「あー……だるい……。」
長かった夏休みも既に終わり、昨日から2学期が始まった。昨日は始業式と宿題の回収のみで終わり、今日から本格的に授業が再開しようという初日。いつもなら既に起きて朝飯も食べ終わり、そろそろバス停へと向かおうかという時間だが。
私はベットの中で唸っていた。
「眠い……だるい……なんだこれ……。」
何でかわからないけど、昨日の夜全然寝れなかったんだよな……。寝付いた気がしても直ぐに起きちまうし……。これならいっそ一睡もしない方が良かったんじゃねーかって気がする。でもそれはそれでこの体じゃ耐えられないかもな……。あー、もう、本当なら1日徹夜くらいどうってこと無いんだけどな。
たまにあるよな、こういう日。意味も無く寝付けない事って。こっちに来てからはそんなこと全然無かったんだけど、な。ガキの体はいくらでも好きなだけ寝られると思っていたけど、どうやらそんなことも無いらしい。
「千雨ー!? どうするの、今日は休むー!?」
階段の下から母さんが叫んでるが、私は声を返す気力も無い。流石に寝不足で体調悪いとは言えないが、無視しておけば勝手に休みってことにしてくれるだろう、多分。そんなことより今はひたすら眠い。今寝ちまったら、また夜寝れなくなっての繰り返しになるんじゃねーか。そんなことを一瞬思ったが、私は眠気に耐えられず、そのまま気を失うかのようにあっさりと眠りについた。
「……ちさめ……千雨……? 寝てるの?」
ん……だれ、だ?
誰かが私を呼ぶ声で目を覚ます。私は片腕だけ毛布の外に出し毛布を抱きしめるような姿勢で寝ていたが、顔を毛布から出して薄目を開ける。見えてきたのは金色と、茶色、それと黒。
瞬きをしたり目を擦ったりしているうちにだんだんと輪郭もはっきりしてきて、そこにいたのは予想通り。アリサ、なのは、それとすずかだった。
こいつらが居るってことは、放課後? もうそんな時間か? そう思い、枕元の眼鏡をかけ時計を見る。いや、眼鏡は無くても見えるんだが。何て言うか、そう、クセみてーなもんだ。
今の時間は午後3時30分。昼飯も食わずに寝てたのか、私は。でも、まだ眠い。全然寝たりない。時計を見るために少し起き上がった私だが、また力尽きたようにベットへ寝そべった。
「大丈夫? 千雨、風邪でもひいたの?」
アリサが心配そうな顔を近づけ、私の額と自分の額をくっつけて言う。熱は無さそうね、そう言うと起きた時に肌蹴た毛布を肩の上まで戻してくれた。まさか寝不足で休んだとは言えねーよな。
「あー、悪い、心配かけたか?」
「別に心配なんてしてないけど、今日は習い事が無いから寄っただけよ。」
「メールも返ってこないって心配して、バイオリンのお稽古休んで来たんだよ、アリサちゃん。」
「な、なのは!!」
「にゃはは、ちなみにすずかちゃんもね。」
アリサがツンデレなのは今に始まったことじゃない。じゃないが、こう自分に対してやられると、いくらテンプレでもグッとくるものがあるな。そしてメールなんて全然気が付かなかった。携帯を確認するとなのはとすずかから2件、アリサから4件も来てやがる。悪い事したかな……。
「アリサ、すずか。ありがとうな。もちろんなのはも。」
「ば、バカ! だまって寝てなさい!」
「ううん、私が勝手にしたことだから、気にしないで。」
「私習い事無いしね!」
アリサは顔を赤くして、他の2人は笑顔でそう言う。私にはもったいないくらいのいい奴らだよな、本当に。
「ところで千雨ちゃん、手、火傷したの?」
「ん? 手?」
何とか眠いのを我慢して、横になったまま3人と話をしていたが、なのはが不意にこんなことを言い出した。
「あ、私も気になってたけど。どんな火傷の仕方よ、大丈夫なの?」
見ると毛布の外に出していた手が、結構広範囲にわたって赤くなり、ぽつぽつと水ぶくれが出来ていた。
その赤くなった範囲も妙で、一直線に境目が出来ている。そう、まるで丁度日焼けの痕のようだ。
「うわ、なんだこれ?」
や、火傷? 結構ひどいぞこれ? さっきまで全然気が付かなかったんだけど、気づくと途端にひりひりと痛みやがる。こんな火傷いつした? 昨日の夜は普通に料理手伝ってお風呂入って…火傷する要素なんて無いぞ。
取りあえず冷やすか? そう思い、私は枕元にあった濡れタオルを火傷した腕に当てる。多分母さんが用意してくれたんだろう。
それにしても……
「大丈夫? 病院へ行く?」
「んー。ちょっと様子見る。」
火傷、か。何か引っかかるな。なんだっけ?
