ミネルヴァとパラスアテネ。2隻のラヴクラフト級は現在、大西洋を西へ渡っていた。群狼が跋扈していたのはとうの昔である。ミノフスキー粒子によるレーダー障害が恒常化していることも相まって洋上は空白地帯であることが常だった。
もっとも、南米大陸に達したとすれば、様相は様変わりすることだろう。そのため、艦内では戦いの準備に余念がなかった。ミネルヴァのブリーフィング・ルームでは壁掛けモニターに映し出される黄金のガンダムを前にパイロットが集まっている。
シン・アスカ、ヴィーノ・デュプレは座っているが、レイ・ザ・バレル1人はモニター脇に立ち進行役を務めていた。
「エインセル・ハンターとフォイエリヒガンダムの恐ろしさは、その単純さにある」
モニターが切り替わると、フォイエリヒガンダムの各部位を拡大した細切れの映像がモニターに散らばった。両手足、4本のアームの先端部分が誇張されている。
「フォイエリヒの武装に着目してみるとわかりやすい。各アームに4門ずつ、計16門のビーム・ライフル、そして、8本の大型ビーム・サーベル。以上だ。武装の種類という点ではモビル・スーツとしての武装の最小単位、それしか備えていないと言っても過言ではない」
もっとも、その火力となるととても最小限という言葉では済まされないのだが。
ヴィーノが手を挙げた。
「でも、隊長、フォイエリヒはビームが効かないんですよね?」
「そうだ。あくまでもフェイズシフト・アーマーの亜種のようだが、少なくともモビル・スーツが現実的に携帯できるサイズの火器では破壊は不可能だと言われている」
「わからないんですけど、そんなすごいのあるなら、ザフトでもモビル・スーツにつければいいんじゃ……?」
「それは……」
レイが答えようとした時、部屋に少女の声がとどろき渡った
「できねぇですよ!」
モニターがフォイエリヒから赤い瞳の少女へと突然、変わった。この緑のドレスの少女をシンは知っている。シンは思わず立ちあがっていた。
「翠星石!?」
「シン、ちゃんと訓練続けてたですか?」
翠星石は7機のゲルテンリッターの4号機、ヤーデシュテルンのアリスである。電子の存在である以上、モニターに姿が映し出されること自体は不自然ではない。しかし、シンは戸惑わされていた。
「やってるよ、ってそんなことよりどうしてここに、いや、モニターに?」
「翠星石はアリスですぅ。この程度のプロテクト、突破はお茶の子さいさいですぅ」
「ハッキングしたのか……」
確かにヤーデシュテルン本体は併走しているパラスアテネにある。通信そのものは可能だろう。ただ、軍艦のシステムに違法に侵入した事実に変わりはないが。
もっとも、この奔放な少女はそんなこと、一切気にした様子を見せない。
「あの装甲が普及しない理由は……」
翠星石が溜めると、乗りのいいヴィーノはそれに付き合い緊張感を高めていた。
「理由は……」
「馬鹿みてえな大食らいだからですぅ!」
それだけだった。モニターに大きく映し出されている少女は胸を張ってふんぞり返った。これで説明した気になっている翠星石に補足する役割はレイが担った。
「つまりだ、ただでさえフェイズシフト・アーマーは多量のエネルギーを消費する。量産機のバッテリーでは装甲の一部にしか採用できないほどにな。それに加えてさらに大量のエネルギーが展開には必要だということだ。モビル・スーツで安定的に維持しようとした場合、動力の大型化は免れない。それこそフォイエリヒ・サイズの大きさが必要になる」
「鋭い矛に堅牢な盾。それこそがフォイエリヒの強みですぅ」
「そう、奴は単純に強い。何か複雑なシステムに頼っているでもなく、特殊な条件下で機能する機構で優位に立っているわけでもない。その単純さゆえ、弱点らしい弱点がないと言える。様々な技巧を駆使した現代建築よりも石で造られた遺跡の方が遙かに長持ちするようにな」
