「そうだ、美由希にノエル。」
「何?」
「何ですか?」
反対側のプールサイドで何やら騒いでいるアリサ達を見つめながら、恭也は傍らに居る2人の名前を呼ぶ。すると美由希は極々普通に、ノエルは少々焦った表情を浮かべながら恭也へと向き直った。
プールには子供たちの笑い声が響いている。恭也は何やら挙動不審なノエルに内心首を傾げつつ2人に近づくと、恥ずかしい話しなんだが、と前置きした上で次の言葉をはなつ。
「このプール、先日変質者が出てるんだ。」
「……変質者、ですか?」
「ああ、女の子の水着や着替えが盗まれててな。直接痴漢の被害が出ているわけでは無いが……、もっとも、お前達なら問題は無いか?」
もう、私達だって女の子なんですよ!? などと笑いながら抗議する二人。恭也は最低限荷物には注意するように2人へ言い含めると、プールの監視へと戻る。
その視線の先にはいつものプール。子供達が笑い、大人達がにこやかにそれを眺めている。
この皆の笑顔を守ろう、などと大それたことを考えるわけではないが、せめてなのはやアリサ、すずかの笑顔だけは無くしたくないな、と。そんな事を考える恭也だった。
「ア、アリサちゃん! こんな場所で話すことじゃないから……!」
「何、すずかも誤魔化すつもり? あんた最近千雨に似てきたんじゃない?」
一方のプールサイドでは、アリサのすずか達に対する追及が行われていた。
とはいえこの場所は他の一般人も多数居るプールサイド。たとえ何を追及されたところで、喋る気が有っても無くても、何も言うことが出来ない場所である。
しかしアリサはそんな事はお構い無しに追及の手を緩めない。直接『魔法』という言葉こそ口にしないが、何か喋るまで逃がさないという構えだ。
「ほ、ほら! 私が知った事を説明した時、アリサちゃんも一緒にいたことをファリンに説明し忘れてて!」
「ふーん。つまりアレをファリンさんに喋ったの? すずかが? 口止めされてたのに? じゃあファリンさんも『火よ灯れ』を知ってるのよね?」
「あああ違うの! 喋ってないよ! あ、じゃ、じゃなくて、えーと、えーと……!」
「ひ、火よ灯れ……?」
喋るたびにボロボロとボロが出るすずかとファリン。
千雨とシャークティの魔法については兎も角、『火よ灯れ』を教えてもらったなどの具体的なことは誰にも話してはおらず、ファリンが『火よ灯れ』を知ることも無いのだが、ではなぜファリンが『魔法』を知っているのかという説明をすることが出来ない。
以前から魔法を知っていたとすればどのようにして知ったのかを追求されるのは明白であり。まさか自分は千雨と関る前から魔法的な事に関っているなどとは言える筈も無い。
八方塞がりとなり思わず涙目でファリンを睨みつけるすずか。ファリンも涙を流しながらうろたえるばかりである。
「私とは別口でシャークティさんに教わったなら、『火よ灯れ』を知ってる筈よね。初歩の初歩だって話しだし。いや、知らなくても、最初からそう言えば良い話ですずかが焦ることも無いわよね。シャークティさんとは別の関係者を知っていて、隠してるとかかしら……?」
アリサは自分が思いつくことを次々言い、すずか達の逃げ道を潰していく。さすがにそのシャークティとは別の関係者が正しくすずか達の事である、とは思い至らないようだが。
すずか達はワタワタと慌てるも、下手なことを喋ると墓穴を掘ることになるのは目に見えている。すずかは焦って何かを考えている様子が丸判りで、ファリンに至ってはグルグルと目を回している有様だ。
アリサは腕を組んで仁王立ちし、右足でペシペシとプールサイドを叩きながら2人をジト目で見つめている。
一方、アリサの後ろから無表情でそんな3人の様子を眺めていた茶々丸は、何気なく先ほどまで居た反対側のプールサイドに目を移す。すると美由希と恭也の後ろから、両手を合わせて自身に向かって頭を下げているノエルの姿を視界に留めた。
「誤魔化しを、依頼されているのでしょうか?」
しかし、どのように? そんな事を小声で呟く茶々丸。
インパクト……衝撃的な事象があれば、忘れる可能性が出てくるでしょうか。
そう呟きながら少々考えた後に思いついた茶々丸の行動は。アリサにとって、正しくインパクト抜群だった。
「さぁ、2人とも。一体何を隠しているのかしら?」
