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No.32422の一覧
[0] 【後日談完結】スタンドバイ/スタンドアローン (オリ主・再構成・復讐もの)[上光](2020/10/18 20:30)
[1] プロローグ 当世の魔法使い[上光](2016/02/27 14:37)
[2] 第1話(前編) 異世界出張[上光](2013/06/18 05:25)
[3] 第1話(後編) [上光](2013/06/18 05:25)
[4] 第2話 少年少女の事情 [上光](2012/10/28 00:01)
[5] 第3話 黒来たる[上光](2012/07/16 00:50)
[6] 第4話(前編) 袋小路[上光](2012/08/16 22:41)
[7] 第4話(後編)[上光](2012/07/09 23:13)
[8] 第5話(前編) 戦う運命[上光](2012/07/05 03:03)
[9] 第5話(後編)[上光](2014/07/26 23:37)
[10] 第6話(前編) 海鳴の長い午後 [上光](2012/07/07 00:03)
[11] 第6話(後編) [上光](2012/07/07 00:55)
[12] 第7話(前編) 子供と大人の思惑 [上光](2012/07/09 03:44)
[13] 第7話(中編)[上光](2012/07/09 03:44)
[14] 第7話(後編)[上光](2012/07/16 00:50)
[15] 第8話(前編) 愛は運命[上光](2012/07/15 23:59)
[16] 第8話(中編)[上光](2012/07/11 03:13)
[17] 第8話(後編)[上光](2012/07/11 03:40)
[18] 第9話(前編) 後始末[上光](2014/01/08 21:15)
[19] 第9話(後編)[上光](2012/10/10 04:31)
[20] エピローグ 準備完了[上光](2012/07/15 23:57)
[21] 閑話1 ツアークラナガン [上光](2012/07/16 00:18)
[22] 閑話2 ディアマイファーザー [上光](2012/07/16 00:50)
[23] 閑話3 ブルーローズ[上光](2012/07/16 00:50)
[24] プロローグ 成長~グロウナップ~[上光](2012/10/15 07:42)
[25] 第1話 予兆~オーメンレッド~ [上光](2012/08/07 18:24)
[26] 第2話(前編) 日常~エブリデイマジック~ [上光](2012/08/07 18:29)
[27] 第2話(後編)[上光](2012/08/15 15:27)
[28] 第3話(前編) 開幕~ラクリモサ~ [上光](2012/08/15 15:24)
[29] 第3話(後編)[上光](2012/08/15 15:27)
[30] 第4話(前編) 邂逅~クロスロード~ [上光](2015/12/09 00:22)
[31] 第4話(後編) [上光](2012/08/29 02:37)
[32] 第5話(前編) 激突~バトルオン~[上光](2012/09/28 00:52)
[33] 第5話(後編) [上光](2012/09/08 21:55)
[34] 第6話(前編) 舞台裏~マグニフィコ~ [上光](2020/08/26 22:43)
[35] 第6話(後編)[上光](2020/08/26 22:42)
[36] 第7話(前編) 漸近~コンタクト~[上光](2016/11/16 01:10)
[37] 第7話(後編)[上光](2014/03/05 18:54)
[38] 第8話(前編) 致命~フェイタルエラー~[上光](2015/10/05 22:52)
[39] 第8話(中編)[上光](2016/02/26 23:47)
[40] 第8話(後編)[上光](2016/11/16 01:10)
[41] 第9話(前編) 夜天~リインフォース~[上光](2016/02/27 23:18)
[42] 第9話(後編)[上光](2016/11/16 01:09)
[43] 第10話(前編) 決着~リベンジャーズウィル~[上光](2016/12/05 00:51)
[44] 第10話(後編)[上光](2016/12/31 21:37)
[45] 第1話 業[上光](2020/08/20 02:08)
[46] 第2話 冷めた料理[上光](2020/08/20 22:26)
[47] 第3話 諦めない[上光](2020/08/21 22:23)
[48] 第4話 傷つけられない強さ[上光](2020/08/22 21:51)
[49] 第5話 救済の刃[上光](2020/08/23 20:00)
[50] 第6話 さよなら[上光](2020/08/24 20:00)
[51] 第7話 永遠の炎[上光](2020/08/25 22:52)
[52] エピローグ[上光](2020/08/26 22:45)
[53] はやてED 八神家にようこそ[上光](2020/09/13 23:13)
[54] IF 墓標 ゆりかご(前編)[上光](2020/10/03 18:08)
[55] IF 墓標 ゆりかご(後編)[上光](2020/10/05 00:33)
[56] シグナムED 恩威並行[上光](2020/10/12 00:39)
[57] クアットロED 世界が彩られた日[上光](2020/10/18 20:29)
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[32422] 第9話(後編)
Name: 上光◆2b0d4104 ID:495c16aa 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/10/10 04:31
「来るんやったら前もって連絡くらいしてくれたらよかったのに。晩ご飯は食べた? まだやったらありあわせのもので何か作るけど」
「それでは、お言葉に甘えて。翠屋でお菓子をいただいたんだけど、さすがにそれだけだと腹に溜まらなくて」

