保健室のベットの中で目を覚ました私は、その横に一人の生徒が座り話しかけてきたことに気付く。短い茶髪を頭の両脇で結んで跳ねさせた、変形ツインテール。白いワンピース風の制服に赤いリボン。それは、紛れも無く朝の夢の中に出て来た『高町さん』だった。
夢だ。間違いなくこれは朝見たあの夢だ。つまりこれはあれか? 明晰夢ってやつか? 夢の中で夢だと自覚できてるんだし。あれって行動も好きに出来る場合もあるらしいが……
「もー! 急に倒れるから心配したんだよ!?」
「ごめんね、高町さん。」
どうやら今回は見てるだけらしい。こうなると普通の夢と何も違わないよな。起きた時に無駄にドキドキしたりビックリすることが無いくらいか。恐らくこれは朝見たあの夢の続きで、夢の終わり際に倒れた私は保健室で寝かされていて、いま起きたんだろう。
で、隣の席の高町って子がこうして着いてくれているってところか。付き添って来た所なのか、授業が終わってから様子を見に着たのか。どっちだろうな。
「高町さんはどうしてここにいるの?」
「えっと、長谷川さん起きた時に一人じゃ寂しいかなっておもって。」
私は何もせずに、つーか何も出来ないんだが、様子を見ていると。夢の中の私は枕元に置いてあった眼鏡を掛け、高町を見てまさしく今聞きたいことを聞いてくれた。おお、私ナイスだ。別に夢なんだからどうでもいいんだけど、気になる物は仕方ない。
すると、高町はテヘッなんて感じで首を傾げながら笑いかけてきやがった……!
ガキだけど、優しくていい子なんだろうな。そして天然だ、間違いない。
「そう。でも、いいよ。私に付きまとわないで。」
優しくていい子なら、2Aの奴等も大概そうだ。けど、あいつらと私じゃ絶対に合わない。友達以上の付き合いなんてできっこない。だから、きっとこの子とも……。
はっ、夢の中で何を考えてるんだろうな私は。それに、そんなことはとうの昔にわかっている事だ。今更何が有った所で変わりっこないさ。もう、慣れた。
そんなことを考えていると――
「ちょっと長谷川! せっかくなのはが心配してるのに、なによその言い方!!」
バンッ! と、突然大きな音を立てて保健室の扉を開き、金髪の少女が怒鳴り込んできた。金髪だし、この言い分だし、きっと委員長タイプか。基本は抑えてるんだなこの夢は。ってことは高町、なのは? が保健委員か。だとすると次に出るのは風紀委員か副委員長か、書記だな。あー、でも小2で書記は無いか。風紀委員も多分美化委員とかそんな名前だったな。
扉を開け放った体勢のまま、保健室の入口で腰に手を当て仁王立ちする委員長。高町も後ろを向いて困った顔をしているが、すこし間を置いて委員長の後ろからもう一人が顔を出した。
「アリサちゃん、怒鳴っちゃだめだよ!」
緩くウェーブした黒髪を肩過ぎまで降ろし、前髪は白いヘアバンドで固定。あー、これは絶対図書委員だ。知らないけど絶対そう。くそ、外したか。
委員長が振り向いて今来た図書委員を確認する。しかし、すぐに視線は私へと帰って来た。
「でもだってすずか、なのはが昼休みずっとここにいるのに、あの言い方は無いじゃない!?」
「にゃはは、私は別に気にしてないんだけど。でも、同じクラスの友達だもん、ちょっとくらい一緒にいてもいいよね?」
「友達なんて、いらない。」
この委員長、いや、アリサって子が言ってるのはまったくの正論だ。正直私だってどうかと思うぜ。でも、この環境じゃあな。友達ごっこにしかならねー。あーあ、夢の中でまで私の環境は変わらないのか。
どれだけ仲良く友達付き合いしようとしたって、所詮私が私に嘘をついて、上辺だけの綱渡りのような友情しか生めやしない。それならいっそ友達なんていらないさ。その方が楽だ。
「友達が要らない? 何でそう思うの?」
図書委員が、じゃなかった、すずかだったか。が、理由を聞いてきた。その後ろではアリサが高町に取り押さえられている。まるでいいんちょだな、アリサ。
「だって、みんな私のこと嘘つきっていうから。」
それについてはもう諦めた。人が車より早く走ろうが、100mを超える木が普通に生えてようが、ロボットが歩き回ってようが。だれも気に留めないどころか、当然だと思ってやがる。そんな中一人で騒ぐのには、もう、疲れた。
あーあ、夢の中で、ガキ相手に何いってるんだろうな私。小2といえばあの担任と同じくらいか。数えで10だもんなアイツ。
「あんたの何が嘘つきだっていうのよ! ためしに何か言って見なさいよ!」
ためしにねぇ。今更何言っても変わらねーと思うんだけどよ。まぁ、どうせ夢だし、それじゃあ――
「100mを超える木が観光名所になってない。」
「えっ? えっと、世界中から観光客が来ると思うけど……」
ん……?