自身の後ろにいる茶々丸のことはすっかり忘れ、すずかとファリンの2人を問い詰めるアリサ。
役に立たないファリンを半ば無視し、すずかは一生懸命に誤魔化す方法を考える。そして、そんなすずかにとっての救世主は、やっとその口を開いた。
「あの、私のことなら、もう隠して頂かなくても結構です。」
「「えっ?」」
予想外の茶々丸の言葉に反応し、アリサとすずかは茶々丸を見る。
「え? 茶々丸さんがファリンさんへ魔法について教えたの? でも隠すって……」
「はい。私は――」
そう言い、腰に巻いたパレオを一旦外し、肩から掛け直す。そしてパレオを広げ、自分とアリサの前に他者から見えない死角を作り上げると、左手で自らの右手首を掴む。
そして。
「このように、ロボットですから。」
おもむろに、右腕と、右手を、切り離した。
「な、な、な!? え、うそ、ろ、ロボットー!?」
切り離したと言っても実際には骨に相当する部分にはケーブルが残っているが。
それを見たアリサは思わず大声で叫び、他者の視線が集まっていることを確認した茶々丸は腕を元に戻しパレオを巻きなおす。
いまだ顔を蒼くして信じられないと言った面持ちで茶々丸を見つめるアリサだが、すずかは今が好機とアリサをムリヤリプールへと引きずり込んだ。
「す、す、す、すずか! 茶々丸さんが、茶々丸さんが!?」
「アリサちゃん、詳しいことはまた今度話すから、いまはプールで遊ぼう?」
すずかが強引にアリサを連れて自分達から離れていくのを見て一息着く茶々丸。どうやらアリサは未だ混乱しているものの、誤魔化すこと事態には成功したらしい。
これで依頼は果たしたでしょうか? そんなことを呟いているところへ、ファリンが土下座せんばかりの勢いで頭を下げ始めた。
先ほどから周囲の人々の好奇の視線が突き刺さっているが、そんなことには気付いていないらしい。
「ご、御免なさい茶々丸さん! わたしのせいで!」
「……いえ。アリサさんにばれたら不味い、という指示を受けてはいないので。」
今のところ茶々丸の行動理念はシャークティと千雨からの指示を守りつつ、それ以外は過去のパターンから判断する形になっていた。
それによると一般人へロボットであることをばらさないという指示はあるが、すでにアリサは魔法の事を知っているのでばらしても良いという判断だ。
すずか達夜の一族のことを喋るなという指示も、自身がロボットであることを明かす手伝いをしていた。
自分へ感謝の意を示しているファリン、ノエルの様子を見るに、特に間違った判断をしたわけではなさそうだと、ほっと胸を撫で下ろす茶々丸だった。
「……?」
ただ、なぜ自分が胸を撫で下ろしたのか。その事について一瞬疑問が沸くも、それはプールに浮かぶ泡のように一瞬で消え去った。
◆ボイラー室◆
「この部屋から、ジュエルシードの反応が強くするんだけど……」
ユーノは微かに漂うジュエルシードの気配を追い、その反応が強くなるほうへと足を進めていた。
その結果たどり着いたのはボイラー室。轟々と音を立てて湯を沸かしているその部屋は、蒸し暑いと言う言葉ではとても足りない様相を呈している。
カンカンと水滴が配管を叩く音がひっきりなしに鳴り、各種メーターの指針は赤い部分を示し。そいうった知識については疎いユーノですら、何か正常では無いのではという疑念が沸いていた。
「え、っと。とにかくジュエルシードを探して、この機械については、なのはに誰かを呼んできて貰わないと。」
そう呟きながら地面を行くユーノ。だがボイラーから漏れ出す蒸気は徐々に増え、今や天井すら満足に見えない状況だ。
さすがに不味いのでは、そんな予感がユーノを支配しそうになるが、だがジュエルシードがありそうなこの部屋へこの世界の一般人を呼ぶことも憚られる。
早くジュエルシードを見つけるのが最善と判断し、ボイラー室を進む。その一方で、なのはへと念話で呼びかけることも忘れない。
『なのは!』
『あ、ユーノ君。どう? 見つかった?』
『怪しい場所は見つけたよ。急いでボイラー室へ来て!』
そんな念話を交わしながら、より魔力が強く感じられる方向へ進む。そして。
「あ、あった!」
部屋の片隅、水溜りの中に転がる青い宝石―ジュエルシード―を見つけ出す。
急いでジュエルシードへと駆けつけるユーノ。だが、その瞬間、ジュエルシードから感じられる魔力が一気に増大し、ボイラーが本格的に暴走状態へと陥り。