 数日ぶりに食べたはやての料理は、格別においしく感じられた。本職であるアースラの料理人に技術で劣るはずだが、はやての料理の方がより深く味がしみわたる心地だ。食するウィルの心の持ちようだとは思うが、意思で魔力を動かせるくらいだ。愛情で味が変わってもおかしくはないのかもしれないと、益体もない思考が浮かんでは消える。

 ウィルは夕食をいただきながら、テーブルの向い側に座っているはやてに、ここ数日のことを語った。
 食事を終える頃、「それで、これからのことなんだけど」と、ウィルは話題を変えた。はやての表情が少しだけ曇る。しかしすぐに元の笑顔に戻り、何事もなかったかのように「事件が終わったんやから、いつまでもいるわけにはいかんよね」と言った。

「そうだね。あと一週間もしないうちに、この世界を離れることになるよ」
「良かったやん。きっと、家族も心配しとる。はよ帰って元気な顔を見せんとあかんよ」

 はやては笑って、元の世界に帰ることができるウィルを祝福している。だが、テーブルの上に乗っている腕がかすかに震えた。瞳も同じだ。
 ウィルははやての顔を見て、はっきりと伝える。

「でも、はやてと会えなくなるのは寂しいよ」

 はやてはウィルから視線をそらした。そして、ぎりっ――と、歯を噛みしめる音が聞こえる。小さな音だが、悲しみと怒りの詰まった大きな音だった。肩を震わせながら、はやては再びウィルに視線を合わせる。睨むような、すがるような眼だった。
 初めて見る、はやての負の感情だ。

「そんなこと言わんといて。今までお互い、触れへんようにやってきたやん……別れるんやから、余計に悲しくなるようなことは言わんようにしてきたのに……なんで今になってそんなこと言うんよ!」

 はやての瞳が大きく揺れ、悲憤の涙が目じりに溜まる。
 これまでウィルは、はやてに無用な希望は与えないように付き合ってきた。いつか別れるからこそ、余計な期待を持たせないようにしてきたつもりだった。近づき過ぎれば、離れる時の痛みが増す。それなりに日々を楽しく過ごし、最後は少し悲しくても、お互い笑いながら自分の世界に戻る――そんな小さな理想。それを抱いていたのはウィルだけではない。はやても同じで、だからこそ先ほども別れることの悲しさを見せず、ウィルが帰れることを祝福しようとしていた。
 ウィルの一言はそれを破壊するものだった。惜別を表す言葉は期待を抱かせてしまう――もしかしたら、また会えるのではないか、と。引きとめる言葉をかければ、もしかしたら留まってくれるのではないかと。
 それで良い。ウィルがここに来たのは、そんな安穏とした、互いに傷つかずにいられる関係を終わらせるためだ。
 はやての視線を受けながら、ウィルは話し始める。

「状況が変わったんだ。最初の頃と違って、高町家と月村家の人間にも魔法のことが知られてしまった。そして月村家は社会的に大きな力を持っているらしい。そんな人たちに知られてしまったからには、管理局も相応の対処をしなければならない。つまり、この街に与えた被害の補填と、真実を知った者たちへの監視をする必要ができたんだ。
 これから大人たちは、そんなことを話し合わなくちゃならない。それはすぐに終わることじゃない。話し合いだけでも数ヶ月はかかるだろうし、監視にいたっては最低数年間はおこなわれる。そのために管理局は定期的にこの世界を訪れることになるだろうね。
 そして、最初から最後までこの事件に関わったおれは、少なくとも管理局の他の人たちよりはこの世界の人たちのことを知っている。だから、申請すればまたこの街に来ることもできると思う」
「えっと、それって……また会えるってこと?」

 ウィルはほほ笑みを返すと、一月の間にすっかり使いなれた箸を置き、カップの茶を飲み干す。

「ごちそうさま。洗いものはおれがしておくよ。話してたいことはまだあるから、先にリビングに行って待っていて」


 ウィルは自分の使った食器を洗い、はやての分と一緒に乾燥機に入れる。
 一足先にリビングで待っていてくれたはやてのもとへ行くと、その体を抱え上げてソファに下ろし、自分はその隣に座った。
 はやては期待と不安が混じった目で、ウィルを見上げている。

「この上さらにもったいぶるようで悪いけど、少し昔話をさせてくれないかな? あんまり聞いてて楽しい話じゃないんだけど、でも今は……はやてには聞いていてほしい。かまわないかな?」

 はやてがうなずいたのを確認すると、ウィルは胸に痛みを感じながら、過去の扉を開く。

「おれが物心つく前に、母さんが病気で亡くなった。父さんは仕事の都合で家を長い間帰って来れないことがあるから、おれは親父の家に預けられることになったんだ」
「父さんと親父……って、その二人は別々やの?」
「父さんの方はヒューって名前で、おれの実父。親父はレジアスって名前で、もとはヒューの親戚筋にあたるおじさんで、今はおれの養父になってくれている」

