翌朝。私は昨日と同じ朝6時に茶々丸に起こされた。
「ふあ……おはよう、茶々丸。」
「千雨さん、おはようございます。」
茶々丸は麻帆良の制服のまま、机の椅子に座りスリープモードで一晩を過ごしていたようだ。ちなみに今気づいたが、よく見ると2日間、こちらに来る前も含めるとほぼ3日間制服を着たままのせいか、あちこちに皺が寄り生地に張りも無い。いくら茶々丸は汗をかかないとしても、さすがにこれは無いだろう。
かといって茶々丸の服を買ってやる金もないし、サイズが合う服も持って無い。うーん、どうするか。コスプレ衣装の中にならある程度私服に見える奴もあるんだが。
そんなことを考えながら、私はクローゼットへ向かう。まさかコスプレ衣装なんて転移しているわけ無いよな、最初に確認したし。でも茶々丸みたいに後から来るパターンもあるみてーだし。いや、だからと言ってそんなご都合展開は……。
クローゼットの前に到着し、扉を開ける。すると、そこには。
「……おおぅ、あった。」
私のコスプレ衣装が勢ぞろいしていた。
茶々丸を部屋に置いたまま朝飯を食べた後。
「ほら、さすがに麻帆良の制服を着っぱなしって訳にもいかねーだろ?」
「いえ、ですが、その服装は……」
「大丈夫大丈夫、元ネタ知らなければわからねーよ。」
私は茶々丸を使い、コスプレファッションショーをしていた。
私も鬼じゃない、バニースーツやナース服を着ろとは言わねー。っていうかそんなの着たら一緒にいる私まで変な目で見られるからな。あくまで勧めているのは『常○台の制服』とか『園○魅音の私服』とか、そういうネタを知らなければ変でもないかな? 多分? 程度の物だ。
茶々丸も結構ネタを知ってるのか、着るのを嫌がるんだが。何なら別々のキャラの服を違和感ないように合わせたって良いわけだしな。コスプレじゃ無くなるけどよ。
「大丈夫、茶々丸ならこれ着ても可愛いからよ。」
「そ、そうでしょうか?」
お? ちょっと好感触。何なら『竜○レナの私服』とか着せるか? さすがに悪乗りしすぎか?
そんなことを茶々丸とやっていた時。
「なんだ、楽しそうなことをしてるな?」
「ま、マスター!?」
相変わらず半透明なエヴァンジェリンが現れた。
「うむ! 茶々丸にはこの服が一番だ!」
「ア、アハハ……」
マスター権限とか訳の分からない理由で、茶々丸の服はエヴァンジェリンが選ぶことになった。ま、少し残念だけど別にいいか、と私は成り行きに任せて様子を見ていたんだ。
エヴァンジェリンは私のクローゼットを一通り漁った後、一つの服を手に取り茶々丸にあてがった。そして実際に着てみるように言い、言われるまま着た茶々丸を見て先の発言。
ただ、問題のエヴァンジェリンが選んだ服とは……
「これを着て外出……するのか?」
『ロザ○タ・チスネ○スのメイド服』
別名『猟犬メイド服』……こいつわざとやってないか?
「なに、この過剰な装飾は付いていないながらも、各所に隠しポケットが付いた昔ながらのメイド服。これが良いんじゃないか。」
手りゅう弾入れだけどな、そのポケット。アリサやすずかの家がある高級住宅街を歩いているなら変でも無いのかもしれねーが、さすがにこの辺りの一般家庭からこのメイド服が出てきたら可笑しいだろ。……いや、高級住宅街でも可笑しいわ。やっぱり。
そんなことを考えながら改めて茶々丸を見る。緑の髪がちょっと浮いている感じはあるが、似合ってはいるんだよな。ひざ下まであるから球体関節も隠れてるし、耳さえ見なければ本当のメイドの様だ。うん、さすが我が技術で作ったメイド服。いい出来だ。
まぁ、それはそうと。
「ところで。エヴァンジェリンは何しに来たんだ?」
「おお、そうだ。お前とシャークティに聞きたいことが有るんだが、シャークティは何処だ?」
聞きたいこと? なんか嫌な予感がするな、おい。とりあえず今の時間ならシャークティは翠屋だな。
「シャークティなら翠屋っていう喫茶店でバイトしてるぞ。」
「……はぁ? 夢の中でバイト?」
