今の時間は午前8時10分。空は生憎の曇天だけど、風もあり外出するにはかえって都合がいい気候かもしれない。私は翠屋への道を歩きながら、今日すずかに会ったら何て言おうか考えていた。
ベストは前みたいな気安い関係で、血を提供っつーのも極稀に、っていう状態に持っていくことか。秘密がどうこうっていうのは、元から喋る気なんて無いからどうでもいい話だ。
そのためには、まず謝る? でもあれは私が悪い、のか? どーも納得がいかねーけど……。
そんなことを考えているうちに、とうとう翠屋が見えてくる。外から見える範囲には誰も居らず、扉に架かる看板も『close』のままだ。まぁノックすれば誰か出てくるだろうと、私は扉に付いたノッカーに手を伸ばす。
コンコン
「はーい!」
中から美由希さんの声が聞こえ、ガチャリと扉が開かれた。
そこには予想通り、外から見えないカウンターの向こうに数人が集まっているのが見え、
「あ、千雨ちゃん! シャークティさんを見に来たの?」
「はい、朝は練習してるって聞いたので。」
「千雨ちゃんだ! おはようー!」
「ちょ、ちょっとなのはちゃん! 引っ張らないで!?」
その中から二人、なのはと、なのはに引っ張られたシャークティがこちらへと向かってきた。
シャークティは既に翠屋のエプロンを身に着けていて、どうやら今から接客の練習をするところだったらしい。私と目が合ったシャークティは、一瞬びっくりした風ながらも、首を振り改めて私に目を合わせてきた。
「千雨ちゃん。おはよう。」
にこり、と。そう嬉しそうに笑いながら挨拶するシャークティを見て。
ああ、取りあえず来てよかったかな、と。そう思った。
「ご、ご注文は何になさいますか?」
「シャークティさんメニュー! 渡して!」
「あ、はい!」
挨拶の後そのまま席へと案内された私は、なのはのメール通りシャークティの接客の練習相手になっていた。
シャークティは席に案内するなり注文を聞いてくるし。私はいったいどんな常連客だ。こりゃ練習必要だわ。
メニューを受け取った私は、取り合えず一通り目を通そうとページを開く。開くんだけど。
「シャークティさん! ずっと隣にいちゃダメだよ!?」
「え、ええ!? え、えっと、お決まりになりましたらお呼びください?」
……大丈夫かな。心配になってきた。
それにしてもなのはが教師役か。手伝いでたまにやってるって言ってたな、そういえば。うちの担任と違って自営業なら有りなんだろう。
ん? そういえばうちの担任って、ひょっとして……。ま、後でいいか。
さて、改めてメニューを見る。コーヒー、紅茶、ケーキ、シュークリームと翠屋のメインがまず先に並び、その後ろにサンドイッチ等の軽食。パスタやオムライスといったランチメニューっぽいやつが次にきて、最後にモーニング等のセットメニューか。
「シャークティさん! そっちは雑巾! 布巾はこっち!」
向こうならケーキにコーヒーと行きたい所だが、こっちじゃコーヒーを美味いと感じないし、そもそも金が無い。
いや、シャークティに出させるか? 出せと言えば出すだろうが、それもなぁ。弱みに付け込むようなことはしたくない。朝ごはんも食べてきたしな。
それじゃ何にするかな。オレンジジュースか?
