10月に行われた学年合同トーナメント。蓋を開けてみればやや意外な結果となった。簪・一夏ペアは箒・セシリアペアに余裕を持って勝利、強固な防御を誇るダリル・フォルテペアに僅差で敗北、繊細な攻撃の優子・シャルペアに粘ったものの敗北、大胆かつ強力な攻撃力を持つ鈴・ラウラペアに辛勝。勝率4割、予想より低い。皆、一夏対策を錬った結果であろう。幾ら一夏が強くとも、僚機を失えば敗北となる。また簪の射撃能力が皆に対し、相対的に劣ったことも原因としてあげられる。なにより、高い機動力を誇る白式であるが、移動時間はゼロでは無い、速い電車も離れてみれば目で追える。僚機との連携が適切であれば攻撃のタイミングを取るのは難しくない。つまり簪が一夏のとんがった速さについて行けなかった、そう言う事だ。そんな事を考えながら、学習棟の二階をてくてくと歩く。 たゆん。 まあ。簪は弐式の調整に時間を取られ、一夏との練習がろくすっぽ出来なかったのが痛い。自業自得と言ってしまえばそれまでだが、彼女の身の上を考慮すると致し方ないだろう。今では楯無との関係も上手く言ったようだし結果オーライといえる。 ぽよん。 心のつかえが取れたのか、楯無の悪戯も大分治まった。というより、簪に時間を割いているのでそれどころではないようだ。先の日曜日は2人揃って買い物に出かけたと一夏から聞いた。その一夏とは特訓の仲であるし、非常に喜ばしい。このまま全て治まってくれることを心から願う。問題は、だ。 むにゅう。 おお。遙かなるかな、連峰よ。母なる峰は高く高く空を突き、その勢いは天の国に届かん。私はただ見据え、じっと手を伸ばす……廊下におっぱいがあった。説明せねばなるまい。その光景を表現すると、歩く、俺を見かける、爽やかな笑みを浮かべながら、ある少女は抱き寄せ、ある少女は両の手で持ち上げる。行く先々で、生徒という生徒が制服越しに胸を寄せて上げるのだ。もちろん頼んだわけでは無い。彼女らが自主的に、正しくはおもしろがって行っているのである。言うまでもなく一夏の“会長のおっぱいに骨抜きにされやがって!”という先の暴言である。「蒼月センセ、どお?」 おのれ一夏、お陰で別のモノがつっかえそうだ。 暗くなった、教師用マンションから柊に続く道。ぶんぶんと大きく腕を振りながら歩く。そもそもいったいどうすれば良いのか、どれだけ弁明しても、ディアナには10代がそんなに良いのかと刺々しく言われ、千冬は口を利いてくれない。ラウラも同じだ。流石師弟、余計なところはそっくりである。被害はまだある。直線的体型の2組副担任である小林先生には冷たい視線を容赦なく浴びせられ、ボリューム感たっぷりの山田先生には出会う度に胸を隠される。背を丸く自身の身体を抱きしめるようなポーズなのだ。涙目と相まってこれがまた官能的……そうじゃない。鈴は怖くて会っていない。だから、そうではない。 ともかく。文句の一つでも言わないと気が収まらない。報復など少々若者的発想だが、やはり重要だ。びしっと言っておくべき時に言わないとまた繰り返される。 ズカズカと柊の階段を上がる。一歩歩く度に床に敷かれた絨毯の、反発力が身体を満たす。感触が心地よい。毎度思うのだが、学生寮にこの絨毯はやり過ぎでは無かろうか。そんな事を考えながら最上階に至った。橙色の明かりが灯るその高級ホテルのような廊下の先に、人だかり。一夏の部屋だ。少女という少女が扉に側耳立てている。何かあったのだろうか。 歩み寄るも皆が皆、部屋の中の何かに興味を刺激されるのか一向に気づかない。ある少女は顔も赤く、ある少女はだらしなく開いた口すら隠さない。またある少女は悔しそうにハンカチを噛みしめていた。嫌な予感がし始め、自身の足も鈍くなる。