「みんなで露天風呂行こうよ!」
「「さんせ~~い!」」
……元気だな。あいつら。
というわけであっというまに温泉旅行の当日になった。1泊2日なので大した荷物は持ってきていない。着替えとノートブックくらいだ。あとトランプとか。本当ならノートブックは部屋の金庫に入れておきたいんだけど、まぁ大丈夫だろう。
部屋の隅にカバンを置いて窓の外を見る。山奥だなー、あんまり有名な温泉じゃないらしいけど、温泉地ってのはどこも山奥なのか? なんてどうでもいいことを考えていたら、突然脇の下に手を入れられて抱き上げられた。
「さぁ、千雨ちゃんもお風呂にいくよー!」
「み、美由希さん!? ちょ、ちょっと、放してください! 歩きます!」
「いーのいーの。」
く、この人もやっぱりなのはの姉か! 強引な所がそっくりだな! 私は全員の前で抱き上げられたまま風呂へと連行される。
ちょ、は、放せ!
「あ、いいな~美由希。私も抱かせてよ。」
「はい、ど~ぞ~。」
今度はそのまますずかの姉の忍さんに渡された。私は荷物じゃないっての!
なんて抵抗もむなしく、私は後ろ向きに抱き上げられたまま脱衣所まで連行される。
はぁ、なんで私のまわりにはこうバイタリティ溢れる人しかいねーんだ? もっとすずか並に落ち着ける人はいないのかよ……。
ため息をついてそんなことを思っているうちに脱衣所へ到着。やっと開放されて服を脱ぎ始めるも、ガキ共3人はソワソワと落ち着かない様子だ。
何となくガキがやりそうな事を思いついた私は、少し急いで3人より早く服を脱ぐことにした。
そして、全員が脱ぎ終わり――
「お風呂だー!」
「走るな! 跳ぶな! まず洗え!」
風呂場に入った瞬間露天風呂へ突撃しそうだったアリサをまず止める。私の後ろでは、すずかが同じようになのはの手をつかんでいた。
アリサだけかと思ったけど、おまえもか、なのは。転んでケガしてもしらねーぞ?
「わ、わかってるわよ、当然じゃない!」
「にゃはは……。」
「4人の中では千雨ちゃんが一番お姉さんね~。」
「……手のかかる妹達です。」
ていうか一人はあんたの妹だろ、美由希さん。
「私コーヒー牛乳!」
「私はオレンジオレ!」
「私はフルーツ牛乳かな?」
一先ず温泉も満喫し、お風呂から上がって皆で浴衣に着替えた後。温泉では、というか銭湯とかでも定番の牛乳タイムだ。売店にはもちろん他の飲物、コーラやサイダー、オレンジジュースなんかもあるが、やっぱり風呂上りには牛乳系だろう。
売店の方もそれをわかってるのか、ラインナップも牛乳系が一番多い。
さて、私はコーヒーか、フルーツか、ちょっと変わり種でイチゴかオレンジか。お、バナナもあるな。ただの牛乳もあるけど、無視だな。
「千雨ちゃんは何にする~?」
「んー……バナナオレでお願いします。」
ま、みんな被らないように頼んでるしな、私も別のを頼んでおこう。そうすれば絶対に、
「千雨ちゃん一口頂戴!」
「私も、ちょっと交換しましょう!」
こうなると思ったんだよ。
個人的には一気に全部飲んじまいたいんだけどな、まぁこいつらに付き合うさ。
「はいはい、ちょっとずつなー」
4人で牛乳の回し飲みなんかをしていると、部屋がある方から一人の女性客が歩いてくるのが見えた。売店の位置はちょっとずれてるからな、別にこいつらが邪魔になることは無いんだが、なんとなくその客を目で追う。
なんか、見たことがあるような、無いような……って。
「あ、あの時の修道女だ。」
「あら? ショッピングセンターで会った子ね?」
そうだそうだ、私服だから一瞬だれかと思っちまった。でも日本人離れした、つーか日本人じゃない綺麗さっていうのは中々忘れないもんだな。褐色なのも覚えてた一因か。目が合ったシスターがこちらへと寄ってくる。一応挨拶しておくか。
「こんにちは。」
