そこは僅かばかり薄暗いが心地の良い部屋だった。暗い赤紅の絨毯は柔らかく、歩き心地が良かった。部屋に置かれた漆喰の机は落ち着きを醸し出していた。天井のシャンデリアは派手すぎること無く柔らかく灯っていた。作りは洋間だったが、シェルフの上に置かれた盆栽は刈り揃えられ上品に枝を伸ばしていた。重厚さ心地よさを持ち合せた部屋、学園の少女たちが知らない、学長室の隣にある部屋である。 この部屋の主である轡木十蔵は、人生を刻んできた白髪と深い皺を持っていた。威圧的にならず、人に安心感を与える立ち振る舞いだった。彼は表向きは用務員、IS学園の良心と呼ばれてはいるがその実、学園の運営を担う権力者である。「学長、どうぞ」 真耶が置いた茶を受け取ると簡単な、だが腹に響く声で礼を言った。日頃は1人しか居ないこの部屋に複数名の来客があった。彼から見れば学園に籍を置く女性全てそうなのであるが、まだ若い彼女らを見て笑みを浮かべ茶をすする。黒革のソファーとガラスのローテーブル。貴子、楯無、千冬が座っていた。彼は若者の笑顔を見る事が何よりも好きだった。それが近しいものであれば格別である。彼女らは約半年ぶりの再会を祝していた。「あーっはっはっは♪」 澄んだ声が部屋に響き渡る。屈託無く笑うのは貴子だ。最初は声だけ。なんとか礼節を保とうと片手で笑みを隠していたが、徐々に肩が震え足が震え、とうとう堪えきれなくなり吹き出した、大声で笑い出した。「真のあの顔! あれを見られただけで来た甲斐があったというものですよ学長♪」「彼は随分変わったでしょう」「そりゃあもう。あの抉ったような眼が無ければそれこそ誰か分からなかったぐらいです♪」 思いだし、また笑う。ぽんぽんと何度も膝を叩いた。その貴子の様子を見て、隣に腰掛ける千冬は不機嫌そうだ。腕と足を組み、指でリズムを刻んでいる。「黒之上、いや黒神(くろかみ)貴子様。ご令嬢を演じるなら最後まで貫き通したら如何です」「黒之上で良いですよ、織斑先生。貴女にはその方がやりやすいでしょう? それに、私にとっては今でも先生ですよ。貴女は」 千冬は表情を消した。その場に居る全員にそれが照れ隠しだと言う事に気づいていたが、あえて言わなかった。仏頂面の千冬を見送って貴子はこういった。「今年は例年と違う活気がありますね。あの2人の影響でしょうか学長」「騒ぎが起きない日が珍しいぐらいですよ。男子適正者が入学すると決まった時どうなるかと思いましたが全体的に見て良い傾向のようです」「全体的にですか?」「日々修羅場の様ですよ。まあ、彼らのお陰で今年の一年生は男性を見る眼が養われたでしょう」「基準が世界でたった2人の適正者では逆効果かもしれませんね」 上品に笑い合う2人を見て、千冬が姿勢を正し咳払いの後こう言った。「黒之上、学長、そろそろ本題に」 十蔵はそうでしたと湯飲みを下ろした。貴子も手を膝に置いた。「ISの極秘製造とその資金調達、両方とも心得たと父が申しておりました」 貴子が言うのは、去る5月。学園が回収した無人機のコアの事を言っていた。学園は迫る危機に対応する為、ISを極秘に製造することにしたのだった。何処の国、機関にも所属しない未登録の機体である。 もちろんISの性質上、公になれば首切りでは済まない。だがそれ以上の危機が迫っているとアレテーが判断したのだ。活発なファントム・タスクしかり、篠ノ之束しかり。防衛を他所に頼む訳にはいかないのである。「しかし学長。また思い切った決断をしましたね」貴子の口調に僅かな緊張が見て取れた。「次ぎなにかあれば死傷者の出る可能性がある、こう言われては自分の首を心配している訳にはいきません」陽気に話す十蔵の口調には威厳があった。「生徒の危機を看過するなど、あっては成らないことです」 彼の決意にその場に居る全員が頷いた。 ◆◆◆ 日が暮れた闇夜の中、月明かりを頼りに、とぼとぼと煉瓦道を歩く。自宅へ通じる道だ。時計を見ると午後の9時。学園にもはや人影は無く、ひっそりと静まりかえっていた。 学園祭は大きなトラブルも無く終わった。強いてあげれば、弾が終始黄昏れていたことと、一夏が生徒会に入ったことぐらいだ。弾はああ言えば良かった、なんで俺はこう言わなかったのかとぶつぶつ言っていた。 一夏争奪杯は。