何か特別な条件下で実力を発揮するのであれば、その条件を外してしまえばいい。しかしシステムが単純であればあるだけ、それこそ物理法則に手を加えることくらいしか弱体化の方法は見つからないことになる。そして、現時点においてエインセル・ハンターに匹敵するパイロット、フォイエリヒに並ぶ機体は限られている。
そして、ガンダムの戦場とも言うべき現在の状況は、フォイエリヒに有利に働いていることをシンは知っている。
「それにビームも弾く以上、ビーム・サーベルを叩きつけたってどこまで効果が上げられるかどうか……」
「じゃあ、マシンガンとか実弾を使えばいいんじゃね?」
「何馬鹿言ってるです。そんなことできねえですよ」
「でも昔ジンとかが使ってたのがあるだろ? 見たこともないけどさ」
「敵はフォイエリヒだけじゃねえですよ。マシンガンがフォイエリヒには有効だったとしても、他の敵はどうするです? ビーム、ばんばん撃ってきやがるですよ?」
「そっか……」
ビームは実弾に比べてエネルギー効率が3倍とされている。つまり、同じスケールの武器ならビームが3倍の威力を発揮することになる。ビームを相手にマシンガンを用いるのはほとんど自殺行為と言えた。
レイの言葉は、現状を端的に示すこととなった。
「エインセル・ハンターを倒す方法。それは考えるまでもないことなのかもしれんな。より強力な力で挑むことだ。もっとも、最強のモビル・スーツと最強のパイロットを相手にそれが可能であればの話だが」
少々の間、シンは考えた後、手を軽く挙げた。
「これは戦争です。別に決闘にこだわる必要はありません。だったら数の力で押し切るとか」
「だがその考えには問題が少なくない。そもそも数で言えばザフトが大きく劣っている。加えて、奴にはファントム・ペインが付き従っている。白鯨ジェーン・ヒューストン、白銀の魔弾ネオ・ロアノーク、片角の魔女セレーネ・マクグリフ、アスランは切り裂きエドことエドワード・ハレルソンに遭遇したそうだ。これだけのエース・パイロットを乗り越えた上でなければ魔王との謁見さえ許されん」
元々、ザフトが勝てるはずもない戦争なのかもしれない。翠星石を除いて、パイロットたちの顔色は決していいとは言えなかった。
そんな空気に最初に耐えられなくなるのはいつもヴィーノだった。しかし、翠星石に一蹴される。
「ヒ、ヒットマンを雇いましょうよ! モビル・スーツ乗ってない時なら……!」
「そんな間抜けな死に方をするような奴、最初っから器じゃねぇですよ」
「くそう……!」
魔王を倒す伝説の聖剣など存在しない。
シンたちがそう、苦しい戦いを予感させられている中、ブリーフィング・ルームに顔を見せる者がいた。ひどく感情を感情を抑えた女性の声がした。
「シン・アスカはここですか?」
白い軍服に身を包んだこの女性を知らないミネルヴァのスタッフはいない。ここにいても問題のある人物ではない。しかし、パイロットたちに思わぬ緊張を強いる人物である。
シンの声は事実、震えていた。
「グ、グラディス艦長……!」
「シン・アスカ。話があります。一時間後、艦長室に来なさい」
「は、はい!」
ただ、敬礼するしかなかったシンだった。グラディス艦長が立ち去った後、堰を切ったようにヴィーノ、レイが駆け寄った。
「シ、シン! 一体何したんだよ!?」
「落ち着け、ヴィーノ。ここは学校ではない。呼び出されたからと言ってお叱りとは限らん」
「じゃあ、何だって言うんですか……?」
さすがのレイも口元に手をやって考え込んでしまう。
「シン、冷静に考えろ。何か心当たりはないか?」
「……ミネルヴァに配属されてからインパルスを3機分だめにしてるんですけど……」
ヴィーノが、シン配属以後の出撃回数を指折り数えてみるとある恐ろしい事実に突き当たる。
「2回に1回は壊してるってことだよな……?」
小惑星フィンブルで、カーペンタリアで、ダーダネルスで。シン・アスカは自分以上に1人の兵士がモビル・スーツを乗りつぶしたザフト兵を知らなかった。
この事実を前に、ヴィーノはたやすく諦め、レイはレイでどのような戦いを前にも見せなかった顔をしていた。