「恐竜ロボットが走り回ってた。」
「はぁ? 立ち止まって手と首と顔を動かすくらいがせいぜいでしょ?」
あ、あれ……?
「車より早く走る人がいたんだけど……」
「にゃはは、さ、さすがにそれは嘘って言われると思うなぁ。」
そ、そうか、これは夢だから……
「あんた、わざと変なこと言って私たちを巻こうとしてない?」
「……うん、変なこと、だよ。」
「ちょ、ちょっと長谷川さん!? なんで泣いてるの!?」
そっか。ここは、麻帆良じゃないんだ。ひょっとして、これは私が望んだこと、なのか。
「高町さん。」
「え、な、なに!?」
「ごめんね、失礼なこといって。」
「……! ううん、あ、いや! 名前で呼んでくれたら許してあげる!」
「まったく、いつものが始まったわ。」
「なのはちゃんらしいね。」
「……なのは?」
「うん! 千雨ちゃん!」
――この夢の中でなら、私は自由に友達を作れるのかもしれない――
所詮、夢だけど。そんな気がした。
キーンコーンカーンコーン――
「あ、お昼休み終わっちゃう!」
「長谷川、あんたはお母さんが迎えに来るらしいからまだ寝てなさい!」
「じゃあまた明日ね、千雨ちゃん!」
チャイムが鳴り急いでクラスへと帰る3人。私は涙を流しながら、手を振って3人を見送った。
その後、母親が迎えに来て、一緒に手をつないで家路につく。
「倒れたらしいけどずいぶん嬉しそうね、千雨?」
「うん、友達ができたの!」
「そっか、良かったわね!」
夢の中の母親とこんな会話を交わしつつ。
つーか、そろそろ醒めるべきじゃね?
「長谷川さん。長谷川さん!」
「・・・んぁ?」
綾瀬の声に起こされて、気づけば私は2Aの自分の席に居た。眉間にメガネの痕が付いているのがわかる。伊達だからレンズは軽いが、きっと眉間に押し付けた状態で寝ちまってたんだろう。
結局。さっきの夢は家に帰って食事して、風呂に入って歯磨いて自分の部屋でゲームして、ベットに入って暫くたって終了した。恐らく寝たんだろう。やはり夢だからかダイジェスト風に流れていくので時間の経過は大して気にならなかったけど、ほとんど1日の経過を夢に見るのも珍しいもんだ。いや、授業の途中からだから3/4くらいか。どうでもいいな。
で、夢が終わったと同時に綾瀬に起こされた、と。ずいぶん切りがいい夢だ。
「はい、約束どおり眠気覚ましの飲料です。どうぞ。」
「た、炭酸コーヒートマト味……だと……っ!?」
顔を上げて隣を見ると、そこには綾瀬と宮崎がいた。それはいい、こいつらと早乙女はセットみたいなもんだ。それに綾瀬に授業前に起こしてもらうよう頼んでたしな、何の疑問もない。
炭酸コーヒー? まだアリだ。馬鹿なもん作ってんじゃねーよってメーカーに文句いって、乗せられて買ってんじゃねーよって購入者に文句いった後なら、一口ぐらい飲んだっていい。いや、味次第では2-3口飲んでもいいさ。
だがトマト、テメーはダメだ!
「おや、まさか飲めない? これはわざわざのどかが校外の自販機へ行って買ってきてくれたものなのですが。」
「ゆ、ゆえー。あれはついでだっただけだから・・・」
くっ、なんだ、私が悪い流れなのか? でもこのチョイスは無いだろ!?
ああ、くそっ! こうなりゃヤケだ!
「わかったよ、飲めばいいんだろ! よこせ!」
自棄になった私は綾瀬から缶を引ったくり、キャップ式の口を回し開け、口元へと運ぶ。そして一口目を口に流し込んだ時、まず最初に広がるのは炭酸の刺激。それとともにコーヒーの風味が口いっぱいに広がって、
(あ、案外ありかも?)