「テーブル拭きは奥から手前へ、側面も忘れずに、でも手早くね!」
「お、奥の側面は……?」
あー。それにしても。
「ナプキンの補充は3秒でやらないと間に合わないよー!」
「さ、3秒!?」
何だ。見てるだけでも結構楽しいな、これ。
「千雨ちゃんまだ!?」
「おい。先生役が客を急かすのかよ。」
「にゃはは、私今日店員じゃないもん。」
なのはに急かされた私は、仕方なくシャークティに目を合わす。目が合ったシャークティはメモを取り出しながら近寄ってきた。
「注文受ける前にメモ出しちゃだめ!」
「えっ!?」
「おい小姑。いいだろそんくらい。」
あ。やっぱり? なんて笑いながらなのははシャークティの後ろへと下がる。今のシャークティは何言っても真に受けそうだからな、あんまり苛めるもんじゃないだろ。
どこかホッとした表情のシャークティに、私はオレンジジュースを注文する。なのはがケーキやシュークリームを頼んでもいいよと言ってきたが、朝ごはんも食べたからと言い辞退した。
注文を受けたシャークティは、そのままカウンターの向こうへと消えて行く。そして何故かなのはは私の向かいの席へと座った。
「いいのか? ついて行かなくて。」
「カウンターの向こうは私の担当じゃないもん。」
話を聞くと、ホール担当はなのはと恭也さん、カウンター担当は士郎さんと美由希さん、キッチン担当は桃子さんらしい。
なのははメニューを開き、私におススメのメニューをアレコレ教えてくれる。どうやら一番人気はシュークリームなんだとか。売り切れ御免のメニューで、毎日大量に作るけどほぼ間違いなく売り切れるんだと。そう言われると食べたくなってくるな。
「アリサちゃんとすずかちゃん来たら一緒に食べようね!」
「っ……、そう、だな。」
すずか、か。あー、どうするかな、ほんと。
あと1時間ちょっとで来るよなぁ。なんて言えばいいんだ。やっぱ面倒だし謝っちまうか? でも、何を謝れって言うんだよ。もうちょっと柔らかい言い方するべきでした、ってか? 馬鹿らしいな。
あー、くそ! なんで私が悩まねぇといけねーんだよ!? 私は悪くねーだろ? ……無いよな?
「お待たせしました、オレンジジュースです。」
何て事を悩んでいるうちにシャークティがお盆にオレンジジュースを乗せて戻ってきた。
お盆を掌に載せたまま軽くお辞儀をするが、ジュースの水面は一切揺れず。そんな所は見ていて安心できるな。さすが修道士? あれ? 頭に本とコップ乗せて練習するのは何だったか?
「わ、シャークティさんお辞儀綺麗ー。」
「さすがに映えるわよね。いっそ修道服着てウェイトレスしてもらおうかしら?」
……変な客来るからやめておけ。
キッチンから出て来た桃子さんの発言に心の中で突っ込みを入れつつ、私は目の前に置かれたオレンジジュースへと手を伸ばす。コップもジュースも良く冷やされていて、氷は入っていない。ま、この辺は好みの問題だろう。
なんて批評家ぶったことを考えつつ、ストローでジュースを飲む。うん、普通のオレンジジュースだ。
シャークティはというと、私の時と同じようになのはから注文を聞き、桃子さんと一緒にカウンターの向こうへと下がる。ちなみになのははサイダーを頼んでいた。
「ところで、千雨ちゃんはすずかちゃんと何かあったの?」
「ングッ!? っく、カハッ、ゲホッ、ッケホ、な、なんだ急に!?」
なんだ!? 何でそんなピンポイントで話題が来る!? なのはは事件のこと知らないはずだろ!?
くそっ、びっくりしてジュースが気管に入った! く、苦しい……!
「だって、千雨ちゃんとすずかちゃんからメール来なかったし。」
一緒にお店へ来るかなって思ったんだけど、千雨ちゃん一人で来たし。
そう続けるなのは。それにしたってそれだけで私とすずかの間に何かあったと思うか? 普通。
「ま、あったと言えば、あったな。」
それも飛び切りのやつがな。
「何? 相談に乗れること?」
そう言い、心配そうな顔で身を乗り出すなのは。相談は、出来ないよなぁ。いくら友達でも言えることと言えないことがある。ましては夜のなんとかなんて、あれは本人から言い出してなんぼだろう。絶対に私が言いふらしてはいけないことだ。
心配してくれたところ、悪いんだけど。
「気持ちだけ受け取っておくよ。」
出来れば、すずかと二人で話をしたい所だな。あとは野となれ、ってやつか?