「シン、短い付き合いだったけど、新しい配属先でも俺のこと、忘れないでくれよ」
「作戦行動中だ。急な転属はないとは思うが……、なおのこと、グラディス艦長の意図が読めん」
リリーにとって、アイリスは母のような存在であったが、ディアッカとはどちらかと言えば兄かもしれない。
夜、寝室でベッドに入ったリリーにはすぐ横で寝かしつけようとするのはアイリスだが、ディアッカは扉の横で壁に寄りかかっていた。何にせよ、傍目からも年の近い奇妙な家族に見えることだろう。
「お休み、ディアッカ、アイリス」
「はいはい、お休みなさい」
そう、アイリスがベッドから立ち上がり、ディアッカが部屋の電気を消した。リリーが毛布の下に潜り込んだことを確認した2人は並んで退室しようとする。
部屋の外では、腕を組んだナタルとフレイが待ち構えていた。
「子どもは寝たな。では、アイリス、ディアッカ、話をしようか?」
「はい……」
逃げられない、そう悟ったアイリスはただそう言うほかなかった。
4人は場所を応接間へと変えた。そこにはすでにジェスが準備を整えており、このジェスを加えた5人で一つのテーブルについた。
ナタルは、先ほどの芝居がかった様子とは異なり、その顔には戸惑いを隠すことができないでいた。それはフレイも変わらない。
「どういうことだ? ケナフ・ルキーニ氏はリリーをヴァーリだと言っていた」
「あのちょっと変態だけどヴァーリのことなら何でも知ってそうなあの人がね。考えてみると、リリーも花の名前だしね」
ヴァーリには全員、花の名前とアルファベットが与えられる。アイリスはI、ゼフィランサスはZというようにである。しかし、Lはロベリア・リマ、リリーではない。
そんなことを再確認できるほどの時間を空けても、アイリスたちはまだ迷っているらしかった。なかなか話しだそうとしない。ナタルが言葉を重ねなければならなかったのはそのためだ。
「ヴァーリは26人までのはずだな。それも全員が同世代、同じ顔をしているはずだな?」
リリーはヴァーリの定義と合致していない。実際、その顔はまだ幼いことを考慮してもアイリスと同じには見えなかった。
ディアッカにしても話を渋っているというより、何を話すべきか悩んでいるようにも見える。
「俺たちもそこまで詳しい訳じゃないんだが……、わかったよ。リリーは預かってるってことは最初に話したよな? 頼んできたのが、実はギルバート・デュランダル議長その人なんだ」
「どういうことだ? エルスマン家はデュランダル政権にとって政敵ではないのか? そもそも議長とヴァーリにどのような繋がりがある? 他にも……、そもそもリリーとは何者だ?」
「結論から言うぞ。全部わからん」
ナタルが軍人時代を彷彿とさせる鋭い眼差しをディアッカに向けた。フレイもまた、冷たい軽蔑した視線を送っている。こんな目は、フレイがコーディネーター全般を憎んでいた時でさえ見せたことがなかった。
「し、仕方ないだろ! デュランダル議長が意図なんてそうそう明かすかよ! それでヴァーリとの関係とか話す訳もねえだろ!」
「私もIのヴァーリですけど、ヴァーリの研究がユニウス・セブンの後、どんな風に行われたのかなんて知りませんし……」
2人してこれである。フレイは呆れたようにため息をつくとテーブルに肘をついた。
「つまり、よくわからないけど頼まれたから預かってるってこと?」
「そうなります……。でも、なんだか、ディアッカさんとの子どもができたみたいで嬉しくて」
そう、頬を赤らめるアイリス。アイリスのこと、ヴァーリのことを知っているフレイでさえ少々、言うならば引いていた。
「アイリスもやっぱヴァーリなんだ……。重いね……」
もっとも、とうのディアッカの方は特に気にした様子も不必要に覚悟を見せるようなこともなかった。ヴァーリを愛し、愛されるということがどんなことなのかを理解しているからなのかもしれない。
「それに、デュランダル議長から預かったとは言っても、連れてきたのはラクスだったからな。いろんな意味で断れないところ、あるだろ?」