 はやては顔を曇らせながらも、ウィルに気づかうような視線を送る。ウィルはそんなはやての頭を軽くなで、話を続ける。

「父さんは管理局の、本局武装隊で働いていた。部隊が船付きになったら、何ヶ月も帰って来れないこともザラにある仕事だ。だから、おれはずっと親父の家で育てられた」
「お父さんと会えなくて、寂しなかった?」
「寂しくなかった……って言ったら間違いだけど、親父の家ではとてもよくしてもらったからね。それに、親父やその周りの人たちは、父さんのことをよく教えてくれた。いろいろな武勇伝も聞いたし、どれだけ立派な人だったのかってこともたくさん教えてくれた。今になって思えば、おれが父さんのことを恨んだりしないように気をつかってくれたのかもしれない。
 だから、当時は放っておかれたなんて、全然考えなかった。父さんは世界のために戦っている立派な人、正義の味方だって尊敬していたよ。会える時にはできる限りおれにかまってくれていたし。意識していなかったけど、あの頃は幸せだった……と思う」

 目を閉じて、幸福だった頃に思いをはせる。記憶に浮かぶ具象は、時の流れに輪郭を削られて、もはやおぼろげだ。そして、だからこそ幸福であったという抽象的な感覚が、はっきりと感じられる。

「でも、おれが四歳の頃――今から十年、もうすぐ十一年前になるかな――父さんが任務中に亡くなったんだ」

 何があったのかはやてが聞く前に、ウィルはその先を続けた。

「おれは親父に引き取られた。でも悪いことは続くもので、その後すぐに、おれと親父の奥さんが外出先でテロに遭遇した。親父の奥さんは死んで、おれが生き残った。……きっと、おれが魔導師だから助かったんだ」

 ウィルの人生でも最低最悪の時期。
 復讐を決意しても、当時四歳のウィルには何もできなかった。何をして良いのかわからず、養父のレジアスに相談したが、真っ当な大人が復讐の手伝いなどしてくれるわけがなく、逆に復讐など止めろと怒られた。
 それでも諦めきれずに魔法の訓練を初めたが、文字を読んで簡単な計算ができる程度の子供が我流で何かしようとしても、一つとして満足にできはしない。復讐相手の情報を知ろうとしても、事件の関係者も、子供を相手に教えてくれるわけがない。
 ウィルにできることは、狂いそうなほどの激情と、鬱屈とした現状への不満を抱え続けることだけだった。
 そんなウィルを見かねて、レジアスの細君はいろいろと気をつかった。そして、少しでも気晴らしになればとウィルを連れ出して、その先でテロに巻き込まれた。

「死にはしなかったけど、おれも大きな怪我を負った。瀕死の重傷――たとえ生きていても、二度とまともに動けないだろうってくらいに。でも、おれはこうしてぴんぴんしている。なんでだと思う?」

 自分を気づかってくれた人まで死なせてしまい、自分も寝たきりになった。もう、復讐することはできない。
 死にたいと思ったその絶望の中で、ウィルは希望の光に出会った。恒星よりもなお強く輝く、金色の瞳の救世主。

「治療してもらったんだ。親父のコネで、優秀な人を紹介してもらった。医者じゃないけど、優秀な――天才としか表現できないような人だった。変わり者で、絵に描いたようなマッドサイエンティストだけど、おれにとっては恩人で人生の師だ。その『先生』のおかげで、おれは今みたいな健康体に戻ることができた」

 ウィルは手は無意識に首元のネックレスを――待機状態のハイロゥを触っていた。市販のF4Wとは異なり、ハイロゥは先生がウィルのために作ってくれた物だ。
 健全な肉体、デバイス、魔法理論、思考方法、知識、戦技。それらの基礎は全て、先生と彼の三人の娘に与えてもらった。

「と、実例を持ち出したところで、おれからはやてに提案したいんだ。次元世界の医療技術はほとんど全ての分野で地球の先をいく。それに地球にはない魔法的なアプローチの仕方もある。この世界では治せない病気だって、向こうではそうじゃない。それに一般的な病院では無理でも、先生みたいに個人で特別な技術を持っている人もいる。
 だから――おれの家族にならないか?」
「家族に……って、なんでやねん!!」

はやての左手が肘を中心として、円を描くように左後方に動く。左手の甲がウィルの胸を叩く。お手本のようなツッコミ、ツッコミ・オブ・ザ・ツッコミだ。

「…………そうか、やっぱり駄目だよね。おれなんかと家族なんて。想像していたけど、これはショックだ。怒られても良いから、アースラまで飛んで帰りたい」
「え? ……いやいやいや! 違うねん、これはそういう意味と違うんよ!! 単に内容が予想してたのと全然別やったから……普通、そっちの世界の病院で検査してもらわないか、とか、そんな感じやと思ったからで、別に提案が嫌なわけやなくて!?」
「ほんとに?」
「ほんまに!! でも、家族にって……も、もしかして、プロポーズ!?」
「それはまた、すごい勘違いをしてるね……管理外世界の人を治療のためだけに長期滞在させることはできないし、管理局は管理世界のことを知ったからといって、管理外世界の人を無理矢理に管理世界に連れて行ったりはしない。でも、その人が望んで、管理世界側で受け入れる人が現れば別だ。だから、はやてにその気があるなら、親父に頼んで我が家の養子にしてもらおうかと思ったんだよ」
「あ……妹ってこと」
「そうだよ、いくらなんでも十に満たない子にプロポーズはしないって。あ、でもゲンジ・ヒカルはそんな人だっけ? もしかして、この国だと意外と普通?」
「そ、それは時代が違うんちゃうかなぁ」