「はい、こんにちは。ご家族で旅行?」
「いえ、友達の家族と、です。」
1回ゴミを捨ててもらって、今日も偶然会っただけの関係だ。当然話題なんて無いから挨拶程度しか喋ることは無い。けど、その挨拶もろくに終わらんうちに、何か知らんが忍さんが私と修道女さんとの間に割って入ってきた。
「どうも。千雨ちゃんのお知り合いですか?」
「いえ、知り合いというほどじゃ無いんですが……。」
うん、一回缶捨ててもらっただけだしな。
あと、何か忍さんが妙に警戒してる、のか? 修道女さんもなんだか困っている様子だ。あれか、知らない大人についていくな的な奴か。
自分がそんな風に思われている、そう感じれば居心地も悪くなるだろうな。顔見知りは私しかいねーんだし。
「ねぇねぇ、千雨。あの綺麗な人何よ?」
「あ、ああ? この間ショッピングセンターでちょっと世話になったんだけど、」
アリサがシスターについて聞いてきたが、誰と言われても困る。修道女の格好をしてショッピングセンターをうろついていた人としか言えない。
流石にそれじゃ可哀相なので、途中で言葉を区切り困ったような顔の修道女さんを見る。
するとばっちり目が合い、頷いてくれた。よかった、言わんとしていることが伝わったみたいだ。
修道女さんは、しゃがんで私に目線を合わせてくれた。
「そういえば、名前も知らないままよね。私はシャークティっていうの。よろしくね?」
そう、ニコリと笑って自己紹介をしてくれる。
「はい、私は長谷川千雨です。この間はありがとうございました。」
「そう、千雨ちゃんね。よろしく。」
そう言い、おそらく私の頭を撫でようと手を出そうとする。
不本意ながら最近は撫でられ慣れているし、別にそう意識する必要も無いし、されるがままで良いかと思ってたんだけど――
「私は月村忍といいます。」
「はいはい! 私はアリサ・バニングスです!」
私とシャークティさんの間に入りながら自己紹介を返す忍さん。
……? なんとなく、だけど。忍さん、いま、遮ったか?
そんな違和感を残したまま、その流れで全員が自己紹介を終える。ちなみに男性陣はもう運動場、というか卓球場に移動していてこの場にはいない。
「皆さん泊まられているのですか?」
「ええ、一泊する予定です。」
「そうですか。では縁があればまた後程。」
忍さんとそんな会話をし、シャークティさんは温泉へと歩いていった。
「……気のせいかしら?」
「ふ、不自然だったかしら……?」
そんな、2人の呟きが、聞こえた気がした。
「えい! はぁ!」
「ちょ! よ、っと、ちょっとー!?」
……あー、なんだ。こっちにもいたよ非常識。しかもよりにもよってお前か、すずか。
いま目の前では美由希さんとすずかが卓球対決している。美由希さんは剣道みたいなものを習っているらしく、女性っぽい鈍さは全くない。強さの基準なんかは全然解らんが、まるで向こうの武道四天王のような綺麗で素早い動きで卓球している。
それはわかるんだ、高校生だし。武道を習ってるらしいしな。全然不思議じゃない。
けどすずか、それに対等に勝負してるお前はなんなんだと。
ちなみに声だけ聴けばすずかが押しているようだが、実際には美由希さんが一歩リードといったところか。
「ふふふ、やるわね、すずかちゃん。」
「美由希さんこそ凄いです、勝てそうにありません。」
どこの熱血ものだ、まったく。
でもまぁ、この台はまだいいんだ。すずかが小学2年のくせに高校生と渡り合ってるだけだしな。以前見た中国のプロリーグの試合なんかと比べれば劣ってるんだろう。たぶん。
その一個向こうの台もいいさ。アリサとなのはがピンポン卓球してるだけだしな。
けど問題は、私の後ろ側、卓球場の一番隅の台で――
「うおおお! まだ負けんぞ~~~!!」
「今度こそ勝つ!!」