しばらく、沈黙が流れた。アイリスたちは話すことがもうなく、フレイとナタルには考えをまとめるだけの時間が欲しかったのだろう。ジェスはメモに徹しているようにも見える。
フレイが再び嘆息したことで、ようやく話が動き出す。
「まあ、人間関係なんてそんなもんかな。私だってアーノルドさんがどこで生まれたかなんて聞いたことないし」
ナタルとしても同様の結論に達したのだろう。体から緊張が抜けたことが目に見えてわかった。
「それに、手元においていないところをみると、あまりいい表現ではないが失敗したか、計画そのものが凍結されたか、どちらにせよ、重要視はされていないのかもしれないな。深入りできそうな状況ではないな」
そう言うと立ち上がり、ジェスの方へと向き直った。
「ジェス、このことは今の段階ではメモに残さないで欲しい」
「わかりました」
アイリスは頭を下げた。
「ナタルさん、ありがとうございます」
「記者として当然のことだ。ただ……、デュランダル議長が一体何を意図しているのか、気にはなるが……」
しかし、ここに答えを持つ者は1人としていなかった。
ラクス・クラインの執務室は思いの外、ありきたりなものだった。作業用のデスクに、向かい合っておかれたソファー。隅に置かれた観葉植物も、どこにでもある。そう人に思わせるものだった。
誰かが言っていた。部屋を見ればその人となりがわかると。では、無個性な部屋とはその部屋の主が無個性であることを意味するのだろうか。それとも、自分を巧妙に隠していることを示しているのかもしれない。
どうであれ、ラクスがここを人と会うために利用していることに違いはない。
妹の見送りを終えたミルラ・マイクもまた、ラクスに会うためにここを訪れた。
「ニーレンベルギアは地球に帰ったぞ」
「ありがとうございました。ただ、そのお話なら電話で事足りるはずでしょう?」
わざわざ顔を合わせる必要はない。つまり、何か話があるのだろうと、ラクスは暗にミルラを急かした。ミルラはミルラで、腹芸を好むたちではない。
デスクに手をつき、ラクスの顔をのぞき込むように迫った。
「ラクス、お前は至高の娘だ。お父様のご遺志を最も理解している。そうだな?」
「ええ、もちろんです」
「では、なぜエピメディウムはお前がお父様を独占していると言ったんだ?」
「事実の誤認です」
元からミルラのことに関心を向けていなかったラクスだったが、完全に書類の確認作業に戻ってしまう。
もっとも、ミルラもまた、相手が自分の関心を持っているのかについて関心がないのかもしれない。
「私は記者や国民じゃない。自分は正しい、悪く見えるなら誤解されているだけだと根拠もなく繰り返しているだけで納得させられないぞ」
後は黙り込む。大きく手元をのぞき込む姿勢のまま動こうとしないミルラに、ラクスは仕方なくディスプレイから顔を上げる他なかった。
「私は至高の娘です。つまり、私の判断はお父様の判断であり、お父様のお考えは絶対なのです」
「エピメディウムの危惧自体は正しかったということだな。始末したのは早まったか? ラクス、私はお父様の世界のためにお前に仕えている。それを忘れるな」
ラクスはその青い瞳でミルラを見上げ、Mのヴァーリは何でもない様子でGのヴァーリをのぞき込んでいる。そこに睨み合いは一切なく、しかし妙な緊張感がこびりついていた。
張り詰めた糸は外圧によって断ち切られた。新たな来訪者がいたのだ。その声はプラント国民であれば誰もが知る男の声だった。
「姉妹水入らずには無粋だったかな?」
ギルバート・デュランダル議員である。国民への演説で見せるようなりりしくも朗らかな笑みはこのような場所でも健在、奇妙な睨み合いに発展していた姉妹がお互いに距離を取り戻す切っ掛けとするには十分だと言えた。
ミルラはデスクにから体を起こすとそのままデュランダル議長の脇を抜けようとする。
「いや、話は終わったところだ」
残された議長は部屋の主の許可をとることもなくソファーへと腰掛ける。