そうしたら一人、部屋の前で落ち着かないように右往左往する人物が居た。苦々しい表情に見合わない、深みのある金髪に鮮やかな碧の瞳。言うまでもなくシャルロットであった。彼女は俺の姿を認めると、藁をも掴むかの勢いで、ぽんと柏を打った。妙なところで日本通である。俺は全速力で逃げ出した。良くない、これは良くない傾向だ。感もそう言っている。「真」 たった一言である。情けないことに、それだけでこの足は止まった。影のある笑みが歩み寄る。脂汗がたらたらと流れ出た。声を絞り出した。「や、やあシャル。こんな時間にどうした」「真、僕を見た途端逃げ出したように見えたんだけど……どうしてさ?」「何を言っているのか、気のせいだよ、うん気のせい」「ふーん、気のせいなんだ。挨拶もなしに振り返ったのに……僕らの仲を考えても、考えればこそ失礼じゃないかな」「そ、それは済まなかった。急遽用事を思い出してさ、それじゃ失礼するよ」「真」「な、なに?」「僕のお願い聞いてくれるかな?」「ひょっとして一夏に会えと?」「話が早くて助かるよ、ささ」「急に腹痛が、」「お願い、聞いてくれるよね? ま、こ、と?」「……はい」 群がっていた少女たちを教師権限で追い返し、静かに右拳を握る。ノックしようと扉にかざした時だった。音もなく、否、ぎいと錆びたちょうつがいの音を立てて扉が開いた。開けたのはもちろんシャルだ。部屋の中から見えない位置、死角に隠れるかのように壁に背を預けている。小さくベロも出していた。ああ……憎たらしいほど可愛らしいとはこの事か。「「あ」」 一夏と眼が合った。とろんと焦点定まらない目で、ゆっくりと俺を見たのはティナだった。肩に掛る程度に、荒く切りそろえられたボブカットの、金の髪がさらりと揺れる。なんというか、赤いレースの下着など、実物は初めてだ。ムービーかピクチャーデータでしかお目にかかったことが無い。白い肌と相まって艶めかしい。「遅かったか?」と言ってみた。「いや大丈夫」と一夏が答えた。 一夏はティナの両脚に割り込むかの様うな体勢で、大きくも無いが小さくも無いティナの左胸を右手で変形させていた。我に返った一夏は慌ててこう言った。「ティナ、わりい! 真が来たからまた今度な!」 一夏は慌ててスウェットを着込むと、俺を部屋から引っ張り出した。罵声が聞こえてきたのはしばらく歩いてからだった。キス・マイ・アスだとかマザー・ファッカーだとか言われたくない類の言葉である。正直少し傷付いた。 隣を歩く一夏は正気を取り戻そうと己の頬をぺしぺしと叩いている。香の香りも漂っていた。俺らの後ろに控えるシャルのものではない。移ったティナのものだろう。それにしても何と言うべきか、清香に続いて2人目である。一夏を取り巻く少女たちの姿を思い浮かべれば……まだ続くに相違ない。未遂とはいえとっかえひっかえとは恐れ入る。立場上、咎めるべきだろうが、端から見ればラウラと同居状態の俺が強く言えるはずもなく。なにより、彼女らがそれを分かった上で行為に至っているとしたら、要らぬ世話、それこそKYである。「一夏。一応確認するが無計画なのは」「大丈夫だって言ってた」「理由を聞いたか?」「聞けるわけ無いだろ。俺だって空気読むぜ」 避妊薬でも持ち込んでいるのだろうか。「ほら」「さんきゅー」「ありがとう」 がらんとした食堂に場所を移し、2人にココアを手渡した。最近はめっきり涼しいのでホットだ。 IS学園では歴史上見ても男性は年配の用務員一人のみ。性的交友な備品は存在しない、というより存在する必要が無いのである。付け加えれば、国際的な学園ではあるが、ベースとなったのが日本の女子校なのでそう言ったことに寛容が無い。確か規約で持ち込みは禁じられているはずだ。