「それじゃ、またね。無理するんじゃないわよ?」
「お大事にねー、千雨ちゃん。」
「おう、またな。」
あの後もダラダラと喋っていたらいつのまにか時間が過ぎ、5時を回った所でアリサとなのはが帰ることになった。私はてっきりすずかも一緒に帰ると思ったんだが、何やら話があるということですずかだけは私の部屋に残っている。
玄関まで見送ろうかとも思ったが、2人が怒ったように起きなくて良いと言うのでベットの中からアリサとなのはを見送った後。私は扉に向けて手を振っているすずかに視線を移した。
「で、なんだ? 話って。」
とは言っても、わざわざアリサとなのはが帰ってからする話しだ。大体予想はついているんだが。
「うん。茶々丸さんのことなんだけど。」
すずかと仲直りした翌日。私は翠屋に行った後、その足で月村家へ向かい茶々丸の改造をお願いしていた。具体的には耳アンテナを隠すことと、球体関節を隠すこと。というか早い話が認識阻害が無くても普通の人に見えるようにしてくれって依頼だ。
忍さんは快く了解してくれて、早ければ3日で終わるって話だったんだが……
『千雨ちゃん! 茶々丸さんの作者は誰よ!? 私達とは全然違う技術で作られてるじゃないの!?』
『あー、会わせることは出来ないんです……無理そうですか?』
『うぅぅ……無理とは言わないけど、大分時間が掛かっちゃいそうだわ。まず解析から始めないと。』
『くれぐれも茶々丸が嫌がることはしないでくださいよ?』
『もう、分かってるわよ。そんなに信用ないかしら……?』
なんて会話があって、それっきり解析に没頭しきりだったようだ。結局夏休みは終わっちまったが、何だ、解析出来たのか?
「うん、耳と、肌の処理は終わったんだって。ただ、その……」
「その?」
「他の機能を付けるまでは出来なかったって。よ、夜の……とか。」
夜の……ああ、あれか。すずかは顔を真っ赤にして報告してくれるが、正直私にとってはどうでもいい。っていうか出来るようになったって言われても、逆に困る。
「普通の人間に見えれば十分さ。ありがとうな。」
「う、ううん! やったのはお姉ちゃんだし!」
さて、後は茶々丸をどうやって家に住まわせるか、か。うーん、詳しいことは聞かないでくれ、なんて都合良く行くわけないし。ホームステイ? あれも書類や何かが必要になるんだろ? そもそも戸籍ないしな。いっそ魔法をばらす? 一瞬良いかとも思うけど、結局茶々丸を何て説明するかは残る、な。さて、どうするか……やっぱりシャークティの教会で匿ってもらうか?
