「そんな……私の、せいで……」
その日。
巨大な、とても巨大な樹が。
海鳴市を、破壊した。
◇◇
「ジュエルシードの発動には、強い想いが必要です。今まで発動したジュエルシードは全て残留思念や動植物といった、比較的弱い想い想いにより発動していました。けど、今回は……」
「色気づいたガキ2人分の、一緒に居たいとかそういった類の想いで発動して、ああなったと。」
今日。朝からなのはの父親である士郎さんがコーチをしている、サッカーチームの応援に出かけた私達。サッカーの試合そのものは士郎さんのチームが勝ち、その後翠屋で打ち上げをして解散したのだが。私が一人で翠屋から家へと歩いていると、街中の方向に突然巨大な青い魔力柱が出現した。
当然そんなことを起こせるのはジュエルシードのみだし、私は急いで街中と向かったんだが、そこにあったのは雲を突かんばかりに巨大化した樹、樹、樹。
その樹々は街を飲み込み、至る所に根を張り、我が物顔で街を占拠していて。
幸いにも翠屋から飛んできた茶々丸と、私なんかよりも詳しく魔力を感じ取れるというトンヌラ達が直ぐにジュエルシード本体を見つけ出し、そこへなのはが砲撃を打ち込むことで封印することは出来たんだが、樹々が消え去った後に残されたのは傾いたビル、壊れた家、消えた信号、割れたアスファルト。
それは、その光景は、まるで……いや、この例えは止めて置こう。
兎に角、樹々が残した痕跡はとても大きく、またその混乱も酷い物だった。怪我人や死者が出ているかは知らないが、今それについてはシャークティと茶々丸が走り回っていることだろう。私となのはは手伝える事もないので、一足先になのはの家へと戻ったんだが……
「私、気付いてた。あの男の子がジュエルシードを持ってるって。でも、気のせいかもって、思ってて……」
ジュエルシードを発動させたのはサッカーチームのキーパーとマネージャーだった。男の子ってことは、恐らくキーパーがジュエルシードを持っているのを見たんだろう。発動していない、しようともしていないジュエルシードを見つけるのは茶々丸でさえ出来ないからな。恐らく偶然直接見たんだろう。
なのははジュエルシードを封印してからこっち、ずっとこんな調子で塞ぎこんでいる。まぁ、その気持ちは、判らなくはない、が。
「なぁなのは。今回のことは、お前のせい、なのか?」
私がそう言うと、なのははビクリと肩を震わせた後、力なく頷く。ユーノが励まそうと声をかけてもその視線が上がる事は無く、なのはは自分のベットに座り込んだまま僅かに肩を振るわせ始めた。
こういう時、私はなんて声をかけてやれば良いんだろう。お前のせいじゃない、なんて言うだけじゃ何の効果も無い。こういう奴は何でも自分の責任にして、勝手に自分が背負う荷物を増やし、その重さに耐え切れなくなるまで突っ走るんだろう。
時々そのまま倒れず走り続ける奴もいるんだろうが、少なくとも私は漫画やアニメの登場人物でしか知らない。
私がそんな事を考えていると、なのはは顔を伏せたまま、次の言葉を語りだす。
「ねぇユーノ君。私ね、今までユーノ君のお手伝い気分だったんだ。憧れてた魔法が使えて、ちょっと怖いけど刺激があって、疲れるけど凄く楽しかった。」
「なのは……」
「でも、ね。きっとこんな考えだから、今日みたいなことが起こったんだよね。もっと、私がしっかりやらないと。自分の意思で、自分の力で、ジュエルシードを封印しないとダメなんだ。」
そう言い、なのはは顔を上げ、窓の外へと目線を移す。その目には強い光があり、何かを覚悟したように見えた。
でも、よ。なのは。何でも自分のせいにするって事は、全部自分で頑張るって事は、それはつまり……
「そんなに、私……いや、シャークティと茶々丸の事は、信頼出来ないのか?」
「な、なんでそうなるの!?」
なのはは心底驚いたような顔で私を見る。折角決意した所悪いが、私はそんな事認められねー。
「だってそうだろ? どうして何でもかんでもお前がやらなくちゃいけないんだよ。シャークティに任せればいいじゃねーか!」
「でもジュエルシードを封印出来るのは私だけなんだよ!? じゃあ私が頑張るしかないよ!」
「だからお前は封印だけしてりゃ良いんだよ! 探すのは茶々丸、化け物を倒すのはシャークティ、封印するのはお前、それじゃ不満なのか!?」
「そんな、2人が危ないよ! 私はみんなに守られてるだけなんて嫌だ! 私にはジュエルシードの影響を受けちゃった子を倒す力も、封印する力も、頑張れば探すことだって出来るんだよ!?」
「だーかーらー! なんで、てめぇ一人で全部やる前提なんだよ!?」
「だって、千雨ちゃん達じゃ封印出来ないんだよ!? だったら私がやるしか無いよ!!」
「てめぇなんで私の言うことが判んねーんだよ!?」
「千雨ちゃんこそ、どうしてわかってくれないの!?」
「だから――」
「もう! 千雨ちゃんの馬鹿!!」
――そう、口論中に、思わずといった体でなのはの口から出た言葉に。
私の頭は一瞬真っ白になってしまい、言葉の応酬に少しの空白が出来上がる。
馬鹿……? 私が馬鹿だって……!?