はぁ、早く来てほしい気もするし、来てほしくない気もするし。あー、イライラするぜ。
やっぱもう少し後で来るべきだったか? でも家にいても結局考えることは一緒だしなぁ。くそ。
あー、どーすっかなぁ……。
◇海鳴市 高級住宅街◆
「今日駄目だったら、今度こそ消すわよ? すずか。」
高級住宅街を走る車の中。運転席に座る忍は、後部座席のすずかに向かい声を掛ける。車は月村邸からバニングス邸へと向かう最中であり、未だ車内には二人しかいない。
忍の声だけが車内に響き、それに対する返答は一切無い。すずかは携帯電話を見つめたまま、黙ってうなずいた。
ミラー越しにそれを確認した忍は、次の言葉を放つ。
「酷なことを言うようだけど、恋愛感情が無ければ千雨ちゃんの言うことも最もなのよねぇ……。」
都合のいい血液タンク。なるほど最もな話だ。その言葉を思い出したすずかは、びくりと肩を震わせる。そんなつもりじゃない、そう言葉で言うのは簡単だが、客観的に見ればその通りなのは考えなくてもわかることだった。
恋愛感情が生まれた後なら、性行為の延長と捉えることも出来ないわけではないが、同性の、しかも小学2年生に求めることが出来る物ではない。
しかし。
「でも、千雨ちゃんは私の事怖がったりしなかったもん。」
人の感情には人一倍敏感なすずかだ。話している最中も千雨には怯えの色は見えなかったし、忍と目を合わさせないように押し倒した時でさえ、千雨は拒否する素振りも見せなかった。
そのことから、千雨は自分に対して恐怖を覚えてはいないと確信していた。
すずかが一番恐れていたのは自分を否定されること、化け物と罵られることであり、それらは既にクリアしている。残るは秘密を守る約束を取り付けることと、血をもらう事なのだが。
「血は、もういいんだ。せめて、私のことを知ってもらえれば、それと秘密を守ってもらえれば。あとは今まで通りでいいの。」
車はバニングス邸の近くへと既に到着している。しかし、忍は車を路肩に止め、もうしばらく悩める妹との会話に勤しむことにした。
モラトリアムかしら。などと小声でつぶやきながら、忍も自身の携帯を覗きこむ。
そこにはとある遊園地をバックにした、高町恭也とのツーショット写真があり。
「その今まで通りが、一番難しいのよねぇ。」
未だ明確に恋人とは言えない自身のパートナー候補を見つめ、ため息を吐く。
吊り橋効果となるか、その橋が崩れ落ちるか。そればかりは渡ってみないとわからないのだ。
「私は、やっぱり血も欲しかったわ。我慢出来るかしら?」
「出来るもん!」
そう息巻くすずかをバックミラー越しに見て、忍はため息を吐く。
そして、経験しないとわからないわよねぇ、と前置きし。
「すずかがそう決めるなら、任せるけど。一つ忠告するわ。」
真剣な眼差しで、ミラーに映るすずかを見つめる。姉の纏う空気が変わったことに気付いたすずかは、思わず背筋を伸ばして座りなおす。
そしてミラー越しに見つめあったまま、忍は次の言葉を放つ。
「もし受け入れてくれたとしても。血はいつでも貰えるか、一切ダメかの何方かにしなさい。」
じゃないと、後悔するわよ。
そう言うと、忍は呆然としているすずかを確認し、返事も待たずにバニングス邸の前へと車を走らせる。
門の前では既にアリサと鮫島が待機していて、すずかは返事をすることも出来ないまま、アリサが車へと乗りこんできた。
「忍さん、このまま翠屋へ行くわよー!」
「あら? 千雨ちゃんは?」
「さっき電話したけど、もう出かけたみたい。」
たぶん先に行ったんじゃないかしら? 練習でも見てるんでしょう。
それを聞いた忍は、鮫島に会釈をした後、一路翠屋へと車を走らせた。
◆海鳴市 翠屋◇
「あー! 千雨、やっぱり先に来てたのね!」
……来たか。時間は9時15分、開店してまだ間もなく客もいない店内。私は窓際の4人掛けの席で、なのはと向い合せに座りどうでもいい話をしていた。シャークティは緊張しているのか知らないが、扉を睨めつけ微動だにしない。