「そ、それでね!」
お、っと。すずかと喋ってる途中だった。つい茶々丸の件に意識が向いちまった。
顔を上げすずかを見ると、何やら迷うような素振りで、何度も喋ろうとしては辞め、また喋ろうとしては……を繰り返していた。
なんだか面白いので黙ってみていたが、すずかは一度頭を振り、意を決したようで。私の目を見て次の言葉を放つ。
「ご、ご褒美の! 件、なんだ、けど……」
「ご褒美?」
ご褒美って言うと……ああ、血か。タダでやってもらう代わりにって奴だな。
別に今やっても良いんだが。私がそう喋ろうとした途端、それを遮るようにすずかが再度喋り出す。
「ご、ごめんね!? 千雨ちゃん今体調悪いんだもんね! わ、私何言ってるんだろうね!? ごめんね変なこと言って、今日もう帰るね!」
「まぁ、待て待て。」
私の言葉も待たずに帰ろうとするすずかを呼び止め、招きよせる。するとすずかはおどおどとしながら私が寝るベットに近づいてきて――
「きゃあ!?」
私はその手を取り、ベットの中へと引っ張り込んだ。
「ほら、吸えよ。約束だろ?」
「ち、千雨ちゃん……!」
すずかの頭を抱きかかえ、私の首筋に持ってくる。昨日きちんと風呂に入っているから汗臭くは無い……はずだ。ギブアンドテイクの関係は、しっかりしておかないと後が面倒だからな。
すずかは暫く迷っていた様子だが、私が頭を撫でて促すと、ゆっくりと私の首筋を口に含む。くすぐってーな、これ。
そして……
「いたっ……」
「ご、ごめんね!?」
実際には痛かったのはほんの一瞬で、その後はすずかが血を舐めている感触と、くすぐったさ、そして仄かな心地よさが広がっていく。蚊みてーな奴だな。
そういえば、すずかの頭を撫でている手は火傷していたはずなんだが、その痛みを感じないことに気付く。見てみるとさっき火傷していた肌とは思えないくらい、いつも通りの肌になっていて。
(ああ、そういえば私も吸血鬼になったんだっけ。)
あんまりにも軽く決めたから忘れてた。吸血鬼同士血を吸っても良いのかな、そんな疑問が頭の隅に浮かぶが、私は心地よさと人を抱きしめている時の安心感に負け、そのまま眠りについた。
◇◆
(お、おいしい……!)
一瞬にして。その感情が、すずかを支配した。
千雨に頭を撫でられたまま、自らが傷つけた首筋から染み出る血を一生懸命に舐め取るすずか。その味はまるで最高級のウィスキーボンボンのような、いや、それよりも更に濃厚な味。
すずかは初めての味、初めての感覚にクラクラとしながらも、傷口を舐めるだけでは物足りず、吸い上げるようにして血を貪る。傷の周りをうっ血させ痕を付けて、尚血を吸おうとするその様子は正に吸血鬼のそれだった。
しかし、血は止まる物。いくら首筋とはいえ、軽く傷をつけた程度では血が出なくなるのも早かった。濃厚な血の味がしなくなったことに気付いたすずかは顔をあげ、残念そうな顔で傷口を見る。そこに一筋の血が流れた跡を発見。首を伝いシーツへと落ちたその道筋を、なぞるように丁寧に舐め上げる。
「ああ、勿体ない……。」
血の跡を辿り、シーツに出来た小さな血痕をチロチロと舐めるすずか。すずかを抱きかかえていた千雨の腕は毛布の上に戻り、血の残り香を嗅ぐために今度はすずかが千雨に抱きついていた。
赤くし、口角を上げ、力なくにやけるその顔は、大人が見れば酔っ払っている者のそれだとすぐに判断できるだろうが、千雨はすうすうと寝息を立て、すずかの痴態を咎める者は誰もいない。
やがてシーツからも血の味がしなくなったのか、すずかは改めて首筋に顔を埋める。シーツよりも首筋の方が残り香が強く、おそらく傷口にはまた少し血が滲んでいるのでは。酩酊した頭でそう考えたすずかだが、血の事しか考えていないだけに違和感を覚えるのはすぐだった。
「……あ、あれ?」
首筋を見ることはせず、口に含んで舌で傷口を探すすずか。しかし、傷が見つからず、期待した血の香りもしない。するのは自らの唾液が乾いた、あの少し不快な臭いのみ。
頭を傾げながら、顔を上げる。たしかここに傷をつけたはず。そう思いながら視線を向けた、その先には。
「傷が……無い?」
少し赤いが、綺麗な首筋。そこには傷も、すずかが付けたキスマークすらも存在せず。
「嘘……!? だって、さっきあんなに……!」
千雨に抱きつくのをやめて、慌てて距離を取る。間違いなくさっきまでは傷があった、その証拠に大分薄くはなったが、シーツの赤い点は残ったままだ。一体何があったのかと混乱するすずかの視界に、毛布の上に投げ出された千雨の腕が飛び込んできて。
「火傷が、無い……何で……。」
まさか。まさか、まさか。でも、いや、そんなことは。けど、ひょっとしたら。
そんな呟きがすずかの口から漏れ出す。千雨の隣でベットの上に膝立ちになり考え込んでいたが、やがて一つの結論に達したのか、すずかは顔面を蒼白にして千雨から距離を取る。
