なのはは再び学校に通い始めた。
一週間ぶりの学校は、大人の視点ではあまり変化していないように見えるが、子供たちにとっては大きく異なっている。とある男子が女子を泣かせただの、それを聞いたアリサが逆に男子を泣かせただの――わずか数日のうちにいろんなことがあった。身近なゴシップの会話における占有率が減少する中学生以降ならともかく、小学生の時点ではその割合はまだまだ大きく、一日休んだだけでも会話についていけず、妙な疎外感を覚えてしまうものだ。まして一週間となれば浦島太郎のようなもの。
なのはには彼女をフォローしてくれる親友、アリサとすずかがいる。以前のように二人と昼食をとる時に、いろいろと教えてもらった。そして、二人がどんな風に一週間を過ごしたのかも教えてもらった。
だがその反面、なのはの方は二人には何も言うことができない。月村家はもう関係しているので、すずかには伝えてもよかったのだが、彼女自身がそれを断った。「アリサちゃんが知らないのに、わたしだけ教えてもらうのは駄目だよ」と。そして「話してもよくなったら、絶対に二人一緒に教えてね」とも。
とはいえ、いつになっても魔法のことを教えるわけにはいかないのだが。でも、これだけは言ってもいいんじゃないか――そう思って、なのはは二人に一つだけ教える。
新しい友だちができたことを。
学校から帰って来たなのはは、自分の部屋にかばんを置くと、急いで着替えて翠屋へ向かった。店の扉を開けると、中には二十人程度の客。あと一時間もすれば、学校帰りの学生が来るようになって、さらに忙しくなるのだが、今はまだ常連で年配の客がほとんどを占めている。
なのはは店内を見渡して、探し人の姿を見つける。そして走って近づこうとするが、店の奥からそれを咎める声がかかった。
「お客様、店内で走るのはおやめください」
店の奥から、トレーを片手にウィルが現れる。翠屋のエプロンをつけ、首には固定具。エプロンに濡れた跡があるので、先ほどまで皿洗いをしていたのだろう。
なのはがその席に座ると、ウィルはなのはの前にカップを置いた。その席の他の人の前には、すでにカップとお菓子が置かれている。紅茶はラズベリーティー。テーブルの中心には、ラズベリータルト。
席に座っているのは、はやてとユーノ。そしてフェイトだ。
*
オフィス街での戦いの後、一行はカラオケ店に寄った。ウィルは何かあった時のためにと、はやてにある程度の金銭を渡してもらっていたので、それを使った。
話ができる場所なら高町家か八神家でも良かったが、どちらも彼らにとって身近な人たちがいる場所。話し合いが決裂して再度敵対した時のことを考えると、あまりよろしくない。もしかすると、彼らを人質にとられる可能性も――とウィルが考えてしまったのは、乱闘、誘拐、テロの対処をおこなう地上部隊の思考が身についているからだ。
フェイトもろくに戦えない状態で敵の懐に行くのは心理的抵抗があったため、カラオケ店を利用することに賛同した。
なのはのレイジングハート、フェイトのバルディッシュは、ジュエルシードから発せられた莫大な魔力のせいで機能を停止。両方ともわずかながらコアが損傷していたが、幸いどちらのデバイスにも強力な自動修復機能があったので、魔力さえこめれば一日で直るようだ。
しかし、なのははデバイスがなければろくに魔法は使えない。フェイトは魔法は使えるが魔力はあまり残っていない。
ユーノはなのはとフェイトにかけた回復魔法のせいで体力と魔力を失い、再びフェレット状態に。そしてアルフはいまだ気絶中で、ウィルの背中に背負われている。
この中ではウィルが一番軽傷だ。肉体駆動の使いすぎで体中が痛くて仕方がないし、アルフの攻撃を受けた左腕は特に痛むが、それでも戦えない程ではない。交渉が決裂した時には、フェイトを実力行使で抑えることもできるとほくそ笑む。ある意味一人勝ちだ。