そんなシャークティへ見せつけるように、店の前へと1台の高級車が停まる。中から出て来たのは忍さん、すずか、アリサ。アリサは窓際に座る私たちを見るなり、大声で叫んだ。
「まったく、メールしなさいよ、もう!」
窓が開いているのでアリサの声はよく通る。私は軽く右手を挙げて答え、なのはは窓から身を乗り出しぶんぶんと手を振った。
「アリサちゃん、すずかちゃん、忍さん! おはよう!」
「おはよう! なのは、千雨!」
アリサが言い、すずかと忍も手を振って答える。ちなみにこの間、まだすずかとは目が合っていない。さー、どうなるかな。
そしてアリサを先頭にし、3人は翠屋の中へと入ってくる。シャークティは頭を下げ3人を出迎えた。アリサは翠屋のエプロンを着けたシャークティを見るなり目を輝かせている。わかりやすい奴だ。
「いらっしゃいませ。」
「シャークティさん! かわいい!」
こ、こちらへどうぞ。と、若干狼狽えながらもシャークティは私たちの席へアリサとすずかを誘導する。ちなみに忍さんはカウンターへ座り、恭也さんと喋り始めた。
まずアリサがなのはの隣に座り、必然的にすずかが私の隣に座る。アリサは隣のなのはと早速喋り始めるが、私たちの間には会話はない。うわー、気まずいな、おい。私は何も入っていないコップを玩び、シャークティはいつこのコップを下げるのだろうなどと考えていた。現実逃避とも言う。
「お決まりになりましたらお呼びください。」
そんな所へシャークティはメニューを持って現れる。なのはとアリサの前に一つ、私とすずかの前に一つだ。なのはとアリサは一緒にメニューを開いて何を頼むか相談し始め、私たちはと言うと……
「先に見ろよ、すずか。」
「う、うん。」
私はすずかにメニューを見させ、窓の外へと視線を向けた。何やってるんだろうな。一応年上の私が、もっとしっかりするべき、か?
いっそ先に昨日のことを話して、さっさと終わらせたいんだけどな。でもなのはとアリサが居る前で出来る話でもないし。いつまでこの気まずい空気を作らねーといけないんだか。
そんなことを考えていると……
「あ、アリサちゃん! 先にシュークリーム取りに行くから手伝って!」
「え? 頼むんじゃないの?」
「にゃはは、今日は8個だけ内緒のサービスだよー!」
なのはがアリサを連れて、カウンターの向こうへと消えて行く。これは気を使わせたかな?
……よし。どうせ直ぐ戻ってくるだろうし、ここはさっさと済ませるか。そう決めると私は一つ咳払いをし、すずかへと向き直る。
「おい、すずか。」
「は、はい!」
すずかも緊張しているのが良くわかる。両手を握りしめ、体を強張らせたまま、私の方へと体全体を向けた。まるでお見合いだな、おい。私が男役か? じゃあ仲人はなのはか。笑えない冗談だ。
相手が緊張しているのを見ると、逆に私の緊張は少し軽くなった。よし、ここは勢いで言っちまうべきだろう。
「私は秘密を言いふらす気も無いし、すずかのアレも正直どうでもいい話だ。いちいち気を使うつもりもねー。それと血だけど、極偶にならいいぜ。もちろん見返りは貰うが。そう……たとえば茶々丸の改造をただでやるとかな。それでいいか?」
「え、えぇ? あれは元々ただで」
「そ・れ・で・い・い・か!?」
すずかが余計なことを言おうとしたので、それを遮り強く言う。すずかは私の言いたいことを察したのか、コクコクと頷いた。はぁ……すずかの件はとりあえずこれでいいか?
正直これでダメなら手のうちようが無い。これが譲れる限界、だよな。そんなことを考えながらすずかを見ていると、すずかは私の言ったことを徐々に理解していたようで、みるみるうちに顔が歪んでいき。目からは、光るものが溢れ始め。
「ちょ、な、泣くなよ!?」
「だ、だって、もうお友達じゃ、無くなるかと思って、」
だぁぁぁーーー! もう! 結局泣くのかよ!? くそっ!! ったく、泣きたいのはこっちだって言うのによ!