生徒会主催の劇が盛大な盛り上がりを見せ堂々の一位となった。不思議なのはその劇にシャル、鈴、一夏が出演し取り合ったことだ。誰を取り合ったかは敢えて言うことでは無いが……いずれにせよ、争奪杯を催した楯無率いる生徒会が優勝賞品を持ち去るというのは一種の詐欺であろう。あれで彼女に人徳があるというのだから女の子というのは不思議なものである。 マンションのロビーを潜り抜け階段を上がる。 目指すは2階だ。エレベーターを使うと他の教師に遭遇することがあるのでもっぱら最近は階段を使う。人目を憚るという訳では無い。ただ“蒼月先生今度は何をしたんですか?”と、はやし立てられたり“あの2人を怒らせるのはもう勘弁して下さい”と泣き付かれたりするから、それらを避ける為ではない。と言う訳でも無い。ただ何となくだ。 2階にたどり着き廊下を歩く。 頭上には淡い橙色の半導体照明が灯っていた。左手の窓硝子越しに月が煌々と佇んでいた。窓枠の無いガラス窓などホテルのようで高級感があった。ここの設備は本当に金が掛っている。 自室の前に立ち、扉の取っ手に手を掛けた。 今日は気になる来客が2名居た。1人は貴子さん。真耶先生によると彼女は良いところのお嬢様なのだそうだ。これだけでも驚きだが学長に面会しにやって来たという彼女の目的が何か、それが気にかかる。 もう1人はナターシャ・ファイルス。アメリカ軍のISテストパイロットらしい彼女の目的は何だろうか。面会人がディアナだというので心配は無かろうが、一抹の不安も起こる。判断に困る。「むう」 扉を開けた。「お帰りなさい♪ ご飯にする? お風呂にする? それともあ、た、し♪」 楯無が居た。エプロンドレス一枚で立っていた。 なぜだろう、世界の音が遠い。虫の音も、木々のざわめきも、さざ波の音も全てが良く聞こえない。よく時が止まったと表現するが正しくこれだと腑に落ちた。 頭が良く回らぬまま、正面を見た。楯無は今にも踊り出さんばかりの、ダンス途中の、ステップ中で一時停止したかのような体勢で止まっていた。右手にはおたまも忘れずに持っていた。器用なものである。いや、問題はそこなのかと、いっとき真剣に悩んでしまった俺を誰が責められようか。「あのだな楯無」何とか声を絞り出した。「ああん、今夜も可愛いよマイハニーって言って♪」 彼女は両の握り拳を口元に、身体を揺すっていた。振りの都度エプロンの、肢体に落ちた影が見えそうになるので目に毒だ。だから、右手を顔に当てこう呻いた。「一つ聞いて良いか?」「なあに?」「何故ここに居る? どうやって鍵を開けた? あと何をしている? ラウラはどうした?」「一つじゃ無いよ」「良いから答えてくれ。これでもいっぱいいっぱいなんだ」 何が楽しいのか、これ以上無いような笑顔でこう言った。「夫婦は支え合うものよ♪」「分かった表出ろ」「まさか野外放置プレイだなんて、」「服着てからに決まってるだろ! 他の先生に見られたらどうするんだよ!?」「不名誉な二つ名がまた増えるわね」「二つ名?」「地獄のサンドウィッチに加えて、放置プレイの邪眼持ちを追加ね。ああそうそう、ウィッチはあの2人に掛けてるの。サンドはもちろん挟む」「もういい。とにもかくにも服を着ろ」「そんなに見たいなら見てもいいわよ」「俺はこれでも買い物上手なんだ、そんな割高な商品って、めくるな!」 ちらっとめくった下は黒いビキニ水着だった。二の句が継げない。自然に動く口が金魚の様だ。「あはは。期待した?」からからと笑う少女である。「あのさ、俺、君に何か不愉快な思いをさせた?」「うん」「なら教えてくれないか? 出来る事なら正す」「布仏姉妹を弄んだ報復」「俺は何もしてないぞ!」「何もせずに弄ぶなんて真性のジゴロね。あ、“ジゴロ・ザ・スカーフェイス”ってどう?」 どっと疲れが襲ってきた。「……ラウラはどうした?」「あ、そ、こ」 楯無の肩越しに見えるラウラはベッドの上だった。「何で下着姿で縛られてるんだよ!」 ラウラは仰向けでむーむー言っていた。猿ぐつわというやつである。「ラウラちゃんってば黒のレースだなんて大胆よね。真の趣味?」「そうじゃなくて」「だって私の作戦邪魔しようとするし」「説明になっていない」「服に武器を忍ばせてたから全部脱がせちゃった♪」「とにかく! 