「こらー! ちゃんと一緒に遊ばんかー!」
「わー、ニートが怒ったー!」
「逃げろー!」
「だ、誰がニートや! まてー!」
海鳴市校外にある教会の一室。近所の子供達が集うその場所は、毎日賑やかな子供の笑い声が絶えない場所となっていた。
遊具を独り占めしていた子を叱り飛ばした少女は、逃げた子供達を追いかけることも出来ず、そのまま床に放置された遊具を片付け出す。
遊具や児童書といった物は子供が使うためにすぐ草臥れてしまうものだが、この場所のそれらは妙に新品同様の状態を維持している。
「はぁ……。シャークティさん、今日は調べ物やろうか。バイト先は定休日の筈やしな……」
うちも図書館行ったほうが良かったかもな。と、遊具を片付けながらそんな事を呟く少女。
元々はこの教会も他の教会と同じように、偶に信者が来る程度で近所の人ですらここに教会が有るという事を忘れかけるほど閑散とした場所だった。
だがシャークティが来てからというもの、児童書や遊具を集め、一室を開放し小さな子供達の溜り場となっている。子供達もシャークティに良く懐き、その親達とも良好な関係を築いていた。
「なー、茶々丸ねーちゃんはー?」
「なんかプール行く言っとったで。」
「えー、鮫茶先生も茶々丸ねーちゃんもいねーのー?」
「シャークティさんに鮫茶言うたら殺されるでー?」
わー、逃げろー! そう言い再度走り去る子供達。
少女は鮫茶と呼ばれる度に大げさに怒り子供を追いかけるシャークティや、小さな子供達によじ登られ、困惑しながらも良く付き合う茶々丸の様子を思い出し笑みを零す。
以前も茶々丸に何人までよじ登れるかという遊びをし、首、両肩、両腕、胸、背中と計7人しがみ付いて身動きが取れなくなっていたことがあった。写メ撮っておくんやったなー。そんなことを呟きながら、遊具を片付ける手を止め窓から外を見る。日は既に傾き始め、そろそろ空が赤くなり始めようかという時間だ。
「片付け手伝うよー!」
「お、ありがとー。」
手が止まった少女を見て、別の少女が遊具の片づけを手伝いだす。
遊具を適当にチェストへと放り込んで、ロッカーからモップを取り出し掃除。また窓を閉め鍵をかけるのも忘れない。
特に何時までに帰らないといけない、という決まりは設けていないのだが、ここでは夕方になったら解散というのが慣例となっていた。
片づけを終えた少女達は遊具が置いてある一室から出ると、今度は聖堂でかくれんぼをしている少年達に声をかける。
「ほら、解散やでー! もうやめー!」
「はーい!」
「一緒にかえろーぜ!」
こうして、今日もいつもと同じように、子供達は教会を後にする。
シャークティが来てからこの近所で当たり前となった日常が、そこにはあった。
「またねー! はやてちゃん!」
「またなー。」
◆とある学校◇
「それでね、茶々丸さんがロボットで、ノエルさんとファリンさんが凄くて、水の触手がブワーっといっぱいあって! って千雨ちゃんは知ってたんだっけ?」
「お、おう。まーな。」
水の触手って。
私はなのはと共に、ジュエルシードの気配がするという学校に来ていた。聖祥小学校じゃない、普通の公立学校だ。
その道中放課後のプールで起きた出来事を聞いていたんだが、どうやら茶々丸を同行させて正解だったみてーだな。なのはみてーなガキが触手触手と連呼するのも、どうも嫌なんだが。
ただプールに遊びに行くだけだし、別に何もないだろうと思ってたんだが……茶々丸のロボットバレや、ノエルさんとファリンさんへのスクライアバレ等、トラブルだらけだったようだ。
茶々丸のロボットバレはまぁ良いんだがな。ノエルさんとファリンさんは不味いんじゃねーか? アリサが黙っちゃいねーだろう。
本来ならそのまま追求するところだったんだろうが、化け物退治でみんな疲れたという事で解散したらしい。これは明日が怖いな。すずかと口裏合わせしておくか、それともバラすのか。まぁ私はどっちでも良いが。
あー、プールに行かなくて正解だったぜ。唯でさえ面倒な事ばっかりだっつーのによ。
ま、明日のことはまた後で考えるとして、今は取り敢えず目の前の学校にあるジュエルシードをどうするか、だよな。
「……入るの?」
「入らなきゃ探せねーだろ?」
で、学校の前に居るんだが……さっきからなのはが足を進めようとしない。なんだ?