私はすずかの頭に手をやり、そのまま抱き寄せて頭を撫でてやる。すると、すずかはそのまま私に縋りつきエンエンと声を上げて本格的に泣き出した。あー、こーいうのは私のキャラじゃ無いんだけどな。どうしてこうなった……。
※
「なにあれ?」
「しらなーい。」
カウンターの下からアリサとなのはが顔をだし、抱き合っている千雨とすずかを見つめている。その後ろでは同じく空気を読んだ忍、恭也、美由希、シャークティがカウンターの下で隠れていた。
千雨はすずかを抱いて顔を伏せているためその表情は見えず、すずかは後頭部しか見えない。しかし、絶えず響くすずかの泣き声と、千雨が優しくその頭を撫でる様子を見て。他の者は近づくことが出来ないでいた。
忍はヤレヤレといった面持ちで頭を抱え、恭也はそんな忍の頭に手を乗せる。美由希とシャークティは所在無さげだ。
「何、私たちはいつ出て行けばいいの?」
「……シュークリームでも食べてる?」
結局。6人がカウンターの下から出てこれたのは、15分後に他のお客さんが来た時だった……。
※
あの後、他のお客も来始めたということで私たち4人はシュークリームを持ってなのはの家へと移動した。そこでまたゲームや夏休みの宿題なんかをする予定だ。そして今はゲームして昼ご飯を食べた後、皆で宿題をしている。私は宿題はほぼ終わっているので、もしドラを読みながら聞かれたことだけ答えている。
もしドラの正式名称? 『もしドラえも○が本当にいたら』だった。空想科学なんちゃらみたいな奴だな。ドラッカーじゃなかった。ま、それはどうでもいいとして。
「千雨ちゃん、左右の書き順って……」
「書いてありゃいいんだよ、気にすんな。」
「は、はるなつあきふゆ?」
「しゅんかしゅうとう」
「えーと、ゴンとわかったときの兵十の気持ちを答えよ……?」
「すずか、パス」
「え、えぇ!?」
なのはの国語が今一なんだよな。ま、分かってたことだが。算数は出来るのにな、暗記系がダメって訳でもないし。やっぱり国語がダメなんだな。……そうだ。ためしにこのもしドラの問題をやらせてみるか?
「なのは、息抜きにコレやってみるか?」
「うん! やる!」
「あ、ちょっと、千雨! 私も!」
さすがに私でも三角関数や微分積分、あと本格的な物理なんかは教えれねーけどな。割り算、少数、分数、乗数、ルートや因数分解、あと基本的な所で面積、体積の求め方なんかを教えてやる。
するとこの3人、とくになのははびっくりするくらい簡単に飲み込みやがった。高々小2の問題じゃ分からなかったが、理数系には本気で強いんだな。これだけで小学校の算数は必要ないんじゃないか? 国語だけ悪いんだなー、勿体ない。
「理数系には強いんだな。」
「にゃはは。」
「くっ、千雨は兎も角、なのはに負けるなんて……!」
「アリサも十分すげーぜ、うん。」
こうしてなんだかんだと勉強会をやっているうちに時間は過ぎ、夕方となる。初日ということもあり、一足先にバイトを上がったシャークティがなのはの家に来たのを切欠に、今日の所は解散となった。
「千雨ちゃんバイバーイ!」
「またね、千雨ちゃん!」
「メール無視するんじゃないわよ!」
「おう、またなー。」
3人に手を振って答える。
アリサとすずかは忍さんの車を待つということでなのはの家に残ったが、私はシャークティに話があるので一足先に帰らせてもらった。そして、夕暮れの中シャークティと二人並んで歩く。
私は昨日から気になっていたことをシャークティに聞いた。
「なぁ。どうして学園長は私を放置したんだ?」
「それは……。」
シャークティは若干言いにくそうにしながらも教えてくれた。
それによると、どうも麻帆良で育ったならいつも周りに凄い物や人がいるのだから、それが当たり前という常識になり認識阻害が効かなくても問題ないはずで、なぜ私が変な物を変だと指摘出来るのか調べるつもりだった、と。
そう言われても、な。変な物は変だろ? としか言い様がない。そして調べるつもりならもっとさっさと調べろよ……!
「私は千雨ちゃんの味方だから、ね?」
シャークティの話を聞きながらイライラしていると、シャークティは私の気を治めるためか、私の手を取って語りかけてきた。私の味方、ねぇ。確かに味方なんだろうが。よし、私が夢から覚めるためにも、シャークティには協力してもらわねーとな。
「なぁ、魔法を教えてくれよ。」
「ええ、それは最初からそのつもりだったわ。」
魔法に慣れる意味もあるし、千雨ちゃんはその必要があるでしょうね。と、シャークティは続ける。さらにはどんな魔法が使いたいのかも聞かれ――
「学園長をぶっとばせる魔法、だな。」
「あ、あはは……まずは基本から、ね?」