君は服を着てラウラにも着せて、ああその前に解放しろ、要望は聞く」「それは今から聞いて貰うから」「は?」「おーい。真ー。遊びに来たぞー。お宅拝見だぞー。待ちくたびれたー」 振り向かなくても分かる。突然背後から現れた懐かしくも新しい気配は貴子さんだった。そしてその気配が固まる。戸惑いの気配から不愉快へ、最後は憤りのそれだった。「このど変態!」「違うんです!」 扉を閉めるべきだったと激しく後悔をした。 ◆◆◆ 貴子さんは家の用事で来たそうだ。詳しくは教えてくれなかったが、千冬が絡んでいるそうなので任せておいても良かろうと思う。何かあれば言ってくるだろう。 それより問題は貴子さんの振る舞いである。貴子さんのあれは黒神貴子としてのそれであった。成る程と合点し、そして驚いた。黒神財閥といえば世界でも有数の大財閥である。良いところ、どころではない。一夏の言うとおり深窓の令嬢だったのだ。 昨年初めて会った時から不思議な感じのする人だ、と思っていたがそう言う訳だ、人は見かけによらないと反省した次第である。まったく。千冬も楯無も人が悪い。こう言う人ならば早めに言ってくれれば、それ相応の対策をしたのだが。「ぷはー」 長く波打つ銀髪の、狐顔の、背の高いその貴子さんは、俺の部屋であぐらを掻きウィスキーを飲んでいた。言うまでも無く俺のだ。高いのに。 彼女の名前を呼んでみた。もちろん機嫌を伺う為である。そしたらじろりと睨まれた。正座している自分の足を少し動かし労ってみた。じんじんと悲鳴を上げている。楯無は愉快そうに俺を見ていた。けしからん。ラウラはベッドの影から頭を出してふしゃーと楯無を警戒している。どの様な目にあったのか、予想も出来ないがネコの様で微笑ましい。ついでに言えば今の俺の状況も微笑ましければ言うこと無しだ。「まこと、私の言う事よーくきけ」 グラスをローテーブルに置くとカランと氷が鳴った。どうでも良いが、ロングとはいえスカートであぐらははしたない。「はい」と言ってみた。「明るくなったことは良い。褒めてつかわす」「はい」「去年と比べると笑いに魂が入ってる。再会した時、お前の顔を見た時、正直自分の目を疑った」「はい」「だけれどな……」「……なんです」「女子にだらしなく成りすぎだ! てゆーか軟派だろう!」 そんな事は無いと思う。「なんだその反抗的な目はー」 ぽかりと叩かれた。「優子たちから色々聞いているんだぞ。例えばロッカーを開けたら半裸の少女とか」「それは一夏です」「何時も女子を引き連れているとか」「それは一夏です」「ブラ脱がせたとか」「それも一夏です」「布仏妹のおっぱい揉んだとか」「それは初耳です」「……」「……」「男のくせに言い訳とは不届き者め!」「わけがわかりません!」「だいたい! あれだけ目を掛けてやったのに、手紙一つ無しとはどういうことだ!」「……」「……」 そう言えばそうだった。余りにも色々なことがあったのですっかり失念していた。貴子さんは身を俺の方に乗り出し、グラスを持つ手の人差し指で俺の胸をつんと突いた。「ごめんなさい」「うりうり」 柔道の寝技を決められた。楯無は笑っていた。ラウラは無言だった。柔らかい感触と、意識がまどろまんばかりの香の匂いに戸惑った。そしたらディアナがやって来た。良いのよと言いながら、縛られ二階から釣り下げられた。芋虫である。すると、とうとうラウラも笑い出した。思うことは結果オーライと自分を説得する事だけであった。 ◆◆◆ 学園祭が終わり、貴子さんも帰って数日経った頃。セシリアとデートをする事になった。一夏がグループデートをすると聞き及んだ時、“そういえば水族館でペンギンの赤子が生まれたとか”とセシリアが言った為である。最近どうにも気が回らない。本来ならば俺から誘うべきなのだが、仕事にかこつけて彼女をおざなりにしている様な気がする。それにしても、一夏1人に少女4人はグループデートと呼ぶのだろうかと、疑問に思ったが些細な事なのだろう。もちろんメンバーはティナ、清香、鈴に静寐の4名だ。 学園都市を歩く。見上げれば空が高い。澄み切った蒼い空だった。見下ろせば自身の足取りは軽い。浮かれている。俺も随分分かりやすくなったものだ。 十代だろうか。すれ違う同年代のカップルが通り過ぎるのを見送った。 