 閑話休題。

「今すぐに決めてとは言わない。養子になったら管理世界に住んでもらうことになるから、この世界にはなかなか戻って来れなくなる。事後処理が終わって数年たてば、この世界にを訪れることが完全にできなくなるかもしれない。そうなれば、なのはちゃんやすずかちゃんとは二度と会えなくなる。だから、よく考えてほしいんだ」

 はやては大きくうなずいた。

「そやね。よう考えてみる。でも、今のところ、私は受けたいって思てる」はにかみながら、はやては語る。 「私な、不安に思てたことがあったんよ。これまで、ウィルさんとは仲良くやれて来たと思う。でも、それは単に孤独を癒してくれる人が欲しかっただけで、別にウィルさんやなくてもよかったんやないかって……そんで、ウィルさんも住む場所が欲しかっただけで、私なんかどうでもよかったんやないかって。
 そやけど、自分の気持ちが最近になってようやくわかった。ウィルさんがこの家を出てった時、すごく寂しかった。ウィルさんがおらんようになっても、なのはちゃんにすずかちゃん、アリサちゃんがいるはずやのに。だから、みんなも大切やけど、何よりもウィルさんにいてほしいんやって、気付いてん」

 はやてはウィルにさらに近寄る。そして、ウィルの袖をぎゅっと握った。今更に自分の発言が恥ずかしくなったのか、顔はうつむいている。髪の間からのぞく耳は、とても赤かった。

「ありがとう……なんか、照れるね」

 ここまではっきりと気持ちを告げられると、恥ずかしさと嬉しさでウィルの顔も赤くなる。
 はやてはうつむいたまま、尋ねる。

「ウィルさんはどうなん? なんで、私にそこまでしてくれるん?」
「理由はいくつかあるんよ。打算的な理由がないわけじゃない」

 恩を返したいとか、魔法のことを知った者を管理外世界から減らしたいとか、自分と似た境遇の子を放っておきたくないとか。

「でも一番大きな理由は、はやてに幸せになってほしいって、そう思ったから」

 言った途端、ウィルも恥ずかしくて、顔がさらに赤くなる。狼狽しているところを見られたくなくて、ウィルは自分にもたれかかるはやての頭をなでた。
「ありがとう」と小さくはやてが呟く。お互いにまともに相手の顔を見ることができず、しばらくそのままでいた。



 ウィルは靴を履き、玄関まで見送りにきたはやてに向き直る。

「それじゃあ、今日はこれで帰るよ」
「泊っていかんの?」
「友達が事件の後始末に追われていて、ユーノ君もその手伝いをしているんだ。おれ一人だけゆっくり外泊していたら、帰った時が怖い」
「友達を手伝いに帰るって、素直に言うたらええのに」

 はやての生温かい視線から逃れるために、ウィルは話題を変える。

「申請には何ヶ月もかかるから、それまでにもう一度良く考えてみて。気が変わったら、その時は言ってくれ。ことわったら悪いとかは気にしないで良いから」

 管理外世界からの移住ゆえに管理局本局へ、そして移住先のミッドチルダの管理局本部に申請する必要がある。両方から許可が下りるには数ヶ月はかかる。なのはのように高い魔力を持つのであれば、いろいろと裏技も使えるのだが。どこをどう見てもはやては一般人だ。まっとうな方法をとるしかない。

「そやね。グレアムおじさんにも説明せんとあかんし。どうしよ……異世界に行くなんて、言えるわけないし……」

 悩むはやての頭をもう一度なでると、ウィルは八神家を去った。


 ウィルの姿が見えなくなってから、はやては食器棚からカップを一つ持ってきて、部屋に戻った。
 ウィルのマグカップ。彼を思いださないように捨てようと思っていた。もうその必要はない。むしろ希望の象徴だ。
 それを机の上に置くと、その底にペンで字を書く――また会えますように――と。
 翠屋でなのはが言っていたおまじない。聞いた時は馬鹿にしていたが、今なら信じられる。

 そして、はやてはカップを部屋の棚に置いた。毎朝、毎晩、見ることができるようにと。
 その横には、鎖のかかった古びた本が置かれていた。


  *


 静まりかえった部屋にベッドが一つ。隣にある小さな机とドレッサーをはじめとして、室内には生活をするために必要なものが一通りそろっている。必要な物を運んできてもらい、不要な物を持ち去ってもらえれば、部屋から一歩も出ずに生活することもできるだろう。まるでホテルの一室のようだ。
 ここは監視が必要な者――回復途中の怪我人や拘束するほどではないと判断された犯罪者、あるいはその両方――のための部屋。
 そして今はフェイトのための部屋。アースラが地球を離れるまでは、逃亡を防ぐためにこの部屋を出ることはできない。必然的に、誰かがフェイトに会うためにはこの部屋に来てもらわなくてはならない。

