東アジア共和国首相官邸執務室にて、見事にはげ上がった頭の男が苦悶の表情を浮かべながら電話に声を吹き込んでいた。ラリー・ウィリアムズ東アジア共和国首相である。
「我々も戦力を出さないとは言っておりません。ただ全軍に指揮号令をかけるための時間をいただきたいと申し上げているのです」
この首相は、普段からその煮え切らない態度を内外から非難されている。世界安全保障機構の会議では発言力の低さが議会で問題視されたほどである。
執務机におかれたモニターには大西洋連邦大統領ジョセフ・コープランドが映し出されていた。地味ながら堅実な政権運営が支持を集めるコープランド大統領と、同じく派手さがなく面白味に欠けると言われるウィリアムズ首相。好対照な両者のホット・ラインによる階段は平行線をたどっていた。
「カーペンタリア奪還は我らが悲願であることに代わりはありません。此度の作戦精鋭を差し向ける所存であります」
東アジア共和国を語る上でザフト軍カーペンタリア基地の存在を欠かすことはできない。C.E.67年の開戦以来、実に10年近くに渡ってカーペンタリアはザフト軍の占領下にあり、奪われた領土を奪い返すことのできない東アジア共和国は国際的な影響力を減じているとともに、地上最大のザフト軍基地を野放しにしていると非難もされている。
しばらく無言のまま受話器を耳に当てていたウィリアムズ首相だが、受話器を置くとともに深くため息をついた。
「コープランド大統領も困ったものだ……」
軍事的小国である東アジア共和国にザフト軍を払いのけるほどの力はない。同時に、世界安全保障機構各国がどれほど協力してくれるかは未知数なのである。そんな中、不必要にザフト軍を刺激したくないのが本音であった。
しかし、そのどっちつかずの態度が国内外から非難を浴びていることを、ウィリアムズ首相は知っている。そして、数少ない戦力とて、すべてが最高指揮官である自分の支配下にはないこともまた、この首相は知っていた。
モニターを再び立ち上げると、今度は青いガンダムが映し出される。
GAT-252インテンセティガンダム。ビームを弾く特殊な防御機構を持ち、水中戦に適用した量産型ガンダムである。東アジア共和国でも約20機を保有しているが、その半数がファントム・ペインなる特殊部隊に組み込まれている。
インテンセティのシールドに描かれた青い薔薇を見つめながら、ウィリアムズ首相は再びため息をついた。
この戦争が、自治権だとか領土だとか、あるいは経済と言った従来の戦争の目的とは違う動機に突き動かされていることを知らない者はいない。
東アジア共和国領カーペンタリア基地。それは、オーストラリア大陸北部、カーペンタリア湾の奥に存在するザフト軍の地上の重要拠点である。C.E.67年、ザフト軍によってほぼ無血で占領されたこの基地は、その後ザフト軍の太平洋戦線を支える橋頭堡として機能していた。ジブラルタル基地を失って久しいザフト軍にとって、事実上地球における最重要拠点であった。
小惑星フィンブル落着の混乱に乗じて地球効果を果たしたボズゴロフ級潜水艦など多数の物資はここカーペンタリア基地へと運び込まれた。この事実もまた、この基地の重要性を確かなものとするとともに、地球軍からは戦略上はもちろんのこと、火事場泥棒に対する憤りからも攻略すべき基地となっている。
C.E.67年以後、すでに2度に渡って地球軍による大規模攻撃が敢行されたが、ザフト軍は基地を守り抜いた。そして、現在、3度目の侵攻作戦が行われようとしていた。
オーストラリアの海に、ステイガラー級MS搭載型強襲揚陸艦をはじめとする多数のモビル・スーツ空母が並んでいた。総勢20隻、モビル・スーツ総数にして200機を超える大部隊である。
その空母の中の1隻に、出撃準備を整えるロアノーク隊の姿があった。赤いゲルテンリッターであるZZ-X5Z000KYガンダムライナールビーンを先頭に、4機のGAT-333ディーヴィエイトガンダムがハンガーに固定されてまま、カタパルトへと向かうエレベーターへと順次移動させられていた。