そして……
「ち、千雨ちゃんに夜の一族がうつっちゃったーーー!?」
そう叫ぶと、慌てて千雨の家を後にした。
◆2日後 千雨の家◇
『千雨ちゃ~~~ん!』
「……あ?」
火曜日からずっと学校を休んだおかげか、吸血鬼の体にも何とか慣れてきてようやく夜寝れるようになった木曜日。私はシャークティの念話に起こされた。時計を見ると夜の11時、折角寝付いたのに直ぐに起こされた形だ。
くそ、何の用か知らないけど、念話するならもっと早くしろよ。そんなことを思いながら机の中にしまっているパクティオーカードを取り出す。そのままベットの中へと戻り、いつでも寝れる姿勢でカードだけを額に乗せ、シャークティとの念話を開始した。
「なんだ? もう寝るんだけど。」
『じゅ、十字架が持てないのよ~~~!!』
頭の中にシャークティの声が響く。その声は大きく震え、ご丁寧に鼻を啜る音まで聞こえ、考えるまでも無く泣いていることがわかった。
あー、シャークティも吸血鬼になったんだよな。しかも教会って、大丈夫か? 生きていけるのか心配になるな。私も貰った十字架のネックレスを持ってるけど、十字架の部分が肌に触れるとピリピリするんだよな。何度か使ってるうちに段々慣れてきたけどよ。
それにしてもやっぱり、シャークティにとって重要なのは日光でも夜型でもなく、十字架なんだな。まぁ、らしいか。
「がんばれ。私は貰ったミニ十字架には慣れたぞ?」
『うぅ、ミニは良いのよ、今も全身に纏って慣らしてるから。けど、大きな十字架や祝福した銀の十字架が熱くて熱くて……。これも、一時の羞恥に耐えられなかった私に与えられた試練なの!?』
いやー、予想出来たことだと思うぞ。なんてことは言わないが。
「なんだ、辛いなら私の部屋に来るか?」
『いいえ、本当に少しずつだけど、段々持てるようにはなってるの。ただ、千雨ちゃんは大丈夫なの?』
「私か? 夜寝れなかったけど、だいぶマシになったよ。日光もちゃんと対策すれば、まぁ何とか。」
『そう……。頑張ってるのね。私も、十字架が持てるように頑張らなきゃ。』
「そうか、頑張ってくれ。」
『ちょ―』
これ以上話してたら寝れなくなる。そう判断した私は強制的に終了させた。
でも、思ってみればシャークティは私の為にこの世界へ来ているわけで。私も好き好んでここにいる訳じゃないけど、何もなければ聖職者のシャークティが吸血鬼になることも無かったんだよな。ちょっと悪い事したかな……。
うん、今度会ったときに謝るか。とにかく今は寝よう、また学校休みになっちまう。
そんなことを考えながら、私は久々の夜の眠りについた。
「千雨ちゃんおはよー! もう大丈夫!?」
「ああ、おはよう。」
翌朝。なんとか眠気も取れて朝から行動出来るようになった私は、いつものバスに乗ったところで一番後ろの列から声を掛けられた。見るとなのはとアリサが大きく、すずかが小さく手を振っている。最初に比べアリサの態度が変わったのは好感度が上がったおかげだろうか。
バスの通路に立ってるといつまで経っても発車しないので、私は少し急いで3人の元へと移動した。
「千雨、もう大丈夫なの? 無理してない?」
「大丈夫だよ、心配かけて悪かったな。」
「べ、別に心配なんかしてないわよ。」
「にゃはは。」
そんな会話をしてるうちに、バスは小学校へ向けて走り出す。到着するまでは休んでいる間に学校であった出来事や、授業の内容なんかを喋るのが普通だろう。……が。
「千雨ちゃん、長袖なんて着て暑くない? やっぱり体調悪いの?」
「それに帽子……イメチェン? 似合ってないわよ?」
うん、予想はしていたさ。まだまだ暑い9月の頭だっていうのに長袖の制服を着てるんだ、間違いなく聞かれるだろうとは思ってた。もちろんその理由は日光に極力当たらないようにするためなんだが、厄介なことにUVカットがどうこうなんて一切意味は無く、飽く迄も日光に当たるか当たらないかにより火傷するようで、こうやって長袖着るしか手は無かった。よって日焼けが嫌だなんて理由も言えず、まさか吸血鬼になりましたなんて言える訳がない。
「そ、そんなことないよ! 帽子似合ってるよ、千雨ちゃん!」
少々答えにくそうにしていると、すずかがフォローしてくれた。別に似合ってるかどうかは気にしてねーんだが。家にあったやつを被ってるだけだしな。
「ありがと、すずか。でも家にこれしか無かったから、今度違うの買うつもりだぜ。」
「あ、じゃあ私いっぱい持ってるから一つ上げるわよ!」
「私も! 麦わら帽子とかいる? 似合うと思うよ。」
「すずかちゃん、通学で麦わら帽子かぶるの?」
「そうよね。それに見た目は兎も角、キャラに合わないわよ。ニットがいいんじゃない?」
こ、このやろう、人がおとなしくしてたら好き勝手言いやがって……!