少々気になる事があった。アレテーが警戒レベルを一つあげた事だ。どのような警戒かと言えば日常生活への影響は無いが、警戒に努めるべしが適当だろうか。ファイルス大尉からもたらされた情報によるとファントムタスクの活動が活発らしい。おおっぴらに警戒をすると、連中にこちらの動向を教えることになる。また、理由も無く警戒すれば同タイミングで現れたファイルス大尉にいらぬ疑いをかけられるかもしれない、色々難しい。 因みに。世界トップレベル処理能力を有する学園コンピューターは電子戦に長けるが、コンピューターを使わない情報戦に劣る。米軍とは色々あったが、パイプが有ることをこれほど有難く思ったことは無い。「綺麗な方でしたわね」セシリアである。「ああ」俺である。 しまったと心中で己を罵るが後の祭り。「……どなたの事?」 彼女は眉を寄せ、両の手は腰に添え、ホホホと笑っていた。学園都市の広い歩道で仁王立ちの少女は、言うまでなく怒っている。こめかみに血管が浮かび上がらんばかりだ。白い学生服を秋風に吹かせながらセシリアはこう言った。「真、いくら何でも失礼すぎですわ。デート中によそ事だけでも許しがたいのに他所の女性を想っているとは」「せめて考えていたと言ってくれ」「同じ事ですわよ」「正直に言うよ、ある人のことを考えていたけれどそういう意味じゃ無い」「当ててみましょうか?」「どうぞ」「ナターシャ・ファイルス」「知り合いか?」「私が知っているだけですわ。ティナさんの従姉妹だそうですわよ」「なるほど」「なにが、なるほどですの」「ティナの親父さんも軍人なんだ。だからなるほど」「そう。私はてっきりキスを思い出しているのかと思いましたわ」「なら上書き―」 白い指が頬に触れる、抓られた。「さ、この話はもうおしまいですわ。せっかくの一日をつまらない言い合いで台無しにしたくはありませんもの」 俺は左肘を彼女に突き出した。こんじきの少女は僅かな間のあと、今日だけだと言って右手を通してくれた。 ◆◆◆ 気がつけば空が紅に染まっていた。波が打ち寄せる臨海公園。舗装された道。こんじきの少女はその数歩先で、笑みを湛えながら波を見ていた。 楽しい一時だった。水族館で小ペンギンにはしゃぐ彼女を見て、ブティックで服を選ぶ彼女を見て、ファーストフード店で頬張るポテトがこれほどおいしいとは、久しく、忘れていた感覚だ。本当に楽しい時間だった。いつまでも続けば良いのにとさえ思う。 だがその都度心の片隅にあるしこりがうずく。悲鳴を上げる。脳裏によぎる黒い影、金の影、死なせてしまったという事実。それが声を荒らげる。糾弾する。“お前にその資格があるのか”“また繰り返すのか”“世界を渡ってすら”“お前はまた繰り返したではないか” 目の前の金とフランスで出会った女性の金が重なる。“目の前の少女を死なせるのか” それがとても怖い。「真、どうしましたの?」 目の前に優しい瞳があった。この蒼い目に幾度となく救われた。「ちょっと昔を思い出していた」「前の?」「いや、今の。フランスで出会った人のことを」「確か、エマさんと言いましたかしら」「エマニュエル・プルワゴン。不思議な感じのする人でさ、」「何も持っていない女だった、そうだよね?」 その声を知っていた。気配を知っていた。突然背後に現れたその存在に振り向いたとき、俺の体は反射的にジャケットの下、脇にあったベレッタを抜いていた。 その銃口の先に立つ少女に出会ったのは二回。一つは学園に続く高速道路の上空で、もう一つはフランスの地平線まで続く畑の上空、共に夜空の中。そしてこれで3度目。黒の人にうり二つの黒髪の少女が白いワンピースドレスを着て立っていた。 その、Mと呼ばれた少女はおぞましいほど可憐な笑顔で俺を見ていた。「久しぶり元気してた?」 場違いなほど陽気で明るい声だった。周囲の人たちが俺らを見てざわめいた。当然だろう、十代半ばの子供が、銃を抜きそれを人に向けている。向けられた少女はおびえること無く笑っているのだ。客観的に見れば酷く現実味に欠ける状況だ。 俺は、体の奥底にしまい込んだ殺しの仕組み、わき上がるそれを必死に押さえながらこう言った。「久しぶり。また会うと思ってたよ」「うれしい! でも当然よね。あんな別れ方全然ドラマティックじゃないもの。