カラオケ店についた時には、すでに午後八時前。小学生は九時以降は入店禁止のため、一時間だけとする。二時間だと予算もオーバーする。
部屋に入ると、なのははさあ話し合いだと意気ごみ満タンで話し始めたが、フェイト自身が語ったこと、語れたことは非常に少なかった。
フェイト・テスタロッサという名前。ジュエルシードを集める目的は、必要としている人がいるから。なぜ必要なのかはフェイトも知らない。まとめてみれば、たったこれだけのこと。
さすがにこれだけではいけないと、ウィルがフェイトに質問をする。
それでもわかったことは少なかった。地球に来ているのはフェイトたちだけであり、フェイトは何らかの組織に所属しているわけではない。地球にやって来たのは、ウィルたちと初めて接触した日(月村家のお茶会)の前日であるということ。フェイトのバルディッシュは、フェイトに魔法を教えていた先生に作ってもらったもの。
「ジュエルシードを必要としている人――きみに回収を命令している人が誰なのかは、話せない?」
フェイトは申し訳なさそうにうなずく。隣のユーノが何かに気がつき、「あっ」と小さく声を漏らし、フェイトに訊く。
「もしかしたら、フェイトのお母さん? さっきの戦いの途中で、そんなことを言っていたよね?」
ユーノの指摘で、フェイトの息が途絶する。顔には驚愕。否定しようと口を開いて、諦める。フェイトは涙目で、ウィルを見る。
「私、顔に出てましたよね?」
「まあね」
なのはが泣きそうになっているフェイトをなぐさめながら、ユーノを責める。ユーノはあたふたとしながら弁明する。
そのやり取りを見ながら、ウィルはこれまでの情報をまとめる。
フェイトが単独で来ている以上、犯罪組織が関わっている確率は低い。たとえ封印できない程度の魔導師でも、複数人いれば捜索の効率は上がるからだ。それを行っていないということは組織的な関与はまずない。
次に、バルディッシュから、金銭的には潤沢であることがわかる。このような高性能なデバイスを作るには、十分な設備と費用が必要だからだ。だが、金銭的に余裕があるなら、なぜ人を雇わないのかという疑問が浮かぶ。
導かれる可能性は、管理外世界で行動するという非合法な行為に手を貸し、なおかつ裏切らないと信用できるような組織とのコネクションがない。もしくは、ジュエルシードの使用目的がそういった組織でさえ手を引くようなやばいものである。この二つだ。
後者でないことを祈りたい。
「どうすれば良いんだろう……」
なのはは頬に手を当てながら悩む。フェイト、ウィル、ユーノ、なのは。全員が納得するような折衷案を模索中。
ウィルが一つ案を出そうと手をあげようとした時、ユーノが声を上げた。
「お互いにジュエルシードの捜査情報を交換して、協力して探すっていうのはどうだろう。今みたいに、ジュエルシードを見つけるたびに戦っていたら危険だよ。だから、二十一個のジュエルシードを全部集めるまでは、一緒に探したら良いんじゃなかって……どうかな?」
「わ、ユーノ君すごい!」なのはが真っ先に賛同。 「わたしは賛成!」
「……私も、それくらいなら」フェイトが続く。
「おれも賛成。一時休戦だね」
全員があっさりとその意見を飲んだ理由の一つには、先ほどのジュエルシードのこともある。ジュエルシードが引き起こした魔力波は、小規模ではあるが、空間に作用する次元震クラスだった。封印せずに放っておけばさらに大規模になっていたかもしれない。
それを引き起こしたのが、たった一個のジュエルシード。同じものが海鳴にあと十個もある状態で、毎度毎度ジュエルシードの周りで争うのは危険極まりない。最悪、一個のジュエルシードに影響されて、残りのジュエルシードがドミノ倒しのように次々に活性化して、十個全てが活性化という事態も想定される。そうなれば、海鳴が地図から消えることもありえる。