「……ね、ねぇ千雨ちゃん。守護霊さんが居るっていうことは、幽霊って本当にいる……って事なんだよね?」
「あー……そうなるな。」
いや、あれは守護霊じゃねーが。
魔法が実在するんだ、幽霊やお化けが実在しても可笑しくはないか。で、そこから連想して怪談話なんかも実話で、夜の学校なんか怪談の宝庫な訳で。
つまりこいつはそれが怖い、と。……どうすっかな。まさか守護霊が嘘だとは言えねーし。
「や、やだなぁなのは。そ、そんな幽霊だなんて、非科学的な話がある訳ないじゃないか。」
「声震えてるぞスクライア。」
なんだ、こいつらは魔法を使うくせに幽霊は信じねーのか?
スクライアはなのはの肩に乗って僅かに体を震わせている。いや、ありゃ肩に乗ってというよりは、しがみ付いてるな。
つーかこいつら2人が使い物にならなかったら、誰がジュエルシードを封印するんだよ……。今からでもシャークティ呼び出すか?
なんてことを考えていたとき、なのはは校庭の傍らにある二宮金次郎像を震える手で指差し――
「た、例えば、あの像が、動き出したりしちゃったり……」
――そんなことを言った途端。
二宮金次郎像が、台座から飛び降りた。
「き、き、キゃアーーーーー!? 出たーーーー!?」
「マ、マジかよ……。走れ、なの……って、ちょ、置いてくなよー!?」
此方へ向かう像を見た途端、なのはは学校へ向かって走り出した。一応ジュエルシード封印する気は有るんだな、あいつ。
ってそんなこと言ってる場合じゃねぇ!? なんだ、マジで出たのか!? いや、ありえねーだろ!?
とにかく校舎の中へ入った私達だが、なのはの暴走はその程度じゃ治まらず。
「どどどどうしよう千雨ちゃん!? きっと校舎の中を走り回る人体模型とか居るんだよー!?」
「まて、喋るな、それはフラグだ! 一端ちょっと落ち着け――」
タッタッタッタッと。一定のリズムで、まるで足音のような音が私達のいる玄関へと近づいて来る。
その音に気付き恐怖で声を失ったなのはは、私にしがみ付いたまま、音がする方向を凝視し。
「ち、ち、ち、千雨ちゃん……!」
その音は遂にすぐ近くまで到達し、思わず唾を飲み込んだ時。曲がり角の向こうから、元気に走る人体模型が姿を現した。
「やっぱりーーーー!? もう嫌ーーーー!」
「お、おちつけ、引っ張るな、離せー!」
私の服を握り締めたまま逃げるなのは。私は為すすべなく引っ張られたまま共に逃げる。
ところでジュエルシードって誰かの願いを叶えるんだよな? ってことは、つまり、こいつらは……。
なんてことをゆっくり考える暇も無いまま、今度は階段へと差し掛かったんだが。
「ち、血塗られた13段目!? 千雨ちゃん、階段使えないよ!?」
「なのは! あそこに音楽室がある、逃げ込むんだ!」
「余計な事言ってんじゃねーよスクライア! 音楽室っつったらあいつが居る流れに決まってんじゃねーか!?」
なんて抗議も空しく、私達は音楽室に入り走る人体模型をやりすごす。
あ、あれ、てっきりベートー○ンがピアノ弾いてると思ったんだが……外したか?