と不覚にも一瞬思っちまった。
しかしいざ飲み込もうとしたとたんに襲ってきた、猛烈なトマト。そしてそれがコーヒーと混ざり合い、臭覚を乗っ取ってしまう。さらに炭酸に乗り刺激となって口の中を蹂躙し、若干温いから爽やかさの欠片もないわけで。
「……不味い。」
一口飲んだだけでギブアップだ。これを飲み干すのは台所の三角コーナーの煮汁を飲むに等しい。つまり飲めたもんじゃない。
「ふふふ、この味が分からないとはまだまだですね、長谷川さん。」
そんな事を言う綾瀬の机を見ると、そこには空になった炭酸コーヒートマト味。
ほんと、こいつは飲み物に関しては群を抜く変人だ。味覚全般かもしれねーけど。だってほら、その証拠に、
「飲むか? 宮崎。」
「(ふるふるふる)」
ほら、宮崎だって若干青ざめながら首を振ってやがる。
「むぅ……二人ともまだまだです。」
キーンコーンカーンコーン――
「あ、それじゃあ私はもどるねー。」
授業開始のチャイムが鳴る。新田は珍しく少し遅れるようだ。いつもならチャイムと同時に教室へ入ってきて、まだ立ち歩いてる生徒をみて小言を大声で言うくらいはするんだけどな。言ってることは至極真面なんだが、なんせ声がデカい。更にこのクラスの連中が一発で聞くわけがないから、更にその声はデカくなる。そのうち倒れるんじゃねーかあのおっさん。ま、今日はそんなことにならずに済みそうだ。
あと認めたくないが、炭酸コーヒートマトのおかげで私の眠気は完全に吹き飛んじまった。
「そうそう、長谷川さん。夢見はどうでしたか?」
「あー、これのせいで台無しだ。」
そう言い、まだ手の中にあるコーヒーをすこし掲げてみせる。新田が来る前に片付けねーとな。
「ふふ、つまり夢自体は良かったですか。」
「ん? ああ……」
夢自体は、か。まぁ、たしかに――
「悪くは、無かったぜ。」
結局、あの後は(2A基準では)特に何事もなく、6時間目の授業も終わり私はまっすぐ寮の自室に帰ってきた。
私はなんとなく捨てずに持ってきてしまった炭酸コーヒートマトを見つめながら、パソコンをつけて今日あったことをつらつらと考える。
(友達、か……)
あの夢はきっと私の理想の小学校時代、なんだろう。
100mを超える木が日本にあるのは変だし、ロボット技術は人型ロボットが駆け足する程度で大ニュースだ。車より早く走れる人がいっぱいいて、学生なんてしているわけがない。
だけどここではそれが当たり前。変なのは、いつだって私だった。
(そこまで精神的に弱くはない、と思ってたんだけどな)
今日の綾瀬との会話みたいに、何の気概もなくバカなことをいつでも言い合える……そんな友達がほしかった、んだろうか。
あの夢は2回連続で見た。しかも夢にありがちな、2~3分も経てば忘れるような夢じゃなく。まるで実際に経験したかのように鮮明に覚えているし、さっきの夢に至っては明晰夢だ。
じゃあ、ひょっとして。
もう一度寝たら、あの夢の続きが、見れるんじゃ……
「はぁ、バカらしい。」
いや、そんなわけはない、単なる偶然だ。きっともう一度寝たら、全然関係ない夢を見るか、夢なんて見ずに時間が過ぎれば起きるんだろう。そう、馬鹿馬鹿しいことを考えてないで、趣味のコスプレか掲示板への返信でもしねーと。今日の更新のネタもまだ考えてねーからな、ランキングが下がっちまう。
(ナイーブ、ってやつか? それともセンチメンタル?)
けど更新のネタといっても全く何も思い浮かばない。仕方ねー、気分転換でもするか。とりあえずこのコーヒーは冷蔵庫にでも仕舞っておこう。冷やせば少しは飲めるもんになるだろ。そう思い、パソコンで自分のホームページを開きつつ、コーヒーを冷蔵庫へ持っていく。中にはペットボトルに入った水しか入っていない、自炊してなければこんなもんだ。
コーヒーを仕舞ったあとホームページの掲示板を見るが、こんなときに限って新しい投稿は無い。コーヒーについて書き連ねておけばそのうち誰か返信してくるだろう、とは思うが……
(……ちょっとだけ、寝るか?)
馬鹿馬鹿しい、そう思いながら。
いや、夢を見たいんじゃない、ちょっと食事時まで軽く寝たいだけだ。今朝はよく寝れなかったし、ネタも思い浮かばねーし。
と、だれに宛てるでもない言い訳を考えつつ。私はベットの中へと入っていった。