「み、水と共鳴してる!? っく、広域結界、発動……!」
そして。ユーノの結界が発動するより一瞬早く。ボイラーが、爆発した。
「きゃあ!? な、何!?」
ズドン、と。何かが爆発する音と衝撃に驚き、足を止めるなのは。そしてその一瞬後に発動した結界に気付き、なにか有ったんだと急いで爆発があった方向へと走り出す。
しかしその直後、コンクリートを突き破り、水の触手……そう形容することしか出来ない物体がなのはの行く手を遮った。
「えーーー!? またこんなのーーー!?」
否応無く先日の夜、魔法について知ったあの夜に対峙した化け物を思い出す。しかしあの場はシャークティが居たために事無きを得たが、今この場所にはシャークティは居ない。
更に触手の先の通路にユーノが倒れ付していることに気付き、自分が何とかしなきゃ、そう決意しレイジングハートを握り締める。
そしてレイジングハートもその決意に呼応するよう、強くピンク色に輝き始め。
「レイジングハート! セーット、アーップ!」
『Stand by ready.Set up.』
強い光が収まったそこには、バリアジャケットに身を包み、杖状態のレイジングハートを構えたなのはが居た。
「いっくよー! リリカル・マジカル! 福音たる輝き、以下略! ディバイン!」
『Shooter』
なのはの構えたレイジングハートから放たれた魔弾は一直線に飛び、それぞれが水の触手に当たり触手諸共消えていく。
そうしてユーノへ続く道を確保したなのはは、ユーノの元へと駆けつけた。
「ユーノ君! 大丈夫!?」
「な、なのは……。何とか、大丈夫だけど、結界がしっかり作れなくて、魔法を知ってる人が、残っちゃったみたい……。」
「知ってる人が、残ったって……えーー!? どうするのーー!?」
ユーノを両手で抱きかかえ、ワタワタと慌てるなのは。知ってる人が残ったという事は、間違い無くアリサとすずかと茶々丸さんが残ったわけで。
茶々丸さんについては良く判らないが、アリサとすずかがジュエルシードの暴走に巻き込まれたら、そんな最悪の状況に思いをはせ顔を蒼くする。
ユーノはそんななのはを見つめるが、自分がこんな状況では足を引っ張るかもしれないと思い。自分を置いて早く行くようなのはへ語りかけた。
「大丈夫、すぐ追いかけるから。だから、なのはは先に行って、早くジュエルシードを!」
「ユーノ君……。」
だが。
そんなユーノの言葉を聞き、なのははほんの少し逡巡する。
この場にユーノを置いていく訳にもいかず、また一緒に来てくれたほうが心強いのは間違いなく。
そんな事を少しだけ考えた後に、なのはは立ち上がる。その両手にユーノを乗せたまま。
「な、なのは?」
「今日から私の肩は、ユーノ君の指定席! 行くよ、ジュエルシードを封印しに!」
こうして。なのはは先ほどから自分でも判るほどの強い魔力が感じられる、プールの方へと走り出した。
◆プール◆
「な、何ーーー!? 今度は一体何ーーー!?」
すずかの説得を受け、また詳しいことは帰ってから話すという確約を貰い渋々プールで泳いでいたアリサ。
すずかもそんなアリサに付き合い一緒に泳いでいたが、突然どこかから爆発音がしたと思ったら、周囲を泳いでいたお客さんたちが消え去り、気付いたら自身は水の触手に捕まり宙へ吊り上げられていた。
一瞬パニックを起こしかけるも、隣でアリサが同じように触手につかまりパニックを起こしているのを見たことで、何とか持ちこたえている様子だ。
「ちょ、ちょっと、や、やめ、どこ触ってんのよー!!?」
「あ、あん、や、やめて……!」
しかしそんな2人の心理状態などお構いなく、突如現れた水の触手は2人の体を舐め上げる。
具体的には首筋、内膝、脇の下といった場所を滑り上げ、徐々に2人の水着を脱がしながら、より際どい場所へと迫っていく。
アリサとすずかは顔を赤くし、ただ叫ぶ事しか出来ない。
このまま成すすべなく水着を脱がされ、良く判らないうちにとんでもない事になるのではと、否応無しに感じる2人。だが――
「大丈夫ですか、すずかお嬢様?」
「ナイスキャッチ、茶々丸さん!」
ファリンがプールを飛び越えながら2人を捕らえる触手を切り払い、力を無くし水面へと落ちていく水の中からノエルがすずかを、茶々丸がアリサを助け出した。