公序風俗に云々……ほとほと俺らが如何に特異なのかが分かろうものだ。因みに。最も近い町までは山が続き、女の園に忍び込む不逞の輩も殆ど無い。稀に居るらしいが張り巡らされたセンサーで直ぐご用となる。「聞かなくても察しは付くだろう」「何の話だ?」「大丈夫って奴だ」「妙にこだわるんだな」 ニヤニヤ一夏であった。「立場があるんだよ。立場上聞いている」「嘘つけ、興味本位だろ」 失敬な事を言う奴である。「あのな。興味本位なら先になんでだって聞く」「なんで?」「どういう経緯でああなったんだ?」「いやそれが、簪の件で深く傷付いたとか、誠意を見せてくれとか」「それでか」「それで?」「触ってたじゃないか……こう」 俺が自分の右手をわにわにと動かすと一夏は両手をわにわにとさせた。「「でへー」」 締まりの無い顔をする一夏。俺もきっとそうだろう。「ねえ二人とも。僕のこと忘れてるよね」 怖かったから、シャルの顔は確認しなかった。 ◆◆◆ その日のお勤めも終わり、自室で翌日の授業の内容をラウラと読み合わせをしている頃である。一夏が部屋にやって来た。りんりんと秋虫の合唱に混じってやって来た。学園にも夜の帳が落ちて、照明のみがぽつんぽつんと立っている午後の9時。そんな頃だ。 初めは追い返そうとした。やむなき理由を除き、午後9時以降の外出は控えること。簡単に言えば寮の外に出るなと言う規約があるからだ。そうしたら、シャルが怒って部屋に居づらいと一夏が言うのである。なんというか、新鮮なシチュエーションだ。妻が怒って友人宅に逃げ込んだ……と見えなくも無い。「真、シャルが怒っているのはお前にも原因があるんだ」 とは一夏の弁。 まあ。男同士だし、こう言うのも良いかと迎え入れた。ところが。部屋に入った一夏はきょろきょろと落ち着かない。俺はどうしたと聞いた。「前来た時と随分ちがうな」 部屋内に置かれた家具が気になっているようだった。一夏はソファーではなくラグ(カーペット)の上に腰掛けた。 一夏が以前来た時、ベッド2つと備え付けの洋服ダンスぐらいしかなかった。どうして学生寮と異なりさっぱりしているのか、そう山田先生に聞いた事がある。曰く、自分の住処は自分で作るモノですよ、だそうだ。お陰でしばらくラウラとカタログをにらめっこしたのは、ここだけの秘密である。 もっとも。最初でこそ戸惑っていたラウラだったが、瞬く間に慣れて、蓋を開ければ彼女が大半を決めた。木製の、開き扉のワードローブ(洋服ダンス)、朱色地に白い折り込みの入ったソファーに、ガラスのローテーブル。白い壁天井に対し、暖色系の家具がアクセントになっている。 当初落ち着かないのではと危惧したが、そんな事は無かった。朝は清潔感があり気が引き締まる。夜は照明の明かりが淡く広がりリラックス出来る。良い具合で心地が良かった。「ラウラが殆どを決めてさ、俺はお金だけ出した。最初は良いと思ったけれど俺の意向を受け居られなかったのは不服だったんだ。もう慣れたけれど」「……意外だな。ドイツの冷水って呼ばれてたんだろ?」「一夏もそう思うか。初めて会った頃が嘘のようだよな」「意外とは失敬な」ラウラがお盆を手にやって来た。 彼女はグレーのワンピースを着ていた。全身ゆったり調だが、腰と裾をレースで締めてあしらい上品な印象を醸し出していた。眼帯さえ無ければ何処ぞのお嬢様である。「私とて成長ぐらいする」「何だかんだ言って15歳の女の子だもんな、すまね」「ふん……ココアで良いな?」「おう」 ラウラは一夏にマグカップを手渡すと、染めた頬を隠すようにキッチンへ戻っていった。程なくしてかちゃかちゃと皿を洗う音がする。「「……」」 何故か沈黙がいたたまれない。堪らず出されたココアをぐびと飲んだ。熱いカカオの香りが喉を通り過ぎる。