 これから会いに来る者が一人いる。フェイトに会いたいと面会を望むものは何人かいたが、許可が出たのはつい先ほどのことだった。
 出航の数時間前に、限られた時間の面会。さらに会うことができるのは一人だけ。


 扉が開く音がする。フェイトと同じくらいの背丈の少女――なのはが、部屋に入って来た。扉の外には武装隊員が立っている。妙な行動をすれば、彼らは二人を取り押さえるだろう。
 だが、フェイトには何かをする気はまったくない。ベッドで上半身を起こしているだけで、入って来たなのはを一瞥さえしない。そういった動作をおこなうだけの関心を外界に向けられない。
 フェイトは知ってしまった。自分が本当の子供ではないこと。アリシアという名前の、プレシアの“本当”の子供の“模造品”でしかないこと。プレシアとの大切な思い出も、いったいどこまでが自分の記憶なのかわからない。
 何も考えたくない。心の中の出口のない迷宮をただぐるぐると回り続けることにも疲れ、フェイトは思考することさえ放棄していた。

 なのはもまた、しばらくの間は椅子に座ったまま何も言わなかった。貴重な面会時間が無為に削られていく。
 やがて思い切ったように立ち上がる。椅子が倒れて、大きな音をたてた。その音も耳に入っていないのだろう。なのははフェイトに頭を下げて「ごめんなさい」と謝った。
 その言葉でフェイトの意識は思考の牢獄からほんの少し逃れる。フェイトには、なのはの言葉の意味がわからなかったから。

「なんで?」

 フェイトが絞り出すようにして出した声は、その一言だけだった。呟くような小さな声。

「わ、わたしのせいで、フェイトちゃんにひどい怪我をさせちゃったから」

 泣き出しそうになりながら、なのはは懺悔する。今度こそフェイトの意識ははっきりと現実に引き戻された。目の前のなのはが、あまりにも的外れなことで悲しんでいると感じたから。

「そんなこと、なのはが気に病むことじゃないよ」
「そんなことない! そのせいでフェイトちゃん、もう何日も目が覚めなかったんだよ!」
「それは私のせいで、なのはのせいじゃない。……それに私なんか、管理局の人たちとユーノに怪我させちゃったんだよ!」

 なのはに罪があるなら、三人も傷つけた自分はどれほどの罪を背負わねばならないのか。もしかすると、今の苦しみこそが自分に与えられた罰なのかもしれない。
 しかしなのははその言葉を否定する。

「それとこれとは別だよ! だからって、フェイトちゃんを傷つけていいわけがない!」
「なのはに撃たれる前、私はなのはを倒そうとしていたんだよ……たとえなのはの攻撃で私が死んでも、正当防衛みたいなものだよ!」
「なんてこと言うの!? 死んでもなんて、簡単に言わないでよっ!」

 互いに相手の意見を否定し合う。互いに内罰的なために実現する、責任のなすりつけ合いならぬ奪い取り合い。
 対話ではなく、相手に自分の考えを叩きつける。進展のない不毛なやり取りが続き、互いに感情だけがヒートアップする。その無為な行動を止めたのは、外部からの声だった。
 ベッド向かい側にある大型のディスプレイが自動的に点灯し、少年の顔を映し出す。
 そこに映ったクロノは表情を変えずに注意する。

『きみたち、もう少し静かに面会できないのか』

 面会の様子はモニタリングされており、クロノは別室からリアルタイムで監視をしていた。
 最初はお互いに小さな声から始まった二人の会話は、エスカレートしていった結果、部屋中に響くような大音声になっていた。さすがに放置できない。

『面会時間には限りがある。お互いに言いたいこともあるだろうが、だからこそ落ち着いて話すんだ。ヒートアップしてはよくない』
『おれと口論の末、殴り合った奴の台詞じゃないよな』

 画面外から誰かがクロノに話しかける声が聞こえた。

『うるさい、きみは余計なことを言うな! ……とにかく、落ち着いて話し合うんだ。あまりこんな言い争いが続くなら、面会を途中で打ち切らないといけなくなる。良いね?』

 映像が消える。しかし、ディスプレイは点灯したままだ。ディスプレイのスピーカからクロノの声が聞こえてくる。

『まったくきみはどうしていつも! 茶化したい気持ちは百歩譲って受け入れよう! しかし仕事中に――
 『執務官! 映像のスイッチしか切ってませんよ!』
 ――しまった!』

 どたばたとした音が聞こえたかと思うと、ぶつりと大きな音をたて、今度こそ完全にディスプレイの電源が落ちた。

 なのはとフェイトは毒気を抜かれて、顔を見合わせる。二人の心が妙に澄んでいるのは、クロノたちの間の抜けた会話のおかげ、だけではない。先ほどの口論で大声を出したことで、内省的になっていた二人の心は楽になっていた。
 なのははフェイトの顔を見ながら、一つ一つ言葉を選んで話し始める。

