「ウィル君、聞こえる?」
エイミィは海上のウィルへと通信をつなぎ、呼びかける。ジュエルシードが発動していた時は、荒れ狂う魔力で音声がほとんど拾えなかったが、それも少しは落ち着き始めている。
ウィルからの返事も、多少のノイズは混じっていたが、声ははっきり聞き取れる。
『ああ。見えているとは思うけど、なのはちゃんとユーノ君も無事に保護したよ。フェイトとジュエルシードはどうなった?』
「二人とも転送魔法で逃げたみたい。逃げる前にフェイトちゃんが雷――次元跳躍魔法に当たって気を失っていたのが気になるけど、観測結果によると非殺傷設定だったから大丈夫かな。でも、当分は戦えないだろうね。よっぽど慌ててたのか、ジュエルシードがそのまま放置されちゃってるの。だから――」
『わかった。回収してくるよ』
ウィルはなのはたちを連れてジュエルシードの元へ移動し始めた。
「話が早くて助かるよー」ウィルとの通信を終えたエイミィは、続いて部下に問いかける。 「アレックス君、アースラへの攻撃は解析できた?」
「魔力波形はプレシア・テスタロッサのものと一致しました。海上への攻撃も同様です」
「攻撃元は特定できそうかな?」
「問題ありません。それに二か所も攻撃してきましたからね。組み合わせれば、かなりの精度で特定できますよ」
エイミィが尋ねたのは、もう一つの次元跳躍魔法のことだ。
予想した通り、アースラも海上とほぼ同時に次元跳躍魔法による攻撃を受けた。海上の方は回避すれば良かったが、アースラの巨体はそんなに器用なことはできない。
そこで、回避ではなく防御を選択する。そのための手段は、艦長であるリンディのAMF系魔法『ディストーションシールド』だった。
その効果は、一定範囲の空間を魔力の動きが極端に鈍くなるような歪んだ場に変えること。それによって範囲内の次元震を抑えることや、外部からの魔法攻撃を弱めることができる。前もって発動準備をしていたことで、プレシアの次元跳躍魔法を防ぐことに成功。
そして、次元跳躍の痕跡を解析することで、敵の攻撃元――すなわち本拠地を探りだす。
エイミィはそのまま解析を続けるように指示すると、今度は別のオペレータに問いかけた。
「ランディ君、艦長は?」
「医務室で検査を受けています。まだ途中ですが、心配ないみたいです」
「そう。良かった」
ほっと胸をなでおろす。ディストーションシールドは行使者であるリンディに大きな負担をかける。艦船一つを完全に包むほどのAMF魔法は、彼女だけでは魔力が足りず、アースラから魔力の補助を受けなければならないからだ。
それには二つの問題があった。
まず、艦の動力となる魔力をそのまま使うことはできないので、なのはがフェイトに魔力を譲渡した時のように、魔力をリンディに合った形に変化させる必要があったこと。しかし、その場でやらなければならなかったなのはたちとは異なり、こちらには事前に数日の猶予があった。その間に、念入りに準備しておくことで解決できる程度の問題だ。
重要なのは、もう一つの方だ。
一時的とはいえ、リンディは自身のリンカーコアの容量をはるかに越える魔力を取り入れなければならない。限界以上の魔力を外部から取り入れることは、行使者の肉体――とりわけリンカーコアに大きな負担を与える。身の丈に合わない力は、行使する者の体を傷つける。
今回は相手の攻撃に合わせて、十数秒間だけ発動したにすぎないが、それでも身体に与える影響は大きい。万が一ということがある。
問題ないなら良いが、検査の結果に少しでも異常があるのなら、後のことは副長に任せてそのまま休んでいてほしいと、エイミィは思っていた。
事態はアースラにとって理想的に進んでいる。リンディのことも想定の範囲内だ。
後はフェイトたちの持つ五個のジュエルシードを取り戻し、プレシアを捕まえるだけ。彼女たちの拠点はじきに見つかる。そこで戦いがおこったとしても、フェイトとアルフは先ほどの封印で相当消耗している。相手はプレシア一人だと考えて良いだろう。
それに比べれば、アースラの戦力は何一つ欠けていない。負ける要素はない。
「気を抜かない方が良い」