一体何をしてるんだお前たちは。そんなことを言うエヴァンジェリン。
しゃーねぇだろ、腹も減るし金も無いんだから……。とにかくエヴァンジェリンはシャークティと話がしたいようで、その翠屋に案内しろと言う。その半透明状態でついてくるのかと聞けば、姿を消して声だけがするようになった。昨日の念話の時も思ったけど、気持ち悪いよなこれ。
ま、翠屋に案内するのは問題ないさ。ただ、
「茶々丸は、この格好で行くのか?」
『当り前だ!』
「……はい。」
がんばれ、茶々丸。
「いらっしゃいませー、って千雨ちゃんと――メイドさん!?」
翠屋に入ると、今日は美由希さんがウェイトレスを担当していたようですぐに出迎えてくれた。まだ朝と言える時間だからか、客はテーブル席に2組、カウンターに一人しかいない。ただ、私達がお店に入ったとたんにテーブル席の客の内入口が見える人達が水を吹き出し、美由希さんが叫んだおかげで残りの客も茶々丸に注目した。コンプリートだ。ちなみにシャークティも唖然としている。
「奥のテーブルに行かせてください……あとシャークティもちょっと借ります。」
注目を集めたまま入口に突っ立つ趣味は無い。私は美由希さんの案内も待たず、途中でシャークティの腕を引き一番奥の席へと移動した。
「ち、千雨ちゃんはともかく、茶々丸さんはなぜそんな恰好で?」
「あー、麻帆良の制服がくたびれてきてたから、着替えさせようと思ったんだけど。」
『私が選んだ。』
「……この声はエヴァンジェリンさん?」
奥の席に着いた途端にシャークティが服装に突っ込んだ。ま、そりゃそうだよな。だから制服か私服にしようとしてたんだ、私は。それをこのロリガキは……。
ひとまず服装の事は置いておき、私はエヴァンジェリンへ本題に入るように促す。するとメイド服の素晴らしさを語っていたエヴァンジェリンは咳払いを一つした後、とんでもない事を言い出した。
『お前たち、吸血鬼になる気は無いか?』
「「はぁ?」」
エヴァンジェリンの話を要約するとこうだ。現実世界では私が眠り始めて1日が経過し、このまま放って置けば衰弱死してしまう。
それを危惧したガンドルフィーニ先生と弐集院先生、葛葉先生が私達の体を維持する方法をエヴァンジェリンに聞いてきた。そこで吸血鬼化を提案したエヴァンジェリンにガンドルフィーニ先生が激怒、だが対案を出せという言葉に対して案を出せず、本人の了承を得るためにこうして夢の中に入ってきたと。ちなみにこの会話は葛葉先生も聞いているらしい。
もちろん起きた後に治療できる程度の深度でしか吸血鬼化しないが、夢への影響は不明。フルで影響したとしたら、身体能力アップ、思考力アップ、魔力アップ、日光に当たるとそこから全能力50%ダウンだと。それに長時間日光に当たると火傷する。ネギ・ニンニクは苦手になる。あと意図しないと代謝が止まる。吸血行為は別にしなくても良いらしい。
私は、ガンドルフィーニ先生や弐集院先生って誰だ? とか、なんだそのゲームチックな例えはとか、誰か吸血鬼が居るのかとか、最近妙に吸血鬼に縁があるなとか、いろいろつっこみ所は思いついたんだけど。
「なぁ、点滴じゃだめなのか?」
寝たきりの人への治療といえば点滴だろ? わざわざ吸血鬼にならなくてもいいと思うんだが。
『ああ、お前たちが拒否するなら点滴になるな。』
「なら、それで良いのでは? なにも吸血鬼にならなくとも……。」
そうシャークティが言う。私と同じことを思ったらしい。まぁ、当然だな。するとエヴァンジェリンは、ニヤニヤした顔が透けて見えるような、実に楽しそうな声で次の言葉を放った。
『そうか。点滴か。ならばそろそろお前たちには点滴とカテーテルを処置し』
「お断りです!!!」
いきなりエヴァンジェリンの言葉を遮り、立ち上がって店内に響き渡る大声で叫んだシャークティ。なんだ? か、かて?
顔を真っ赤にして、しかし自分がしたことに気付いたようで他のお客と美由希さんに向かって頭を下げて、再度座る。何にそんな反応したんだ?