「なんだこの空気っていうか雰囲気」ジト目の一夏だった。「なんだとはなんだ」「どう見ても新婚の、新妻じゃねーか」「見た事あるのか」「ないけどさ、映画で良くあるだろ。エプロンしてるし率先して家事やってるし」「俺がやろうとすると追い出されるんだ。片腕だと邪魔だって」 高性能な義手は水に濡れても壊れはしないが、衛生的に難ありだ。滅菌するにしても手間が掛るのでどうしても片腕となる。「ふーん」「まあ、元々手際は良いしディアナさんに色々教わってるみたいだし……な」「ほんとーにラウラとはなんでもないのか?」「なんでもない、というか世話にはなってるけど。そういうのじゃない」「ふーん」「言いたいことははっきり言うんだ」「いや、よ。考えていないとか、無理とか言っておいて何だかんだ上手くやってるなーと」「いやだから」「女の子の世話になっておいて何でも無いとか、もう俺恥ずかしくて首釣っちゃう」「お前が言うな」「何でも無いとか言わねーし」「男女関係は色々だっ、そもそもラウラにその気がないんだ憶測で物を語るのはやめろ」「なら誰ならいい。箒ともセシリアともあれっきりなんだろ?」「友情をはぐくんでいると言ってくれ」「千冬ねえとリーブス先生は?」 苦虫をかみつぶしたような一夏である。「特に変わりは無い」「おまえさー、年齢を、置かれた身の上を言い訳にしてないか?」「無茶言うなよ、そうそう割り切りは出来ない」「じゃあどうするんだよ? 何時その気になるんだ?」「その時になってみないと分からないさ」「その時って何時だよ」「さあな。今の身体で20歳の時か30歳の時か、前と同じ35の時かもしれないし、何とも言えん」「……あの人に義理立てしてるとかないだろうな」 あの人とはフランスで数週間一緒だった人の事だろう。耳に掛る程度の金髪で、狐顔。背が高く何時も見上げて話した。後にも先にもあんな女性は初めてだった。思い出が脳裏を駆け抜けた。言いすぎたと思ったのか、一夏は済まなさそうにこう言った。「すまねえ、言い過ぎた」「時々こう言う話をするけれど、今日はいつになくこだわるな。なにかあったのか?」「いや、最近よく考えるんだよ。家族ってどう有るべきなのかとか」「家族、ねえ。また年齢不相応の重いことを……って、お、お、おまえー」 考えるだけでも恐ろしい推測に、カタカタとカップを持つ手が震えた。「ちげえ! 妊娠なんてさせてねえよ! てゆーか昨日今日で分かるか!」「……関係を持つなとは言わない。感情に起因するモノだからな。心を組みひしぐなんて大人の傲慢だ。けれど慎重にやってくれよ。そんな事になったらタブロイドの格好の的だ。大騒動だ」「わーってるって、そこまで向こう見ずじゃねえ」 だといいけれど。一夏は毎回押し切られているようだから不安だ。そうこう言っている内に一夏の女の子事情の話になり、どうしたら良いのかと問答し、会話の内容は何時しか変わっていった。弾がどうのこうの、ゲームがああだこうだ。こう言う会話の方が、幼稚かもしれないが気分が楽だ……家族、か。 かって持とうとして失ってしまったモノ。ひょっとして俺は怖がっているのかもしれない。また失ったら……。「何か言ったか?」「何でもないよ、それより今度はビデオ・ゲームじゃ無くてチェスをやろう、リアルの駒も良いもんだぞ」 何時しか夜は更けていた。 ◆◆◆ご無沙汰しております。今後頻繁な更新は難しそうです。ごめんなさい。アニメ二期始まりましたねー。当初どうかと思った楯無さんの声ですが直ぐ慣れました。今では他にいい人が思いつかないぐらい良いです、おっぱいが。そうじゃない。紆余曲折したテーマがようやく決まり次回はもう少し早めにお届け出来るかなーと自信なく宣言してまた次回。