実戦経験者しか採用されないファントム・ペインの隊員たちであっても戦いの前ともなると口数は自然と減っていた。コクピットの中で、それぞれが思い思いのやり方で戦いに備える気構えを作りだそうとしている。そんな最中でさえ、お調子者のシャムス・コーザの口数は減ることがない。
「隊長、たまには俺にリーダーさせてくれません?」
さすがのシャムスもヘルメットをかぶっている時までは、トレード・マークのサングラスをかけてはいない。そんなシャムスにいちいち付き合うのが同僚であるミューディー・ホルクロフトであることも普段と変わりなかった。
「シャムス、そう言うの、身の程知らずって言うの、知ってる? そうでしょ、ネオ隊長」
「シャムスも実力は十分だと思うよ。だからこうしよう。シミュレーターで僕から一本とれたら考えることにするのはどうかな?」
「……あ~、隊長、俺にリーダーさせる気ないってことですね……?」
絶望に打ちひしがれるシャムスに、ネオは微笑んでいるだけだった。
5機ものガンダムはエレベーターへと粛々と運ばれている中、通信でのやりとりはまるで緊迫感を伴わないものであった。
ライナールビーンのコクピットでは全天周囲モニターの開放的な空間の中を、赤いドレス姿のお人形、真紅の立体映像が自由に飛び回っていた。その大きさや様子から、まるで妖精を思わせる。
ネオはそんな真紅へと話しかけた。
「真紅、システムは?」
「レディはいつでも身だしなみに隙を見せないものよ、お父様」
要するに、システムはオール・グリーンだと言うことだ。答えたのは立体映像であったが、正確にはコクピットのマイクがネオの声を拾い、音声認識システムによって返事をしたように見せているだけだ。ゲルテンリッターのアリスには、まるでお人形と話をしているかのように思わせる遊び心があった。
ネオが副隊長であるアーノルド・ノイマンに通信を繋ごうとすると、気をきかせた真紅が先にモニターに副隊長の顔を浮かび上がらせた。
「アーノルド副隊長、わかっているとは思うけど、今回の作戦目標はカーペンタリア基地の陥落じゃない。特にシャムスが熱くなりすぎないよう、目を配っていてほしい」
「了解です」
「俺って信用ねえな。なあ、ミューディー?」
「当然じゃない?」
これまで発言のなかったスウェン・カル・バヤンはシャムス、ミューディーたち3人の中ではリーダー格と言えた。口数が多い方ではないが、2人のまとめ役を務めることが多いからだ。
「シャムス、ミューディー、無駄話はそれくらいにしておけ。出撃は近い」
事実、先頭にあったライナールビーンはすでにエレベーターで飛行甲板まで上昇している最中であった。エレベーターを登り切ると、巨大なカーペンタリア湾と、水平線をいびつに隆起させるザフト軍の軍勢が見えた。
「じゃあ行こうか、真紅。ガンダムライナールビーン、ネオ・ロアノーク、出撃する!」
カタパルトによって一気に加速する深紅のガンダム。それは空母の飛行甲板から飛び立つと同時にその装甲を淡く輝かせ始めた。ミノフスキー・クラフト、光る装甲によって、ゲルテンリッター5号機ライナールビーンはさらに加速する。
飛行甲板から、こうして5機のガンダムが飛び立っていった。その様子を、ヒメノカリス・ホテルは2人の子どもたちとともにブリッジから見つめていた。今のヒメノカリスはドレス姿で、アウル・ニーダ、ステラ・ルーシェも軍服姿をしている。出撃する格好ではなかった。
そのことに、アウルは不満を隠さない。
「なあ、姉貴、どうして俺たちは参加できないんだよ?」
「私たちの任務は元々カーペンタリア基地の制圧じゃないから」
重要な決戦に参加しないことに、普段は戦いに積極的ではないステラでさえもヒメノカリスの袖を引いた。
「でも、お姉ちゃん、大切な場所、なんでしょ?」
「そう。C.E.67年、地球侵攻を始めたザフト軍の橋頭堡。基地機能が強化された現在、地球にザフト軍の最重要拠点。東アジア共和国からほぼ無血で奪い取った土地」
「姉貴、じゃあ俺たちが戦った方がよくね?」
「そもそもあなたとステラは戦闘要員じゃない。何より、ここはキラたちに任せておけばいい。アウル、ステラ、見ておきなさい。キラの実力と、ゲルテンリッターの性能を。この戦争は、ガンダムのための戦争だから」