――高町親子の人外大戦が繰り広げられてるんだ。……はぁ。もう玉がどこにあるのかすらわからん。
夢の中でもトンデモ人類は居るらしい。実は麻帆良に毒されているのかな私は。
「夢中になりすぎじゃないかしら。あの人たち。」
救いといえば忍さんがあいつらを変な目で見てることだな。あれは常識外ってことには違いないらしい。トンデモ人類は兎も角、トンデモ常識は麻帆良で十分だ。
「凄すぎじゃないですか? なのはのお兄さんとお父さん。」
「そうねぇ。他の人の目もあるのに……。」
忍さんが呆れたような口調で言う。それでもあんな動きが出来ることそのものは否定しないんだな。
暫く終わりそうにないが、忍さんと並んで無言で高町親子の試合を見ている。スコアの動きを見るに士郎さんが一歩リードか。
反射神経とかどうなってるんだろうな。0.1秒がどうのこうのって話はどこに行った? そんな事を考えていると、忍さんが突然私の方を向いてこんな事を聞いてきた。
「そういえば、千雨ちゃんはさっきの人とはどこで知り合ったの?」
さっきの人、というのはシャークティさんか。知り合ったってほど大げさな話でもないんだけどな。
別に隠すことでもないので、私はショッピングセンターでの経緯を忍さんに説明する。
「びっくりしましたよ、振り返ったら修道服きた美人の外人さんがいるんですから。」
「修道服、シスター……キリスト教、ね。」
それを聞いた忍さんはまた考え込む。
……なんだ? シャークティさんに何かあるのか?
「千雨~! なのはと交代よ!」
「にゃはは、負けちゃった。」
っと、アリサが呼んでいる。いまだに考え込んでいる忍さんが気になる、けど。
まぁ良いのかな?
「はい、千雨ちゃん、ラケット。」
「お、おう。」
ま、いいか。あんまり気にしてても仕方ないな。もし何かあればまた聞いてくるだろう。
気を取り直してスコアボードを見ると、アリサ対なのはのスコアは21-4だ。何試合やったのか知らないけど、なのはは卓球弱いらしい。予想通りだけどな。学校の体育でも似たようなものだ。
「ふふふ、悪いけど私が勝つわよ?」
「そう簡単には負けねーぜ?」
そうしてアリサとの試合が始まった。
「あー、もうちょっとだったのにー!」
危なかった。経験では私が勝ってるはずなのに、なんだかんだで22-20とギリギリの勝負になっちまった。
アリサもスペック高いんだよなー。かわいいし、頭いいし、性格もいいし。運動も出来る、と。
なのはは……まぁ、あれだ。欠点があった方が可愛いしな、うん。
「次、私と千雨ちゃんね~!」
そんなことを考えていたらアリサとなのはが交代する。さてさて、少し手を抜いてやるか。嫌味にならないよう注意しないとな。
2人が交代している間に、そういえばあの人外大戦がどうなったかなと思い、卓球場を見まわしすと。
「あれ? 忍さんは?」
「さぁ? わかんない。」
なーんか、嫌な予感がするけど……。ま、いいか。
◇海鳴温泉浴場にて◆
「やっぱり不自然だったかしら?」
夏休みともあればいつも温泉客で賑わうこの温泉だが、今日は夏休みに入ったばかりなのに加えまだ日が高いとこも手伝い、ポツリポツリと入浴者がいる程度。
そんな入浴客の一人、褐色のシスター、シャークティは屋内の湯船につかったまま、うずくまるように顔を伏した状態でぶつぶつと独り言を呟いていた。
「でも、街中で何度も偶然を装うのも無理があるし……。この機会に一気に仲良くなれれば良いんだけど。」
肌が褐色なだけに判り難いが、よく見ると顔に汗が浮かび微かに上気し、決して湯船に入ったばかりでは無いことが伺える。
そんな美人が独り言を呟いているというのは、一種異様な光景だ。美人じゃなければ良いというものでもないが、妙な迫力がある。ましてやそれが外国人ともなれば、基本的には排他的な日本人だ、進んで近づこうとするものではない。