誰がどう考えたって、この件について馬鹿なのはなのはだろ!? 一人で全部やれる訳ねーじゃねぇか!
思わず手に入れた魔法の力に舞い上がって、現実を見て、現実に向き合ったつもりになって、全部自分が背負わなきゃって変な使命感を持ったんだろう!?
結局出来上がったのは現実を見れていない、ガキ特有のヒロイック・シンドロームだ! 突然教室に銃弾が飛んできて、自分がクラスメイトを庇って撃たれるような、そんな妄想が現実の物になりそうで浮かれてやがるだけだ!
アリサやすずかでも、いや誰がどう見たって正しいのは私だ!
それを、馬鹿だと……!?
「あ、ご、ごめ――」
「……知るかよ。」
私は立ち上がり、後ろを向きそのまま廊下へ繋がる扉に手をかける。
後ろでなのはが何かを言っているが、もう聞く気もない。
「てめぇ一人で舞い上がって、何もかも判った気になって……そんなガキの面倒なんて見ていられるか!」
そう言い残し。私は、そのままなのはの家を後にした。
◇千雨の家◇
「で、そのままなのはちゃんの家を出てきた、と。」
夕焼けの中自分の家へと戻ってきた私。そのまま自分の部屋でイライラとした気持ちを持て余していたが、そんな所へそう時間を空けずシャークティと茶々丸がやってきた。
樹によって破壊された街の方はどうしようもないが、怪我人や崩れた瓦礫で立ち往生していた人たちは大方救出してきたらしい。
流石に小さな怪我まで魔法で治していては切りが無いので、ある程度大きな怪我をした人だけ治療したみてーだが。ちなみに幸いにも死人は見つけていないようだ。
そんな報告をしてくれたシャークティと茶々丸に向かい、私はさっきなのはの家であった会話を話していたんがだ……
「あの馬鹿、全部自分一人で背負う気になってやがる! 小2か、小2病なのか!?」
「封印がなのはちゃんしか出来ない以上、気負うのもわかるけど。」
「けどよ! そこで何で全部一人でやる事になるんだよ!? もっと私を、じゃねぇ、お前等を頼っても良いじゃねーか!?」
あー、くそ、イライラする! これだからガキは嫌いなんだ!
もう何もかも上手くいかねぇ。くそ、一体、なにがどうなってんだ! どうすりゃ、いいんだよ……!
「ふふ。なのはちゃんが心配なのねぇ。」
「あぁ? 私はただ話しの判らねーガキにムカついてるだけだ!」
「はいはい。顔赤いわよ?」
なんだよその『私は全部判ってます』みてーな顔!?
それにこれは怒りから顔が赤くなってるだけだ! ぜってー照れているわけじゃねー!?
「しかし。なのはさんしか封印出来ない以上、負荷が高くなるのは当然では?」
探索や、戦闘は出来ますが。そう続けて茶々丸が言う。そうなんだよ、結局はそこに行き着くんだよな。
もっと封印出来る奴がいれば、なのはも落ち着いて現実を見るんじゃねーか?