水平線の上には、いくつものビームの線条が交わり爆発が頻発していた。すでに戦いが始まっているのだ。ブリッジのモニターは、そんな戦いの一つを見つめていた。
ライナールビーンが全身を輝かせて直進する。量産機のようにバック・パックなどごく一部にしかミノフスキー・クラフトが採用されていない機体とは加速力がまるで違う。瞬く間にザフト軍のZGMF-1000ヅダに接近するとビーム・サーベルで胴体を切断する。そのまま次の目標へと向かうとすると、敵も馬鹿ではなかった。接近するライナールビーンへとビームを次々と放つ。直撃コースを描くビームは、しかしライナールビーンを素通りしてしまう。何事もなかったように接近を続けたライナールビーンはすれ違いざま、2機目のヅダを両断する。
ビームは確かに直撃したはずだった。しかし、赤いガンダムには命中していなかった。
モニターを見つめながら、アウルは瞬きを繰り返した。
「これ、カメラの故障か何か……、だよな、姉貴……?」
「違う。これはハウンズ・オブ・ティンダロス。極限まで無駄をなくした回避で敵機に最速かつ最短距離で接近するモビル・スーツ操縦術の極意。ビームがすり抜けたように見えたのは、それだけすれすれで回避したから」
「嘘だろ……」
白兵戦を仕掛けたければ銃を構える相手に真っ正面から突撃すれば手っ取り早い。アウルは、そんな真理であるとともに暴論とも言える戦い方を目の当たりにしてもまだ、信じきれないでいる。
ヒメノカリスは普段通りの乏しい表情のまま、着々と撃墜数を稼ぐキラとライナールビーンを見つめていた。
「アウルもステラもこれまであまり部隊行動を意識してこなかった。だから、あなたたちは今の戦場を知らないといけない」
ステラはもちろんのこと、アウルも今までとは違い、モニターを見つめる目に真剣さが宿っている。
モニターには、攻守の役割分担が明確であることが見て取れた。部隊のディーヴィエイトガンダムたちがその機動力を活かし、敵機を翻弄しながら射撃を加えている。弾丸は直撃はしないものの、回避するため、防御するために敵機であるヅダの行動は著しく制限されている。そして、動きを止められたヅダを、ライナールビーンが舞い降りる鷹のようにかすめ取っていく。
ヒメノカリスの言葉は続いている。
「新兵器の開発は、いつも戦場に変化をもたらしてきた。200年も前、アサルト・ライフルの登場で戦場は点と点の撃ち合いから面と面に変わった。1人の兵士を倒すのに必要とされた弾丸は100万発にもなったと言われてる」
両軍が膨大な数の弾丸をばらまき敵の接近を面として抑えるとともに、数撃てば当たると期待する。そんな戦いが前線の姿となった。
「でも、ビーム・ライフルの登場は時代をさかのぼらせてしまった。荷電粒子であるビームは連射がきかない。戦いはまた、点と点に戻った。そして、ビームは粒子を込めた散弾銃みたいなもの。狙撃には向かない」
すなわち、会敵距離が極めて近くなり、また、面として敵の動きを抑えることもできなくなった。接近しやすく、されやすい距離。同時に、接近を牽制するために弾幕をはることもできなくなった。
「そして、ミノフスキー・クラフトの量産化に成功したことで、モビル・スーツは極めて高い機動力を有するに至った」
より回避が容易になり、接近速度そのものも向上した。
「ミノフスキー粒子の電波妨害が恒常化した今、ミサイルのような誘導兵器の信頼性は極めて減少した」
直進しかしない、単発のビームだけが唯一信頼のおける武器となる。しかしそれは、命中率に限っては決して誉められた兵器ではない。
「だから必要なの。ビームの攻撃力とモビル・スーツ並の機動力を持ち、極めて近い会敵距離で有効で、電波障害を物ともしないで誘導する兵器が。それらをすべて満たすのが、モビル・スーツによる白兵戦」
モニターでは、当たりもしないビームを撃ち合うだけで膠着した戦いを背景に、またライナールビーンが敵のビームをすり抜けて撃墜数を稼いだ。