そのゆるみが表に出ていたのか、いつのまにかエイミィの横に来ていたクロノが、戒めるように言う。これだけ優勢でも、クロノの顔は険しいままだ。
「でも、もう解決したようなものじゃない。何か気にかかることがあるの?」
「解決できることは疑っていない。しかし、手負いとはいえ相手は大魔導師だ。正面からぶつかると、こちらの被害も大きくなる。武装隊員の被害をできるだけ抑えたいんだが……何か良い方法はないものかな」
「……」
「ん、どうしたんだ?」
クロノはじっと自分を見るエイミィの視線に気づき、怪訝な顔をする。
「いやぁ、クロノ君はやっぱり偉いなと思って」
「急にどうしたんだ」
「なんでもないよ。そうだ! 医務室で艦長が検査を受けているんだけど、それって向こうにも――」
*
転送室にはアースラの主戦力である武装隊が待機している。その数三十。彼らはフェイトやなのはたちが封印に失敗した時の保険。そして、海上にプレシアが現れた時に戦うためだった。もっとも、そんな事態にはならなかったので、次の指令がくるまでは待機を命令されている。
その武装隊の中に十代後半の女性隊員がいる。彼女は最近本局武装隊に配置され、アースラには来たばかり。魔導師ランクはB。この隊での実力は中の下といったところ。
転送室の中心にある足場に円柱状の光が現れ、三人の人間が現れる。そのうち、少年と少女――なのはとユーノからは大きな緊張ととまどい、そして敵愾心が見てとれる。もう一人であるカルマン三尉――ウィルは特に変わったところはない。
三人の前方にモニターが投影され、そこには男性オペレータが映っている。
『無事で何よりです。ジュエルシードは転送室の外で待機している技術官に渡してください。カルマン三尉は武装隊ではなくクロノ執務官の指揮下になりますので、ブリッジにて待機してください。ですが、その前にそちらのお二人――高町なのはさんとユーノ・スクライアさんを医務室まで案内していただけませんか。お二人とも大量に魔力を消耗した後ですので、念のためにメディカル・チェックを受けた方が良いかと』
「わかりました。二人ともおれの後についてきて」
ウィルはなのはとユーノに呼びかけると、さっさと歩き出した。お先に失礼します、と一足先に会社から帰るような気軽さで挨拶をしながら出ていく。
彼らが転送室を出た後で、彼女は思わず隣の青年に念話で話しかける。
≪気に入らないっ! って思いません?≫
話の相手は、彼女の指導役を務めている先輩武装隊員だ。年は同じほどだが、彼はもう三年ほど本局武装隊で働いており、魔導師ランクはA。武装隊での実力は五番前後。
≪どれのことを言っているのですか?≫
彼は肯定するでも否定するでもなく、淡々と尋ね返してきた。自分には関係ないとばかりに澄ました答えにむっとして、語気を荒げる。
≪全部ですよ! ロストロギアが発動しているのに放っていたこと、それの対処を敵の子供に任せて傍観していたこと、私たちじゃなくてアースラのメンバーでない人を出動させたことも! なにより一番ダメなのはあんなにかわいい子たちを放っておいたことですよ。転送された時のあの子たちの顔は先輩も見たでしょ。そりゃ怒りますよ当然ですよ。それにあんな抱きしめたら折れちゃいそうな体を、あの嵐の中に放っておくなんて! ああ、待機命令がなかったら二人とも私が抱きしめて暖めてあげるのに――≫
≪落ち着いてください≫
注意されて少しは冷静になる。しかし、落ち着いてもやはりこらえられずに、もう一度話しかける。
≪でも、何て言うか……わかりませんか?≫
武装隊は待機中に、海上の様子をモニターで見ていた。嵐に翻弄されて徐々に衰弱していくフェイト、果敢に立ち向かうなのはの姿を、彼らはモニター越しに見ていた。見ているだけだった。助けたいと思っても、転送機能はブリッジで制御されている。助けに行くことはできない。
そんな状態で不満を抱くなと言う方が無茶だろう。
≪きみの気持ちは理解できます。しかし、これが最も確実な作戦です。それに従わなければ、救えるはずの者さえ救えなくなる可能性が高くなります≫
≪理屈ではわかります……でも納得できません。こう感じるのは駄目なんですか≫