他の湯船も十分に空いているのだ。いつのまにかシャークティの周りには客がいない状態が出来上がった。
「ああ、でもこっちでも普通にお金がかかるなんて……。よ、夜はおにぎりかしら?」
お金が無い事を嘆くシャークティ。うずくまったままイヤイヤと首を振っている。
すると、そこへ近づく温泉客が一人。しかし当然シャークティがそれに気づくことは無い。
「せっかく温泉に来たのに、素泊まりなんて……。ああ、でも、お金無いしなぁ……。」
「あら。素泊まりなの?」
「わひゃぁ!?」
独り言を聞きつけた女性、月村忍が声を掛ける。
誰かが自分に声を掛けるとは思ってもみなかったシャークティは、大げさなまでに驚いた。
「そ、そこまで驚かなくても。」
「あ、い、いえ! ちょっとびっくりしちゃいまして!」
そう。
短く返事をし、忍はシャークティの隣に座りこむ。
腰が引けていたシャークティも直ぐに落ち着き、同じく湯船につかり足を伸ばした。
「折角温泉に来たのに素泊まりは寂しいんじゃないかしら。一人で来たのですか?」
「はい。温泉は好きでたまに来るのですが、ちょっと今は持ち合わせが無く。」
バイトとかも探していたのですが。
そうシャークティは説明し、そのまま二人は沈黙してしまう。
忍は何やら考え込んでいる様子で、シャークティはそんな忍を見て落ち着かない様子だ。だが動くに動けず、気まずい空気が二人の間に漂う。
「ねぇ。」
「あ、あの!」
その空気を払拭しようとシャークティが思い切って声を掛けるも、それと同時に忍が何やら発言しようとし声が重なる。
しまった、余計に変な空気になった。そう思ったか、シャークティは忍の発言を促す。
それを受けた忍は、一つ頷き、そのまま言葉を続けた。
「あなた、修道士なのよね? ちょっとバイトしない?」
受けてくれれば食事代くらい出すわよ? そう忍は続ける。
それを受けたシャークティは、しかし今まで狼狽えていたのが嘘のような態度でこれを否定した。
「私は確かに神に仕える修道士です。しかし、お金のためにやっているのではありません。」
バイトするのは吝かではないですが、修道士としての働きに対価を受け取ることはありません。
そう続けられた忍は思わず苦笑する。
今時立派な聖職者が居たものね。そう呟くと、朗らかに次の言葉を発する。
「別にそんな難しく考えることはないわ。ちょっとしたお悩み相談室よ。」
そうしてシャークティの返事も待たず、次の言葉を発した。
「あるところに一匹の狼がいました。その狼はとても大喰らいで、いつもお腹を空かせています。
ある日お腹を空かせた狼の前を、一人の旅人が通ります。狼は言いました。
『何か食べ物を持っていないか?』
しかしそれを聞いた旅人は、涎を垂らし牙をむき出しにした狼を見て、荷物を落とすのも構わず逃げ出してしまいました。
旅人が落とした荷物から食べ物を漁り、なんとか飢えを凌ぐ狼ですが、またある日。狼の元に人間の狩人がやってきて、こう言います。
『お前は人を食べようとした狼だな。俺が殺してやる!』
そうして、狩人は狼に襲い掛かります。狼は逃げましたが、あまりに執拗に狩人が襲ってくるので、とうとう反撃してしまいます。反撃を受けた狩人は、弓矢を落とすのも構わず逃げ出しました。
また数日後。今度は人間の軍隊がやってきてこう言います。
『お前は幾人も人を喰らった狼だな。俺たちが殺してやる!』
さすがにこれには敵わない狼、必死に逃げますが、とうとう殺されてしまいます。
しかし狼には子供が居ました。この子供は小食で、人に迷惑をかけることはありません。しかし軍隊はそのまま子供を見つけては殺し、見つけては殺し。とうとう狼の家族は絶滅してしまいました。
さて、狼達は悪だったのでしょうか?」