「……えっと、フェイトちゃんは自分のせいだから謝らなくていいって言うけど……わたしは、それは違うと思うの。どんな理由があっても、友達に怪我をさせちゃったんだから、謝るのは当たり前だと思うんだ」
「友達……私が?」
「あ、あれ? 友達……のつもりだったんだけど……もしかして嫌だった?」

 フェイトは首を横に振る。嫌なはずがない。
 でも実感がない。生まれてから今まで、友達はいなかった――いたのは母と師と使い魔。師は消えた。アルフは使い魔だから、根っこのところでは対等ではなかった。

「嫌じゃない……でも、今まで友達がいなかったから、友達がなんなのかわからない」
「友達がなにかなんて、わたしもよくわからないよ。でも、難しく考えなくてもいいと思うの。いっしょにお話しして、いっしょに遊んで、悩みがあったら相談して、困ったことがあったら助ける。まずは、それだけで良いと思う。
 フェイトちゃん。あらためて、わたしと友達になってほしいの」

 フェイトへと、なのはの右手が差し出される。そのなのはの暖かな思いが、ありし日のプレシアと重なった。
 なのはの手が救いに見える。地獄に垂らされた蜘蛛の糸のように、迷宮の出口に繋がるアリアドネの糸のように。
 それにすがろうとおずおずと手を伸ばす。

 ――だめだ!!

 フェイトはなのはに触れる寸前で、必死になって自分の手を止めた。
 これではプレシアに怯えて、なのはに逃げ込んでいるだけだ。プレシアに会うのは怖い。もしも拒絶されたら――そう想像するだけで体が震える。自分自身に向き合うのも怖い。どこまで与えられた記憶なのか知らなければ、大切な記憶だけは与えられたものでないと、自分自身を欺くことができる。
 でも、ここでなのはの優しさにすがりついては駄目だ。そんなことをしてしまえば、いつか絶対に同じことを繰り返す。なのはとの関係が悪化したら、恥もせずにまた新しい人にすがりつくだろう。
 それに、自分は時の庭園でアルフに告げた。たとえプレシアが自分を見てくれなくても、自分がプレシアを好きだから戦うのだと。だから、ユーノと武装隊の人たちを傷つけた。プレシアが自分の母親ではなかったからといって、今さらそれを曲げることはできない。そんなことをすれば、そんな薄っぺらい信念のために彼らを傷つけたことになってしまう。
 たとえ存在を否定されることが怖くとも、フェイトはプレシアと向き合わなければならない。
 だから“すがりついてはいけない”

 フェイトは、差し出されたなのはの手を“掴む” そしてなのはの顔を見ながら、言った。

「相談したいことがあるの。聞いてくれる?」

 もたれかかる(依存する)のではなく、支えて(助けて)もらうために。


 それから、残りの面会時間を使って、フェイトはなのはに語った。自分の出生の真実や、プレシアと会うことへの不安を。
 口に出すという行為を経ると、人はその内容を認識してしまう。フェイトはなのはに話す過程で、真実と向き合う。話している途中で、その重さに何度も押しつぶされそうになった。怖くて泣きだしたこともあった。
 そのたびに、なのははフェイトを支えてくれた。よく聞いて、一緒にどうすればいいのかを考えあった。
 そして一つの結論が出た時、部屋のディスプレイが再び点灯する。

『たびたびすまないが、あと一分で面会時間は終わりだ。それまでに部屋から出てくれ』

 なのはは立ち上がり、自分の髪をくくるリボンをほどいた。そして、フェイトに差し出す。
 とまどいながらも、フェイトはリボンを受け取る。

「願いを叶えるおまじないの話、覚えてる? クロノ君と始めて会った日に、翠屋で話したこと。わたしの願いは叶ったから、フェイトちゃんにあげる。だから、お母さんのことも大丈夫だよ」

 なのはは部屋を出ていく。それからすぐに、アースラは地球を離れた。



 その日の内にプレシアは目覚め、翌日にはフェイトに面会が許可された。

 フェイトはディスプレイを鏡面モードに切り替え、なのはがくれたピンクのリボンをつける。
 リボンの隅に書かれた小さな文字を思いだし、笑みを浮かべる。
 今でもプレシアに会うことは怖い。

 それでも、やることなんて最初から決まっている。

 私は母さんが好き。私に笑いかけてくれた母さんはもういない――始めからいなかった。でも、私が好きになった人は今もいる。そして自分はまだその人のことが好きで、母さんだと思っている。
 だったら、やることなんてたった一つ。