「も、もっと他の方法は無いのですか!?」
『無いな。二択だ。もちろん吸血鬼化は後で戻すことは約束しよう。』
「くっ……! ど、どのくらいかしら? 1か月くらい? そもそもこの世界だけならお許しに……ああ、でも……! わ、私の神はあちらの世界にいるのだし……? いや、ダメよ、たとえ世界が違うとも……でも、か、かて……ま、まだ誰に見せたことも……ああ、私は、私は一体どうしたら……!」
うわ、凄く悩んでるな。なんかエヴァンジェリンの話を聞けば、慣れればそこまで問題ない気がするんだが。それにしても私が吸血鬼になる機会が来るとは思いもしなかったな。
「なぁ、代謝ってことは心臓とかも止まるのか?」
『ん? ああ、新陳代謝が極端に遅くなると思えばいい。成長なんかも遅くなるな。臓器や呼吸が止まるまでは行かないさ。』
成長が遅くなるのは嫌だな、おい。でもまぁ何年も夢の中にいるわけでもないしな……多分。いや、出れる見込みは有るのか無いのかよくわからないんだが。
吸血鬼か……魔法ならそんなのも有りなんだろう。何事も経験、か? どうせ夢だし、後で戻るんだしな。どこまで夢に反映されるかもわからないけど。
「私は別に吸血鬼でも良いと思うんだけど……。」
「ち、千雨ちゃん!? 良いの!?」
『長谷川は決定、と。シャークティはどうする? 点滴か、吸血鬼か。』
そこまで言うと言葉を切り、ほかの人から見えない角度で姿を現すエヴァンジェリン。おいおい、大丈夫かよ?
見ていると茶々丸を盾にしながらシャークティの耳元へ口を寄せる。そして。
「ふふ、生娘なんだ、見せたくは無いよなぁ。ちなみに、お前の体も既に半日以上が経過している。そろそろ……漏らすぞ?」
「うっ……きゅ、吸血……鬼……で。ああ、神よ、どうか、どうかお許しを……!」
こうして、私たちの向こうの体は吸血鬼になることになったらしい。
……いいのかなー、こんなんで。
◇麻帆良 学園寮◆
コンコン
「千雨ちゃーん? いるー?」
麻帆良学園寮。千雨の部屋の前。
そこには赤系の色の髪をパイナップルのように後ろでまとめ上げた、千雨のクラスメイト、朝倉和美の姿があった。
朝倉はなんどか千雨の部屋をノックするも、反応は無く鍵もかかっているために中の様子をうかがい知る手立ては無い。
ノックをしても無駄だと悟った朝倉はドアにもたれて座り込み、メモ帳とペンを取り出した。
「うーん。今日だけで高畑先生、ガンドルフィーニ先生、弐集院先生、葛葉先生が何度も出入りしている。先生達と一緒に入ったエヴァちゃん。ガンドルフィーニ先生の叫び声。呼び出された美空ちゃん。男の先生達が先に出て来て、しばらく後にエヴァちゃんと美空ちゃんと葛葉先生。そして、早退した千雨ちゃん、更新されない『ちうのホームページ』。うーん。つながらない……なんだろうなぁ。」
ガリガリと頭を掻きながら悩む朝倉。おもむろに携帯電話を取り出すと、ネットに接続。ちうのホームページを開く。
そしてチャットルームに入り、いつものハンドルネームが自分の名前欄に入っていることを確認すると、チャットを開始した。
ちうファンHIRO > 更新されないねー。ちうちゃん何かあったのかな?
書き込みボタンを押す。すると、すぐに反応がある。このチャットルームはいつも誰かが覗いていて、一切人が居ないというのは滅多にないことだ。
通りすがりB > その話題何度目(w
アイスワールド > でも心配だよね。休むとしても告知あるのに、いつもだと。
チャット相手の一人が言うように、これは昨日の夜から何度も繰り返された話題だった。いつもだと1日に3回程度、多い時には10回近く更新されるちうのホームページが、もう2日近く更新されていない。いくらテスト前だとしてもこれは異常だった。
ファンの中でも不安が広がり、チャットや掲示板はちうを心配する声で一杯だ。
アイスワールド > 常連も何人か居なくなったよね。
通りすがりB > 更新されなければ居なくなる程度なら、その方が良いぜ(w
ちうファンHIRO > そうだねー。
「うーん、居なくなったのは二人。この二人は最後のちうちゃんがいたチャットを境に、一切見なくなったね。元々ちうちゃんが居ないと発言しない人達だったけど、ルームにも居ないようだし。」
朝倉のメモ帳に二つの名前が追加される。二重丸でその名前を囲った後、さらに思考の中へと入り込む。
「私のジャーナリストの勘が、この二人は何かを知ってると言っているんだけどなー。まさか学園長って学園長?」