シャークティはしばらく考え込む。ただ返答するだけなら簡単だ。悪では無い、そう答えるだけなのだから。
しかし修道士たる自分にわざわざ問いかけてきた意味を考える。
ややあって。
「悪では無いでしょう。その話の中に悪者がいるとしたら、それは人の内面です。
自分を悲劇のヒーローにしたい自己顕示欲。狼を倒すという名誉欲。狼を敵といいつつ、その敵を知ろうとしない無知。
これらはどんな人の内面にもあり、決して無くすことはできません。それこそが人を人たらしめるものであり、そのことを自覚することこそが必要なのです。」
そこまで言うと言葉を止める。それを聞いた忍は、笑顔で返答した。
「それを聞いてちょっと安心したわ。言葉だけで信用できる物ではないけれど、少なくともそういう考えを持ってるってことだし。」
だいたい、魔法か何かを使うキリスト教徒っていうのも可笑しい気がしたのよね。
そう、何気なく付け加えられた忍の一言に。シャークティの警戒心は最大限にまで引きあがった。
「な!? 何を言っているのです!?」
「そうびっくりすることでも無いでしょう? キリスト教がいつも言っていることじゃない、魔法や呪術は邪悪な物だ、奇跡こそが神から与えられた御技であるって。それにこの時期に温泉旅館が素泊まりさせるわけないじゃない? 人の意識誘導は奇跡には分類されないわよね、絶対。」
大丈夫よ、言いふらしたりしないから。
そうにこやかに言い放つ忍をみて、シャークティはガックリと肩を落とす。
「そうですか、変でしたか……。」
「どんな理由があるのか知らないけれど。私たちに危害を加えないのなら気にしないわ。」
それはあり得ません。神に誓い、私は誰かに危害を加えるために近づいたのではありません。
そう言うと、シャークティは口元まで湯船に沈み込んだ。
「しかし、なぜ私が誰かに危害を加えると思ったのです?」
「え? いや、あはは、魔法使いは疑え、は様式美でしょう?」
じゃあね、また後で。
ぶくぶくと泡を立てながら喋るシャークティに対し、そう笑ってごまかして忍は脱衣所へと歩いて行った。
「……つまり。ここにはやっぱり魔法がある。それどころか奇跡も呪術も、他の類も、ある?」
でも、なぜ? 長谷川さんの夢なのに?
そう呟き、シャークティはまた思考の渦へと沈み込んだ。
◆1時間後◇
「……何やってるんだ? シャークティさん。」
「の、のぼせました……。」
卓球場にいつの間にか忍さんが帰ってきて、今度は全員でトーナメント戦なんかをやった。組み合わせは阿弥陀くじで決めたんだが、私は2回戦で恭也さんと当ったので早々にリタイヤだ。
卓球場ではまだまだトーナメントの最中だが、あの様子だと決勝は高町親子だろう。
そのまま観戦してても良かったんだが、私と同じく1回戦で恭也さんに負けた美由希さんが散歩に誘ってきたので二人で喋りながら適当に歩いていた。
で、温泉の外のソファーで死にそうになっているシャークティさんを見つける、と。
「だ、大丈夫ですか? 部屋まで連れて行きましょうか?」
「ぅ…………」
美由希さんが声を掛けるも、完全に目を回したままのシャークティさん。思わず美由希さんと目を合わせるも、本人がこの状態じゃどうしようもない。
仕方ない、私たちの部屋に連れて行くか? でもあまり知らん人を連れて行くのも気が引けるよなぁ。
「んー……でも仕方ないよね。シスターさんなら大丈夫でしょ。」
そう言い、美由希さんがシャークティさんを横抱きで抱き上げる。
シスターだから大丈夫っていうのも、まぁ解らなくは無いが。このままソファーに転がしておくわけにもいかねーしな。
そうして部屋に着いた私達、私が先に入りさっさと布団を出して、美由希さんがその上にシャークティさんを寝かせる。
あー、のぼせたときは頭を冷やすんだったか? タオルを濡らして持って来ればいいか?