 フェイトは通路を歩く。これから母に会うために。それから母と話すために。
 足取りに迷いはなかった。


  **


 六月三日 夜

 時計の針がかちかちと音をたてる。
 メトロノームのように正確にリズムを刻んでくれることが妙に愛おしく思えて、はやては時計にキスしたい気分になった。

 明日は、はやての誕生日。去年までは一人の誕生日だった。でも、今年からは違う。
 明日には友達が家に来て、誕生会を開いてくれる。来てくれるのはなのはとすずか、アリサ。ずっとは無理だけど、石田先生も途中で顔を出しに来てくれると連絡があった。石田先生には、前の検診の時に一緒に食事でもいかないかと誘われたが、その時にはもうなのはたちと約束をしていたから断らざるをえなかった。
 そのことを聞いた先生は残念がるどころか、立ちあがって喜び、その日の診療時間は、ずっと質問され続けた。その喜びようと言ったら、はやても嬉しくなってしまう――を通り越して、思わず笑ってしまうほどだった。
 自分のことでもないのに、石田先生はこんなに喜んでくれるのか。ウィルと出会うまではやては自分が孤独だと思っていたが、どうやらそれは思い込みで、自分は意外とみんなに気にされていたようだ。
 石田先生だけではない。近所の人たちとも、少しだけど交流できるようになった。どうやら近所の方々の中にも、以前からはやてのことを気にしていた人はそれなりにいたらしい。
 それを聞いた時は、「なんでもっと早くに声をかけてくれへんの!」と怒りたくなってしまった。でも話しているうちに、その人たちは悪い人どころか良い人たちばかりだということがわかった。ただ、はやては孤独で、ほとんど誰とも交流がなかった。そういった子に話しかけることはやっぱり難しいらしい。気難しい子だったら――とか、立ち入ってはいけないような事情があるのではないか――とか。
 しかし、ウィルと共に行動し始め、最近はなのはたちに連れだされてよく街に出たりしていることもあって、その敷居が下がってたようだ。特になのはと行動を共にしていたことは、大きな影響があったらしい。翠屋の娘である彼女を知っている人も多く、そういった人たちが翠屋に立ち寄った時に、桃子に聞いてみる。そんな風にして、はやてのことが伝わったそうだ。そのことを桃子に聞いた時、彼女は「勝手に話しちゃってごめんなさい」と謝っていたが、彼女のことだから大丈夫だと思う人だけに話したのだろう。
 そうして今、八神はやては生まれて初めて自身がとても恵まれていると実感している。まったく、数カ月もすれば離れる世界に、今さらながら未練がわき上がってしまうじゃないか! と嬉しい憤りを覚えてしまう。

 ともかく、今まで世をすねていた八神はやては今日で終わり。明日からは新・八神はやての誕生だ。誕生日を、誕生した日を祝うだけのものではなく、新しい自分の誕生を祝う日とするのだ!

 そんなことを考えて――でも、一つだけ不満点がある。
 ウィルが来れないこと。

 管理外世界である地球に来るためには、事後処理のための管理局の船に乗るしかない。本局と地球の間は、往復で一週間はかかる。管理局の仕事がどのようなものかはわからないが、それだけの間休むことは無理に決まっている。
 休みを取れたとしても、船がやって来るスケジュールをはやての誕生日に合わせるなんてことはできないので、休みをとってやって来ても誕生日には来ることはできない。
 もう少しすると、月村邸の敷地内に大型の転送ポートが設置されることになるらしい。それができれば、船がなくともミッドチルダとも行き来が可能になるそうだが、残念ながら誕生日には間に合いそうもない。

 新・八神はやての誕生のきっかけ、先駆者は間違いなく彼で、一番祝ってほしい人で、一番一緒にいたい人――それがいないというのは画竜点睛を欠くことはなはだしいが、仕方ない。

 来れないお詫びとして、メッセージカードが届いていた。メッセージカードは、日本語で書かれていた。書きなれていないのだろう。ところどころ変なとこもあった。
 ちなみに、プレゼントには地球に存在しない技術が含まれていたため、途中で没収されてしまったらしい。その時の愕然とした表情はなかなか笑えたと、届けに来たクロノが言っていた。


 これまでのことを思い出し、これからのことに思いをはせていると、もう十一時を過ぎていた。

 用意もひと段落ついたので、後は明日の朝からやれば良い。そう考えて、さっさと風呂に入って寝床についた。

 なかなか寝付けない。時計を見ればもうすぐ十二時だ。日付が変わる。
 この際だから、それをこの目で確認しよう。
 布団から身体を起こし、時計を目の前に置いて、カウントダウンを始める。

「十、九、八」

 何をやっているのかと自分でもバカバカしくと思う。

「七、六、五」

 どうせカウントダウンが終わったら、またすぐに寝るだけだ。

「四、三」

 何だそれは、シュールにもほどがある。でも、楽しい。わくわくする。
 これまでは、失うことを恐れて希望をもたないようにしてきた。
 なんてもったいない。未来に希望を抱けば、こんなにも世界は楽しいものになるのに。

「二、一」

 零!
 両手を上げて、自分で自分を祝う――ハッピーバースデイ!!