管理局にとっては都合が悪いが、もともと輸送の事故はウィルの、ひいては管理局のミスで、この世界の人々には関係のないこと。さっさと回収して、管理局とフェイトたちという管理世界に住む者同士、この世界に関係ないところで決着をつけるべきだ。
話し合いの結果、管理局の部隊が来るまでという期間限定で、両者の間に協定が結ばれた。
お互い今まで通り別々に捜索をするが、毎日夕方にどこかに集合して、お互いのジュエルシードの捜索状況とその成果を教えること。そして、全てのジュエルシードの収集が終わるまでは、互いのジュエルシードには手を出さないことが決定した。
その夕方の集合場所が、ここ翠屋だ。
あれから毎日、一同はこうして夕方に集まって情報交換をしている。昨日などは、店が混んでいたので途中から高町家に集まった。なぜかはやても参加しており、もうみんな敵であったことを気にしていないようだ。
互いの捜索状況を記した地図は書き込みだらけだ。ほぼ毎日のようにジュエルシードが見つかり、現在はウィルとなのはが九個、フェイトが五個――合計して十四個のジュエルシードが見つかっている。街の周辺と、山林方面の捜索はほぼ終了。捜索が大変であり、放っておいても大丈夫だろうと後回しにしていた海方面の捜索に、そろそろ取り掛かろうかという段階になっている。
そして、今日の報告も終わり、なのはたちはもうお喋りを続けている。
「こうしてフェイトちゃんと仲良くなれて良かった。これもおまじないのおかげかな」
「おまじない?」なのはの言葉に首をかしげるフェイト。
「あのね、自分の持ち物を机の上に置いて、秘密の呪文を唱えながら願いごとを三回書くの。それから、願いがかなうまで毎日身につけるんだよ。秘密の呪文はね――」
フェイトはあの晩から、よく表情を見せるようになってきた。こうしてみると、あまり世間ずれしていないようで、なのはのメルヘンな発言に感心しながら聞いている。隣でかなり微妙な顔をして聞いているはやてよりは、よほど普通の少女に見えるだろう。
はやては童話や夢のある話が好きなくせに、意外とまじないなどを信じない現実主義な面がある。話は話、現実とは違うとはっきりとわけられるほど、精神年齢が高いのだろうか。それとも、おまじないや願いが、無意味で何の効果もないことを自分の身で知っているからなのか。
**
ウィルが皿洗いをするために調理場に戻ろうとすると、裏口からアルフが顔をのぞかせた。いつもはフェイトと一緒に翠屋を訪れるが、今日はもう少しジュエルシードの捜索を続けたいから、来るのが少し遅れるのだと、フェイトが言っていた。
ウィルと見つけると、首を斜め上に動かす。「面を貸せ」と意訳できるジェスチャーだ。桃子に一言断りをいれて、エプロンを外して裏口から出る。
アルフは、翠屋の裏にある、一本の木に背を預けながら待っていた。
「……悪いね、仕事中に呼び出して。首はもう大丈夫かい?」
「今日はいやに殊勝だな。悪いものでも食べたのか? 狼とはいえ飼われているんだから、拾い食いはしない方が良いぞ」
「むかつくやつだね。まだその首輪みたいなやつを巻いてるみたいだから、ちょっと気になっただけさ」
ウィルが首に固定具をつけている原因はアルフにある。
話し合いが終わり、まだ時間があったので何か歌おうか、せっかくカラオケに来たんだし。ミッドの曲は入ってないけど――などと言っていた時、フェイトの隣で寝ていたアルフの目が開く。
そして、ウィルの姿を認めた瞬間、その目に殺気が宿り、とび跳ねるように起き上がり、突撃。
ウィルは後方に跳びはねるが、壁にぶつかってそれ以上下がれない。
ユーノがチェーンバインドを発動。アルフの右腕をからめ捕る――が、引きちぎられる。魔力が減少した今のバインドでは、怒りに我を忘れているアルフは止められない。
「アルフ駄目っ!!」
フェイトがいさめるが、跳びかかるアルフの耳には届かない。ウィルはとっさに両手をクロスさせて、防御する。
アルフの一撃――下から打ち上げるアッパーは、防御したウィルの体を天井に打ち上げた。