「アリサもお転婆で麦わら帽子似合いそうにないもんな。」
「そうそう、あれはすずかだから似合う……って、だれがお転婆よ!?」
「騒ぐなよ危ないな、ヘルメット被るか?」
「あんたこそ一生野球帽被ってなさいよー!?」
「ふ、ふたりともー!?」
あはは、久々だな、この感じ。
その後、当然だが4日程度休んでも授業は何の問題も無く。私は放課後すずかに呼ばれ、茶々丸を渡すということで月村家へ来ていた。そこにはシャークティも居て忍さんとお茶を飲んでいるようだった。
魔法関連の事だしな、私だけ呼ばれて色々聞かれても困るし、シャークティがいることは好都合なんだが。ただ、シャークティの様子が……
「……なんだ、完全装備だな?」
「言わないで、千雨ちゃん。」
修道服を着て、首、手首、両腰、足と体の至る所にミニ十字架をぶら下げて、メインの大きな十字架は手袋をした上で両手持ちという、ものすごく怪しいシスターがそこにいた。
十字架を全身に纏って慣らしてるって、そういうことか。事情を知ってる私だからまだ分かるが、忍さんはお茶を飲みながら苦笑いだ。というか完全に腰が引けてる。
「何なの、何の儀式?」
「宗教上の理由です。」
「どんな宗教よ……。」
それは兎も角。私たちが来たことで気を取り直した忍さんは、茶々丸を起こしてくると言いリビングを後にした。どうやらバッテリー切れを防ぐために、ずっとスリープモードでいるらしい。
私はシャークティの横に座ると、それを見たメイドのファリンさんがお茶を出してくれた。そういえばこの人も人形なんだよな、全然そうは見えねーけど。茶々丸もこのくらい人に近づいていたら十分だ。肌も柔らかそうだし、間接も人間のそれだ。どこが人形なのかわかりやしない。
そんなことを考えていたら、シャークティも同じ事を思っていたようで。
「ファリンさんもノエルさんも、人間にしか見えないわよね。話を聞いた後でも半信半疑だわ。」
そうシャークティが言う。それを聞いたノエルさんは意味有り気に微笑み、ファリンさんは照れたように笑っている。メイド服に身を包んだその姿は、どこからどう見ても人間のそれだ。ノエルさんが忍さん付きのメイドで、ファリンさんがすずかだったかな。
「私たちは茶々丸さんとは設計思想が違います。茶々丸さんは従者であることを念頭に設計されたようですが、私たちは人の変わりであることを念頭に置かれています。」
そうノエルさんが言う。聞くと、自動人形とは人より長い年月を生きる夜の一族が、その寂しさを紛らわせるために作った人形――おおざっぱに纏めるとそういうことらしい。
よって、まず初めに求められたのは人らしい外見なんだと。それなら納得できる話だ。
それとは逆に茶々丸は――
「茶々丸さんは従者であることが第一だから、肌を隠すのも、食事も、肌を重ねることも想定されていなかったのね。それならいっそ感情もいらないと思うのだけど。」
「忍さん。私に感情は……」
「はいはい。その辺は未だ教育途中なのかしら?」
声がしたほうを見ると、まるで見違えるように可愛くなった茶々丸が、そこにいた。
「茶々丸!」
耳は普通の人間と同じ形になり、球体関節はどこにも見当たらず。肌の柔らかさは見ただけで感じられ、細かい所だと腕の表裏で肌の色が違うなど、どこにもロボットを感じさせる要素は無い。
「うわ、見違えたわね。可愛いわ、茶々丸さん。」
「そ、そうでしょうか? ありがとうございます。」
可愛いと言われ、顔にわずかに朱が入る茶々丸。こいつ本当にロボットか? つい、そんなことを思ってしまうくらいに高い完成度だ。これなら大丈夫だ、後は住むところをどうするかだな。