≪いえ、良いことだと思います。誰も傷つかず、危険な目に合わせない。その最善を目指そうとするのは、とても大事なことです。ただし、それは現実的ではない。作戦を立案した艦長たちでさえ、本当は誰も犠牲にしない道を望んでいるはずです。でも、部下の命を預かる者として、そんなおぼろげな道を進ませて、無駄死にさせるわけにはいきません。
より優先順位の高いものを確実に守るために、何かを切り捨てる。それが指揮官にとっての割り切るということだ――と、僕は士官学校で教えられました≫
≪それは……そうかもしれませんけど≫
彼の言葉は正しくて、でもそれを認めたくはない。理屈では正しくても、血の通っていない言葉のように感じるから。こんな風に、上に命令されるままに機械のように行動するために、自分は管理局に入ったわけではない。それを良しとする者たちが仲間だと思いたくない。
でも、彼女は言い返すだけの言葉を持っていなかった。そんな自分がなんだか情けなくなって、うつむいてしまう。
≪だから、命令をやぶる時は自分の行動が及ぼす影響を考えてからおこなってくださいね≫
≪えっ?≫
物騒なことをさらっと言われた気がして、思わず顔を上げる。
≪……なんだか、やぶっても良いみたいなことを聞いた気がするんですけど≫
≪良いですよ。僕たちは機械ではありません。どうしても命令に納得がいかないならやぶれば良いんです。もちろん、そのせいで状況が悪化する可能性は高いですし、たとえうまく行ったとしても罰は受けなければなりませんよ。自分の考えのもとで、リスクとリターンを考えて行動を選択する――それが僕たちのような現場のものたちにとっての、割り切ると言うことですから≫
彼の片手には、デバイスが握られていた。よくよく思い出してみると、彼は待機中もずっとデバイスを握っていた。他にも何人かそうしていた人たちがいたので気にしなかったが、考えてみればおかしなことだ。命令が出てすぐに転送されるわけではないのだから、その間にデバイスを展開すれば良いのに。
もしかして――
≪先輩って、転送魔法使えましたっけ?≫
≪使えますよ≫
≪それって、デバイスがなかったら使えないとか?≫
彼は何も言わなかったが、彼女にはその沈黙が答えだと思えた。
≪なーんだ。結局、先輩もこの作戦は気に入らなかったんですね。そうならそうと言ってくださいよ。もしかして他にもデバイスを展開させてた人たちも同じようなことを考えていたんでしょうか。それにしても、考え付かなかったなぁ。いえ、もし考え付いても私って転送魔法使えないからできないんですけど――≫
彼は彼女のかしましさに、呆れたようにため息をついた。
**
医務室の奥の部屋は静寂に包まれている。椅子に座ったリンディの正面には、初老の医師が座っている。彼は白いものが混じりだした髪をなでつけながら、モニターに映るヴァイタル・データを睨みつけるような目で見ていた。しばらくそうしていたかと思うと、急にふっと微笑みを浮かべる。
「ポジティブ。少し弱っているが、リンカーコアに損傷はない。体力の消耗も一晩寝れば治るだろう。もういい年だというのに元気なことだな。うらやましくもあり、ねたましくもある」
「もう、そんな怖い目で見ているから、おかしなところでもあったのかと思ったわよ。それと年齢のことは言わないで。……ところで、もう一回くらい使えそうかしら?」
医師の笑みが消え、代わりに渋面を浮かべる。
「ネガティブ。今日一日は艦長席をその大きな尻で温める仕事に専念した方が良い。そもそもきみの出番はまだあるのか? 相手の居場所がわかったら、後は武装隊が捕えるだけではないか」
「そうなれば良いのだけどね。相手がロストロギアを持っている以上、やぶれかぶれになって暴走させるってことも考えられるわ。そうなって次元震が発生したら、抑えられるのは私しかいないから。それで、できるのかしら?」
「ポジティブ、可能だ。だが、弱っている状態で発動する以上、負担は先ほどよりはるかに大きくなるぞ。きみのことだから限界は心得ているとは思うが、万が一ということもある。……こんなに早くきみを逝かせては、クライド君に申し訳が立たん」
「わかっているわ。私もまだ、クロノにいらない責任を押し付けるつもりはないから」