「君たちヴァーリというものは不思議だね。顔は同じでもまるで雰囲気が違うこともあれば、雰囲気がまるでちがう子どうしても思わぬ面影を見いだすこともある。何より、同じくシーゲル・クラインを崇拝するようにすり込まれているにも関わらず、その愛し方は本当にそれぞれだ」
「愛には様々な種類があります。けれどヴァーリがお父様に捧げる愛の形は一つしかありません。献身です。ミルラもああは言っていても、お父様のために尽くすことに代わりはありません」
「それは私も同じだ。デュランダル家はザラ家とともにクライン家を補佐してきた。これまでも、これからも変わらない。クライン家1000年の夢のために。そのことは理解してもらえているはずだよ」
「果たしてそうでしょうか?」
ラクスの突然の疑念にもデュランダルは余裕を崩さなかった。
「含みのある言い方だね?」
「リリーはもちろんのこと、タリア・グラディス様のこともです。まだ引きずっておられるのでしょう?」
さすがのデュランダル議長も一瞬、その動きを止めた。しかし、すぐに笑い出す。その様は痛いところを突かれた、というよりも相手に感心していると周囲に思わせるに十分な貫禄を備えていた。
「君には敵わない。でもわかってもらいたい。仮に君の目的と私の意図とが必ずしも一致する必要はないとね。姉妹が果物を巡って争っていた。でも、姉は皮を使ってジャムを作りたかった。妹は実を食べたかった。ほらね、一つの果実で2人の願いを満たすことは可能ではないかな?」
ラクスは微笑んだまま何も答えない。互いに理解しているからなのだろう。仮にわずかでも目的と方法に齟齬が生まれたなら、このように同じ部屋に生きて揃うことなどないことを。
議長は立ち上がり、その身なりを整えた。
「私はこう見えて運命論者でね。人には生まれ持った役割があると信じている。それはシーゲル・クライン公の望まれる世界と重要な局面で重なり合うと考えているよ」
ブリーフィング・ルームでの出頭命令から1時間後、シンはタリア・グラディス艦長の前で座らされていた。
デスク越しに見る艦長の様子は、少なくともシンにはいつもと変わっているようには見えなかった。ただ、それだけに相手の出方がわからず、握りしめた拳を膝の上に置いていた。わかりやすく緊張しているのだ。
グラディス艦長は一瞬だけシンへと目配せしてから質問を始めた。
「シン・アスカ軍曹、いくつか聞きたいことがあります」
「は、はい」
「あなたとルナマリア・ホーク軍曹との関係は?」
「外人部隊……、いえ! ま、前の部隊の同僚でした」
「それだけですか? 踏み込んだことになりますがプライベートの付き合いはどうでしたか?」
「特にありません。ただ、待機中に話を交わす程度には気心の知れた仲だったと考えています」
一旦、質問が途切れると、グラディス艦長は手元に書き留め始めた。
シンはその間、質問の意味を考えてみた。しかし、実はルナマリアがスパイで関係があった者の取り調べが行われているのだとか、そんな映画のようなことしか思いつかなかった。
そして、突然、質問が再開された。
「ホーク軍曹がザラ大佐のもとに転属すると聞かされた時、どう思いましたか?」
「どう、と言いますと……?」
素直に感じたことを答えればいいのか、シンには戸惑いがあったのだろう。もしも話すとすれば、プラントのコーディネーターに対する反感だとか違和感を語ることになるからだ。質問の意図を正確に把握できていないのだと、時間を稼ぐことのできる方法を選んだ。
しかし、シンの、それこそ若造の話術などグラディス艦長は何ら問題としなかった。
「この際、聞いておきます。あなたはプラントの体制に疑問を覚えていますね? そのことでホーク軍曹と言い争いになったとも報告されています」
「それは……」
地球軍の基地を攻撃した時、市民の危険も省みないアスラン・ザラのやり方に反発したシンと、アスランを擁護したルナマリアとの間に起きたちょっとした言い争いだった。あれを最後に、シンとルナマリアは一度も顔を合わせていない。