「ところで、すずかから聞いたんだけど――」
シャークティと二人で前後左右から茶々丸を見回していた時。茶々丸は困惑しきりで顔を赤くして俯いていたが、私たちは気にせず触ったり捲ったりしていた所に。まるで今日の天気を言うような気軽さで、忍さんが次の言葉を放つ。
「千雨ちゃんは私達とは別の吸血鬼、みたいな何かなの?」
「……は?」
「ご、ごめんなさい千雨ちゃん、前血を貰った時に気付いちゃって……」
聞くとこういうことらしい。
私から血を貰ったすずかは、傷や火傷がすぐに無くなる様子に気づき。てっきり夜の一族がうつったのかと思い急いで忍さんに相談したが、吸血しようがうつる物ではないそうだ。
じゃあ元々夜の一族か? そうも思ったけど、私が夜の一族を知らないようだった。本人が知らないだけという可能性もあるが、それなら同種、同性など血は不味くて飲めたものじゃないんだと。
それなら吸血鬼みたいな別の何か? たとえば、獣人とか……。そう思ったらしい。
っていうか獣人もいるのか? この世界。
(ごめん。気づいてるなら、ある程度話すしかないか?)
(うーん。ここは私に任せて、千雨ちゃんは話を合わせてくれる?)
忍さんたちを尻目に、シャークティと内緒話をする私達。どうやらシャークティに案があるようで、私はとりあえずそれに乗ることにした。
そう決まり、忍さんたちの方を向き、シャークティが一歩前へ出る。私と茶々丸はその後ろだ。
「まず、私たちは夜の一族とは別の存在を祖とする吸血種です。」
「んな!? そこからかよ!?」
『いいのよ、大丈夫。』
思わず突っ込んだ私に対し、シャークティから念話が飛ぶ。ああ、もう、なるようになれ! 私はしらねーぞ!?
「私は同種の存在を感じ、この海鳴へ来ました。千雨ちゃんは所謂先祖がえりで、自分が吸血種だと知らず普通に暮らしていた。そこで時期が来て吸血種と目覚め、トラブルを起こす前に、事実を知らせ導くために会いに来たのです。」
「はぁ、先祖がえり。何か聞いたことある話ね。」
「自分は他者とは何か違う。本能でしょうね、私が来る前からそれを感じていた千雨ちゃんは疎外感を感じているようでした。それこそ友達も作れない程に。そこで私は急に知らしめるのも良くないと思い、調査から入り徐々に千雨ちゃんへと近づいたのです。」
うわ、何か可哀そうな話に持っていこうとしてやがる、こいつ。しかもありがちな。大丈夫か、ばれないか? 変だと思わねーか?
「千雨ちゃん、それで前はいっつも学校で一人だったんだ……。」
「可哀そうなマスター……。」
何故か茶々丸が私の前へと回り、私を忍さんたちから隠すようにして抱きしめる。ああ、もう、アドリブが効きすぎなんだよお前は! よ、余計に恥ずかしいじゃねーか! しかもなんだマスターって!?
それに、暖かくて、や、やわらけー、……ってそうじゃなく!
「すずかちゃんと、ここには居ないけどアリサちゃんとなのはちゃん。あなた達と友達になれたころからだいぶ落ち着いたようで、私もなんとか目覚めの時期が来る前に話を切り出すことが出来ました。感謝しています。」
ありがとう、そういいシャークティが頭を下げる。見ると忍さんは目を瞑り、すずかは涙を流して私を見ていて。
「ご、ごめんね千雨ちゃん、辛かったよね、私がもっと早く声を掛けてればよかったのに……!」
「ううぅ、千雨さんが可哀そうです……!」
「吸血種がシスター……世も末です。」
ファリンさんも涙を流し、ノエルさんは忍さんの後ろで呆れ顔。は、ははは……この設定で行くことは、決定、か……。