射撃の命中率低下が著しい現在、もしも接近戦を得意とし、味方の援護を受けながら白兵戦をしかけられるような高性能機があったとしたなら、その攻撃効率はビーム・ライフルの比ではない。
そして、現在のモビル・スーツ工学にはその条件を満たす機体群は存在する。
「一握りの高性能機の存在が戦場を左右する。それが、この戦争。だから、この戦争はガンダムのために用意されたにも等しい」
モニターに映るライナールビーンはまさにその典型だと言えた。逃げる敵を追尾し、シールドを避けて振り下ろされたビーム・サーベルは小口径の実弾なら直撃にも辛うじて耐えるヅダの装甲をたやすく切断する。
キラ・ヤマト。かつてこの世界の運命を変えたエースの力に、アウルはただ驚くことしかできないでいた。
「すげえ……」
シン・アスカがカーペンタリアに到着した頃には、母艦であるミネルヴァがたどり着いた時には、すでに戦いは始まっていた。
ZGMF-56Sインパルスガンダムのコクピットの中で、シンはモニターに表示された戦略図に目を通していた。通信では仲間たちが話す声が聞こえていた。どこか真剣さの足りないヴィーノ・デュプレを、ルナマリア・ホークがたしなめている様子だった。
「まさかもう戦いが始まってるなんて、忙しいたらないよな」
「ヴィーノ、静かに。艦長が話してるでしょ」
タリア・グラディス艦長は、母親を思い出させる人であったため、シンはどこかで苦手意識を抱いていた。一言一句はっきりとした声が通信機から聞こえていた。
「これより本艦はカーペンタリア基地防衛に参加します。敵戦力は甚大なれどそれはもとより想定されていたこと」
シンの目にしている戦略図には、北から押し寄せる敵部隊が記号で描かれていた。一見するとザフトは敵の侵攻を押しとどめているように見えるが、敵の一部の動きが気になった。東側に部隊を展開し、外側から回り込むようにカーペンタリア基地を包囲しようとしている。もしもこれを放置にすればザフト軍は大軍を相手に二方面から同時に攻められることになる。
このようにシンが戦況を把握していたところ、グラディス艦長の話は終わりを迎えようとしていた。シンがそのことに気づいたのは、最後の言葉が妙に耳に響いたからだ。
「各員の奮戦に期待します。勝利を我らに」
勝利を我らに。この言葉はギルバート・デュランダル議長が演説の締めくくりに好んで用いる言葉だ。熱烈な議長の支持者はスローガンのように好んでこの言葉を使う。外人部隊出身のシンには縁のない言葉のはずだった、これまでは。
ZZ-X4Z10AZガンダムヤーデシュテルン、アスラン・ザラの機体がリフトごとカタパルトへと向かって運ばれていく。そのすぐ後を、ZGMF-56Sインパルスガンダムが続いていた。インパルスはルナマリアの機体だった。
「アスランさん、私たちもかけ声、した方がいいんでしょうか……? これまで、そんな機会なくて……」
「するしないは自由さ。ただ、景気付けにはなるかもしれないな。勝利を我らに」
「はい。勝利を我らに!」
アスランとルナマリアに続いて、今度はシンたちの機体が移動を開始する。
リフトによってスライドしていく光景を映すモニターに、ヘルメットをかぶったヴィーノの顔が現れた。
「シン、俺たちもやるか? かけ声?」
「冗談だろ。先、いくからな」
すでにシンのインパルスはカタパルトにたどり着いてた。正面に伸びる通路の先には、空に咲いては消える火花が、戦場の光景がある。
「シン・アスカ。インパルス、出撃します!」
腰を屈めたインパルスがカタパルトによって加速し、一気に空へと投げ出される。フォース・シルエットのバック・パックがミノフスキー・クラフトは発動したことを示す淡い輝きに包まれ、機体を空で安定させた。
遅れてヴィーノのインパルス、そして、レイ・ザ・バレル隊長のZGMF-17Sガンダムローゼンクリスタルが揃う。ミネルヴァの上空では、5機ものガンダムが並んだことになる。しかし、それも一瞬の間のことだった。
ヤーデシュテルンが、アスランがすぐに移動を開始したからだ。
「レイ、俺は自分の母艦と合流する。ここは君に任せたい」
「了解した」