音楽室の中は特に変わった様子は無い。私達は一端机に座り、この学校の状況をまとめることにした。
「おいスクライア、ジュエルシードっつーのは願いを叶えるんだろ?」
「え? う、うん、強い思いに反応するって言ったほうが良いんだけど……。」
やっぱりか。つまり、この具現化した怪談は幽霊がどうのこうのという話じゃねー。
元々の下地は残留思念とかそんなような物が有ったんだろうが、さっきからその引き金を引いているのは、私の目の前の……。
「ね、ねぇ千雨ちゃん、音楽室って……」
「ま、まて、なのは、落ち着け、考えるな、何も考えるな!」
― ピンポンパンポンー♪ ―
てっきりベートー○ンが出現するかと思ったその時。誰も居ない筈なのに、校内放送が掛かり始め。
『なのはちゃん……どこ……? 一緒に……遊ぼう……?』
「きっ――」
「馬鹿、叫ぶな!」
そっちか! 誰も居ない筈の放送室か!
つーかこれ叫ぶの止めて何か意味あるのか? 今までの流れからすると、ぜってー意味ないよな、これ……!
そう。そんな私の不安は、見事に適中し。
『ミツケタ……』『ミツケタ……』『ほら……』『ここに……』
壁に掛かる多数の肖像画が、ケラケラと、笑い声を出しながらそんな事を喋り始めた。
「きゃあーーーー!」
またこのパターンかよー!?
なのはは私を捕まえたまま音楽室を飛び出す。すると、今度は向かいの教室から、口が裂けたモナ○ザの絵画が中に浮いてこちらへと飛んできた。あ、アグレッシブだなおい!?
それを見たなのははもう声も出ない様子で走り出す。そして今度逃げた先は、よりによって……!
「な、な、な、なんで寄りに寄ってトイレだよ!? テメーわざとやってねーか!?」
「違うよ!? 偶々目に付いたのがここで、って、ま、まさか、女子トイレって、つまり……!」
そう。通常使われていないトイレの扉は開いているはずなのだが、入り口から数えて4番目のトイレだけ扉が閉まっている。
つまりそれは、この日本で最も有名な、あいつが居るわけで……!
「え、えーと……ノックするべき?」
「馬鹿言ってんじゃねーよ!? 出るぞなのは!」
冗談じゃない! いくらなんでも花子さんなんて見たくねーぞ!?
そう言いトイレから出ようとした私達だが、振り返った途端。
バンっ! と、トイレのすりガラスの向こうに、モナ○ザが張り付いて騒ぎ出した。
『開けろー!! ここを開けろー!!』
「……!」
び、びびった。流石に今のはビックリした! な、なのはは大丈夫か? そろそろ泣き出すんじゃないか?
そう思いなのはの方を見るが、なのはとスクライアはある一点を見てピクリとも動かない。何だ、今度は何を見てる?
思わず私もなのはの視線の先をみる。すると、そこには。
徐々に開いていくトイレの扉と、その扉のふちにかけられた手があった。
『なのはちゃん……遊ぼう……? 一緒に……遊ぼう……?』
「お、おいおい……ウソだろ……?」
ご丁寧にそんな声を漏らしながら、徐々に扉は開いていく。
っく、効くかどうかわからねーが、魔法の射手を……! そう思いバングルへと手を沿え、いつでも魔法の詠唱が出来る準備を整える。
そして肝心のなのはは大丈夫かと、チラリと視線を送るが。そこには……。
「ふ、ふ、ふふふ……。」
「な、なのは?」
「全部、ぜーんぶまとめてなぎ払ってやるの! レイジングハート、ディバインバスター・フルパワー!」
『ok』
こ、こいつ、目がすわってやがる……! きれやがった!?
「ちょ、まて、本気か!? こんな狭い場所で!? つか私を巻き込むな!?」
「もう遅いの! チャージ完了! いっくよー! ディバイーン!!」
『Buster.』
私の記憶は、ここで尽きている。