医師は横を向き、ふんと鼻を鳴らす。
「ポジティブ。わかっているなら構わん。医師ができるのは忠告までだからな。それではさっさと出ていけ。次の患者が待っている。それに、クロノが緊急で調べて欲しいことがあると頼んできた。忙しくていつまでもきみの相手をしておれん」
「あら、どんなこと?」
「プレシア・テスタロッサの魔力値と、先ほどの次元跳躍魔法に関するデータから、彼女の消耗具合を予測してほしいそうだ。まったく、まだ若いのに、保護者がいなくとも自発的に考え動いている。優秀だな、きみたちの息子は」
「ええ。自慢の息子よ」
リンディが奥の部屋から出ると、手前の部屋ではウィルとなのはたちが待っていた。
「三人ともお疲れ様」
ねぎらいの言葉をかけ、それから一つ二つ言葉を交わすと、なのはとユーノはそのまま奥の部屋に入っていった。リンディと同じように検査を受けるためだ。
リンディはウィルと共にブリッジに向かう。その道中、ウィルがため息をついた。
「さっきまで、二人にアースラの行動を説明していたんですが……完全に納得してはもらえませんでした。なのはちゃんはフェイトを、ユーノ君はなのはちゃんを放っておいたことを怒っているみたいで……嫌われちゃったかも」
「悲しいことだけど、子供の反応としてはその方が良いわ。あの年で仕方なかったんだって割り切られたら、その方が悲しいでしょ?」
「違いないですね」
苦笑するウィルを見て、リンディはため息をつく。
「何度も言うようだけど、私はあなたやクロノにも、もっと子供らしくしていて欲しいのよ」
「こればっかりは性分でして。ところで、お体は大丈夫ですか?」
「ええ。なんともないわ」
そう言った途端にリンディは平行感覚を失って、隣を歩いているウィルにぶつかりそうになる。ウィルは慌ててリンディの肩に手を回して抱き止めた。
「あら……ごめんなさい」
「あまり無理しないで下さい。……とりあえずまた倒れそうになられては困るので、不肖わたくしめがブリッジまでお送りいたします」
ウィルはそのまま、芝居がかった大げさな動作でリンディを横抱きする。貴婦人を気づかう騎士ではなく、わざと身の丈に合わぬキザな行動をとって、笑われようとする道化のような大仰な仕草だ。
「さすがにこれは……ちょっと恥ずかしいわ。それに重くないかしら」
「人を抱えるのは、ここ一月で慣れましたから」
幸運にもブリッジまでの道中、誰にも会うことはなかった。
***
時の庭園はすぐに発見された。各種センサーで遠距離から観察。次に、艦載の機械式サーチャーを転送装置で庭園に送り込み、内部から調査する。
サーチャーの一つが、庭園部を移動するアルフを発見した。幸いにも気付かれることなく――もしかしたら気付いていたのかもしれないが――追跡したところ、彼女はひときわ大きな部屋に入っていった。
そして、そこにはまさしくプレシアその人がいた。さては報告に訪れたのかと思いきや、アルフは翻意を明らかにしてプレシアに襲いかかる。しかし、力及ばずプレシアに敗れ、殺されそうになったため、クロノは六名から成る武装隊の一小隊を突入させた。
すぐさまアルフを保護し、アースラに転送。残った武装隊はプレシアを囲むように半円状に位置取った。
『プレシア・テスタロッサ。時空管理法違反、および管理局艦船への攻撃容疑であなたを逮捕します』
『邪魔よ』
何のためらいもなく、プレシアは魔法を放った。
部屋全体を範囲とする広域魔法、上方から降り注ぐ無数の雷の雨から逃げられる場所などなく、武装隊はただ防御するしかない。
個人ではとうてい防げない。オーバーSの魔導師の魔法に対抗するには、武装隊では圧倒的に魔力が足りていない。六人の隊員は一か所に固まり、一斉に防御魔法を行使。協力して合計二十層におよぶシールドを展開する。一人で無理なら六人で。一枚一枚のシールドは弱くとも、これだけの数があれば話は違う。
質に量で対抗するための武装“隊”だ。
それでも彼らを守る盾としては十分ではなかった。二十層全てが破られ、プレシアの魔法が彼らを襲う。
シールドのおかげで魔法は本来よりもずいぶん軽減される。せいぜい軽傷。まだ戦えるが、次の攻撃を受ければ倒れるだろう。