私たちには似つかわしくないよね」「あれほどドラマティックな出来事は無いと思うけれどね」 体をずらし、セシリアを陰に隠す。その時初めてMの表情に影が差した。いや、この表現は適切では無い。初めて表に出た。三つの長い影が地面に落ちる。赤やけの中、波音だけが響いていた。Mはそうかもねと、つまらなそうに吐き捨てた。「そのワンピースずいぶん似合うな、可憐だよ」「可憐? ずいぶん堅い言葉使うんだ。かわいいって言って欲しいな」「その表情の下に隠している殺意を消してくれれば言うよ……何しに来た?」「私ね、命令があって君を監視してた。本当は見てるだけなんだけど我慢できなくて」「何を我慢する?」「今の君―やれ」 体の左側、ベンチの側、一般人だと思っていた金髪の女性から殺意がふくれあがる。銃を抜いた。二つの発砲音、女性の放った弾丸はとっさに掲げた義手に命中。俺の放った弾丸は胸部を貫いた。発砲音が夕空を木霊する。どさりと音を立てて女が倒れた。静寂のあと悲鳴が上がった。逃げ惑う人々。 Mはつぶした虫を見るかの様な表情でこう言った。「やっぱり誰でもって訳にはいかないか」「お前、俺に殺させる為だけに仲間を使ったのか」「仲間? まさか。只の道具。何も無い空っぽの抜け殻」「貴様」「私ね、君を戻したいの」「戻す? 俺が戻るのは学園だけだ」「違うな、戻るのはあの頃の君。やっかいね、相当強い枷に括られたみたい……括ったのは、お前か?」 殺意がふくれあがる。人瞬きの後、俺の右肩から覗いていたセシリアの鼻先にナイフがあった。アクチュエーターの保護機能を殺し、最大出力で左腕を動かした。ナイフが当たり身代わりとなった義手が砕けた。「ははっやるね! でももう義手は無いよ! 2撃目はどうやって防ぐ!?」 Mの右手に光が集まりナイフが現れる。「武装だけの量子展開!?」セシリアが悲鳴のような声をあげた。 投擲の直前、影がMを襲った。頭上から打ち下ろされる拳が宙を切る。拳風が吹き荒れた。黒い髪、赤銅色の瞳。一夏だった。「人のダチになにしやがる!」「邪魔だ! 今お前に用は無い!」 Mの姿を確認した一夏の動きが一瞬止まる。無防備な瞬間、Mの掌底が一夏を襲った。吹き飛ばされる。数十メートル転がり、砂浜でうずくまった。「イチカに何してくれんのよ!」 赤紫の光りが周囲を照らす。頭上より鈴が襲いかかった。一瞬でMの力量を察した鈴に侮りはなかった。右腕を優先にした部分展開。右拳を打ち下ろす。大地を破壊。轟音と共に、爆風が吹き荒れた。散った小石が地面に落ちる頃、Mは10メートル離れた所に立っていた。「嘘でしょ……?」 甲龍を纏った鈴が信じられないと呟いた。ISの攻撃を躱す人間など、学園にいる二人以外存在しないはずだからだ。パトカーのサイレンが聞こえてきた。Mは誰かと話すような仕草の後、俺を見据えこう言った。「ふん、遊びが過ぎたか……今日は引く。けれど覚えておいてね、必ず戻してあげる」「あ、待てコラァ!」 青い光が闇夜の空に消えていった。 ◆◆◆ 第3次報告書。ファントム・タスクのメンバーと思われる人物との接触による被害は以下の通り。 人的被害について。蒼月真軽傷。左腕の義手は大破したものの命に別状は無し。織斑一夏軽傷。負った擦り傷は全治一週間。 状況について。蒼月真が射殺した人物は身元確認出来ず。警察機構に発見される前に、更識家の部隊が回収。目撃者は少数有り。だが夕闇の暗い状況であった為、身許判別には至っていない模様。アレテーの情報解析によると怪事件として拡散している。情報の隠蔽工作を行いながら推移を見守る。 学園外でIS展開および戦闘行為に及んだ凰鈴音は三日間の自室謹慎。なお戦闘時の目撃者は蒼月真の発砲による影響で居ない。学園外で発砲した蒼月真は、リヴァイヴ(通称みや)のデータログから状況的に止む無しとされ、独居房にて禁固刑一週間と減刑された。作成 山田真耶 ◆◆◆というわけで、M再登場です。真の女難は続く。【補足】一夏たちは途中から真を付けていました。二人っきりとはけしからん、タイミングを見計らって邪魔してやろうと。そしたらM登場で、という流れです。【以下ネタバレかもしれない作者のぼやき】オータムの出番はないかも。だって今の一夏だと笑いながら狩れるし