ウィルの意識はそこで途絶えている。
後から聞いた話では、その直後にフェイトがアルフをなだめ、これまでの経緯を語ったことで、とりあえずアルフも収まった。首から上が天井にめり込んで体がぶらりと揺れている、首吊りか逆犬神家というべきウィルの姿は、幼い少女たちに若干のトラウマを植えつけた。そのあげく、物音を聞いて駆けつけた店員が悲鳴をあげたことで事態は大ごとになり、ウィルはそのまま病院に運ばれることになる。
なお、カラオケ店は出入り禁止になったそうだ。
そんなこんなで、ウィルは軽度のむちうちになり、首を固定するためのサポータを装備している。その程度で済んだのはさすがの魔導師といったところだが、一人だけ数日にわたる怪我を負っているので一人負けに近い。
しかし、アルフがそのことを気づかうような言動をするのは、今日が初めてだ。いつもに比べるとなんだか元気がない。
「それで、話は何だ?」
アルフは問いかけにすぐには答えず、視線を彷徨わせる。
「……ねえ、どうせあんたたちは、最後には全部のジュエルシードを取り返すつもりなんだろ。だったら、何個か貸してくれないかい?」
「無茶を言うなよ。それで必要な数が揃ったからさようなら、なんてことになったら目も当てられない。……何かあったのか?」
「フェイトに母親がいることは聞いてるんだろ。今日、そいつのところに報告に行ったんだよ。あんたらと戦って五個も集めたんだから、フェイトもあたしも、きっとほめてもらえるって思ってた。そしたらさ、あいつ、いったいどうしたと思う」
うつむきながら語るアルフの表情は見えないが、歯を食いしばる音はウィルの耳にも届く。
「フェイトを拘束して、鞭で叩き続けたんだよ! それも、何回も、何回も! 役立たずってののしりながらさぁ! なんでだよ! フェイトはあいつのためにずっと頑張っているんだよ。全然知らない世界で、こんなわけのわからない石ころを探せって言われて、理由も教えてもらえないのにたった一人で…………少しくらいほめてあげたっていいじゃないか」
アルフは、フェイトがもう叱られないように、少しでもジュエルシードを手に入れようとしていた。無茶な条件だとわかっていながらも、そうするしかなかった。
アルフの足元の土が、こぼれた水で色を濃くする。
「かわいそうだとは思う。でも、たとえジュエルシードを渡しても、渡した時だけ優しくなるだけだ」
「じゃあ、どうすれば良いんだよ!」
ウィルは前に出ながら、声を荒げるアルフの頭に手を伸ばして抱き寄せる。うつむいたアルフの額が、ウィルの肩に乗る。
主でもない人間に触れられ、アルフの体が一度大きく震える。だが、すぐに力が抜け、ウィルの肩にかかる圧力が大きくなる。
「……さわんじゃないよ」
言葉で拒絶しながらも、力尽くで離れようとしない。アルフの精神は、それほどまでにに弱っていた。
無理もない。使い魔は素体にした生物の特性は受け継いでも、記憶はほとんど受け継がない。フェイトに作り出されたアルフは、生まれて数年しか生きていない。どれだけ知識があったとしても、大人びた容姿をしていても、その精神はフェイトよりもさらに幼い。
そんな幼子が、大好きな人がぼろぼろになっていくのを見ながらも止めることができないのは、ひどく酷なことだ。
ウィルが口を開く。
「フェイトの母親はどこにいる?」
アルフは驚いたように顔をあげ、ウィルから離れようとするが、後ろの木に背をぶつけてそれ以上後退できない。
ウィルはアルフの腕をつかみ、顔を寄せ、語り続ける。
「罪を犯す母親についていくことが幸せだと思うか? ジュエルシードを全て集めれば、フェイトが幸せになれると、本気で考えているのか? 管理局に手配されれば、管理世界ではまともに生きていくのは絶望的だ」
「それは……」
「フェイトが母親についていくことが望んでいて、自分から母親を見限らないのなら、誰かが母親を止めるしかない。そのための力をおれが貸してやる」