このタイミングで、クロノはエイミィに指示を出す。
「第二隊を時の庭園に転送。同時に、第一隊をアースラに召還」
「了解!」
新たな武装隊が送りこまれ、先ほどまで戦っていた武装隊が回収される。送り込まれた者たちは再びプレシアと向かいあう。先ほどの焼きまわしのように。
これがクロノの策だった。
一度に大人数を送り込んでも、そのほとんどがプレシアの広域魔法で一網打尽にされてしまう。そこで三十人の武装隊を、わざわざ六人ずつ送り込んで戦わせる。いわゆる戦力の逐次投入。一般的には愚行であり、六人ずつ倒されるだけ。だがそれはプレシアが本来の調子であれば、だ。
次元跳躍魔法をアースラと海上――座標の全く異なる二つの場所に同時に放つ。それはプレシアの魔力量でも不可能だ。しかし、次元跳躍魔法の魔力波形がプレシアのものである以上、攻撃は何らかの兵器によるものではなく、プレシアの魔法であることは確定している。
なら、プレシアもリンディと同じように外部から、おそらく時の庭園の動力となる魔導炉から魔力を引っ張って来たと推測。リンディと同じ方法で、リンディ以上の魔法――二つの次元跳躍魔法――を行使したプレシアの肉体とリンカーコアには、想像を絶するほどの負担がかかっているはずだ。
アースラの医師によると、今のプレシアの身体やリンカーコアは極度に弱っており、機能不全をおこしかけている可能性が高い。そして、その状態では魔法一つを行使するだけでも体力を大きく消耗する。広域魔法のように消費の大きい魔法を二発も撃てば、それだけで気を失うこともある。
武装隊が完全に守りに専念すれば、プレシアの魔法でも、一撃くらいなら耐えられる。プレシアが攻撃して、武装隊が防御する。そしてすぐに残りの武装隊と入れ替える。
こうすれば、武装隊にも大きな被害をだすことなく、確実にプレシアを倒すことができる。
新たな武装隊が現れるのと同時に、玉座の間にモニターを投影させる。二度目の投降勧告のため。モニターにはリンディが映っている。
「あなたにもう勝機がないことはわかるでしょう。投降してください、プレシア・テスタロッサ。我々もこれ以上の戦闘は望みません」
沈黙が玉座の間に訪れる。だがそれもほんの少しの間。
『甘く見られたものね』
そう言いながらも、プレシアは先ほどと同じように魔法を放つ。
だが、武装隊は同じように協力してシールドを展開。先ほどの魔法を見ていたこともあり、より迅速に、より余裕を持ってシールドは展開された。
さらに、プレシア自身の魔法の威力も先ほどに比べて低下している。シールドはぎりぎり残り、プレシアの攻撃は完全に防がれた。
だが――
『終わりと思ったの?』
武装隊が気をぬくよりもさらに早く、もう一度雷が降り注ぐ。
並の魔導師では不可能な広域魔法の並列構築と、そこからの二連撃。残りのシールドが貫かれ、武装隊は雷に焼かれる。
殺傷設定の一撃にクロノは青くなるが、すぐにやられた武装隊の様子を観察する。大きな傷を負っている者もいるが、致命傷の者はいない。すぐに治療すれば全員助かるだろうと判断。
それに、プレシアは今にも崩れ落ちそうな体を、玉座にすがりつくようにして支えていた。これだけ弱っていれば、もう彼女を取り押さえることもできるだろう。
だから、先ほどと同じように武装隊を入れ替えるように指示する。
しかし、指示通りにエイミィはコンソールを操作しようとして、その指が凍りついたかのように動かなくなる。
「時の庭園を中心に小規模の次元震の発生を確認。……これじゃアースラに戻せないよ!」
その言葉を裏付けるように、次第に時の庭園が揺れ始め、モニターにはノイズがかかり始める。
モニターの向こうのプレシアは、玉座にすがりつきながらも嘲るように笑っている。
『勝てないなら、負けなければ良いのよ』
「ジュエルシードと心中するつもりか!?」
『安心してちょうだい。これはジュエルシードを暴走させたわけではないわ。ちゃんと制御して発動させたの。今日のところは引き分け――日を改めての再試合といきましょう。数日もすれば治まるから、それまで私はゆっくり休ませてもらうわ』