全身を淡く輝かせた青い翼のガンダムが飛び去ろうとする中、ルナマリアのインパルスがその後を必死に追いかけ始めた。
「いくらアスランさんでも1人なんて危険です。私も行きます」
部隊から離れる、そんなルナマリアの突飛とも見える行動に、シンはつい驚いてしまった。代わり形で、ヴィーノが隊長に確認をとることになった。
「いいんですか、隊長?」
「放っておけ。ヴィーノ、シン、俺たちの部隊はこのまま敵陣のわき腹に食い込む。覚悟を決めろ」
ルナマリアのことばかりに気を取られている訳にもいかない。シンが気を取り直す意味もあって強く返事したのに対して、ヴィーノは細い返事に留まった。行く手に見える交差する線条の密度に、戦いの激しさを予感させられたからだ。
「り、了解!」
「りょ~……、かい……」
レイ・ザ・バレル隊長を先頭にシンとヴィーノのインパルスが左右を固める体制、1個小隊として一般的な陣形のまま、戦場へと3機のガンダムは飛行していく。
シンは努めて自分の役割を理解しようとした。現在の装備はフォース・シルエット。リーダーはレイ隊長が務める。よって、シンにすべきことは援護することだけだっだ。シンとヴィーノ、2人のインパルスがビーム・ライフルを放ち、敵を牽制する。隊長機に攻撃を加えようとする敵機を優先的に狙い、命中はさせられてなくても敵の攻撃の機会を摘み取る。その隙に接近を果たしたレイ隊長のローゼンクリスタルがビーム・サーベルを敵に突き刺した。
戦闘は順調。しかし、的確なサポートをするヴィーノに比べ、シンの攻撃は荒さが目立った。タイミングやわずかにあわず、狙いも甘い。敵の1個小隊を退けたところで、ヴィーノが通信を繋いだ。
「どうしたんだよ、シン。動きが遅れてるぞ」
「いつもリーダーばっかりだったから動きに慣れてないだけだ。すぐに合わせてみせる!」
「リーダーばっかりって、逆にすげえな……」
ルナマリアのサポートでシンが攻撃する。それが外人部隊での戦い方だった。しかし、この戦い方は今はもうできない。
ビームがシンたちのそばを通り抜けた。気を取り直すシンたちへと、隊長の叱咤が響く。
「無駄口をたたくな。次が来るぞ!」
向かってくる敵はジェット・ストライカーを装備したストライクダガーが3機。汎用性の高いバック・パックを装備しているが、全機が同じ装備をしていることには違和感があった。そのことは、ヴィーノが口にする。
「でも隊長、敵、なんだか弱くないですか? 何て言うか……、リーダーもいないし、訓練も足りていないって感じで」
「地球軍は大西洋連邦軍を除けばほとんどの軍隊が大規模な戦闘を経験していない。練度ではザフトが上と考えていいだろう」
「じゃあ、楽勝ってことですよね?」
言っているそばから、シンが牽制目的で放ったビームがストライクダガーの胸部に命中し、爆発させた。まぐれではないが、本来ならかわされるはずの弾を敵はかわすことができなかった。ヴィーノの言葉通り、練度では地球軍が遙かに劣っている。
しかし、レイ隊長は厳しい表情を崩すことはなかった。
「その程度の相手なら、戦争はとうに終わっていたことだろう」
インパルスガンダムの放ったビームをかわしたストライクダガーだが、その先に待ち伏せていたようにタイミングをあわせた青い翼のヤーデシュテルンによって切り裂かれた。
アスランとルナマリアの2人はアスランをリーダーとして戦闘を継続していた。ルナマリアがビーム・ライフルでアスランをサポートし、アスランがその機動力で敵との距離を詰める戦い方は思いの外、安定していた。本来なら2人以上でサポートを務めるところを、ルナマリアは1人でも十分にこなしている。
一度戦闘がとぎれたところで、アスランはコクピットの中でルナマリアの顔を見ていた。
「いい腕だ。さすが赤服だけはあるな」
「アスランさんほどじゃありません。でも、部隊じゃ、いつもシンのサポートしてましたから」
年頃の少女らしくヘルメット越しに微笑むルナマリアは、握りしめた拳を見せてその志気の高さを見せつけていた。
「このままの勢いで地球軍なんて追い返しちゃいましょう!」