ウィルの誘いは、アルフの脳に蕩けるような甘さをもって染み渡る。フェイトを救うためという大義名分がある。使い魔であるアルフの功績は、フェイトのものにもなる。管理局はフェイトがこれまでに犯した罪を軽減してくれるかもしれない。
これはフェイトのため。裏切るわけじゃない。フェイトのためなんだから――
「無理だよ。あいつのいる所に行くには、向こうの転送装置の承認がいるんだ。部外者のあんたは行くことさえできやしない……から」
理性的な理由で、アルフはウィルの提案を断った。
「そっか」ウィルは一歩さがると、ほほ笑みながらアルフの腕を離す。 「なら、仕方ない」
タイミング良く、活性化したジュエルシードの反応が感じられた。方角は海の方。これで十五個目だ。
ウィルは振り向き、翠屋の裏口に向かいながら話す。
「それじゃあ、今まで通りジュエルシードの回収をするとしようか」
アルフに背を向けたまま、ウィルは自分自身を嘲笑する。
個人の感情を優先させ、そんな人生が幸せでないとわかっていながらも、復讐を諦められられない。こんな自分が、どの口でフェイトの生き方を否定するようなことを語るのか。ちゃんちゃらおかしい。おかしすぎて涙が出そうだ。
でも、ウィルは騙ることができる。他人事だからだ。
***
ジュエルシードの反応は臨海公園からだった。
久々のジュエルシードの暴走体は、公園の木がジュエルシードによって動くようになった、木の怪物だった。動いているとはいえ、以前の巨大樹に比べると見劣りする。
「フェイトちゃん! 一緒に封印しよう!」
「うん!」
ユーノが張った結界魔法の中、同時に現場に到着した二人の魔法少女が、攻撃の届かない遠距離から攻撃。桜色と金色の砲撃が命中し、あっという間に封印。
ウィルとアルフは何もすることもなく、ただ見ているだけだった。
双方が同時に現場に到着したので、取り決め通りジュエルシード争奪のための戦いが始まる。戦いのために、ユーノが広域結界の範囲を変更。海側に拡大する。海上ならお互いに存分に戦うことができる。
海上で向かい合うなのはとフェイト。その間に浮かぶユーノが、ルールの説明をおこなう。
これからおこなうのは、一種の模擬戦だ。ルールは「決闘の終了条件なんて、昔から決まってるだろ? 最初の血が流れた時か、どちらかが死んだ時だ。……つまり、最初に一発当てた方が勝ちってことで」というウィルの一言で方向性が決定した。
「それじゃあ二人とも。この勝負は、僕――ユーノ・スクライアが審判を務めるよ。ルールは、より早く相手のバリアジャケットを傷つけた方が勝ち。魔法は非殺傷設定。制限時間は十五分。時間内に決着がつかなければじゃんけんで――」
アルフとウィルは、ルール説明をするユーノを眺めながら、臨海公園のベンチに腰掛ける。
一応二人は何かあった時の抑え役なのだが、二人とも翠屋からもらってきたマカロンを手に持ちながら、なのはたちを眺める。もはやただの観客だ。
「あんたはこの試合、どう思う」
アルフはもしゃもしゃとマカロンをほおばりながらウィルに尋ねる。
「実力だけなら、まだまだフェイトの方が強い。なのはちゃんでは勝てないよ」
「ふふん、わかってるじゃないか。あんたが戦えれば、まだ可能性もあったのにね」
「でも、この勝負に限ってはなのはちゃんにも十分に勝機はある」
「?」首をかしげるアルフ。
「先に一撃当てれば勝ちだからな。フェイトの直射弾は軌道が読みやすいから回避も簡単だし、中途半端な威力なら、なのはちゃんの高い魔力にものをいわせたシールドを抜くことはできない。逆に、なのはちゃんが得意な誘導弾は回避するのが難しい。となると、遠距離を維持できればなのはちゃんの勝ち、接近戦に持ち込めばフェイトの勝ちだ」
「なんだい! 楽勝だと思ってたのに!」
アルフはやけくそ気味に残りのマカロンを口に放り込むと、ウィルが手に持っている分を横から奪い、それも口に放り込む。