よりいっそう次元震が激しくなる。まもなく通信は完全に途切れ、玉座の間を観測することさえできなくなった。
****
ノイズばかりが映るホロ・ディスプレイを前にして、ブリッジは重い沈黙に包まれていた。だが、このまま沈黙していても何も変わらない。艦長であるリンディが、状況を打破するために口を開く。
「やられたわね……単に暴走させただけなら抑えこめば良いけれど、私もずっとディストーションシールドを張り続けることはできない。相手がジュエルシードを完全に制御できるのなら、ゆるんだ隙に再び発動されるだけだわ。まずは彼女を捕まえるか、ジュエルシードを回収しないと」
状況を整理したリンディの言葉を聞き、オペレータが慌てて計測されるデータを確認し、発言する。
「次元震自体は小規模なものです。外から観測でき、ある程度の広さがある場所になら転送可能です。と言っても、条件に該当するのは、庭園部の上空くらいしかありません。それに、一度突入すれば、解決するまでアースラには戻すことはできません」
座標を指定する転送魔法は、次元震が起こると転送できる場所が限られてしまう。次元震によって空間が動かされているので、指定した座標からずれてしまうからだ。
もし普通の部屋のような狭い場所には転送しようとすると、壁や物のある座標に転送される――いわゆる“いしのなかにいる”状態になる危険がある。そうならないためには、周囲に――この次元震の規模なら周囲数十メートル程度に何もない場所が望ましい。
アースラに戻せないのは、召喚はさらに危険だからだ。呼び戻す者の座標がうまく指定できなければ、その者の体の一部だけが転送室に戻ってくる――などという事態になってしまう。
こちらから浸入することのみ可能。しかし、プレシアもそれは予想しているはず。
「目的は回復のための時間稼ぎ……に見せかけて、本命は私たちをおびき寄せて、少しでも戦力を減らすことでしょう。そのために、なんらかの罠が仕掛けられていると考えるべきよ」
一度突入したが最後、何が待ち受けていようと戻ることはできない。補給も回復もできないとなれば、全滅の危険もある。
ブリッジに再び沈黙が訪れかけるが、クロノの声が追い返す。
「罠があるとしても、僕たちは引くわけにはいかない! 突入した仲間たちが、まだあそこに取り残されている。一刻も早く治療しなければ命にかかわる。それに、プレシアが回復してしまえば、その後の戦いではさらに多く犠牲が出ることになる」
リンディも同意する。
「そうね。なにより、私たちはさっき彼女を追いつめて、勝ち目がほとんどないことを理解させてしまった。体勢を立て直したプレシアは、手段を選ばずに行動してくるでしょう。ジュエルシードと地球を盾に脅迫してくることもあるかもしれないわ。そんな相手に考える間を与えては駄目」
「僕と残りの武装隊全てで時の庭園に突入する! 目的は取り残された武装隊の回収! そして、プレシア・テスタロッサの捕縛だ!」
宣言すると、クロノは次々に指示を出す。武装隊への連絡、医療班の編成、これまでの観測結果を元にした時の庭園のマップの作製。準備は念入りに、しかしなるべく迅速に突入しなければ、取り残された武装隊の命が危うい。
クロノはその状況で、混乱することも止まることもなく、流れるように指示を出していった。
ウィルはその間、一言も話さずにクロノのかたわらに控えていた。艦船に配属されたことのない自分が口を出したところで、的はずれなものになるだけだ。平時ならそれも経験になるが、このような緊急事態に余計な発言で時間をロスさせるわけにはいかない。
しかし、いつまでも黙っているわけにもいかない。このままだと、自分はアースラに置いていかれそうだから。
当たり前だ。クロノは帰って来れるかわからない作戦に、部外者を巻き込むことをよしとしない。それに養子とはいえレジアスの息子を死なせてしまっては、管理局の地上と海の関係がさらに悪くなる。
だが、ウィルもここで引き下がるわけにはいかない。ウィルにも行きたい理由がある。
だから、クロノが指示し終えた瞬間、その隙をついて発言しようとした。
「おれも――
「わたしたちも連れて行ってください!」
……言わせてよ」