操縦桿から腕を離していることを気にもとめず、アスランは軽く返事をしておいた。
「その意気だ」
戦況は理想通りに進んでいる。周囲ではまだビームの光が飛び交っているが、ここカーペンタリア湾上空はすでにザフトの勢力図にあると言えるだろう。そうでもなければいくらザフト最大級のエースであるアスランとて、こんな話をしている余裕はなかったはずだ。
地球軍はカーペンタリア湾に北部から侵入し、カーペンタリア基地を目指した。しかし、ザフト守備隊の猛反撃にあい前線が停滞したとみるや、東側から回り込むように部隊を展開し始めた。戦力では地球軍が上である。挟み撃ちが有効な戦術だと言えた。
だが、見え透いている。
「大西洋連邦軍の動きが鈍いな。同盟国を使い捨てるつもりか?」
前線には東アジア共和国軍と赤道同盟軍とが展開しているが、練度の優れているはずの大西洋連邦軍は後方に控えたままだった。そのため、前線を任された新兵が、ザフトの思わぬ反撃にあい苦し紛れに包囲作戦に切り替えた、そう、ザフト兵の多くは考えていた。
しかし、アスランは4年前の苦い敗北を直に味わった1人だった。大西洋連邦軍の奇策により、ザフトは主要な戦力をアラスカで葬り去られた結果、地上の重要拠点を次々と喪失。わずか1月の間に前線が一気に月にまで押し戻された。プラントの多くの民が地球を烏合の衆と考えているほどには、大西洋連邦軍は無能ではないはずなのだ。
ヤーデシュテルンのコクピットの中を、手のひらに乗るサイズの少女が浮遊していた。緑のドレスを身につけた翠星石はこのヤーデシュテルンの心であるとともに、コクピットの中でなら自由に飛び回る。
「アスラン、どうしたですか?」
空に浮かんだまま、なかなか動こうとしないアスランに、翠星石は疑問を感じたのだろう。アスランの顔をのぞき込む赤い瞳は、まさに戸惑いの感情を表現していた。
「翠星石、戦略図を出してほしい。できる限り、戦場全体が見通せる奴だ」
このような曖昧な命令にも、翠星石は的確に反応する。コクピット内にどこからともなく取り出したポスターでも張り付けるような仕草でカーペンタリア湾を見下ろす地図を表示させた。
カーペンタリア基地の北側では両軍が拮抗し、回り込もうとする地球軍とそれを防ごうとするザフト軍のぶつかり合いが東に細長くのびていた。戦場は東西を横切るように展開されている。見たところ、ザフトが地球軍を東には行かせず北に押し止めている。失策を立て直すことができずただ同じことを繰り返す地球軍に対して的確に反応しているザフト軍という構図は誰の目にも明らかだろう。
主力量産機であるヅダをはじめとして、水面すれすれに顔をだしたボズゴロフ級潜水艦の垂直カタパルトからはゼーゴックがモビル・アーマー形態のまま次々と出撃しては前線の補強に参加していく。ボズゴロフ級がその海底空母としての性能をいかんなく発揮していた。
友軍の善戦にも、アスランは渋い顔は晴れることがない。
「東側に限定して、ボズゴロフ級の位置も同時に表示してくれ」
翠星石は、しかしすぐには画像を切り替えなかった。
「どうした?」
「なんだか、妙に一直線なのが気になるです」
わからない、翠星石はそんな顔をしながら画像を張り付けた。
画像には、先端を継ぎ足すように西から東へとのびていく前線が描かれていた。そして、その前線に沿う形で多数のボズゴロフ級がほぼ一直線に並んでいた。ボズゴロフ級が前線にモビル・スーツを送り届けようとした結果だ。前線が細く長く、その分、前線とボズゴロフ級潜水艦の距離が知らず知らずのうちに接近している。
先ほどから動きを停めていたアスランのヤーデシュテルンの横に、ルナマリアのインパルスが並んで浮かぶ。
「アスランさん、どうしました?」
「ルナマリア、すまないが君を俺の母艦に案内できるのは少し遅れそうだ」
まだ戦いは始まってさえいないのだから。
「俺たちはまんまとはめられたらしい」
空に並ぶ浮かぶ2機のガンダムの遙か眼下に、水面に顔を出したボズゴロフ級が航行していた。そのボズゴロフ級のわき腹に爆音とともに巨大な水柱が立ち上ったことは、真のカーペンタリア攻防戦が始まる合図の代わりとなった。