まー、さすがにそれは無いか。そう呟くが、メモ帳にはクエスチョンマークが追加されるだけ。二重線で取り消したりはしない。
「消えたバカレンジャー、ネギ先生、千雨ちゃんと接点の無いはずの先生達。一匹狼仲間のエヴァちゃん。なんでこうテストの時期に熱い話題が重なるかなー? 美空ちゃんならすぐ吐くと思うんだけど……。」
もー、テスト勉強もしないといけないっていうのになー。
そう言うと、朝倉は携帯電話をポケットへ戻し、クラスメイトの部屋へと移動していった。
◆麻帆良中等部 学園長室◆
「長谷川の部屋に一般生徒を近づけるな……それは依頼かい? 学園長。」
「しかも認識阻害を使わずに。それは少々無理があるのでは?」
同刻、学園長室。そこでは学園長と、千雨のクラスメイトである龍宮真名、桜咲刹那の姿があった。龍宮は褐色の肌に男性でもなかなか居ないだろう長身、腰まで届くロングストレートの黒髪。手ぶらで腕を組み学園長を見つめている。桜咲は日本人らしい中背で、黒髪をサイドテールにまとめ重そうな竹刀袋を背負っていた。
「そう難しく捉えなくても良い。近づく生徒を見かけたら追っ払ってくれ、そう言っておるのじゃ。」
学園長は机の上に水晶玉を乗せ、椅子に座りながら二人と話す。生徒である二人はソファーを進められたが、これを断り立ったまま対峙していた。詳しい説明も無く呼び出され、いきなり依頼を受けた二人は困惑した顔を隠せずにいる。
「そもそも、何故だい? 長谷川は関係者では無いはずだが。」
龍宮がそう学園長に問い、その隣では桜咲がうんうんと頷いている。それを見た学園長は何やら滝を映している水晶玉を良く見える位置に動かすと、その場面を変えると共に二人へ説明をする。
「儂がどうこう言うより、これを見てもらったほうが良いじゃろう。その後に忌憚無い意見を聞かせてくれ。」
そういうと、カーテンが閉じられ水晶玉の映像が大きく空中に映し出される。それは昨日の夜、シャークティの訴えから始まった。
「う……グスッ、は、長谷川さんにそんなことが…!」
全ての映像が終わった後。学園長は目を瞑り、龍宮は今や何も映していない水晶玉をじっと見つめる。そして桜咲は目に涙を湛え、千雨へ同情していた。
「学園長、なぜ長谷川さんを放置したのですか! いくら魔法は秘匿する物とはいえ、これでは、余りにも長谷川さんが……!」
桜咲は涙を拭きながら、椅子に座る学園長に詰め寄る。学園長は反論をせず、ただ目を瞑り桜咲の訴えを聞いていた。龍宮はそんな二人を見つめた後、言葉を放つ。
「学園長の考えもわかるけど。最も多感な幼少の時期に、それは無いのでは?」
「……うむ。可哀そうな事をしたとは思っておるし、今現在同じ環境の子が居ないか調査中じゃ。」
そう学園長が言う。しかし、龍宮は眉間に皺をよせ不機嫌なのを隠そうともしない。そして―
「肝心の部屋に近づけてはいけない理由じゃが。シャークティ先生の危惧通り、今現在長谷川君は目を覚ましておらん。」
その言葉を聞き、その瞬間二人が動く。
桜咲は一瞬で竹刀袋を紐解き、袋の上から鞘を持ち、愛用の刀を学園長に突き付けるべく抜き放とうと。
龍宮は桜咲の竹刀袋を掴み、鞘を引き下げようとする桜咲の動きを阻止しようと。
結果的には桜咲は刀を中途半端にしか抜くことが出来ず、学園長に突き付けることは敵わなかった。
「何故止める、真名!」
「意味が無い事はしないほうがいい。」
どうせ本当に切るわけじゃないんだろう? 言外にそう言われ、桜咲は渋々刀を元に戻す。竹刀袋の口も締め、再度背中へと背負いなおした。
微動だにせずにそれらを見ていた学園長だが、二人が落ち着いたのを見計らい次の言葉を告げる。
「現在、シャークティ先生を中心にし、長谷川君を起こすべく模索中じゃ。事が終わるまで騒がれるわけにはいかん。そして殆どの魔法先生はこのことを知っておるが、魔法生徒で知るのはごく一部のみじゃ。箝口令を敷いておるからの。」
「私たちが知るのは良いのかい?」
「2Aの者たちは協力してもらうぞい。具体的にはエヴァ、絡繰君、春日君、そしてお主たちじゃな。」
もちろん、他言無用じゃ。それを聞いた龍宮は頷き、しかしその横で桜咲は首を傾げた。
「ネギ先生は?」
「今はまだ、知らせておらんし、知らせるべきでも無いと思うとる。」
そうかもしれませんね。そう言い桜咲も頷き――
「協力はしますが。私は納得したわけではない事を、忘れないで下さい。」
「報酬は弾んでもらうよ、こんな胸糞悪い依頼は久しぶりだ。」
そう言い残し、二人は学園長室を後にした。