つってもなぁ、トンヌラ達は機械やプログラムといった面にばかり特化して、そういう魔法は使えないらしいし。茶々丸は論外、シャークティも氷漬けにしておく位しか思いつかないらしい。
スクライアは何時回復するのか知らねーが……あいつの魔法を習うのも手なのか?
でもデバイスが必要なんだよな。こいつらじゃダメなのか……?
そう思い、私は力の王笏を魔法ステッキの状態へと戻す。
「くそっ、私も、あれを封印出来れば……」
別に私はなのはを泣かせたいわけじゃねー。せめて、封印さえ出来れば……!
と、その時。
『ちう様! たった今トイレで受けたディバインバスターの解析が終了したっす!』
『いやー言語すらわからない状態からエミュレート、翻訳を経て、ミッドチルダ式魔法言語をそのまま使うのには苦労したっす!』
『でもディバインバスターに使われていた単語しか判らない! だからディバインバスター以下の魔法しか使えないっす!』
『効率も何もあったもんじゃない!』
『もっとサンプルプリーズ!』
突然力の王笏からトンヌラ達が飛び出して、私の周りを飛び交いながらそんな事を喋りだした。
こ、こいつ等……!
「っは、ハハ……お前等、良くやった!! 茶々丸、スクライアの奴を連れて来い!」
「畏まりました。」
「……あらあら。」
ハハ! あのスクライアの奴なら封印やちょっとくらいの魔法なら使えるだろ!
なにもあの砲撃なんか要らん、封印さえ出来りゃいい! そうすれば、なのは一人に全部背負わせる理由なんか何処にもない!
それなら幾らあの馬鹿でも、頭を冷やして落ち着くだろ! ふ、はは、待ってろよ、なのは!
「フフ。凄く、嬉しそうね。」
◇結界内◆
「まずミッドチルダ式魔法には殺傷設定、非殺傷設定という物があります。これは全ての魔法を扱う上での大前提であり――」
あの後。茶々丸により連れて来られたユーノに事情を説明し、千雨やトンヌラ達へと魔法の教示を請うこととなった。
ユーノが言うには、なのはは千雨が部屋を去った後泣き崩れ、そのまま眠ってしまったようだ。
ユーノも千雨の言を聞き、このままじゃいけないと一人なのはの家を抜け出し千雨の家へと向かっていたところで、茶々丸に捕まったらしい。
千雨の家へとやってきて説明を受けたユーノはトンヌラが短期間でミッドチルダ魔法を再現した事に――しかも一度ディバインバスターを受けただけで――大いに驚き始めは信じることが出来なかったようだが、ためしにと千雨の家を中心とした結界を張り、その中でディバインバスターを放たせた。
無論なのはのディバインバスターに比べるべくもないそれだったが、しかししっかりとミッドチルダ式魔法の形を呈していたことから、最早信じるしかなかったらしい。
それならと、いまはユーノを講師にし、その前に千雨とトンヌラ達が並びミッドチルダ式魔法の授業を受けている所だ。
「それにしても、凄い結界よね。」
「……私の結界破壊プログラムは通じません。解析が必要です。」
「その辺は千雨ちゃんやトンヌラ君達と一緒にやった方が良さそうね。」
そして、ミッドチルダ式魔法を教わる気の無いシャークティは、しかし熱心に結界を調べている。茶々丸も最初はそんなシャークティに付き合っていたが、自身の結界破壊プログラムが通じないことを確認すると、千雨の横に座り共にユーノの授業を聞き出した。
そんな1人と1体と8匹を尻目に、シャークティは思う。
(ここは、平行世界なんかじゃない。力の王笏の件も、転移の件も、全ての辻褄が合うとすれば、それは――)
一人考え込むシャークティ。
この千雨の夢へと来て疑問を持って以来、シャークティはずっとこの世界が何なのか調べてきた。
向こうの世界と殆ど同じ地形。とても似た歴史。だがエヴァンジェリンや悠久の風といった、一般人でも名前だけは知っていた魔法関連の名前は、影も形も存在しない。
しかし歴史を紐解けば、明らかに魔法が絡んでいると思われる事例もちらほらと。しかしそのどれも向こうの世界では聞いたことが無いことばかり。
そして、実施出来た仮契約。ならば――