 その瞬間だった。自分の中で、何かが鳴動するのを感じたのは。
 心臓のよう――でも、心臓ではない。これまで感じたことのない脈動。

 一冊の本が勝手に本棚から出て、宙に浮かび上がる。それは、物心ついた頃からはやての部屋にあった本だった。鎖と錠がかかった奇妙な本。
 本から光が漏れる。発光しているはずなのに、なぜかそうは思えない。じわりと、手のひらいっぱいすくった水が隙間から漏れているよう。その光は黒い。闇色の光。
 本が蠢き始める。血管が浮き出て、膨張と収縮を繰り返す。そのたびに少しずつ鎖がほどけていく。合わせるように、はやての中に現れたもう一つの心臓も膨張と収縮を繰り返す。
 鎖が完全にほどけた時、本の装丁が見えた。
 十字架――中心に丸い宝石を置き、四方に剣を向けたような十字。
 まるで、その宝石を守るために、周りの全てに敵意を向けているような。

『Anfang(起動)』

 今までにないほどに強い光が漏れ、はやては思わず目をつぶった。

 光がおさまった時、今まで時計しかなかった目の前に、新たに誰かがいた。
 人――四人の、人間?

「闇の書の起動を確認しました」
「我ら闇の書の蒐集をおこない、主を守る守護騎士にございます」
「夜天の主のもとに集いし雲」
「ヴォルケンリッター(雲の騎士)――何なりと命令を」

 呆然とするはやての前に跪き、彼ら四人はそう告げた。
 彼らの後ろで、棚から落ちたカップが粉々に砕けていたことに、まだはやては気がつかない。


  ***


 同刻。第百二十二無人世界。

「こんな時間に出かけるのか?」
「ちょっと空を飛びたくなっただけだよ。すぐに戻ってくる」

 ウィルは基地の正門を警備している局員にIDを呈示し、二言三言、言葉を交わしてから、飛行魔法で空に飛び上がった。そのまま砂漠へと向かう。

 アースラが本局に到着した後、ウィルはミッドチルダに寄って家族に顔を見せたりしている内に時間はどんどん流れ、勤務先のこの世界には戻って来たのはつい先日だった。
 ウィルがいない間にも、この世界ではいろいろと事件が起こっていたらしいが、増援でやって来た海の艦長――たしか、ケネス・ビュイックという名前らしい――が協力的であり、ウィルが帰る頃には事件は完全に終わっていた。
 また、いつも通り管理局の局員としての生活が始まる。もう数ヶ月もすれば、この世界への出向期間は終わる。そうなれば、ウィルは再びミッドチルダに戻ることになるだろう。ミッドに戻ることができれば、はやてにも頻繁に会うことができる。
 そんなことを考えている自分に苦笑する。不確定の未来に過度な期待は禁物だ。
 それに、うかれてばかりはいられない。幸福なことは良いことだが、それで目的を忘れてはいけない。

 ウィルは果たすべき目的を忘れていない。
 父が死んだ原因であるロストロギア『闇の書』と、それを守護する四人の騎士を、あまねく全て殺戮せしめて、この世界から存在を完全に消し去るという目的。
 闇の書という存在そのものに、燃え続けているこの瞋恚の炎を叩きつけ、復讐する。十年という長さはそのために費やした。
 プレシアが忠告したように、いつかはこの感情も薄れるのかもしれない。それならそれで構わない。その時は復讐ではなく、管理局の一人として世界を守るために闇の書と戦おう。
 だが、少なくとも今は断言できる――この身を焦がす永遠の炎は消えることはない。

 ウィルにとって闇の書は不倶戴天の敵。まさしく不倶戴天――やつらに、おれと同じ天は戴かせない。
 そのためには、もっと強くならなければ。
 戦い方をさらに習熟させなければ。新しいデバイスも必要になる。共に戦ってくれる仲間や、支援してくれる味方――もっと大きなコネクションも。

 かぶりをふる。
 もうすぐはやての誕生日だ。こんな暗い思いは彼女には似つかわしくないし、見せる必要もない。
 きっと彼女は、クロノと同じように良く思わないだろうから。


 基地から離れ、遺跡を越え、何もない砂漠の真ん中に着く。この星には衛星はないので、夜はとても暗い。そしてだからこそ、星の光がよく映える。しばらくの間、星を眺め続けた。
 携帯端末が、第九十七管理外世界の日本の日付が、六月四日に変わったことを伝える。
 誰もいない、周囲に何もない砂漠の上空で、ウィルは地球のはやてに届けとばかりに祝福の声をあげる。
 彼女のこれからの人生にあらん限りの幸福が訪れんことを願って、星のまたたく闇の空へと

 ――――ハッピーバースデイ!!




 人はみな、願いを抱いている
 なのはが人を助けずにはいられないように
 フェイトが母のために戦わずにはいられないように
 プレシアが娘を蘇らせることを諦められないように

 願いを叶えようと足掻いた結果が幸せとは限らない
 友人を助けようとしたなのはは、自らの手でその友人を傷つけてしまった
 最後まで母のために戦ったフェイトは、母との記憶が偽りであることを知ってしまった
 願いを阻止されたプレシアは、残り短い人生を渇望を抱えながら生きなければならなくなった

 それでも人は、心に宿る渇きに導かれて進み続ける

 誰もかれもが呪われているから



  ―――邂逅編、閉幕―――


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