「おれのマカロンが! ……勝敗の決まり切った条件でやるわけないだろ。決闘っていうのはできる限り公平になるように設定するんだよ」
「そうかい。……フェイト、気負い過ぎてなきゃいいけど」
母親に責められたことは、少なからずフェイトの心に影を落としているだろう。この戦いに勝てば、ジュエルシードを手に入れて、母親の期待にこたえられる以上、気負わないわけがない。しかし、気負いすぎて余計な力が入り、それがもとで負けてしまって、さらに落ちこむという悪循環に陥るのではないかと、アルフは心配している。
「そうだなぁ……でも、本気でぶつかりあってるうちに、気負いも吹っ飛ぶんじゃないか? 喧嘩して気分はスッキリ。二人は友情を深めるっていうのは、何も男だけじゃないだろうし」
「夕暮れの河川敷で、ってやつかい?」
「そうそう。その後で寝転がって無意味に笑うような感じの」
それはともかく、これは良い勝負になるはずだ。殺し合いではなく、正々堂々と勝負をして決着をつけることは、二人にとって良い結果をまねくに違いない。
不安もあるが、そんな期待を抱いて、二人の保護者は観戦する。
「……そういえば、さっきの提案って、もしかして泣いてるあたしにつけこんで、情報を聞き出そうとしてたのかい?」
「なんのことやら。おれはただ親切心で言っただけだよ」へらへらと笑いながら、ウィルが騙る。 「それにしても……へえ、さっきアルフって泣いてたんだ。意外だなぁ」
「なっ! あんたそれくらいわかってたんじゃないのか!?」
「さあね? アルフがうつむいていたから、はっきり顔は見えなかったからなぁ」にやにやと笑いながら、ウィルは続ける。 「でも、アルフ自身が自分は泣いてたって言うんだから、間違いないなー。さぞかしかわいい泣き顔だったんだろうなぁ~」
「あっ、あっ、あっ――」アルフは恥ずかしさと怒りで言葉が発せられない。 「~~~~~~~~~~!!」
顔を髪色以上に真っ赤にさせて、アルフはウィルをぽかぽかと殴る。
「あっはっは。いや、ごめんからかいすぎた。痛いからやめてくれ」アルフの殴る勢いが増す。 「痛い痛いっ! 本当に痛いからやめてっ!」
なのはとフェイトは、じゃれあうウィルとアルフを呆れたように、そして笑いながら見ていたが、ユーノの声で二人とも緊張感を取り戻す。
「二人とも、準備は良いね?」
確認の声に両者ともにうなずき、デバイスを構える。ユーノは二人の邪魔にならないように、フェレットの姿になって距離をとり、大きく息を吸う。
「それでは、はじめっ――」
「そこまでだ!」
結界内に、六人目の声が響く。
なのはとフェイトの間に、少年が突然現れる。まだなのはたちとあまり変わらないような容姿の少年。背もなのはより少し高いくらいだ。
少年の黒いバリアジャケットは、ウィルのものと形状は似ているが、首元は詰襟のようで、肩には大きな棘がついている。さらに、ところどころにはしる金属的なラインは、落ち着いたデザインの中に秘めた攻撃性を感じさせる。
戦いを始めかけていたなのはとフェイトは、動きを止める。
「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。双方とも武器をおさめろ」
執務官の肩書きに、なのはは首をかしげ、ユーノは驚き、フェイトとアルフの顔には危機感が生まれる。
ウィルは複雑な笑みを浮かべる。嬉しさ半分と――間の悪さに苦笑い半分。彼は間違ったことはしていない。今にもジュエルシードのそばで、お互いに戦い始めようとしているのだ、止めるのは当然。
時空管理局の増援。しかも同期の中でも指折りの人間が来てくれたことは、本来ならば喜ぶべきなのだろうが。
「クロノ」
友人に声をかける。どうしても言いたい一言を言うために。クロノはこちらを見ると、口元をにやりと上げて応じる。
「久しぶりだな、ウィル。すまないが、挨拶は――
「空気読めよ」
――なんで!?」