「ねぇユーノ君。ちょっと強い魔法を使っても良いかしら?」
「え? あ、はい、構いませんが……。」
そうユーノに声をかけた後、シャークティは十字架を握り締める。
余りにその魔法の効果が大きすぎ、今までは使うことが出来なかった魔法。更に言うなら向こうでも使いこなすことは出来ていないが、半とはいえ吸血鬼になった今なら発動するくらいは出来そうだ。
それに今は夜。結界の中なので月光こそ無いが、一応吸血鬼の力が増える時間帯だ。
そんな事を考えているシャークティだが、その身に纏う魔力は徐々にその規模を増やしていく。
「す、凄い……。」
それに気付いたユーノ達。魔法の授業も一時中断し、全員シャークティへと注目する。
シャークティは米神に額に汗を光らせ、その集中を極限まで高めていく。未だ魔法の詠唱も始まらず、まだ準備も終わっていないというのに、その光景を皆は固唾を呑んで見守っている。
そして――
『シッディル・バヴァティ・カルマジャー 契約に従い 我に従え 氷の女王』
『あ、あわわわ、不味いっすよ! 離れるっす!』
「あ、あの野郎、なんつーもんを!?」
シャークティの詠唱を聞き、まず茶々丸が気付いて千雨とスクライアを持ち上げる。更にトンヌラ達と千雨も知識だけではあるものの、シャークティの詠唱の正体に気付き急ぎ離れようと焦りだす。
ただ一匹、スクライアだけはシャークティに釘付けになっているが、そんな事は知らんとばかりに全員が全力でシャークティと距離を取る。
『来たれ とこしえのやみ! えいえんのひょうが!!』
だが、シャークティの詠唱は無慈悲に進んでいく。
未だ詠唱の半ばだというのに、既に結界内は極寒の世界へと変貌していた。
千雨達はもう50m程は離れただろうが、依然全力で距離を取り続ける。
『全ての 命ある者に 等しき死を 其は 安らぎ也』
「そっちですか……。」
「まだ近いか!? くそ、間に合わねーぞ!?」
『死にたくないー!』
そして。
『"おわるせかい"』
結界内の街は。いや、シャークティの前方に有る全ては、ユーノの結界を含め、一切の音も立てず塵と消えた。
◆◇
「てめぇ行き成りなんつーもんをぶっ放すんだよ!? 死ぬところだったじゃねーか!!」
「嫌ねぇ、殺さないわよ。思ったより制御出来たけど、それでも本当の威力に比べたら2割を切る程度だし。」
「あ、あれで2割……。」
ユーノの結界がアッサリ崩れ去った後。私達は私の部屋へと戻りそこでシャークティへ文句を言っていた。
こいつ行き成り最大魔法を撃つとか、頭大丈夫か? ストレスでも溜まってるのか? 更年期か?
「それよりミッドチルダ式魔法、だったかしら。そっちはどうなの? 出来そう?」
しかもこいつ飄々とそんな事を聞きやがる。ったく、私達がどれだけ焦ったと思ってるんだ。本気で死ぬかと思ったんだぜ? まぁ結果だけ見れば逃げなくても大丈夫だったっぽいが……。
というか考えて見れば、あの魔法もそうだが、ユーノの結界も大概だよな。中で何か破壊されても結界が無くなれば元通りとか。どういう原理だ?
いや、まぁ、これからそれを勉強していく訳だが……。
『基本と幾つかのプログラムはわかったので、先ずは実践っす!』
『電脳空間で擬似的に再現できます! ちう様!』
『マルチタスクの練習で半分だけダイブすることも出来るっす。』
そしてこいつらも乗り気だし。私は暫くはミッドチルダ式魔法の練習をするべきだろう。茶々丸も対策を知りたいって言ってたしな。そう考えると、少なくとも封印魔法が形になるまではシャークティから教わった方の魔法の練習は中止だな。
どうもさわりだけ勉強した分には、私にはミッドチルダ式の方が向いている気がするんだが。まぁ、折角教わったしな、両立出来るならそれに越したことは無いだろう。
そんなことを思いつつ、今後の練習計画を考えていたんだが。
「ん、どうした、シャークティ?」
「いいえ。……なんでも無いわ。」
(やっぱり……この世界、いや、ここは……!)
そんなシャークティの呟きが聞こえてきたが、私には何の意味があるのかは、さっぱりわからなかった。