。 「山で転んだ時に枝でちょっと擦れただけのかすり傷さ」
「ほ、ほんまですか? ――って、その手!?」

 納得しかけていた少女が、ウィルの手を見て顔色を変える。ウィルも自分の手を見る――と、腕の傷が原因だろうか。袖から手へと血が垂れて来て、地面にぽたりぽたりと零れ落ちていた。なんとか良い言いわけを考えるが、いまだに頭がうまく働かない。

「これは……血のりだよ」
「そんなあほな。……もしかして、病院に行きたくないんですか?」

 言葉につまる。無言は肯定を表すと理解していながら、何も言葉が出てこなかった。

「この近くに、私の家があります。歩いて十分くらいですけど、そこまで歩けますか?」
「え?」
「病院が嫌やねやったら、無理に連れていきません。でも、せめて治療くらいはせなあきませんよ」

 予想していなかった言葉に、ウィルはただただ呆然とするだけだった。


  ****


「よしっ! これでおしまい」

 そう言うと少女はウィルから体を離すと、ウィルに向き直りにっこりと笑い、治療に使った物を片付け始めた。怪我人を気づかい、相手を不安にさせないようにという心のこもった彼女の笑顔からは、幼さに似合わぬ母性を感じる。
 ――母性

「そうや、お茶でもいれましょうか。のどかわいてるんと違います?」

 再びこちらを向いた少女と視線が合う。年下の少女に見とれていた自分に気づき、恥ずかしさでウィルは視線をそらしたくなった。けれども、せっかく助けてくれた相手にそれは失礼だと考えて、羞恥心を隠しながら人当りの良い笑顔を作って礼を言った。

 茶を飲みながら、この世界についての情報を頭にまとめる。
 次元世界に進出しておらず魔法も存在していないのに、ここに来るまで、そしてテレビ越しに見たこの世界は想像以上に活気があった。このレベルまで発達していながら、次元世界へとまったく進出できていないのは珍しい。
 やはり、魔法がないことが原因なのだろうか。魔法技術、そして次元世界への進出には魔力素と呼ばれるものが大いに活用されており、それは重力子やニュートリノなどの次元の壁を越えて影響を与える素粒子の中でも最も制御が簡単なものだ。

 そんなことを考えている内に、外は太陽が西に傾き、空に若干赤みがさし始めていた。

「手当をしてくれて、ありがとう。お礼もろくにできなくてごめんね」

 ウィルはソファから腰をあげ、この家を出る支度をしようとしたが、脱いだ服を再び手に取ったところで手が止まった。ジャケットはところどころ破れているくらいだが、インナーは血で斑模様ができている。服のデザインと言い張るにはあまりにも血の臭いがきつい。

「それで出歩いたら、多分通報されると思いますよ」少女は苦笑いしながら提案する。 「多分押し入れにお父さんの服が残ってますから、お貸ししましょうか? サイズが合うかどうか、わかりませんけど」
「残っている?」
「お父さんもお母さんも、何年か前に事故で亡くなってるんです。それ以来、一人暮らしで」
「この家に一人で? お手伝いさんとかはいないの?」
「ええ。正真正銘、私一人です」

 ウィルの頭に、この少女に頼ってはどうだろうという考えがうかんだ。大人ならばウィルのような不審者を受け入れはしないだろう。しかし、子供ならどうだろう。しかもこんなに丁寧に手当をしてくれるような、親切な少女であるなら。

「それならお願いがあるんだ」駄目でもともと。思い切って提案する。 「おれはこの街にある物を探しに来たんだけど、到着して早々に運悪く怪我をしてしまって、その時に財布もなくしてしまったみたいでね。身分を証明する物もお金もないんだ。こんな状況で警察のお世話になったらどれだけ長い間拘留されるかわからないし、そうなれば探し物もできなくなってしまう。かといって、このままだと宿に泊まることすらできない。
 厚かましいお願いだけど、少しの間、おれをこの家に置いてくれないだろうか?」

 言う内に、子供をだまかそうとしている自分が情けなく、恥ずかしくなる。しかし、ゆっくりと休息がとれる場所が確保できれば、ジュエルシードの捜索もはかどるはずだ。

「置いてもらう間は調理以外の家事はできる限りやるから。もちろんお礼も必ずする。一月もすれば仲間が探しに来ることになっているから、その時にかかった費用に上乗せして――」
「いいですよ。それじゃあ、これからお夕飯作りますから、それまでゆっくりしててください」

 少女はにこりとほほ笑むと、車いすを操作して台所に向かう。いろいろと質問されたら、どうやってごまかそうかと考えていたウィルは、そのあっけなさに拍子抜けした。気勢を減じられ、再びソファに座り込む。
 その後、衣服を貸してもらい、暖かい夕食をいただき、部屋に案内された。少女は手慣れた様子で車椅子に乗ったまま掃除機を操り、部屋を片付け、ベッドに新しいシーツをひいた。
 それらの行動からは困っている人を助けたいという善意しか感じられなくて、ウィルは目当ての寝床が手に入ったというのに、さらに情けない気持ちになった。


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