シンとて悩んだのだろう。下手な嘘は通じないと腹をくくったのか、あるいはわざわざ嘘をついてまで自分の立場を考えても仕方がないと考えたのか、シンは視線を持ち上げる。
「はい。自分の出身は地球、オーブ首長国であります。ほんの数年前まで宇宙に出たことさえありませんでした。友人や知人、疎遠ではありましたが親戚もまだオーブにいるはずです。そんな自分と出身の違いこそありましたが、ホーク軍曹は同じく辛い戦いを乗り越えてきた仲間でした。ですが……、その……なんと言いますか、当時から価値観のずれを感じていたことも事実でした。今思えば、の話なのですが……」
そこまで話していいものかシンが悩んだのも仕方のないことかもしれない。まだ艦長の意図していることがわからず、必要のないことまで話してしまう可能性があったからだ。
しかし、タリアは続きを急かした。
「続けてください」
「ホーク軍曹は、何気ない会話で地球が悪いところであることを前提にしていた気がします。他にも……、ジェネシスを正当化しているのも耳にしました。自分と彼女は……、やはり違うのかもしれません。ただ、同じ境遇だから、その部分だけは理解しあえただけで……」
本当にこんなことまで話すことに意味があるのだろうか。そんな躊躇が、シンの言葉を途切れ途切れにさせた。まだグラディス艦長の意図がわからないことも、シンを戸惑わせている原因だろう。
タリア艦長は筆を走らせ、また質問を続ける。
「わかりました。カーペンタリア以後、ザラ大佐、あるいはデュランダル議長からの何らかのコンタクトはありましたか?」
「いえ、特には……。もちろん、ザラ大佐とは会話くらいはありましたが……」
「ルナマリア・ホークがインタビューを受けたことは知っていますね?」
「はい、テレビで見ました。その、印象としては……」
「それは結構です」
勇み足であったらしい。シンは思わず体を震わせてしまう。別に話そうとしていただけで動き出そうとしていた訳ではないのだが、不思議なものである。もっとも、それならルナマリアとの関係を聞いておきながらインタビューの感想は必要ないことも同様だが。
「質問は以上です。プライベートなことにまで答えてくれたことに感謝します。お疲れ様でした。本艦は今後、南米ジャブローに向かうことになります。より激しい戦いになることでしょう。奮戦を期待します」
元々、グラディス艦長は事務的な人だ。それがシンの印象であった。次の作戦目標についてもそんな事務報告の一環だったのだろう。
ただこれでは最初から最後まで霧の中を歩かされたような気分だったのだろう。ここがどこかもわからず、どこにたどり着いたのかもわからない。靴底を通じて感じる地面の感触だけが頼りに周囲の状況を探らざるを得ないかのような状況は、ついシンの口を軽くした。
「……デュランダル議長に、何か関わりがあるのでしょうか……?」
グラディス艦長は再びシンを見た。明らかにこれまでとは違う、思わずシンをひるませてしまうような眼差しで。
「も、申し訳ありません。ただ、噂とはすきま風みたいなところがありましてどこからともなく……」
シン自身、自分がこんな言葉を使うことになるとは思ってもいなかった。息を止めて、グラディス艦長の出方をうかがうことしかできないシン。艦長は、静かにその視線を再び手元に落とした。
「たしかに、私とギルバートはかつて結婚を約束した仲でした。しかし、それも昔のことにすぎません。まだ何かありますか?」
声の抑揚は何も変わっていない。しかし、シンは自分が地雷を踏んだのだと確信していた。とにかく、今はここから一刻も早く離れなければならないと本能が叫んでいるとさえ感じられたのかも知れない。
「い、いえ! 失礼しました!」
ほとんど走り出すも同然の勢いでシンは部屋を後にすると、扉のすぐ外で大きく深呼吸した。
「ある意味、エインセル・ハンターと戦うより疲れる……」
それはシンにとってグラディス艦長がどこか母を思い出させることも遠因なのかもしれない。そして母を思い出す度、左頬の痣がうずいた。