「うーん、一人で寝かせておくわけにもいかないし。私たちはこのままお留守番かなー?」
「そうですね。」
そんな会話をしながら、濡らしたタオルをシャークティさんの頭に置く。やれやれ、どうするか。とんだ世話のかかるシスターだ。
美由希さんは読書を始めたし、私もネットでもするかと、ネットブックを取りに行こうとし……ガシッと、腕を捕まれた。
「お、っと、うわっ!?」
何故か知らんが、シャークティさんに引っ張られて布団の中に引きずり込まれ、抱きしめられる。
ちょ、は、放せ!?
「千雨ちゃん寝てもいいわよー。タオル交換くらい私やるし。」
いや、そうじゃなくて! 助けろよ!
つっても、のぼせて倒れた人の前で暴れるわけにもいかねーし。シャークティさんは離してくれないし、美由希さんは助けてくれないし。
困った、どうするか……。
こう抱きしめられると、のぼせて体温が高いことも手伝ってか、妙に温かくて。
眠く、なっちまう、んだよなぁ……。
――千雨ちゃん。
大丈夫、私は何があっても貴女の味方だからね。
だから、どうか。心を、開いて――
「ご、御免なさい! 申し訳ありません!」
ん……しまった、完璧に寝ちまった。私は誰かが謝る声で目を覚ます。
まぁ誰かっつっても、一人しか居ないわけで。
「まぁまぁシャークティさん、元気になって良かったわ~。」
予想通りシャークティさんが土下座せんばかりの勢いで、なのはの母親である桃子さんに謝っている。
私が寝てる間に、卓球組も全員部屋へと帰ってきたらしい。
今はみんな食事の準備をしていて、桃子さんがシャークティさんの相手をしているようだ。
「介抱されただけでも申し訳ないのに、この上食事をご一緒するするなどとんでもありません!」
「えー、でも素泊まりなんでしょう?」
「はい、でもお支払いできる持ち合わせもありませんし……。」
なんだ、いつの間にかシャークティさんを晩飯に誘っているのか。
それを断るシャークティさんと、なお誘う桃子さん、と。お人よしっぽいからなー、これはどっちが勝つか。
それにしても素泊り? この時期に?
「大丈夫よ、修道士さんとお話しできる機会なんてそうそう無いし。子供たちも喜ぶわ。」
「そういえば、シャークティさんはバイトを探してるらしいですよ?」
「まぁ! それじゃ私のお店でバイトしない? ちょうど人を増やそうかと思ってたのよ!」
「お金を気にするなら、そこの給料から天引きすれば良い。」
「え? いや、あの……。」
忍さんと、なのはの父親である士郎さんも勧誘側に参戦、と。これは勝ち目ないな。
「それにもう一人分増やしちゃったし! ね?」
「は、はい……。」
そりゃそうなるわな。
こうして、私たちにシャークティさんを迎えたメンバーで夜の宴会を迎えることになった。
なんだかんだで全員シャークティさんと仲良くなり、酒が入ったシャークティさん相手に妙にドギマギした恭也さんが忍さんと美由希さんに襲われたり、またシャークティさんが私に抱きついて離してくれなくなるなど色々あったが、楽しく過ごすことが出来た。
結局私を離さず寝ちゃったために、そのまま私たちの部屋に泊まり、翌朝一騒動あったが……。
帰るときも、バスで来たというシャークティさんを乗せて皆で帰った。
「それじゃ、明後日からここ翠屋に来てね!」
「はい、お世話になります。」
まぁ、楽しかったし。温泉旅行行ってよかった、かな?