「……え、な、なんでノエルさんとファリンさんがしれっとそんな事を出来るのよ!? プールサイドから……って、え、超人!?」
「あら。強くないとメイドは務まらないのですよ? アリサお嬢様。」
「そうそう、鮫島さんだって糸を持てば高層ビルの一つや二つ瓦礫の山に――」
「うちの鮫島の名前はウォル○ーじゃないわよー!?」
すずか、あんた一体何隠してるのよー!? そんなことを叫びながらすずかを睨みつけるアリサ。
一方のすずかも、恐らく魔法関連のトラブルだと中りはついており、まさかノエルとファリンへ助けるなと言える訳も無く。若干顔色を悪くしながらも覚悟を決めるしかないかと思い始める。
ああ、ただプールに遊びにきただけなのに、どうしてこんなことに。
涙目でそんな事を思うすずかだが、それに対して返答出来るのは神のみだろうことを思い、ただ深い溜息を吐いた。
「――来ます。」
「え、ちょ、きゃあ!?」
当然だが、暴れる触手にとってそんなすずか達の事情なんて関係なく。触手の数を更に増やし、執拗にすずかとアリサを狙い始める。
茶々丸はアリサを抱きかかえたまま舌を噛まないよう注意すると、触手から逃げるためにプールサイドを縦横無尽に飛び回り始めた。
また、すずかを抱くノエルも同じように逃げ回り、唯一手が空くファリンが触手を切り落とすも、その数は直ぐにもとの数へ……いや、徐々に増えている。
「こういった手合いは、コアを叩くのが定石ですが……」
「コアって何ですかー!?」
切っても切っても何の意味も無く、今やプールを埋め尽くそうかというほどにその数を増やした触手の束。プールからウヨウヨとアリサとすずかを求めて這い出てくる触手は生理的嫌悪すら沸かせる物だ。
そんな理不尽な敵に対しファリンが泣き言を言い始めたころ。
「な、何コレー!?」
その肩にユーノを乗せたなのはが、プールへと到着した。
「え、ど、どうしてノエルさんとファリンさんが?」
「そんなことより、これどうすればいいのー!?」
「あ、と、兎に角封印しないと! えーっと、ジュエルシードはどの辺りに……!」
もはや一面触手だらけとなったプール。なのははその様子を見て若干どころではなく引いているものの、気を改めてジュエルシードを探し始める。
だが、先ほどまで執拗にすずかとアリサを追っていた触手だが。なのはの存在に気付いた途端、そちらの方へも触手を伸ばし――
「な、なのは! 空に逃げないと!」
「残念ユーノ君、それまだ教わってない!」
「そうだったー!」
レイジングハート、バリア、行けるね!?
短くそんな言葉を交わし、なのはの周りにピンク色の膜が張られる。
それに一息遅れて触手が突っ込むも、その全てはバリアによって止められた。
「っく、くぅ……! ユーノ君、どうすればいいの!?」
「え、えっとー、ワイドエリアサーチ、はまだ教えてないし、収束型拘束魔法、は高度すぎるし、あとはとにかく砲撃魔法でなぎ払えー! なんて出来ないし……!」
「な、なぎ払え? なぎ払えばいいの!?」
「え、ちょ、なのは!?」
と、バリアで触手から身を守りつつそんな会話をしていた2人が急に触手の圧力から開放される。
見ると先ほどまでバリアを突破しようと突っ込んできていた触手は全てファリンによって本体と切り離され、すべては水へと戻って徐々にプールへと落ちていくところだった。
「よくわかんないけど、なのはちゃんに任せた!」
「はい! 任されました!」
「やっちゃえ、なのはー!」
ファリンのその言葉に元気よく返事をし、アリサからの声援も貰い。なのははバリアを解除すると、急ピッチでその場で魔法を組み上げていく。
イメージするのは初めてレイジングハートを発動させたとき、あの手から放たれた魔力柱。あれをもっと大きくし、なぎ払えー! の台詞に相応しい物にしていく。
プールへと向けたレイジングハートはいつの間にかその先端を音叉のような形状にし、音叉の根元からは光の羽が出現している。
音叉の中心には煌々と煌く魔力球が、徐々にそのサイズを大きくしていき、魔法について知識が無い者でもそれに込められた威力が如何程かと息を呑む。
そして、ついにチャージは完了し――
「いっくよー! レイジングハート!」
『All is ready.』
「リリカル! マジカル! 砲撃、魔法ー!」
『Buster.』
触手のプールは、ピンク色の光に埋め尽くされた。